注意
現代モノです。
俺設定があります。
善良な
ゆっくりがゆっくりできない目に逢います。
赤ぱちゅりーはとある森の中で産声を上げた。
ハンサムで逞しい父まりさと優しく物知りな母ぱちゅりーの間に生まれた赤ゆっくりであった。
胎生妊娠で産まれた一人っ子で姉妹はいなかったが、その分両親の愛を一身に受けて恵まれた生活を送っていた。
父まりさは狩りの腕に優れ、いつも山ほどのお花さんや虫さんを巣に運び入れてくれる。
家族団欒の一時にはよく子ゆっくり時代の武勇伝を聞かせてくれた。
博識な母ぱちゅりーは、ゆっくりとした生活の合間に豊富な知識を披露してくれる。
自分達ゆっくりのこと、捕食種のこと、この森のこと、そして人間のこと。
野生の一ゆっくりとして生きるのに必要十分な知識を遥かに上回る情報量を赤ぱちゅりーに惜しげもなく与えてくれた。
赤ぱちゅりーにはよく分からなかったが、父まりさも母ぱちゅりーもかつては人間と一緒に暮らしていたらしい。
母ぱちゅりーは血統書付の優良個体で、ペットショップで過ごした子ゆっくり時代には既に銀バッジを取得していた。
もしも飼い主にやる気があったなら金バッジ取得も夢ではなかったかもしれない。
父まりさは元々は街に住む野良だった。
その毎日は決してゆっくりとはできなかったけれど血湧き肉踊るような冒険の日々は充実していた。
人家の玄関で昼寝していた犬さんの食べ物を命からがら掠め取って来たり、
襲ってきた野良れみりゃを撃退した時の興奮などは鮮明に記憶に残っている。
そんなある日、街で飼い主とお散歩していた母ぱちゅりーと偶然出合ったのだった。
一目見た瞬間にお互い惹かれ合い、二匹はすぐさますーりすーりを始めた。
当然飼い主から追い払われそうになった父まりさだが、生粋の野良ながらも
なかなかの美まりさであったことが幸いして母ぱちゅりーの飼い主のお家に招待されることになった。
そして、翌日には飼いゆっくりの登録とともに銅バッジも取得し、
その後は母ぱちゅりーと一緒にゆっくりとした日々を送っていた。
だが、ある朝目が覚めると二匹は森の中にいた。飼い主の姿はどこにも見当たらない。
いくら名前を呼んでも返ってくるのは自分達の木霊だけだった。何が起こったのか全く理解できない。
しかし母ぱちゅりーはこれまで得た知識から、そして父まりさは本能的に、自分達は捨てられたのだと悟った。
それから程なくして二匹はこの森で生きていく覚悟を決めた。
温室育ちの母ぱちゅりーはもちろん、元野良の父まりさにとっても森は街とは勝手が違う。
だが、二匹は手近な木のうろに巣を構えると、力を合わせて少しずつ堅実に食べ物を蓄えていき、
巣も拡張して、ついには初の赤ゆっくりにも恵まれた。もしも母ぱちゅりーの蓄えた知識、
そして父まりさの培ったバイタリティがなければ初日で途方に暮れていたかもしれない。
「まりさとぱちゅりーのあかちゃんは、ほんとうにゆっくりできるあかちゃんだね」
「むきゅーん。もしもにんげんさんにかわれていたなら、きっとぎんばっじもらくしょうよ」
銀バッジ?赤ぱちゅりーにはそれも何のことだかサッパリ分からなかった。
分からなかったが……しかし何故かそれはとてもゆっくりできるモノのような気がした。
そう思ったから母ぱちゅりーに聞いてみた。
「みゃみゃ。ぎんばっじってぇ?」
「むきゅー。ぎんばっじはぎんばっじよ。がんばったゆっくりだけがもらえるくんしょうみたいなものよ」
「くんしょー?」
「そう、くんしょうよ。ままのおぼうしについてるこれよ。これがあればにんげんさんはゆっくりさせてくれるのよ」
母ぱちゅりーの帽子には銀色に輝く丸いものが付いていた。
通常、飼いゆっくりが捨てられる際はバッジを毟り取られるのだが、母ぱちゅりーたちの飼い主はそれを忘れていた。
「むきゅ。でも、ぱぱはぎんばっじついてないの?」
「ゆゆっ!ざんねんだけどまりさはしけんにおちたんだよ。どうのばっじはもってたけど……なくしちゃったよ……」
父まりさも捨てられた際は銅バッジが付いたままだった。しかし野生の環境は厳しい。
幾多の狩りの中でいつのまにか銅バッジはそれを付けた帽子の箇所ごと抉れてなくなっていた。
「むきゅー。しんぱいないわ、まりさ。いつかまたにんげんさんがむかえにきてくれたら、
こんどこそぎんばっじをとれるわ。ゆっくりしたまりさならきっとだいじょうぶよ」
「ゆゆ~……ありがとう~、ぱちゅりー」
すーりすり、すーりすり
仲良くすーりすーりする両親の姿は赤ぱちゅりーにはとてもゆっくりして見えた。
そんな両親の姿を眺めるのが赤ぱちゅりーの一番の幸せだった。
そして赤ぱちゅりーは母ぱちゅりーの帽子に鈍く光る銀のバッジからも目が離せなかった。
「むきゅ。ぎんばっじしゃんきゃあ。ぱちゅも、ぎんばっじしゃんほしぃなぁ」
そんなゆっくりした生活が数週間続き、赤ぱちゅりーは子ゆっくりに成長していた。
野生のゆっくりに銀バッジは無縁だ。しかし子ぱちゅりーにとってそんなことはどうでもよかった。
博学なぱちゅりー種としての本能からか銀バッジを取得すること自体がゆん生の目標になっていたのだ。
母ぱちゅりーはそんな我が子の情熱を喜んだ。
飼い主が戻ってきて連れ帰ってくれる保障なんてどこにもないが、それでも我が子の勤勉さが嬉しかった。
そして、このまま、ゆっくりしたゆっくりに育ってくれたならご褒美に自分の銀バッジを与えようと心に決めていた。
父まりさもまた子ぱちゅりーの頑張る姿が微笑ましかった。
曲がりなりにも銀バッジ取得試験に挑んだ身として、それが簡単なことでないのは分かっている。
それでも愛する母ぱちゅりーとの間に生まれた我が子ならばきっと成し遂げると信じていた。
父まりさは子ぱちゅりーの成長を支えるべく一層狩りに精を出すようになった。
そして
冬篭りを控えたある日のこと。この一家の幸せは唐突に幕を下ろすことになる。
それはいつものように夕食後の団欒を終え、家族が眠りにつこうとしていたところだった。
「まま。きょうのおはなしはとってもきょうみぶかかったわ。
ぱちぇたちもにんげんしゃんをゆっくちさせちぇあげられりゅのね……」
「むきゅー。あしたもっとくわしくおしえてあげるわね。きょうはもうおねむにしましょう」
「ゆゆん。ゆっくりおやすみ……ゆゆっ?」
唐突に父まりさがビクッと顔を上げた。
「どうしたの?まりさ?」
「……なんだかゆっくりできないけはいがするよ……」
「むきゅ~?」
耳を澄ますと、すぐ近くからガサゴソという音がしている。
すると、ふいに巣の入り口のバリケードが一瞬にして取り払われた。
同時に昼のお外のような眩い光が巣の中を照らす。
「ゆっ!?」
「お、いたいた。おーい、いたぞ~。やっぱりこの木のうろには入ってやがったか」
「おっ!やっとかよ。今年はこっち側はハズレだったなぁ。崖向こうの斜面は大量だって話なのに」
「こっちは去年一昨年と派手にやりすぎて覚えられちまったのかもな」
人間の男の二人組だった。
「ゆー!ここはまりさたちのおうちだよ!」
「え~と、クズが一匹、成体が一匹と……子供が……一匹だけか」
「ゆっくりできないにんげんさんはゆっくりしないででていってね!!」
「少ないな。まぁいいや、空袋のままで帰ったらまたうるさいからな」
父まりさが体を膨らませて威嚇するが男達は気にした様子もない。
「だな。さてと……とっとすませるか。っと、おい!このぱちゅりーバッジ付きだぜ!」
どうやら母ぱちゅりーの銀バッジに気が付いたらしい。
「マジかよ。なんでこんなところにいるんだ?」
「おおかた麓の町から攫ってきたってところだろうな」
男の一人がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら母ぱちゅりーを素早く捕まえた。
母ぱちゅりーは男の顔の高さまで持ち上げられる。
「むきゅー!にんげんさん、ぱちゅたちはなにもわるいことしてないわ!だから……」
「ほほ~、こいつはなかなかの上玉だぜ」
「む、むきゅー!?」
「ゆゆっ!」
父まりさは慌てて男の足に体当たりする。
「ゆゆー!ぱちゅりーをゆっくりしないではなせーーー!!」
「むきゅー!まりさ、だめよ!おちびちゃんをつれてはやくにげるのよ!」
「ゆっくりできないにんげんさんはゆっくりしないで、ゆべっ!!」
ズドムッ!!
瞬間、鈍い音が巣の中に木霊した。父まりさが男に蹴り飛ばされたのだ。
宙を舞った父まりさは隣の木の幹に派手に打ちつけられる。
「む……むきゅーーー!!まりさーーー!!エレエレ……!!」
その様子を見た母ぱちゅりーは絶叫を上げると、そのまま生クリームを吐き出して動かなくなった。
男は持っていたズタ袋に母ぱちゅりーを放り込むと、そのまま父まりさに歩み寄っていく。
父まりさはもはや白目を剥いて痙攣するのみだ。その体の側面には大きな穴が開いて餡子を垂れ流している。
男は父まりさの顔を平手打ちして叩き起こした。
「おい、起きろよ。ゲス饅頭」
「ゆ……ゆ……」
「お前……飼いゆのぱちゅりーを攫って無理遣りすっきりしたんだろ」
「ゆ……ゆ……まりさは……そんな、こと、してない、よ」
「じゃあ、何でぱちゅりーにバッジが付いてるんだ?」
「……まりさと、ぱちゅ、りーは……つがい、なんだよ」
もう一人の男が声を掛ける。
「どうした?」
「いやな。飼いゆを攫ったゲスを制裁してやろうと思ってな」
「ゆ……ゆ……ちが、う、よ……まりさは……」
男は懐から筒状の道具を取り出した。発炎筒だった。
「はいはい。ゲスはみんな自分の都合にいいように解釈するもんさ。お前は飼いゆを攫ったゲスなんだよ」
「まり、さは……げすなんか、じゃ……」
「ゲスは報いを受けなきゃな。判決……死刑。あの世で反省しろよ」
男はそう告げると、発炎筒を父まりさの大きく裂けた傷口に乱暴に挿し込み、一気に紐を引き抜いた。
「ゆ、ゆがああああああああああああああああああああ!!!!!!」
父まりさの絶叫とともにその体内で業火が荒れ狂う。
両目は弾け飛び、大きく開いた眼窩と口からは炎が勢いよく噴出する。
だが、それも一瞬のことだった。今度は父まりさの体全体が激しく燃え上がる。
今や父まりさは一本の火柱と化していた。
「おいおい!山火事になったらどうするんだ!!」
「もうちょいしたら土かけて消すから大丈夫さ」
子ぱちゅりーはその様子をただ見ていることしかできなかった。
恐怖で動けないのではない。何が起こっているのか理解が追いつかないのだ。
「む、む、む……」
無理もないことだった。巣のバリケードが払われてからまだ三分ほどしか経っていない。
今までずっと一緒に暮らしてきた両親……。
つい先ほどまで優しく語り掛けてくれた母ぱちゅりーはズタ袋の中に入れられピクリとも動かない。
今の今まで家族を守ろうとしてくれた父まりさは子ぱちゅりーの目の前で激しく炎上している。
「む、む、む……むきゅー!……エレエレ」
そして理解が追いついたその瞬間、子ぱちゅりーもまた生クリームを吐き出し意識を失った。
それは子ぱちゅりーにとって産まれて初めての嘔吐だった。
ゴトン
「むきゅ?」
お空を飛んでいるような……そんな浮遊感を覚えていたら唐突に地面に落ちた……。
そんな気がして子ぱちゅりーは目を覚ました。そこは狭い透明な箱の中だった。
天井は開けていたが子ぱちゅりーの身体能力では届く筈もない高さだ。
透明な箱の外を見ると、子ぱちゅりーと同じくらいの大きさの無数のぱちゅりー種が、
自分と同じように透明な箱に入れられ一列に並べられている様子が伺えた。
その表情は哀しげだったり困惑していたりと様々だ。自分の箱はその列の一番端に置かれていた。
ここがどこなのか、あれからどれだけの時間が経ったのかはは全く分からない。
当然ながら両親の姿はなく、檻の中は自分の他には何一つない。
子ぱちゅりーは、今までのことをゆっくりと思い出していた。
父まりさは自分の目の前で酷くゆっくりできない方法で永遠にゆっくりしてしまった。
母ぱちゅりーはどうなったのか分からない。が、あの男達の様子からして、きっとゆっくりできてはいないだろう。
あれは一体何だったのだろう?自分達が何をしたというのだろう?
子ぱちゅりーは自分達の身に降り掛かった理不尽な悲劇に涙するしかなかった。
子ぱちゅりー自身は気付いていなかったが実はあれから三日が経過していた。
男達に連れ去られた子ぱちゅりーは、すぐさまこの施設に引き渡され、ゆっくり用の睡眠薬を打たれ眠っていたのだ。
その間、子ぱちゅりーは体を綺麗に洗浄され、毎日定期的に特殊な栄養剤と薬剤を注射されていた。
そして、今日は子ぱちゅりーに対する“処理”の最終工程が施される日だった。
ガシャン
突然、ゆっくりできない大きな金属音が響き渡った。
それと同時に子ぱちゅりーの入った透明な箱が一箱分前に進んだ。
いや、子ぱちゅりーの入った箱だけではない。この箱の列全体が一箱分前進していた。
ゴトン
そして、やや遅れて、進んだ自分の箱のすぐ後方に、新たな透明な箱が降ってきた。
その中には、たった今、落下のショックで目覚めたと思しきぱちゅりー種がキョロキョロと辺りを見回していた。
「……???」
ガシャン
数分後、再びあの大きな金属音が響き渡った。
それと同時に箱の列全体がまたも一箱分前進している。そして、またもや後方には新しい透明な箱が降って来た。
状況は理解できないが、どうやら自分を乗せたこの箱の列は少しずつ前方の黒いカーテンに向かって前進しているようだった。
カーテンは真ん中で割れており、箱の列が前進する度に一箱だけその奥に吸い込まれていった。
前方のぱちゅりー達も後方のぱちゅりーたちも皆揃っておろおろするばかりだ。
そして、ついに子ぱちゅりーの箱がカーテンの奥に進む番がやってきた。
黒いカーテンを抜けた先、そこには優しそうな初老の男性が座っていた。
男性は柔らかい笑顔を湛えながら子ぱちゅりーの身体を優しく手に取り透明な箱から出してくれた。
巣を襲ったあの男達は全くゆっくりしていなかったが、目の前の男性はゆっくりした人間のように見える。
銀バッジ取得試験に向けて特訓中だった時の母ぱちゅりーの言葉が脳裏をよぎる。こういう場合はまず自己紹介だ。
「むきゅー。はじめまして。ぱちぇよ。ゆっく……びぃぃ!!!?」
満を持しての挨拶は男性が手にした鉄箆によって遮られた。
真っ赤な焼けた鉄箆を口に押さえつけられる。痛みで声が出ない……のではない。
柔らかな唇が一瞬にして溶けて癒着し、それ以上言葉はおろか異音を発することさえ出来なくなってしまったのだ。
痛みと混乱で気を失いかける子ぱちゅりーを次なる痛みが襲った。
そのしなやかなあんよに高温の激痛が走る。
「……!?……!!!!!!!」
男性が片手に持った子ぱちゅりーの底部をバーナーで炙っているのだ。
その恐ろしいまでの高熱は子ぱちゅりーのあんよからどんどんしなやかさを奪っていく。
たっぷり十数秒炙られた後、子ぱちゅりーはバーナーから開放された。
底部全体が焼け焦げたあんよは鈍痛を信号として送ってくるだけで
もはや自分の意志ではピクリとも動かせなかった……だがそれだけではない。
あんよはゆっくりにとってあらゆる動作の根幹となる部位である。
あんよを奪われるということは、跳躍や這いずりだけでなく、
体をよじることすら困難な体にされてしまったということなのだ。
無理に大きく体を動かそうものなら、焦げ付いて硬化したあんよがヒビ割れたり、
あんよと接する柔らかい部位の皮が引っ張られて破れてしまうだろう。
絶望的な喪失感に苛まれる子ぱちゅりー。だが男性の暴虐は止まらない。
さらなる苦痛が子ぱちゅりーを襲う。今度は子ぱちゅりーの恥ずかしい部位に激痛が走った。あにゃるだった。
「!!!!」
悲鳴を上げようにも声が出せない。生クリームを吐きたくても吐き出す口がない。
そして、それはもう既に上の穴も下の穴も同じことであった。
体の危機に体が反応したのか、子ぱちゅりーの意志を無視して口の下の小穴からしーしーが流れ出る。
流れ出たしーしーは子ぱちゅりーの下膨れを伝い鉄箆へと到達する。
だが、その些細な反撃は真っ赤に焼けた鉄箆には文字通り焼け石に水でしかない。
そして鉄箆はそんなしーしーの穴をも容赦なく蹂躙した。もはや叫びすら無く涙を流し続けるしかない。
涙で視界がぼやけて見える。だがぼやけていてもハッキリ見えた。子ぱちゅりーの眼球に迫る鉄箆……。
声は出せない。体も動かない。生クリームを吐くことすらできない。
それでも視覚を焼かれるより先にぱちゅりーは何とか意識を手放すことに成功した。
……遠ざかる意識の中で、何かが聞こえたような気がした。
「鬼井さ~ん!営業の餡野さんから~。外線……」
帰宅途中、俺はいつものように商店街のペットショップの前で足を止めた。
ショーウィンドウからは毛並みの良いゆっくりたちがニコニコとこちらに向けて微笑んでいる。
窓の一つ一つに貼られた値札には全て六桁・七桁の数字が踊っていた。
はぁと溜息をつく。貧乏学生がおいそれと手を出せる金額ではない。
俺はとある大学のゆっくり医学部に通うしがない学生だった。
だが、いつかは金を溜めてちゃんとしたゆっくりを購入しようと心に決めていた。
ちなみにお目当てはぱちゅりー種だ。あの落ち着いて優雅な感じが好みなのだ。
ふと、商店街の一角に人だかりが出来ているのに気が付いた。
近くに寄ってみると、どうやら福引をやっているらしい。
そういえば、さっきパン屋で福引券を貰ったっけ。
どうせ今日は暇だし、と福引会場に向かい奥にある景品を眺めてみた。
すると透明な箱に入った一匹のゆっくりと目が合った。成体のぱちゅりーだった。
かなりの美ぱちゅりーであった。帽子には金バッジが輝いている。
そして予想通りぱちゅりーは一等の景品だった。俺の持つ福引券はたったの一枚。
分の悪い賭けだが負けたところで失うのは紙切れ一枚だけだ。
紅白巫女姿の受付嬢に福引券を渡し、箱の中から折り畳まれたカードを一枚取り出した。
ジャラン♪ジャラン~♪
安っぽい鐘の音が鳴り響く。
「おめでとうございます。二等です。二等が出ました~」
愛想笑いを浮かべつつ妙に事務的な声で俺と周囲に当たりを知らせる受付嬢。
おおお、一等は逃したが二等か。俺のクジ運も意外と捨てたもんじゃないな。
そういえば二等って何だっけ?一等のぱちゅりーに目が行ってそれ以外は気にも留めていなかった。
「はい。二等の生ぱちゅりー饅頭です」
受付嬢が化粧箱を差し出してくる。
両目と口を焼き潰されたぱちゅりー種のカラー写真が印象的なパッケージ。
テレビで見たことがある。これはあの有名なぱちゅりー牧場の生ぱちゅりー饅頭じゃないか!
敷地内の森でゆっくり育った天然の子ぱちゅりーを、贅沢にも丸ごと生きながらに饅頭に加工した一品。
主に富裕層のギフト向けに供される超高級菓子であった。
パッケージ側面の解説文によると、何でも覚醒させた子ぱちゅりーの口を嘔吐される前に素早く焼き塞ぎ、
あんよを狐色になるまでしっかり焼いて、あにゃる~しーしーの穴~両目を同様に塞いでから
最後にぱちゅりーしゅ特有の長髪が狭くて動かせない程度の箱に生きたままの状態で梱包しているのだそうだ。
子ぱちゅりーは恐怖と絶望に曝されることで甘みを増し、同時に余計な身体機能を殺すことで、
生命活動を最低限維持させ、絶食状態でも長期の延命・保存が期待できるらしい。
確かに五感の大半を視力に頼るゆっくりは目を潰されれば周囲への恐怖から積極的に動こうとしなくなる。
さらにあんよを焼かれれば肉体的にも歩行や跳躍を半永久的に封じられてしまうだろう。
一切の身動きを封じられれば、脆弱なぱちゅりー種は恐怖とストレスから致命的な分量の中身を吐き出しかねないが、
それも先手を打って全身の穴を塞いでいる為、加工された子ぱちゅりーは身悶えすることしかできないに違いない。
ちなみに、これらの処理は熟練の職人が個体毎に微調整を加えながら手作業で行うらしい。
本当に手間暇掛けてるよなぁ。本来なら俺みたいなヤツが食べられるシロモノじゃない。
金バッジぱちゅりーが手に入らなかったのは残念だが、元々勝算は低かったしこれはこれで驚きの収穫だ。
去り際にふと金バッジぱちゅりーに目を移すと、あのパッケージ写真にショックを受けたのか白目を剥いて気絶していた。
家に帰ると早速、生ぱちゅりー饅頭に齧り付くことにした。
化粧箱を開けると全身の穴とあんよを焼き潰されたパッケージ写真そのままな子ぱちゅりーたちが転がり出る。
全部で四匹入りだ。ソフトボールより一回り大きいくらいなので二匹も食えば満腹だろう。
ふと、密封状態から開放されたことで表皮が外気を敏感に感じ取ったのか
生ぱちゅりー饅頭たちは皆揃ってぷるぷると震えだした。パッケージの解説通り四匹ともしっかり生きているようだ。
おもむろに一番手近な一匹を手に取る。手に取った瞬間ビクッと体が跳ねた。
その反応が妙に可愛かったので両手で全身をゆっくりとこねくり回してみる。
両目と口が焼き固められていて表情は判らないが、その心中はきっと恐怖で一杯なのだろう。
必死な様子で全身を小刻みにピクピクと震わせている。生き饅頭に許された最大限の抵抗なのかもしれない。
さて、それじゃそろそろ十分に感触を楽しんだので、まずはあんよから頂くことにする。
「それじゃ、いただきまーす」
バリリッ!(ビックンッ!)
噛み付いた瞬間、生ぱちゅりー饅頭の体が大きく仰け反った。
両手でしっかり押さえているので生クリームが飛び散ったりはしない。
ムシャムシャ!(ビクビクッ!)
焼けたあんよの表面はクッキーのような味と食感だった。黒焦げではないので苦味は全くない。
さらに口の中であんよの表皮の内側にごっそり付着した生クリームが別の生き物のようにのた打ち回る。
この感触はクセになりそうだ。続けて生ぱちゅりー饅頭のまむまむの辺りを食い千切ってみた。
ムシャリッ!(ビクビクビクン!)
ふむふむ、ここはシットリとした食感だ。これはどんどん行けるぞ!
こうして気が付けば生ぱちゅりー饅頭はペラペラの頭皮に付着した紫色の毛髪と帽子を残して俺の腹に収まっていた。
ふぅ、さすがはあのぱちゅりー牧場謹製の銘菓なだけのことはある。
少々がっつき過ぎな気もするが早速二匹目行ってみるとするか。
そして頭皮と帽子を口に押し込みながら残る三匹に手を伸ばそうとして……そこで視線に気が付いた。
さっきは気付かなかったが、よく見ると一匹のぱちゅりーが両目を見開きダクダクと涙を流しながらこちらを見上げていた。
あれ……両目は潰してあるはずじゃ……ううむ?潰し忘れの不良品か。
まぁ、加工食品に見つめられるのは気持ち悪いが、別に食べられないほどの欠陥というわけでもない。
何なら今この場で両目を潰してしまえばさっき食ったのと何ら変わらない饅頭に……。
と、そこまで考えてふと思いついた。このぱちゅりーを治療してペットとして育てられないかと。
ぱちゅりーは身体の複数の重要器官を潰されているが、その目は怯えていながらも決して正気を失っている様子はない。
生ぱちゅりー饅頭のパッケージの成分表に目を通す。流石に人の口に入るものとあって諸々の予防接種は受けているようだ。
これは憧れのぱちゅりー種を入手するチャンスだ。失敗してもどうせただで貰った饅頭だ、惜しむほどじゃない。
……だが果たしてうまくいくかどうかは正直不安だった。
学生とはいえゆっくり医学が専攻なので、ゆっくりの所見には実習も通してそこそこ自信がある。
ぱちゅりーは両目が無事とはいえ口もあにゃるも焼き塞がれている。しーしーだって出来ない。
あんよも動かせないだろう。自力で食料摂取と排泄ができなければ座して死を待つばかりだ。
とりあえず治療プランを練ることにしよう。治療に優先順位を付けて一つずつ目標をこなしていけばいい。
そうなるとまずは何より口の再生が最優先だ。食料摂取もさることながら、
意志表示の手段を与えてやらねばゆっくりを飼う面白みがない。
それに口の再生が成功したとしても、俺の飼いゆっくりになるかどうかは、ぱちゅりー自身の意志を確認しておきたかった。
野生に帰りたいなら帰してやってもいい。無理に飼いゆっくりとして引き止めても良好な関係は得られないからだ。
だが加工のトラウマで自らゆん生を放棄しようとしていたり、性格があまりに酷いゲス個体ならば、
やはり食用饅頭としての役目をまっとうさせてやらねばなるまい。
ゆっくりの体は未だ謎だらけだ。だが人間も含めた既成の生物とは異なり妙にいい加減な生態であることは判明している。
例えば体に穴が開いても、餃子の皮や小麦粉で簡単に修復できることはよく知られている。
さらに成功確率はやや落ちるものの、ゆっくり間の移植手術も人間同士の移植手術に比べ遥かに敷居が低い。
そして、それは異種族間でもそれなりに通用することが確認されている。
例えば眼球を喪失したれいむ種の眼窩にまりさ種の眼球を嵌め込んで視力が回復した例は少なくない。
もう一度ぱちゅりーの口元をよーく確認する。焼かれた唇は溶け焦げて完全に塞がっている。
さっき食った一匹の口周辺の食感を思い出してみる。パリっとしていた。
そうだな。まずは現状の口元を削り取り、小麦粉で新たに口を作り直すことにしよう。
「よし、ぱちゅりー。お前は助けてやるぞ。これから治してやるからちょっと痛いけど我慢しろよ」
そう一方的に宣言してぱちゅりーの表情を探ってみた。
ぱちゅりーはといえば、信じる信じない以前に状況が判断できずにむしろ混乱しているように見える。
無理もない。助けてやるとはいっても、それはつい今しがた目の前で仲間を食い殺した人間の口から出た言葉なのだ。
まぁどうせ返答はできないだろうから今は勝手にやらせてもらおう。
俺は箪笥や台所から適当に必要なものを準備した。そして、ぱちゅりーの両目をハンカチで縛って目隠しをする。
これは恐怖で精神崩壊させない為の処置だ。あとはぱちゅりーが痛みに耐えてくれることを願うしかない。
ぱちゅりーの体を片手でしっかりと持ち、荒めの紙ヤスリで口元を抉るように削っていく。
ガリガリ、ガリガリガリガリ。
ぱちゅりーは細かく振動している。今削っている箇所は恐らく痛覚ごと焦げ付いており痛みはない筈だ。
だが、だからといって自分の体が少しずつ削り取られていく感触に平気でいられる筈もないのだろう。
ふと、ぱちゅりーの体がビクッと跳ねた。紙ヤスリの一部が痛覚の残っている箇所に触れたか。
ここからは目の細かい紙ヤスリに持ち替えて慎重に焦げて硬くなっている部分を削っていく。
そして、ぱちゅりーが反応する度に削る箇所を変えて、口元の壊死した皮はあらかた取り除くことに成功した。
削っていた箇所の中央は口内まで貫通し、ぽっかり開いた穴からは微かに前歯が覗いている。
次に小麦粉をオレンジジュースで溶いてペースト状にし、それを薄く引き延ばして即席の皮を作る。
削ったぱちゅりーの口元にもオレンジジュースを満遍なく塗り、
湿った皮が柔らかくなるのを待って、作った皮を貼り付け指で周囲と癒着させていく。
そうすると、ぱちゅりーは完全な口なし状態になった。
もちろん色白な本来の肌とオレンジジュースで黄ばんだ即席の皮は色合いが違うので、どこが治療箇所かは一目で分かる。
俺は耳掻きを手に取り、黄ばんだ皮の部分に慎重に切れ目を入れていく。
新たな口元はさっき福引会場で見た金バッジぱちゅりーを参考にした。
よし。これで口元の見た目は何とか整った。だが、ぱちゅりーの口が言葉を紡ぐ様子はない。
それも当然だ。ぱちゅりーの新しい口元はまだ単なる小麦粉細工でしかない。
時間が経てば、本来の肌との結合部から次第にぱちゅりー本体と同化して、色合いも機能も取り戻すことだろう。
さて、次は排泄器官だ。まずは口のすぐ下に位置するしーしーの穴に的を絞る。
作業にあたり、残る二匹の饅頭のうち一匹をバラして焼き塞がれた箇所の損傷がどの程度か入念に調べることにした。
口元の再生を行う前にやっておけばよかったが、まぁ治療プラン自体が思いつきなので作業が前後するのも仕方ない。
ぱちゅりーの目隠しはしたままなので、この光景が大事に発展することもないだろう。
結論から言うと、しーしーの穴もあにゃるも、焦げているのは比較的浅い層だけのようだった。
(ちなみに調べ終わった後のバラバラの饅頭はその場でおいしく頂きました)
しーしーの穴に紙ヤスリを当てる。作業自体は口元の時とあまり変わらない。焦げた箇所を目の粗い紙ヤスリで大雑把に削り、
目の細かい紙ヤスリで微調整してから小麦粉とオレンジジュースで作った皮を周囲の肌と癒着させていく。
そして最後にキリで丁寧に小穴を開け、爪楊枝を慎重に挿して尿道と繋がっていることを確認した。
これで暫くすれば、ぱちゅりーは再びしーしーが出来るように筈だ。
とりあえず今はこの辺にしておくか。続きは口としーしーの穴の機能が回復してからだ。
二、三日も放置すれば最低限の機能は取り戻すことだろう。
俺はぱちゅりーの目隠しを取り外すとクッションの上に寝かせることにした。
賢いぱちゅりー種ならば、今日の処置は最初に語り掛けた通り“治療”であると判断できた筈だ。
実際、その目にはまだ怯えの色が残っているものの状況を察したのかだいぶ落ち着いてくれたようだった。
最終更新:2011年07月29日 18:00