二人のお兄さんと干しゆっくり


 軒に吊るしたゆっくりが泣く。
「ゆっくりさせちぇね!」
「おねがい おろしちぇね!」
「でいぶのあかちゃんたちを だずげでねぇぇぇぇ!」
 干しゆっくりを作っているのだ。
 山で取ってきたれいむとまりさと赤ちゃんの一家。
 本物の干し柿だとヘタの部分をつなぐが、こいつらの場合はやり方を変えた。
 一匹ずつ縦に穴を開けて、小さい順に一本の荒縄を貫通。
 一番下に結び目を作って、軒にぶら下げた。だんご三兄弟ならぬ、だんこ干しゆっくりだ。
「はやく はなしてねぇぇぇぇ!」
 痛くてポロポロ涙を流しながら、風に吹かれてくるくる回っている。
 餡子の中心の大事な部分はうまくよけたので、即死はしない。 
 見れば遠くの山はすでに真紅に染まっている。紅葉と紅白黒白の取り合わせが目にも鮮やか。
「ううむ、絶景だ」
 俺が縁側で満足してうなずいていると、一番下のまりさのやつが、ギロッとにらんで言いやがった。
「おにいさん! おぼえてるんだぜ! まりさがきっとしかえししてやるんだぜ!」
「ハッハッハ、できるものならやってみろ! このマヌケなちょうちん饅頭が!」
 俺は高らかに笑って、まりさの頬を軽快にはたいた。
 びしばしずべし。
 みっちりと水気が詰まっている。収穫はまだまだ先だな。
「いだああぃ、なにするんだぜぇぇぇぇ!!」
 まりさはとたんに泣き顔になってわめいた。はっは、根性のないやつだ。
 だが微妙に物足りない。そうか、お帽子だ。お帽子攻撃をするのを忘れていた。
 そのお帽子はひとつ上のれいむとの間で、ぺちゃんと潰れている。
 さてどうするかと考えていると、庭先の木戸を開けて一人の男が入ってきた。
「イヨー、やってるな」
 これは近所に住むNという男で、俺と同じ趣味を持っている。
 つまり、いわゆる虐待お兄さんだ。
 だが俺は最近、この男との意識の違いを感じるようになっていた。
 Nは俺のそばまで来ると、ゆっくり一家を見上げ、口の端を吊り上げて言った。
「ケッ、いつみても胸糞悪くなる」
「ゆゆ!? あたらしいにんげんさん? はやくれいむたちをたすけてね!!!」
「たちゅけてねえぇぇぇ!」
 母れいむの声にあわせて、子供たちが叫んだ。
 どんなときにも頼みごとをするというのは、これはこれで美点かもしれん。
 こいつらは性善説の信奉者なんだろう――と俺が思っていると、Nが怒鳴った。
「っせぇクソ饅頭どもが! べらべらしゃべんな、空気が臭くなるんだよ!」
「どぉじでぞんなこどいうのぉぉぉぉ!?」
「黙れっ!」
 Nは手を伸ばして、上のほうのちびゆっくりをつかんだ。
「ゆっ?」
 一瞬、助かるのかも、と期待に顔を輝かせるちびれいむ。
 だが次の瞬間には激痛に顔をゆがめた。
「いちゃいいちゃい! ひっぱらないでねええええ!」
 Nに引っ張られて、ちぎれそうになる。真ん中を貫通した縄が、ギシギシとこすれる。
「おねえぢゃんを はなぜぇぇぇぇ!!」
「いもうどを はなぢでねぇぇぇ!!」
「やめてあげてね! やめてあげでねぇぇぇ!」
「それはまりざのあかぢゃんだぜえぇぇぇぇ!?」
 家族の絶叫が響く中、Nはことさらにゆっくりと、ちびをちぎりとった。
 メリ……メリ……ミチミヂッ……ヴチッ!
「ゆぎゃぁぁぁぁぁ!! あ゛っあ゛っあ゛っ!!」
 Nの手の中でわさわさと狂乱する、ちびゆっくり。
 それを見せ付けられ、声もなく震える家族。
 ぼろり、と割れた柿のように頬が裂けてしまったちびれいむを見せつけ、ニヤニヤと笑うN。
 俺はNがゆっくりを食べるんだと思った。自然、苦い顔になる。
「勝手に食わんでくれよ、穴を開けるのも手間だったんだから」
「悪いな。でもこんな連中、食うまでもないだろ」
 言うが早いか、Nはちびれいむを庭に放り出した。
「あ゛っあ゛っあ゛っ お が あ ぢゃっ い だ い  だ ず げ で」
 虫の息のれいむが、餡子をボロボロこぼしながら這い回り、砂まみれになっていく。
「おちびちゃん! おぢびぢゃぁああぁぁんん!!!」
 何もできない母れいむの絶叫が、秋空に響く。
「おーい、早く助けにいけよー。今ぺろぺろすれば直るかもしれんぜ」
 Nが底意地の悪い声で言う。
「ゆぐううぅぅぅ! ゆぐぅぅぅぅぅうぅぅ!! おぢびぢゃぁぁんぁん!!」
「ゆっぐりっ! ゆっぐりじでねっ! ゆっぐりじでいっでねぇぇ!!」
 涙を滝のようにだらだらと流す一家。上の涙が下に注ぎ、カスケードになっとる。
 顔は真っ赤で口はわなわな震え、慟哭というのはかくあらんかというような嘆きっぷりだ。
 慰めの言葉もむなしく、土の上のちびゆっくりは、最後のあがきを遂げた。
  わさっ わささっ
「もっちょゆっくち……ちたかっ……た……」
 ちびは、裂けて汚れたゴミのような姿で、短い生涯を終えた。
 そこを見計らってNがゆっくり家族に向き直り、両手を広げて語りかけた。
「ほら、ほら! なあ、おまえらよ、なぜ子供を助けなかったんだ! なぜ!」
「ゆう゛っ!?」
「母親なら助けろよ! それが家族ってものじゃないのか?」
「だ、だって、れいむはなわがささって、うごけなかったよ!」
「縄が刺さっただ? そんなことがなんだ。あの赤ちゃんはその縄でちぎられる苦しみを味わったんだぜ?」
「ゆ゛っ……」
「母親ともあろうものが、同じ苦しみに耐えられずに、黙って見てたわけだ!」
「ゆ゛ゆ゛ぅ……!」
「痛いからいけない、縛られているからいけない、それを言い訳にして見殺しにした! 見殺しだ!」
「ゆぐぐぐ、そんなこといわないで――」
「見殺しだ、子殺しだ! おまえは子殺しの汚いれいむなんだ! なあまりさ、なあ子供たち! どう思うよ! え?」
「ゆ……おかーしゃんに、おねーちゃんをたちゅけてほちかったよ……」
「そうだろうそうだろう!?」
「ぞんなごどいっでも むりだっだものおぉぉぉ!!」
「子殺し! 自分のことしか考えない、心のみにくい、子殺しれいむめ!」
 Nの叫びにあわせて、いつしか母れいむの上と下から、家族の冷ややかなまなざしが浴びせられた。
 母れいむは蒼白になり、泣き喚く。
「やめでねぇぇぇ! そんなこどいわないでねぇぇぇぇ!!!」
「ヒャーハハハ、子・殺・し! 子・殺・し!」
 手を打って囃し立てるNを、俺は複雑な気分で見つめていた。

 夜半に昇った月が、ゆっくり家族から落ちる滴をキラキラと光らせる。
「ゆっぐ……ゆっぐ……」
 泣き寝入りしたれいむと、絶望した顔の家族たちが、軒でゆっくりと回っている。
 俺は座って、考えこんでいた。
 俺は虐待お兄さんだ。それは認める。
 では、あのNのような男と同類なのだろうか。
 ゆっくりに罪をなすりつける、歪んだ心の持ち主なのだろうか。
 俺はゆっくりを汚いとは思わない。醜いとは思わない。
 Nはゆっくりを憎悪している。侮蔑している。
 それなのに、同じ虐待お兄さんなのだろうか。
「ゆぅ……おにいさん、おにいさん」
「ん?」
 見上げると、一番下のまりさが目配せしていた。おれは顔を寄せる。
「まりさを にがしてほしいんだぜ」
「何いってやがる」
「まりさをにがしてくれたら、ほかのゆっくりのすをおしえるんだぜ! もっとたくさんゆっくりがいるぜ!」
 俺は顔を離し、上目遣いで媚びた笑みを浮かべているまりさを見つめた。
 そういえば、お帽子攻撃がまだだったな。
 俺は無言で一番下の大きな結び目をほどき、ずるりとまりさを抜いてやった。その上にも結び目があるので、れいむは落ちてこない。
 まりさを地面に下ろすと、「ゆぐっ!」と少し餡子を吐いた。底とてっぺんに穴が開いているのだから、無理もない。
 だがまりさは、歯を食いしばって耐えた。
「ゆぐぐぐ……こ、これぐらいなら、ゆっくりなおすよ!」
 見上げたものだ。命根性の汚さはピカイチだな。
「おにいさん、ありがとう! ゆっくりにげるね!」
 ニヤニヤ笑いながら逃げようとした瞬間に、俺はまりさの帽子を取り上げた。
「ゆうっ! まりさのおぼうし! おぼうしとらないでね!」
 さっきまりさを外したばかりの縄の下端に、その帽子を結びつけた。地上から1メートル半、縁側から80センチばかりの高さだ。
「かえして! かえしてね! まりさのおぼうし、だいじだよ!」
 困り果てた顔になって、帽子の下でぴょんぴょんと飛ぶ。舌までンベッと伸ばしている。
 その、懸命で無力な姿を見つめて、俺は声をかけた。
「なあ、まりさよ」
「はやく、おぼうし!」
「俺はおまえたちが大好きなんだ」
「おぼうし、おぼうしがないと……ゆっくりできないよ、ゆっくりできない!」
 うろたえて大汗をかき、おたおたと周りを見回す。先ほどの不遜な自身は影も形もない。
「そのヘタレでチキンなところも大好きだ」
「おぼうし、とりかえすよ!」
 まりさはひぃひぃ言いながら縁側に這い上がり、そこから伸び上がった。
 メロン程度の背丈しかないから、やっぱり届かない。
「おまえたちが、馬鹿なりに懸命にがんばったり、安直ではあるけれど、笑ったり泣いたり、しあわせ~をするのが大好きなんだ」
「おぼうし、ゆっくり、とるよっ!」
 びょんっとジャンプしたが、届かず庭に落ちた。ブピッ! と噴水のように頭の穴から餡を噴いた。
 あ、ちょっと面白い。
「決してお前たちを軽蔑なんかしない。心から愛してるよ」
「ゆっぐ、ゆっぐ……おぼうしいいぃぃぃ!!!」
「そんな俺と昼間のN、おまえらはどっちが好きだ?」
 俺が言ったとたん、まりさは振り向き、目を三角にして怒鳴りつけた。
「どっぢも だいっぎらいに ぎまっでるでしょおおおおおおおおお!!!?」
「ま、そうだろうな」
 俺はあっさりと迷いの思惟から抜け出した。
 ごちゃごちゃ考えて何の益がある。ためらいがあるなら、虐待を止めればいいのだ。
 それをしないならば、俺たちは同種だ。どちらも下劣な、猥褻な虐待お兄さんなのだ。
 俺はまりさを捕まえ、別の縄に通して、れいむたちの隣にぶら下げた。
「にがしてくれるんじゃなかったのぉぉぉ!?」 
「どうせ帽子なしじゃ、ゆっくりできないんだろうが」
 うるさく騒いでいると、隣のれいむたちも目を覚ました。
「ゆゆっ? まりさ、どうしておとなりにいるの!?」
「こいつは自分ひとりだけ逃げようとしたんだよ」
「うぞでじょぉおおお!? まりざ、れいぶをみずでだのおぉぉぉ!?」
「だっでだっで、まりざ、じにだくながったのおぉぉぉぉ!!」
「まりさおかーしゃん、ひどいよぉぉぉぉ!!」
 月夜の軒に、狂乱ゆっくりたちがふた房。
 こいつらが、しわしわに乾ききるまでの一ヵ月あまりを想像して、俺はつぶやいたのだった。
「……日本酒、買ってくるか」


 * * * * 


 愛餡男ことアイアンマンです。
 この話は、干しゆっくりたちの乾燥と、うめき声を一ヵ月にわたって書くつもりでした。
 でもちょっと変わってしまいました。
 干しゆっくりにはまだいろいろと書き方があると思います。
 家族をつないで一匹だけ放置し、水と餌を持って来させるとか。
 逆に一匹だけつないで、家族に水と餌を持って来させるとか。
 冬ごもりの時期も来るので、餌も気温もギリギリで、いろいろ大変なことになるでしょう。
 うまい展開を思いついた方は、自分も書いてみてください。



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最終更新:2022年03月15日 00:50