「ほらっ、もうおうち宣言なんてするなよ」

とある民家からまるでゴミのように丸い物体が三つ投げ捨てられた。
それはゆっくりの一家だった。投げ捨てられたのは成体れいむとまりさの両親と、一匹の子れいむ。
つい数十分前までどこにでも在るありふれた存在であったが、今は違う。

それはゆっくり達の状態。
なんと面妖か。まず親まりさには顔がなかった。当然生まれつきではない。先ほどおうち宣言をした民家の主によって改造されたのだ。
目も口もくりぬかれた上で餡子と小麦粉の皮で補修され、のっぺらぼうのようになってしまったのだ。このまりさはもう何も見ることは出来ぬし、食べることも喋ることも出来ない。
更には底部も火傷を負っていた。二度と動けぬほど炭にはなっていないが、僅かに這うことしか出来ずに自然治癒も不可能なまでには焼かれていた。

そして子れいむもまりさと同じような状態だった
目も口もなくのっぺらぼう、更にはまりさと違って髪もリボンも無い。ただ幸いだったのは底部には何もされておらず自力で動ける点か。

そしてこの中で一番まともな状態だったのは親れいむだった。
民家の主によって全身に打撲を負ってはいるが、それも生きる上には何も支障はなく、ゆっくりの自然治癒能力で治る程度だ。

「ゆぐっ……えぐっ、ばりざぁ……」

れいむは全身を殴られた痛みをこらえながらも、ずりずりとのっぺらぼう状態のまりさにすり寄った。
れいむはまりさがこんな状態にさせられた地獄を目の前で見てしまった。生きたまま目をくりぬかれて、面影もないほど顔を改造されるというこの世のものとは思えぬ光景を見たれいむは激しい恐怖を覚えた。
その上で恐怖だけでなく、れいむを散々痛めつけた人間から少しでも逃げるようにと、れいむはまりさを連れて逃げようとした。
まりさはもう自力では歩けない。だから自分が連れていくしかない。

髪を引っ張ってずーりずーり。まりさも子れいむも音を聞くことは出来る。だかられいむがかけた「ゆっくりかえろう」という声も聞こえていたはずだ。
子れいむはれいむがそう声をかけた瞬間、何かから逃げるように(いや、実際に人間から逃げている)全力で、あさっての方向に跳ねはじめたので、慌ててれいむが捕まえて親まりさの帽子の中に入れた。
しばらくそこでゆっくりしててね、と言ったら傍らに親まりさのぬくもりを感じて安心したのかおとなしくなった。

今やまりさも子れいむも、かつての姿は似ても似つかない。身内以外が、いや身内でも改造される場面を見てなければ個の判別がつかないだろう。
しかし、それでもれいむにとってはかけがえの無い家族なのだ。れいむは自身の体力を振り絞って、今や二度と治らぬケガを負った家族を、かつての巣へと引っ張っていった。
そして、治らぬケガを負っていたのはまりさと子れいむだけでは無かった。れいむもまた、心の傷という治らぬものを負っていた。









翌朝。おうち宣言する前の、子供が生まれて手狭に感じるようになった巣でれいむは目覚めた。
そこは木の根のあたりに出来た、地面の穴だった。れいむはもぞもぞもと起きて、「ゆっくりおきるよ」と小さく呟いた。
そして、家族へと視線を移す。そこにあったモノを見て、昨日のことは夢では無かったのだと今再び再確認し、落ち込んだ。

傍らにいるのは、もはや起きているのか寝ているのかも分からない、表情を浮かべることも、何かを美味しく食べることも、優しい言葉も発することが出来なくなった、最愛の伴侶の最愛の我が子の姿。
れいむは嗚咽をこらえながらも、静かに涙を零した。れいむは、自分一人で家族を支えなければならない。もはや何かを聞くことしか出来ず、何をすることも何かも伝えることも出来なくなった家族を。

こんな存在、当然野生ではお荷物以外の何物でもない。
しかしながら、れいむにとってまりさと子れいむは、お荷物だからといって切り捨てることが出来る存在ではなかった。

「まりさ、おちびちゃん、ゆっくりまっててね」

れいむはそう二匹にそう囁くと、巣を飛び出た。エサを探しに行ったのだ。
れいむが身ごもってからは毎日まりさがやっていた仕事。それを今日からはれいむがしなければならない。
出来る、出来るはずだ。れいむはそう言い聞かせて、森の中を駆けまわって朝食を集めた。
だがれいむは、あまりにも現実感のない事だから忘れていた。
もう、まりさと子れいむに食事は必要無いのだと。

「ゆ゛ぅ……」

れいむは困惑した。嘆いた。再び泣いた。
もう二度と「む~しゃ、む~しゃ、しあわせ~」が出来ぬまりさと子れいむ。そしてその現実を再び目の当たりにしてしまった。
子れいむは動けるはずだが、危ないからとれいむが再三に渡って動かぬように言っておいた。だから、子れいむは動かぬ。自身もまた、何も見えない恐怖に苛まれているのだから。

れいむはのっぺらぼうの伴侶と我が子の前で食事をした。二匹は食事が出来ぬとも、れいむはしなければならないからだ。
れいむは昨日暴行によって負ったケガと、体力を回復させるために、久しぶりに自分が集めた食事を口に運ぶ。余分に集めてしまった、家族の分も。

「む~しゃ、む~しゃ……」

その口から「しあわせ~」が出ることなど、二度とない。












そのまた次の日。れいむの生活サイクルは昨日の時点で確立された。
れいむが巣の外へ出るのは一日三回のエサ集め。それも一匹分のみ。
あとはずっと、巣にこもってまりさと子れいむの相手。まりさも子れいむも、当然ろくな反応も示さない。
だがれいむは、相手に伝わってるはずと思い、す~りす~りをしたり、歌を歌ったりした。
そんなれいむに、子れいむは光がない恐怖から少しだけ小さく跳ねて、まりさはろくに動かせない体を身じろぎさせて反応してくれた。
れいむは、それだけで嬉しかった。

そんな二日目。れいむが昼食を食べ終えた後の、まりさと子れいむへのお歌タイムをしている時だった。

「やぁ、れいむちゃん元気かな?」

この一家を、こんな地獄へと叩き落した張本人が、巣に現れた。
れいむは絶叫した。絶叫し、泣き叫び、狭い巣の奥へと引っ込んだ。
そのれいむの叫び声に混乱し、それまで動かなかった子れいむがにわかに跳ね始めた。顔も髪もなく、ただの饅頭と化したそれは、方向もわからず逃げようとした。
それは偶然出口へと向かっており、人間に巣の中へと殴り返されて、その後ぐったりとして動かなくなった。
その間もずっとれいむは、半狂乱に陥ったまま巣の奥に逃げていた。それ以上奥にはいけないというのに、更に奥に、より遠くへ逃げようと。

「ゆ゛ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! だずげで、だれがだづげぇぇぇぇぇ!!! ゆっぐりでぎないおにいざんがいるよ゛ぉぉぉぉぉぉ!!!
 いやだっ、でいぶゆっぐじじだい゛ぃぃぃぃぃぃ!!! だじゅげでぇぇぇぇぇぇ!!! いやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

その叫び声を、まりさも聞いていたはずだった。
だが、まりさにはどうすることも出来ない。れいむを慰めることも、人間に立ち向かうことも、逃げることも涙することも。
ただぷるぷるとわずかに震えるのみの饅頭として、そこにあることしか出来なかった。
しかし、しかしだ。それでもまりさは愛するれいむの泣き声を聞いて、ずりずりとみっともなく這って、人間の声を頼りに立ち向かおうとした。

そんなまりさを、人間は殴り飛ばした。殴って、殴って、殴って、なおもずりずりと這ってくるまりさを喜々として殴り飛ばした。
その後もれいむは、人間が立ち去ってれいむに見つからなず巣を観察出来るポイントに行くまでずっと泣き喚いたままだった。
そして一度泣きやんだ後、巣の中で横田たわるボロボロのまりさと倒れている子れいむを見てまた泣いたのだった。












ある日れいむが巣に帰ると、そこにはボロボロになったまりさと子れいむがいた。
人間によって虐待された傷ではない。明らかにそれ以外の者による傷だった。
のっぺらぼうのただの饅頭が二個、巣の中に転がっていた。至る所ケガだらけ。餡子もわずかに漏れていた。
まりさは自身で起き上がることも出来ない。子れいむは起き上がっていてもただの髪も顔もないので、分からない。

「ばりざぁぁぁぁぁぁ!!! おぢびぢゃぁぁぁぁぁぁん!!! どぼじだのぉぉぉぉぉぉ!!!」

れいむは泣いて二個に駆け寄った。涙をボロボロと流して、すりすりと頬をすり合わせる。
目も見えない二匹でも、これなられいむが傍にいることが分かるだろう。もっとも、二匹がそれを伝える術は殆どないのだが。
かろじて、子れいむが拙い動きですりすりを返したぐらいだった。
それだけだったが、れいむは泣いて喜んだ。光を失ってからピンチの時以外ろくに動こうとしなかった子れいむが、動いてれいむにすりすりを返してくれたのだから。
傷ついた体にも関わらず。それで、嬉しくないはずがない。

ちなみに、二匹をこんな目にあわせたのはとある野良まりさだった。
一人立ちして自分の巣を探していた野良まりさは、ちょうどよくのっぺらぼう饅頭が留守番していた巣を見つけた。
当然そこでおうち宣言をしようとしたが、そこにいたのは気味の悪い饅頭だった。

その饅頭を野良まりさはゆっくり出来ないものとして暴行をくわえた。
散々体当たりをしたり踏みつけたりした挙句、ここはゆっくり出来ないといって巣を立ち去って行ったのだ。
なお、その野良まりさは現在、虐待を行った一家のその後を観察している人間に捕まって玩具兼おやつになっていた。
頭をくりぬかれて中の餡子を攪拌されて、小刻みに痙攣している。

人間は野良まりさの餡子を一割ほど食べたところで、「飽きた」と言って放り捨てた。
命である餡子を削り取られ、頭を切り取られた野良まりさはその場でずっと痙攣したまま動かず、そのままアリのエサとなった。










日に日にまりさと子れいむは衰弱していった。当然だ。何も食べることが出来ないのだから、餓死するしかない。
生命維持のための餡子が消費され、体が小さくなっていく。皮も薄くなって、中の餡子が透けて見える。
一日、一日と、刻一刻と死へと近づいていく日々。かつては少しは跳ねたり身じろぎして反応を返してくれたまりさも子れいむも、やがてはそんな反応も示さなくなった。

そして、ある日を境に二匹は微動だにしなくなった。
顔が無いため一見しては分からなかったが、二匹とも死んだのだった。

れいむは大声をあげて泣いた。涙が枯れるほど泣いた。流した涙で体が溶けて流れるのではないかというほど泣いた。
泣いて、泣いて、悲しんで、ゆっくり出来ていた日々と人間に合された地獄、とそのあとの苦しい生活を思い返した。
そんな、そんな不幸のどん底にいるれいむに、またあの人間が現れた。

人間は狂乱に陥ったれいむを捕まえると、しかと目を見開かせ、その状態でまりさと子れいむの死骸を踏みつぶした。
顔がなくても、まだ原形を、カタチを保っていた家族の体が跡形もなくつぶれる様を見て、れいむの精神は壊れた。
しかし、人間の手によってまた再生された。

れいむが正気を取り戻したのは、人間の家だった。ゆっくりは、精神崩壊を起こしても中の餡子をかき回せば正気を取り戻すのだ。
そしてれいむは、正気を取り戻して、恐怖の記憶を呼び起こして、もはや言葉ですらない声をあげて人間の家の中、人間から逃げ惑った。
しかしそれは徒労に終わり、地獄を見た。

それでもれいむは生還した。
ただし、まりさや子れいむと同じく、のっぺらぼうの状態で。
のっぺらぼうれいむは人間の家の表通りに捨てられた。底部は無事だから、自分で動ける。
しかし、れいむには我が家に帰還する術は残っておらず、助けてくれる者もいなかった。

のっぺらぼうれいむは、その無表情の顔のまま、あさっての方向へと跳ねていった。
その後のっぺらぼうれいむがどうなったのかは、誰も知らない。






END

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最終更新:2022年05月22日 10:38