警告*


  • 現代物です。
  • ゆっくりは何も悪いことをしていませんが、ゆっくりできません。
  • 80字改行です。その辺案配していただけると読みやすいです。

↓以下本文

 身じろぎすら叶わない真っ暗な立方体。住人が身動き一つできないよう設えられた特製
の個室には、ゆっくりできる物は何一つない。この部屋だけが、このゆっくりれいむに
とっての世界の全てである。
 れいむは加工場で生産され、はじめてのゆっくりを口にするより先に茎から収穫された。
開いたばかりの目に映った、遠ざかっていく紅白のおまんじゅう。それだけがれいむの覚
えている親の記憶である。狭い区切りの中、口からチューブでゆっくりフードを流し込ま
れてれいむはすくすく育った。いつかはこの狭くてゆっくりできないぷれいすから自由に
なって、ゆっくりできる日を夢見て。そして何事もなく、もっと狭い箱に詰め込まれ、れ
いむは出荷された。

「ゆっくりしていってね!」

 れいむしかいない密室、ゆっくりできるはずの挨拶に応えるものはない。れいむはただ
ひとり、その言葉を繰り返し続けた。

「ゆ、ゆゆっ?!」

 不意に、れいむを収めた箱が細かく震動を始めた。ゆっくりは小刻みに揺らしてやるこ
とで発情する性質がある。

「ゆゆゆゆゆ、ゆふー、ゆふーっ!」

 密閉された箱の中では誰にも見えないが、れいむの頬はわかりやすく上気し、目を見開
き、鼻もないのに鼻息が荒くなっている。しかしきつい箱の中では一切身動きはとれず、
壁面に頬を擦りつけることもできなければ、跳ね回ることもできない。抑えようもなく、
行き場もない情動に、れいむは粘液を垂らして悶え続ける。始まったときと同じく、前触
れ無く箱の震動が止まり、れいむを押さえつけていた箱の側板が、引き戸のように僅かに
開いた。

「ゆゆっ?! なんだかゆっくりできそうだよ!」

 立方体にぎっちり押し込められ、その場で回転することもできないれいむは、頬に触れ
た、今までにないほどゆっくりできる何かに夢中で頬を押しつけた。そのもっちりした感
触といったらどうだろう! 発情したれいむが頬を側板の隙間から押し出すと、向こうの
柔らかい何かも押し返してくる。その感触は、ゆっくりに飢えていたれいむの本能をたま
らなく突き動かす。

「すーり! すーり!」
「ゆっくりやめてね! すっきりしたくないよ! あかちゃんはゆっくりできないよ!」

 震動で発情しきったれいむには、向こうから聞こえる声など聞こえていない。ただ本能
に突き動かされるままに、頬ずりを繰り返すだけである。頬を押しつけ、押し返され、と
てもゆっくりできる感覚が爆ぜ、れいむは歓喜の涙を流して高らかに叫んだ。

「すーりすーり、すっきりー!」
「すっきりー!」

 向こう側からの声もれいむに唱和する。直後、ゆっくりできた感触に浸る間もなく、即
座に側板の小窓は閉じ、れいむを囚われの身に引き戻す。

「せまいよ! かたいよ! ゆっくりできないよ! ゆ、ゆっ?」

 誰にも見えず、伝わらないのにれいむは箱の中で頬を膨らませて不満を表明……しよう
とするものの、狭すぎる箱のなかでは頬を膨らませることもできない。憤懣やるかたない
れいむがゆっくりできずにいると、額に何やらむず痒いような不思議な感覚が起こる。
 あんこの奥から渦巻くような、未知の感触にれいむは疑問の表情を浮かべる。全身を
捻って調べようとしても、箱の中。微動だにできない。そしてたちまちのうちに、れいむ
の額から一本の茎がにゅっと伸び始めた。あんこに受け継がれたゆっくりとしての知識が、
れいむはにんっしんっ、したことを、これからゆっくりしたあかちゃんを作ってゆっくり
することを告げていた。狭い箱の暗闇の中、れいむは唯一のゆっくりできそうなそれに、
心からのゆっくりを叫んだ。

「あかちゃんができそうだよ! れいむのあかちゃん、ゆっくりしていってね!」

 喜色満面、希望に顔を輝かせた直後、れいむは箱の狭さを思い出す。このまま茎が伸び
ては狭い箱のなかで、ゆっくりできなくなってしまう。

「やっぱりあかちゃんはだめだよ! せまくてゆっくりできなくなっちゃうよ!」

れいむの百面相をよそに、茎はにょきにょきと伸びていく。

「やめてね! あかちゃんはゆっくりできないでね! ここはせまいよ!」

先端がこつんと箱の天板に触れる感触は、れいむに死の宣告のように響いていた。

「ゆっ?!」

 その瞬間、れいむの視界は白く開けた。れいむの額の先だけ天板が押し上げられ、遮る
物のなくなった茎がするすると天へと伸びていく。これで茎が箱でひしゃげることはない
のだ。僅かに開いた隙間から差し込む外の光は輝かしく、れいむには自身と子ゆっくりと
の、ゆっくりできる未来を祝福しているようにすら感じられた。

「ゆっ、ゆっ! はこさん、ゆっくりありがとう! あかちゃんがゆっくりできるよ!」

 茎の伸張はすぐに止まり、茎を伝ってれいむの中身が実を結んでいく。中身の結実する
感触に、れいむは涙を流す。ぽこん、ぽこんっ、と間抜けな音を立て、茎に赤ゆっくりが
生っていく。もちろんれいむには見えないが、目に見えずとも茎を伝わり、どの子もとて
もゆっくりした子に育ちつつあること、どの子もれいむと同じゆっくりれいむであること
は、ありありと理解できた。
 せまくてゆっくりできないぷれいすだけど、ゆっくりしたあかちゃんといっしょなら
とってもゆっくりできるにちがいない。れいむはゆっくりいそいで訪れる、最高にゆっく
りできる瞬間に、箱の中であんこを踊らせ、暗闇の中で目を輝かせて待ち望んだ。
 あかちゃんがうまれたら、最高のゆっくりしていってね、を聞かせてあげよう。そうし
たら、あかちゃんもとってもゆっくりできて、いっしょにゆっくりできるにちがいない。

「あ、五つついてる。あたりだねー」
「あたし三つ~。ダイエットは明日から~」

 ぷつっという僅かな感触とともに、れいむの空想は瞬時に断ち切られた。おつむがなん
だかとっても軽い。箱で圧迫された身体を半狂乱になってよじってみても、茎の感触はど
こにもない。

「ゆっ、ゆ……?」

 あかちゃんはどこにいったの? れいむは自由になる目を必死に動かした。押し込まれ
たれいむには、茎が出るだけの天板の穴は覗けない。れいむがゆっくり理解できたのは、
茎の感覚がもうどこにもなく、れいむと繋がっていないこと。大事なあかちゃんは茎ごと
どこかへ消えてしまったこと。

「ゆゆゆゆゆっくりしていってね! れいむのかわいいあかちゃんゆっくりしてね!?」

 茎を引き抜かれたことで、天板の穴はぱたりと閉じた。どれほど叫ぼうとも誰にも聞こ
えず、唯一の明かり取りが閉じたことで何も見えない。暗闇の中、れいむは必死に身を揺
する。しかし箱はがっちりとれいむを捕らえて離すことはない。箱の中だけが、れいむに
とっては世界の全てである。これからも、れいむが永遠にゆっくりするまで。

 れいむの住処は、ふてぶてしいクラシックゆっくりの描かれた自動販売機の中にある。
フキダシのトゲトゲも鮮やかなパネルには、仰々しい字体で惹句が踊っている。
『できたておいしいゆっくり一口まんじゅう!』

 そしてまた一人、硬貨を入れた。スピーカーから合成音声が叫ぶ。

「さんぷんででてくるよ! ゆっくりしていってね!」

 れいむのゆっくりできるあかちゃんたちは、消費者には茎ごとおいしいワンコイン。



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最終更新:2022年05月03日 18:55