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  • 決死の虐待
  • 虐待お兄さんの冒険 人外魔境の森編
  • ゆっくりさん



ざぁ……ん。

美しい潮の音に眼が醒める。
瞼を開き身を起こす。視界一杯に蒼い空と海、白い雲と砂浜が広がり
海風が頬を撫でた。

「……」
「せ~んぱ~い」

どうしてこうなったのだろうと考えていると。背後から声が響いた。
後輩の声だ。首をぐるりと回してそちらを向くと、やはりそこには奴
の姿があった。
ぶんぶんと手を振って、
こちらに向かって走り寄り、
輝くような笑顔を浮かべ……
そして、一糸纏わぬ姿で。

「気色悪いもん見せんなぁぁぁ!」
「ぐげぺっ」

鳩尾に右拳を捻じ込むと、後輩が口から気色悪い液を吐きながら崩れ
落ちた。





虐待お兄さんの冒険 異形達の海岸編





「さて、言い訳を聞こうか」

日の光の暑さから逃れるために避難した岩陰で、俺は地面に横たわる
後輩を見下し、脚でやわらかい背中をぐにぐにと踏みつけながら問い
ただした。

「緊縛プレイだなんて、そんなマニアックすぎますよぅ」
「解った、簀巻きのまま砂に埋まりたいんなら俺は止めない」
「えぇそうです。例によって僕が連れてきました」

その辺から拾ってきたスコップを砂浜に突き立てると同時に、後輩が
不満そうな膨れっ面でそう言い、そのまま言葉を続けた。

「しかしそれは僕だけの責任じゃありませんよ!」
「また俺の責任か? 俺はこの前の事を警戒して迂闊な発言は慎んだ
はずだぞ」
「いえ、あの人の責任です」

そう言い、後輩は顎で右の方を指し示した。俺はそれを追って視線を
ずらす。
そこには、一匹のゆっくりれいむを抱えてぽかーんと呆ける一人の青
年の姿が。

「お前ら何してんだ? そういうプレイか?」
「ゆ゛ぅーーーー! なわざんはゆっぐりでぎないーーーーー!!」

何か嫌な事でも思い出したのか急に暴れだすれいむ。
俺は後輩に視線を戻す。

「サークルのラーメン(渾名)じゃないか……あいつが?」
「そう、あれは三日前の事です」

そして、後輩は遠い眼で語り始めた。







『先輩、海と地下強制労働施設どっちが好きですか?』
『どっちも嫌いだバーカ! 俺はそんな所絶対いかんぞ!』

僕がそう言うと、先輩は涙目で叫び、部室から走って出て行ってしま
った。相変わらず情緒不安定な人だ。

『なんだあいつ、急に走って出て行って……』
『あ、センパイ』

それと入れ違いにセンパイが部室に入ってきた。
この人はラーメンが大好きで大好きで仕方がなく、毎日三食ラーメン
を食べているという噂まであるちょっと頭がアレなセンパイだ。
丁度いいと思い、僕はセンパイに先程の質問をする事にした。

『ところでセンパイは海と地下強制労働施設どっちが好きですか?』
『海だな。なんたって地下強制労働施設にはラーメンの材料になるも
のは無いが、海には新鮮な魚介類があるからな』

センパイは選択肢に対するツッコミも無しに即答した。

『センパイは本当にラーメン好きですねぇ』
『あぁ。浴びるようにラーメンを食べるのが趣味だ』
『またまたぁ、いくらなんでも大袈裟ですよぉ』
『ハハハハハ』

僕がそう言うと、センパイは腕を組んで爽やかに笑い、

『大袈裟?』

そして、不思議そうに首を傾げながらそう言った。





「って事がありまして」
「関係のない俺をどうして連れてきた?!」

笑いながら語る後輩の胸倉(のあたりの縄)を掴み前後に揺さぶりな
がら怒鳴りつけた。

「だって先輩がいないなら僕は海なんか行きたくありませんし」

後輩は不満そうな顔で言う。

「そうなると俺も一人で海は寂しいし」

そこにラーメンがひょこっと出てきての支援。後輩は得意げな表情を
浮かべ、びしっとこちらに指を突きつけた。

「ほら、先輩は必要じゃないですか」
「海に行くのを諦めろ!」

その手をべちんと叩き落し、二度と縄から抜け出せないよう厳重に縛
りつける。当然、その間も言葉は休めない。

「それと寝てる間にベッドごと運び出すな! この前森からベッドを
家まで運ぶのにどれほど苦労したと思ってる?!」
「配送業者に頼めばいいのに」
「ですよねー」
「貧乏学生舐めんな」

まるで漫画みたいに見事な簀巻きになった後輩を蹴飛ばしながらそう
吐き捨て、地面に転がるそれに腰掛けながら大きく溜息をつく。

「あー、もう。いい。疲れた。付き合ってやるから今回限りにしろよ」
「「わーい」」

嬉しそうに声を上げる二人。俺は腰を上げ、さっき地面に突きたてて
おいたスコップを手に取りながら、後輩に告げた。

「ただし身の安全の確保のためお前は縛ったままここに埋めて行く」







「リアルゆっくり?」

地面から首だけ出した後輩の声が、辺りに虚しく響いた。






「ゆ゛あ゛ーーー! うみのいえはゆっぐりでぎないーーーー……」

遠くかられいむの泣き声が聞こえてくる。その声のゆっくりしてなさ
に、れいむを置いてきた海の家を身ながら、ラーメンに声をかける。

「なぁ、お前のれいむあっちで凄い泣いてるけど」
「あぁ。れいむはツンデレなんだよ」
「先輩と同じですねー……」

一体どれだけ地獄耳なのか、埋められた場所から後輩が口を挟んで来
た。俺は迷わず聞こえない振りをしながら、クーラーボックスに腰掛
けて崖の上で竿を握るラーメンに話しかける。

「で、お前の目的は釣りか?」
「あぁ。ここで釣った新鮮な魚介類でとった魚介スープで究極のラー
メンを作ってれいむに食べさせてやるんだ。きっといつもみたいに泣
いて喜ぶぞ」
「毎度思うんだけどお前のれいむ、あれ本気で嫌がってるんじゃない
か?」
「んなわけないだろ。れいむはラーメン大好きだよ」

背を向けたままでそう答えるラーメン。その言葉に、確かな確信めい
たものを感じて、俺は思わずラーメンに尋ねる。

「どうしてそう思う」

ラーメンは糸を海に垂らしながら、首だけこちらに向けて口を開いた。

「俺はラーメン大好きだ」
「あぁ」

俺は相槌を打って頷く。

「そして俺はれいむも大好きだ」
「あぁ」

先程と同じように相槌を打って頷く。

「つまり、ラーメン=れいむ。れいむはラーメンなんだ」
「……あぁ?」

うっかり先程と同じように相槌を打とうとして、明らかにおかしいも
のを感じて思わず語尾が上がる。そんな俺の様子に気付かないまま、
ラーメンは視線を空の方へ向け、言葉を続けた。

「自分が嫌いな奴は可愛くない。だがれいむは可愛い。つまりれいむ
は自分大好き。自分=れいむ=ラーメン。だからラーメンも大好きな
んだよ」

ラーメンはそんなわけのわからない事を極当たり前の事のようにすら
すらと述べ、そして再びこちらを向く。

「わかったか」
「俺には理解できない事がよくわかった」
「よかったな」

と、その時ラーメンの竿がびくりと反応する。

「ムッ! 引っかかったぞ!」
「根がかりじゃねーか?」
「いや、違う! こいつは大物だ!」

ラーメンはそう言うと立ち上がって竿と格闘し始めた。確かに見てい
てもかなり強く引かれているのが解る。
そして、ラーメンは数分に及ぶ格闘の末、

「フィーッシュ!」

と叫び、竿を思いきり振り上げた。水面から黒い影が飛び出して、

「あ゛ーう゛ー!!」

と、泣いているような呻き声を上げながらべちょりと地面に落ちた。
俺とラーメンは、極めて特徴的な帽子に釣り針を引っ掛けたそれを
見下ろす。

「すわこだ」
「すわこだな」
「あ゛ーう゛ー」

地面に打ち付けた顔が痛いのか逃げるでもなくこちらに非難の眼差し
をむけるでもなく、そこに座り込んで嗚咽を漏らしている。
ラーメンはてくてくとその背後に歩み寄って頭を鷲掴みにすると、腰
かけていたクーラーボックスを開いてぽいっとそこにすわこを放り込
み、蓋を閉めてまたそこに腰掛けた。

「……スープにするのか?」
「何事も挑戦だ」

ぁーぅー……

クーラーボックスの中から悲痛が声が漏れ出してくるが、それを気に
する者は残念ながらここにはいなかった。

「ムッ! また掛かった!」

と、ラーメンが声を上げると同時に竿が大きくしなった。

「随分調子いいな」
「こいつでかいぞ! にしては随分大人しいけど……」

ラーメンの言う通り先程のように竿の先が大暴れするような事はなく

リールを巻き取ると素直に上に上がってきた。
そして、水面にぽちゃりと影が浮かぶと同時に、

「フィーッシュ!」

ラーメンは思い切り竿を振り上げた。んな事する必要ないと思うが、
きっとやらなきゃいけないワケでもあるんだろう。
そして、吊り上げられたその影は先程のすわこのように綺麗な放物線
を描き、そのまま地面に吸い込まれ――

「およよ?」

その軌道の途中で急停止し、小首を傾げながら戸惑った声を上げた。
俺は思わず声を上げた。

「ゆっくりいくじゃねーか」

そこにいたのは、ふわふわと揺れる不思議な羽衣を纏った希少ゆっく
りのゆっくりいくであった。通称サタデーナイトフィーバー。
ラーメンはつかつかといくに歩み寄ると、羽衣をわっしと掴んでまた
クーラーボックスの中にぶちこんだ。そしてクーラーボックスに尻を
乗せて、一言。

「フカヒレスープゲット」
「ペットショップで6桁つくゆっくりを食う気か」
「手作りのラーメンの価値……priceless」

と、まるでいい話っぽい英単語を使っている隙にまた竿が大きく揺れ
た。ラーメンは思わず立ち上がって踏ん張る。

「ムッ! また掛かった!」
「三回連続ゆっくりとかやめろよ?」
「ハハッ、まさか」

ラーメンは笑いながらそう言ったが、俺にはどうもフラグが立ってい
るように思えて仕方がなかった。

「フィーッシュ!」

そしてラーメンが勢い良く竿を振り上げると、やはりというかなんと
いうか。またもや丸くて黒い影が空に待った。どう見ても魚のシルエ
ットじゃない。
またか、と思いそれを見上げたまま溜息をつこうとして……次の瞬間、
背筋に氷柱をブチ困れたような怖気に襲われた。
その黒い影は、見るものを恐怖と混乱に陥れる恐ろしい微笑を浮かべ
ながら、言った。

「にーとーりー♪」
「ギャァァァァァァ!! バケモノォーーー!!」

俺は思わず飛んできたそのゆっくりにとりの顔面に渾身の右ストレー
トを叩き込んだ。

「うわぁビックリした! 何だお前?!」

俺の突然の凶行に驚いたラーメンが声を上げるが、俺はにとりの顔面
を殴った時に手についたぬるぬるした液体を地面に擦り付けるのに夢
中で全く耳に入らなかった。

「あ、逃げられちまったじゃねーか。何すんだよお前」
「五月蝿い! あんなクリーチャーがいきなり水面から飛び出して来
たら誰だって叫ぶわ! 俺だって叫ぶ!」

獲物から外れた釣り針を掲げるラーメンに向かってそう吐き捨てると、
ラーメンは呆れたように溜息をついてまた糸を海面に垂らした。
その背中が俺を非難しているように見えたが、俺は人として当然の事
をやったまでなので反省する気はさらさらなかった。
と、そこでまたもや竿がびくりと震えた。

「ムッ! また掛かった!」
「やめろよ! これ以上バケモノを俺に見せてくれるなよ!」
「あー、いや。なんか異様に引きが弱い。こりゃ逃げられたか……も
しくはとんでもない小物だな」

言いながらラーメンは竿を手放し、獲物に引かれるままにする。その
引きはいくよりは激しいものの、すわこや先程の魔物と比べれば明ら
かに劣るものだ。見る限り、手ごたえもあまりない。
先の3匹の時とは打って変わってローテンションでリールを巻き上げ
るラーメン。影が水面に映り、竿を引っ張り上げる時も何も口にはし
なかった。
糸に引っかかったそれが白日の下に晒されると同時に、それは声を上
げた。

「やめてね! やめてね! まりさをはなしてね!」
「まりさつむりか」
「珍しいな」

それは、貝殻を背負ったゆっくりまりさの突然変異種、まりさつむり
であった。ちなみに、突然変異種なのに何故か同じ姿のまりさがたく
さんいるのは謎である。

「どうしてこんなことするの?! まりさはにとりといっしょにゆっ
くりしてたのに! ゆっくりはなしてね! まりさおうちかえる!」

まりさは糸の先でぷーらぷーらと揺らぎながら、必死にこちらに非難
するような視線を向けて声を上げる。
ラーメンはすっくと立ち上がると、貝殻から針を外してぽいっとクー
ラーボックスに放り込んだ。

「ゆー?!」
「あ゛ぅっ!」
「およっ?!」

中でぶつかったのか、すわこといくが声を上げたが、ラーメンがすぐ
に蓋を閉めると声はほとんど聞こえなくなった。
俺はクーラーボックスに腰をかけたラーメンに声をかけた。

「やっぱり食うんだな」
「当然だ」

奴の返答は短かった。

「ムッ! また掛かった!」

ラーメンが言うと、握っていたその竿がぎしぎしと異様な音を立てて
軋み始めた。

「どうせまたゆっくりだろ? 今度は何だ?」
「いや、ちょっ……重ッ! 何だこれ?! 手伝ってくれ!!」

みしみしと今にも折れそうな異音を立てる。確かにただ事ではない。
俺は嫌々ながらも、なんか面白そうなのでラーメンの背後から手を回
して竿に手を添える。
そして、十数分にも及ぶ格闘の末、見事吊り上げた。

「フィーッシュ!」

巨大な影が頭上を飛び越え、背後でがごんと大きな音を立てた。

「「……がごん?」」

釣りの効果音とは余りにもかけ離れたその音に、俺とラーメンは声を
揃え、ぐるりと振り向いた。

「zzz……」
「……ぞ?」

するとそこには、木製の小船の上でいびきを掻いて眠っている、赤髪
ツインテールのゆっくりと、なにやらごちゃごちゃした帽子を被って
呆然とこちらを見上げてくる、緑髪のゆっくりが佇んでいた。

「ゆえーきとゆこまち……だな……」
「つか船ごと釣るか普通……」

さすがにこれをクーラーに入れるわけにもいかず、俺達はそいつらを
前に途方に暮れた。




「結局魚は一匹も連れなかったな」

ずりずりと音をたてる小船を押しながら、俺は言った。

「いや、でも変わりにこれだけゆっくりがつれたんだ。良しとするさ」

ざりざりと音を立てる小船を引っ張りながら、ラーメンは答える。

「やめるんだぞ! おふねをはなすんだぞ!」

そしてそう言いながら俺達についてくるえーきと、舟に乗せたクーラ
ーボックスの中でゅーゅーと声を上げるゆっくり達。あと寝てるこま
ち。
ラーメンはそれらに全く耳を貸さずに瞳を輝かせている。

「そいつらでスープ作ったらこれ以上無くカオスな物ができると思う
んだが」

俺がそれらの味が混ざった汁を想像してしまったせいで浮かんできた
吐き気を堪えながらそう言うと、ラーメンはくるりと振り向き、いい
漢の顔で言った。

「男は度胸。なんでもやってみるのさ」







「あ、先輩! 酷いじゃないですか! 僕を縛ったまま置いてイっち
ゃうなんて!」

と、ラーメンが借りた厨房の傍に引きずってきた舟を置いた所で後輩
がそう言ってきた。どうやら埋められたのを抜け出してきたらしい。
俺は、何を言ってるんだろうこいつ、と思いながら、それを口にする。

「縄抜けすりゃ良かっただろ」
「それもそうですね」

後輩は何度か身を捩ると、あっさりロープから抜け出した。








「さて、さっそくスープを作るか」

外で奴と離れた俺は、ゆっくりが5匹ほど入ったクーラーボックスを
前にしてそう呟いた。ゆっくり達はそれぞれ不安げな表情を浮かべて
いる。……一匹、眠っているものもいるが。

「ゆゆっ? おにいさんなにしてるの? そのおなべなに?」

と、そこへ愛しのマイファニーれいむが現れた。その麗しさは立てば
芍薬座れば牡丹、跳ねる姿はゆりかもめという具合にキュートでファ
ンシーだ。萌え死ぬ。
俺は口の端からだらだらと零れる涎を袖で拭い、れいむを抱きかかえ
言う。

「このゆっくり達をお風呂に入れてあげるんだよ」

すると、突然れいむの表情が一片した。










その時、れいむはあの日の事を思い出していた。



『よぉーしれいむ。今日は一緒にお風呂に入ろう!』

お兄さんがなにやら興奮した様子でそう告げる。

『ゆ? おにいさんおふろってなに?』

れいむはお兄さんが何を言ってるのかわからないからお兄さんに聞い
てみた。お兄さんはれいむを優しく抱きかかえてくれて、それでこう
言った。

『お風呂っていうのはね、暖かいお水に入って体を綺麗にする場所の
事だよ!』
『ゆゆっ?! おみずはゆっくりできないんだよ! れいむとけちゃ
うよ!』

怖い事を言うお兄さんの事が怖くなって、れいむはお兄さんの腕から
逃げ出した。でもお兄さんは笑いながら言った。

『大丈夫大丈夫、すぐ出ればとけないから』
『ゆ……ほんとう?』
『お兄さんがれいむに嘘ついたことあったかい? さ、早く入ろう』

何回かあるよ、と言おうとしたけど言うよりも早くお兄さんはれいむ
を連れてその『おふろ』に向かっていった。
お兄さんにされるがままにしていると、ふとおはなにすごくゆっくり
できる何処かで嗅いだ様ないい臭いが滑り込んできた。

『ゆゆーん! あったかくていいにおいがするよ!』
『ほられいむ、見てごらん!』

そう言って、お兄さんは扉をがらがらーっとあけた。ここがお風呂。
凄くいい臭いでゆっくりできそう。

  ガガッ

と、そこで頭の中にノイズのような物が走った。
なんだろう、なんだかゆっくりできない気がする。
どうして? こんなゆっくりできそうなのに。
そう、こんなにおいしそうでゆっくりできる臭……
あれ、待って。

 お い し そ う な に お い ?

れいむが考えてる間にも、お兄さんは言葉を続けた。
そして、答えは出た。

『ラーメン風呂』



『……ゆ?』



ラーメン。その単語を聞くと同時に、あの時に思い出が蘇る。
ツルツルシコシコの麺が髪に絡みつく感覚。熱くてぬるぬるする脂が
全身にまとわりつく感覚。
そして、とてもおいしそうな臭いに全身が包まれる、あの感覚。
そうだ、これはアレと同じ臭いだ。
ようやくそれを思い出したれいむの視界に、風呂桶一杯のラーメンが
映ると同時に。

『そぉい!』

れいむはお兄さんの手によって、ラーメン風呂に突っ込まれていた。








「ゆ゛ゎーーーー!! おふろはゆっぐりでぎないーーーーー!!」
「あぁ?! れいむ?!」

何を想ったのか、れいむは泣きながら俺の腕の中から飛び出し、何処
かへ走り去ってしまった。その姿もまた可愛らしい。

「ふぅ……さて、誰から煮込もうか」

気を取り直してクーラーボックスと向かいあう。すると、クーラーボ
ックスの中では熾烈な戦いが繰り広げられていた。

「やだよ! まりさはおふろいきたくないよ! こまちたちがいって
ね!」
「こまちとえーきもだぞ! おふろはこわいんだぞ! すわこがいく
といいんだぞ!」
「あーうー!」
「ゆぅー?! どうしてまりさがいけなんていうの?! ひどいこと
いわないでね?!」
「まりさだってさっきこまちにいけっていったんだぞ! だからまり
さがさきにいくといいんだぞ!」
「どぼじでぞうなるのぉーーーーー?!」

どうやられいむがお風呂と聞いて逃げ出したせいでお風呂が怖い物と
思い込んでしまったらしい。俺はただ熱湯で茹でようとしてるだけな
のに悪魔でも見るような目でこちらを見てくる。心外だ。

「「「ゆっぐりでぎないーーーーーーーーーー!!!」」」

しかし、こう嫌がられるとどうもやり辛い。最終的には全員煮込むと
しても、誰からやるか。
俺が腕を組んで唸っていた、その時であった。

「ここはわたしがいきます」

突如、クーラーボックスの片隅に佇んでいたいくがきりっとした顔で
そう告げた。
驚く俺とゆっくり達。いくはその場の全員の視線を集めながら、ふよ
ふよと俺の顔の前まで飛んでこう言った。

「いくはくうきのよめるゆっくりです」
「「「きゃーいくさーん」」」

思わずゆっくり達から歓声が飛ぶ。ゆっくりなのに空気を読んで自分
から志願するとは見上げた根性である。
俺は感動しながらいくを寸胴鍋の前まで連れてくる。凄まじい熱量の
蒸気の上がる鍋を前に、さすがの空気の読めるいくもたじろいだ。し
かし、頭をぷるぷると振ると再び表情を引き締め、「こんなのちっと
もあつくないです」的な言葉を言ってクーラーボックスのゆっくりを
元気付けた。
そして俺がいよいよ飛び込むか、と思ったその時、何故かその場で語
りだした。

「わたし、このおふろからでたらおやまのそーりょーむすめさまにず
っといっしょにゆっくりしようねっていいにいくんです……」

それを聞き俺は思った。それなんて死亡フラグ?

「それできれいなのはらをふたりでいっしょにかけまわったり、がん
ばってあつめたごはんをいっしょにむーしゃむーしゃしてしあわせー
したり……」

そう想う俺にも構わずいくは、幸せそうなどこか遠い所にいる誰かを
見るような、そんな目をしながら言葉を続けていく。

「それでふたりでずっとなかよくしあわせにくらして、いつかすっき
りもしておちびちゃんもたくさんつくって、それから――」
「さっさと入れ」
「およよーーー?!」

痺れを切らした俺がいくを鍋に突っ込む。いくは一度完全に水没して
から、慌てて水面まで浮き上がって叫んだ。

「あづいーーーーー!!」

熱湯であるからして、当然である。

「あづい! あづいでず! むりでずーー! ごべんなざいーーー!
いぐはほんどうはぐうぎのよめないゆっぐりなんでずーーーーーー!
ごべんなざいずるがらだじでぐだざいーーーーーー!!」

端も外聞も掻き捨て、くうきがよめるというプライドも捨て去り、熱
さのショックから自分が飛べる事まで忘れていくは必死に訴える。
そして、涙で瞳を潤ませながらこちらを見上げて、懇願した。

「おねがいだがらゆっぐりざぜでぐだざ」

俺は手に持っていた寸胴の蓋を閉じて、ゅーゅーと小さい呻き声が漏
れる寸胴に背を向ける。
そして、いくの余りの取り乱しぶりにクーラーボックスで縮み上がっ
ていたゆっくり達の中から適当に一匹を掴み上げた。

「あ゛ーう゛ー!」

当たったのはすわこだった。
俺は開いている寸胴の鍋に向かってすわこを投擲する。ぼちゃんと音
を立ててお湯の中に叩き込まれ、先程のいくと同じように慌てて水面
まで戻ってきた。

「あ゛ーごぼぉっ?!」

そして苦しそうな呻き声を上げると同時に、何故か凄まじい勢いで鍋
の底へと潜っていった。帽子だけを残して。
その不可思議な行動に呆然としている俺の前で、鍋の水面ギリギリを
漂っていたその帽子が大きく溜息をついた。

「ふぃー。ずんぼーやなかったらそくしするところやったでぇ」

そう言って舌を使って額の汗を拭うすわこの帽子。
ここは、突っ込む所なのだろうか。
と、その時突然帽子がぐらぐらと揺れ、鍋の底から一つの影が浮き上
がってきた。すわこだ。

「ゆ゛ぶはっ! あ゛ーう゛っ?!」

水面に出て大きく息を吸うと同時に、また一気に鍋底まで押し戻され
るすわこ。その一瞬に、帽子から何か棒的な物が伸びたのが見えた。

「おとなしゅうせんかい。ばらんすとれへんやろ」
「ごぼがぼごぼ」

そう言ってあぶくの上でぐりぐりと体をねじる帽子。
俺は、こんな時どんな顔をしたらいいかわからなくなり、ただただ無
言で鍋の蓋を閉じた。

「ちょっにーちゃんふたしめんといてーなあつーてしゃーないわー」
「がぼごぼごぼ」

何故かやたらとよく通る声が鍋からは響いていた。
聞こえないふりをしながらクーラーボックスに戻ると、そこではえー
きが必死にこまちに声をかけていた。

「こまち! おきるんだぞ! このままじゃゆっくりできなくさせら
れるんだぞ!」
「zzz……」

どうやら寝ているこまちを起こして一緒に逃げようとしていたみたい
だ。これが友情パワーか。俺は感動し、胸に熱いものを感じた。

「はいはいこっちおいでねー」
「ご、ごまぢぃーーー!」

が、それはそれこれはこれ。眠っているこまちをむんずと掴んでそそ
くさと鍋の前に戻ってこまちをお湯にぶちこんだ。

「やめるんだぞ! ごれじゃごまぢがゆっぐりでぎないぞ!」

その後ろからえーきが付いて来て必死にそう訴える。
俺は足元で必死にぽよんぽよんと跳ねるえーきを掴んで、鍋の中が見
える位置まで持ち上げた。

「zzz……ゆっくりしたゆだなーっとー……zzz」

そして鍋の中で心地よい寝息を立てる小町を見せて、一言。

「案外気持ち良さそうだけど」
「うぞはだめなんだぞ! ぐろだぞ! ぎもぢいいわげないんだぞ!」
「グロくはないと思うけど」
「ぐろじゃないぞ! ぐろなんだぞ!」
「グロなんじゃないか」
「ぐろじゃないんだぞー! ぐろだっでいっでるんだぞーーー!!」

泣きながら必死にグロいグロいとR-15指定を訴えるえーき。
そのえーきに対して俺は、

「あーもううるさいお前も入ってみろ」

口で相手をするのが面倒になり、こまちの浮かぶ鍋に叩き込んだ。
ばっしゃーんと音を立てて鍋の底まで沈み、水面にあぶくをたてる。
どうやら元が水棲ではないから浮かんでくるのに手間取っているらし
く五秒ほどもその状態のままで、六秒目になりようやく水面に顔を出
した。

「やっばりあづいんだぞーーー?!」
「あついおふろはえどっこのたしなみさねー……zzz……」
「えーぎはぬるいほうがよいぞーーー?!」

鍋の中で仲良く会話をするえーきとこまち。というか、こまちは本当
に眠っているのだろうか。

「ひゃくかぞえたらでましょーねー……zzz……」
「はやぐでだいがらゆっぐりがぞえるんだぞ! いーぢ! にーい!
だぐざーん! だぐざーん! だぐざーん! だぐざーん! だぐざ
ーん! だぐざーん! だぐざーん! だぐざーん! だぐざーん!」

こまちに言われた通り必死に数を数えるえーき。俺は涙ぐましい努力
をするその姿に感動しながら寸胴の蓋を閉めた。

『ひゃぐっでどのぐらいなのがわがらないんだぞー?!』

閉ざされた寸胴鍋の中から悲痛な叫びが上がった。

「さて、残りは一匹だけだな」

俺は額を伝う汗を袖で拭いながらそう呟き、クーラーボックスに一匹
だけ残っているまりさを見下ろす。

「ゆっくりにげるよ! ゆっくりにげるよ! おにいさんはそこでゆ
くりしててね!」

まりさは、クーラーボックスから抜け出そうと必死にクーラーボック
スの壁面を這い上がろうとしては、重力に引かれて地面に落ちるのを
繰り返していた。
俺は「ゆぅー?!」といいながら転がり落ちたまりさに無言で手を伸
ばすと、その貝殻をむんずと掴んで持ち上げた。

「ゆっ! すごい! おそらをとんでるみたい!」

急に高くなった視点に驚き、まりさはそう言ってつぶらな瞳を輝かせ
る。そして、何か凄い事に気付いたような顔でこう言った。

「まりさはおそらをとべたんだね! きづかなかったよ! このまま
ゆっくりとんでにげるよ!」

とんだ勘違いである。
俺はまりさを摘み上げたまま、てくてくと寸胴鍋に歩み寄る。

「ゆ? そっちじゃないよ! そっちはあつくてゆっくりできないぷ
れいすだよ! ゆっくりむこうにいってね!」

焦ったようにまりさはそう言う。そもそも、自分が飛んでると言った
のに一体誰にお願いしているのか。
無論、俺は全く聞かずに寸胴鍋に向かう。

「ゆゆぅーーー?! どうしていうこときいてくれないのーーー?!」

ちっとも自分の思い通りにならず、まりさは癇癪を起こしたように怒
り始める。そして不満そうにぷくーっと膨れながら言った。

「もう! いうこときいてくれないならまりさあるいてにげるよ!
ここでゆっくりおろしてね!」

と、そこで丁度寸胴鍋の前にたどり着き、俺はぴたりと立ち止まる。
それをどう勘違いしたのか、まりさは急に得意げな顔になった。

「ゆっ! わかればいいんだよ! これからはまりさにさからわない
でちゃんという――」

俺は持っていた手を放す。

「ことを――」

そして、ぼちゃんというどうにもあっけない音を立てて、まりさが熱
湯に着水した。
俺はすかさず蓋を閉める。

『あづいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?!?!?』

寸胴鍋の中からくぐもった声が響いた。
冷蔵庫にくっついていたキッチンタイマーをセットすると、俺は手近
な椅子に腰掛け、呟いた。

「さて、後はこのまま火にかけて3時間っと……」

そしてテーブルの上に置いておいた週間少年ゆンプを手に取り、人気
漫画のONEPLASE(世界で一番ゆっくりできるプレイスを目指してゆっ
くり達が海を旅するというストーリー)を読み始めた。

『『『ゆっぐりでぎないー……』』』

傍らの寸胴鍋からは、そんな力ない声が漏れていた。




「できたぞー」

時刻は八時。
厨房から上機嫌なラーメンの声が響いてきた。

「長かったな」
「そういえばセンパイの作ったラーメンって食べるの初めてですね」

向かいの席に座っている後輩が俺のマイ箸にわさびを練りこみながら
そう言った。俺はとりあえずその手に持ったチューブをひったくって
後輩の鼻の穴に突っ込み、握り締めてから言う。

「素材を知ってる側からすればゲテモノじゃないのを祈るばかりだ」
「ゆっくりただいま!」

と、そこへ何処に行っていたのか、ラーメンの飼いゆっくりのれいむ
が地面に横たわって鼻を押さえながらごろごろと転がっている後輩を
踏み台にしてテーブルに跳ね上がった。

「おにいさん! きょうのごはんはなに?」

そして、口の端から涎を垂らしながら俺に尋ねてきた。
俺はその質問にそっけなく答える。

「ラーメンだそうだぞ」



「……ゆ?」



突如、れいむの動きがぴたりと止まった。

「へいお待ち! ラーメン一丁!」

それを見計らったかのようなタイミングで現れるラーメン。俺と、鼻
を押さえながら床から起き上がってきた後輩がそちらを向く。
と、同時に。

「そぉい! そぉい! そぉぉおい!!」

ラーメンが、猛々しい雄叫びを共にその手に持っていた海鮮ゆっくり
スープラーメンをれいむ、後輩、俺の順に、その脳天目掛けて叩き付
けた。
脳髄に直接叩き込まれたような衝撃。その手並みの余りの鮮やかさに、
俺はラーメンの熱さを感じるよりも早く、意識を喪失した。
芳しい塩の香りだけが、辺りを漂っていた。


おわり


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最終更新:2022年05月19日 14:57