「ゆゆっ!! ここはどこ?」

一匹のゆっくりれいむは見知らぬ場所で目を覚ました。記憶にはない場所だ。
けっこうな広さを誇ってはいるものの、四方八方は真っ白な壁に囲まれていて、一つだけ部屋と部屋を行き来する扉があるが、ゆっくりに抜け出せる軽い扉ではない。
自分はゆっくりたちが大勢暮らす森の中でゆっくりしていたのに、なぜこんな所に一人でいるのだろう?
自身の大半を占める餡をひねり出して、考えを纏めようとする。

そういえば、微かだが数時間前の記憶が浮かんでくる。
見知らぬ男にお菓子をあげるから家に来ないかと招待され、断ったらかわいそうだからと、れいむは特別に来てあげたのだ。
男の家につくと、その家が気に入ったから、特別にれいむの物にすることにして、召使いとしてれいむの家においてあげることにした男にお菓子を持ってくるよう命令した。
しかし愚図な男はなかなかお菓子を持ってくることはなく、いつの間にか待つことに疲れ、眠ってしまったのだ。

「ゆー!! こんなかわいれいむをまたせるなんて、やっぱりにんげんはばかだね!! さっさとれいむにおかしをもってこなくちゃならないのに!!」

誰ともなしに呟くれいむ。
いつの間にか自身がいた部屋と違う広く何もない場所にいるのだが、お菓子で頭がいっぱいのれいむにそんなことは考えもつかなかった。
自分の境遇を理解することなく、未だお菓子のことを考えている当たり、所詮はゆっくりと言ったところか。

しばらくは大人しく待っていたのだが、男は全く来ることがなく、いい加減れいむは待つのも飽きたと、バカな人間がお菓子を持ってくるまで遊ぶことにした。
しかし、四方八方を壁に囲まれたこの部屋にはなんの家具も道具も置いてなく、窓すらついていない。

「れいむがいるのになんにもあそびどうぐをおいていないなんて、ほんとあたまがわるいね。ぷんぷん!!」

れいむはおかんむりで頬を膨らましていると、部屋のドアが開いて男が入ってきた。
れいむはそれに気付くと、男に寄っていく。

「おじさん、ゆっくりしすぎだよ!! さっさとおかしをちょうだ……」

れいむのことばが途中で途切れる。
男が変なことをしたわけではない。男の後ろから、れいむをここに連れてきた男の他に、たくさんの人間が入ってきたのだ。
別に多くの人間に恐れ、言葉を詰まらせたわけじゃない。
ただ、男一人だけしかいないと思っていたのに、たくさんの人間がいたことに驚いたことと、れいむの家に勝手に入ってきたことに腹が立ったのだ。
れいむを連れてきた男はれいむの召使いなので問題ないが、他の人間を自分の家に招待した覚えはない。

「ここはれいむのおうちだよ!! しらないにんげんはゆっくりでていってね!!」

れいむが人間を威嚇する。
しかし、愚図な人間たちはれいむの言葉を理解できないのか、いっこうに出て行こうとしない。

「ゆー!! 聞こえなかったの? ばかなにんげんはれいむのおうちからゆっくりでていってね!!」

何度言っても出て行く気配のない人間たちは、れいむの言葉を無視するばかりか、れいむを中心に囲んで床の上にどっしりと腰をおろす。
その数、総勢20人。しかし、れいむは3以上の数を数えられないのでたくさんの人間としか感じない。
そんなたくさんの人間に対し、「さっさとお菓子を持ってきたら出て行け」と言おうとしたら、突然男たちは全員奇妙な行動を取り始めた。

「ゆゆっ!?」

れいむは男たちが何をしているのか分からなく、躊躇い声を上げる。
れいむが躊躇ったのも無理はない。
男たちは何故か知らないが、ゆっくりと右手を挙げると、人差し指を立て、れいむを指してきたのだ。

「ゆ!? なんでれいむをゆびさしてるの? そんなことよりさっさとおかしをもってきてね!!」

れいむは初めは戸惑った。
しかし、すぐに男たちが何もしてこないことが分かると、どういう意図でれいむを指さしているかは分からないが、特に危険はないと判断し、男たちに繰り返しお菓子を要求する。
そんなれいむに、男たちはいっこうに口を開くことはなく、ただただれいむを注視し、ひたすら全員でれいむを指さしている。
この部屋に入ってから男たちは一度として口を開いてない。

「ゆー!! きこえなかったの? それともばかだからわからないの? れいむはさっさとおかしをもってきてねっていってるんだよ!!」

今までの最高の声量で叫ぶも何の反応もなく、男たちは何の言葉も返さない。
まるで石像のようだ。
なんどもなんども繰り返し叫ぶれいむ。しかし、いっこうに男たちからの返事は帰ってこない。
いかにゆっくりとはいえ、さすがに男たちの行動が気になりだしたようだ。
何となく指を指されることに嫌気を感じ、男たちが指を指している場所から動く。
すると、つられて男たちの視線と指もれいむを追いかける。

「ゆゆっ!! なんでれいむをおいかけるの? ゆびささないで、さっさとおかしをもってきてね!!」

男たちに叫ぶれいむ。しかし、状況は変わらない。
男たちは表情を変えない。眉一つ動かさない。
例外は、れいむが動いたときに釣られて動く、視線と右腕だけだ。
何かされるわけではないが、なにも喋らず、ひたすられいむを注視し、指を指してくる男たちが、さすがに気持ち悪くなってきたのだろう。

「いいかげんゆびをさすのはやめてね!! あとちゃんとれいむにへんじをしてね!!!」

れいむの口からついにお菓子という言葉が消えた。
それだけれいむは妙な圧迫感を感じていた。
しかし、男たちは変わらない。

れいむはここの男たちは全員馬鹿なのだと考え、一人の男に的を絞って対応することにした。
無論、男とはここにれいむを連れてきた男、れいむの召使いだ。
唯一、この人間たちの中でれいむと会話をしたことがある男。
おかしを上げると言った男。ここをれいむの家にすると言ったら喜んでくれた男。召使いにすると言ったら喜んでなるといった男。
そんな男にれいむは近づいていく。全員の視線と指をお供に。

「おじさん、こんなことさっさとやめてね!! あとほかのおじさんにもやめさせてね!!」

正座した男の膝に乗りかかり、男に文句を言う。
しかし、れいむを連れてきた男はなぜか口を開かない。
無表情でれいむを見つめ、れいむの顔先すぐでれいむを指している。

「おじさん!! なんではなさないの? ばかなの? れいむはやめてっていってるんだよ!! いまならゆるしてあげるよ!! しつこいとおこるよ!!」

しかし、男は(ry

「なんでれいむをむしするの? おじさんがはなせるのしってるんだよ!! ちゃんとへんじしてね!!」

しかし(ry

「もういいよ!! れいむ、もりにかえるよ!! れいむをしかんするおやじたちはゆっくりしね!!」

ついにこの状況に耐えきれなくなったのだろう。
れいむはもうお菓子のことなど忘れ、一刻も早くこの気持ち悪い空間から出ることだけを考えていた。

「おじさん、れいむかえるからゆっくりどいてね!!」

男たちは全員正座し、また体を密着させているのでれいむが出る隙間が全くない。
男たちに命令するが、退けてくれない。

「ゆゆっ!! はやくどかないとおじさんをやっつけるからね!!」

それでも動かない。
痺れを切らしたれいむは、一人の男に向けて体当たりを食らわせる。
しかし、男は揺らぐことすらなく、逆にれいむが男に跳ね返される始末。
なんどもなんども体当たりをするれいむ。その度に男の肉の壁に阻まれて戻される。
この男は頑丈だからと、一番背の小さい男を標的にするが、なぜかその男もれいむの渾身の一撃が通じない。
れいむは再度標的をかえる。しかし、男は動じない。
さらに標的をかえる。しかし(ry

全員に体当たりをしたれいむ、再び男たちの輪の真ん中に跳ね返される。
大きく肩で息をするれいむ。体当たりの連続ですっかり疲れ切っていた。
そういえば、朝から何にも食べていないことを思い出す。

しかし、男たちは依然顔色を変えず、れいむを見つめ、指を指す。
さすがに傲慢で恐れ知らずなれいむもこの異常空間に恐怖を感じ始めていた。

「……おじさん。れいむをささないでね。ゆっくりやめてね……」

れいむが誰にともなく呟く。
今までとは違い、声に張りがない。

れいむは今まで人間に出会ったことがない。そのため、人間の恐ろしさを知らない。
れいむは森の中で狩りの名手として有名だった。
たとえ鋭い鎌を持つカマキリも、羽根に目玉が付いてる怖い蛾も、強靱な角を持つカブトムシもれいむにかかれば、ただの餌だった。
友達たちは、皆れいむを賞賛した。
だから人間の存在は知りつつも、人間ですら自分には叶わないと錯覚していた。

しかし、今まさにその幻想は崩れ去った。
れいむの渾身の一撃を物ともしない人間。それがなんと20人もれいむを囲んでいるのだ。
見つめ、指をさし、何らこちらに対して攻撃してこない男たち。しかし、それが逆にれいむの恐怖心を炎上させる。

これで友達がいればまだましだっただろう。仲間と共にバカなことをしている人間を、「おー、ばかだばかだ!!」と馬鹿にしてやるのだが、あいにくここにはれいむしかいない。
さらにはこの殺風景な部屋もれいむを憔悴させることに一役買っていた。
窓もなく、一面真っ白。時間も分からなく、外の様子も窺い知れない。
男たちとれいむ以外何もないこの部屋は、そんなれいむの恐怖を煽るのにも一役買っていた。

ここにきてようやく、れいむはもしかしたら自分は悪いことをしたのかと考えていた。
かつて、まだ母が健在だったころ、れいむは悪いことをして、しばらくの間、母に口をきいてもらえなくなったことがあった。
それと状況は違うが、もしかしたられいむがちょっとだけ悪いことをしたからこのおじさんたちは怒ってれいむと口をきいてくれないのではないか? そんな考えが頭をよぎる。
れいむは餡を捻りだし、自分の行動を振り返った。
しかし、何にも悪いことをした記憶はない。むしろれいむは男に感謝されてもいいはずだ。
何しろ、れいむの家に男をおいてあげた上に、可愛いれいむの召使いにまでしてあげたのだ。
その時の男の喜びようを、れいむはしっかりと覚えている。
自分が悪いことをした記憶はない。
しかし、ならなぜこんなことをされるのか理解できないれいむは、悪いことはしていないと思いつつも、この状況を終わらせるため、仕方なく男たちに謝罪をする。

「おじさん、れいむがわるいことしたならいってね。とくべつにあやまってあげるよ」

れいむは嫌々といった感じで謝罪する。しかし男たちは動かない。変わらない。れいむを見て、指をさす。
れいむは疲れてきた。
ただでさえ、燃費の悪いゆっくりだ。朝から何も食べてなく、何度も体当たりをしたせいで、体力は相当落ちている。
さらに男たちのせいで相当神経もすり減らしている。寧ろ、肉体的なことより酷い。
正直、眠くて溜まらない。しかし、眠れない。
今は何もしてこないが、もしれいむが寝たら、その指をれいむに突き刺してくるかもしれない。
そう思うと恐怖眠気が吹っ飛んでしまうのだ。

何分経っただろうか。ほんの30分くらいのはずだが、れいむには何時間、何十時間、何日にも感じられた長い間、れいむは幾度となく男たちに呼びかける。

「……おねがいだからしゃべってね」

しかし、相変わらず返事はない。
もしかしたら、もう死んでるのではと思っても、れいむが少し動くと視線と指が追ってくる。
それでもれいむは男たちに呼びかける。
罵られても言い。馬鹿にされても言い。寛大なれいむは何を言われてもすべてを許す。だから、喋ってよ。
れいむがそんなことを考えていると、一向に変化のなかったこの空間にようやくある変化が生じた。

不意に半数の男が一斉に立ち上がる。もう半数は依然座ったままだ。
れいむは嬉しかった。
帰れると思ったからではない。寝られると思ったからではない。お菓子が食べられると思ったからではない。
ただ男たちが違うことをしたことが嬉しかったのだ。
依然、れいむの言葉に返事を返してくれないものの、助かったわけではないものの、そんなことですら助けになるほど、今のれいむの精神は摩耗しきっていた。
しかし、そんなれいむのささやかな安息の時間は、次の男たちの行動で完全に壊された。

なんと座っていた10人の男たちが再び輪を作ろうとしているではないか!!
れいむは慌てて男たちの輪の中から逃げようとしたが、それよりはやく10人の男たちはれいむを囲んでぴっちり隙間を埋める。
そしてれいむを見つめ、一斉に指を差し始めた。
輪が縮まったため、男たちの指は先ほどの時よりれいむのすぐそばにあった。
れいむの動ける範囲はさらに狭まった。
追い打ちをかけるように、立って後方に下がった男たちが、座る男たちの輪の後ろで広い円陣を組むと、なんとれいむの上方かられいむに指を指してくるではないか!!

れいむは一転どん底に落とされた。
さっきも地獄であったが、これよりはましだ。
10人に減ったことで、座りながら指を指す男たちは、もう少し手を伸ばせば、れいむに触れることが出来るようになっている。
自然とれいむは輪の中央から動けなくなった。
二次元からしか指を指されなかったのに対し、三次元の場所からも視線と指が突き刺さる。
東西南北上、どこを向いてもれいむを指す指と、総数40にもなる無感情な視線。

「ゆ、ゆっくりやめてね……」

懇願するれいむ。
しかし、男たちは答えない。動かない。喋らない。






れいむの恐怖は終わらない。





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最終更新:2022年05月03日 18:51