※ゆっくりがもちもちしています。




やあ。僕は不精なお兄さん。妖精ではないよ。
大体いつも同じ場所に寝転んでるから、家の掃除とかかったるくてやってらんないのさ。
特に離れの物置なんて酷い有様。もう何年もまともに使ってないしね。
よく怖い父親が悪戯した子どもを反省するまで物置に閉じ込める、なんて話があるけど、
うちの物置でそんなことやったら、閉じ込められた子どもは病気になりかねないよ。
いつか機を見て燃やそうかと思ってるんだ。無駄に広くて、もう掃除しようとも思えないしね。
でもそうも言ってられなくなった。どうでも良い事だから省くけど、ちょっとした所用で物置の奥の物が必要になったんだ。
そんでさっき物置の戸を開けてみたんだけど、もう中を満たしてる空気がヤバイ。
ちょっと換気せなあかん、ということで昼前ぐらいから戸を開けたまんまほったらかしなんだ。もうどういう展開かお解りだよね。


「ゆっゆっゆ~♪ ゆっゆっゆゆ~♪ ゆっくりして~いってね~♪」

調子外れのノイズが響き渡る。
その午後、ゆっくりれいむとまりさの一家は十匹にもなる大所帯を引き連れてお散歩中だった。
家族が増えて巣が手狭になってきたので、お散歩を兼ねて引越し先を探している最中なのだ。
とはいえ赤ちゃんゆっくりたちはそんな難しいことなど考えず、純粋に外の風景と家族の団欒をゆっくり楽しんでいる。
人里に差し掛かり、一匹の赤ちゃんまりさが、扉が開けっ放しの小屋を見つけた。
好奇心から一匹だけ列を離れていく赤まりさ。親まりさが気付く頃には、もう赤まりさは小屋の戸から中を覗いていた。

「ゆ!?まりさ!にんげんのいえにはいっちゃだめだよ!」

慌てて追いかける親まりさと、それに追従する一家全員。
この親まりさは、人間の危険性を理解していた。ゆっくりが人間の家に勝手に入ればどうなるか解らない。
強い自分がいれば人間ごときなんとでも出来るだろうが、まだ小さな赤ちゃんだけでは人間も何をしてくるか。

「ゆ~?だれもいにゃいよ!」
「ゆゆ?ほんとうだね!」

薄暗い室内には色々な物が雑多に積み上げられ、人の住んでいる気配は無い。
この小屋は人間の家も離れたところにあったし、使われていない家なのかも知れない。
ということは、自分達が使っても誰も文句は出ないということではないか。
後から文句を言ってくる不届きな人間がいたら、まりさが追い返してやればいい。
一見の印象から、親まりさはたちまち自分に有利な未来像を脳内で組み立て上げた。

「よさそうなところだね!きょうからここはまりさたちのゆっくりぷれいすだよ!!」
「「「「「ゆゆゆーー!!やったー!あたりゃちいおうちだーーー!!」」」」」
「まりさ!おおきいおうちがみつかってよかったね!!」
「さっそくここにごはんをはこびこもうね!あかちゃんたちはここでゆっくりしててね!
 おおきいこたちはいっしょにごはんをはこぶのをてつだってね!」
「「「「「いってらっちゃ~~~い♪」」」」」

ある程度育った子ゆっくりを引きつれ、かつての巣に蓄えた食糧を取りに帰る親ゆっくり達。
五匹の赤ちゃんたちは新しいおうちでお留守番だ。
赤ちゃんだけ残していくには不安があるが、人間の作る家は丈夫で安全だし、獰猛な動物も人里近くまでは出てこない。
それに親ゆっくりたちは一刻も早く、新しい広いおうちで赤ちゃんとゆっくりしたかった。
その為には出来るだけ多くの人手を割いてごはんを運ばなければならない。そういう判断だった。

「ゆっくち~~~!ほんとにひろいね!おくまでたんけんしゅるよ!!」
「れいみゅもいきちゃ~~い!!」
「ころころすりゅよ♪ゆっくちあしょぶよ♪」
「はやくおかーしゃんたちとゆっくいちたいね♪」
「まりしゃもゆっくちしゅるよ!」

長年手入れのされていない物置、もとい新しいおうちで、ゆっくりと遊び始める赤ちゃんたち。
今まで住んでいたおうちとは違う床の感触に、新鮮な感動があふれてくる。
ころころと床に転がり、新しいおうちの広さを存分に堪能する。
目が回るほど転がっても壁にぶつからないなんて面白い。赤れいむは新しい生活への期待に胸躍らせていた。
転がるのにも飽きた赤れいむは、みんなと一緒におうちの奥を探検することにした。
新しいおうちには広い空間だけじゃなくて、本当に色んなものがある。
ゆっくりできるたのしいおもちゃもあるかもしれない。みんなといっしょに遊べたらいいな。

物置の奥を探検する、赤まりさと赤れいむ。
入口から離れるとちょっと暗いが、元々洞くつで暮らしていたのだ。暗いのには慣れている。
積み上げられた荷物は高い塔のようで、所々の段差を上って赤ちゃんでも昇れるようになっている。
落ちたら大人のゆっくりでも危ないような高さまでひょいひょい昇って行き、軽々おりてくる赤まりさ。
やっぱりまりさはすごい。このおうちを見つけたのだってこのまりさなのだ。
まりさといっしょに探検するとワクワクドキドキが本当にいっぱいだ。
これからもまりさとゆっくりしよう。れいむがそんな風に思いながら、まりさとほっぺたをすりすりさせていた時……

「みんにゃ~~まっちぇ~~~」
「ゆ!?」

後ろからやってくる、自分達と同じぐらいの大きさの影。
おねえちゃんかいもうとかな? 初めれいむはそう思った。
しかしよく目を凝らしてみると……それはゆっくりでも何でもない、白っぽいもこもこした塊。
前にピクニックにいった時、お母さんが言っていた。湖の近くでおそらをとんでる白いもこもこは危ないって。
きっとこれは、このおうちに住み着いた怪物なんだ。れいむたちをゆっくりできなくする化け物なんだ。

「ゆっぐりぃぃぃぃぃ!!まりしゃたしゅけてぇぇぇえぇぇ!!」
「ゆっ!?にゃんにゃのこれえぇぇぇぇ!!」
「こんなのがいたんじゃゆっくちできにゃいよおぉぉぉぉぉ!!」
「ゆゆっ!?みんにゃどうしたにょ?こわいもにょがいるにょ?」

白い塊――埃まみれの床を転がり、全身に綿埃を纏わせた赤れいむは無邪気に首を傾げて見せる。
そんな動きも、パニックになった赤れいむと赤まりさにとっては死ぬほど不気味なものに思えた。

「ゆゆっ!!こっちにいきゅよ!!」
「まりしゃ!?じょこにいくにょ!?」

赤まりさは塔のように高く積まれた物の上に、さっきと同じようにどんどんと昇っていく。
まりさほど運動の得意でないれいむには、そんな危ないことは出来ない。
まりさはれいむを見捨てて逃げた? とびきり仲良しのお姉ちゃんだと思っていたまりさが?
ショックを受けている間にも、白い塊はじりじりとにじり寄ってくる。

「うしょだよまりしゃぁぁぁぁぁ!!れいみゅをおいてかにゃいでえぇぇぇ!!」
「れいみゅ、そいちゅからはにゃれてね!!」

上から聞こえてくる、赤まりさの勇ましい声。塔の高いところから、飛び立つ鳥さんのようにジャンプするまりさ。
まりさは逃げたのではなかった。ゆっくりを邪魔する怪物を倒すため、攻撃するのに充分な高度を稼いでいたのだ。
その攻撃はジャストミート。的確な狙いで、白い怪物の頭上に激しい打撃を与える。
直に床に飛び降りれば自分が死んでしまうかもしれない危険な技だ。
しかし怪物のもこもこをクッションにすることで、まりさは無傷。白い怪物は一言の呻きも漏らすことなく、即死だった。

「ゆゆ~~~!まりしゃはやっぱちしゅごいよ!まだちいちゃいのにかいぶちゅをたおすにゃんて!!」
「ゆっへん!!まりしゃにかかればおにゃのこしゃいしゃいだよ!!」

勇敢なまりさに、尊敬の眼差しを送る赤れいむ。
まりさといっしょにいる限り、自分はゆっくり出来る。れいむは親達に次ぐ信頼をこの姉妹に寄せていた。

入口近くでころころしていた赤ちゃんは一匹ではなかった。

「ゆゆ~~~ん♪」
「こりょこりょたのちいね!ゆっくちできりゅよ♪」

こちらも仲良し姉妹のまりさとれいむ。ころころ競走でどっちが早く壁につけるか競っていた。

「ゆ~♪れいみゅのかち~!」
「れいみゅはやいよ~~!とってもまるいよ!!」

ころころするための寝転んだ体勢から起き上がる二匹。お互いの姿を見てアッと驚く。

「ゆゆ!?まりしゃのおかおまっちろだよ!!」
「れいみゅのおかおもだよ!!どうちてなの!?」

二匹は今までころころしていた床を見てみる。外から差す光を反射させ、きらきらと光る埃が一面に積もっている。
赤ちゃんたちはそれが埃というものだとは知らないが、何だか面白いものだと思った。

「ゆっ、これだにぇ!」
「にゃんだろうね!もこもこちてゆっくちできりゅよ!」
「わしゃわしゃ~♪」

埃まみれの顔で、ふざけてすりすりしあう赤ちゃんたち。綿埃のふわふわした毛先の感触が気持ちいい。
でもゆっくりにしてみれば綿のコートを全身に着込んでいるようなもの。段々暑くなって汗ばんでくる。

「ゆ~、しょろしょろこれをとろうにぇ!!」
「にゃんだかあちゅくなってきたね!!ふるふるすりゅよ♪」

二匹は埃を取るため、川で水浴びした後のようにぷるぷると体を震わせた。
しかし、汗ばんだ体にべっとりと貼りついた埃はそんなことで落ちはしない。
お互いの姿を確かめ、首を傾げあう。

「ゆ?まりしゃ、しろいにょがちょれてにゃいよ!!」
「れいみゅのもだよ!!もっとぷるぷるちようにぇ♪」

より激しくぷるぷるする二匹。しかしどうしても落ちないものは落ちない。

「にゃんでとれにゃいのおぉぉぉぉぉぉ!!」
「あちゅくてゆっくちできにゃいよおぉぉぉぉぉ!!」

中身の餡子がシェイクされるぐらい、激しくぷるぷると揺れ動く二匹の赤ちゃん。
まりさの帽子は転げ落ちたが、興奮しすぎてそんなこと気にならない。
今は一刻もはやく白いもさもさを取りたい。でも取れない。

「ゆびゃああぁぁぁぁぁぁん!!ゆっぐちでぎにゃいいぃぃぃぃ!!」
「あぢゅいよお・・・・ゆゆっ!!にゃんだかかゆくなってきちゃよ!!」」
「どうちたの・・・ゆ゛う!!まりしゃああぁぁ!!もしゃもしゃのにゃかにむししゃんがいるよおぉぉぉ!!」
「ゆ゛う゛ぅぅぅぅぅぅ!!?」

赤れいむと赤まりさが見たことがある小さな蟻さんよりも、もっと小さな小さな虫。
ダニだった。埃の中に棲むダニが、赤ちゃんの柔らかい体を少しずつ啄ばんでいるのだ。

「やじゃああぁぁぁぁぁ!!きゃゆいよぉぉぉぉぉ!!れいみゅむししゃんとっちぇぇぇぇぇ!!」
「ゆ、ゆっくちわかっちゃよ!!」

白いもさもさに舌を伸ばし、ダニを食べてしまおうとする赤れいむ。
しかしダニは埃の奥へと逃げ、赤れいむの舌にも埃が付着してしまった。
二匹はますますパニックに陥る。

「ゆべぇぇぇぇえええ!!べっべっ!!べろについてとれにゃいよぉぉぉおぉぉ!!」
「どうしゅればいいにょおぉぉぉぉぉぉ!!」
「あぢゅいいぃぃぃぃぃ!!きゃゆいよぉぉぉぉぉ!!」
「こんにゃおうちゆっくちできにゃいいいぃぃぃぃぃ!!もうおうちかえりゅうぅぅぅぅぅ!!」
「ゆ゛ぅぅぅぅぅ!!まりしゃ!!かわにいきょうね!!」
「しょうだね!!かわでぱしゃぱしゃすればおとせりゅよ!!しゅじゅしくてしゅっきりできりゅよ!!」

二匹は真っ白な体でおうちの外に飛び出す。ゆっくりしててねというお母さんの言葉も忘れて。
森の中の小川を目指して跳ねていく二つの白い塊は、風に吹かれる綿埃のようだった。


「ゆゆ~ん♪ほんちょうにいりょんなもにょがありゅよ!!」
「おしょとにはにゃいものばっきゃりだにぇ!!」

奥へ奥へと探検に行った二匹には、入口近くで繰り広げられる惨劇など知る由もない。
怪物もやっつけたし、ここは正真正銘自分達のゆっくりぷれいすだ。
かつてないゆっくりと冒険に二匹の心は完全に満たされていた。
まりさについて木箱などの荷物の上を渡るうち、れいむは面白そうなものを発見する。
太い木の幹を切り取ったような、円柱型の台。真ん中は大きく窪んでいる。
それは木臼だった。しかし赤ちゃんのれいむには、楽しい遊具にしか思えない。
他のものを楽しそうに見ているまりさを尻目に、自分だけ先に木臼に飛び込んでいくれいむ。

「ゆっくち~!ころころころ~♪」

窪みの傾斜をすべり台のようにして、ころころと転がるれいむ。
転がる勢いで反対側の坂を昇り、また真ん中の窪みに転がっていく、その繰り返しがたまらなく面白い。
まりさと一緒に遊びたい! そう考えたれいむは、大声でまりさを呼んだ。

「ねぇまりしゃぁーーー!こっちにきちぇあしょぼうよーーー!!」
「ゆ?れいみゅどこにいりゅの?」

さっきまで側にいたはずのれいむの声が遠くから聞こえて来て戸惑うまりさ。
きょろきょろとあたりを見回し、「こっちだよぉーー」という声を頼りにれいむの姿を探す。
やがてまりさは見つけた。木臼の真ん中に転がるれいむを。
いや、木臼に積もった埃にまみれた、白い怪物となったれいむの姿を。

「ゆ゛ううぅぅぅぅx!!?れいみゅうぅぅぅぅぅ!!」
「まりしゃ~♪これでいっしょにあしょぼうね!!」

パニックになったまりさに、言葉の内容は伝わらない。なぜれいむの声があそこから?
あの白い怪物がれいむを食べちゃったんだ!
普通のまりさなら、ここで恐れをなして逃げ出すかもしれない。しかしこの赤まりさは勇敢だ。
何しろ自分には怪物を退治した実績がある。れいむを食べた怪物を許してはおけない。
助走をつけ、木臼の中央にいる怪物に一直線に飛び込む。

「ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「ゆっ♪まりしゃ、ゆっくちこっちにきちぇね♪」

早く一緒に遊びたくて、飛んで来るまりさに向かってにこにこ微笑むれいむ。
埃まみれのれいむの顔は、まりさの目には映らない。

「くりゃえ!!」
「ゆびゃっ!?」

怪物を倒した一撃。それをまともに受けたれいむは、体の半分を潰して餡子を撒き散らした。

「ゆ゛ぐ・・・まりしゃ、にゃにすりゅの・・・?」
「うるしゃいよ!!かいぶちゅはゆっくちちゅぶれてね!!」

まりさは問答無用で追い討ちをかける。もう一撃も叩きつけを喰らうと、弱い赤ちゃんれいむは死んでしまった。

「ゆぅ~~~・・・れいみゅ・・・もっとゆっくちちたかったよぉ・・・」

仇は討ったとはいえ、怪物に食べられてしまったれいむは戻らない。
木臼の中心で、まりさは一人涙した。
しかし、いつまでも泣いていてはゆっくりできない。もうすぐお母さん達もごはんを持って帰って来るだろう。
そうしたら他の姉妹たちと一緒に、ごはんを食べてゆっくりしよう。
その為にはまず、この悲しいすべり台の中から出なければならない。まりさはゆんしょゆんしょと斜面を昇る。
が……昇れない。それほどきつい斜面ではないのだ。まりさはもっと傾斜の急な山道も登ったことがある。
しかしそれは足場の形状と、もちもちとした底部の弾力があってのことだ。
滑らかに削られた木臼の窪みに、埃にまみれて滑りやすくなったまりさの底部は摩擦力を持たなかった。

「にゃんで!にゃんだかあんよにちからがはいりゃないよ!」

何度昇ろうとしても、ずり落ちたり転がったりして上にいけない。
昇る方向が悪いのかと思って色々な方向を試したが、その度に新たな埃が体に付着していくだけだ。
そして真ん中にあるのは、自分が潰した怪物の死体。
怪物の呪いで、この場所に引き戻されているのかも知れない。
そんな不安を抱いたまりさは、もう一度怪物の死体をよく見てみた。
すると……白い塊に覗く、真っ赤なリボン。かわいいれいむのリボン。

「ゆ?」

まりさの餡子に嫌な予感が駆け巡った。舌にくっつくのも構わず、怪物の表面の白い埃を無理矢理取り払っていく。
そこに現れたのは、大好きな妹のれいむ。その苦悶と絶望に満ちた表情。
そしてまりさは、自分が何をやったのか理解した。

「ゆ゛うううううううう!!ゆ゛う゛うぅぅぅぅぅぅ!!!」

白い怪物は姉妹だった。
そして今はおそらく同じように白く、姉妹を二匹も潰した自分こそ、本当の怪物なのだ。
まりさは逃げ出したかった。びょこんびょこんと気が狂ったように飛び跳ね、臼の外へと向かう。
しかし、れいむを押し潰した時に底部に付着していた餡子が、水分を埃に吸われ、
今やさらさらとした粉となってあたりに塗され、砂のようにまりさを斜面から滑り落とす。
その流砂の中央でアリジゴクのように待ち構えているのは、恨めしそうな妹のれいむ。

「ゆびゃああああぁぁぁぁ!!ゆりゅじでえええ!!ゆりゅじで!!ゆっぐちざじぇでぇぇぇぇぇぇえ!!!」

全速力で斜面を駆け上っていくまりさ。もう一歩という所で足が滑り、ころころと転がり落ちる。
おかしくなったまりさは、ヤケを起こしたように全力で転がった。酔って餡子を吐いてしまうほどに。
しかしそれが幸いした。転がる勢いを増したまりさは、そのままれいむの死体の横を突っ切り、
その慣性で反対側の傾斜を一気に転がり上がり、木臼の外に放り出されたのだ。

「ゆー・・・おそらをとんでりゅみちゃい・・・」

空中で脱げた帽子がどこかに飛んでいったが、そんなことに気付く間もなく、
床に叩きつけられた赤まりさは意識を失った。


さて、そろそろ換気も済んだだろうか。
気が進まないが、物置の奥にある杵臼を取りに行こう。
里恒例の餅つき大会に使う杵臼。村中の人が餅つきをやるので、みんなで持ち寄らないと数が足りない。
そして十年ほど前に親父がうちから持参したのを、ちゃっかり覚えてる奴がいたんだ。
その苛立たしい記憶力のせいで、僕はあんな汚い物置にまた立ち入ることになったってわけ。
重い杵臼を取りに行くと考えると、自然と腰も重くなる。
でもそろそろ行かなきゃな、と立ち上がった時、玄関口に来ていた友達が叫んだ。

「おーい、もうお前んとこの杵臼いらないってさ!」
「はぁ!? 何で!?」
「あんな臭い蔵で発酵した臼でついた餅なんか、誰も食いたくねーってよ!
 村の予算で新しく一個買っちゃおうってことになった!」
「発酵しねーよ! 臼は!」

とはいえ、食いたくねーというのは同意見。殺人ウィルスとかが付着しても責任は持てない。
これで思う存分、物置を焼き払うことが出来るってもんだ。
広いらしいのに勿体無いと思われるかもしれないが、僕はあの敷地の広さを利用して、庭に畑を作るんだ。
先祖の遺産を食い潰してゴロゴロしてるだけの生活だったけど、働かないと心も身体も腐ってしまうからね。
今回の杵臼騒動(?)はいいきっかけって感じかな。これから僕は農業に生きるのだ。
今日は風も森のほうに吹いている。物置を焼いても、煙が里を覆うことはないだろう。
善は急げ。僕はさっそく着火の準備を始めた。


「ゆっゆっ♪これでおなかいっぱいになれるよ!!」
「あたらしいおうちたのしみだね!!」
「あのおうちならもっとあかちゃんふやせるよ!!もっとたくさんうんでね!!」
「もうまりさったら!」

前のおうちには、思ったよりも沢山の食料が備蓄してあった。
それを口に含むと、跳ねるスピードは遅くなる。それでも二往復するよりは遥かにスピーディだった。
新しいおうちでゆっくりしている赤ちゃんたち。色んな発見を伝えてくれるだろうか。
そんな光景を想像しながら親ゆっくりと姉ゆっくり達は、
口から食べ物をこぼさないように、自然と緩む頬を引き締めるのに苦労していた。
新しいおうちに近付いてきた時、向こうからゆっくり出来ないスピードで駆けて来るものが二つ。
小さいゆっくりのような大きさだが、帽子も顔も無い、もこもこした白い塊だった。

「おがあああああぢゃああああああああああ」
「ゆっぐりでぎにゃあああああああああああ」

白い塊の発する言葉は、濁音が激しすぎて全く聞き取れない。
だが何かゆっくり出来ないものであることは確かだ。
一直線に親ゆっくりに突っ込んでくる二つの塊を、姉ゆっくり達が横から弾き飛ばす。
木の幹に激突した白い塊は内容物を撒き散らし、その場に張り付いて動かなくなった。

「いまのなんなのぉぉぉぉぉ!!」
「ゆっくりできないものだったね!!かいぶつかな?」
「あたらしいおうちのほうからはしってきたよ!!」
「いそごうね!!あかちゃんたちがしんぱいだよ!!」

跳ねるペースを速めるゆっくり達。たった今その赤ちゃん達を殺したことになど気付く様子もない。
苦しんで発狂した赤ゆっくりを楽にしてあげたという意味では、姉の務めを果たしたと言えるかも知れない。

親まりさと親れいむが新しいおうちに戻ると、そこには見知らぬ人間が団扇を扇ぐ姿と、
もくもくと黒い煙を上げて燃え盛る新しいおうちの無残な姿があった。

「ゆぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「どぼじでごんなごどにいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「あがちゃんたちいいいいぃぃぃぃぃぃ!!」

口に含んでいた食糧を思わず吐き出して叫ぶ親ゆっくりと姉ゆっくりたち。
恐ろしい炎を前に、オロオロと跳ね回るばかりだ。
親まりさは団扇を仰いでいる人間のところに跳ねて近付いていく。
まるで七輪でサンマを焼いているかのように呑気に団扇をぱたぱたやっている男。
実際、彼はそういう意味で扇いでいたのだ。

「おにいざんだれ!!」
「うわ、何だよいきなり。俺はここに住んでる者だけど」
「うぞだよ!!ごのおうぢにはだれもずんでながったよ!!まりざのおうちだよ!!!」
「え? ああ、別にこの物置に住んでたわけじゃないよ。
 っていうか何? ここに棲み付こうとしてたの? 使ってなかったのは確かだけど、人の家に勝手に入るなよ」
「へりくつはやめでね!!ここはまりさだちのおうちなんだよ!!」
「屁理屈はそっちだろうが……まあ残念ながらもう燃やしちゃうから。他を当たってね」
「ゆ゛!?おにいざんがもやじだのおおぉぉぉぉぉ!?」
「そうですが。自分の物を燃やして何か問題でも」
「ながにはかわいいあかぢゃんがいるんだよおおぉぉぉぉ!!すぐにもどにもどじでぇぇぇぇぇ!!」
「何で子供だけ置いて外出してんだよ……饅頭の赤ちゃんなんて知ったこっちゃないよ。
 まあ賢い赤ちゃんなら、炎にビビって無事に逃げ出してるんじゃない?」
「ゆゆゆっ!!」
「あ、でも火付けてからゆっくりが出てきたところなんて見てないな」
「ゆ゛があああぁぁぁぁぁぁ!!あがぢゃんをだずげろおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うっせーなー。人に頼る前に、自分で助けに行ったらどうなんだよ。まだそんなに燃えてないから無事かもよ」
「ゆ゛ううううううう!!」

おうちを燃やした人間への怒りは増すばかりだが、今人間に関わっていてもしょうがない。
最優先すべきはかわいい赤ちゃんだ。早くしないといっしょにゆっくり出来なくなる。

「でいぶ!!あかちゃんだちをだずげにいぐよ!!」
「ゆ゛っ・・・・ゆ!ゆっくりわかったよ!!」
「おがあざんいがないでえぇぇぇぇぇ!!」
「こどもたちはあぶないからここでまっててね!おかあさんはいくよ!!あかちゃんのためだよ!!」

炎の恐怖にためらいながらも、赤ちゃんたちの為に燃え盛る物置の中へ飛び込む親ゆっくり達。
そんな親ゆっくり達の後姿を泣きながら、しかし尊敬を込めた目で見送る姉ゆっくり達。
団扇で風を送りこんで火勢を増していくお兄さん。
様々なドラマが生まれていた。


「あがぢゃああああああああん!!どごにいるのおおぉぉぉぉぉ!!」
「へんじしてえぇぇぇぇぇぇ!!」

体中に吹き出る汗をぷるぷると払いながら、必死に捜索を続ける二匹。
炎の赤に染まった物置の中に、赤ちゃんたちの姿は無い。五匹もいた赤ちゃんはどこにいったのだろうか。
まさか、もうみんな炎に飲まれて……最悪の想像が親れいむの脳裏をよぎる。
その時、奥の方でまりさが何かを発見したらしい。「はやくきて!」という声が聞こえて来る。
そこには脱げ落ちた赤ちゃんの小さな帽子が落ちていた。

「こ、これまりさのぼうし・・・」
「まりさ!?まりさがちかくにいるの!?」
「まりざあああぁぁぁぁぁぁ!!ゆっくりしないででてきてねえぇぇぇぇぇ!!」

物陰からゆっゆっと何かが出てくる。親達はまりさ!?と安心の笑顔をそちらに向ける。
しかしそこにいたのは、かわいい赤ちゃんまりさとは似ても似つかない、白い綿のような塊。
先ほど森で襲ってきた、ゆっくり出来ない怪物だ。
その怪物の近くに、まりさの帽子が落ちていたということは……

「ゆううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!こいつがまりざのごどたべちゃっだのおおぉぉぉぉおぉ!?」
「があぁぁぁぁ!!ゆるざない!!ゆるざないいぃぃぃぃいぃ!!あがぢゃんをたべるばけものはじねぇぇぇぇ!!」
「ゆっ、まっちぇね!おかーしゃん、まりしゃだよ!!」

白い怪物となった赤まりさの命乞いは、壁の焼け落ちるガラガラという音に掻き消される。
炎のことなど忘れたのか、般若の形相で襲い掛かってくる二匹の親から、はじけるように逃げ出す赤まりさ。
赤ちゃんにしか通れない小さな段差や狭い道を通り、圧倒的に劣るスピードをカバーする。
しかし怒り狂った親は、積み上げられた木箱や荷物を体当たりで薙ぎ払いながら、確実に赤まりさを追い詰めていく。
やがて袋小路に追い詰められた赤まりさは、燃え落ちる屋根の炎に引火して燃え上がってしまった。

「ゆぎゃああああぁぁぁぁぁ!!あぢゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢゅぅぅぅぅ!!」
「ゆっひゃっひゃ!!もえろもえろ!!」
「れいむのかわいいあかちゃんをころしたばつだよ!!」

憎い怪物がのたうちながら燃える様を、笑いながら見物する親二匹。
やがて燃え尽きたのか、炎は収まってチリチリと火花のはじける炭が現れる。
そこで初めて親達は「ゆ?」と顔を見合わせ、怪物の正体を知ることになる。
表面の埃が燃え尽きて下に現れたのは、表情や色は変わってしまっても見紛うはずもない。
自分達のかわいい赤ちゃんまりさだった。

「え・・・・なんで・・・・・」
「あがぢゃん!?じろいかいぶつはあがぢゃんだっだの゛おおぉぉぉぉぉ!?」
「まりさ!!も、もしかしてさっきもりであったのって・・・」
「いや゛あああぁぁぁぁぁぁ!!いわないでえぇぇぇえぇぇぇえ!!」

何故あんな姿になっていたのかは解らない。しかし赤ちゃんを殺したのは自分達だったんじゃないか。
そしてその過ちを赤ちゃんまりさは伝えようとしていた。自分達は無視して殺した。
罪を認識したゆっくりがやることといったら、相場は決まっている。

「もどはどいえばれいぶががいぶつがあがちゃんたべだとかいうからでじょおおおお!!!」
「なにいっでるのおおぉぉぉぉぉ!!まりざがぼうしをみつけなければごんなごどにならながったよおぉぉぉぉ!!」
「ばがいわないでよおおぉぉぉぉぉおお!!ざっきまりざよりひゃくばいおおごえでわらっでだぐぜにいぃぃぃぃ!!」
「さいじょにあかぢゃんにおぞいががったのはまりざじゃないのおぉぉぉぉぉぉ!!!」

自分達がいる場所も忘れて、醜く責任を押し付けあう二匹の親。
大立ち回りによって不安定になった木箱の塔が、崩落する屋根に一押しされ、親達をあっさり押し潰した。


「ゆううぅぅぅぅ!!ここでぼやぼやしてられないよ!!」
「で、でもおかあさんたちはここでゆっくりしてろって・・・」
「してられるわけないでしょ!!あかちゃんたちがあぶないってりかいしてね!!」
「きっとおかあさんたちはてがたりなくてこまってるんだよ!!れいむたちがたすけにいくよ!!」
「そうだよ!かぞくのききなんだよ!ちからをあわせるべきだよ!!」
「あかちゃんをたすけるぞぉぉーー!!」
「「「えい、えい、ゆーー!!」」」

なんか物置の入口で暑苦しい議論が繰り広げられている。
僕だったら迷わず逃げ出すと思うけど、当人たちにしかわからない気持ちというのもあるんだろうね。
何しろ親ゆっくり達が突入してからもう軽く十分は経っている。
その間こいつらは決断を渋ってきたのだ。そしてこの決断を下すにはあまりに遅すぎる。
だってほとんど物置全体に炎は広がっているんだからね。柱も炭になりつつあるし。
流石の餡子脳でももうダメっぽいことは理解出来そうなもんだけど、饅頭のくせに家族愛に酔ってるのかね。
案の定、子ゆっくり達が突入してから三分と経たず、物置は完全に崩落した。
潰れた屋根の下からくぐもった悲鳴が聞こえてきた気もしたが、すぐにそれも無くなった。
ちょっとしたゆっくり火葬場だな。こんな良い葬式挙げてもらえるゆっくりもそうはいまい。
まあここに作った畑から良い野菜が取れたら、少しぐらい森のゆっくりにも還元してあげるよ。
だから安心してゆっくり土に還ってね。
さて、いつから畑を作り始めようかな。とりあえず寝ながら考えるとすっか。あ~あ。

終わり

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最終更新:2022年05月03日 16:45