4匹になった一家は、ようやく地上がはっきり見える距離まで降りて来た。
気圧が戻り、パンパンに膨らんだ風船も少し緩くなっている。
「じめんがみえてきちゃよ!!」
子まりさが歓声を上げる。
かなり流されて来たらしく、全く見覚えのない場所であるが、まずは地面に降りるということがなによりも先決だ。
近くには湖や池といった危険なものも見受けられないし、ここまま行けば無事に降り立つことができるだろう。
残り約百メートル。一家はこのその瞬間を待ちわびていた。
しかし、降りる寸前、突然一家の前に突風が吹き荒れる。
「ゆ―――!!! ながされるよおおぉぉ――――!!!」
そのまま行けば上手く地面に降り付けただろうが、いきなりの風で落下コースがずれてしまった。
そして、新たな落下場所は、運悪く大きな木の中腹だった。
木の枝や夏の青葉がハンモックに絡みつき、一家は身動きが取れなくなってしまう。
「ゆゆっ!!! こんなところじゃ、ゆっくりできないよ!!!」
れいむは体を揺さぶって、木からハンモックを外そうとした。
しかし、動けば動くほど、枝がハンモックに絡みつき、身動きが取れなくなってしまう。
ようやく地面にたどり着けたというのに、最後の最後でケチがついてしまった。
れいむ一匹ならいつでもハンモックから出られるが、地面まで5mはあり、さすがにジャンプして降りるには少々分が悪すぎる。
どうすればいいのだと、れいむは餡子を捻り出す。
一方、大人のれいむとは対照的に、落ち着きのない子ゆっくり達は、早く地面に降りたくて風船の中から抜け出そうともがいていた。
しかし、それがいけなかった。
末っ子れいむが暴れたため、運悪く風船が鋭い枝に当たってしまった。
パーン!!
多少伸びているとはいえ、風船は風船。
割れた風船から末っ子れいむが投げ出される。
「ゆっ?」
それが末っ子れいむの最後の言葉だった。
水溜りでもあれば、あるいは腐葉土にでも落ちればどうにかなったかもしれないが、あいにく落ちた場所は、固く大きな石の上だった。
皮の柔らかい末っ子れいむは、痛みを感じる間もなく、「ぷちゅ」と餡子を弾かせ、絶命した。
「ゆああああぁぁぁぁぁ―――――――!!!! あがぢゃあああああんんん―――――!!!!!」
「まりざ(れいぶ)のいもうどがあああぁぁぁぁ――――――!!!!」
末っ子れいむの最期を目の当たりにし、残った3匹は絶叫を轟かせる。
今までも姉妹の最期を目撃していたものの、死の瞬間を目撃したわけではなく、間接的に死んだと感じただけであった。
よって悲しくもダメージはそれほど大きくなかったが、今回の末っ子れいむの死に様は、一家に死の恐怖を与えるには十分すぎた。
「うごかないでね!! おちたらしんじゃうからね!! ゆっくりうごかないでね!!」
れいむは上を見上げ、子れいむと子まりさに叫ぶ。
2匹も末っ子れいむの死に様をまざまざと見せつけられれば、れいむに言われずとも動くつもりはない。
落ち着きなく飛び跳ねていた体を抑え込み、体を縮めている。
しかし、所詮は風船。
ほんの少しの風でも不安定に揺れ動き、一家を絶望の中へと誘い込もうとする。
「おかあしゃん!! こわいよおおぉぉ―――!!!」
「もうやだよ!! はやくたしゅけてええぇぇぇ――――!!!!」
2匹は泣きながられいむに助けを求めるも、れいむにも助ける手段に窮していた。
枝を伝って子ゆっくりの元に行こうとするも、木がざわめき、風船も揺れ動いてしまう。
いつ末っ子れいむの二の舞になってしまうかしれたもんじゃない。
しかし、運命の女神はゆっくりがお嫌いなのか、れいむが手をこまねいていると、一陣の風が風船に襲いかかる。
その結果は言うまでもないだろう。
「ゆぎゃあああぁぁぁぁぁ――――――!!!!!!」
女神の怒りに触れたのは子れいむだった。
枝に当たった風船が破裂し、断末魔の叫びを上げ、下に落ちていく……が、子れいむが落ちた場所は、運が良いのか固い地面ではなかった。
「ゆ!? たちゅかった!!」
柔らかい何かが緩衝材となって、子れいむの落下の衝撃を吸収してくれたのだ。
しかし、落ちた場所はある意味、地面より最悪な場所だった。
「ゆゆっ!? とりしゃんがいっぱいいりゅよ!!」
子れいむが落ちた場所。それは、この木の一角に陣取った鳥の巣だった。
うまく緩衝材となってくれたのは、巣の中にいた羽根の生えそろっていない雛だ。
見たところ親鳥の姿はない。おそらく餌の調達にでも行っているのだろう。
雛たちは寝ていたが、子れいむが落ちたのを切っ掛けに、起きてしまったようだ。
そして、お腹がすいたのかピーピー喉を鳴らしている。
「ゆ!! うるちゃいよ!!」
突然鳴き出した雛に驚き、文句をいう子れいむ。
しかし、この場でそんなことを言っては、自殺行為に等しい。
目の前に旨そうなマンマがあると知った雛たちは、一斉に子れいむに群がりかかる。
「や、やめでええぇぇぇ――――!!! れいみゅはたべもにょじゃないよおおぉぉぉ――――!!!!」
子れいむは何とか逃げようとするも、狭い巣の中で逃げる場所があるはずもなく、対抗しようにもミニトマトほどしかない体で、数匹の雛に敵うわけもない。
「いじゃいよおおぉぉぉ―――――!!! たべにゃいでええぇぇぇ――――!!! おがあしゃあああん、だじゅげでええぇぇぇぇ―――――!!!」
「やめでええぇぇぇ――――!!! れいむのこどもをだべないでええええぇぇぇぇ――――――!!!!」
れいむは子れいむを助けようと、枝を伝って、巣に向かう。
その上では、子まりさの風船が揺れて、いつ枝にぶつかって割れるか分からないが、れいむはそんなことを気にしていられない。
まずは現在進行形で危険が迫っている子れいむが最優先だ。
と言っても、不安定な足場でなかなか思うように進むことが出来ない。
そんなれいむがまごついてるうちに、子れいむは体を雛たちに啄ばまれ、哀れ数匹の餌となってこの世を去った。
「なんでれいむのこどもをたべちゃうのおおおぉぉぉ―――――!!!」
ようやく巣に辿り着くも、時すでに遅し。
れいむは、クチバシを餡で濡らした雛に向かって絶叫する。
しかし、それが雛に通じるわけもなく、雛はれいむの巨体に脅えピーピー鳴き叫んでいる。
れいむは、子供の敵とばかりに雛を攻撃しようとした……瞬間、れいむの目の前を何かが風を切って通り過ぎた。
親鳥だ。
餌を取って戻ってきた親鳥が、子供の危険信号を察知し、全力で飛んできたのだ。
「ゆゆっ!! じゃましないでね!! れいむのこどもをたべたわるいとりさんにおしおきするんだから!!」
邪魔するなと言って、はいそうですねと言うはずもなく、親鳥はれいむにクチバシや羽を使って攻撃する。
「い、いだいよおおおぉぉぉ―――――!! ゆっぐりやめでええぇぇぇぇ―――――!!」
足場が悪く、親鳥の攻撃に何も出来ないれいむ。
さすがに大きさの違いから、子れいむのように食べられることはないが、チクチクとクチバシが当り、体中に瞬間的な激痛が何度も走る。
堪らず親鳥の攻撃から逃げるように体を捻るが、それがいけなかった。
足場の悪い枝の上で不用意に体を動かせばそうなるのは自明の理。
足を滑らせ、れいむは真っ逆さまに地面にダイブしていった。
「ゆびゃ!!」
ベシャリと生々しい音をたてて、地面をキスするれいむ。
さすがに子ゆっくりとは違い、皮が厚いため即死はしないものの、衝撃で口から結構な量の餡子を放出し、足に当たる部分も割れてグシャグシャになっている。
「おかあしゃあああああんん―――――――!!!!」
そんなれいむの様子を見て、木の上にいた子まりさが大声で呼びかける。
母親への気遣いは実に尊いが、ここで大声を出すには、あまりに状況が悪すぎた。
子まりさの声に親鳥が反応し、外敵は排除すべしとすぐさま風船に飛びかかる。
「や、やめでえええぇぇぇぇ―――――!!! れいぶのほうがおいじいよおおぉぉぉ―――――!!!!」
ボロボロの体で地面からその様子を見ていたれいむが、親鳥に懇願する。
自分のほうがおいしい。だから自分を食べてくれ。子まりさだけは何とか助けてくれ。
れいむは必死で親鳥に念を送る。
無論、言葉が通じる筈もなく、親鳥は子まりさの入った風船をクチバシでつつく。
高い音を立てて風船が割れ、外に投げ出される子まりさ。
親鳥はそんな子まりさを空中で上手にキャッチすると、雛鳥の待っている巣に持ち帰った。
「やだああぁぁぁ―――――!!! まりちゃ、ちにだくないよおおぉぉぉ―――――!!!」
子れいむの最期を見ていた子まりさが、すぐに自分に訪れるであろう未来を想像し、親鳥のクチバシの中から脱出しようと藻掻いている。
しかし、それで脱出できるはずもなく、親鳥は首をのばした雛たちに子まりさを差し出した。
「ゆぎいいいいぃぃぃいぃ―――――!!!!! いぢゃいいぢゃいいぢゃいだいいぢゃいいだい………!!!!!」
「あがぢゃああああああんんん―――――――――――!!!!」
まだ体が弱く、一気に食べられない雛たちは、チビチビと残酷な食べ方で、子まりさを咀嚼していく。
柔らかい皮は破れ、神経の通った餡を、じっくりねっとり掻き乱していく。
唇が啄ばまれ、遂に言葉さえ発することの出来なくなった子まりさは、「ふうちぇんにのっちゃけっかがこりぇだよ!!」と、薄れる餡子脳の中で感じ、最期を行った。
「あ……ああ………ああぁぁ……れいむのあかちゃんが……あかちゃんが……みんなしんじゃった……」
地面から子まりさの最期を看取ったれいむが、声にならない声で言葉を紡ぐ。
親鳥は、すぐにれいむが動けないことを理解したのか、次のターゲットとしてれいむに狙いを定めた。
小さなクチバシで、口や割れた足から漏れ出した餡子を拾っては、雛鳥に持っていく。
すでに餡子は体外に出ているため、れいむに痛みは感じない。
すべての子ゆっくり達を失ったれいむは、生きがいを無くしたというように、焦点の合わない視線で親鳥の行動を見つめていた。
さすがにバレーボール大のれいむ1匹は一度の食事に多すぎたのか、親鳥は何回か巣とれいむを往復すると、巣から出てこなくなった。
お腹いっぱいになった巣の中では、親鳥が雛鳥に歌を教えているのか、ピーピーと家族で合唱をしている。
そんな親鳥の行動を見て、そういえば自分も子ゆっくり達に同じことをしてあげたなと、虚ろな表情で、そんなことを考えた。
そもそもなんで? どうして? どうして、こんなことになった?
自分たちは何も悪いことはしていないはずだ!!
それなのに、なんでこんなにも酷い目に逢わなければならない?
最愛のまりさが死んでしまった後も、れいむは必死で子育てに励んできた。
雛鳥のように、ご飯を与えたら大喜びしてくれた。
お歌を歌ってあげたら、もう一回歌ってと何度もせがまれた。
夜寝るとき、家族全員で寄り添って寝た。
赤ちゃんたちもれいむの期待にこたえて、ちょっと生意気だけど、素直ですくすくと育ってくれた。
これからも、あの鳥の一家のように、家族仲よく平和に暮らしていくはずだった。
なのに、何でこんなことになった?
どこで道を外してしまったのだ?
人間に会ったから? あのおじさんに出会ったから?
あのおじさんに会わなければ、れいむたちは風船に乗ることはなかった。
風船に乗ってしまったから、れいむたちはこんな目に会ったのだ。
でも、おじさんは、ちゃんと待ってろと言ったのだ。そんなおじさんを待たないで勝手に飛んでいったのは自分たちだ。
それじゃあ、初めに飛ぼうといった(子)まりさが悪いの?
いや、確かにおじさんを待たないで飛ぼうと言ったのは子供たちだけど、最終的に決断を下したのは自分自身だ。
風船を飛ばすことが出来たのは自分だけだし、ちゃんとおじさんを待つように説得することは出来たはずだ。
あれ!? てことは、れいむのせい?
れいむが子供たちにいい顔しようとして、おじさんの言うこと聞かなかったから、こんな目に会ったの?
れいむのせいで、子供たちが死んじゃったってこと?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむのせい?
れいむの……………
「ゆふ……ゆふふ………ゆふふふふふ…………ゆはははははは………ゆははははははははははははははははははははは…………!!!!!」
れいむは、何か思いついたように笑いだす。
狂ったように、笑い続ける。
「ゆひゃひゃひゃひゃひゃ……!!! そうだよ!! れいむが!! れいむが!! れいむが、あかちゃんたちをころしたんだ!! ゆひひひひひひひひひひ……!!!」
足はもう使い物にならない物の、体全体に力をいれ、れいむはゴロリと仰向けになる。
さっきまで、あんなに晴れていた空が急に曇りがかってきた。
夏の風物詩、夕立が近いのだろう。
「れいむが!! れいむが、あかちゃんたちをころしたんだ!! ころしたんだ!! ころしたんだ!!」
誰に言うでもなく、れいむは大声を張り上げる。
自分の馬鹿さ加減を呪うかのように。
自分を罵倒するかのように。
目に大粒の涙を浮かべながら、れいむは大声を張り上げる。
そんなれいむが気になったのか、真上で合唱していた鳥の一家が歌を止め、親鳥が巣から顔を覗かせる。
狂ったように叫び続けるれいむが、何かしてくるのではと警戒したのだろう。
しかし、やはりれいむが動けないことを確認するや、親鳥はすぐに首をひっこめた。
餌に構っている暇はないとでも言うかのように……
しばらくれいむが叫び続けていると、れいむの涙を隠してくれるかのように、空から水滴が落ちてきた。
夕立が来たのだ。
初めこそ、パラパラと小粒の雨が降っていたものの、夏の夕立ちは一気に大量に降ることが多い。
すぐに、涙をかき消すほどの激しい雨が、れいむに降り注ぐ。
耐水性の弱いゆっくりが雨を浴び続けることは自殺することに等しいが、足の割れたれいむは動くことが出来なく、雨を避けることが出来ない。
最も、もしれいむが健常でも、今の状態では雨を避ける行動を起こしたかは分からない。
口や割れた足に雨が降り注ぎ、れいむの体内から餡子を否応なく奪い去っていくも、れいむは一切恐怖を感じていないような晴れ晴れとした表情をしていた。
「ゆふふふふふふふ……!! れいむが!! れいむが!! あかちゃんを!! あかちゃんたちをぉぉ!! ゆははははははははh……!!!!」
目を見開き、どこか壊れたような表情で空を見上げ、訳の分からないことを口走る。
それは、夕立が完全にれいむの体を溶かすまで、延々と続いていた……
~fin~
今まで他のSSの執筆にかかりきりでしたが、恥ずかしながら虐スレに戻ってまいりましたーww
いずれ、先に落ちていった子ゆっくり達の末路も書きたいな。
でもその前に、いい加減「とかいは(笑)ありす」を完成させるぞおおぉぉぉ――――!!!
今まで書いたもの
最終更新:2022年05月03日 09:44