※虐め成分はかなり薄くなってしまいました、人間のおっさんメインです
ゆっくり和三盆
数年前、ここ幻想郷にゆっくりなるしゃべる饅頭のようなものが現れた。
動物か植物か、あるいは生物かすら怪しいそんな奇妙な存在。
人間はそんな彼女達を最初は疑問に、あるいは恐怖に感じていたが今ではそんなこともなくなってしまった。
あるものは農業や日々の作業を手伝い、人間と友好的な関係を築いた。
あるものは人間の家や田畑を襲撃し、そのため人間に駆逐されるような敵対関係を築いた。
あるものは食料や労働力を目的とし捕獲され、一方的な搾取を行われる支配関係を築いた。
その形は様々であるがゆっくり達は人間社会に浸透してゆき、その結果人々の生活は概ね豊かになっていった。
これは、そんな彼らと正面から向き合うある真摯な1人の男の物語である・・・
「実録、ゆっくりにみる! ~ある伝統工芸者の挑戦~」
砂糖職人の朝は早い・・・
まだ日も上がらぬ暗いうちから男は床を立つ。
彼は砂糖職人「鬼井 三郎さん」54歳である。
砂糖職人とはその名の通り、日々砂糖を作ることを生業にしている。
だが勘違いしないで欲しい。砂糖を作ると言ってもその仕事は多種多様で実に複雑である。
中でもこの鬼井さんは特に技術を必要とされる和菓子専用の高級砂糖、「和三盆」の作り手なのだ。
それでは実際にその作業を見ていこう。
「おはよう、ゆっくりしていってね!」
「ゆゆ!ここからゆっくりだしてね!」
「はやくださないとひどいんだぜ!いまならゆるしてやるんだぜ!」
作業場に着いた鬼井さんは籠に閉じ込められているゆっくり達に挨拶をする。
籠に入れられているゆっくりはれいむ種とまりさ種、この2種の餡子が砂糖の精製に最も適しているらしい。
「まずは朝の挨拶からはじめるんです、これでゆっくり達の健康状態を確認するんです。」
「素材のゆっくりが元気でないと、砂糖も元気になりませんからね。」
そう言って鬼井さんは微笑む。
そうして次に数匹のゆっくり掴み出し、おもむろに彼女達の装飾品を外し始めた。
「ゆぅ!? れいむのおりぼんとらないでね!??」
「じじぃ!! まりさのぼうしとっととかえすんだぜぇぇぇ!!!」
この際ゆっくり達から容赦なく暴言が降りかかる。だが鬼井さんは涼しい顔で作業を進める。
「いつ何時も平常心、心の乱れは砂糖にも現れますか。」
そう語る鬼井さんの顔はにこやかだ、だがその目は鋭く研ぎ澄まされさながら業物の日本刀の様である。
そうして飾りを外したゆっくりを片手で固定しつつ、開いた手にナイフのようなものを用意する。
その外観はやや肉厚な剃刀と言ったところか、長い付き合いなのか年季を感じるがその刃は美しく輝いている。
「こいつが気になりますか? 私達はナガタって呼んでます。長い付き合いですから、道具というより腕の一部ですね。」
そう語ると静かにゆっくりの頭にナガタを走らせる。
音も無く刃が過ぎるたびにゆっくりが不思議そうな顔をする。
そして、鬼井さんが手を止めナガタの柄で軽くゆっくりをこずく。
「ゆ”!?」
その瞬間、さながら滝の様にゆっくりの頭から髪の毛が流れ落ちた。
剃られたまりさは目を見開き固まってしまっている、だがそれも仕方無いだろう。
何せ取材陣ですらその光景が理解出来なかったのだ。
そして、もしその光景を一言で述べるなら只美しいとしか言えない。
流れ落ちる髪は、さながらイチョウ舞う晩秋の滝と言ったところか。
穢れを知らない清流を、美しくイチョウが飾りそして滝壺へと還っていく。そんな情景を思い浮かべて欲しい。
飾りを取られた他のゆっくり達も静まり帰っている。無論恐怖からではなく純粋に魅入っているのだ。
鬼井さんに頼んで剃られたまりさを見せて頂いたところ、毛はもちろん毛根まで溶かし尽くしたような美しさであった。
撫でてみたところ、まるでもとから何も無いような、もちもち且つスベスベな肌触りであった。
その後、残りのゆっくりも全て髪を剃り落としたところで作業は次の工程に入る。
髪の無くなったハゲゆっくり、それらを詰めた籠を持って来たのは大きな水槽である。
そして、数匹ずつハゲゆっくりを麻袋に詰め込みそれをおもむろに水に沈めた。
「ゆぎぃぃぃ!! つめたいいぃぃぃ!!!」
「あぶぶぶ、とけぢゃうぅぅぅ!!?」
袋からは叫びが聞こえていたが完全に水に漬かるとそれも無くなった。
「ここでゆっくりに水を含ませ、糖分を分離させやすくするんですね。」
「この水は山から引いた湧水です。手間はかかりましたが良い水を使わないと雑味が入りますから。」
そういって水を一杯差し出した。コレを頂いてみたところ、まるで山が体に広がってゆくような感覚を覚えた。
「飲んでもおいしいでしょ? 私も作業の傍ら飲むんです。これがこの仕事の楽しみの1つでもありますね。」
「それに湧水は年間通して温度が一定なんです。夏は冷たく冬暖かく、これも砂糖作りの秘訣ですかね。」
このゆっくり達は午後の休憩明けまで漬からせておくらしい。
その間別の作業を行うというので、私達はつかの間の休憩を終え移動を開始した。
そうして来たのは何やら重石の積み重なる部屋であった。
そこで鬼井さんが重石をどかすと、そこから麻袋が現れた。
そして袋に手を突っ込んで何やら黒いものを取り出した。
「これが2日目のものです。」
2日目? 何のことかと私達が疑問を顔にすると
「ああすいません、実はこれゆっくりなんですよ。」
と鬼井さんは笑いながら説明してくれた。
作業工程が前後してしまうから解りにくくて申し訳ないが・・・そう鬼井さんは話はじめた。
「水に漬けたゆっくりに、これから行う作業をするとこのようになるんですよ。」
そういいながらその黒いゆっくり流水に晒す。
そうするとベロベロに伸びきったゆっくりが顔を現した。
そしてこれを盆と呼ばれる大きな台座に乗せておもむろにこねはじめたのだ。
「これがいわゆる『こね』と呼ばれる作業です、これを3度盆の上で行うことから和三盆の名が来ているんですよ。」
いいながら鬼井さんは全身の体重をかけて、ゆっくりをほぐしてゆく。
「中の餡子が均等になるよう丁寧にこねます、ただこの時皮が破れないよう注意が必要です。」
ゆっくりの皮はとても破れやすい、私達がコツは何かと訪ねたところ『こればかりは経験です』ど笑っていた。
そんな作業を見つめる中、私達はあることに気付いた。
なんとゆっくりが生きているのだ!!
これだけこねられて潰されても生きている!! 一体どういうことなのだ!?
「ゆっくりは餡子が無くならない限り死なないですからね、上手く扱ってやればこれくらいは平気です。」
「それにゆっくりの餡子は恐怖や痛みを感じるほどに旨さがますんです、よって最後の仕上げまでは心も体も殺しません。」
何でも無い事と鬼井さんは語るが、そこには熟練した神業が伺える。
私達がこれを行うならものの数秒でダメにしてしまうだろう、これが匠の技なのか。
よくよく注意してみると全てのゆっくりが微かに震え、また声を発しているのがわかる。
「やべ・・・・で・・・・」
「ころ・・・・・せ・・・」
どうやら精神においても正気を保っているようだ、流石としか言いようがない。
全てをこね終えた鬼井さんはこれを麻袋へ戻す。
そしてこれを来た時と同じように台座にセットし、その上に重石を乗せた。
「ゆべぇっ・・・」
微かに声が聞こえた。
それを聞いた鬼井さんは満足そうだ。
「こうしてこの作業を5回、つまり5日かけて行うんです。」
「本来トウキビから作る場合は3度でも充分ですが、何分ゆっくりは餡子ですから雑味が多くてね。」
そして鬼井さんは昔の話をしてくれた・・・
私もゆっくりが現れる数年前までは、トウキビから砂糖を作っていたんですよ。
だがゆっくりが現れた翌年、トウキビ畑がゆっくりの襲撃を受けてしまいまして大不作になってしまったんですよ。
あの時は砂糖が作れなくなって本当に困ってしまいましたよ、ええ。
何が困ったって私の生活もそうですが、皆が菓子を食べられなくなってしまったんです。
私はこの仕事に誇りを持っています、皆が嬉しそうにお菓子を食べている顔を見るのが堪らなく好きなのです。
そこで、わたしはゆっくりを用いた砂糖づくりの研究を重ねたのです。
そして半年後、試行錯誤を繰り返し今の形に至ったわけです。
もっとも、その時は落ち着いたらゆっくりからトウキビでの砂糖作りに戻るつもりでしたがね。
ゆっくりの出現によって甘味が増えたため、トウキビを作る農家さんが減っちゃってね。今ではこっちがメインですよ。
あっはっはと豪快に笑う鬼井さん。
ゆっくりは恨んでいません、むしろ感謝していますよ、彼らのおかげで高価だった甘味が庶民的なものになりましたから。
多くの人々が喜んでくれる、それだけで私は幸せですよ。自分で言ってなんですが、臭い話ですけどね。
私は加工所が出来た頃、この砂糖の精製方を持ち込んだんです。これでより多くの人が手に入れやすくなると。
ただ、加工所ほど大きなところでは作業効率を重視されており、機械化されている部分も多いんです。
それは決して悪いことではありません、しかし和菓子に使うような繊細な砂糖はどうしても出来なかったんですよ。
そこで私は三度、和三盆作りに戻ることになったんですね。
砂糖について語る鬼井さんは実に生き生きとしている。
作業中の鋭い目も、この時ばかりは夢を語る無邪気な少年のようだ。
そうして加工所における上白糖や三温糖、私達のような小規模な工房での専門糖作りに分類されるシステムが出来上がったんです。
おや、長々と話してしまいましたね。年を取るとどうもね。いやいやすみません。
苦笑しながら謝罪する鬼井さんに、こちらこそ貴重な話を有難うございますと営業抜きの純粋な笑みを返した。
ここで、いい時間ですからと一旦昼休憩を取ることにした。
昼休憩の後、作業は再開された。
まずは朝漬け込んだゆっくりに「こね」を行ってゆく。朝見た2日目のものより元気があり、また形もゆっくりらしい。
それが終わると3~4日後のものまで、同じ工程を繰り返した。
3日目のものに取り掛かる際あることに気付き鬼井さんに尋ねてみる。
「いいところに気付きましたね、ゆっくり達が白くなっているでしょう?」
そうなのだ、心なしかゆっくりが白くなっているのだ。
「さっき重石をかけた時、袋が黒くなっていたのを覚えてますか?」
「餡子を均等に伸ばした後、重石をかける事により雑味を含んだ余分な糖分を搾り出すんです。」
なるほど、そのためゆっくり達が白くなっているのか。
ちなみに絞られた糖蜜(黒い汁)は、飼料用として加工所が回収に来るらしい。実に無駄のないことである。
作業を繰り返すこと数時間、今日の仕事もついに最終工程へと入った。
最後に手をつけるのは5日目のゆっくり、最終日とあってその肌はかなり白い。
このゆっくりを濯いだあと盆にのせる。ここまでは変わりないのだが、盆に上げてから何やら今までと違うのだ。
こねてはいるのだが此処までの工程と若干手つきが違う。
今までは均等に餡子を伸ばしていたのだが、今回はまるで中央に集めているような・・・。
そんなことを考えていると、鬼井さんは突如ゆっくりを掴みあげ傍らの器にゆっくりを向けたではないか。
「せいやっ!!」
「ゆかっ!?」
そして鬼井さんはゆっくりの背を人差し指と中指で押した。
すると次の瞬間ゆっくりは口から何やら吐き出し、完全に動かなくなってしまった。
ここにおいてようやく絶命したらしい。
「・・・ふぅ、これで完成です。」
器の中を見せてもらうと、中には少量の雪のように白い粉が入っていた。
「これが『ゆっくり和三盆』です、よろしければ味見してみますか?」
私達は鬼井さんの行為に甘えさせていただき、ゆっくり和三盆を口にした。
それはもはや砂糖ではなかった。口に入れてすぐは、正直甘さを感じず物足りないとさえ思った。
だが次の瞬間、舌の上から突如として和三盆が消えたのだ! 溶けたのではなく消えた、生まれて始めての経験であった。
そして同時に口内全体に広がる優しく暖かな甘み。何とも淡く上品である。
それは口から鼻、喉、腹へとサァーっと広がってゆき、そしてスゥっと消えていった。
言われなければとても砂糖だと気付かないだろう。
「和三盆は癖がなく甘さも控えめなので、そのままでも充分食べられるでしょう?」
ふと鬼井さんの声で我に帰る、思わず放心してしまったらしい。
「和三盆は粉末での販売もしていますが、型に入れて押し固めた固形の物も作っているんです。いわゆる落雁(らくがん)ですね。」
いかんいかんと気を取り直す。しかし驚いた、まさか砂糖で放心する日が来るとは思っていなかったのだ。
それほどまでに和三盆の味は衝撃的であった。
そうして、ひとしきり説明してくれた鬼井さんは残りのゆっくりから和三盆を取り出していった。
「これで今日の仕事は終いです、出来上がった和三盆や糖蜜、残った皮なんかは5時ごろに業者が取りにくるんですよ。」
そう言う傍から業者がやってきた、どうやら大型のちぇん種を用いた『ゆっくり車』により運搬を行っているようだ。
「さて、一日の仕事を見ていただいていかがだったでしょうか。記事になるに値すればいいんですがね。」
私達は心からのお礼を述べた。
「ははは、有難うございます。そう言って頂けると疲労も報われます。」
「何せ私も年ですから、結構きついんですよ。」
笑う鬼井さんの姿は疲れなど感じさせないが、体力を使う仕事のため実際いつまで続けられるものか難しいのだろう。
「私には2人せがれがおりまして、1人は菓子職人を、もう1人は加工所職員をやっているんです。」
「家内が早くに亡くなりましてね、男手一つで育てのは良かったんですが、どうも多少ひねくれたようでして。」
鬼井さんはやや自傷気味に笑う。私が何と答えようか言葉を選んでいると
「だが最近は私の仕事に興味を持ち始めてくれましてね、加工所の方のせがれが近々帰ってくることになったんですよ。」
「菓子屋のほうのも、流通や経営、あるいは現場の声なんかを聞かせてくれるんでかなり助けられています。」
一転して笑顔を見せてくれた。
私達も思わず笑顔が溢れた、この一家がいる限りこれからも砂糖業界は安泰だろう。
「最後にいいですか?もしこの記事をみて砂糖に興味を持たれた方が居ましたら内へいらしてください。」
「どんなに些細なことでも構いません、修行をしたいという方も歓迎します。」
「砂糖は身近な物ですし、甘いものが嫌いな方も多いでしょう。ですがこの機会に深く考えてみてください。」
鬼井さんはそれを伝えると頷いた、そして私も頷き返した。
私は改めて鬼井さんと握手した、だが今度は温もりだけでなく、職人としての力強さも感じとれた。
鬼井さんは今日も暗いうちから床を出て砂糖作りに励む。
目的は多くの人に甘味の幸せを感じ、ゆっくりして欲しいから。
砂糖職人の朝は早い。
終われ
作・ムクドリの人
これまでのSS
最終更新:2022年05月03日 16:01