それからのアリスはゆっくり一家とうち解けた日々を過ごす。
 ゆっくり姉妹や母とは少し距離が開いていたが、それが逆にほどよい距離感となって、神経質になっていた姉妹も許容できるつきあいとなっていた。
 一方、退屈な冬ごもりの日々に突然あらわれた多種に興味津々だったのは赤ちゃんゆっくり。
 すぐにアリスになついて、今はアリスの額の上でぽんぽん跳ねて遊んでいる。
「ゆっゆっゆ~、楽しいよアリスお姉ちゃん!」
「ゆっくり遊んでね!」
 アリスの顔もまんざらではない。
 自分の巣穴にいれば、昨日まで吹きすさんでいた地吹雪に巻き込まれ、飢えながら凍え死んでいただろう。
 だが、今はおうちの中でみんなの体温で暖まれる幸せ。食べ物だって満足な量ではなかったが、ゆっくり一家と同じ食事なのだから文句は言えない。むしろ、差別されないことに感謝すべきだろう。
、そして何より、誰かと遊びながら日々を過ごせる幸せ。
 幸福が増長させたのだろう。アリスはいつのまにか、今年はこのまま冬を越せると思いこんでいた。
 最初の雪が止むまでという話はすでに忘れ去っている。

 その日の夕方、赤ちゃんゆっくりが遊び疲れて寝入るのを見守るゆっくりアリス。
 気がつけば、自分を取り巻くように母ゆっくりとゆっくり姉妹が自分を見つめていた。
 意を決した一家の眼差しに気づかず、アリスはようやくみんなにかまってもらえるとばかりに満面の笑み。
「赤ちゃんも寝たから、これからゆっくりしようね!」
 だが、アリスに向けられたのは寂しげなほほえみだった。
「ううん、アリスはあまりゆっくりできないよ!」
「ゆ!?」
 姉ゆっくりの気遣うような表情に、きょとんとなるアリスの顔。
 姉ゆっくりの後の言葉を、妹ゆっくりが続けた。
「天気もゆっくりよくなってきたね!」
「うん! 明日からお外でもゆっくりできるね!」
 一緒に暮らせるのは天候が回復するまで。
 その約束を、ただ一匹アリスだけが気がついていなかった。
 アリスが自分から言い出すことを期待していた妹ゆっくりは少し失望の表情。
「それじゃあ、陽がのぼったらアリスは自分のおうちに戻ってね」
「……ゆ?」
「五日分ぐらいのたべものをわけてあげるから、その間に食べられる木の皮とか自分で集めてね!」
 折角のアドバイスにもかかわらず、アリスが笑顔のまま凍り付いていた。
 そのまま、目を見開いてぷるぷると震える。
「……ゆゆゆゆゆ?」
 震えがどんどん大きくなる。
 体がはじけるんじゃないかと姉妹が思った頃、アリスの感情が先に弾けた。
「どうぢで、ぞんなごどいうのおお!」
 血走った目で咆吼するアリス。ゆゆっと寝かしつけたばかりの赤ちゃんが飛び起きるのもかまわず、アリスはわんわんと泣き続けた。
「ゆっぐ……ひっく……っ! アリスはずっとここにいるよおおお! ここが、あ゛り゛ずの゛お゛う゛ち゛な゛の゛お!!!」
 そんなアリスの傍らへ、ぴょんぴょんと跳ねて近づくのは赤ちゃんまりさ。
 大泣きするアリスのそばに寄りそう。
「よちよち」
 アリスお姉ちゃん泣かないでと、かつて自分がそうしてもらったとおりに慰める赤ちゃんゆっくり。
 だが、その優しさもアリスには届かない。
「アリスを追い出すくらいなら、役に立たない赤ちゃんを追い出せばいいのにいいいいいい!!!」
 とてつもないアリスの言葉に呆気にとられるゆっくり一家。
 ゆっくり一家にとって、今最も大切なものは赤ちゃんゆっくり。アリスなどと比べられる存在ではなかった。
 次第に姉ゆっくりの顔に色濃く浮かぶ失望。あれだけ辛い思いをさせて教えたことが本当はまったく身についていなかったことへの徒労感。
 それは、事情がわからない赤ちゃんゆっくり以外、すべてのゆっくり一家に浮かんでいた。
「今日ゆっくりしたら、明日は出ていってね」
「い゛や゛、い゛や゛、い゛や゛だよおおおお!」
 ぐずり続けるアリスに冷ややかに告げて、各々のねぐらに入る母ゆっくりと妹ゆっくり。
 ただ一匹、姉ゆっくりが気の毒そうな視線をアリスへ向ける。
「おうちの入り口を塞ぐときは手伝ってあげるからね!」
「……ゆっぐ、ひっぐ……」
 最大の譲歩と慰めを示したのに関わらず、アリスは一向に泣き止まない。
 仕方なくため息を残して、姉ゆっくりも家族を追ってねどこに入っていった。

 すやすやと眠る姉ゆっくり。
 ふかふかの寝藁の上で、家族揃って寝入っている。
 心地よい寝息を立てるその口元には、やんわりとした笑み。
 姉ゆっくりの夢の中に、一匹のゆっくり霊夢の姿があった。
 アリスが邪魔をしてくるまで、姉ゆっくりが一番遊んだ親友。穏やかな気性で、傍にいるだけで優しい陽だまりにいるような気分にさせてくれた、本当の親友。
 夢にあらわれた親友といるのは、懐かしい景色。紅葉の赤が映える秋口の川原で、二匹寄り添って落葉に見入っていたあの時の光景。
 親友に連れられて、せせらぎの川原をずっと歩いていく。
 やがて、たどりついた目的地。
「誰も住んでないよ!」
 声を弾ませるれいむの前にあるのは、大樹の根元にできた自然の洞穴。
 ゆっくりまりさたちが住んでいる洞穴とほとんど同じ大きさだった。
 だが、さらに優れているのは洞穴を守るように力強く張っている木の根。
「んゆーっ! ゆっくりしたおうちーっ!」
 この森には先住のゆっくりがいない未踏のほら穴は数少なかった。
 ゆっくりまりさが興奮気味にはしゃいでいると、ゆっくりれいむが意を決したように口を開く。
「まりさ!」
 いつもはおっとりして魔理沙の後を追いかけがちなゆっくり霊夢には珍しい強い声。
「ゆっ!?」
 思わず振り返るゆっくりまりさ。
 どうしたのと覗き込むと、ゆっくりれいむの顔色がみるみる真っ赤になっていく。
「ここだと、二人でゆっくりと暮らせるよ!」
 その言葉に、今度はゆっくりまりさが顔を真っ赤にする番だった。
「ゆ、ゆー!」
 驚きと喜びが同時にはじけて、ぷるぷるとまりさの体が揺れる。
 二匹だけでゆっくり暮らす。
 それは、お互いが家族を離れて新しい家庭を築くという、いわば求婚に近いものだった。
 同時に、それは姉ゆっくりまりさがれいむと出会って以来、待ち望んでいたことでもあった。
「ゆっ! ゆっ! ずっとずっと、ゆっくりーっ!」
 興奮気味にまくし立て、ゆっくりれいむに飛び込んでいく。
 はあはあと身を寄せ合い、体を絡ませる。向かい合い、御互いの舌を相手の奥深く差し入れて、ちゅぱちゅぱと絡ませあう。
 だが、まだ交尾までは至らない。
 姉ゆっくりの体は交尾に耐えられる大きさだったものの、今無計画に子供をつくっては近づく冬を揃って乗り越えられなかった。
 ちゅるぽんっと、湿った音とともに離れる唇。
「ゆっくり雪がとけるころ、一緒に暮らそうね!」
「うん、春になったら家族をゆっくりつくろうね!」
 れいむの言葉に、まりさはまた嬉しくなって体をすりよせる。
 ふうふうと荒くなる息を交わして、擬似の交尾で熱い体を慰め合う二匹。
 濃厚な愛の語らいが続いていく……

 が、姉ゆっくりの夢はそこでもやがかかりだす。
 いつしか、目覚めようとしていた。
 さっき寝入ったばかりだというのになぜだろう。
 朦朧とした目をしばたかせる姉ゆっくり。
 もう少し夢の続きを見たいのに、急速に意識が鮮明になっていく。
 同時に、体を覆う気持ち悪い感触も明らかになっていった。
 まず最初に感じたのは、全身をべっとり濡らす湿り気と、息苦しいほどの体圧だった。
 開いた目がぼんやりと肌色をうつす。
 焦点を顔のすぐ前に合わせると、じんわりと映像をむすんでいく。
 自分の顔の真正面に、真っ赤な顔でよだれをまきちらすアリスの顔があった。
 息苦しいと思ったら、唇を奪われていた。荒い息を吐きながら懸命に舌をこじ入れようとして、滴るアリスのよだれが姉ゆっくりの半身をぬめぬめと輝かせている。
 ぞわわわわと、姉ゆっくりに湧き上がる鳥肌。
「むぐぐぐうううううう!」
 唇をふさがれて言葉にならない悲鳴。
 ふるふると震えるが、がっしりとアリスに押さえ込まれて後ろに下がることもできない。
 荒い息遣いにさらされて、姉ゆっくりの目に恐怖でじんわりと涙が浮かぶ。
 やがて、ぷはっとようやく唇される唇。
 だが、それは次の段階へ移るための支度でしかなかった。
 べろんと、アリスの舌が姉ゆっくりの強張る全身を舐め上げる。
「ひぐううう!」
 嫌悪でうめく姉ゆっくり。
 アリスの舌は、姉ゆっくり顎のあたり、成長したゆっくりなら子供を生み出す部分を執拗に舐め上げようとする。
「や゛め゛でええええ!」
 交尾を前提とした意図を露骨に感じて、衝撃で震えていた体を必死に動かす姉ゆっくり。
 ごろんと横に転がると、姉ゆっくりいた空間にアリスが顔面から沈みこむ。
 よほど夢中なのか、アリスはそれにも気づかず、何もいない寝床にぶるぶると体をこすりつけている。
 が、空虚な感触にすぐに身を起こした。
「どこなの、まりさあああ」
 ねっとりとした口調で周囲を見回し、腰を抜かしたようにずるずると後退する姉ゆっくりを見つけた。
 よだれを垂れ流しながら近づいてくるアリス。
 姉ゆっくりは壁に後ろをつけて、しわくちゃな泣き顔でいやいやをする。
「どう゛じで、ごんな゛ごどずるのおおお!」
 姉ゆっくりの悲痛な声。
 ゆっくり一家の見立てでは、アリスはまだ発情期ではなかった。
 凶悪な本能ではなく、アリスは理性による思考の果てに動いているはず。なぜ、一方的な交尾というゆっくりといえど許されない行為にはしるのか、姉ゆっくりにはまるでわからない。
 すると、アリスはにっこりと善意に満ちた笑顔を浮かべた。
「アリスがいなくなると、アリスのことが大好きなまりさは寂しいよね! だから、代わりにアリスの赤ちゃんをあげるね!」
 目の前がまっくらになる姉ゆっくり。
 アリスは理屈と相手への善意から行動している。問題はその前提は大きく狂っていることだった。今さら修正が聞くとは思えないほどに。
「ぞんな゛の゛、い゛ら゛な゛い゛いいいいいいい!」
 後ろを向いて巣穴の奥へ逃げ込もうとする姉ゆっくり。
 だが、アリスの行動はすばやかった。
「別にまりさだから、子供をつくりたいってわけじゃないからね!」
 叫びながら、後ろからとびかかる。
 背後から姉ゆっくりの黒い帽子と髪を噛み、飛び上がろうとした姉ゆっくりは地べたに落下した。
「ゆべ」
 反動でつぶれかける姉ゆっくりの体。
 アリスはその機を逃さない。姉ゆっくりの上にのしかかって、逃げられないように体重をかける。
「ゆーっ♪ アリスのことが大好きなくせに、最初は嫌がってみせるのがかわいいよおおおお!」
「ゆぎいいいいい!」
 身をくねらせるアリスに、姉ゆっくりの大きく見開いた目が白目になっていく。同時にあふれ出す滂沱の涙。
 アリスは自分と交尾できることをそこまで喜んでくれる姉ゆっくりに感動し、その耳元でそっと囁く。
「こども、たくさんつくろうね! まりさのためなら三十回はすっきりできるからね!」
「やだああああ! だずげでええええええええ! れいむぅううう! おかあさああああああん!」
 姉ゆっくりが泣き喚いたその瞬間、姉ゆっくりにかけられていたアリスの重みが消えうせた。
「ゆべらああああ!」
 悲鳴とともに吹き飛んだのは、アリスの体。
 ふーっ、ふーっと、獣のような息に気がついて見上げれば、母ゆっくりの鬼神のごとき表情。その後ろには青ざめた表情の妹ゆっくりと、不思議そうに姉ゆっくりを見下ろす赤ちゃんゆっくりがいた。
 一方、アリスは母ゆっくりの体当たりで壁に平べったくはりついている。
 へにょりと剥がれ落ちるなりこちらを振り向いて、母ゆっくりの表情に気づいた。
「ゆ!? そんな顔、怖いからやめてね!」
 アリスがぷんぷんと、怒ったそぶりで母ゆっくりを責める。
「皆にもアリスの子供をつくってあげるから、嫉妬しないで待っていてね!」
 母ゆっくりは応えない。
 ただ、どすどすとアリスの傍へかけていき、その不埒者を頭からまるかじりしただけだった。
「あ゛っ、あ゛ーっ!」
 あまりの予想外のことに、アリスは混乱した。
 頭からたれてくる母ゆっくりの唾液。そして自分の餡子。
「だめ゛ええええ! いくらアリスのことをあいしていでも、だべるの、ら゛め゛ええええ!」
 母ゆっくりは、こんな汚物を食べたくなかった。
 そのまま、ずりずりと引きずって補修したばかりの出入り口の壁にぎゅうううと押し付ける。
「むぎゅうーっ!」
 圧力のまま、へにょりと体がよじれるアリス。
「ゆっくり消えてね!」
 当初は姉への暴行に血の気が失せていた妹ゆっくりも、今はふつふつと怒りがたぎっている。
 母に続いてアリスを押しつけると、今日応急処置を施したばかりの壁がみちみちと鳴った。
「やめでええ! ぎづいいいいいい! ……ゆっ! ざっ、ざむ゛い゛いいい!」
 アリスの体が裂けた隙間に沈みこんでいく。
 ついには、そのまま穴を抜けて外に放り出されると、突貫工事で穴を塞いでいくゆっくり一家。
「どうじでええ! みんな、均等にあいじであげるのにいい!」
 壁の向こうのアリスの声も次第に遠くなり、やがて完全にふさがる壁。
 ゆっくり一家に、もはやアリスへかける情は無い。
 アリスが必死に外から壁に体当たりしても知らないふり。
 やがて、外から聞こえるのは吹きすさぶ風の音だけになっていた。


 翌日、見渡すばかりの快晴。
 雪が降り始めて以来の好天に、ゆっくり一家は出入り口の壁を壊し始める。
 頑丈な壁に作り直すのと、外にでてそのための資材を探すためだが、さらには閉じ込められていた子供たちの気分転換の意義もある。
 特に昨日のアリスのことは、姉ゆっくりの心に若干の影を落としていた。
 同情という善意を示して、つけこまれるという裏切り。最初はすべてのゆっくりがそうではないかと、ゆっくり不信に陥りつつあった。だが、落ち着くにつれ、姉ゆっくりはゆっくりアリスだけが異常なのだと思えるようになっていた。ほとんどのゆっくりは、ゆっくりれいむのような掛け値ない優しさを持っているのだと思い直し、調子を取り戻しつつある。
 巣穴のすぐ傍で青白く固まったゆっくりアリスを確認したのも、姉ゆっくりを安心させる一因となった。
 そんなわけで、母、姉、妹、赤ちゃんの順で雪原に飛び出したゆっくり一家。
 どんな資材がいいだろうねとゆっくり話し合い、姉がゆっくり霊夢との思い出から川原に大きくてへらべったい石があるよと提案。
 親子は一列になって雪の上を歩いていった。
 残されたのは、青白く丸まったゆっくりアリス。
 よく見れば、その蜂蜜色の髪が外気にさらされていた。髪の先端から滴るしずく。
 おりしもの日差しが、薄氷を少しづつとかしていく。
 そのことに、ゆっくり一家は誰も気がつかなかった。

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最終更新:2022年05月03日 16:53