登場する人物は愛で系です
本編ぬる虐めすら怪しいです。
嘔吐描写があります
暗い雰囲気です
冗長です
古本屋のSSです
初期の面影がありません(笑)
【まりさとわたし タベモノ】
五感を視・聴・嗅・味・触とする
彼等にとっての優先順位を並べるなら
最も需要なのは聴覚だといえる。
「ゆっくりしてね!ゆっくりしてねぇっ!!」
「ねがいだから…かみさま…」
どうして自分達にこんな不幸が襲うのか
こんな理不尽な悲しみが起こるのか
それを理解できない
すがり付いて泣いて、泣いて自分達ではそれをどうする事もできない
どうしてこんな理不尽が
「ぅ?」
両親に擦り寄られて少し窮屈そうだが
それでも確かに心地よさそうに無垢な笑顔を浮かべて
それが余計に両親を悲しませると知らない。
「おねがいします」
「全力を尽くします」
深々と頭を下げて差し出されたケージを、私は確かに受け取った
ケージの中から見上げる6つの瞳がそれぞれに私を見上げて揺れている。
「せんせい…」
「ちびちゃんを…」
成体二匹、父親のまりさと母親のありすに
生後二日目の赤ありすを連れて、わたしはドアを押し開ける
ここは【クリニック】と呼ばれる場所
私の職場だ。
* * *
正確な数字ではないが六万のゆっくりが都内に棲息していると言われている
野良ゆっくりにとって飼いゆっくりは羨望の的だ
衣・食・住に困ることなく
路上で生活することを考えれば安全も保障されている(それに変わる危険もあるが)
多くの野良ゆっくりが何を差し出しても安全な生活手に入れようとするだろう。
その影に潜む恐ろしい危険を、思いつきもしないで
自分達を保護してくれる人間が齎す恐ろしい絶望を夢想だにしないで。
鞄から資料を取り出して、種類別にデスクに並べる
リストアップされたメーカーの内
幾つかのラベルに思い当たる事がある
その殆んど全てに笑顔のゆっくりがプリントされているのが
悪意的な皮肉を込めているように見える。
大手企業が発売しているゆっくり関連商品
その中で最も種類が多い物が
【ゆっくりフード】と呼ばれるゆっくり専用の飼料だ
価格帯によって種類は様々で味や形態も千差万別
そのどれもが野生のゆっくりたちには口にした事の無いような
極上の物であり、生涯で一度でも口にすることが出来れば
反芻するだけでゆっくり出来るだろう憧れの的である。
資料に載っているのと同じパッケージの
サンプル品として持ってきたB社のゆっくりフード
はじける様に溌剌とした笑顔ゆっくりを裏返すと
毒々しい赤でこう表記されている。
【※当商品はゆっくり専用です、絶対に誤って口に入れないようにご注意ください。】
この表記の危険性を、ゆっくりと生活する人の内
いったい何人が正しく理解しているのだろうか?
犬や猫等の動物と違って、ゆっくりに関しては関連商品の法的制限が明確に決まっていない
それをいいことに、と言うのは私の感情が強いかもしれないが
人間の食べ物は当然として、他のペット用品と比較すれば
信じられないほど大量の食品添加物が大量に使用されている。
低価格帯の商品にいたっては、農薬漬けの野菜屑をペーストにした
物や食品ですら無い商品未満と言っていいの品も存在する。
これらの品を生まれた時から人間に与えられた飼いゆっくりが
自浄作用を超えて体の中に添加物を溜め込み続けるとどうなるか
手元の資料が導き出す結末、その答えがわたしのまりさでもある。
ゆっくりの生殖は極僅かな例外を除いて二種類の方法がある
茎と呼ばれる器官を対外に伸ばしてナス科植物のように
個体差はあるが5~8匹程度の複数の幼生を同時に生育する『植物型』
そして体内の女性器に似た機関の中で多くても3匹程度の
ある程度成長した子供を出産する『動物型』とがある。
まりさは前者の植物型で、資料にクリップで留められた
成体ゆっくり二匹に心配そうに見守られる笑顔の赤ゆっくりありす
彼女は『動物型』で姉妹の妹としてこの世に生れ落ちた。
写真に写っているのは三匹、もう一匹はどうなったのか
『最初に生まれてきた子供は…ありすかまりさかもわからないような状態で…』
こうして笑っているありすも、見た目こそ一般的なありすだが
精密検査の結果を見ないことにはなんとも言えないが
どう考えても聴覚障害だけとは思えない
1日様子をみただけでも
知能にかなり重度の障害があるだろうというのが
わたしの所見だ、所長も同じ意見である。
「おねえさん、つかれてるの?」
「ちょっとだけね」
少しだけ色素の薄い、癖のある金髪に指を通しながら
目蓋を閉じて撫でられるままに任せてくれるまりさ
そこには何の恐れも怯えも無い。
うぬぼれかも知れないが、まりさが浮かべる笑顔には
信頼と家族に対する愛情があるように思う。
光の無い世界に居るあなた
あなたならあの仔をわかってあげられるの?
「ごめんね…ごめんなさい…」
「?」
クリップされている写真のうち
癇癪を起したように泣いているありすの姿に
微笑むまりさがなぜかダブって見えて
私の言葉には、きっと何の意味も無いのに
まりさを抱きしめて、私はしばらく謝り続けた。
半年前に感じた理不尽な怒りは
その何割かを自責の念と罪悪感に割合を変えた
私の『無知』と『無力』への…
この子から光を奪ったのは、私だ。
* * *
「おはようございます」
「おっはー、今日もはやいねぇー」
習慣ですから、と答える所までが【クリニック】事務室の朝だ。
そこまで含めて習慣と言っても良いかも知れない。
獣医学科の分室という形で、大学病院に併設された施設
病院と言えば病院であり、研究施設といえばそうでもある
ゆっくり関連の法整備の曖昧さが、この宙ぶらりんな状況を生み出している。
『所長』――と呼ばれるこの人物
【クリニック】に住み込み、殆んど表に出る事も無いこの人物も
教授と呼ぶべきか、博士と呼ぶべきか
当然獣医師免許〝も"持ってはいるが
本来ならこんな風にしているべき人ではないのだが…
「昨日の赤ありすだけれど、検査結果がでているよー」
レモン石鹸の匂いのする長髪をかき上げて
わざわざポニーテールの形になるように輪ゴムで纏める
書類の束を受け取りながら、毎度の事ながら舌を巻く
ドイツ語、英語、日本語が雑多に並ぶカルテは
体積・重量・唾液や排泄物のサンプリングに簡単な各種テスト
ありすに負担をかけない、毛髪と毛根に付着する内容物の解析
経産後の母ありすと父まりさの内容物の分析結果にまで及んでいる
「きっとねー」
私の眼が書類をめくる手が、どこまで進んでいるのかを把握しているように
確信に至る結果を私が導き出してしまうのに合わせて
「あの仔は、持たない」
呟いてコーヒーをすする横顔に
思い切り書類を投げつけて、必要なものを見繕って病室に向かう。
背後で何かが聞こえた気がするが今の私にはそう大切な事ではない。
一階には所長の自宅と化している事務室に応接室
受付を兼ねたロビーと関連商品を販売する売店に簡単なゆっくり託児施設があり
二階には研究設備と検査設備が、手術室や病室は上物の施設より大きく地下に作られている。
およそ常識的なつくりの動物病院ではないが、此処で働くうちに
その理由は嫌でも理解できるようになった。
地下に降りて幾つかの部屋を素通りし最奥の部屋を目指す。
ノックを二回、引き戸の下半分をまるごと改造したキャットドアーからは
ゆっくりの出てくる気配は無い、かわりに…
「ゆっくり!ゆっくり!!ゆっくりだよ!!」
「ゆっくりして、おちびちゃん…」
悲痛な叫びが聞こえてくる、防音設備を施された病棟の廊下にも
叫び通しなのだろう、涸れ切った声がひびいている。
私は覚悟を決めて、驚かさないようにドアをスライドさせる。
「ゆっ!?ぜんぜぇ!!」
「おちびちゃんがめをさまさないのお!!!」
バスケットボール大の固体二つから発せらる
というよりは〝叩きつけられる"凄まじい音の圧力に
ひるんだりする所を見られないように、一歩を大きく病室に足を踏み入れる。
「おはようふたりとも、おちびちゃんの様子を見せてね」
足元で必死に赤ありすの様子を訴える両親ゆっくりに相槌をうちながら
手袋越しにありすを持ち上げて、目蓋を押し上げて瞳を確認する。
「ピッ!?」
目蓋を開けられて赤ありすが跳ね起きる
僅かに安堵する私とありすの両親
ありすだけが理解できない現状に、震えて泣き叫ぶ
クッションにおろしてあげると、両側から両親が覗き込み
聞こえていないのを承知で、歌ったり声をかけたりゆすったりして
必死に懸命にありすをあやしている。
今朝のカルテの内容を思い出しながら時計を改める
「ごはんにしましょう、今日のご飯は…」
【トリプルベリー】とマジックで書かれた無味乾燥な銀色ののパウチを取り出し
両親ゆっくりとありすにも見える様にして
細かくカットされた宝石の様なフードをトレイにあけてあげる。
一瞬顔を輝かせる両親ゆっくり、それでもすぐに表情を曇らせる
「ゆぅ…ご飯は嬉しいけど」
「おちびちゃんが…」
「大丈夫よ」
持ち上げて、親まりさのぼうしのつばにのせてあげる。
「たべさせてあげて」と促すと、不承不承にトレイまで進み
まず親ありすがそれを口に含む。
「むーしゃ、むーしゃ…」
「おちびちゃん、これはたべものだよ…むーしゃむーしゃしてね」
おろされた赤ありすは、続いてフードを口に含んだまりさを見て
真似する様に口に含む。
「ちゃ、ちゃ…う゛!!?」
大きく震えて、驚いたように眼を見開く赤ありす
「どぼじだの!?」
「せ、せんせぇ!!」
「ちーっ!!」
「「ゆゆっ?」」
ガツガツと、今までに無くむさぼるようにフードを書き込むありす
飼いゆっくりはあまり見せない仕草だが「うっめ、めっちゃうめ」といった所だろうか。
その姿に驚きを隠せない両親は、震えながらその姿を凝視している。
「その仔はね、果物の味はわかるのよ」
「どういうことなの!?」
「ゆっくりせつめいしてね!」
「それはね…」
赤ありすの障害は分けると4つ
一つは飼い主も把握していた「聴覚」が無いこと。
これはゆっくりにとって非常に深刻で
本能に根ざす言葉も認識できず
親や飼い主の言葉も理解出来ない重い障害だ。
二つ目が味覚障害
科学的な添加のされた物を、食べるものと認識できない症状で
稀な例だが富裕層の人間に飼育されるゆっくりが子供を生んだ時に
同様の症状を見せることが確認されている。
胎生で生まれた赤ありすは茎も食べていない
生まれてから4日、今まで辛うじてオレンジジュースで命をつないでいたらしいが
その他のどんな食べ物も、この仔には何の味もしない
おなかがすくから口に含むといった物だったのだろう。
輝くような笑顔を世界中に向けるように
小さな身体で一生懸命にゆっくりフードを口に含む姿に
ありすを出産してから一度も感じたことの無かっただろう
心からの喜びを感じて、涙ぐみながら自分達も口をつける
「むーしゃ」「むーしゃ」
「「しあわせーだねっ!おいしいね!!」」
「ちゃー!うぴーっ!」
声の響く病室で、私だけが無言
幸せそうなその姿を、わたしは直視できない
「これできっとちびちゃんもなおるよ!」
「せんせぇ、せんせぇのおかげよ!」
「…」
わたしは時計を見あげる
かける言葉が見つからなかった。
* * *
「ておくれって…どういうことですか?」
見たことも無いほど幸せそうに寄り添って
膝の上で寝息を立てる親子三匹をなぜていた飼い主の女性が
理解できないと言う風に、聞き返した。
テーブルの上には一般の人でも読むことが出来るように
私が整理し、清書したカルテを並べている。
「…大変申し上げにくい事ですが、ありすの延命は不可能です。」
「どうしてっ!!」
「ゅぅ?おねぇさん…」
「っ、なんでもないの…その…」
慌てて取り繕う飼い主の女性を制して
後ろに控えていた受付のよしのさんに、ゆっくりたちを病室に連れて行ってもらう。
「わたしも先生とお話したら行くから、待っていてね」
「わかったよ!」
起きだした親まりさは騒ぐことなく言われたとおりに
家族一緒にバスケットで地下の病室に運ばれていった。
見送る飼い主に、続けて説明する。
「こちらに見覚えがありませんか?」
昨夜持ち帰った資料と同じ、幾つかのラベルがコピーされたページを指差して
白衣のポケットから、未開封の青いパウチを取り出す。
「これはゆっくりフードですよね、これは家でも与えていました」
「この商品、回収になっています」
「え?」
「これは【ゆっくりフード】とは言えません、ゆっくりにとってこれは」
「毒、だよー」
私の言葉を引き継ぐように、ポニーテールの男性が応接室に現れる。
「所長…」
「毒って、毒ってどういうことですか!?」
くってかかる女性を、わたしは見ていることが出来ない。
「環境ホルモンってさ、一時期話題になったよねー
枯葉剤とかでもいいけど、ベトちゃんドクちゃんを知らない世代も増えてきたからー」
あんなかんじ、と軽い口調で続ける。
「そんな、わたしキチンとペットショップで!」
「ゆっくりフードってさ、たくさんあるけど…」
「口にしたこと、おありですか?」
所長の言葉を遮って、出来るだけ平静な声で続ける。
「わたしはとても口にする気になれません、中身を知ってしまったら」
パッケージを裏返し、成分表を読み上げる
【あまあまゴックン】と銘打たれたパッケージの成分表には
最後まで食べ物の名前は挙がらなかった。
「嘘、嘘…」
「最後の一つ、酢酸ビニル樹脂は…ガムの材料にも使われていますね」
「あの子達、喜んでっ食べ…食べて!」
【栄養満点】の文字は、ゆっくり想いの飼い主の目を引いたのだろう。
いつも選ぶ価格帯でも、〝すこしでも妊娠中のありすのために"と選んだのだろう。
只でさえ体内に自浄作用を超えて蓄積していた添加物で汚染された
近年最悪クラスの回収品【あまあまゴックン】を動物型妊娠中に大量に摂取したのだ。
極端に高価な物を除いてしまえば
多少の違いは有るが、大抵の商品は大差ない程度にゆっくりに毒だ。
【ゆっくりフード】を買い求める人は熱心な飼い主である事が多い。
適当な野菜屑や人間の食べ残しを与える事を由とせず
ペットショップなどで取り扱う専用のフードを買い求める。
飼いゆっくりが気に入ったゆっくりフードをまた買おうと思うと
同じゆっくりフードが何処にも売っていない。
メーカーに問い合わせる人も居るが、別の商品を勧められる
こういう経験をする人は、非常に多いそうだ。
罰する法律も、詳しく調べる消費者も居ない
新しいゆっくりフードは、次々に販売され
次々に消えていく
それを口にしたゆっくりの寿命を確かに削って。
両手で顔を押さえて、縋るように私と所長を繰り返し見つめる瞳
その表情が、あの両親ゆっくりとダブって見える。
「ありすの障害は、聴覚だけではありませんでした」
聴覚と味覚というゆっくりにとって非常に重要な感覚の障害は
その原因を共にしている。
【中枢餡子の収縮】
ありす種なので餡子という表現は正しくないが、構造自体は殆んどのゆっくりは共通だ
人間で言えば、脳や心臓などの重要機関がすこしづつサイズを小さくしていっている状況だ。
正常な赤ゆっくりの急速な成長とほぼ等速で…
「植物型なら生まれてくることも出来なかったでしょう、今ありすの中枢部分は実ゆっくり程度です」
食事に混ぜた薬で眠らせることで
どうにか飼い主の女性がくるまで持たせた、というのが実際の所だ。
せめてもう一日早ければ、とは言わない
一日早かった所で、ここまで重度の障害をおったありすに何が出来ただろうか
「あと半時間ほどで、あの仔の中枢は止まります」
飼い主の女性は何も言わない、ただゆっくりと幽霊のように立ち上がって
階下の病室に歩き出す。
その背を追うことができない、下りた先に私の仕事は無い。
『これできっとちびちゃんもなおるよ!』
『せんせぇ、せんせぇのおかげよ!』
手の中で、微笑むゆっくりのパッケージがくちゃくちゃに歪む。
何が先生だ、わたしはまだ獣医師免許すらもっていない単なる学生だ
白衣を着込んで精々のことをやって見せても
所長が『持たない』と言った以上は絶対に助からないのだ。
胃の中が冷たい、冷たい塊がまた下りてくる。
「行くよー」
背中を押されて、それが下り切ってしまう前に意識を呼び戻される。
「〝僕"の仕事は昨日終っているけど」
一歩先を行くようにスリッパの底を引きずりながら所長が歩き出す。
「〝君"の仕事はまだあるでしょう、先生ー」
* * *
地下の病棟最奥の病室から声が漏れてくる。
防音のドアを採用しているのに、階下の廊下には
落とすような泣き声がこだましている。
ドアの前で、よしのさんが控えている。
ポニーテールをヒョコヒョコと揺らしながら
くすんだ白衣の所長に続いて、わたしはよしのさんに目礼して
病室のドアを二回ノックする
返事は無い、構わずドアを開けた。
まさにその時だった。
「ぅ゛ぅ゛ぅっぅぴ、び ぴゅぇっ!!」
「ちびぢゃん゛!!」
「どぼじで、どぼじでえ゛っ!!!」
痙攣しながら白目を剥いて、口からカスタードを吐き散らす
消化しきれなかったらしいトリプルベリーが液化して
毒々しい斑の様な赤黒い流れをつくっているのが痛々しい。
「びべっ…ひゅ、ぅぅ ちぃ!」
「「ち゛ひ゛ち゛ゃんん゛!!!」」
子供を案じながら、二匹の親ゆっくりがわたしを睨み付ける。
責めるという思考があるのかを、わたしははかれない。
ただ一歩を大きく、阻むように立ちふさがる親ゆっくりを跨いで
設えてある戸棚から取り出したガーゼで
汚れた口の周りを拭ってあげる
何度も
何度も
吐き出すたびに、繰り返し。
「先生…」
飼い主の女性が、私の手をとりガーゼを引き取る
「ひゅ、ひー…」
吐き出せるだけの内容物を吐き出しきって
これ以上吐き出すものが無くなったのか
眼を見開いて歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべていた赤ありすも
力なく、飼い主の手で横たわっている。
「ゆっくりしてぇ…」
「どぼしでこんな、こんなぁ…」
私はその様子を、努めて冷ややかに見下ろす。
「っく、ぴィ…」
荒かった息も落ち着き
呼吸が、動きが、穏やかになっていく。
もうここに『先生』の仕事は無いのだ。
「ありす、まりさ」
飼い主の女性が、クッションに赤ありすを降ろす
嘔吐の苦しさから涙の筋を刻んだ顔に
音を立てないように、ゆるゆると這って両親が
左右から舌を伸ばす。
「ゅ、ぁぁ」
僅かに微笑む赤ありすに、同じ様に涙の筋を顔に作って
舐め続ける。
「だいすきだよ…」
「ゆっくりさせてあげられなくてごめんねぇ…」
まりさとありすは、自分達の大切なおちびちゃんが
『もうゆっくりできない』事を理解している。
ただただ、これ以上苦しむ事がないように
『えいえんにゆっくり』してしまう自分達のたからものを見守っている。
その様子を抜け殻の様に背中丸める飼い主の女性
恐らく私と同じように冷たいものを感じているだろう。
私もそうだったのだ
両膝を突いて、滂沱と涙を流しながら
只見ているだけ。
「ぅゅ………ごびゅ、は゛あ゛あ゛あ゛あ゛お゛け゛ぇ ぇ!!」
「ちびちゃん!」「ゆっくりしてよぉ!」
口を限界まで開けて、裏返るように嘔吐をして
激しい痙攣の後、そのままの表情で赤ありすは死んだ。
「ご愁傷様です」
所長が短く言って、クッションごと赤ありすを連れて行く。
この後簡単な清拭と、表情を繕って引き渡す。
この仕事を、所長は決して譲らない。
遠ざかる背中に、追いすがろうとして飼い主の女性と両親ゆっくりたちは
力なくその場にうずくまった。
一瞬振り返った所長の目が
『私の仕事』を促している
請け負って、告げる。
「これからありすとまりさには、ここで治療を受けてもらいます」
「…治療、ですか?」
「はい、期間は約半年を見てください」
体内の汚染された内容物は自浄作用を超えているので
正常な餡子と総入れ替えする必要がある
中枢にある遺伝情報を伝える器官も代謝させる必要がある。
これは単なる移植ではどうにも出来ない。
正常な水、汚染されていない飼料で薬抜きの様な事をしなければいけない。
飼いゆっくりの寿命の統計は、年々短くなっている。
体内に蓄積する汚染物質を浄化しなければ、きっとこの二匹も後3年も持つまい
そうすることで、健常な子供を生むことが出来るかはわからない
「彼女達にとっては、非常に苦しい治療になります」
「……」
「どうされるかは、よくご相談なさってください。」
トリプルベリーのパウチを一つ、トレイにあける
細かく砕いた宝石のようなソレが、ゆっくりの家族用の食事トレイに注がれていく。
泣いて泣いて、消耗しているはずの両親のために
いつか、並んで家族でゆっくり出来る日を迎えられるように
わたしがこの『家族』に行う
最初の『治療』だ。
* * *
「ただいま、まりさ」
「おかえりなさいっ、おねえさん!」
スィーの音も軽快に、いつもより速いスピードで玄関に駆けつけるまりさ
本当は、あの二匹の治療スケジュールを組まなければいけない
でも、少し無理をしてでも
今日はこの子と一緒に居よう、ゆっくりしよう…
ぐぅ~、と言う音がして
「おねえさん!まりさおなかすいたよぉ!!」
「そうね、ご飯にしましょう」
今日は奮発してステーキ弁当を買ってきた
レンジで暖めなくても暖かい、ホカホカの味だ。
「今日のご飯はー、なんと!ベリーシリーズの最新作を誰よりも早くお届け!!」
「ゆゆっ!べりーしりーずはとってもおいしいからだいすきだよ!!」
当たり外れのある【クリニック】の試作無添加ゆっくりフードの中でも
実際に人気があり、ハズレが無いので商品化率100%を誇るベリーシリーズは
まりさ(と私)の大好物だ。
まりさの名前がプリントされた専用の器にパウチを空けて
空になった銀色のパウチをゴミ箱に捨てる前に確認する。
【心も身体もホッカホカ、ベリーホットチキン】か…鶏肉なら私も普通に食べられそうだなぁ…
でも甘いのかな鶏肉…ゆみちゃん和食得意だったかな?
「まぁいいや、それじゃまりさ召し上がれ」
「いっただっきまーす!」
※【クリニック】の無添加ゆっくりフードは安全で無害な食品です。
飼い主の方にも召し上がっていただける、お子様にも安心の品質をお届けしています。
飼料開発部
* * *
「患ゆっくりもふえてきたなー」
【クリニック】と呼ばれている、名前の無い施設
思った以上に愉しくて、止め時がわからなくなっている。
本当ならもっと早くに、ゆっくり関連ではあっても
ぜんぜん違う施設に変わるはずだったんだけど…
大学側も納得してるし、今の方がずっと面白いし…
「面白いのはだいじだねーわかるよー」
こんな日はご飯を少し奮発してスペシャル海苔弁当なんかが言いかもしれない。
「んー?」
弁当屋への道中にある、公共ゴミ捨て場
そこに捨てられた『回収拒否』の紙の張られたゴミ袋が無残に破けている。
ぺったらぺったらずーりずーりと
我ながら情けないスリッパ駆動の足音を立てて
ゴミ捨て場に携帯のライトを当ててみるテスト。
見覚えのある青いパッケージに、溌剌としたゆっくりの写真
切り口にかぶって半分に切られた商品名は【あまあまゴックン】
「……」
(きょうのごはんはおいしかったぜ!)
(そうだね!これであかちゃんもゆっくりうまれるね!)
二匹いるね…
野良らしく声量は抑え目だけど、弾んだ声で囁きあってまぁ…
植物型で5体…か
「(植物型出産のメリットは、急速に体内の栄養を茎から幼生に送る事による促成出産…)」
体力の無い固体は、その栄養吸収の早さで死ぬ事すらある程だもん
そんな状況でアレを食ったら、ゆっくり出来るわけが無いよー
助けようか、助けまいか…
500円玉を、コイントスできめるよ
あがって、落ちる。
表がでた
「所長きーっく」
ゴミ箱に、必殺の蹴りをぶち込む!
「ゆびぇ!」
「どぼぢで!!」
完璧な手ごたえ、もとい足応え?
両親は潰れてゴミ箱下のスペースに
茎の子供は潰れて永遠にゆっくり
「(茎が吸いだしてるだろう…野良だし、しばらくすれば健康に戻るねー。以上術式終了)」
明日もきっとゆっくり寝かせてはくれない
僕に出来ない事を出来る人が、きっと朝早くからやってくるから
「明日からも頑張る為にちょっとふんぱつして、ステーキ弁当…ぃや…ぜーたくは敵だねー」
独り言の数は減った、と思う。
ただし一人でいる時は別
たまに表に出てくると、どうしたって聞こえてきてしまう
「あの声はまりさ種かなー、わかんないけどー」
町には、ゆっくりの悲鳴が多すぎるよー
【つづく?】
ぬるいじめ?二作目
前作同様イラっとした人ごめんなさい。
次回はドギツクいきます。
ゆみちゃん登場の予定、需要はあるのか?!
最終更新:2022年05月06日 23:18