「うっうー、うあうあ☆」
「うっうー、うあうあ☆」
どこからか楽しそうな歌が聞こえてきます。けっしてうまくはありませんが、本人たちが楽しそうならそれでいいのでしょう。
「うっうー☆れみ☆りあ☆うー!」
声の主は、ゆっくりゃ。紅魔館近くの森で暮らしている、ごく普通のゆっくりたちです。その体は肉まんなのだとか。
「きまったどぉ☆ ばっちりだどぉ!」
「きゃーせくしぃだどぉ♪」
「あかしゃんには見せられないどぉ」
ゆっくりゃにしかわからない美的センスによると、ポーズを決めたゆっくりゃはセクシーなのだとか。
あ、なにかやってきましたよ。
「しょうしゅ、しょうしゅ!」
「あ、しゃくやぁー!」
ふてぶてしいゆっくり顔のうえには銀色の髪、さらにうえにメイドカチューシャを携え、結い上げたもみあげにゆれるリボン。
とてもとてもめずらしい、ゆっくり咲夜がそこにいました。
「しゃくやー、ぷっでぃんがたべたいんだどぉ♪」
「ぷっでぃんを作ってくれだどぉ♪」
人間の食べ物など見たことすらないというのに、ゆっくりゃたちは記憶に刻まれた甘いお菓子、プディングが欲しいとねだります。咲夜は従者だからなんでもいうことを聞いてくれる。それも刻まれた記憶のひとつです。
「……しょうし!」
「うっぎゃああぁぁぁぁ!! いだいどぉぉぉ!!!」
ひとつのゆっくりゃが、額に穴をあけて悶えています。
呻き転がるゆっくりゃに近づくゆっくり咲夜。その口にはプラスチック製のナイフ、まあぶっちゃけペーパーナイフ、がくわえられています。
殺傷力と扱いやすさを考えた末に、ゆっくり咲夜が見つけ出した唯一のナイフです。人間ならせいぜい指を切ってしまう程度ですが、肉まんのやわらかさを持つゆっくりゃにはするどいナイフとなります。
「いだああいよおお、なんでごんなごどずるのおおぉぉぉ!」
「きゅうけつきなほ、ほろふでしまうぇ!(きゅうけつきなど、ほろんでしまえ!)」
ゆっくり咲夜は咲夜ではありません。紅魔館でメイドとして働く咲夜ならともかく、ゆっくり咲夜には吸血鬼との共存など端から頭にないのです。
「ちね、ちね、ちね、ちねぇ!!!」
「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃあああぁぁぁぁ!! ゆ、ゆっくりした結果がうぼぉ!!」
散々に切り刻まれ、ひとつのゆっくりゃの命が終わりました。
「どぼじでごんなごどずるのおおぉぉぉ!」
「じゃぐやぁ、ごんなのじゃぐやじゃないぃ!!」
「こわいもの持ってるにせものしゃくやはしねぇ!」
「にせものはえいえんにゆっくりしていってね!」
切り替えの速さはゆっくりの特徴です。仲間の死を悼むことも忘れ、ゆっくりゃたちは迫り来る恐怖を排除にかかります。
「さあ、そのみをかみにかえしなさい! しょうしゅ!」
ナイフを放り投げるゆっくり咲夜。それは正確にゆっくりゃの眉間を直撃します。
「ゆぎゃああぁぁぁ!」
ひとつに隙を作っておいて、ゆっくりゃの中央へと躍り出るゆっくり咲夜。ナイフを抜き取り、ふたつめみっつめと袈裟、逆袈裟に切っていきます。
「うぼしゃああぁぁぁぁ!! いだいいだいいだいいいぃぃぃ」
「あぎゃあああぁぁぁ!! もうやだあぁぁぁ!! おうちかえるううぅぅぅ!!!」
「これでさいごよ! ぷらいべーとすくうぇあ!!」
ゆっくり咲夜の得意技、時を操る程度の能力です。本物であれば、限定空間内の時を遅らせることができる技ですが、ゆっくりクオリティでは、ゆっくりをゆっくりさせる程度の技になっています。
「ゆゆゆゆ? なにこれぇ」
「ゆー、ゆっくりしたいどぉ」
「ゆっくりだどぉー」
次々にゆっくりし始めるゆっくりゃたち。もはや咲夜のことなど完全に忘れ去っています。
「ごうをせおいしざいにんよ。いまこそさばきのときです」
ペーパーナイフが、ゆっくりゃたちの間を煌きます。
静かに、ただ静かに、ゆっくりゃたちは消えていきました。
「わたしはなぜ、こんなからだにうまれたのだろう」
月明かりを照り返しながら、ゆっくり咲夜は泣いていました。涙のようなその液体は紅く、まるで血のようですが、よくよく観察するとブルーベリージャムであることがわかります。
「ゆっくりがにくい。こんなからだじゃいちりゅうのしょうしゅになれないの……」
紅魔館に仕えるメイド長、咲夜のようになりたいと願っています。でも、所詮はゆっくりなのです。せいぜいさきほどのように、ゆっくりを駆逐することくらいしかできません。
そして今日もまた、どこかでゆっくりできないゆっくり咲夜のペーパーナイフが煌きます。戦いに身を投じていれば、いつか誰かが殺してくれるだろうと、星に願いをこめて。
ただゆっくり咲夜という存在を書きたかっただけです。
最終更新:2022年05月18日 21:05