れいむは激怒した。
かつて自分が愛したまりさの醜態に。

彼女はれいむ達の住む森で一番足の速いゆっくりだった。
そして、更なる強敵を求めて人間の街へと旅立った。
れいむを森に残して。
きっと人間さん相手でも一番になって帰ってくる。
そう信じて待ち続けることおよそ1ヶ月。
まりさは帰ってこなかった。

彼女のことが心配になったれいむは仲間達の制止を振り切って旅に出た。
まりさのように健脚でない彼女にとってはとても長い旅。
その道中で、れいむは様々な苦難を体験し、乗り越えてきた。
あるときはれみりゃに襲われた。
あるときはきめぇ丸の執拗な嫌がらせを受けた。
レイパーありすにすっきりさせらそうになったこともあった。

それでもれいむは全ての苦難を乗り越え、愛するまりさの元へと急いだ。
あてもいクセにゆっくり特有の無駄なポジティブさできっと会えると信じて。
奇跡的にもその無根拠な自信がくじかれることは無く、簡単にまりさを見つけることが出来た。
しかし、まりさはかつて彼女が愛したまりさではなくなってしまっていた。

見知らぬゆっくり達と一緒に猫車に乗せられ、人間さんに媚びるまりさ。
かつてれいむを見つめた綺麗な瞳は布のようなもので覆い隠され、その様子をうかがうことは出来ない。
れいむの知っているまりさなら、人間さんとゆっくりを従えて雄々しく森へと帰ってくるはずだ。
きっと、人間さんにおかしな事をされてしまったに違いない。
人間の女性にものの見事に手懐けられてしまったまりさの様子を木陰から伺うれいむはそんな結論を下した。
支離滅裂以外の何者でもない思考だが、そう思った瞬間からそれがれいむにとっての真実になった。



「きょうはさくせんさんをゆっくりけっこうするよ」

れいむは自分よりはるかに大きな人間を打倒するための手段を必死に模索した。
とにかく寝床を確保するために適当なゆっくりのおうちを奪って、集められるうちに食料を集めた。
それから、人間という生き物を何度も何度も観察して、彼らの弱点を見つけることに成功した。

「ゆっふっふ・・・おめめにいしさんをあてたらにんげんさんでもいちころだよ」

まれにゆっくりが窓ガラスを割って民家に侵入することがある。
そのとき、彼女達はよく膨らむ頬に空気をため、思いっきり石を吹くことでガラスを破壊する。
言ってしまえば今回の作戦はその応用である。
自然の中では準備に時間がかかりすぎるせいで戦闘には全く使えない技術だ。
しかし、ゆっくりがいることやゆっくりが膨れていることを気にも留めない人間相手ならば必ずしもそうではない。

「まりさぁ~・・・れいむとおうちでゆっくりしようね~♪」

そして、れいむはターゲットとなる人間が朝早くに猫車に大量のゆっくりを乗せて公園にやってくることを知っていた。
もちろん、その公園でゆっくりを遊ばせている間、ベンチに腰掛けてボーっとしていることも。
時間・場所・手段・・・いずれをとってもゆっくりの能力で出来る範囲内では非常に優れた選択に違いない。
れいむ自身、その自覚があるらしく、既に人間さんをやっつけた後のまりさとの新婚生活に思いをはせ頬を緩めていた。

恐らく、あと数分であの憎き人間がやってくる。
そしたらあの間抜け面にとって置きの尖っていて痛そうな石をぶつけてやる。
そうすればあまりに痛さに耐え切れなくなった人間さんはれいむにごめんなさいするに違いない。
これでまりさとの幸せな生活が帰ってくる、そう思いながらベンチの目の前でれいむはだらしない表情をしていた。

ざっ、ざっ・・・顔を見られないようにベンチに背を向けながら足音でターゲットの接近を察知する。
振り返りざまの一撃。これを確実に当てるための練習は何度もしてきた。
ここ3日の命中率は80%を超えているから、きっと大丈夫。れいむはやれば出来る子。
そう言い聞かせながらベンチに腰掛けた人間目掛けて尖った石を飛ばした。

「いでっ!?」

結果は見事命中。
石を目に当てられた男は手に持っていたれいむを放り投げてから、顔を抑えてうずくまった。
放り投げられたれいむはれいむにぶつかると「うにゅ・・・」と短く悲鳴を上げる。
そのれいむはすぐさま起き上がると、れいむに何か言うことも無く、急いでその場から立ち去った。

「いってー・・・何だよあのれいむ、クソッ」

幸運にも眼球に直撃せずに済んだ男はようやく痛みから立ち直り、れいむを捕まえて再びベンチに腰掛けた。
どうやら先ほど自分が手にしていたれいむと石をぶつけたれいむの区別がついていないらしい。
が、そのことに気付かないれいむは男の膝の上で驚愕し、久しく忘れていた死の恐怖に震えていた。
どうして相手の顔を確認しなかったんだろう。よりにもよっておねーさんよりも強いおにーさんに攻撃してしまうなんて。

「お、やっと来たか・・・」

男は恐怖のあまりに身動きひとつ取れないれいむを抱きかかえて立ち上がる。
彼の視線の先にはもうひとりの男。
見る人が見ればその表情には死相が見えそうな、妖気を漂わせた不気味な男だ。

「さあ、これが約束のれいむ偽装型ゆっくりおくうです」
「ありがとう、これでようやく復讐が出来るよ・・・」
「ご武運を祈っております」

男はおくうだと勘違いしているれいむをもうひとりの男に手渡すと足早にその場を後にした。
公園に残されたのは1匹のれいむとひとりの男だけ。
彼もまたれいむを抱きかかえたまま講演を後にし、霞ヶ関へと急いだ。



「おくう、俺の家族はな、警察に殺されたんだ・・・」

道中、人が居ない所で男はれいむに向かってそんな事を呟いた。
別に返事が欲しいわけでも、慰めて欲しいわけでもなく、ただ何となく呟いていた。
れいむを抱える腕に力が篭る。

「ゆぐ・・・おじさん、いたいよ。れいむ、ゆっくりできないよ」
「あっと・・・悪い。本当に警察の手にかかったわけじゃないんだがな・・・」

それでも、殺されたも同然だ。ゆっくりの大好きな普通の娘と妻だったのに。
男は腕に篭った力を少し抜きつつ、そう吐き捨てると小走りで最寄の駅へと向かった。
それから少しして、男とれいむは霞ヶ関に到着した。

「ふふふ、これでようやく・・・」
「ゆぅ・・・?」

男は不気味な笑みを浮かべながら警視庁へと歩いていた。
当然、れいむを連れて中に入れるとは微塵も思っていないが、そもそも入る必要も無い。
おくうは小型の核兵器級の破壊力を有し、飼育にはゆっくりの中でも最高難易度の免許が必要になる。
彼にとって重要なのは近づけるだけ近づいておくうを爆発させることだけ。
適当に近くの路地裏にでも隠れてそこでおくうを爆発させればそれで復讐が成し遂げられるのだ。

「なんだかえらく警備が厳重だな・・・でも、ここまで近づけば大丈夫かな?」
「ゆう・・・なんだかゆっくりできないよ」

警察の目を盗みつつ警視庁に近づく男が死ぬ気であることをれいむは本能的に察知し、酷く怯えていた。
彼はそんなれいむに済まなさそうな顔を向けつつ、彼女をアスファルトの地面に置く。
懐からライターを取り出し、彼女の頬に火をつけた。

「ゆぐ・・・あづいよ!ゆっぐぢでぎないよ!?」
「あ、あれ?・・・って、大声出すなよ」
「むぐーむぐー!?」

しかし、れいむの頬が黒く染まり、甘いにおいが立ち昇るだけだった。
頬を焼かれたれいむは熱さと痛みにやられて今にも泣き出しそうな悲鳴を上げる。
男は彼女の口を塞ぎつつ、場所を変えて点火を試みた。

「んー!んびぃ!?・・・ゆ゛っ!?」

髪の毛、あんよ、舌・・・一回一回の点火時間は決して長くないが、ライターの火は確実にれいむを苦しめる。
男は何度やっても一向に爆発しないことに焦りながら、何度も何度もれいむのまだ焼けていない場所に火をつける。
が、やはり爆発する気配は見られなかった。

「ゆうー!やべでね、れいむおぢざんどはゆっぐぢでぎないよ!?」
「・・・まさか、お前おくうじゃなくてれいむなのか?!」
「そうだっていっでるでぢょ!?ゆっぐぢでぎないおぢざんはぎらいだよ!?」

れいむは男の手を振り払うと火傷だらけの体を引きずって何処かへと跳ねていった。
幸いにも火傷は極めて軽傷だったために我慢さえすれば跳ねることも出来た。
男は去ってゆくれいむの後頭部を呆然と見つめていた。



2時間後。
今まで家族を思い出すのが辛くて避けて来たゆっくりとの接触によって在りし日を思い出した男は自首をした。
家族の大好きなゆっくりを犯行に使おうだなんて自分はどうかしていた。
警視庁を爆破してしまえばどれほどの影響が出るか、それがどれだけの人々を苦しめるか。
冷静になった彼は警察へと駆け込み、自分の計画とれいむ偽装おくうを売った男のことを洗いざらい話した。

その後の警察の動きは信じられないほどに迅速で、例のおくう販売人はあっという間に身柄を拘束された。
何でも、少し前に逃げ出したれいむ偽装おくうを捕まえた女性から連絡があり、他にもいるのではと警戒していたらしい。
そこに男の話が飛び込んできたのだ。流石に東京におくうがばら撒かれかねないという危機を前にしては警察だって本気を出す。
そういった経緯で、この事件は大事に至る前に終息した。

東京を、そして日本を救ったこの出来事の裏に一匹のゆっくりれいむの活躍があったことを知るものはいない。


---あとがき---
設定次第ではあるがおくうはテロに使われそうだ

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最終更新:2022年04月15日 23:37