「うー♪ たーべちゃうぞー♪」
 ある日、森の中。
 れいむとその子供たちは体つきのれみりゃに出会った。
「ゆぎゃああああああああああああああああああああああああ!! れみりゃだあああああああああああああああああ!!」
 顔面蒼白、絶叫に次ぐ絶叫。
 散り散りになって逃げ惑う饅頭。にこにこと微笑みながら、豚はそいつらを追う。
「うー♪ まつんだどぉー♪ あまあまのくせにてまとらせちゃいけないんだどぉー!!」
 両手を上げながらとてとてと歩く速度は爺や婆にも劣る。流石は豚。
 逃げ惑う饅頭が跳ねていく速度は蟻さんにも劣る。流石は饅頭。
「こっちぎぢゃだめえええええええええええええええええええええ!! まりざはもっどゆっぐぢずるのおおおおおおおお!! だべるなられいむにじでええええええええええ!!」
「うるさいどぉー♪ あまあまはれみりゃのおなかのなかでずっとゆっくりしていればいいどぉー!!」
「やべでえええええええええええええええええええええええええええ!!」
 やめるわけがないのに嘆願する赤まりさ。
 しかしそんなゴミクズの声が届いたのか、豚は赤まりさを食うことをやめてくれた。
 というよりは、生命活動そのものをやめてくれた。
「れぎぎゃぶうー!!」
 ふざけた断末魔と共に、汚らしいミンチが周囲に四散した。
「ゆ……?」
 ゴミクズが見上げると、そこには豚よりも巨大な人間の青年の姿があった。
 彼の靴底には豚の頭を蹴り飛ばした時の肉片がこびりついている。未熟な餡子脳でも、目の前の青年が自分を助けてくれたことは理解できた。
「ゆゆっ! ありがとう! おにいさん!!」
「どういたしまして。おーい、お前ら! れみりゃなら俺がぶっ殺してやったぞー!!」
 青年が呼びかけると散り散りになった家族が戻ってきた。
 全員無事だ。
 五匹の赤れいむ、三匹の赤まりさ。
 そして片親の母れいむ。
 ふてぶてしいツラが跳ねまわり、青年の下へと集まってくる。
「ゆっ! れみりゃをやっつけてくれたんだね!! ありがとうおにいさん!!」
「ありがちょー!!」
「とくべつにまりさにごはんをあげるけんりをおにいさんにあげるね!!」
「はたけのおやさいでいいからね!!」
 比較的まともな家族のように思えるが、何匹かゲスもいるようだ。
 そう判断した青年はゲスと思しき二匹の赤まりさを前置きなく踏み潰した。
「ゆぎぇぶえ!!」
「ぶぎゅぶ!!」
 ぴょんぴょんと元気に跳ねていたかわいい子供たち。
 それが一瞬にして泡のように弾け、ゴミのように餡子をぶちまけた。
 何が起きたのか理解できずに、母れいむのふざけた表情が固まった。
「ゆ……?」
 青年はそんなものには構わずに、一方的に言った。
「それでは、これからお兄さんが君たちを教育します」





       『定型句』





 突然の家族の死に泣き喚くれいむ一家。
「れいむのあがぢゃんがああああああああああああああああああああああああ!!」
「おねえちゃんがああああああああああああああああああああああああ!!」
「いもうちょがあああああああああああああああああああああああ!!」
 響き渡る甲高い悲鳴、鬱陶しい嗚咽。
 馬鹿饅頭の悲しみなど右から左に抜けていく。
 その馬鹿饅頭とは無関係に、何かを思い出したかのようにお兄さんは呟いた。
「……つか、面倒くせえから親以外全部殺すか」
「ゆっ!!」
 それを警告と受け取った家族たちは、泣き喚くのをやめてお兄さんの方に向き直った。
 意味がなかった。
 それは警告でもなんでもなく完全な死刑宣告だった。
 赤れいむ五匹も、最初に助けてやった赤まりさ一匹も、惜しげもなくためらいもなく、一切の間を置かずにリズミカルに踏み殺した。
「ゆべし!!」
「びゅびゅぶ!!」
「びぇえべ!!」
「ぎゅびぎぶ!!」
「ばぎゅびゅ!!」
「おにいざぎゅぶ!!」
 最後に殺した赤まりさは何か言いかけたが、どうでもよかった。
 青年がこんなにもありふれた饅頭一家に執着する理由は特にない。ただ、そこに饅頭が群れていたから適当に集めただけ。最低でも一匹の饅頭さえいれば何の問題もなかった。
 三秒ほどで皆殺しにされた子供を見て、もはや母でもなんでもなくなったれいむが泣き喚く。
 そして――つい先ほども使った定型句を口走った。
「れいむのあがぢゃんがあああああああああああああああああああああああああ!!」
「バカヤローーーーーーーーーーーーー!!」
「ゆぐべえっ!!」
 そのつまらない定型句を口にした瞬間、お兄さんの蹴りが馬鹿ヅラに叩きこまれた。
 成体であるそのれいむは一撃では死ななかった。というより、最初から手加減されていたので死ななかっただけだが。
 痙攣しながられいむは恐怖し、お兄さんの方を縋るように見上げた。
 お兄さんは問う。
「お前、今なんて言った?」
 子供を失った悲しみも蹴り飛ばされたれいむは、その問いかけに怯えながら応じる。
「ゆ……? れいむのあがちゃんがあああ……っていったよ?」
「れいむのあがちゃんがあああ?」
「ゆゆっ!?」
 何が不満なんだこいつは、と得体の知れない恐怖に襲われるれいむ。
 青年はたじろいだ馬鹿ヅラ饅頭に顔を寄せる。
「れいむのあがちゃんがああああ……? お前本当にそれでいいと思ってるのか?」
「なに? なにいってるのおにいさん? れいむはあかちゃんをころされてかなしんでるんだよ? なんでおにいさんにそれをしかられないといけないの?」
 涙目になりながら抗議するれいむ。
「はあ? んなもんどうでもいいんだよ。わかんねーの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「ゆゆっ!! さっきからなにを」
 言いかけて、蹴り飛ばされる。
 加減をつけて蹴り飛ばされたれいむは餡子を少しだけ吐くが、命に別状はない。
 蹴り飛ばされたれいむはその上からお兄さんのストンピングを受ける。加減されているので命に別状はない。
 命に別状のない状態のまま、身を裂くような痛みだけがれいむの全身を駆け巡る。
「ゆぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ほら、早く答えを言えよ。言わないと終わらないぞ? 死んじゃうよ? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「なにいっでんのがわがんないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 ただでさえ餡子脳なのに、冷静に考える暇も与えられていないのだから無理もない。
 そのまま圧迫死を迎えるかと思われたれいむだが、溜息をついたお兄さんが自主的に解放したことで一命を取り留めた。
「ゆうーっ、ゆーっ、ゆー……」
 仰向けになって呼吸を荒げるれいむ。
「じゃあ、ヒントをやろうか」
 そっとお兄さんは手を伸ばし、れいむの髪飾りをほどいてしまう。そのままポケットに突っ込む。
 たまらずれいむは悲鳴を上げた。
「れいむのおりぼんがああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「バカヤローーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ばぎゅべ!!」
 再び蹴り飛ばされる。もちろん命に別状はない。
 ストンピングは来ない。れいむは思考を許されるが、肝心の本人は思考すること自体に思い至らない。餡子脳を支配するのはこの理不尽に対する怒りと恐怖だけ。
 痛い。どうしてれいむがこんな目に遭うの?
 そう思ったれいむはほとんど反射に近い形で、本能に刻まれた定型句を吐き出す。
「どうじでごんなごどずるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「このタコスケがーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ぐぎゅえべ!!」
 更に蹴り飛ばされたれいむ。命に別状はない。悲しいまでに命に別状はなく、はっきりとした痛みだけが身体に刻まれる。
「どうじで、どうじで……」
 うるうると涙を流しながら呆然とするれいむ。
 お兄さんは無情にもれいむに近づき、その身体を抱え上げる。
 また何かされるのかとびくびくしながら目を瞑るれいむ。しかし、拳や蹴りが飛んでくることはない。器具で痛めつけられることもない。言葉もかからない。
 ただ、抱え上げているその両腕が徐々に高度を上げるだけだ。
 地面から自分の体が離れていくことを感じたれいむは、痛みも苦しみも忘れて感動のままに叫んだ。
「ゆゆっ!! れいむ、おそらをとんでいるよ!!」
「このウスラトンカチがーーーーーーーーーーーーー!!」
「びゅぎゅあぐぶ!!」
 勢いに任せてれいむを叩きつけた。
 今度は命に別状があった。
 手加減のされていないそれは成体れいむを瀕死に追いやるには十分すぎる威力であった。
「ゆ……ゆぐ……ゆう……」
 口から大量の餡子をブチまいたれいむ。もはやその命は長くなかった。
 朦朧とする意識の中、こんな目に遭わせたお兄さんの方を睨みつける。
 しかし当のお兄さんはれいむの方を見ているようで見ていない。
 お兄さんはれいむに語りかけるかのように、あるいは虚空の向こう側にいる何者かに語りかけるように、その不満を喚き散らした。
「あのな……!! 悲しい目にあったら自分のことを“れいむ”とか言っちゃだめなんだよ!! 発音が濁り始めたら“れいむ”じゃなくて“でいぶ”!! それから理不尽な目にあったら“どぼじでごんなごどずるのおおおお”だろうが!! 何が“どうじでごんなごどずるのおおおお”だ!! ふざけてんのか!! おまけに最後のアレは何だ!? “おそらをとんでいるよ”だと!? “ゆゆっ!! おそらをとんでいるみたい!!”みたいだろうがああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 彼がれみりゃを殺した理由は、襲われていたれいむ一家を教育するためだった。
 彼がれいむ一家の大半を殺した理由は、まとめて教育する必要性がなく、ひたすらに面倒臭かったからだ。
 彼がれいむだけを残した理由は、れいむのみを教育するためだった。
 彼がその教育を放棄した理由は、れいむが教育されるべき条件に当てはまらなかったからだ。
 飼いゆっくりを躾けるように地道に時間をかけて育てていれば、“でいぶ”だとか“どぼじで”だとかの些細な違いなど容易に更正できただろう。
 しかし彼は結局それをしなかった。


“でいぶ”


“どぼじでごんなごどずるの”


“ゆゆっ!! おそらをとんでいるみたい!!”


 この三つの内一つの定型句も言えない餡子脳は教育する時間が無駄。それがお兄さんの考えだった。
 無駄な饅頭はさっさと踏み潰すに限る。
「ゆ……ゆゆ……」
 死神の足音が近づいてくる。
 もはやまともな思考もできないれいむは無意識のままにその定型句を口にした。


「も……もっとゆっくりしたかったよ……」


 その言葉を聞いたお兄さんは、はっとしてれいむを見つめた。
 餡子の大半を失ったその半死饅頭は実に安らかな顔をしていた。
 お兄さんは優しく微笑み、そっと声をかけてやった。
「やればできるじゃないか」
 その綺麗な顔に踵を勢いよく振り下ろす。
 辺りに餡子という餡子が盛大に飛び散った。
 没収したりぼんを砕け散った餡子の上に乗せてやると、青年はどこかへと歩み去って行った。



























 あとがき

 でいぶじゃないれいむなんて嫌だ


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最終更新:2022年05月18日 21:28