静けさを取り戻した広場で、一つの陰が動き出す。
動き出した影は別の影へと歩みだす。
そして影は互いに寄り添うように、一つになる。
そのまましばらく時が経過し──
一つの影は再び分かれ、歩みだした影は広場から消え去っていく。
影が歩みだした時、既に雨は止んでいた。
後編
あの日の出来事から数日が経過した。
森はいつもと変わらぬ朝を迎える。
「ゆっくりしていってね!!」
「「「「「ゆっくりしていってね!!」」」」」
れいむ親子も例外ではなく、朝から元気よくいつもの挨拶をしていた。
「おかーさん、おなかすいたー」
「「「「おなかすいたー!!」」」」
「ゆっ、まっててね。すぐにあさごはんにするよ!!」
ゆっくりは起きてすぐ朝ごはんを食べる。いつもと変わらない習慣だ。
親れいむがご飯を子供達に与えようと食べ物の保管庫へと足を運ぶ。
そして子供達の前に食べ物を置いていった。
「さあみんな、ごはんをたべるよ!!」
「「「「「ゆゆーっ!!」」」」」
れいむ一家団欒の食事が始まる。
ゆっくりという名に相応しくなく、その食事はものの数十秒で終わってしまった。
「ゆっ、みんなゆっくりできた?」
食べ終えた子供達にゆっくり出来たかどうか確認する親れいむ。
しかし──
「おかーさん、ぜんぜんたりないよ!!」
「れいむたちをがしさせるき!?」
「もっとれいむたちにごはんをもってきてね!!」
「ゆゆっ!?」
子供達からの講義に、親れいむは慌てふためいた。
今まで食事の量は親ぱちゅりーが管理していたために、食事の量は適切に保たれていた。
、しかし親ぱちゅりーが居なくなってからは親れいむが管理することなったが、ちゃんと管理せず無計画に食べたいだけ食べる生活が続いた。
子供たちはそれを普段の量と勘違いしてしまったようだ。
本来ならばここで親ぱちゅりーが子供達を止めるのだが、その親ぱちゅりーも今はいない。
親れいむはそんな子供達の抗議を聞き、保管庫へと足を向ける。だがそこには少ししか食べ物が残ってなかった。
(ゆぅ……あとでいっぱいあつめればだいじょうぶだよね!!)
楽観的思考で残りの食べ物を持ってきた。
「ゆっ、しょうがないね。みんなでわけてたべてね!!」
「おかーさんありがとう!」「おかーさんやさしーね」「ぱちゅりーおかーさんとちがってゆっくりできるね」
「あんなのれいむたちをゆっくりさせなくておやじゃなかったよね」「ゆっくりー!!」
子供達の喜ぶ声に、親れいむは満足そうだった。
食事も終わって、親れいむは狩りに出かけた。
子供達も狩りにいくように誘ったが、
「もっとゆっくりしたいよ!!」「おかーさんがたくさんとってくればいいよ!!」
等と言い出したため、結局子供たちはお留守番となった。
お昼過ぎになって、親れいむは帰ってきた。
さっそく取ってきた食べ物を分け与えるが、子供たちはまたもや不平不満を言い始めた。
「こんなにすくないと、ゆっくりできないよ!!」
「おかーさんもっとれいむたちにごはんをちょうだいね!!」
親れいむは困り果てた。もう保管庫に食べ物はまったく無いのだ。
申し訳なさそうに子供達にこれ以上食べ物は無いと言うことを伝えた。
だが子供たちは納得しなかった。
「なんでだべものがないのおぉぉぉぉ!!」「おがーざんがだぐざんどっでごないがらだあぁぁぁぁ!!」
「ゆっ!! はやくたべものをたくさんとってきてね!!」「れいむたちはここでまってるよ!!」「ゆっくりー!!」
「ゆゆっ!?」
結局親れいむはまた狩りに出かける事になった。
付いていく子供は当然おらず、再び全員がお留守番という名目で遊んでいた。
そうして親れいむの帰りを待っていたその時、一匹のゆっくりが巣に近づいてくるのに、子れいむの一匹は気づいた。
「ゆっ、ぱちゅりーがきたよ!!」
「「「「ゆゆっ!?」」」」
自分達の妹であるぱちゅりーだ。れいむ達はそう確信する。死んだと思っていたぱちゅりーがまさか生きていたなんて──
れいむたちは身構えた。
「ゆっ、ゆっくりできないぱちゅりーはゆっくりでていってね!!」
「「「「でていってね!!」」」」
「まって、ぱちゅりーはれいむたちのためにたべものをもってきたんだよ」
「「「「「ゆゆっ!?」」」」」
たべものという言葉にれいむ達は反応した。
どうやら間違いに気づいてお詫びの品として食べ物を持ってきたらしい。れいむ達はそう判断した。
「いいこころがけだね!! とくべつにゆるしてあげるからさっさとたべものをちょうだいね!!」
「「「「ちょうだいね!!」」」」
「こっちだよ、みんないちれつにならんでついてきてね!!」
ぱちゅりーと呼ばれたゆっくりの言いつけに従い、子れいむたちはぞろぞろと列を作って移動する。
誘導した先には食べ物が積み重ねられていた。
「はやいものがちだよ、ゆっくりたべていってね!!」
「「「「「ゆゆーーーーーっ!!!!!」」」」」
その言葉が引き金となり、子れいむたちは我先にと山に群がっていく。
当然一列に並んでいたため、先頭と最後尾では距離が違う。
必然的に最後尾のゆっくりは遅れてしまうが、そのゆっくりに声をかける。
「れいむ、れいむ」
「ゆっ!! じゃまをしないでね!! さっさとどいてね!!」
「れいむはとくべつだから、むこうにかくしてあるたべものをみんなあげるよ」
「ゆゆっ!?」
「こっちだよ、ついてきてね」
そう言って一匹のれいむを別の場所へと案内した。
先に食べ物に突撃したれいむ達は、この出来事にまったく気づかなかった。
「ほら、あそこだよ」
「ゆー!!」
れいむは歓喜した。先程と同じくらいの量の食べ物がそこには積まれていた。
もう我慢できないとばかりに食べ物へと突っ込んだ。
「むーしゃむーしゃ、しあわせ~」
お決まりのセリフを言い、心底ゆっくりするれいむ。
夢中になって食べ物を食べ続ける。そんな様子を見てぱちゅりーと呼ばれたゆっくりはれいむの後ろに近づき──
枝を思いっきり突き刺した。
「ゆぶえぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!!」
「……」
「いだいぃぃいだいよおおおおおおお!!」
「……うるさい」
「ゆ゛ぎゃぁぁあああぁぁぁぁ!!!!!」
目の前のクズが悲鳴を上げる。実に不愉快だ。
黙らせるために枝を左右に動かす。さらに声が大きくなった。
こんな行為の何処が楽しいのだ? 何処が面白いのだ?
どうして笑うことが出来るんだ? 理解できない。したくもない。
「どぼじでごんなごどずるのぉぉぉ!!!」
「……うるさい」
「やべっ、やべでえぇぇぇぇ!!!」
「……うるさいよ」
「おがっ、おねがいじまずぅぅぅぅぅ!!!」
「……」
「だずげでぐだざいぃぃぃぃぃ!!!」
「だまれえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「ゆ゛へ゛は゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」
怒りに耐え切れず、枝を力任せに薙ぎ払う。
ああもう耳障りだ、鬱陶しい。憎たらしい。
何故謝る? 何故許しを乞う? 何故助かろうとする?
そうした者達を嘲笑いながら止めをさす奴らにどうしてそんな資格があるというのだ!!
「ゆ゛っ……もっど……ゆっ……」
「……」
初めて同じゆっくり、しかも元家族に近かった者を殺しても、特に何も感じなかった。
目の前に横たわるのは、りぼんの付いた餡子の塊としか思えなかった。
無造作にりぼんを餡子から離すと、残りの四匹のれいむのいる場所へと向かった。
戻ってくると、そこには四匹のれいむが奇妙な行動を起こしていた。
「げらげらげらげら」
一匹のれいむは笑いながらあちこちを飛び跳ねている。
「……」
一匹のれいむは泡を吹いて仰向けに倒れている。
「すーやすーや」
一匹のれいむは笑い声が五月蝿いにも関わらずぐっすりと眠っている。
「ゆ゛っ………………ゆ゛っ………………」
一匹のれいむはじっとしているが時折痙攣するような動きを見せる。
その光景をみて、思わず呆れてしまう。
(ぱちゅりーおかあさんがくちをすっぱくしておしえてくれたのに……)
れいむ達の奇妙な行動の原因は、毒キノコだった。
一応親ぱちゅりーから教えてもらったはずであるが、見事に忘れていたらしい。
(むくわれないね)
そう思うと、持っている枝でれいむ達を淡々と殺し始めた。
「ゆっくりかえったよ!!」
二度目の狩りを終えて親れいむは帰宅した。
しかし親れいむは様子がおかしいことに気づく。愛しいわが子からの返事がまったく聞こえないのだ。
「ゆゆ? かくれてないででてきてね!!」
懸命に住処を捜索するが、誰も見つからない。
気のせいだと自分に言い聞かせ、同じ場所を隅々まで探し回っていたが、ついには感情を爆発させてしまった。、
「どうじでごどもだぢがいないのぉぉぉぉ!!」
しばらく泣き叫び続けていた親れいむであったが、泣き止むと空腹感に襲われた。
昼からずっと跳ね回り泣き続けていればお腹が空くのも無理は無いだろう。
むーしゃむーしゃと自分で取ってきた餌を食べてゆっくりし始めた。
「ゆっ、そうだ!! こどもたちをさがすよ!!」
自分の欲望が解消されて、親れいむは今一番しなければいけない事を思い出す。
思い立ったら即行動だと言わんばかりに飛び跳ねる。
そして自分の家の入り口から出た時、見慣れた帽子が目に飛び込んできた。
「れいむおかあさん、ただいま」
「ゆっ!? ぱちゅりー!?」
間違いない、あの帽子は自分の生んだ子ぱちゅりーだ。
でもぱちゅりーはゆっくりできなかったからお仕置きして外に追い出したはずだ。
どうしてもどってくるの? れいむには理解できなかった。
「あのね、ぱちゅりーがわるかったんだよ、はんせいしたんだよ。だかられいむおかあさんにあやまりにきたの」
「ゆゆっ!?」
どうやらぱちゅりーは謝りに来たらしい。伴侶であったあのゆっくりできないぱちゅりーと違ってとてもゆっくりした子ではないか。
きっと無理矢理あのゆっくりできないぱちゅりーが嘘を言って連れてったのだろう。れいむはそう解釈した。
「わかればいいんだよ!! ぱちゅりーはいいこだね!!」
「ありがとうおかあさん! それでね、ぱちゅりーからなかなおりのぷれぜんとがあるんだよ」
「ゆっ!?」
「でも……おかあさんをびっくりさせたいから、ちょっとうしろをむいててね」
「ゆっくりりかいしたよ!!」
親れいむは後ろを振り向いた。そして感動していた。
れいむによく似ていて、なんていい子なんだろう。外見がぱちゅりーに似てなければもっと良かったのに。
それにしてもプレゼントとは一体なんだろう。お花かな?キノコかな?珍しい果物かな?
今か今かと親れいむがワクワクしながら待っていると──
背中から鋭い痛みが走った。
「ゆぎゃあああああああああああ!!!!」
親れいむは痛みに驚いて跳ね回り、後ろを振り返った。
そこには我が子と思っていたゆっくりが、枝を咥えていた。
親れいむはすぐに自分の背中を刺したのが、我が子であることに気づいた。
「どうじでごんなごどずるのおぉぉぉ!!!」
「──どうして? どうしてわからないの? ばかなの?」
「ゆぎいぃぃぃぃぃ!! ゆっくりできないぱちゅりーはゆっくりしね!!」
親れいむは怒りで頭に血が上っており、全力で目の前の敵に飛び掛る。
成体の体当たりだけあってスピードもそれなりに早く危険な一撃だ。
だがぱちゅりーの帽子を被ったゆっくりは、ぱちゅりー種らしからぬ運動神経でこれを横に避ける。、
「ゆっぎいぃぃぃ!!! よげるなぁぁぁああああ!!!」
親れいむは次こそは当てると意気込んで、体当たり攻撃を仕掛ける。
しかし再び避けられて当たらない。また同じことの繰り返しであった。。
一方的な攻防がただ続くだけだが、このままいけば体格差や種族差からして、親れいむよりも先に子ぱちゅりーの方が体力が尽きることは間違いなかった。
「ゆっ……ゆっ……」
しかし徐々に親れいむに疲労の色が見える。
目に見えて体当たりするスピードや跳ねる高さが落ちていくのが判る。
疲れてしまい、目線を敵から地面に向けたところで親れいむは気づいた。
「ゆ゛っ!! なにごれぇ!!」
地面には点々と、黒い物が散らばっていた。
恐怖で思わず体を後ろに引こうとしたとき、背中に激痛が走る。
親れいむは思い出した。自分は背中に傷がある。その状態で激しく動き回ったらどうなるか──
「いまごろきづいたの?」
「ゆぎゃあぁあぁぁぁあ!!!」
親れいむが全てを悟ったときにはもう遅かった。
枝を突き出して突進してくるゆっくりを避ける体力は残っておらず、そのまま攻撃を受けて悲鳴を上げる。
その一撃で遂にれいむは動く体力は全て奪われてしまった。
「ゆびーっ、ゆびーっ」
「れいむおかあさん、ぷれぜんとはまだあるんだよ、ここでゆっくりしていってね」
これ以上何をされるのだろうか、親れいむは恐怖を感じていた。
ゆっくりできない奴は何処かに消えたらしく、今が逃げるチャンスだった。
だが、もう這いずる気力も湧き上がらず、結局ぷれぜんとを待ち続ける事になった。
そして、恐怖のゆっくりが帰ってきた。
「ぱちゅりーかられいむおかあさんにぷれぜんとだよ!!」
そう言って差し出されたそれは、親れいむを絶望へと突き落とす。
「い゛や゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛! ! ! ! !」
それは五つの餡子のついたリボンだった。差し出されたどのリボンにもれいむには見覚えがある。
いなくなったと思っていた愛する子供達のリボンだ。そしてリボンから出る匂いが意味することは一つ。
全てを理解した瞬間、親れいむは泣きながら叫んでいた。
それを見てリボンを持ってきた者は不快そうに呟く。
「そんなになけるんだね……かぞくなんてごみだとかんがえているくずだとばかりおもってたよ」
「でも……だったら……」
「どうじでばぢゅりぃだぢをごろぜるんだあぁぁあぁああぁああああ!!!!!!!!!」
後に残るは六つのリボンと一つの黒い物体だけだった。
最終更新:2022年05月18日 21:56