(ゆっくりできないあいつ)
れいむは待っていた。もうすぐあいつが来る時間。ゆっくりできないあいつがやって来る。
れいむはじっと待っている。今日こそ、今日こそあいつをゆっくりさせてみせる。


れいむと飼い主のお兄さんがこの町に越してきてから2週間。だいぶ新しい環境にも慣れてきた。
新しいおうちは前のよりも広々としてゆっくりできるし、近所の人達もゆっくりとしたいい人ばかりだ。
だが、ここには以前住んでいた処にはいなかった、ゆっくりできないあいつがいる。

あいつはいつも決まった時間にれいむのおうちの裏を通る。
真黒な体。その体と同じ真黒な煙を吹きながら、おうちのすぐ裏を駆け抜けていく。

れいむはいつも呼びかける。あいつが通る度に呼びかける。ゆっくりする様呼びかける。
しかし、あいつは決まって「ゴオオオオオオオオオオオ」という唸り声をあげて、れいむの声を無視して走り去る。

昨日もそうだった。れいむの「ゆっくりしてええええええええ!!!」という叫びはあいつの唸りにかき消された。
そしてあいつは日に何度もれいむのおうちの裏を往復するのだ。「ゆっくりして」と叫ぶれいむをあざ笑う様に。

ゆるせない。ゆるせない。なんだってあいつはあんなにゆっくりしていないのだ。
ゆっくりは素晴らしい。この素晴らしさを皆にも知って欲しい。だかられいむは皆に「ゆっくりして」と呼びかける。
なのにあいつは知らんぷり。れいむの言う事など聞こうともしない。

今日こそあいつに解らせてやる。ゆっくりは素晴らしいんだ。もっとゆっくりするべきなんだ。
大丈夫。今日は秘策を用意している。一晩かけて考えた必殺技。これならゆっくりできないあいつでもイチコロだ。
必ずゆっくりさせられる。そしてゆっくりがどんなに素晴らしいものなのか、ゆっくりと教えてあげよう。


時間だ。あいつがやってくる時間。遠くから微かにあいつの唸りが聞こえてくる。
れいむは駆け上がる。あいつがいつも通る小高い丘の上へ。
最後の一歩。枕木の上にぴょんと着地すると、あいつが来る方へくるりと向き直る。
そして体中のバネを使い天高く跳び上がると、あらん限りの大声で決め台詞を発した。


「ゆっくりしていってね!!!」


ベチャァ!!!


end

作者名 ツェ

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最終更新:2022年05月19日 11:30