ギラギラと輝く太陽、ミンミンと鳴くセミの声。
夏の炎天下の中、一匹のゆっくりがヒマワリに水をあげていました。
明るい金髪に赤いリボン、人形のような白い肌を持つそのゆっくりは、ゆっくりめでぃすん。
中身が毒餡子ということで有名なゆっくりです。
「スーしょ! スーしょ! おみじゅさんをあげりゅよ!」
まずは澄んだ小川の浅瀬へと行き、「ごーくごーく」と水を口に含みます。
そして大きく頬を膨らましたままヒマワリの下へ向かうと、口の中の水を一気に吐き出しました。
ぴちゃぴちゃという涼しげな音と共に、どんどん水を吸い込んでいく地面。
これで、このヒマワリの『水やり』は終わりです。
水やりを終えた後のめでぃすんの表情は輝いており、どことなく誇らしげでした。
「ヒマワリしゃんたち、ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
そう言うとヒマワリは風に揺れ、まるで感謝するかのように大きな花を動かします。
本当に答えてくれたのが嬉しかったのでしょう、
それを見ためでぃすんは興奮に顔を綻ばせ、まるで宝物を見るような目でヒマワリを見上げました。
「コンパロ~♪」
ゆらゆらと揺れるヒマワリたち。
流れる風は涼しく、疲れも一緒に吹き飛ばしてくれるかのよう。
めでぃすんはもう少しだけ、このゆっくりとした光景を見ていたいと思ったのでした。
ゆっくりめでぃすんは本来ヒマワリを育てません。
毒饅頭のめでぃすんが主に育てるのは、スズランやフクジュソウといった心臓毒を含む花です。
なぜなら他ゆっくりに食べられない花を育てて身を守る武器にし、いざというときの非常食にもしているのですから。
では、なぜこのめでぃすんがヒマワリを育てているのか。そこには必ず理由が存在するはずです。
「……なにしてるの?」
そんなとき、この小さな花畑に新しいゆっくりが現れました。
若草色の髪に、血のような赤い瞳。ゆっくりゆうかです。
やってきたのが花畑を荒らすゆっくりでなくて、めでぃすんは少しだけ安心しました。
「スッ! きょうはあちゅいから、おはなしゃんたちにおみじゅさんをあげちぇるの!」
えっへんと胸を張って答えるめでぃすん。
まるで『ほめてほめて!』と言わんばかりの様子は、本当にかわいらしいです。
その純粋無垢な子供のような表情に感化されたのか、ゆうかも笑顔になります。
「そう、おみずさんをあげてたのね。―――バカなの?」
そしてゆうかは笑顔のまま、めでぃすんを勢いよく突き飛ばしました。
「ズッ!」
一切手加減なしの体当たりに、小さい体は簡単に弾き飛ばされます。
もしこのまま近くの木などにぶつかった場合、まず命はないでしょう。
幼い子供にも容赦のない、殺意ある攻撃。
幸いにも地面に叩きつけられるだけですみましたが、めでぃすんは大声で泣き始めました。
「うわぁぁぁん! いぢゃいよぉぉぉ!!」
「……だまれ」
ゆうかが怒気を孕んだ声で凄むと、めでぃすんは「ひぐっ!?」という声と共に泣きやみます。
まだ目尻に涙を浮かべつつも、必死に泣かないようがんばるめでぃすん。
それを見るゆうかの表情は笑顔のままでしたが、その目は笑っていませんでした。
二匹は支配する側とされる側。圧倒的な力の差があるのです。
「ひぐっ……ひぐっ……だ、だみゃっちゃよ」
めでぃすんは震えた声でそう返しつつも、怯えながらゆうかの反応を窺っていました。
たった一歩だけ近づく動作にも、びくっと背筋を震わせます。
「ねえ、なんでみずやりをしていたの?」
「だ、だっちぇ、めでぃすんのおしごちょで……」
その答えに呆れたのか、小馬鹿にしたような表情で鼻を鳴らすゆうか。
ですが、めでぃすんには何が悪かったのか解りません。
「みずやりはね、おひさまがうえにのぼるまえにやらなきゃいけないの。ゆっくりりかいしなさい」
「でみょ……」
「ゆっくりりかいしなさい―――このグズが」
そう言っている間も、ゆうかはずっと笑っていました。
でも、めでぃすんは知っています。ゆうかは笑顔が一番怖いことを。
だから無理に逆らわず、奴隷のように従うしかないのです。
「わかりましちゃ、おかーしゃん」
叱られてからおうちに帰っためでぃすんは、じっと母親であるゆうかの帰りを待つことにしました。
姉妹も遊び道具もないので退屈な時間ですが、ゆっくりと眠ってしまえばあっという間に時間は過ぎていきます。
流れる雲、傾く太陽。
次第に空には赤みが射していき、木立の中で聞こえるのはひぐらしの鳴き声だけ。
めでぃすんがお昼寝から目を覚ました時には、すでに夕暮れになっていました。
「スゥ……おなかへっちゃ」
寝起きで空腹感を感じためでぃすんは、おうちに何か食べれる物はないかときょろきょろします。
すると、近くに黒と黄色の塊が積み重なっているのを見つけました。
それは大量の餡子やカスタードクリーム。
野生のゆっくりにとっては、垂涎もののごちそうでしょう。
「でも、あまあましゃんはたべちゃだめ」
どことなく名残惜しそうな表情をしながらも、めでぃすんはごちそうから離れます。
なぜなら、ゆうかおかーさんに食べてはいけないと言われたから。
言いつけを守らなければおうちから追い出されてしまうため、
何処にも頼る相手がいないめでぃすんは従うしかありませんでした。
「ゆっくちおはなしゃんをさがすよ!」
そう言っていつも食べている萎びたお花(本当はゆうかの非常食)を探します。
普段はおうちの隅っこに置いてあるのですが、今日はなぜかありません。
ふと、今朝お花さんを食べた時に、最後の一輪を食べたことを思い出しました。
ということは、おかーさんが帰ってくるまでごはんはお預けです。
「めでぃすんはいいこだもん。ゆっくちがみゃんするよ」
一人でぷくぅと膨れて、気合いを入れるめでぃすん。
しかし、いざ我慢しようとすると近くに置いてある餡子が気になります。
「……ゆっくちがみゃんするよ」
もう一度自分に言ってみますが、あまあまの魅力は変わりません。
ふらふらとそっちに吸い寄せられているのに気づき、慌てて距離をとりました。
「スー……めでぃすんをゆーわくするだにゃんて、ゆっくりできないあまあましゃんだね!」
めでぃすんは餡子とカスタードの誘惑に対抗するため、目を瞑り精神を集中させます。
その様子はまるで、煩悩を無に帰そうとしている修行僧。
こうして視界に入らなければ誘惑されないという、めでぃすんなりの考えでした。
「……なにしてるの?」
「スッ! ゆっくちおかえりなしゃい!!!」
昼間とは違い、本当に何をやっているか理解できないといった表情でめでぃすんをみるゆうか。
後ろに見える潰れたまりさは、きっと今夜の夕食でしょう。
ゆっくりの家族は基本的に親が帰ってきたらすぐごはんです。
お腹が減っていためでぃすんは、ゆうかに花のような笑顔を向けました。
「めでぃすん、おなかがへっちゃよ!」
「おはなさんは?」
「ゆっくちなかっちゃよ!」
「……しかたないわね」
ゆうかは嫌そうに入口へ戻っていきましたが、めでぃすんはその様子に気づきません。
ただごはんが待ちきれないといった雰囲気で、ニコニコとしています。
程なくして、ゆうかが再び帰ってきました。
口を大きくふくらませていますから、それなりの量はあるのでしょう。
そのままめでぃすんの前に移動すると、口の中にあるものを一気に吐き出します。
「ほら、ごはん」
出てきたのは、花の鮮やかな色など一切ない、ただの緑色の草。
どう見てもそこら辺の雑草でした。
「……スゥ?」
「きもちわるいおちびちゃんには、くささんでじゅうぶんよ」
「おはなしゃんは……?」
「たべたければじぶんでゆっくりとりなさい」
「ス、スゥ……わかりましちゃ、おかーしゃん」
自分で取れと言われても、日が暮れかけているのに外へ出るのはとても危険です。
とりあえず今は雑草があるだけでもましだと思い、ゆっくりと食べ始めました。
「むーちゃむーちゃ……」
青臭い風味と、独特の苦み。
それは決しておいしいものではありませんでしたが、
今まで萎びた花しか食べたことのなかっためでぃすんには食べれないこともない味でした。
ふと見れば、ゆうかもまりさの死体を食べています。
めでぃすんが雑草を食べる中、ゆうかは本当に幸せそうな表情で餡子を頬張っていました。
おかーさんが帰ってくるまで、必死に食べるのを我慢していたあまあま。
その味はきっと、舌がとろけるほどおいしいのでしょう。
あんなに幸せそうに食べているのですから、おいしくないわけがありません。
おうちの中に甘い匂いが広がる中、ただ「むーちゃむーちゃ」と雑草を咀嚼するめでぃすん。
それでもめでぃすんは文句一つ言いませんでした。
なぜなら文句を言えば、その後で厳しいお仕置きが待っているのですから。
◇ ◇ ◇
「ちゃんとおはなさんにおみずさんをあげなさいよ」
「ゆっくちりかいしちゃよ!」
ゆうかは今日もそれだけ告げると、めでぃすんに見送られながらおうちを出ていった。
昨日もあれだけ酷いことをしたのにめでぃすんは笑顔のままで、
おかーさんとして信頼されているということに奇妙な居心地の悪さを覚える。
「……きもちわるいおちびちゃん」
そう、気持ち悪い。
先ほど思ったこともそうだが、それ以前に出生からして気持ち悪い。
元々ゆうかは、めでぃすんなど育てる予定はなかった。
いや、出会う可能性すら無かったはずである。
数日前、ゆうかをレイプしようした愚かなありすがいた。
無論それは失敗に終わり、その時逆にレイプして生まれてきた子供。
それがめでぃすんだ。
つまり、めでぃすんは取り替え子である。
だが、取り替え子とは総じて親に嫌われることが多い。
なぜなら本来産まれるはずのない子。好かれることの方が珍しいだろう。
産まれても親に子供と認められず、すぐに殺されてもおかしくはないのだ。
それに口では本能的に『おちびちゃん』というものの、ゆうかはめでぃすんを娘だと思っていない。
というより、自分が母親である自覚がよくわからないのである。
ゆうか種としての性質かもしれないが、望んで産んだ子供でもない以上、突然母性をもてと言われても無理があった。
「まあ、みずやりをゆっくりやってくれるならなんでもいいわ」
めでぃすんが生まれた時に何故潰さなかったのかといえば、それに尽きる。
どうせ殺すなら、労働力として役立てた方がずっと生産的だと思ったのだ。
ゆうかは生まれたばかりのめでぃすんに対して、お花畑の位置と水やりの方法をすぐに教えた。
昨日は昼間に水やりをするという暴挙を行っていたが、適当に注意したため今日は大丈夫だろう。
ちょっと体当たりしただけで何でも言うことを聞いてくれる。
とても便利なおちびちゃんだった。
「ゆっくりおはなさんのところへいきましょう」
あの気持ち悪いおちびちゃんでも自分の代わりにお花畑に水を与えてくれるなら、
その間にこうして他の場所の花を愛でることができる。
決して口には出さないけども、そのことだけは素直に感謝していた。
「……で、これはどういうことかしら」
「ス、スゥ……」
しばらく花を愛でた後にゆうかが花畑にやってくると、ちょっとした問題が起こっていた。
何本か折れたヒマワリに、近くにころがるれいむの死体。
それに合わせて少し餡子が漏れているめでぃすんの頬を見れば、大体予想はつく。
「ゆっくりしてないれいむがやってきたのね」
「……めでぃすん、がんばっちゃよ」
事実、頑張ったのだろう。
まだ幼いめでぃすんが何倍も大きいれいむに立ち向かったのは、そのほっぺたが証明している。
そして何も知らないれいむは、めでぃすんの毒餡子を食べたとたんに死んだのだ。
こうした花畑を荒らすゆっくりと何度も戦ったことのあるゆうかは、今回ばかりは怒らなかった。
花畑を完全に守れなかったとはいえ、子供にむかって成体に勝てというほど馬鹿ではない。
むしろ、ゆっくりできないれいむが死んだだけでも上々である。
「……どうしようかしら」
そう呟くと、めでぃすんは今にも泣きそうなほどに怯えていた。昨日の体当たりがよっぽど怖かったのだろう。
しかし別にめでぃすんにするお仕置きを考えているわけではない。
ゆうかが考えていたのは、めでぃすんが花畑で水やりをやっている間に畑荒らしをどうするかであった。
このままではゆうかのゆっくりタイムが失われてしまう。
元通りゆうかが花畑を守ってもよかったが、それはできるだけ避けたかった。
―――その時、ゆうかに天啓が閃く。
「ゆっ! いいかんがえがあったわ!」
「……スゥ?」
全ては毒で死んだれいむの死体がヒントだったのだ。
そこから編み出される、花畑を守る妙案。
ゆっくりらしからぬ悪魔のような奇策。
「ねえ、おちびちゃん。――つぶされなさい」
言うが早いか、ゆうかはめでぃすんの小柄な体にのしかかった。
「ズギュッ……!?」
足下から苦しげな声が聞こえてくるが、ゆうかは躊躇することなく重心をめでぃすんの方へと傾けていく。
するとめでぃすんはどうなるか、考えるまでもない。
頬にあいた穴がみちみちと広がっていき、命の餡子が次々と絞り出されていった。
「……! ……!!」
なんとかゆうかの下から抜け出そうともがくめでぃすんだが、身体能力で子供が大人に勝てるわけがない。
それどころか、動けば動くほど餡子が余計に押し出されていく。
体から急速に餡子が抜けているため、目に見えて衰弱していくめでぃすん。
めでぃすんがこの責め苦から解放されたのは、体が3分の2ほどの大きさにまで縮んだころだった。
「ス……ゥ……」
「しんだらいみがないものね」
先ほど思いついた案とは、毒餌を作ることだ。
元々ゆっくりがこの花畑にやってくるのは、餌として花を求めているからである。
ならその途中に毒餡子を混ぜた餡子を置いておけば、先にそちらを食べるはず。
幸いにも花畑の周りは一本道。餌を置く場所は簡単に決められる。
結果的に花畑に辿り着く前に死んでくれるのだ。
ふと、先ほどからずっと黙っているめでぃすんを見た。
目がどことなく虚ろだが、ちゃんと生きている。
何日かゆっくりすれば、中の毒餡子も復活するだろう。そしたらもう一度絞り出せばいい。
本当に便利なおちびちゃんだ。
◇ ◇ ◇
それからしばらくの間、めでぃすんの変わらない日常が続きました。
水やりをして、餡子を絞り取られ、また水やりをする。
働くこともできない並のゆっくりでは、成体でも耐えれないような日々です。
さらに途中でゆうかが食事をくれなくなったため、暇な時にはごはんを集めるために動き回らなくてはなりませんでした。
夏も中盤を過ぎたため、幸運なことに辺りにはセミの死骸が転がっています。
辛いのは夕立があった日でした。何も食べなかった日があったことも、一度や二度ではありません。
でもめでぃすんは、めでぃすんなりにゆっくりとした日々を過ごしていました。
おうちがあること。
ごはんがあること。
花を愛でること。
そして、やさしくはないけれどおかーさんがいること。
どれもゆっくりできる大切なものです。
そういえば、ゆうかは最近めでぃすんに体当たりをしなくなりました。
間違って昼間に水やりをしなくなりましたし、花の苗と雑草を間違えることもなくなったからでしょう。
ある意味一人前になったと言えるのかもしれません。
けれどめでぃすんは、おかーさんが前以上にかまってくれなくなったため少しさびしく感じました。
終わらないと思っていた夏も終わり、秋が来ます。
鳴き止むセミに、涼しくなる風。
代わりに林は黄金色に染まり、花畑では赤紫色をしたソバの花が咲き誇っていました。
秋になって最初の仕事は、花畑の花を全部巣に運ぶこと。
当然その時はゆうかも手伝ったため、めでぃすんは喜んで一緒に運びます。
何日もかけて終わりましたが、そこに花畑がなくなったわけではありません。
まだ花の咲かないシソや、種を残すための花がちらほら咲いていました。
ある日のこと、秋の訪れを知らせるゆっくりの姉妹しずはとみのりこがおうちにやってきます。
めでぃすんは初めてみるゆっくりに興味津々でしたが、ゆうかはそれを無視していろいろと話していました。
『ことしはみのりがすくない――』とか『むこうのむれもたいへんで――』など、めでぃすんには良く解りません。
ただ、おかーさんの顔がだんだん嫌そうに歪むのを見て、ゆっくりできないことだけは何となく感じ取れたのでした。
秋も中頃を過ぎると、森の生き物が一斉に冬ごもりのために奔走します。
それに伴い、めでぃすんから絞りとられる毒餡子の量が増えました。
すでに成体間近にまで成長していたのである程度なら餡子がなくなっても平気でしたが、
餡子を絞り取られることには苦痛が伴います。
「このじきになると、ゆっくりできないゆっくりがやってくるの」
ゆうかはそれだけをめでぃすんに伝えると、後は何も言いませんでした。
でも、めでぃすんはその言葉を一切疑ってません。
なぜならゆうかは、小さくなった花畑で毎日見張りをしていたのですから。
そして秋も終わりに差し掛かり、木枯らしが吹き始めたころ。
めでぃすんの生活に転機が訪れました。
◇ ◇ ◇
「おうちからでていってちょうだい」
それは事実上の、離縁宣言だった。
めでぃすんは最初こそ不思議そうな表情をしていたものの、
しばらく考えて意味を理解したのか、目を見開いたまま固まってしまう。
「な、なんで……? めでぃすんとおかーさんのおうちだよ?」
「ちがうわ。ゆうかがつくった、ゆうかのおうちよ」
「スゥ……でも、めでぃすんはどうなるの?」
「おちびちゃんのことは、おちびちゃんでかんがえなさい」
「…………」
ちなみに、今の時期としては冬ごもりの準備が佳境に差し掛かるころだ。
つまり――どこにもご飯がない。
こんな状態で家を追い出せば冬を越せずに死んでしまうことぐらい、ゆうかだって知っている。
「おなさけでおはなさんをわけてあげるから、それで―――」
「いやだよ」
「……ゆ?」
「めでぃすん、おかーさんとゆっくりしたいもん!」
それは、めでぃすんが産まれてから初めてのわがままだった。
水やりを強制しても、ご飯を自分で取りに行かせても何も言わなかっためでぃすん。
生まれる前から愛情たっぷりのゆっくりと違い、親に逆らい続けたら殺される環境で育っためでぃすんにとって、
わがままを言う機会なんてこれまで一度もなかったのだ。
「……おちびちゃんがいると、ゆうかはゆっくりできないわ」
「でも、おかーさんがいないとゆっくりできないよ!」
「じぶんでごはんをとれるでしょう? おちびちゃんだけでもゆっくりできるわよ」
そのご飯がどこにも無いため心にもない言葉だったが、ゆうかはそう言って説得するしかない。
勿論、めでぃすんも納得がいかない表情をしている。
「ス、スゥ……。だけど、めでぃすんはおかーさんが―――」
「ゆっくりだまりなさい!!!」
突然の一喝。
突き放すような声に、めでぃすんは竦みあがった。
「でていかないのなら、むりやりおいだすわ」
ゆうかはそう言い出すと、めでぃすんをぐいぐいと押していく。
めでぃすんも慌てておうちの中へと戻ろうとするが、力でゆうかに敵うわけがない。
そのまま入口まで押し出すと、ゆうかは仕上げとばかりに体当たりで追い出した。
「ズギュ!?」
「ここはゆうかのゆっくりプレイスよ! ゆっくりでていってね!!!」
朝日に照らされた地面に転がるめでぃすんを見た後、さっさとおうちの中へと帰っていくゆうか。
その時どこからか「おかーさん……」という声が聞こえた気がしたが、無視して奥へと戻っていった。
「……このままだとゆっくりできなくなるのよ」
自分しかいないおうちの中で、まるで何か言い訳をするようにゆうかは呟く。
そもそもゆうかだって、めでぃすんを無理に追い出すことはしたくなかった。
仮にも我が子だったのだ。長く一緒に過ごせば、それなりに愛着が湧くのは当然のこと。
しかし、自分の命を差し出してまで育てるほど愛着があったわけではない。
ふと、隅に置いてある冬ごもり用の食料――乾燥させた花畑の花を見る。
ここで長く暮らしていたゆうかは、当然ながら一匹分の量しか育てていなかった。
成体の一歩手前まで育っためでぃすんと分けた場合、どちらも冬を越せないという最悪の事態になるだろう。
めでぃすんには日々の食事だけ取らせていたため、当然ながら冬のために貯めているごはんなどない。
というか、毎日仕事がある上にご飯を取っているのだ。毎日の食事が取れるだけでも上々だった。
「とりあえず、ごはんをたべようかしら」
備蓄を見ていたらおなかがすいたのか、別の所に置いてある餡子を食べ始める。
かつて大量の餡子とカスタードが積み上げられたそこには、もうほとんどなにも残っていない。
秋の中頃から花畑の見張りを続けていたため、ゆっくりを狩る暇がなかったのだ。
実は、ゆうかは毒餌を使うデメリットを考えていなかった。
毒餌を使えば花畑を襲うゆっくりは減るのだが、その死体は食べることができない。
つまり結果的に、ゆうかが食べることができるゆっくりの量が少なくなったというわけである。
植物との親和性が高いゆうかといえど、さすがに毒餡子で死んだゆっくりを食べようとはしなかった。
「……きもちわるいおちびちゃんがいなくなったくらいでなによ。せいせいしたわ」
そう言ってゆうかは、不貞寝をし始める。
いつもより広いおうちが、どことなく寂しかった。
ゆうかが起きた時、すでに日は傾き始めていた。
朝に寝たのだから当然である。
「ゆっ! よくねたわ!」
眠ることで何か吹っ切れなのかもしれない。
すっかり気分もよくなったのか、晴れ晴れとした笑顔でそう言った。
「……?」
しかし、ゆうかは胸騒ぎを覚える。
大切なことを忘れているような感覚。
何かしなければいけなかったのに、していない自分。
そして、その何かをしていなかったために、大変なことになっているという予感。
何分も考えて、ようやくその原因を突き止めた。
「……おはなさんたち!!!」
ゆうかは慌てておうちと飛び出すと、できる限りの速さで花畑に向かっていく。
この時間帯は本来ゆうかが花畑を守っている時間である。
だいぶ小さくなった花畑だが、まだ蕾ができたばかりのシソがたくさん植えてあった。
毎年その花が咲いた後、刈り取ってすぐに冬ごもりに入るのだ。
ここ数日はめでぃすんにかまう暇も惜しく、大切に愛でていた自慢の花である。
朝に毒餌を置かなかったし、ゆうかが守ってもいない。
今この瞬間、花畑は無防備だった。
「……うそ」
悪い予感というものは大抵的中する。
茶色いむき出しの地面に、いくつも残るゆっくりの足跡。
花畑についたゆうかが見たものは、すっかり荒れ果てた荒野であった。
どこかに無事な花――せめて、来年の種を残す分はないかと探してみるが、それもない。
文字通り根も葉も残っていない状況だ。
ただ、悔しかった。
別に食料を奪い取られたから悔しかったのではない。冬ごもりなら今ある備蓄でもなんとかできる。
今年はゆっくり秋姉妹から実りが少ないことを聞いていて一生懸命育てたのに、
見ず知らずのゆっくりに奪い取られたということが悔しかったのだ。
花畑を荒らしたゆっくりは、一体どこに逃げて行ったのか。
それすら解らないゆうかは復讐することもできずに、ただ茫然と荒れ果てた土地を見ることしかできなかった。
「……、………」
どれくらい呆然としていたのだろう。
不意に、どこからか声が聞こえることに気が付く。
「?」
耳を澄ませてみると、どうやら茂みの奥から聞こえてくるらしい。
畑荒らしの犯人だったら殺してやろうと、ゆうかは躊躇いもせず向かっていき―――そこに倒れている姿を見て驚いた。
「ス……ゥ……」
「めでぃすん!?」
そこにいたのは、ゆっくりから見ても酷い状態のめでぃすんだった。
髪に土が付いているため、踏みつぶされていたのは一目瞭然。
さらに体は所々裂けていて、餡子が漏れている。
噛み跡があるのに他のゆっくりの死体がないのは、ゆっくりめでぃすんを知っているゆっくりがいたのだろう。
周囲をよく見れば、吐き出されたと思えるめでぃすんの毒餡子がちらほらあった。
いや、それよりも……その不自然に大きくなったお腹は……
「……なにがあったの?」
ゆうかの声は限度を超えた怒りで震えていた。
めでぃすんを怖がらせては意味がないと精一杯笑顔を作ろうとするも、額に浮いた青筋だけは消えてくれない。
「……めでぃすんね、おかーさんのはなばたけで、ゆっくりまってたの」
待ってたというのは、きっとゆうか自身のことだろう。
それ以外思いつかない。
「ゆっくりかいしたわ。それで?」
「スー……ゆっくりできない、ゆっくりがきたよ。めでぃすん、おはなさんとられちゃった」
「ゆっくりしないで、にげればよかったのに」
ゆっくりめでぃすん種は、花に守られるゆっくり。
ゆうか種のように、花を守る力なんてないゆっくり。
足跡やめでぃすんの様子からして、おそらくたくさん来たのだろう。
さっさと逃げればよかったのだ。
「……だって、おかーさんがおこると、こわいもん」
「……ゆふふ。ゆっくりりかいしたわ」
とりあえず、めでぃすんが花畑を守るために無謀にも立ち向かったということは解った。
その結果がこれなのだろう。
「おちびちゃん、ゆっくりできないゆっくりはどこにいったの?」
「……ゆっくりむこうにいったよ」
「そう……よくやったわ。ゆっくりおうちにかえりなさい」
「ス、スゥ?」
「だいじょうぶよ。おうちにもどってきていいわ」
ゆうかはそれだけ言うと、めでぃすんを振り向くことなく進み始めた。
だって、とても見せられないもの。こんなに恐い表情は。
◇ ◇ ◇
「むきゅ、ぶじにおはなさんがとれてよかったわ!」
「これだけあればだいじょうぶなんだねー! わかるよー!」
「ゆっ! さっそく『むーしゃむーしゃ』するんだぜ!」
「だめだみょん! ゆっくりできなくなるみょん!」
「そうよ、とかいはじゃないわ!」
ここは花畑の近くにある、小さな群れ。
中央の広場で、群れにいる大人のゆっくり全員――といっても十匹だけだが――が戦利品を眺めていた。
この群れの大人が少ないのには理由がある。
本当はもっと大きな群れだったのだが、夏ごろから急にいなくなるゆっくりが増えたのだ。
勿論群中が大慌てになり、中には逃げだすゆっくりも現れるほど。
結局群れに残ったのは十匹のゆっくりと、何匹かの赤ゆっくりだけであった。
「ゆゆっ! れいむはそろそろ、おちびちゃんたちにごはんをあげてくるよ!」
「ありすもおちびちゃんたちに "でぃなー" をあげてくるわね!」
「こだくさんなんだねー。わかるよー」
「むきゅー……ことしはごはんがすくなくてたいへんだったけど、なんとかなりそうね」
長であるぱちゅりーはそう言いながら、群れが無事に越冬できそうなことを喜んだ。
それに続いて、何匹かの賢いゆっくりが相槌を打つ。
今年は本当に過酷な秋だった。
キノコも山菜も満足に生えておらず、かろうじて虫が取れる程度。
皮肉にも群れのゆっくりがいなくなったことで毎日の食事には困らなかったのだが、
冬ごもりの食料はなかなか集まらないことには変わらない。
かれこれこの時期まで冬ごもりのために頑張っていたのだが、どうしてもちょっとだけ足りなかったのだ。
「さいごまであきらめなくてよかったわ……」
「がしんしょーたん、だみょん!」
そう、まさしく臥薪嘗胆。今回の狩の成果は、苦労の末に勝ち取れた勝利であろう。
彼らの顔は何かをやり遂げたかのように輝いていた。
「ゆぎゃぁぁぁ!?!」
「ゆわぁぁぁ! れ、れい―――ゆぎゅっ!?!」
みょんは知らなかったようだが、臥薪嘗胆の意味は二つある。
『目的のために努力をすること』と『復讐を心に誓うこと』
「たとえ、あなたたちがそのむかし……」
何処からか聞こえるその声は、
「おさないころ……」
中央で笑っている長達に気づかれないよう、
「ちいさなおはなさんをめでていたとするわ……」
広場から離れているゆっくりを重点的に狙っていき、
「でも、ゆっくりしね」
確実に殺していった。
◇ ◇ ◇
おうちで待っていためでぃすんが最初に見たのは、餡子まみれのゆうかでした。
「お、おかーさん、ゆっくりだいじょうぶ?」
「だいじょうぶよ。おわったから」
おかーさんが大丈夫というからには大丈夫なのでしょう。めでぃすんは安心します。
入り口の前には、めでぃすんを虐めたゆっくりの死体がたくさん置いてありました。
「ふゆごもりのじゅんびも、ゆっくりおわったわ」
もう、ゆうかはめでぃすんを追い出す必要がありません。
おいしい餡子がたくさん手に入ったからです。
こうして、二匹は厳しい冬を一緒に過ごすことができました。
◇ ◇ ◇
時が経てば暖かくなり、雪は解けて水になる。
桜の花が咲き、小鳥のさえずりが聞こえるころ。
春が来たことを知ったゆうか達は、おうちから抜け出すことにした。
「ゆっ! はるさんがきてるわ!」
「スー! たいようさんひさしぶり!」
「ひちゃちぶり!」
おうちから出てきたのは、ゆうかと、めでぃすんと、……小さいめでぃすん。
三匹の家族である。
あの時、めでぃすんはレイプされていた。
それはゆうかも知っていたことである。産まれた後でつぶそうと思っていたのだ。
しかし、めでぃすんはそれを育てたいと言い出す。
ゆっくり十匹分の餡子は越冬するには十分余裕があるとはいえ、あまり良い顔はできなかったのだが、
結局めでぃすんとの紆余曲折の末に育てることになったのだ。
……一つの条件をつけて。
ゆうかがめでぃすんの方を向くと、何か確認するように視線を渡した。
その意味に気づいたのか、めでぃすんもゆうかを見つめ返す。
「わかってるわよね?」
「スゥ……ゆっくりりかいしたよ」
「?」
小さいめでぃすんにはそのやり取りが理解できないのか、不思議そうに頭を傾げていた。
ただ二匹の表情から、何か大切なことを話していることだけは理解する。
「おかーしゃん、どうしちゃの?」
「……ゆっくりおうちをでていかなくちゃいけないの」
『冬ごもりが終わったらおうちから出ていくこと』、それが条件だった。
しかし今度は越冬前のようなむりやりではない。
めでぃすんは、もう自分が成体にまで成長していることを理解していた。
つまり、本当の意味での巣立ちなのだ。
「……だいじょうぶよ。いつでもゆっくりかえってきていいわ」
めでぃすんを虐めた時が嘘のように、優しく話しかけるゆうか。
花畑を荒らされた時のことがきっかけで、二匹の距離がちょっと近づいたのである。
越冬中のとき、ゆうかとめでぃすんはたくさん話をした。
生きるための知恵とか、母親としての在り方とか、今まで話せなかったことも含めていろいろ。
それでも相変わらず親子というにはぎくしゃくしていたが、最初とは段違いに仲は良くなっただろう。
「スッ! じゃあ、めでぃすんとおちびちゃんはもういくね!」
「おばーちゃんもゆっくちしちぇいっちぇね!」
そう言うとめでぃすんたちはゆっくりとおうちを出て行った。
味気ないかもしれないが、ゆっくりの巣立ちなどこんなものだ。
今は春。おいしいものはそこらじゅうにある。
どこに行っても、ゆっくりすることができるだろう。
めでぃすん親子の背中が見えなくなった時、ゆうかはぽつりと呟いた。
「ゆっくりしていってね……かわいいおちびちゃん」
見送った後、ゆうかは一人寂しくおうちの中に戻っていった。
「あのおちびちゃんとも、いろいろあったわね……」
ずっと二匹で過ごしてきたおうちを見渡しながら、誰が聞いてるわけでもないのにそう呟く。
めでぃすんが生まれたこと。
めでぃすんに雑草を食べさせたこと。
めでぃすんの餡子を絞ったこと。
めでぃすんと越冬したこと。
「……あんまりゆっくりしてないわね」
それでも、ゆうかは思いだすごとに笑っていた。
かつて見せたような威圧を与える怖い笑顔ではなく、純粋な笑い。
子を思う母の笑顔だった。
「とりあえず、ごはんをたべようかしら」
隅を見れば、越冬の時に食べていた餡子がまだたくさん残っている。当分はこれだけで過ごせるだろう。
そう思っていると、近くに萎びたソバの花が落ちていることに気が付く。
よく見るとめでぃすんたちが食べていた残りだ。
めでぃすん親子は、越冬の間はずっと自分たちが育てた花を食べていた。
なぜかと言われれば、ゆうかが餡子を食べるなと言ったのを最後まで守ったからかもしれないし、
もしかしたら遠慮していたのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、めでぃすんたちは結局餡子を最後まで食べることはなかったという事実だけだ。
「……ひさしぶりに、おはなさんをたべるのもいいわね」
ゆっくりは、長く同じものを食べ続けると舌が肥える。
ゆうか種は一年のほとんどを餡子とカスタードで過ごすのだが、
越冬の時だけは育てていた植物を食べて舌を元に戻す。
偶然その機会に恵まれなかったゆうかにとって、花を食べようと思うのは本能的なことだった。
「むーしゃむーしゃ……それなり~」
―――だが、ゆうかは知らなかった。
その一年近く続いた偶然は、めでぃすんが産まれてから続いてきた偶然は、単に幸運であったからなのだと。
ゆっくりめでぃすんは毒餡子を含んだゆっくりである。
その毒の名前はユンバラトキシン。鈴蘭の持つコンバラトキシンに似た、抗ゆっくり性の強い毒だ。
めでぃすんが花に水をあげるとき、その毒は口の中の餡子から溶けだし、花に吸い込まれていく。
そうしてめでぃすんのテリトリーにある花はより一層危険なものになり、他のゆっくりを寄せ付けないようになるのだ。
つまり、めでぃすんの花には毒がある。長く育てれば育てるほど、強力な毒が。
「ゆゆっ……ちょっとねむくなってきたわ」
そして、ゆうかは眠るように死んだ。
娘の毒で安らかに。
◇ ◇ ◇
ギラギラと輝く太陽、ミンミンと鳴くセミの声。
夏の炎天下の中、一匹のゆっくりがスズランに水をあげていました。
明るい金髪に赤いリボン、人形のような白い肌を持つそのゆっくりは、ゆっくりめでぃすん。
中身が毒餡子ということで有名なゆっくりです。
「スーしょ! スーしょ! おみじゅさんをあげりゅよ!」
「スー!? だめだよおちびちゃん!」
すると、どこからかお母さんがやってきました。
眉毛をキリリと逆立てながら怒っています。
「みずやりはね、おひさまがうえにのぼるまえにやらなきゃいけないの。ゆっくりりかいしてね」
「スゥ……ゆっくちりかいしちゃよ!」
水やり以外にやることはないのでしょう、新しいおうちに帰っていく子供めでぃすん。
お母さんめでぃすんはそれを見ていて、なぜか子供の頃を、ゆうかおかーさんを思い出しました。
今頃、おかーさんも水やりをしているのかな。
それとも、お花畑を悪いゆっくりから守っているのかな。
「―――おかーさん、げんきかな?」
あとがき
こうしてめでぃすんは、自分の毒でおかーさんが死んだとも知らずに、
二度とおかーさんに会うことはありませんでしたとさ。
Q.ゆうかは冬ごもり中に、まったく花を食べなかったの?
A.めでぃすんが花しか食べなかったため、ゆうかは代わりに餡子しか食べませんでした。
Q.なんだか、ところどころ作中の時間がたち過ぎているんだが。
A.実は、一作品中に収めたかったために間にあるシーンを削った名残です。
本当はゆうかりん無双とか、越冬中の会話が入ったりしていました。
前に書いたもの
最終更新:2022年05月19日 14:50