空が赤く染まるころ、ぴょこぴょこと竹藪の中をはねる一匹のゆっくりがいた。
黒髪にちょこんと、丸っこくて白いふわふわしているうさ耳を生やしたゆっくり、『ゆっくりてい』である。

「うっさうさ~♪」

ていは狡賢く、いたずら好きなゆっくりだ。
嘘や演技は当然のこと、酷いときには落とし穴と組み合わせて他のゆっくりを落とすこともある。
そして騙されたゆっくりをみて、その滑稽さを笑うのだ。


「おかーさん、ただいまうさ!」
「おちびちゃん! おそとはあぶないうさ! もっとゆっくりせずにかえってくるうさ!!!」
「ゆっくりごめんなさいうさ……」
「わかればいいうさ。はやくいっしょにごはんをたべるうさ」

このていは母親と二匹で住んでいる、完全な母子家庭。
父親は幼い頃に亡くしていたし、他の姉妹はすでに巣立っていた。
二人きりの食卓に、幸せそうな声が響く。

「「むーしゃむーしゃ、しあわせ~うさっ♪」」



   ◇ ◇ ◇



今回は、てい虐めである。だが、ていを捕獲してはいけない。
なぜなら今回は、小さな群れを丸々一つ利用したものだからだ。

「というわけで俺はいま、キャンプをしています!」
「うぅ~? だれにむかっていってるんだどぉ?」
「おいおいれみりゃ、そこは空気を読むところだろ? なあいくさん!」
「およよ、いくはくうきのよめるおんなです」

ちなみに俺の周りには、なんやかんやで五匹ほどゆっくりがついてきている。
みんな割と楽しそうにキャンプ―――もとい、野生生活をしてくれているようでなによりだ。

「まあ、せいぜい楽しむがいいさ。……鬼井山がテントを貸してくれるなんて、これで最後かもしれないんだからな」

ちなみにテントは二人用であるため、ゆっくりは何匹か野宿になる。
数日続くのだが、たぶんだいじょうぶだろ。どれも元々野生だし。

「うー♪ きょうはおにーさんといっしょにねるどぉー☆」
「いや、お前夜型だから見張り役だろ。野犬でも来たら教えてくれ」
「いやだどぉー! ひとりはゆっくりできないんだどぉー!!!」
「わがまま言ってはいけません。めっ!」
「うぁっ!! ……うぅー、たまにはゆっくりしたいどぉ……」

そう呟きつつ、いかにも泣きそうな顔でとぼとぼさっていくれみりゃ。今日は割と素直である。
……仕方がないから頭をなでてやった。この前、ちょっと虐めすぎたしな。


「まあ、俺はいくさんと一緒に寝るがな」
「うぅー!?」

冗談だ。……冗談だよ?



   ◇ ◇ ◇



「うっさっさ♪ きょうもいたずらするうさ♪」

朝になり、今日もていは元気よく遊びに出かける。いつも通りの毎日。
ていはどんないたずらをするかは考えていなかったが、とりあえずいたずらすることだけは決めていた。
またありすにただの小石を "ほーせき" として渡してもよいし、まりさに適当な方向を教えてそこに果物があると言ってもいい。
ぱちゅりーはていの嘘に最近引っ掛からなくなってきたからやめよう。
そんなことを思いながら、群れの近くをぐるぐると回っていた。

ちなみに、ていは子供を作るといたずらをしなくなる。というより、いたずらをしていては必要なごはんが集めれないのだ。
いたずらはていにとってゆっくりできるもの、当然だがいたずらをしなければゆっくりできなくなる。
そのためていは親になる個体が少なく、それがていを希少種たらしめる要因の一つにもなっていた。
あるいみ、ずっと子供でいたがる種族といえるのかもしれない。

「……うさ?」

ふと、ていは緑色の茂みの奥から目立つピンク色の何かを見つける。
この距離だと、なんだかよくわからない。
好奇心旺盛なていは、ゆっくりとそちらに近づいていく。

「そろーりうさ……そろーりうさ……」

ピンク色の何かは、突然動いたり止まったりを繰り返していた。
けれどそんなに早く動いてなかったから、ゆっくり落ち着いて行けば大丈夫そうである。
もっと、もっと近づいてゆく。

「そろーりうさ……そろーりうさ……」
「そろーりだどぉー……そろーりだどぉー……」

何か声が聞こえるが、何なのだろう?
そこまで来たとき、ていは自分が追っていたものの正体がわかった。
ピンク色の靴だ。
なぜか群れの方へと向かっている。

靴というものは知っている。にんげんさんが履くものだ。
ということは、にんげんさんなのだろうか?

その靴がはっきり見える位置に来たていは、ゆっくりと視線を上げた。

「……うー?」

ちょうど向こうも気づいたのか、二匹の視線が交差する。



「―――れ、れみりゃうさぁぁぁ!!!」
「うわぁぁぁ!? みつかったんだどぉぉぉ!?!」

ていは叫びながられみりゃを追い越し、一目散に群れへと駆けもどって行った。
後ろで何か叫び声が聞こえるような気もするが、気にしてはいられない。
れみりゃぐらいなら、今群れにいる大人たちで追い払えるはずだ。



「うさぁぁぁ!! たいへん! たいへんうさっ!!!」
「むきゅっ!? てい、どうしたの? ゆっくりしてないわよ?」

群れに戻ったていが最初に出会ったのは、運がいいことに長であるぱちゅりーだった。
赤ゆっくりの世話をしていた長はていの必死な形相を見てちょっと引いたが、とりあえず事情を聞いてみる。

「れみりゃ、れみりゃうさ! れみりゃがやってきたうさ!!」
「むきゅっ!? それはたいへんね! おちびちゃんたち、ゆっくりおうちにはいりなさい!」
「ゆっくちりかいちたよ!!!」
「おねーちゃん、れみりゃってきょわいの?」
「そううさ! と~ってもこわいゆっくりうさ!!」
「れいみゅこわいのいやぁ……」

次々と赤ゆっくりが長の家へと避難していく。
そこにゆっくりとした様子は全くない。まさしく非常事態だ。
そしてその間に、ていの叫び声を聞いた大人たちが集まってきた。

「ぱちゅりー、いったいどうしたの?」
「むきゅ。ていがさっき、れみりゃがきたっておしえてくれたの」
「いなかもののれみりゃはゆっくりできないわ!」
「ゆっ! みんなでおいはらいにいくよ!」
「そのとおりね! てい、あんないしてちょうだい!」
「わかったうさっ! こっちうさ!」




群れのゆっくりを誘導するため、ていは先頭で急ぎ跳ねていく。
しかし、ていがれみりゃを見かけた場所にはもう誰もいなかった。

「……たぶん、もっとおくうさ」

仕方なくさらに進んでいくのだが、このとき大人たちはていが本当のことを言っているのか、ゆっくりと疑問に思い始める。
だいぶ進んだのに、れみりゃどころかほかのゆっくりの姿も見えないのだ。ていを追いかけていたらすぐにすれ違うはずなのに、それもない。
それに、ていは嘘つきだ。前にも『たいへんうさ! れみりゃがきたうさ!』と言われて騙されたこともある。

もちろん、ていも何となくおかしいとは思っていた。
確かに出会ったはずなのに自信がどんどんなくなっていき、内心では不安と混乱が渦巻いている。

「むきゅー……。てい、れみりゃはどこなの?」
「こっちうさ! たぶん、もっとむこううさ!」

ていは先ほどからそう言っているが、何の証拠もないのもまずかった。

命からがら逃げてきたのなら傷の一つくらいあってもいいのに、それもない。
そもそも一人だと、大人だってれみりゃから逃げるのは難しいのだ。
だから大人たちがその結論に達したのは、たとえゆっくりの餡子脳と言えでも当然の結果だろう。


「……ていはうそつきなんだねー! わかるよー!」

最初に切り出したのは、ちぇんだった。
次の瞬間、周りの大人たちも一気にていを責め立てる。

「ゆゆっ!? うそだったんだね! うそはゆっくりできないよ!!!」
「う、うさ? ちがううさ! ほんとうさ!」
「じゃあ "しょうこ" をみせるんだぜ! ないならうそなんだぜ!」
「しんじてほしいうさ! れみりゃはいたうさ!」
「それいじょういうと、さすがにとかいはのありすもおこるわよ?」
「ほんと……うさ……」

大人たちに一斉に攻められるのは、子供のていにはとても恐ろしい。
その大きな体と大きな声は、小さなていには持ちえないもの。
ていは返す言葉もなく、完全に委縮してしまう。

だがそこに、ぱちゅりーが助け船を出してくれた。


「みんなおちつくのよ! まだていはこどもなんだから、ゆるしてあげましょう?」

―――もちろん、ていのことは全く信じていなかったが。


「…………」
(……ほんとうさ。しんじてほしいうさ)

ていのその思いは、言わなければ伝わらない。
それなのに、言ったところで信じてくれない。
無情にも、大人たちは『ていが嘘をついた』ということを事実として決定した。

「…………」
「ゆゆっ! そういえば、かりのとちゅうだったんだぜ!」
「むきゅ。おちびちゃんたちがまっているわ!」
「ゆっ! そういえばそろそろ "てぃーたいむ" ね!」
「いそいでかえるんだねー! わかるよー!」

長であるぱちゅりーがゆるすというのなら、何の問題もないというのだろう。
大人たちに油を売ってる暇などない。
それぞれ自分の用事を思い出して去っていく。

「ぷんぷん! ぜんぜんゆっくりできなかったよ!」
「もううそはつかないでね! めいわくだよ!」
「れみりゃがいなかっただけよかったじゃない。むきゅん」

ていと『ていが嘘をついた』という事実だけが、その場にぽつんと残されてしまった。



   ◇ ◇ ◇



『――だから、ていはうそをいってないうさ! しんじてほしいうさ!』
『……おちびちゃんはゆっくりしているうさ。だからしんじるうさ』
『ありがとううさ……しんじてくれたのは、おかーさんだけうさ……』

「泣かせるね……いい親子愛じゃないか」

電池式のランタンを点けたテントの中。
俺はいま、盗聴器を通してあのていの会話を聞いていた。
というか見つからない位置にいる以上、こうして盗聴するぐらいしか向こうの様子を知る方法がないのだ。

やはりと思うかもしれないが、あのれみりゃは我が家のれみりゃである。
れいりゃ曰く『ぎゃお~! たーべちゃうぞー♪』と言いながら出る予定らしかったのだが、群れの近くに行く途中で見つかったらしい。
まあ結果オーライだ。うん、結果オーライ。
そのまま誰にも見られないようにこっちに戻って来るよう指示して、人工的なオオカミ少年のできあがりというわけだ。

「やっぱ、本当のことを言っても信じてもらえないのは辛いよな―――けどさ」

人間の感覚情報は8割以上が視覚だという。
つまり、この虐待は俺にとって8割以上がないようなもの。
ぶっちゃけ、俺、あんま楽しくない。

「早くネタばらしに入らないかなー」

まるでぐずる子供のように地面をゴロゴロと転がる俺。
でもビニール越しに石が当たるからすぐやめた。こんど家でやろう、うん。

「それならおにーさんも、ゆっくり "きゃんぷ" をたのしめばいいんだどぉ~♪」
「うぉっ! いつのまに中に入ってきた!? ……しかしまあ、それも一理あるか」

何もすることがないならキャンプを楽しめばいい。
たしかに筋は通ってる。れみりゃのくせになまいきな。

「―――お前に正しいことを言われるのは何か気に食わん。なあれみりゃ、なでなでと明日のぷっでぃ~ん抜き、どっちがいい?」
「うー♪ そんなのなでなでにきまってるんだどぉー♪」
「よし、言ったな? 後悔すんなよ?」

俺はさっそくれみりゃの頭をなでてやることに。
なでなで。

「うぅー☆」

なでなで。

「うぁー♪」

なでなで。

「うー……」

なでなで。

「うぅー! なでなではもういいどぉ!」

なでなで。

「ううぅー!? あついどぉ! やめてほしいどぉ!!」

なでなで。

「うわぁぁぁ!?! あたまがぉぉぉ!!!」

なでなで。



   ◇ ◇ ◇



れみりゃにであってから一週間後、ていは群れの嫌われ者になっていた。
れいむも、まりさも、ありすも、ちぇんも、ぱちゅりーも。
大人から子供まで、ていは嫌われてしまっていた。
友達だったゆっくりも、いたずらにつきあうどころか話すらしてくれない。

「……なんで、ていをしんじてくれないうさ」

本当に、れみりゃにであった。
本当に、木の上から降りてきたふらんに襲われた。
本当に、ゆゆこが吸いこもうとしてきた。
本当に、れてぃが食べようとしてきた。

どれも命からがら群れまで逃げてきたのに。
群れに帰ってくるまで、すぐそこにいたはずなのに。
群れの仲間から返される言葉は、つらいものだった。

『ふらんはれみりゃよりゆっくりしてないのよ! にげられないわ!!』
『ゆゆこはすぐにすいこむんだよー! わかってねー!!!』
『ゆ? こんなにあついのに、れてぃがいるわけないでしょ? ばかなの? しぬの?』

言われてみればその通りだけれど、嘘ではないのだからていにはどうしようもない。
そのうち、ていは襲われても何も言わなくなっていた。そうすれば、嘘つきだと言われないから。
それどころか家に閉じこもってしまい、外で遊ぶこともなかった。


ていにとって、唯一の味方は "おかーさん" だけである。
ていのせいで肩身が狭い思いをしているにもかかわらず、ていの言うことを全て信じてくれていた。
まさしく、母親の鏡のようなゆっくりだ。

時々おかーさんは、ていをじっと見つめるときがある。
その視線はやさしいような、かなしいような……ていには良くわからないものだった。
人はその視線を哀れみというのだが、ゆっくりであるていに知る由はない。





「ゆっくりかえったうさ! さっそくごはんにするうさ!」
「わかったうさ。……おかーさん、いつもありがとううさ」

それでも、ていは幸せだった。
外ではあそべなくなったけれども、毎日おかーさんと一緒に食事ができる。
それだけで十分幸せだった。





「ゆっくりくろまく~♪」

幸せ、だったのに。

「……うさ?」

ていは、目の前でおかーさんがれてぃの舌にからめとられる様子を、呆然と見ていただけだった。
そしてていと同じ白いうさ耳が外に消えたかと思うと、長い静寂。
それが意味するところは一つしかない。

たべられた。
おかーさんが、たべられた。

ていの餡子はその情報を処理しきれない。処理をしたがらない。
こんなつらい現実を、認めたくなかった。

「…………」

どのくらい時がたったのだろう。それは須臾か永遠か。
再びおうちの中に、れてぃの長い舌が入りこんできた。
硬直してまったく動けなかったていは、簡単にれてぃの舌がからめ取る。

(……もういいうさ)

ここ最近いろいろな出来事が多すぎて、ていの心は摩耗していたのだろう。
それは潔いくらいのあきらめ。
ていはむしろ、母親と同じところに行けるなら本望とも思えた。


口に入るその一瞬。
群れがあった場所にていが見たのは、捕食種のカーニバル。


れみりゃが長のパチュリーを襲い、ふらんが友達だったありすとまりさを串刺しにしている。
そこらじゅうでおうちの入り口が壊されているのは、れてぃがみんな食べたからなのか。
どこかでゆゆこが吸い込む音も聞こえるため、生き残るゆっくりは一匹もいないだろう。

皮肉にもその光景は、ていが嘘をついていないという完璧な証明であった。



   ◇ ◇ ◇



俺は夕日に照らされながら、キャンプの後片付けを終えていた。
明日からまた仕事だ。そう考えるとちょっとうつである。
でも、昔の偉大なる誰かさんは『忙しいから休日はありがたい』と言っていた。
そうだ、仕事があるだけましじゃないか。ワーカーホリック日本人だからこそ、休日はありがたいのだ。
……休暇取ってる自分が言うことじゃないけど。

「お、戻ってきたか」

いくさんを除いた四匹が戻ってきた。
心なしかゆゆことれてぃの顔が満足げだ。いつも満足に食べさせてやれないでごめんな。

「それで、あいつはどうした?」
「くろまく~!」

れてぃが口から一匹のゆっくりを吐きだした。
例のていである。
ちょっと融けているのはご愛敬だろう。

「う、うさ……」
「よっ! 大丈夫か? 俺はお前に会いたくて待ち遠しかったから、こうして会えてうれしいよ」
「……うさっ!? な、なんでにんげんさんがいるうさ!」
「れてぃに連れてこさせたんだ。後ろ見てみろ」

その時後ろを向いたていの顔は、――割と良い顔だった。
今まで自分が見かけた捕食種が全てここにいるのだ。
群れのみんなに言っていたゆっくりが、全てここにいるのだ。
何を思っているかは知らないけれども、死ぬかも知れない恐怖に顔をゆがませているよりはよっぽど良い表情である。

「さて。いくさん、ちょっとこいつ持っててくれ」
「およよ。べとべとしますわ」

ていは何の抵抗も見せないまま、いくさんにあっさりと抱えられた。
……しかし何だろう。良い表情が見えた後なのに、なぜかちょっと嫌な予感がするんだが。

「んーじゃあ、まずためしに。ていが見た捕食種は、全部このおにーさんが操っていました。どう思いますか?」
「……そううさか」
「おや? 俺のせいで群れのみんなから嫌われたり、おかーさんが食べられたりしたが、恨んでないのか?」
「……おかーさんをたべたのはゆるせないうさ。でも、もうどうでもいいうさ。ころすなりうさぎなべにするなり、すきにするがいいうさ」
「あっはっは、そうか。……こいつ、達観しやがったな」

まあいいか。もう一つの方に期待させてもらおう。



「じゃあ、おかーさんにもう一度会えるとしたら?」
「―――うさ?」



   ◇ ◇ ◇



ていは、目の前のにんげんさんが何を言い出したのかわからなかった。
おかーさんに会えるとしたら会いたい。でも、どうしてここでそれを訊くのか。
あの時れてぃに食べられたのだ。生きているわけが……?

「れてぃ、もう一匹も頼む」
「ゆっくりくろまく~!」

レティの口から、黒髪に丸っこいうさ耳を生やしたゆっくりが現れる。
毎日見てたその姿は、間違えようがない。おかーさんだ。
そうだ、ゆっくり思い出せば、ていもこうやってここに出てきたはず。
ということは、そこにいるのは死体ではなく―――

「……おかー、さん?」





「はぁ? なにいってるうさ?」





……え?

「ていにこどもはいないうさ。まったくしつれいうさね!」

ていは、おかーさんのこどもだよ?
なんで、おかーさんはそんなこというの?

「いや、実はこいつ、俺が飼ってるていなんだ。お前のおかーさんじゃないの。わかるか?」

違う。そんなことはない。
だって、ていはおかーさんのことを見間違えるわけがない。
あそこにいるのは、おかーさんだ。

「まったく、あたまがわるいうさね。ていはおかーさんじゃないうさ。 バカなの? しぬの?」
「俺が入れ替えておいたんだ。ゆっくりりかいしてね!!!」

そんなばかな。
ていは、おかーさんをよく知っている。
優しいおかーさんを知っている。
ちょっとぐらい似ているからって、あんな性格じゃない。

「いや、そこはていの特性……演技能力だよ。ほら、よく嘘ついたり、演技でだましたりするだろ? あれといっしょさ」
「―――おちびちゃん、だいじょうぶうさ? いたくないうさ? とけているところをぺーろぺーろしてあげるうさ」

そこにいたのは、紛れもない "おかーさん" だった。
ていのことを子供じゃないといったゆっくりが、 "おかーさん" になった。
いつも優しくて、甘やかしてくれて、心配性な。
でも、あのゆっくりは "おかーさん" じゃなくて……あれ?

「こいつの演技はすごかっただろう? いたずらということで協力的だったのが良かったよ」
「うっさっさ。ずっとみすぼらしいゆっくりのふりはつかれたうさ」

おかーさんはみすぼらしくなんかない。
おかーさんはお前よりずっと素敵だった。
おかーさんは、確かにいたのだ。



「ああ、ちなみにお前の "おかーさん" は死んでるから」
「う~♪ でりしゃすだったどぉ~☆」





「……うそうさ」
「お?」
「うそうさっっっ!!!!!」

おかーさんは、生きている。
きっと生きてる。
だから、言わなければいけない。
それは嘘だ。

「ああそうだ。嘘だよ。―――そう言えば満足か?」
「いまならていのことを "おかーさん" とよんでもいいうさよ? げらげらげら!!!」
「うっさぁぁぁ!!! ちがううさ! おまえなんておかーさんじゃないうさ!!! うそうさ! ぜんぶうそうさ!!!」
「おいおい、酷いな。仮にもここ数日の "おかーさん" だろう?」
「こんなゲスはおかーさんじゃないうさ!!! ていせいするうさ!! うそうさっ! うそうさぁぁぁ!!!」

ていは一生賢明体を動かした。
ここを抜け出して、あの目の前にいるにんげんとゲスを殺さなければ。
そうしなければ、気が収まりそうになかった。

そのとき、ゲスがじっとこちらを見ていることに気づく。

そう、あれはおうちの中でも見た顔だ。
やさしいような、かなしいような……


―――何もできないだろうと、思ってる目だ。


「うっざぁぁぁぁぁ!!!」

一生懸命体をひねる。
ふざけるな。何が何もできないだ。
殺してやる。
ゲスであるお前を殺してやる。

「ああ、ちなみにこれ、お前のおかーさんの餡子な? 余ってたからやるよ」

にんげんが黒い何かを出してくるが、そんなのはどうでもいい。
おかーさんは生きてる。
ぜったいに生きてるんだ……

「うぞうざっ! おがーざんはぜったいにいぎているうざっ!!!」
「そんなに泣いていても説得力ないな。……もう死んでるって、わかってるんだろ?」
「ていならゆっくりいきているうさ! うっさっさ!」
「うっ、うぞうざ……ぜっだいに……」
「もういいぞ、自分に嘘はつかなくていい。――あとはゆっくりしろ」
「フィーバー!」



その時。
バチィッ! という音とともに、ていの視界は真っ暗に包まれた。



   ◇ ◇ ◇



「どうだ? いくさん」
「いくはくうきのよめる、おんなです」
「いや、それじゃ解らないんだが……」

ピクピクと動いているため、まあ生きているのだろう。よしよし。
ゆっくりは感電しても死ににくい。なぜなら餡子を吐く前に意識を失うため、内部の餡子が焦げなければ死なないのだ。

「いやしかし、今回の主演女優賞は間違いなくお前だよ、てい。あの演技は素晴らしかった」
「……そううさか」

ていの声は、子供のていを騙していた時のような元気が全くない。
さっきまでの生き生きとした表情がうそのようだ。



「おいおい、俺は褒めてるんだぞ? ―――本当の子供を、見事に騙せたんだからな」



俺がそう言うと、何かのタガが外れたのか、ていはぽろぽろと泣き出した。
さすがに母であるというべきか、子供と違ってうるさくない。

「うっ、うざっ……うざぁ……」
「さて、約束は守るぞ。約束通りお前とこの子供は生かしておこう。よかったな」
「うっうっうっ……うざっ……」

そう、俺はこいつに協力してもらった。
もしあのていに計画をばらすことがあれば、群れごと殺してやると脅しておいて。
最後に自分の子供を騙せなければ、同じように殺すとも。
これだけ捕食主がいたのが幸いしたらしい。割と素直に聞いてくれた。

この大きなていだって、母親になる前は一人前の嘘つきだったはずだ。
子供を助けるためならば、あのくらいの演技はできるということか。
母親の執念、恐れ入る。

「ああそれと、ここにつけておいた盗聴器は回収させてもらうな。……お前は見えないだろうけれど」
「……おちびぢゃんごめんうざ……おがーざんはおぢびぢゃんのこど、だいずきうざ……」
「まあ、まだ生きてるんだ。チャンスは残ってるって。 ――それじゃあ、いくさん!」
「フィーバー!」

バチィッ!

「うざっ……」

そして母親のていも、苦悶の表情で気絶した。
気絶しても苦しんでいるとは。
身を削って産んだ我が子を否定したのは、それほど辛かったのだろう。
……いや、逆に我が子に否定されたことの方が辛かったのかもしれない。





「さて、全部終わったし帰るか。……どうしたれみりゃ?」
「なんでおっきいほうをもってるんだどぉー?」
「この母親か? とりあえず適当なところで置いていくつもりだ。
あの子供は気絶したまま置いとくが……まあ、運が良ければ死なないさ」



   ◇ ◇ ◇



家に帰ってから、今回録音した音声を編集している時にふと思った。
あのていの親子が生き延び、再び出会ったらどうなるのだろう。

母親は喜んで子供に声をかけるだろう。それは間違いない。
だが、子供の方はどうなのか……

相手が "おかーさん" だと認めるのだろうか?
怒りに身を任せて殺そうとするのだろうか?

俺は本当の母親は死んでいると思いこませたかったが、うまくいったのだろうか。
それだけはちょっと気がかりだ。



まあ、何にしても一つだけ解ることがある。

自分がおかーさんと言ったって、一度騙された相手を完全に信用するわけがない。
……いくら言ったところで、次に出会った時には信じてくれないだろうさ。











あとがき

一日に一作ペースは無理があった。

とりあえず、まずは『B級ホラーとひと夏の恋』以上の作品が作れるように修業します。
SSの基礎から勉強し直すよ……

前に書いたもの



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年05月19日 14:35