あるマンガに出てくる道具あり
このSSのキモなんで「ちょwwwwwなんでこれが幻想入りwwwwww」ってなツッコミは無しの方向で一つたのんます




男は香霖堂への道を歩いていた。
無論、香霖堂へ行くためであり、何をしに行くのかと言えば、言うまでもなく買い物のためである。
とはいっても、生活用品を買うためではない。
こんなことを言ってはなんだが、あの店はそういった日用品を買うには、幻想郷一不向きな店である。
男も何か特別必要な物があって香霖堂に行くわけではない。
男の趣味はゆっくり虐待である。
初めのころは、毎日のようにゆっくりを虐待しては一人悦に入り、ゆっくりが死ねば新しいのを補充することを繰り返していたが、最近虐待もマンネリ化してきて、いまいち面白さに欠けてきた。
そこで新機軸を打ち出すためにも、外界の珍しい品物を扱う香霖堂に行くことにしたというわけである。

「ふう、ようやく着いた」

男は小さな店の前でホッと一息ついた。
店も風変りなら、店主もそれに比肩しておかしな人物である。
ここの店主は、自分の気に入ったものは、どんなに金を積まれても売らないことで有名だった。
だったら、客の目に付くところに置いておかずに、倉にしまっておけと言いたい。
それに、まっとうな商売人なら、こんな人通りの無い場所に店を構えるようなことはしないだろう。
誰の目から見ても、変人なことは明らかだ。
まあ、それで売り上げが上がろうが下がろうが、男にはどうでもいいことだ。
面白い品物が格安で手に入りますようにと願掛けをして、ドアを開き中に入った。

「いらっしゃい」                                                     

男は、可愛い女の子の声に迎えられた。






「ゆっ!?」

れいむは目を覚ました。
目を覚ました第一感想は、ここはどこだ? というものであった。
れいむのすぐ目の前には、木で出来た壁がそびえている。
一切のゆがみもなく、真っ直ぐなそれは、決して自然界には在り得ないものであった。それがれいむの四方を隙間なく固めていた。
訳が分からず自身の足元を見ると、これまた目の前の壁のように真っ直ぐな木が敷かれている。れいむはその上に座っていた。
これで上も木の壁で覆われていたら、れいむは完全に狭い木の壁の中に閉じ込められてしまう。
恐る恐る上空に目を向けて、ホッと一息つくれいむ。
運がいいと言っていいのか分からないが、上空には木の壁がなかった。
しかし唯一視界の利く上空を見て、れいむは一層自分がどこにいるのか理解できなかった。
そこにはいつも見ていた空や洞窟の天井はなく、やはり見たことのない物体で埋め尽くされていた。
飼いゆっくりならそれが人間の家の天井であることが分かるだろうが、生憎と森から一度も出たことのないれいむには、それが摩訶不思議な物体としか認識できなかった。

れいむは己の理解が及ばないながらも、まずここから出ることを試みることにした。
ゆっくりは広々とした空間を好む傾向がある。
この訳の分からない状況に不安を感じたこともあるが、それ以上にこんな息の詰まりそうな狭い場所に長居はしたくない。
目の前の木の壁は、れいむの身長の二倍の高さと言ったところである。ジャンプすればギリギリ跳び越えられる高さだ。
れいむは足に力を貯え、一気に解放すると、目の前の木の壁を無事に跳び越えることに成功した。
勢いあまって、着地と同時に地面を転がるれいむ。
壁に当たってようやく止まると、れいむはクラクラする頭を振って、周りを見渡した。

そこにあるのは、今までれいむが見たこともない物ばかりだった。
四方八方自然界にはあり得ない真っ直ぐ均一のとれた物体が囲んでおり、出口らしいところは見受けられなかった。
いや、出口はあったのだが、れいむにはそれが“扉”であるということが分からなかったのだ。
すぐ目の前にはれいむを閉じ込めていた四角い木の物体がある。
木箱だ。それがこの空間に3つも存在していた。
見る物触る物すべてが、れいむの常識から外れた物ばかり。
もしかしたら自分はどこか知らない世界にでも迷い込んでしまったのだろうか?
れいむは記憶を辿って、思い出せる限り最近の自分の記憶を振り返った。



先日、れいむは晴れて成体の仲間入りを果たし、今まで慣れ親しんだ家から離れ独立することになった。
愛する両親に別れを告げ、新たなゆっくりスポットに適した場所を一匹探し求めた。
三日後、れいむの頑張りもあって、まだ誰の手も付いていない大きな木を見つけると、一目でそこが気に入り、根元に穴を掘り巣を作り始めた。
ようやく工程の半分ほどを終え、ゆっくり一休みしていると、一人の人間がれいむの前にやってきた。

れいむは今まで人間に出会ったことがない。
親であるぱちゅりーからは、人間は粗暴でゆっくり出来ないと耳タコが出来るほど聞かされていた。
それでいて、決して不用意な真似をしてはいけないとも言われていた。
人間はゆっくりより強い。
いきなり暴言を吐いたり、逃げたりしようものなら、不信を買ってあっという間に捕まってしまい、死より苦しい目に遇わされてしまう。
人間に出会ったら、どんな事があろうと殊勝な態度で接しなければならない。決して刃向ってはならない。
家を出る直前まで言われていたことだった。

そんなこともあって、れいむは男を刺激しないように、「ゆっくりしていってね!!」と、元気よく笑顔で声をかけた。
人間もそれに対して返事を返してくれた。

「おや、巣作りかい?」
「そうだよ!! れいむはおとなになったんだよ!! だからおうちをつくってるんだよ!!」
「ほう、それはめでたいな!! それじゃあ、一人前になったお祝いに、お兄さんが美味しい物をあげよう」
「ゆゆっ!! おいしいもの!!」
「ほら、ビスケットだ。ゆっくりお食べ」
「ありがとう、おにいさん!!」

男は、ポケットからビスケットを取り出すと、れいむの前に差し出してくれた。
親であるぱちゅりーなら、ただでゆっくりさせてくれる男の行動に疑問を抱いたであろう。
しかしながら、親ぱちゅりーの言葉に反して、自分をゆっくりさせてくれるこの男は、きっと優しい人なのだろうとれいむは考えた。
決して、目の前に置かれたビスケットの香ばしい匂いに釣られた訳ではない。
ぱちゅりーの助言もむなしく、疑いもなくビスケットに食らいつく。

「むーしゃむーしゃ!! しあわせ〜〜〜〜♪♪」

丁度、巣作りでお腹が空いていたこともあり、ボリボリと溢しながらビスケットを口に入れる。
かつて味わったことのないその味にすっかり心を奪われたれいむは、男にもっといっぱい頂戴と要求した。
図々しい物言いだが、れいむに悪気は全くない。ゆっくりとは、そういう生き物なのである。
やさしい男は、そんなれいむの態度を特に気にするでもなく、更に何枚かのビスケットを取り出すと、れいむの前に置いてくれた。
れいむは、再びビスケットに食らい付く。
しばし至福の一時を過ごすれいむ。
しかし、初めのうちはおやつタイムを存分に満喫していたれいむだが、そのうち急な眠気に襲われた。

「ゆっ? なんかれいむ……ねむくなってきたよ」
「きっと一生懸命頑張ったから疲れたんだね。でも、巣はまだ入れるほど大きくないし、外で寝るのは危険だな。よし、お兄さんがゆっくり寝られる所に運んであげるよ」
「ありがと…う……お…にい……さ………」

最後まで口にすることなく、れいむは睡魔の急襲にあい、意識を失った。
その後の記憶はない。
そして、再覚醒したのが、ついさっきというわけである。



「あのおにいさんが、れいむをここにつれてきたんだね!!」

考えに考えた末、れいむはあの男が連れてきたことにようやく気が付いた。
確かに周りは見たことのないものばかりだが、ここなら冷たい夜風に吹かれることもないし、急な雨もへっちゃらだろう。
何より天敵ともいえるれみりゃやふらん、大型の野生生物がいないため、ゆっくり安心して睡眠を取ることが出来る。
れいむがあの狭い木箱の中に入っていたのは、きっと男が安全策として念には念を押していたのだろう。
男の気配りに、れいむは心の中で感謝した。

しかし、いつまでもこんな場所には居られない。
季節は秋。
この時期、ゆっくりは食料を巣に溜め込み、冬ごもりに向けて餌を溜めこむ重要な時期だ。
言うまでもなく森の資源には限りがある。
餌取りは早い者勝ちであり、怠け者、体が弱い者、要領の悪い者は、満足な量の餌を溜めこむことができず、大自然の驚異の前に次々と地に帰っていく。
れいむは一匹での越冬ということもあって、自分の分の餌を溜めこむだけで済むため、家族持ちのゆっくりほど切羽詰まってはいないが、代わりに住む家が出来ていないというハンデを抱えている。
いつまでもここに長居をすれば、れいむも帰らぬゆっくりの仲間入りを果たすのは目に見えている。
そんなことは死んでもごめんである。

「おにいさ〜〜ん!! れいむ、おきたよ〜〜!! ゆっくりしないでかえるから、ここからだしてね〜〜〜!!!」

れいむは、この出口のない奇妙な空間から抜け出すべく、大声でお菓子をくれた男を呼んだ。
男がどこにいるのかは分からないが、れいむは男がすぐに来てくれるだろうと楽観していた。
元々疑うということを知らないれいむである。美味しいお菓子をくれた人間を完全に信用していたのだ。
しかし、すぐに来てくれるだろうという安直な考えとは裏腹に、男からの反応は全くなかった。
呑気なれいむは、「そっか!! きこえなかったんだね!!」と、ポジティブシンキングを発揮し、特に気にせず再度大声を張り上げた。
腹(?)の底から捻り出すような声量。
これで男が来てくれるだろうと、れいむは自信満々でいたが、れいむの声に対し、思いがけないところから反応が返ってきた。

「ゆ〜〜……まだねむいよ……ゆっくりおおごえをださないでね」

その声はれいむをここに連れてきた人間とは明らかに違っていた。
しかも明らかに自分のすぐそばから発せられたのである。
れいむは周りを見渡した。しかし、声の主らしき者は、れいむの見える範囲には存在しなかった。

「だれなの? かくれんぼなの? ゆっくりこたえてね!!」

声の主に呼び掛けるれいむ。
すると、れいむの呼び掛けに再び返事が返ってきた。

「ゆっ? そっちこそだれなの? ゆっくりせつめいしてね!!」

声の返ってきた方を向くと、そこには木箱が置いてあった。
れいむの入っていた木箱の隣にあった物だ。
れいむはその木箱に近づいていくと、その中にいるであろう者に向かって声をかける。

「れいむはれいむだよ!! このなかにいるんでしょ? だれなの? ゆっくりおしえてね!!」

訳の分からない自己紹介をするれいむ。
例えるなら、「私の名前はれいむです」と言ったところなのだろう。
人間が聞いたら、なんのこっちゃと思うような紹介だが、箱の中の者にはそれで充分だったらしい。

「まりさはまりさだよ!!」

れいむと同じ自己紹介を返すまりさ。
どうやらこれがゆっくりの自己紹介のスタンダードなようだ。

「れいむ!! どうしてまりさのまわりにきのかべがあるの? れいむがやったの?」

木箱の中にいるまりさは、先程のれいむ同様、状況に戸惑っているようだ。
まあ誰だって突然周りを塞がれてしまえば、困惑するのも無理はない。

「まりさ!! うえがあいているよ!! ゆっくりじゃんぷして、きのかべをとびこえてね!!」
「ゆっ? ほんとうだ!! うえにはかべがないよ!! ゆっくりじゃんぷするよ!!」

まりさは、「ゆっゆっゆー!!」の掛け声とともにジャンプすると、木箱の中から跳び出してきた。
ギリギリの高さで飛び越えることが出来たれいむとは対称に、まりさは余裕を持って木箱を跳び越える。
さすがは身体能力に富んだまりさ種である。
無事にれいむの隣に落ちると、れいむのように転がることなくその場に「しゅた!!」と、華麗に着地する。
実に優雅な物腰だ。
箱から出てくるや、まりさはれいむの方に向き直った。
そしてその顔を一目見たれいむは、一瞬で放心にとらわれる。




な、なんて素敵なまりさなのだろう!!




それはれいむが今まで生きてきた中で、見たこともないような美ゆっくりであった。
端正な顔立ち、瑞々しくもっちり張りのある皮、艶のある髪、仄かに香る甘い匂い、一切の無駄な皺のないゆっくりとした帽子……
どれをとっても野生のゆっくりではお目にかかれないほどの物であった。
それは人間に飼われているゆっくりでもあり得ないだろうというレベルのものである。

「ゆっ? れいむ、どうしたの? まりさのおかおになにかついてるの?」

そんなれいむの態度が気になったのか、まりさが首を捻って質問してくる。
れいむはそのまりさの言葉でようやく我にかえった。
そして、まりさに見とれていた自分を顧みて、「な、なんでもないよ!!」と精一杯自分の態度を誤魔化した。

独り立ちしたとはいえ、れいむはようやく成体になったばかり。
ゆっくりでいう成体とは、スッキリして子供が作れるようになった個体を指す言葉であり、人間の年齢で例えるなら、12〜14歳という微妙なお年頃である。
要は思春期であり、体は大人でも精神はまだまだ幼稚さの抜け切らない子供なのである。



余談ながら、ゆっくりが成体かそうでないかを見分けるには、ゆーりが来たかそうでないかで判断される。
ゆーりとは、成長したゆっくりなら誰でも体験するものである。
ある日突然、体全体から甘く粘着質な液体が分泌されることで、次代を作る態勢が整えられる。
知識を持たない当事者は、突然自分の体から変な物が出ることに慌てふためくが、同じく経験してきた親や周りの大人たちが、それが危険でないことを説明してくれる。
それは大人になった証であり、子供を作れるようになった証であると。
そしてその日は大抵ご馳走になることが慣例となっている。

ちなみにれいむの居た群れは、成体になってから三か月以内、要は次の季節に移るまでに、生まれ育った巣から出ていくことが習わしである。
理由は、自立心を養わせることと、手狭になった巣を広くするためである。
これは冬場や、余程の切迫した問題がない限り、誰しもが行っている。
とは言え、所詮はまだまだ未熟なゆっくりたちだ。
狩りが不得手であったり、まだまだ子供気分が抜けない者が多く、巣から出るといっても、すぐそばに新たな巣を構える者が大半である。
れいむのように、遠く親元を離れて生活するというゆっくりのほうが稀なのである。




閑話休題




れいむは純朴である。口悪く言えば田舎娘とも言いかえられる。
森で一緒に駆け回っていた友人達は、皆伸び伸びと元気なゆっくりであったが、反面泥臭くスマートさに欠けるゆっくり達でもあった。
最近ようやく色を知り始めたれいむが、優雅で大人びた、見ただけで気品に満ち溢れたまりさを見て、一目惚れしてしまうのも無理のない話であった。

自分を見てモジモジしているれいむを見ても、まりさにはそんなれいむの機微など分からないらしく、自分が何か不味いことでもしてしまったのではないかと、心配そうな顔をしていた。
傍に寄って行って、れいむの顔を覗き込む。

「れいむ!! ぽんぽんでもいたいの? だいじょうぶ?」

そんな美まりさに近寄られて一層心拍数(?)の上がるれいむ。
近寄られて嬉しい反面、こういうことに慣れていないれいむは、自分からまりさとの距離を取った。

「ゆゆゆっ!! だだだだいじょうぶだよ!! どどどこもいたくないよ!!」
「ほんとうなの?」
「ほ、ほんとうだよ!!! ゆっくりしんじてね!!」
「わかったよ!! ゆっくりしんじるよ!! でもなにかあったら、すぐにまりさにいってね!! まりさがたすけてあげるからね!!」
「ゆぅぅ……あ、ありがとう!! まりさ!!」

初めて会ったばかりのれいむに優しく声をかけるまりさ。
余程れいむの態度が気になっていたのか、何でもないと分かるや、ホッと息をもらす。
容姿もさることながら、優しく思い遣りまであるとあって、れいむのまりさに対する親愛度は急上昇していった。
出来ることなら、いつまでもこの時間が続いてほしい。いや、一生このまりさと一緒にゆっくりしていきたい。
乙女心全開のれいむは、まりさとの幸せな家庭を妄想する。


朝起きると隣ではまりさと子供たちが寝ており、れいむがゆっくりと起こしてあげる。
起きたら全員一緒に「ゆっくりしていってね!!」という掛け声とともに、楽しい一日が始まるのだ。
朝ごはんを食べたら、みんなで小川にピクニック。
まりさと寄り添って、子供たちの遊ぶ様子を見守り、お昼はその場でお花や虫さんを食すのだ。
お腹がいっぱいになった昼下がりには、明るい日差しの下でお昼寝タイム。
気の済むまで寝入り、太陽が山に差し掛かる頃起きて、お歌を歌いながら帰るのだ。
帰ったらまりさは狩りに行き、その間れいむは子供たちの面倒を見て、まりさが帰ってきたら全員そろっていただきます。
危険な夜はお家の中で家族団欒の時間を過ごし、子供たちが寝入ったら、今度はまりさと二匹だけの時間。長い夜の始まりだ。
そして疲れた二人は寄り添い合って、静かに目を閉じていく。
いつまでもいつまでも、ゆっくりとした時間が永遠に続いていくのだ。


涎を垂らしながら、妄想を繰り広げるれいむ。
目の前ではまりさが、やっぱり体の調子が悪いんじゃと言った顔をしてても何のその、妄想はどこまでも続いていく。
まりさの好物は何かな? 子供は何匹がいいだろう? お家は大きい方がいいよね!! 場所は小川の近くが……
とここにきて、れいむはハッと現実に戻っていった。

お家。そう、お家だ。
れいむは未だ自分の住むべきお家を作り終えていないのだ。
お家を早く作るためにも、れいむはお兄さんを呼んでいた最中だったのだ。
まりさの美貌に見とれて、肝心なことをすっかり忘れていた。

一旦現実に戻るや、何を馬鹿な妄想を繰り広げていたのだろうと、れいむは自己嫌悪に陥った。
そもそも現実的に考えて、こんな美ゆっくりであるまりさが、自分如きを好きになってくれるはずないではないか。
事実、れいむの体や髪の毛、自慢であるリボンは、巣作りの途中だったせいもあり、汚れに汚れている。
まりさと比べて、あまりにもみすぼらしい格好だ。
しかも自分はようやく成体になったばかり。反してまりさはすでに立派な成体。自分などまだ乳臭い子供でしかないだろう。
欲望や願望に忠実なゆっくりは、明るい未来だけを想像し、暗く辛く苦しいことをすぐに忘れ去る傾向にあるが、親ぱちゅりーから熱心な教育を施されたれいむは、ゆっくりの中では、比較的珍しい現実主義者であった。
妄想は妄想。現実にあり得るはずはない。
「はー……」と盛大に溜息をついて、俯くれいむ。
しかし、落ち込んでいても始まらない。切り替えの早さもれいむの持ち味だ。
夢を見る時間はここまでにして、ここから出るべくまりさと情報交換を始めることにした。

「まりさ!! まりさはどうしてここにいるの? まりさもおにいさんにつれてこられたの?」
「ゆっ!! きゅうにれいむがふつうにもどったよ……」

まりさはと言えば、自分を見て赤くなったり、間抜けな顔で涎を垂らしたり、急に欝になったりするれいむを不思議そうな様子で見守っていた。
いや、この言葉からして若干引いていたらしい。
しかしそこは大人だからか、それ以上れいむの傷を広げようとはせず、質問に答えてくれた。

「そうだよ!! まりさはおにいさんにつれてこられたんだよ!!」
「まりさも?」
「ゆー!! おにいさんはやさしいひとだよ!! まりさにおかしをくれたよ!! いっぱいおかしをたべたら、まりさ、ねむくなってきちゃったんだよ!!」
「ゆゆっ!! れいむとおんなじだよ!! れいむもおいしいものをたべたら、ゆっくりねちゃったんだよ!! そして、おにいさんがつれてきてくれたんだよ!!」
「ゆっ!? れいむもなの!! ゆっくりおそろいだね!!」
「ゆ、ゆっくりそうだね……」

お菓子をもらい、共に食べている最中眠り連れてこられたということもあって、まりさはれいむにシンパシーを感じたようだ。
嬉しそうに、「あのおかし、おいしかったね!!」と、顔をほころばせる。
れいむもれいむで、美ゆっくりのまりさとの共通点を発見し、再度なんとも言えない気分になった。
恋をしている者にとっては、こんな些細な共通点にすら接点を見出すものである。
なぜお菓子を食べて突然睡魔に襲われたのかという重要な疑問は、今の二匹にはどうでもいい事らしい。

「それじゃあ、いっしょにかえろうね!! よるになると、れみりゃがでるかもしれないからきけんだよ!! まりさがゆっくりおうちまでおくってあげるよ!!」
「ゆゆっ!! いいの!?」
「もちろんだよ!! それにいっしょにかえったほうが、ゆっくりたのしいよ!!」
「ありがとう、まりさ!!」

優しい言葉をかけられ、今日何度目になるか分らない温かい気分になるれいむ。
気を抜けばこのまま妄想の世界に再度行ってしまいそうなところを、僅かばかりの理性を持って制御する。
まりさは親切心で言ってくれているだけなのだ。決して自分に気があったり、下心があって言ってる訳ではない。
その言葉通り、成体になったばかりのれいむ一匹では危ないし、二匹でお喋りしながら帰った方が楽しいというだけだ。
頬を染めながらも、れいむは冷静にまりさと話を続ける。

「それじゃあ、さっそくかえろうね!!」
「ゆっ? まりさはどうやってここからかえるかわかるの?」
「わからないけど、おにいさんがつれてきてくれたんだから、おにいさんをよべばいいんだよ!!」
「れいむもさっきおにいさんをよんだけど、きてくれなかったよ!! かわりにまりさがおきたよ!!」
「きっとれいむのこえがちいさかったから、おにいさんがきがつかなかったんだよ!!」
「そうだね!! きっとこえがちいさかったんだね!!」
「そうだよ!! いっしょにおおきなこえでおにいさんをよぼうね!!」
「ゆっ!! ゆっくりりかいしたよ!!」

まりさの「ゆっせいの…」の後に続けて、二匹は大声を張り上げた。

「「おに〜〜さ〜〜〜〜〜ん!!!!」」

二匹は今にもお隣さんが苦情に来そうなほどの声量を発する。
しかし、待ってみたものの、お兄さんはやって来なかった。
再度挑戦する。それでも結果は変わらない。

「ゆぅ……おにいさん、こないね」
「そうだね」

二匹とも喉(?)が破れるのではというくらい声を張り上げているので、声が小さいということはあり得ない。
もしかしたらお兄さんは近くに居ないのかもしれないという結論にようやくたどり着いた二匹は、未練が残りながらも男を呼ぶのを諦めた。
と言っても、ここから出ることを諦めたわけではない。
まりさは兎も角、れいむにはあまりのんびりしている時間はないのだ。
まりさと一緒に居られるこの時間は貴重であるが、いつ来てくれるか分からないお兄さんを愚直に待っていることは、そのまま死につながる危険性がある。

「まりさ!! ここからでるほうほうをかんがえようね!!」
「わかったよ、れいむ!!」

二匹は部屋の中を探索し始める。
出られる隙間はないか? 食べるものは落ちていないか? 使える道具はないか?
注意深く隅々まで視線を落としていく。
“扉”を知らない二匹は、目の前にあるそれを、周りと色の違う壁という認識しか示さない。
もっとも、人間の使う扉が非力なゆっくりに開けられるはずもなく、その存在を知りつつ如何しようも出来ないという敗北感を味わうよりは、ある意味幸運と言えるのかもしれないが。

二匹は注意深く探し回ったが、所詮は狭い部屋。どこにも出口がないことを確認したにすぎなかった。
唯一この部屋にある物は、れいむたちが寝ていた木箱だけ。中に何もないことは、すでに本人たちが確認済みだ。
しかし、ここでお忘れになっていないだろうか?
この部屋にある木箱は計三つ。れいむとまりさは二匹。
となると、残り一つに何かが入っている可能性がある。

「まりさ、このきのなかには、なにがはいっているのかな?」
「きっとここからでるためのなにかだよ!!」
「そうだね!! ようやくここからでられるね!!」
「まりさがなかにはいってゆっくりたしかめてくるよ!!」
「がんばってね、まりさ!!」
「ゆっ!!」

既にれいむは、箱の中に役立つ道具が入っていると信じ切っている。
餡子脳とは、実に幸せである。

まりさは盛大にジャンプし、最後の箱に飛び込んでいった。
すると、まりさの着地と同時に、「ゆぎゃあぁぁぁぁ―――――!!!」という声が聞こえてきた。
それはまりさの悲鳴ではなかった。

「ど、どうしたの!? なにがあったの!?」

突然出てきた第三者の悲鳴に、驚き確認を取るれいむ。
その問いに対して、まりさと第三者の問答が答えをくれた。

「い、いきなり、ねていたありすをふみつけるなんて、とかいはのすることじゃないわ!!」
「ゆ、ゆっくりごめんね!! ありすがいるなんて、しらなかったんだよ!!」
「ごめんですんだら、どすはいらないわ!!」
「ゆぅ……」

二匹の言葉を聞く限りでは、木箱の中にはありすがいたらしい。
寝ていたありすを、まりさが思いっきり踏みつけた格好だ。ありすでなくても、怒るのは無理もない。
その後、まりさが何度も謝罪し、どうにかありすの許しを貰うと、二匹は連れだって箱の中から飛び出してきた。
まりさ同様、ありすも上手に着地する。れいむよりも、幾分か運動神経に富んでいるらしい。

れいむは二匹の会話で、木箱の中に誰がいるかは分かっていたが、出てきたありすを見て少しばかり身構えた。
都会派を自称し、一旦タガが外れると問答無用で襲いかかってくるレイプ魔。それが、れいむのありす種に持っているイメージだったからだ。
イメージというのは、実際に見たわけではなく、伝聞によるものだったからである。

れいむの生まれ育った群れには、ありす種は生息していなかった。
しかしながら、知識の塊である親ぱちゅりーは、いつありす種に会っても対処できるようにと、ありす種について様々なことを教えてくれた。
ありす種はぱちゅりー種と並んで頭の良い個体が多く、ぱちゅりー種と違い体も丈夫なため、あらゆる場面で活躍できる多才派だ。
都会派と気取ることが多いが、それ自体は他のゆっくりに迷惑をかけることではないので、気にしなければどうということはないらしい。
しかし、それだけならマルチに活躍できる最高のゆっくりなのだが、ありす種特有の欠点も耳ダコが出来るほど聞かされた。
それが、色情魔、レイプ魔というもう一つの顔である。
ありすは非常に性欲が強く、一度レイプ魔になると、手が付けられなくなるらしい。
普段は、全力を出すのは都会派らしくないという認識で力を抑えているそうだが、レイプ魔となるとその枷が外れ、最強のゆっくりへと変貌する。
それは、場合によっては捕食種であるれみりゃにすら対抗できるほどであるといえば、どれだけ強いか分かるというものだろう。
とは言え、すべてのありすがレイプ魔という訳ではない。
むしろ、レイプ魔のありすなど少数派であり、殆どは多少性欲の強いだけの普通の個体である。
しかしながら親としては、ありすの利点より危険性を重点的に教え込むことは、子供の安全面を考えれば仕方のないことである。
その結果、実物のありすを見たことがないことも併せて、れいむの頭の中では、ありすがレイプ魔であるというイメージが強くなってしまったのである。

「あら、はじめてみるれいむね!! ゆっくりしていってね!!」
「……ゆ、ゆっくりしていってね」

木箱から出てきたありすが、れいむに気付き、声をかけてくる。
ちなみにこの場合の「ゆっくりしていってね!!」は、ここでゆっくりしようねという意味ではなく、「はじめまして」の意味である。
対して多少戸惑いながらも、れいむもありすに返事を返した。
いくらありすに苦手意識を持っていても、このありすがレイパーであるとは限らない。
それに挨拶を返さない子はゆっくり出来ないと、親ぱちゅりーから厳しく躾けられていたからでもあった。

ありすはそんなれいむの葛藤など気付きもせず、部屋の中を興味深げに見まわした。
そして一通り確認を済ませると、れいむとまりさに向き直る。

「まりさ、れいむ!! ここはどこなのかしら? とかいはのありすにおしえてくれてもいいわよ!!」
「ゆっ!? ありすもここがどこかわからないの?」

まりさは驚き聞き返す。
口には出さずとも、れいむも同じ心境だった。
少々疎ましく思いながらも、このありすならきっと出口を知っているに違いない。特に意味もなく、安直にもそんな考えでいたれいむは、大いに落胆した。
それと同時に、元々低かったありす株も一気にがた落ちしてしまう。
ありすにとっては、勝手に思い込まれて、勝手に落胆されただけなので、実にいい迷惑である。
れいむほどではないが、まりさも同じ気持ちだったらしく、若干渋い表情をしていた。
しかし、出口を知らないのであれば、それはそれで仕方がない。
情報交換をすべく、まりさがありすに問いかける。

「ありすはどうやってここにきたの?」
「ゆっ? そ、そうね、ちょっとまってね!! いまおもいだすから!! とかいはをあせられるものじゃないわ!!」

なぜか知らないが、自分が失望されているということは二匹の表情から分かったようで、ありすは失点(?)を取り返すべく、必死でここに来た経緯を思い出す。

「ゆぅぅ!! たぶんだけど、にんげんのおにいさんにつれてきてもらったんじゃないかしら?」
「にんげんのおにいさん? もしかして、おかしをくれたおにいさんのこと?」
「よくわかったわね!! なかなかとかいはなにんげんだったわ!! もりでおかしをたべてたら、きゅうにねむくなってきちゃって、きがついたらここでねむっていたの!!」
「ゆゆっ!! まりさたちとおんなじだよ!! まりさたちも、おにいさんにおかしをもらって、ここにつれてきてもらったんだよ!!」
「そうだったのね!!」
「それじゃあ、ありすもまりさたちといっしょにかえろうね!!」
「しかたないわね!! ゆっくりとかいはのありすをえすこーとさせてあげるわ!!」

ありすも同じ境遇であると知り、それならみんなでここから帰ろうという結論に達したまりさ。
しかし、それが面白くないのはれいむだ。
せっかくまりさと二人きりで帰れると思っていたのに、余計なお邪魔虫が付いてしまった。
とは言え、まりさとありすはすでに一緒に帰る気でいるし、「ありすとは一緒に帰りたくないよ!!」なんて言えるはずもない。
れいむは気落ちしながら、どうやってここから出るかという作戦会議に混ざった。



その2

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最終更新:2022年06月03日 21:50