※今までに書いたもの
神をも恐れぬ
冬虫夏草
神徳はゆっくりのために
真社会性ゆっくり
ありすを洗浄してみた。
ゆっくり石切
ありすとまりさの仲直り
赤ゆっくりとらっぴんぐ
ゆねくどーと
ゆっくり花粉症
十姉妹れいむ
ゆねくどーと2
紛争地でゆっくり
※今現在進行中のもの
ゆっくりをのぞむということ1~
※注意事項
- まず、末尾の作成物リストを見てください。
- 見渡す限り地雷原ですね。
- なので、必然的にこのSSも地雷です。
- では、地雷原に踏み込んで謙虚ゲージを溜めたい人のみこの先へどうぞ。
_______________________________________________
ゆっくり。
それはヒトの頭部に良く似た形状を持つ、だが地上のあらゆる生物と隔絶した生態、そして体組織を持つ不可思議なナマモノ。
彼女たちが忽然としてこの地上に現れてから、既に十数年という月日が過ぎ去っていた。
多くの論争と紛争、対話と挫折と理解と誤解を超えて、いつしか諦めに似た感情と共にゆっくりたちは人間の生活の傍らに
存在することを許されるようになった。
最初は極東の片隅に存在する島国、日本で。
そしてそこから、海も山も大河も彼女たちの拡大を妨げることなく、北米の大平原からアフリカのサバンナにいたるまで。
ありとあらゆる土地に、ありとあらゆる言語を操り、彼女たちは極々自然にその土地の環境に馴染んでいった。
平和な土地にも、争い絶えぬ土地にも。人に溢れた街中にも、人跡未踏の秘境の奥底にも。
その土地の言葉で「ゆっくりしていってね!」を叫び、彼女たちは気ままな、だが儚く、人の意向に左右される生を送っている。
そして、今。
「……おお、見える見える」
「おお、明るい明るい」
夏場だというのに酷く冷える、岩と砂ばかりの荒涼とした大地。
その上空、月と星が明るく輝く夜空に地上を眺める二羽の胴付ききめぇ丸の姿があった。
夜空に黒い翼を溶け込ませて漂う、その姿はゆっくりをよく知るものからすれば少し不自然だ。
きめぇ丸は飛行系ゆっくりにしては珍しい昼行性のゆっくりで、視界に乏しい夜間の行動は避ける傾向にある。
それが月明かりがあるとはいえこんな夜更けに、しかも二羽も繰り出しているのはとても珍しいことだった。
「おお、早い早い。あちらのおかしなおうちはもう完成しそうですね」
「おお、さすがさすが。でもそれはとてもゆっくりできないことですね、ゆっくりしたい訳でもありませんが」
円を描くような軌跡で飛行するきめぇ丸たちの表情は、どこかしら険しい。
彼女たちがじっと見つめる先には、得体の知れない光が煌々と照らし出す一群の建造物の群れが存在した。
もちろん、それは人間の建造した施設だ。しかし、それはきめぇ丸たちのよく知る人間の群れが建造したものではない。
……得体の知れない光。きめぇ丸たちは『電灯』の存在を知らない。
いや、きめぇ丸だけでなく、この近隣に元から住まう人間達もまた電灯を知らなかった。
何しろ、この首都から遠い部族地域にはまだ電力が届いていないのだ。そして、近い将来届く予定すらない。
今、きめぇ丸たちの眼下に見える施設群。どこか、遠い他所からやってきた人間の群れが作ったそれが異常なのだ。
「とりあえず、カメラカメラ」
きめぇ丸の片方が、腰帯に下げた袋の中から年代モノのフィルムカメラを取り出した。
円周運動の飛行をいったん停止し、ただでさえ細長い目を更に細めて大地を窺う。
眼下の施設群は異常であるだけでなく、とても悪いものなのだと。そうきめぇ丸たちは言い聞かされている。
そう言い聞かせた髭もじゃの人間さんが、与え、取り扱い方を教えてくれたカメラだった。
「おお、撮影撮影。もう少し、近づいたほうがいいのでは?」
「ふむ、正論正論。ですが……」
取り出したカメラの砲口をぴかぴか光る怪しいおうちに向けるきめぇ丸に、相方がひゅんひゅんと首を振りつつ意見をつける。
カメラのきめぇ丸は、少し考えた。
確かに、少し遠いように思う。ましてや、今は夜だ。使い慣れたこのカメラとはいえ、望む精度の写真が撮れたものか判らない。
もっと近づいて撮影すれば、もっといい写真が撮れることだろう。いい写真を撮って帰ったら、人間さんはきっと喜ぶ。
だが、あの怪しいおうちに近づくときめぇ丸たちがゆっくりできなくなる危険が跳ね上がることも、彼女たちは知っている。
人間さんの喜ぶ顔と、自分たちの身に降りかかるリスク。
さあ、どっちを選んだものか?
「……おお、無謀無謀。でも、人間さんたちは喜びそうですね」
ほんの一瞬だけ両者を天秤にかけて、結局きめぇ丸は人間の喜ぶだろう選択肢を選んだ。
この大地に昔から住まう人間の群れ。そこに同胞として迎え入れられたきめぇ丸や他のゆっくりたち。
彼女達には、人間の群れこそが即ち自分達の群れだった。
そうとなれば、答えは最初から決まっているようなものだ。
きめぇ丸は人間さんが好きだった。
同じ群れの人間さんは、きめぇ丸にいろいろなことを教え、いろいろなものを与えてくれた。
同属のいうよくわからないゆっくりではない、きめぇ丸にも享受できるゆっくりを与えてくれた。
だから、きめぇ丸も同じ群れの人間さんをゆっくりさせてあげるのだ。同じ群れの仲間なのだから。
「おお、結論結論。それでは……」
共通の結論に達し、意見したきめぇ丸の顔がにたりと笑いの形を刻む。刻んで、直後に引きつった。
何度飛んでも慣れることのない夜の暗さが、先ほどの会話が、人間さんへの想いが、普段は鋭利なきめぇ丸たちの感覚を鈍らせていた。
手遅れになって漸く気づく。頭上にゆっくりできない複数の羽音があると。
「おお、被られた被られた!」
「きめぇ丸! よけてください、死んでしまいます」
いつも不敵な余裕を湛えるきめぇ丸たちに似つかぬ、狼狽しきった叫びの応酬が夜空に響く。
きめぇ丸たちは、写真を撮るために高速での飛行を止めてホバリングに移っていた。
それは、致命的なミス。胴なしばかりか胴付きであっても他のゆっくりを寄せ付けない機動力を持つきめぇ丸とはいえ、
静止状態から十分な速度を得るまでにはそれなりの猶予が要る。
その猶予が、今はなかった。
「ちぃぃぃん、ちぃぃぃぃぃぃん……っ!」
「あれは、みすちーの声……ゆぐぁっ!!」
気付かれたことを察知したか、あるいは必殺の間合いに入ったのか。頭上から羽音に続き、甲高い鳴き声までが降ってきた。
おそらく後者だったのだろう。声に反応し、その位置を求め、頭上を見上げたきめぇ丸は一瞬赤茶けた色が落ちかかるのを見た。
直後、まったくゆっくりしていないそいつがきめぇ丸の後ろに回りこむと同時に、背中、右翼に激しい痛みを感じた。
「……おお、さよならさよなら」
襲ってきた相手を追う、この場から逃げる、そのどちらもきめぇ丸には選ぶことができない。
ただぐらり、安定を失い視界が急に回転する。一瞬の浮揚感、そしてそれに続く重力の魔の手。
激しい痛みが襲う中、きめぇ丸は理解した。おのれの翼の片方が、今の一撃で切り裂かれたことを。
今や彼女に飛行の術はなく、このまま大地に叩きつけられて中身を周囲に広くばら撒くことになる未来を。
「これを、人間さんに」
そうなる前に、掴んだままのカメラをもう一羽の同胞へと放った。
まだ目的の写真を撮れていないカメラだけど、できれば人間さんのいう天国まで持って行きたいカメラだけど。
それよりも何よりも、これはあの髭もじゃの人間さんに返しておきたかった。
「……おお、遺品遺品。かならず、持って帰ります」
そもそも相方のきめぇ丸は、こんな場合のカメラ回収の役割でここにいるのだ。
もう一羽、高高度から急降下してきたみすちーを辛うじてかわした相方がしっかりとカメラを受け止める。
そして離脱のため加速を始めるその姿を、急速に落下していくきめぇ丸はため息混じりに見送った。
彼女が、相方が無事にみんなのおうちに帰りつけるかどうかはわからない。
さっき襲ってきたみすちーは、おぼうしに白いお星様のペイントと光り物の金属片がついていたように思った。
だとすると、きめぇ丸がこの土地の人間さんの群れに属するゆっくりであるように、
あのみすちーはこの土地に最近やってきておうち宣言しでかした、あのおかしなおうちの群れに属するゆっくりなのだろう。
どんどん迫る大地に顔を向け、強烈な風を感じつつ、きめぇ丸はゆっくりしないで考える。
だとしたら、食べるのが目的で襲ってきたのではないはずだ。というより、食べるのが目的ならこんな風に落としたりはしない。
易々と逃がしてくれるとは思わない。相方を狙った攻撃は、わざと外したようにも見えた。
きっと、追いかけて群れを見つけだすつもりなのだ。でも、まともに追いかけっこになれば相方が負けるようなことはない。
……とっくに囲まれていた、なんてことはないはず。そこまで油断はしていなかっただろう。
もし囲まれていても大丈夫。あの山まで逃げれば、れみりゃが待っている。
万が一に備え、追いかけてくるゆっくりや人間さんのおかしな道具を追い返すために待ち受けている、同じ群れのれみりゃたちが。
おお、大丈夫大丈夫。
風に煽られ、お帽子はどこかへ飛んでいき、視界いっぱいに地面しか見えなくなった中で、それでもきめぇ丸はにたりと笑った。
人間さんに迷惑が掛かるようなことにはならない。カメラはきっと、おじいさんの手に戻る。
きめぇ丸が永遠にゆっくりしても、次の機会がまだまだある。きめぇ丸の群れには、同族がまだたくさんいるのだ。
次の機会、次の次の機会。それをきちんとクリアしていけば、いつか、きっと。
この広い広いゆっくりプレイスが、きめぇ丸の、人間さんの群れの手に戻ることがあるはずだ。
そんな未来を、きめぇ丸は信じた。信じて、唯一自由になる視線だけを群れのある山の彼方へと送った。
「おお、ゆっくりゆっくり。ゆっくりしていって――」
くださいね。
言葉の末尾は、どしゃりと重く、柔らかい何かが大地に弾ける音の中に消えた。
* * *
ゆっくり。
それはヒトの頭部に良く似た形状を持つ、だが地上のあらゆる生物と隔絶した生態、そして体組織を持つ不可思議なナマモノ。
彼女たちが忽然としてこの地上に現れてから、既に十数年という月日が過ぎ去っていた。
多くの論争と紛争、対話と挫折と理解と誤解を超えて、いつしか諦めに似た感情と共にゆっくりたちは人間の生活の傍らに
存在することを許されるようになった。
多くのゆっくりたちがゆっくりと社会との折り合いを付けていく。
受容と共存に傾いた時代とはいえ、それでもまだまだゆっくりにも、そして社会にも調和に至るまでは相応の時間が必要だった。
そんな中で、いち早くゆっくりを組織の中に受け入れた集団が幾つかあった。
軍隊。警察。私兵団。そしてテロリスト――暴力装置とも呼ばれる、武力を有する公式非公式の社会集団。
あるケースでは食料として、あるケースでは尖兵として。あるケースでは協力者として。あるケースではIEDのパーツとして。
あらゆるケースにおいて、彼らはゆっくりの性質を利用しつくした。
特に、ゆっくりが一般的に群れへの帰属性を強く有するのは重要な利便性だった。
生まれた時から見せ掛けの情けと同胞扱いを施してやれば、知性の高いゆっくりですら簡単に『落ちる』。
もちろん本当の愛情を注ぐのが一番確実な手段であるのは間違いない――たとえば軍用犬の飼育のように。
そうして、縄張り意識から来るほかの群れへの強い排他性も加わって、彼女たちはその群れの人間に忠実な戦奴となるのだった。
そんな中、飛行系ゆっくりは技術力を持たない武力集団にとって偵察用のUAV(無人航空機)の代用品として珍重された。
鳥程度のサイズだから、レーダーにも反応しない。増してや、今やゆっくりはどこにでもいる存在だ。
上空でカメラを手にしたゆっくりがうろうろしていても、地上にいる人間はそうそう気がつかないものなのだ。
……もっとも、飛行系の偵察ゆっくりが普及し、対抗策として上空援護用の飛行系ゆっくりが戦場に登場するようになると、
偵察用ゆっくりの利点も相当程度減殺されるものとなってしまったが。
今後、ますます軍用ゆっくりの活用は増えていくだろう。
社会に受け入れられるより、はるかに早いペースで。社会での野良の扱いよりはるかに過酷な環境の中で。
だが主観的に彼女たちは自分のゆっくりを疑わず、その儚い命を散らしていくのだろう。
自分と、自分と同じ群れの人間のために。
ゆっくりがこの世に登場して十数年。
平和な土地にも、争い絶えぬ土地にも。人に溢れた街中にも、人跡未踏の秘境の奥底にも。
そして悲しみと無縁であるはずの大空の中にも。
その土地の言葉で「ゆっくりしていってね!」を叫び、彼女たちは気ままな、だが儚く、人の意向に左右される生を送っている。
最終更新:2022年05月19日 14:36