まえがきという名の弁解
  • ゆっくりを全然いじめてない上につまらないです
  • 後半と前半でテンションがまるで違います
  • ゆっくりらしい台詞はほとんど出てきません
  • 一応ドスものです
  • それでも構わんという心の広い人だけ読んでね




 見ただけで気が触れそうな満月の夜。
 人も近づかない、近づけないような森の奥深くを、ゆっくりと丸い巨体が進んでいく。
 そのまん丸い巨体の頭頂部にのった巨大な黒いとんがり帽子。
 ドスまりさだ。
 しかし彼女はどうやら普通のドスとは様子が違った。まず髪に信頼の証の飾りがなく、
 いつでも楽しそうなゆっくりと違い、一言も喋らず、やや物憂げな顔で歩みを進めている。
 帽子の中にいくばくかの必需品はあるが、他のゆっくりなど一匹も入っていない。
 このドスは他のゆっくりから信頼されていないのか?
 いや、違う。どのドスよりもこのドスは信頼されていたし、このドスもそれを自覚していた。
 だからこそ、権威をふりかざすような真似に必要性を見出せず、飾りをつけようとするゆっくりをやんわりと断っていた。
 帽子の中に他のゆっくりを格納しないのも、他のみんなに自分に守られるだけの存在になってほしくなかったからだ。


 このドスはかなりの過酷な経験をしてきた。普通のゆっくりの時も、壮絶な生を生き抜き、ドスになれた。
 ドスになり、群れを作った。その頃は飾りもつけ、帽子の中にゆっくりを入れて運んだり、遊んでやり、普通の標準的なドスだった。
 いつまでも群れの幸せが続くと思っていた。しかし、それは間違いで。
 やはり標準的なドスの群れのように、群れはゆっくり崩壊に近づき、やがて自分だけが生き残る。
 生き残り、また群れを作った。また崩壊させた。
 ある時は人間に騙され、ある時は反乱勢力が台頭し、ある時は自分たちを捕食するものに襲われ、ある時は…
 そうした繰り返しの中、幾度も守るべきものを奪われ、それでも崩壊しそうな理性をつなぎ留め、歯を食いしばり、目から餡子を流しながらこのドスは生きてきた。

 そうしてようやく気づいた、自分がゆっくりを守るだけでは駄目なのだと。
 己を己が守れるようにしてやり、自分はそれを精いっぱい手助けする。それこそが崩壊を防ぎ、群れを長続きさせる最善なのだ。
 強烈な一つの個ではなく、小さな個を集めて強大な一つとする。それがこのドスのたどり着いた結論。
 そのための群れの掟や、制度、システムを、実験を繰り返しながら練り上げた。
 その途中で、人間という存在は自分たちと切り離された。彼らとは、出来るだけ関わらない方がいい。

 そして、人間も滅多に入り込まぬ森に居住区を移した。
 リスクはあった。外敵の存在、人すらあまり手をつけない自然環境。
 しかし、それは普通のゆっくりに限った話。このドスになら、人間を含む、大抵の外敵は相手にならなかったし。
 多少の危険な場所も、乗り越えていく強靭さがあった。
 そしてその場所の下見を存分に終え、普通のゆっくり視点での対処法や生活方法を編み出し。
 それを根気よく教育した。教育し、そして多少の手助けはするものの、決して全面的に支援することはなかった。

 巣はあくまで自分たちで個別に作らせた。ドスを中心とした一つの巣は、ドスに対する甘えを呼ぶ。
 そして自分たちで開拓させることにより、自分たちはこの環境に勝てるという意識を植え付ける。
 普通のゆっくりでは無理だろうと思えるようなことだけは手伝ったが、他の事は一切手伝わなかった、指示も出さなかった。
 それは普通のゆっくりなら、群れのボスとしての仕事を放棄した怠慢だと思ったかもしれない。
 事実そう思ったゆっくりもおり、公然とドスを批判する者もあった。
「ドスはなんでまりさたちをてつだってくれないんだぜ!?みんなでたすけあってこそのむれだぜ!」
 だがドスはそんな意見には取り合わず
「不満があるなら出て行っていいよ、ここよりゆっくり出来ると思うところがあるなら」
 その言葉に憤慨し、出て行ったゆっくりも少なくない。だがドスは気にしなかった、残ってくれたものがいるのだ。
 しかし、中には多くのゆっくりを言葉巧みに扇動し、少しでも大きな群れにして出ていこうとするものもいた。
 そういうゆっくりだけは、秘密裏にドスは殺した。
 普通のドスは群れのゆっくり、いやすべてのゆっくりの命に対して強い執着と保護心を持つものである。
 まれにドゲスという命をなんとも思わないものもいる。
 しかしこのドスは、あまりに多くの死に触れたため、すでにこのどちらでもない精神をもっていた。
 自分はこの弱きもの達の圧倒的上位にいるのだから、管理せねばならない。
 それは、動物の生息地をなるべく自然の状態で保護する研究者や、植物などを植え育て、森などを作る人間のようなそれであった。
 管理者。そう、自分は群れのリーダーではない、管理者だ。
 群れを崩壊に導きそうな悪い芽は潰す。そこには命を奪う快感も、罪悪感も、後悔も、何もなかった。
 慈悲もなく、許容もない。

 次に食べられる植物や生物などの教育を終え、ある程度生活環境が整い始めたら、外敵に対する対処を教え始めた。
 いや、それは教えなどではなく、訓練であった。
 狩りに出向ける個体に、ゆっくりでも協力すれば倒せる外敵に対しての戦闘方法を訓練させた。
 チームワークを教え、何度も仮想敵に対する訓練を行う。
 そのハードすぎる訓練に、脱落するゆっくりも少なくなかった。
 その中で、本当についていけなかったものは訓練をやめさせ、別の仕事につかせることにした。
 そういうゆっくりは元来こういう仕事に向いていないものなのだ。なので、子守や安全な地域の植物採取などを行わせる。
 中には、ダルイ、ゆっくりできないなどの理由で訓練を放棄するものもいた。
 その中で本当に疲れたふりをして訓練を抜けようとするやつは、戻らせて徹底的にしごいた後に、他の狩りゆっくりに命令を下す指揮官の教育を施す。
 単純にゆっくりできないから反抗しているものは、大半は軽めの体罰をつけて戻らせた。
 中にはそれに対してすら徹底的に反抗するものもおり、そういうものは群れから出てもらった。
 ここでの振り分けはこうだった。まず普通に訓練を続けるゆっくり、こいつらは特に問題もない普通の狩りゆっくりになるだろう。
 次に騙してサボろうとするゆっくり、こいつらは多少知恵の回る奴らだということで、生き残るためなら存分に知恵をしぼりだすだろう。
 次に反抗するゆっくり、体罰を受けて戻るなら、それは自分本位ながらも多少の状況は判断できるということだ、どうにもならない状況なら自分のためにがむしゃらに生き残ろうとするだろう。
 そして最後まで反抗したゆっくり、そこまで嫌ならこいつらの性根はそれまでである、頭も回らず自分の嫌なことにただ拒否するだけ。こういうのは危険にあっても状況がわからず、みじめに叫んで死ぬだけだ。

 そうしてゆっくりをふるい分け、最終的な訓練卒業として外敵との実戦に移ってもらう。ある数の部隊にわけ、一つずつこれを行った。
 この時、ドスは後ろでその光景を眺めていた。
 戦闘が始まり、ある部隊は快勝を続けた。ある部隊は窮地におちいる。その中で、自分たちで奮起し、何とか勝利をおさめる部隊もあった。ある部隊は後ろで見ているドスに助けを求めた。
 だがドスはどれだけ助けを請われようと、どれだけ惨たらしく群れの仲間が目の前で殺されようと、決して手を出さなかった。
 ある部隊はドスが絶対に自分を助けてくれないだろうことに途中で気づき、絶望的ながら辛くも勝利をおさめた。ある部隊は最後までドスに助けを求めながら全滅した。
 実戦が終わると、ドスは部隊の成績によって役割を与えた。前線で狩りをする部隊、狩りをしながらその部隊を護衛する部隊、居住区に残り守る部隊。
 それはあたかも人間の軍隊のようであった。
 中には教育や訓練をドスが任せるゆっくりもいた。いつまでも自分がやるわけにはいかないのだ。

 そうして狩りの教育を終え、食糧が潤沢になってきたところで、食糧制度に手をつけた。
 本来ゆっくりは冬以外に食べ物をため込むことはない、取ったら取っただけ、食べられるだけ食べる。
 そして普通のドスの群れはそういう事態を憂い、食糧を一か所に集め、管理し、食べない分を非常用として保管する。
 だが、それが一部のゆっくりの不満や懐疑を招き、結局反発され、群れが崩壊した例も少なくない。
 では、どうするか。ドスはこれに大いに悩んだ、何せ食糧管理は反発を招く恐れもあるが、食料供給の安定した維持にこれ以上の手段はない。
 そこでドスは食糧管理の仕事をわけることした。
 つまり、食糧を集めるゆっくり達、集められた食糧の量を管理するゆっくり達、その食料の量を聞き分配するゆっくり達。
 これによって相互をある種の緊張状態にし、互いに監視させ、一部の独走を阻止しようとしたのだ。
 すなわち、食糧調達部隊は、その食料を献上しなければ、食糧管理部隊にすぐさま疑われる。
 次に食糧管理部隊は、その食料を正確に管理しなければ、分配部隊に疑われる。
 そして分配部隊は、それを正確に分配しなければ、たちまち分配される皆から疑われる。
 多少の歪みは出るかもしれないが、致命的な崩壊には繋がりにくいとして、ドスはこの方法を選んだ。
 そして、管理、分配の仕事はなるべく頭の良く、公平性があって信頼されているゆっくりでなければならない。
 故にこの仕事につくゆっくりを、ドスは皆の推薦による選出と投票で選ぶことにし、もし選ばれたゆっくりに不満があるならば、一定数の投票で辞めさせられることにした。
 そしてさらに、一定のサイクルで浄化するために、ある期限ごとに管理分配の仕事につくゆっくりを全員一旦やめさせ、もう一度選びなおす制度も導入した。
 それはゆっくりによって形成された、未熟な政治制度のようなものであった。

 ドスはゆっくりと色んな制度を導入し、根気よく教え込んだ。
 そしてドスの手を借りずにそれが運営されていくようになると、後は全てを任せて手を引いた。
 群れの運営がスムーズになり始めてから、遠くの地からドスが直接頼み込み、ゆうかりんを連れてきて農耕制度を作った。
 さらに月日が流れ、世代交代にさしかかる頃には、教育制度を狩りの教育や、管理分配の教育、農耕の教育などにわけ、色んな仕事を選べるようにした。
 すでに自分の手をほぼ離れて歩いて行く群れをゆっくり眺めながら、ドスは満足していた。
 ようやく、自分の理想郷を作ることが出来た、と。ゆっくりがゆっくり暮らしていける理想郷を……。
 そこはまさにゆっくり郷とも呼べるものであった。

 だが最後に一つだけ、ドスは群れの中で自分だけが行う仕事を持っていた。
 すなわち、罪を犯したゆっくりに対する、裁きと罰の執行を……。

 夜の下を行くドスが、ある巣の前で止まった。
 目的地だ。
 その巣の中から、悲鳴のような声と耳が腐るような嬌声が聞こえてきている。
 ドスがため息をつく、が、それには何の感情もこめられていなかった。
 そしてゆっくりと、気づかれないように中を覗き込んだ。

 中には一匹のゆっくりまりさとゆっくりアリス、そしてゆっくりれいむの親子がいた。
 だがれいむ親子の様子はおかしい、親と比較的大きいれいむは動けないように痛めつけられ。
 まだ交尾に耐えられないと思われる小さなれいむは、アリスによる一方的な性的暴行を受けていた。
「いやあああああああやめじぇええええええいじゃいよおおおお!!!」
「はぁっ!はぁっ!いやぁぁぁぁんかわいいいぃぃやっぱり犯すならちっちゃいゆっくりだわぁぁぁ!!」
 親や他のれいむは涙を流しながら「やめてぇ…」「こどもだけはたすけて…」などと弱々しい声で呻いている。
「ゆっへへへ、やっぱりアリスのこうびをつまみにたべるのはさいこうだぜ!!」
 そしてまりさはその隙に巣にあった食料をむーしゃむーしゃと食べていた。
 押し込み強盗である。
 実はこの二匹、最近この郷では有名な犯罪ゆっくりであり、すでに二件の被害報告が届けられている。
 どの一家も無残に惨殺され、巣を荒らされていた。
 さっき言ったように、ドスはゆっくりに対する裁きを行ってはいたが、それは普通のゆっくりには手に負えないと思われるものだけであった。
 このドスの郷には、警察のような役割をもつゆっくりも、裁判もちゃんと存在する。
 だがそれでは立ち行かないものがある……。法の手をすり抜け、悪事を続けるゆっくりは後を絶たなかった。
 そんなゆっくりを、ドスは心底憎んだ。自分の作ったこの郷を、荒らすものだけは絶対に許さなかった。
 ギリギリまで事件解決を見守っていたが、一向にゆっくり郷の警察ゆっくりでは犯人が捕まりそうな様子はない。
 長く生きた知恵か、この二匹が次にどこで犯行をするかを予測したドスは、自分だけで制裁を加えるために動いた。
 ドスは中の様子を確認した後、そこに向かって「出て来い」とだけ、ただ一言だけ言った。
 それだけで十分だった。
 色の変わらない体表が本当に青くなるんじゃないかというような顔をして出てきた二匹は、
 ドスにすがりつき、必死に言い訳を始め、媚びへつらった。
「ゆるしてほしいんだぜ!まりさたちのいえにはたべものがたりなかったんだぜ!」
「そうなのよ!ついでにすっきりできるゆっくりもたりなかったわ!」
「ゆっ!これはきっとかんりふやぶんぱいふのやつらがわるいんだぜ!」
「そうよ!そうよ!それにどすといえどもむれのゆっくりをころしたりはしないわよね?」
「そうだぜまりさたちはなかまのはずだぜ!ゆるすべきなんだぜ!」
 それは聴くに堪えない理屈だったが、ドスはしゃべり終えるまでじっと押し黙ったままであった。
 そして何の反応も返さないドスに二人が不思議がっていると、ドスがようやく口を開いた。
「死ね」
 そのまま開いた口から溢れる光が、二匹の見た最後の光景だった。

 その二匹だけを焼き尽くすために威力を調節したドスパークの照射が終わると、ドスは巣の中に話しかけた。
「大丈夫、れいむ?動ける?」
「ゆぅ…なんとかうごけるよ…」
 弱々しいながらも返事が返ってきて、しばらくしてから親れいむの三匹の子供がよろよろと這い出てきた。
「今から病院の方に行って、治療を受けるといいよ。まだ開けとくように言っておいたし、警察もそこに待機させてあるから、事情を説明して」
 ドスがそう言うと、口の中に弱った子供を入れているのか、親れいむ達はうなずいてずりずりと這って行った。

 れいむ達が行ってから、ドスは大きくため息をついた。
 あきれしか出てこない。悪事を犯して、悪びれもせず許しを乞うあの二人。
 驚くことにあれが普通のゆっくりなのだ。
 わかっている、この郷のゆっくりは、もはや普通ではない。
 人間のまねごとのようなものだが、決まり事を順守して生活を営むなど、昔では考えられなかった。
 いや、今でも普通のゆっくりには考えられないだろう……。
 何で自分たちはこうなんだ。なぜゆっくりは……。
 知らず、月を眺める。
 最近月を眺めていると、なんだか体の底から力が湧いてくるのだ。
 これを活力にして、明日からも頑張ろう。
 そう思っていた矢先である。

「はぁい」
 それは、何もない空間を割いて、ぬるりと現れた。
 妖しく光る髪と、鮮やかな紫の衣装艶めかしく。
「こんばんわ」
 絡みつくような声を発し、出てきた裂け目に腰かけていた。

 ドスは一瞬で敵だと判断した、それも自分でしか対応できないような。
「あんた誰だ?」
 警戒しか含まない問いに、女は目をにこやかに細めると、
「やだ怖い」
 口も吊り上げ、
「怖いから」
 細めた目を開いて、
「私も怖くなっちゃおうかしら」
 その場の何もかもが一変する。
 肌を刺した空気で、一瞬で支配された場の雰囲気で、勝てない相手だとわかった。
 ドスはため息をついた。このような相手がいつか来ることは、前々から何となくわかっていた。
 自分が作った郷は、異常だ。考えの回るこのドスの目は、他の視点から自分達を見ることもできた。
 こんなものは、人間からしたら恐怖でしかない。
 わかっていた、でもやらずにはおれなかった。なぜ人間に許されることが、ゆっくりには許されないのか。
 だから、それでも。
「ここを……潰しにきた?」
 ほぼ諦観と、疑問を少しだけ含ませて問う。
 人間の上位の存在、人を守るもの、調停者。この郷に対する自分のようなものが人間にも存在すること、それは容易に想像できる。
 それが目の前のこの女なのだろう。
 女は少しだけ意外そうな顔をすると、すぐに首を横にふった。
「まさか」
 そして片手に持った扇子で口を隠し、
「でも、予想以上。そんな考えもできるのね」
 そこから出る感情を見せないように呟いた。
「なら何を?」
 今度は疑問だけで問うと、
「話をしに」
 そう言って、今度は優しく微笑んだ。少し、安心できる笑顔だった。

 女は隙間から地面に降り立つと、ドスと向かい合うように座り込む。
「そうね、じゃあまず最初、あなたはゆっくりって何だと思う?」
 ようやく話し合いの場が整って、女は最初にそう問うた。
「……」
 ドスは難しいと感じた。自分の存在は何だと問われているのだ、何と答えるか……。
「まぁ、難しいわよね。逆の立場なら私も言葉を濁す……一般的な定義を私が言いますわ」
 女は返答を待たずつらつらと、
「そうね、饅頭の体を持ち、人語を操り、畑や民家を荒らす頭の悪い汚い野生生物……これが一般的なゆっくり」
 挑発するようなその物言いだが、ドスは何も言い返さなかった。
「あら、怒らないのね」
「大方その通りではあるよ」
 そう、と女は呟き、
「でも、それは悪いことではないわ。むしろ野生生物の本懐。これより傲慢で、危険で、自分本位な生き物はたくさんいるわ。人間だってそう」
 そして、
「普通のゆっくりなら、先の発言には醜く憤慨すべき。それがゆっくりの在り方」
 ドスは驚いて女を見つめた。この女は人間に嫌われるゆっくりの性質を何と言った?
「そう在るべきと言いました。多少の程度はあれど、ゆっくりがゆっくりらしく生きること、それこそがゆっくりの在るべき理由」
 謳うように続ける、
「憎まれることも、慈しまれることも、虐められることも、世話されることも、全てがこの世界におけるゆっくりの在り方」
 理解できない、いや、理解したくない。この女が真顔で今述べていること、それは。
「じゃあ、いつもどこかで繰り返されている、ゆっくりの悲劇……その全てが」
「そう、ゆっくりの生きる理由」
 そのためにゆっくりは生きている。
「人間の……ために……」
 女はふう、と息をつくと、
「ゆっくりの理由……ここまではいいかしら?」

 衝撃から、ドスはまだ立ち直れなかった。
 自分たちは言うなれば、人間のおもちゃとして生まれてきたのだ。それが自分たちの本来の在り方なのだと。
「あなた達はおよそ自然環境のどの役割も担っていないのですもの、そうとしか言えないわ……まぁ、これ以上ゆっくりについて議論する気はございません」
 女はまだ話を続ける、
「そして次、次はあなた。あなたは果たして……」
 あなたは、ゆっくり?

「!?」
 問われた。自分はゆっくりか?当然だ、でなければ自分はなんなんだ。
「当たり前だ!」
 声が荒れる。
「……あなた、自分を何て呼ぶ?」
 女は少し息をついて、
「私……」
「その呼び方はいつから?なぜ?」
「いつからかは覚えていない。何故かは……この方が、らしいと思った」
「普通のゆっくりは、絶対に自分をそんな呼び方はしない」
 心にザクリと矢が撃たれた、
「普通のゆっくりは、そんな言葉づかいもしない」
 二発目。
「あなた、ゆっくり出来てる?」
「出来てるよ。毎日、郷の管理で、みんなの生活を見守るのが私のゆっくりだ」
「それはゆっくりじゃないわね」
「違う!それが……!」
「他人のための行為はゆっくりではない、ゆっくりの価値観に照らし合わせるならね」
 三発目。
「御希望なら、この他にも理由を計上してあげましょうか?子供でも指摘できるものがまだまだあるわ」
 荒々しく首を振った。三発。たった三発で、ドスの脳は理解した。
「……私を否定して、何が楽しいの?」
 問いは、悲しみと怒り。
「……そうねぇ。あなたはゆっくりの在り方を外れている、ここまではいい?じゃあ次は、人間とゆっくり以外のもう一つの種族の話」
 答えず、女は話を進める。
「妖怪の話」

「あなたは妖怪を知ってる?」
「……とても強い生き物。ゆっくりよりも、人間よりも」
 投げやり気味にドスは答えた。
「正解。じゃあ、妖怪の種類。そこまではあなたも知らないわよね」
「……?」
 女は師が生徒に教えを説くように話し始めた。
「まず、私は妖怪。わかるわね?」
「へぇ……」
 ここに来て初めて女の正体が明かされたが、別段驚かなかった。
「私は同族もない、どうやって生まれたかも秘密のワンオフ妖怪よ。こういうのはそれほど数もいないの、さびしいわ」
 女は泣き真似の仕草をしたが、ドスは冷やかな視線でそれを見ていた。
「いやん、ツッコミが欲しかったのに……まぁ、気を取り直して次」
 女は小芝居をやめると話を再開する。
「次はメジャーな種族に属する妖怪。鬼、天狗、河童、吸血鬼……こういうのは結構な同族がいて、蛮行が広く知られているからカテゴライズされている」
「名前だけは何となく聞いたことあるよ。湖の館……妖怪の山……」
「大正解。ゆっくりにまで知れ渡っているなんて、中々……いや、あなただけでしょうねきっと」
「?」
「なんでもないわ、続けましょ」
 女はコホンと小さな咳をすると、
「次は妖獣、これは強大な力を持った獣が、それ故にその生き物の枠を離れて妖怪になってしまったもの」
「動物が?」
「私の式達もこれね、竹林の兎達もそう。これが幻想郷には中々多い……自然が残ったままだからかしら」
 ここで女は教鞭を振るう笑顔から、真顔に戻った。
「そう、人間を超える力を持って、その生物の寿命を超えた長い時間を生き、ついにはその定義から弾かれる……」
 ドスも気づいた。いや、それはかつて、ドスだったもの。
「まるであなたのことね」

「違う……」
 否定する声は、聞き取りがたいくらいにか細い。
「あなたはもう普通の人間より遥かに強いわね」
「違う……」
「あなたは今で何年生きた?普通のゆっくりの寿命は平均五年、巨大種なら十年ってとこかしら」
 女は辺りを見回し、
「この郷、ここまでするのに少なくとも十年以上はいるわよね」
「違う……」
「定義から外れる、これはさっき散々説明したから言うまでもないわね」
「違う!!」
 違う、違う。私は、私は……
「あなたは、妖怪よ」

「正確にはゆっくりと妖怪の境界線……その上に今のあなたはいるわ」
 その言葉に、うつむいていたドスは少しだけ期待をこめて見上げた。
「でも、その境界がゆっくりに傾くことは決してない」
 絶望を、女は吐く。
「これからあなたは、ゆっくりと妖怪になっていく……いや、今でも弱い妖怪程度ならいい勝負をするでしょうね」
「……」
 妖怪は応えなかった。もう何も応える気もなかった。
「ゆっくりが、この幻想郷に誕生してもう何年経ったのかしら……そろそろだとは思っていたけれど、私が見つけたのはあなたが初めてよ」
 女は、満月の空を見上げ、
「永琳に改造されたわけでもなく、自然に生まれ、自然に生きてきたあなた。ここまでの生、私は敬意を表します」
 そして、再びその妖怪へ視線を向けると、
「そして、幻想郷はあなたを受け入れます」
「……そう」
 妖怪も女を見つめ、ただそれだけを呟いた。
 女が軽く扇子を振ると、空間の隙間は再び開いた。ゆったりと浮き上がりその中に下半身を入れる。
「では、ごきげんよう。これからあなたがどんな選択をして、どう生きるのか。少しだけ楽しみにしてますわ」
 上半身だけを出してそう言った後、女は隙間に消え、何事もなかったかのように閉じて元に戻った。
 後には月を見つめる妖怪だけが残された。

 それから、ゆっくりの郷からドスは姿を消した。
 ゆっくり達は思った、ドスがついにすべてを自分たちに任せてくれたのだ、と。
 ドスが、自分たちで何かが成せるようになると、必ず身を引いたのをゆっくり達は世代が代わっても覚えていた。
 その郷の歴史に、偉大なるドスの名が刻まれ。
 後にはゆっくりと続いていくだろう、理想郷だけが残された。








あとがきという名の言い訳
今回はゆっくりいじめ作品としては駄作極まりないと思われる本作を読んでいただきありがとうございます。
ゆっくりいじめに憧れていました。色んな作品を読み、深く感銘を受けました。
自分もこんな作品を書いてみたい、彼の憎き饅頭を虐め抜きたい、そう強く願い、ようやく実行に移った次第ではありますが
出来上がったのはこんなものでした。皆さんのような、加虐心に油をドンドコ注ぐゆっくり語や、醜い物言い、くさった饅頭心。
何もかも自分の実力では描けない、難しいものでした。才能のなさが恥ずかしいです。修行の足りなさを実感しました。
まあ自虐はこれまでにして、本編の補足です。
今回のゆっくりの生活制度はまったく人間のそれのパクリです、そして世界はこんなに簡単ではありません。多分。
本当はドスに反発して「ゆ゙っぐり゙でぎな゙い゙い゙い゙い゙!!」と叫ぶゆっくりの描写をふんだんに取り入れてみたかったのですが、どうにも力不足でした。
後半の会話にいたっては雰囲気がまったく前半と違ってしまい申し訳ないです。これではただの東方SSです。本当に(ry
それにしても、ドスはこれほどまでにならなくても、人間を殺せる時点で十分妖怪だと僕は思いました。
最後に、こんな作品とやたら長い言い訳を最後まで読んでくれた方にもう一度お礼を。また修行して今度は上手く書けるように目指したいです。それでは。

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最終更新:2022年03月15日 00:17