「うっうー!」
「うあ☆うあ☆」
大型の育舎の中に、二十匹近い胴付きのれみりゃがひしめいている。森から狩られてきたれみりゃだ。
男が、一匹のゆっくりをつれてやってきて、育舎のドアにかけられていた<れみりゃ/用途未定>のプレートを抜き取った。
ある育舎のレポート
がちゃり。
育舎の二重ドアが開く。ドアは両方同時には開かないようになっており、中のゆっくりが外へ出ることはない。
男とともに育舎に現れたゆっくりは、胴付きのふらんだ。
ドアの近くで座り込んできたれみりゃの一匹がそれに気づき、新しい仲間へと近づく。
「ふらんだどぉ~!あう~☆」
れみりゃは両手を頭上に掲げて歩み寄る。
「おねーさまー!」
ふらんもそれに応じる。
しかし、互いの距離が触れ合うほどに近くなった瞬間、ふらんの目に深い光が宿った。
「なかよくするどぉー!ふら、」
ズドムッッッ!!
鈍い音が育舎を揺るがした。
「う?う?」
れみりゃの肥った腹部にふらんの拳が突き立っている。ふらんはその拳をさらにねじ込むように一歩踏み込むと、
「うあー!」
れみりゃの体を突き上げるようなアッパーを繰り出した。
「う゛う゛う゛ーー!!!???」
れみりゃは軽々と吹き飛ばされ、天井にぶつかって落ちてくる。
「うっふふー!」
ふらんはその落下点へとすばやく移動し、
「とぉー!」
上段足刀蹴りで壁へと叩き付ける。
「………あ゛う゛?あ゛う゛?あ゛う゛?」
当のれみりゃはいまだ状況を理解できず(ここまで4.09秒)、ただ全身の痛みと恐怖に混乱している。
「うー!おねーさまいっぱーい!
みーんなこわしてあげるのー!」
ふらんは腰に手を当ててそう宣言する。
「よし、がんばれ」
男が育舎の天窓を開け、木の棒を投げてよこす。それを手にしたふらんは一層奮い立った。
「れーばてぃんのさびにしてあげるのー!」
こちらも状況を理解できずに、目を丸くするばかりの別のれみりゃの群れに突っ込む。
「くりゃえー!」
木の棒――”れーばていん”を一閃。それまで輪になって踊っていた三匹のそれぞれ腕、腹、帽子を引き裂く(6.35)。
「あうー!?いだいどぉぉぉーー!!??」
「おぜうざまのえれがんとなおなかがぁーー!?」
「ざぐやー!ざぐやー!」
それぞれの頭をもう一度ずつれーばていんでぽかりと叩く(7.04)。三匹の悲鳴が引き金となって、育舎が恐慌状態となる。
ふらんは先ほど壁に叩き付けたれみりゃの両足を束ねて抱えると、それを引きずって回転を始める。
「ぬぅぉー!じゃいあんとすいんぐー!」
「ふぎゃー!」
「あ゛う゛!?」
「めがまわるどぉーー!!」
逃げ遅れたれみりゃを次々と巻き込んで、ふらんはどんどん回転速度を上げてゆく。
「どっせーい!」
「うああああ!!!???」
ふらんが手を離すと、さらに数匹のれみりゃが巻き添えを食った(9.50)。
* * * *
れみりゃ達は森で楽しく暮らしていた。
人間の”じゅうしゃ”が迎えに来て、この育舎で過ごすようになってからも、何一つ不自由はなかった。
えれがんとな仲間達と仲良く暮らし、むしろ独力で風雨をしのぐ必要がなくなった分快適でさえあった。
だが、それは今までの話。
あの日以来、れみりゃ達は生き地獄を味わっていた。
「うー!うー!やめでー!」
逃げ場のない密室の中で、れみりゃ達はふらんの気まぐれに毎日付き合わされる。
ふらんのお気に入りの遊びは、かくとうごっこに、ぷろれす、ぼくしんぐ、きっくぼくしんぐ……
「ぜんぶいっしょだどぉぉぉぉーーー!!」
珍しくまともな突っ込みを入れるれみりゃだが、そんなことをしたところで状況は変わらない。
「きょうはふぇんしんぐなのー!くりゃえー!れーばていんー!」
「いだいぃぃぃぃぃーーー!!」
* * * *
男がやってきて、ずたぼろにされて眠っているれみりゃ達だけを外へと運び出すと、<れみりゃいじめ>と書かれた
プレートを<ふらんいじめ>と書かれたものと換えていった。
ふらんが目を覚ますと育舎はがらんどうになっている。
「おねーさまにげたー!ずるいー!」
れーばていんを握って、ずいぶん広くなってしまった育舎を走り回る。
「うーつまんないー!」
そこへ男が入ってきて、木箱からざらざらとゆっくりをぶちまけ、帰っていった。
「おにーさんありがとー!」
黒い帽子をかぶったそのゆっくりは、ゆっくりてんこ。被虐体質で知られるゆっくりだが、
初めて出会うふらんはそのことを知るよしもない。
「くりゃえー!えーい!えーい!」
ふらんは挨拶代わりとばかりに、てんこの群れを木の棒で叩いて回る。
「ゆびぇぇぇぇぇぇ!」
「いだいよ!ゆっくりやめてね!」
悲鳴を聞いたふらんはより活気付いててんこを追い回す。
「うふふ!たーのしーい!」
違和感を覚えるまでに、数刻を要した。
「とぉー!」
ほっぺをぐーで殴っても、
「くりゃえー!」
あんよをれーばていんで掬っても、
「そーれそーれ!」
帽子を奪っても。
「やめてね!」
「いじめないでね!」
口ではそういうてんこだが、声に緊迫感がない。むしろ更なる加虐を期待するように自ら身を投げ出してくる。
「うーよるなー!」
「やめてね!てんこをぶたないでね!」
「う、うう…」
ふらんが初めて感じる、真綿で首を絞められるような閉塞感。
意気消沈したふらんの前にてんこ達は並ぶと例のせりふを口にする。
「「「ゆっくりしていってね!」」」
「うにゅぉぉーー!むかつくーー!」
気持ちを奮い立たせて再びてんこに向かうが、叩いても蹴ってもてんこ達にダメージを与えられない。
「「「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」」」
「いいもん、ゆっくりするもん」
ふらんはきゃいきゃいとさざめくてんこの群れを相手にすることをあきらめ、背を向けた。
「てんことあそんでくれないの?」
「ばかなの?しぬの?」
「ううー!!」
「「「ゆっくりしていってね!」」」
「やっぱやだぁぁ--!!」
手をめちゃくちゃに振り回す。てんこの一匹が偶然に弾き飛ばされる。それでもてんこ達は怯まない。
それどころか弾幕のようにふらんを包囲し、にじり寄ってくる。
「ゆっくりしてね!」
「てんことあそんでね!」
「こ、こいつらぎもいのー!!おねーざまどごー!?」
* * * *
てんこ投入から一週間が経過し、俺は久しぶりにふらんの様子を見に行くことにする。
本当はもっと早く行くべきだったのだが、他のゆっくり育舎の仕事に忙殺されていたのである。
てんこ種は、いわずもがなの気質の上に体も丈夫で死ににくい。
いかなふらんといえどもそう簡単には壊しきれないはずだが……?
「そうするってーと、ふらんどうなったかなー……」
俺は育舎のドアを開けた。
「ぃぃぃぃぃぃ……」
「ひぎぃぃぃぃ………!!」
「やべっでぇぇぇぇぇゆるじでねぇぇぇぇ!!!??」
俺は目を疑った。
「うふふっふふふっっっぁぁああははははばちんばちん」
「やべでぇぇぇぇ」
「うふふふふ、うふふふふううふふふふふ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ばちん、ばちん」
手足や木の棒を使っててんこを苛め抜くふらん。しかし、”ご褒美”を受けているはずのてんこの様子が目に見えておかしい。
いつもの恍惚とした表情がなく、通常種のゆっくりと同じように苦しみ、断末魔の悲鳴を上げている。
そしてふらんは――その表情に、あからさまな狂気を湛えていた。
「こんな……馬鹿な……」
「ばちんばちん、こわすの、ばちんばちん」
ふらんはもはや原形をとどめていないてんこを放り投げて、別なてんこを捕らえた。その表皮を足で踏みにじり、
中心に向かってえぐる。
最初のうちこそ嬉しそうに悲鳴を上げていたてんこだが、かなり深くまでえぐられたある一点でその悲鳴が切迫したものに変わる。
「やめてね!やめ……
えあ゛あ゛あ゛あ゛!!??いだいぃぃ!いだ……ぎもぢぃぃ……ぎもぢいぐないよぉぉぉぉ!!??どぼじでぇぇぇぇぇ!!??」
* * * *
どんなに虐めてもその苦痛を喜びとしてしまうゆっくりを相手にし、狂ってしまった頭脳でふらんは思考する。
思考は循環し、滞留し、蒸発し、雨のごとく頭脳へと降り注いでは沸騰し、再び蒸発する。
(おねーざまどこー!)
不安な夢を見ているような、烈しい飢餓感にさいなまれてふらんは手を伸ばす。
(うあー!さびじいよー!おねーざまー!)
その手は空を切る。
(ここはさむいよー!ゆっくりできないよー!)
何かに触れたと思う次の瞬間、それはばちんと音を立ててはじけてしまう。
目に映るものも確かではなく、音に聞くものも定まらない、狂気の世界でふらんはもがいた。
ゆらめく影が目の前に現れる。
「やめてね!てんこをいじめないでね!」
(ちがう、おねーさまじゃない。つぎ)
「ぎゅぅぅぅびゅぅぅぅぇぇぇぇ!!!!」
(つぎ)
「こないでね!ころさないでね!」
(つぎ)
「おい、ふらん?いでっ!!ぐぅあああああ!!??」
「やめろふらん!!……大丈夫か?」
「ええ、助かりました」
(…………)
もがく手が拘束され、
「これはこれで、貴重な個体なんだけどなあ」
「しかし、扱いかねますよ。見てくださいよ、この肘から下」
「うわっきめぇ……しゃーない、処分するか」
「今、人の腕見てきめぇって言ったよこの人……」
「機材もってきましたよ」
「ありがとう。
……じゃあな、ふらん」
「う……?」
あの音が、自分の首の付け根で聞こえた。何かが壊れる時に立てる、あのばちんと言う音が。
視界が黒く染まる。ぼやけた像も急速に遠のいていく。
思考は煮えたぎることをやめ、蒸発することもやめ、ただゆっくりと冷えていく。
(もっと……おねーさまいじめたかったのにー……)
その最後の思いが、やわらかな雨のように心の底へと降り注ぎ――
後には、何も残らなかった。
* * * *
後の研究で示唆されることになることだが、今まで”ゆっくりにありがちなみょんな体質”とされていたてんこの被虐性は、
実際には防衛機能の一種である可能性が秘められていた。
体が丈夫なてんこ種は、外敵の襲撃や自然災害から長く苦しむこととなる。
丈夫な体が苦痛を長引かせ、また体力に比例する高い精神性が他のゆっくりのような思考放棄機能を備えていないためだ。
それらをカバーするために被虐気質があるのではないか、ということだ。
それではなぜ、あの時ふらんがてんこを壊しえたのか――?
てんこの餡は、身体機能を司る中枢部を除いて”被虐餡”とでもいうべき特殊な餡でできている。
この餡は傷みを快感として受け取ってしまい、また中枢部にダメージが及んだ場合は苦痛を感じるまでもなく死に至る。
つまりこうだ。
殴られる→気持ちいい
死ぬほど殴られる→死ぬ
ふらんがあの時与えた加虐は、被虐餡と中枢部の間のわずかな空隙――厚さにして0.03mm程度の層を刺激していたものと思われる。
育舎の担当者達が数ヶ月を要して発見した、その薄い層を的確に突いて、だ。
あの時すでに狂気に走っていたと思われるふらんがどのようにそれをなしえたのかはわからない。
捕食種の本能、なのだろうか?
とにかくそのようにして、ふらんはてんこを壊すことに成功したのだ。
なお、この”破壊能力”は、同様の条件下で狂ったふらん種がまれに揮うことがあるが、
それ以外の方法でてんこに苦悶の声を上げさせることは○○年現在、不可能である。
* * * *
その育舎の前を通り過ぎようとした男は、ふと気づいて立ち止まり<ふらんいじめ>と書かれたプレートを外した。
プレートを名残惜しげに眺め、それをポケットにしまう。
歩き出してすぐに同僚とすれ違う。
「よっ」
「おはよう」
同僚の手にはがたがたとゆれる木箱。
男が曲がり角を曲がったそのとき、ドアの開く音と、そのドアにプレートのかけられる音を聞いた。
「さあ、こっちも仕事仕事」
こうして、今日も研究施設の朝が始まるのだ。
END
最終更新:2022年04月16日 22:47