ゆっくり生長していってね!!



 男がゆっくりの入った透明箱を眺めている。
 ゆっくりはれいむ種で、その頭には木の芽のようなものがわずかに出ている。もうすぐ子供ができる証拠だ。
「もうすぐあかちゃんがうまれるよ、はやくあいたいね」
 男は無表情に握り飯を頬張る。

 部屋の中には数え切れないほどの食料がある。男とれいむが一月は暮らせそうな量だ。
「おにいさん!れいむはおなかすいたよ!
 かわいいれいむとあかちゃんのためにいっぱいごはんちょうだいね!」
 男は答えない。
「どうしてむしするの?ばかなの?しぬの?」
 ゆっくりの挑発的な口調もどこ吹く風と、男は書架から本を取り出し読み始める。
「はやくごはんちょうだい!あかちゃんがゆっくりできないよ!れいむもぷんぷんだよ!」
 ゆっくりは膨らんで威嚇したり、飛び跳ねたりするが男は気にする様子もない。
「おながずいだぁぁぁ!!!ごはんをくれないおにーざんはゆっぐりじねぇぇぇぇ!!」
 無反応。
 それからしばらくして、とうとうれいむは疲れ果てて動けなくなった。
「どうじてむしずるのおおおおお!!!???ごはんちょうだいぃぃぃ!!!!」
 しかし、やはり要求は通らなかった。


 部屋の時計が10時を少し回ったとき、男は書き物をしていた手を止めて、手近な食料を箱に放り込んだ。
「おそいよ!あんまりおそいと、おなかとせなかがゆっくりできなくなっちゃうよ!
 だけどれいむはやさしいおかあさんになるんだから、きげんをなおしてたべてあげるね!
 むーしゃ、むーしゃ……しあわしぇぇぇぇぇぇ……!!
 だけど、ちょっとすくないよ!あかちゃんのぶんもむーしゃむーしゃさせてね!」
 男は「さて、寝るか」と口の中で呟くと、寝床の支度をしてすぐに就寝した。 
「いじわるしないでもっとちょうだいね!そしたらゆっくりしてもいいよ!」
「えいようがだいじなんだよ!わかってるの!!おにーざん!!ねちゃだめぇぇぇ!!!!」


 男が明かりを消したので周囲は暗い。しかし、そこらじゅうにある食べ物の匂いがれいむを眠らせなかった。
「おなかすいたよ……ばかなおにいさんのせいでごはんがすくなくてごめんね……」
「あかちゃん、ゆっくりそだってね……」
「おなかすいた……」
 れいむはまんじりともせず朝を迎えた。


「ん……おおっ……」
 男が大きく伸びをするのと同時にれいむは挨拶をした。
「ゆ…ゆっくりしていってね!」
 昨日は自分の言葉が乱暴すぎたのかもしれない、と思ったれいむなりの譲歩だった。
 きちんとゆっくりさせれば、人間が自分のようなかわいらしいゆっくりにご飯をくれないわけがないという
 打算も働いている。色々と間違えた打算だが。
「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!
それで……ゆっくりしたら、れいむにあさごはんちょうだいね!」
 男は昨日読みかけにした本の続きを読み始め、れいむのことなど気にかける様子もない。
「おにいざああああんんん!!!!
 じぶんばっがりゆっぐりじてずるいよぉぉぉぉぉ!!!!!」
 ふと、れいむは自分の頭上を見上げた。
 視界の端でたよりなく揺れる”ゆ木(ぼく)”は、少し貧弱になってしまったように思える。
 まだ実は膨らみ始めたばかりだが、これでは先が思いやられる。れいむは半狂乱になって叫んだ。
「おにーざんんんん!!!!おねがい!ごばんをぢょうだいぃぃぃぃぃ!!!!」
 結局その日も、夜の10時まで食料を与えられることはなかった。そして次の日も、そのまた次の日も……
 食事は夜10時に一度、決まった量を与えられるきりだった。


 * * * *


 四日後。
「おかしいよ……?あかちゃん……うまれないよ……?」
 ひょろひょろと背ばかりが伸びた”ゆ木”には小さな実が二つ付いている。
 だが、本来なら今頃はゆっくりとしたあかちゃんとして言葉を発しているはずのそれは何も言ってくれない。
「あかちゃん……?れいむににてとってもかわいい、れいむのはじめてのあかちゃん……?」
 このままでは大切なあかちゃんが死んでしまう。
「おにいざあああんんんん!!!」
「どぼじてごはんたぐさんぐれないのおおおおお!!??」


 * * * *


 それからさらに数日。
 れいむのゆ木は、なよなよとしなって顔の前へ垂れてくるようになった。
 まだ喋ることのできない、ゆ木の先端の二つのつぼみ。それを見るたび、れいむの心は不安に張り裂けそうになる。


 * * * *


 ちょうど二週間目の朝だった。
「ゆ……ゆっくちちていってね……」
「おきゃあしゃん……?」
 気づくと二つのつぼみだったものには目と口が出来ていて、小さな、とても小さな声でれいむへと話しかけている。
 れいむは感激した。
「ゆゆぅぅぅーーーーーん!!!!れいむのあかちゃぁぁぁんんんん!!!!
 ゆっくちしていってねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 * * * *


 十六日目。
 二匹の子れいむはいまだゆ木から切り離していない。
 なぜかお兄さんが食事をわずかしか与えてくれない現状では、切り離すのは危険と親れいむが判断したのだ。
「おきゃあしゃん……ごはんさえあれば、れいみゅたちじぶんでゆっくちできるよ……?」
「ごはんもっとたべたい……おきゃあしゃん……もっとたくさんちょうだいね…」
「おにいさんが……おにいさんがわるいんだよ……
 さあ、きょうもゆっくりしようね!」
 わが子を励ますため、箱の真ん中で歌を歌う親れいむ。
「ゆ~♪ゆ~♪ゆ~♪」
「ゆ……ゆ……」
「ゆ……ゆ……」
 子供たちも歌うが元気がない。

 れいむは不憫でならなかった。
 本当ならば、今頃は元気なゆっくりとした子として生まれてきて、みんなでとてもゆっくりしているはずなのに。
 ちびちゃん達だって、自分で飛んだり跳ねたりして、ゆっくりしたいだろうに。
「おかあさんも、つらいんだよ……ほんとは、ちびちゃんたちをゆっくりさせてあげたいんだよ……」


 その日の昼過ぎ。
「ゆ……!」
「ゆ……!」
 二匹の子れいむは体をゆすり、自分でゆ木から落ちようとし始めた。
「おちびちゃんたち!だめだよ!ゆっくりできなくなるよ!!」
「おきゃあしゃん!れいむはじめんでゆっきゅりしたいんだよ!」
「おきゃあしゃんがゆっきゅりさせてくれにゃいなら、じぶんでゆっきゅりしゅるよ!」
「どぼじてぞんなごどいうのぉぉぉぉぉ!!??」
 親れいむは沸き上がる感情のままに跳ねる、その衝撃がまずかった。
 萎えたゆ木に負荷がかかり、子れいむ達はついに切り離される。
「ゆゆっ!もうしゅぐおちゆよ!」
「これからはじぶんでゆっきゅりーしゅるよー!!」
 夢にまで見た”親とのすーりすーり”や”自分ひとりでのゆっくり”への期待がふくらむ。
「おちゆよー!!」
「ゆっきゅりー!!」
 ぷちん。ころころころ……
「おっ……おぢびぢゃああああんんんん!!??」
 れいむは地面に転がったわが子へと駆け寄る。
 どうか無事でいてほしい。れいむの餡子はその思いで埋め尽くされた。
「おちび……ちゃん……?ゆっくり……して……いってね……?」
 二匹の子れいむは、もう動かなかった。
「おちびちゃん……」
 やはり弱すぎたのだ。ゆ木からの栄養が断たれたその瞬間、二匹はすでに物言わぬ饅頭となっていた。
「ゆああああああんんん!!!!!おぢびぢゃああああんんんん!!!!」


 泣いているれいむの元へ男がやってくるが、悲しみに打ちひしがれるれいむは気づかない。
 男はれいむの額の細長いゆ木に手をかけると、ぶちんと引き抜いた。
「ゆ……」
 わずかな痛みと喪失感を額に感じ、我にかえるれいむ。
「おにいさん!それはあかちゃんのたべるはずだったものだよ!かえしてね!!」
 こんな状況を作り出したお兄さんへの恨みよりも、わが子の遺品を持っていかれることに抗議の声を上げる。
 男はやはり聞きもせず、通常の倍ほどの長さのあるゆ木を丁寧に戸棚にしまうと、れいむの元へ再びやってくる。
「じゃあな。……悪く思うな」
「ゆ?………ゅぅ?」
 れいむは男の手で二つに割られた。断末魔を上げる暇もなかった。
 男はそれをごみ入れに投げ捨てると、両の耳から、この二週間着けっぱなしだった耳栓を引き抜いた。
「あー、耳かゆかった……」


 * * * *


 このようにして作られた、にんっしんゆっくりのひょろ長いゆ木は滋味に富み歯ごたえも良いので珍重される。
 子の栄養がゆ木に逆流するためとも、あるいは単に生長期間が長いためとも言われているが、真相は定かでない。

 恵まれぬ子が、生まれて初めて母親と一緒にむーちゃ♪むーちゃ♪するはずだったゆ木。
 そこに懸けられた思い――生への渇望や期待が、その味わいをもたらすのかもしれない。







 おしまい。

 書いた人:”ゆ虐の友”従業員







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最終更新:2022年04月16日 22:51