このごろ世間では、ゆっくりとかいう奇妙な生き物が跋扈しているらしい。
 私のように、親の遺産で隠遁生活を送る者のところへはやってこないのか、今まで見たことはないが。
 そんなある日、久しぶりに私を訪ねてくる人があった。古い友人だった。




 何かがいる




「久しぶりだな。上がってもいいかい?」
 彼は十年前から変わらないような服を着、見たことのない透明な空箱を提げていた。
「もちろんさ、ゆっくりしていってくれよ君」

「ところでお前――結構ゆっくり好きだったりするのか?」
 友人は怪訝そうな顔で、なぜかそんなことをいきなり聞いてきた。
「いや、好きも嫌いも……このあたりで見かけたことは一度もないなあ」
 それを聞くと、友人は
「あっはははははは!!!いや、まいったっ……っふっははははは!!!」
 ただひたすら笑い転げた。私は何だか面白くない。
「すまないが、あまり人前に出ないものでね、最近の世情には疎いんだ。
 そうだ、いい機会だからそのゆっくりとかいう生き物について教えてくれないか?
 君の方はなかなか詳しそうじゃないか」
 友人はなおも大爆笑。
「おい?」
「いや、お前、こんな仕込みをしてくれるなんて……性格変わったか?」
 私はさすがに異常を感じる。
「君……一体何の話をしてるんだ……?」
 友人は笑い転げるのをやめて、こちらに向き直った。まだ顔は引きつっていたが。
「いや……俺を面白がらせるためだけに、部屋にこんなにゆっくりを放つなんて思っても見なかったからさ……
 まるでゆっくりが一匹もいないみたいに振舞う演技もすごく上手かったしな、面白かったよ」
「?」
 彼も、私との間の異常を感じ取ったようだ。
「お前……まさか本当に……」
 彼の視線がまっすぐに私を射る。
「本当に、この、部屋中のゆっくりが見えないのか」
「何のことだ?」
 私は部屋を振り返った。いつもの私の部屋。
 そこには、なにも存在していなかった。


 * * * *


 ゆっくりとは、人面を持つ饅頭で、人語を喋る。その性質は傲慢極まりないが、知能はそれほど高くない。
 食料を取るために人の畑を荒らすので、害獣のような扱いを受けることが多い。
 それが友人から聞いたゆっくりだった。
「お前は昔から、まるで幻想郷に生きていないような浮世離れしたところがあったからな」
 友人は言った。
「確かに。
 聞いていれば、そのゆっくりとかいう生き物、この幻想郷そのもののようだ」
「どういうことだ」
「曖昧で、いかようにも変幻し、実存がその拠って立つ物理法則よりも優先される」
「すまんが、もうすこし易しく」
「いいかげんな生き物だってことさ。私が、年を経ていまだ馴染むことのできないこの世界と同じくね。
 彼らは”存在するから認識される”のではなく、”認識から生まれ存在する”かのようだ。
 だからきっと、偏屈な私には理解することも認識することもできないんだろう」
 友人はため息をついた。辺りを見回す。
「それにしてもひどいありさまだ。二十匹近くいるんじゃないのか」
 私はなんとなく笑った。
「そんなにか」
「お前は物に執着しない性質だったからな。今も、ほとんど物を持たない生活をしているんだろう?」
「なんでもお見通しだな」
 友人が言うには、ゆっくりは人間の物を荒らしたり人間の家を自分の住処として好き放題に踏み荒らすらしい。
 物を持たない自分だからこそ、今までゆっくりの存在に気づくこともなかったのだろう。
「言われてみれば、食べ物がすぐになくなるような気がすることは多々あったが…」
「お前は健啖家だからな、たくさんある食べ物が少しぐらいなくなっても気づかないのかもしれないが…
 それにしても、信じられないな」
 そこらじゅうをぴょんぴょんと飛び跳ねているらしいゆっくりを見ようと目を細めてみたが、やはりなにも見えなかった。

 友人は、ゆっくりの”虐待”を生業にしているといった。眉をひそめる私に友人は言う。
「犬や猫をいじめるのとは違うさ。こいつらは知能を持ち、我欲でもって人間に悪事を働くことも多い。
 畑を荒らすなんて日常茶飯事だ。……もっともそれは生活のためなんだが、言うに事欠いてあいつらは
”ここはれいむのおうちだよ!ゆっくりできないにんげんはでていってね!”とか言うんだぜ」
「なるほど、それはよろしくないな」
「お前にも見えればな、すぐに理解できるんだが。どうしてこいつらがこんな扱いを受けるのかが」
 友人は床の上をまさぐり、何かを掴むような仕草をした。
 それがゆっくりを掴んだのだとすぐに気がついた。
「お、おい……」
 友人はそれを、こちらへ放り投げる。もちろん私には何も見えない。
 何かがぶつかったような感じもしなかった。
「おい、どうなったんだ」
 友人は釈然としない表情で言う。
「……よくわからんが……すり抜けた……ように見えた」

 * * * *

「ゆぴいぃぃぃ!!!ゆっぐりざぜてええええ!!!」

 れいむとまりさを親とする、一般的な家族形態のゆっくり家族。
 男の家に住まうその家族は今まで幸せだった。


時には、
「おにいさん!はやくたべもののいれものをあけてね!!」
「……」
「おにいさんはぐずなの?しぬの?」
「……」
「ばやくしてってばあああああ!!!!」
「……」


 またある時には。
「おにいさん!さむいからはやくとをしめてね!!こどもたちがさむがってるよ!!」
「おお、雪が降ってきたか……風流、風流」
「ゆゆゆゆゆゆ……」
「おにいさんばっかりあったかいふくでずるいよ!れいむたちのことももっとかんがえてね!」
「吹雪いてきたな……すこし冷えるが、良い眺めだ」
「さむいぃぃぃぃ!!!ゆっぐりできないぃぃぃぃぃ!!!」


 以上のように、ゆっくりを完全に無視する男の態度が不都合だったりはするものの、男が悪意を持ちえない以上
それが命に関わるようなことはなかったからだ。
 基本的には広くて立派なゆっくりぷれいすとして、ゆっくりたちは男の家に安住していたのだ。
 そこに天敵はいなかった。
 しかし、それは今までの話だ。
 透明な箱に入った二匹のれみりゃと、それを連れてやってきた男は違った。

「なるほど、私の認識を覆すことがないようにでもなっているのか……」
「おそらくはな」

 客である男は、今もまったく何気ない顔で子供のゆっくりを捕まえ、死なない程度に圧を加えている。

「ぢゅぶれりゃう!!!!おかあちゃんちゃちゅけてええええ!!!!」
「あたらしいおにいさん!ゆっくりあかちゃんをはなしてね!!」
「ゆっくりできないおにいさんはでていってね!!」

 れいむとまりさの抗議など何処吹く風と聞き流し、家人である男との会話に興じている。
 ぐっぐっぐっと、だんだん子ゆっくりが膨らんでいくのがわかる。

「おかあ……じゃびゅうう!!!!」
 とうとう限界を超え、はじけて中身を飛び散らかすゆっくり。
「れいむのあがちゃんがあああああ!!!!」
 それを見て箱の中のれみりゃは大喜びだ。
「あうー☆いっぱいゆっくりがいるどぅ~♪はやくたべたいっどぅ~~♪」
「まぁまぁ~♪れみぃもたべたぁいどぅ~!うあ☆うあ☆」

 ちなみにれみりゃは親子で、親ゆっくりは胴付きだが子のほうはまだそこまで成長してはいない。

「よぐもあかちゃんつぶしたね!ゆっくりあやまってね!!」
 嘆き悲しみ、文句をまくしたてるれいむをちらりと見ると、男はれみりゃの入った箱に手をかける。
 その動作でゆっくりはびくっと身をすくませる。
「はやくおそとにでるどぅ~!!」
 と、れみりゃも箱をばんばんと叩きゆっくり家族を脅かす。
「れみりゃはゆっくりできないよ!ゆっくりやめてね!」
「「れみりゃはゆっくちかえってね!!!」」

 そのさまを男はなんでもないように見守る。
 それはゆっくりを認識しない家人の男のものとは似ているが違う。
 ゆっくりの虐待が日常と化している男の目だった。

 * * * *

「おお、すっかり長居してしまった。そろそろ帰るわ」
 だいぶ話し込んだ後で、友人が言った。
「そうか。辺鄙なところだが、また寄ってくれよ」
「もちろんだ。……ところで、頼みがあるんだが」
「何だ?どうせ、かのゆっくり絡みだろうが」
「その通り」
 私は友人の要請を聞き入れた。

 天井の梁に金網を渡し、天井に近い部分の空間を区切る。友人はそこへ、持ってきた箱の中身を開けた。
「本当はこれを見せに来たんだ。俺の自慢の、ゆっくりをゆっくりさせないゆっくりだ」
「悪いが何を言ってるのかさっぱりだ……」
 相変わらずゆっくりの見えない私には、空箱を持って演劇の練習でもしているようにしか見えない。
「あとは、家の外にこいつを置かせてくれ」
「空の箱?」
「そうか、見えないんだったな……俺が連れてきたゆっくりは二匹いて、ここにはまだ一匹入っているんだ。
 特に何もしなくていい。後で俺が様子を見に来るよ」
「そうか、分かった」

 * * * * 

 天井から声がする。金網張りの上かられみりゃがこっちを見ているのだ。

「たべちゃうどぅ~♪ぎゃお~☆」
「やめてええええ!!!!」
「ゆっくちできないぃぃぃ!!!ゆっくりにげりゅよ!!」

 ゆっくり達はゆっくりと移動する。

「にがさないどぅ~!うっう~☆」
 れみりゃはそれよりも素早く飛んで、ゆっくり達の上に居続ける。
「れみりゃこわいぃぃぃぃぃ!!!!!」
「ゆっ!あかちゃんたち!おそとににげるよ!」
「おきゃあさんあたまいい!ゆっきゅりおそといくよ!!」
「ううーーー!!!まつんだどぅぅぅぅーーーー!!!!」
 扉にぽむぽむと体当たりして押し開け、外へと飛び出すゆっくり達。
 れみりゃが追ってこないと知るや、はやくもゆっくりしだす。

「おうちのなかはゆっくりできないから、ここでゆっくりするよ!」
「ゆっきゅりぃぃぃ!」

 だが。

「ぎゃお~!ゆっくりたべちゃうどぅ~♪」
「ゆっぐりできないよぉぉぉぉ!!!!」

 外にも虐待お兄さんが置いていった子れみりゃがいる。箱に入ったままで外には出られないが、
得意満面でゆっくり達を威嚇する。胴体もなく翼も未熟だが、そんな子れみりゃでも通常種よりは遙かに強いのだ。

「ゆぶぶぶぶ!!!!」
「まりざのあがちゃんがああああ!!!!」

 子の一匹がショックで死んでしまったほどだ。

「ゆっくりにげるよ!!」
「うわああああんんんんん!!!!」

 再び慌てて逃げ出すゆっくり達。家と庭を往復し、延々と泣き叫び続けるのだった。


 一方、れみりゃ達も――。

「う?またゆっくりはいってきたどぅ♪まつんだどぅぅぅぅぅ!!!」
 金網を手で掴んでもがくが、金網はびくともしない。
「ゆゆっ!!またれみりゃだよ!ゆっくりにげるよ!!」
「まつんだどぅぅぅぅ!!なんでだべられないどぅぅぅ!!??
 おながずいたどぅぅぅぅぅぅ!!!!!ざくや、ざぐやああああ!!!!!」

「まぁまぁ~!!れみぃおなかすいたどぅぅ!!あう♪ゆっくりきたどぅ~♪たべちゃうどぅ~☆」
 もちろん逃げるゆっくり。
「はこからでるぅぅぅーーー!!!はこからでるどぅぅぅ!!!ゆっきゅりたべたいどぅぅぅぅーーー!!!!」



 家主の男は書き物の仕事をしている。

「ゆっ……ゆっ……!おにいさん、かわいいれいむたちをたすけてね!」
「れいむにげまわってちゅかれた!ゆっくりしたいよおおお!!!」
 ゆっくり達の発言も、もちろん男には聞こえていない。
「なるほどね。随分扉のたてつけが悪くなったものだと思っていたが、ゆっくりが使っているということかな?」
 などと、思索にふけったりしている。
「なにのんぎなごといっでるのおおおおおお!!!???はやくなんとかしてよおおおお!!!!!」
「どこにいるのかはわからないが……どこにでもいるんだろうな。
 なんにしても、私の家を勝手に使われているのは面白くない」
「なにいってるの!ここはれいむのおうちだよ!!おにいさんはぐずぐずしないでれいむのいうこときいてね!!!」
「れみりゃ……とか言ったか?
 家を荒らすような生き物は、彼が連れて聞いたそれにさっさと食べられてしまうがいいさ」
「どぼぢでそんなごというのおおおおお!!!!!!」
「今日も静かな夜だ……この部屋に何かがいるなんてとても信じられないな。
 さて、そろそろ仕事を切り上げて寝るとしようかね」
「れみりゃごわいいいいい!!!!」
「ゆっぐりでぎないいいいいい!!!!!!!」











 おしまい。


 □ ■ □ ■

 あとがき

”ゆっくりが見えないお兄さん”のお話でした。
 見えないお兄さんと虐待お兄さんがコンビを組んだらいろんなことができそうな予感。

 読了ありがとうございました。 






 過去に書いたSS

 豚小屋とぷっでぃーん
 豚小屋とぷっでぃーん2
 エターナル冷やし饅頭
 れみりゃ拘束虐待
 無尽庭園
 ゆっくりできない夜 
 ゆっくりぴこぴこ


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最終更新:2022年04月16日 22:53