お中元の季節。
我が家に変なモノが届いた。
「なんか、ゴトゴトしてる・・・」
正方形に近い、両手で抱えるくらい大きな箱が揺れている。
中に生物でも入っているかのように。
海老かな、と予想して包装紙をブチ破る。
残念ながら、すぐに俺の期待は裏切られた。
『ゆっくり・フレーバー・キット』
ファンシーなフォントで、デカデカと書かれていた。
その文字の下には、あまり見たことのない種のゆっくりが描かれている。
緑色の髪の毛と、赤い目。リボンや帽子などの装飾品は無い。
「・・・ゆうか種か」
ゆっくり幽香、通称ゆうかだ。
正直、興味無いので今まで見たことも触った事もない。
俺はれいむ種とまりさ種が好きなのだ。
「希少種もお手ごろ価格になったもんだねえ」
一昔前まで、某消費者金融の犬並に値段が張ってたのに。
今じゃお中元に詰め込まれるほど価値が下がったらしい。
「・・・おっと、中身中身」
まだ中を見ていなかったので、ゆうか種が詰め込まれているとは限らない。
無造作に蓋を引き裂く。
ゆうかの絵が真っ二つになった。
「・・・ッ!!・・・ッ!!!・・・ッ!ッ!!!」
予想通り、箱の中にはゆっくり幽香が入っていた。
バレーボールほどの成体サイズだ。
声が外に漏れないようにするためだろう、布らしきものを口に詰め込まれている。
そして、ゆうかの隣にはまた箱があった。
開けてみると、中にはアルコールランプと三脚、花瓶のようなものが入っていた。
「説明書、発見」
箱の隅に、電卓の説明書くらい薄っぺらな説明書が転がっている。
わからないときは説明書を読むのが一番だ。
説明書をまったく読まない人間がいるらしいが、あれは本当に理解できない。
ゲームとか、説明書読んでるときが一番楽しかったりするし。
俺はページをめくった。
二ヵ月後。
俺はゆっくりしていた。
「ああ・・・いい感じでゆっくりしてきた・・・。ゆっくりしたフレーバーだ・・・」
「ぎぴぃぃっ!!!あぢゅいぃいいっ!!!だぢゅっ!!だぢゅげでぇえっ!!!みゃまぁあああっ!!!」
甘く柔らかい、花の香りがほんのりと部屋を包み込んでいる。
その香りを吸い込むと、俺は心の底から幸せな気分になるのだ。
「おにいぁああん!!!だずげであげでええっ!!!ぼうゆ゙るじでぇえ!!!」
そしてこの声。
そもそも俺は、ゆっくりの悲鳴を聞くだけでゆっくりできるのだ。
花の香りと悲鳴のハーモニーは、俺にゆっくりタイムを提供してくれる。
あのお中元、ゆっくり・フレーバー・キットはいわゆるアロマテラピー的な商品だったのだ。
「ゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っ・・・」
気がつくと、赤ゆうかが痙攣を起こしていた。
どうやら少し、ゆっくりしすぎてしまったようだ。
「ん、そろそろ交換だな」
少し面倒だったが、ソファから立ち上がる。
半分眠っているような状態でゆっくりしていたため、ちょっと気分がモヤモヤした。
俺が立ち上がるのを見たとたん、ゆうかの顔が強張った。
あの日、お中元で貰ったゆうかだ。
「ゆっ!!やべでっ!!!も゙うゆうがのあがぢゃんをごろざないでねっ!!」
あのゆうかも、今や100児の母である。
親ゆうかともいう。
どうでもいい話だが、親ゆうかの交尾の相手は毎回変わる。
在庫が切れた時、れいむやまりさを近所の森から適当に拉致ってきて交尾させているからだ。
「さーて、次はどれにしようかな」
水槽に入った親ゆうかは、我が子を守ろうと懸命に威嚇を始める。
何十回、何百回も繰り返してきたことだ。
とうに無駄だとわかっていても、諦めることなく抵抗するその心意気はすばらしいと思う。
れいむ種に勝るとも劣らない母性っぷりだ。
あまりの素晴らしさに、俺は思わず偶然手に持っていた木製ハンマーで親ゆうかを殴りつけてしまった。
親ゆうかの口から、黄色っぽい液が飛び出す。
「はーい、じゃあ次は君ね」
俺は、親ゆうかから少し離れた所で震えていた赤ゆうかを捕獲した。
「ゆっ!?ま、まんまぁあっ!!?ごわいよぉぉおっ!!!だぢゅげでええええ!!!」
「ゆ!!ゆうがのおチビじゃあああああああああん!!!!!」
手の中で赤ゆうかがモゾモゾと不気味に動く。
ついそのまま潰してしまいたくなる。
「いやいや、我慢我慢」
潰したら面倒だ。
ゆうか種は、中身が花の蜜のようなものなのでこぼれ易いのだ。
多少ネットリとはしているものの、カーペットに染み込んだら大変である。
「おにいざんっ!!!ぼうやべでねっ!!!」
親ゆうかが俺に言う。
ボロボロと泣く親ゆうかと、不安そうに姉妹を案ずる赤ゆうか約50匹がこちらを見ていた。
ちなみに、交尾の相手方の種のゆっくりは、普段の虐待に使っているのでここにはいない。
「おにーしゃんいもーちょをいじめないでねっ!!おにぇがいだよっ!!」
「どぼじでこんにゃこちょしゅるのぉお!!」
「ゆーきゃたち、なにもわりゅいことしてにゃいのに!」
ピーピーと、甲高い声で赤ゆうかが抗議する。
とてもやかましい。
悲鳴は好きだが、耳を突くような高い声はあまり好きではないのだ。
俺は偶然手に持っていた木製ハンマーを机に叩きつけた。
シン、と声が止む。
「ゆ゙・・・!!お、おねがいだよ・・・!!おチビじゃんを・・・がえじでね゙・・・」
親ゆうかに背を向け、俺は部屋の隅へと歩いていく。
アルコールランプは三脚の下にセットされ、火がともされている。
三脚の上には花瓶のような、縦長の陶器が置かれている。
この陶器は今、火で熱せられているのでとても熱い。
これが香炉だ。
「・・・死んでるか」
陶器の中をのぞくと、先ほどまで悲鳴を上げていた赤ゆうかが目を見開いて死んでいた。
「これが、お前の未来の姿だ」
赤ゆうかを指で挟み、陶器の中を見せ付ける。
ビクン、と大きく震えるのがわかった。
「おねぇええじゃああああん!!!ゆっぐりじでぇっ!!ゆっぐりじようよぉおおお!!!」
赤ゆうかから涙が溢れる。
俺はお箸で陶器の中のボロカスを摘むと、赤ゆうかに近づけた。
コンガリと香ばしい、花の香りがする。
赤ゆうかが、香りの源なのだ。
ゆうか種の中身である、花の蜜のようなものを利用したアロマテラピー。
説明書によると、ゆうかを焼くことで、全身から花のフレーバーが湧き出てくるという。
なるべくゆっくりと、苦しませるようにすると更に香りが楽しめるのだとか。
れいむ種やまりさ種を痛めつけると、餡子の甘みが引き締まって美味になるのに似ている。
「おねっ・・・!!おねえじゃん・・・!!ごわいよぉお・・・・まん゙ま゙ぁああ・・・ごわいよ・・・」
成体ゆうかでは、皮が厚くてフレーバーがあまり広がらない。
よって、皮が薄くて良い香りを持つ赤ゆうかが必要なのだ。
「じゃあな、ゆうか。せいぜい長持ちしてくれよ。いいフレーバーを期待してるからな」
お箸で赤ゆうかを摘むと、ここぞとばかりに泣き叫んだ。
ここで逃げなきゃ焼け死ぬのだから、当然だろう。
しかし所詮は赤ゆっくり。
俺のお箸ホールドからは逃げられない。
「はーい。さようなら。糞あっつい陶器の中でせいぜいゆっくりしていってね!」
そのまま陶器の中に、赤ゆうかは消えていった。
「ゆっぴぃぃいっ!!!あぢゅぃいいっ!!いだいっ!!ままぁああっ!!!あぢゅいいぃいぃよぉぉおっ!!!」
再び部屋に、ゆっくりとした悲鳴と香りが広がっていく。
在庫はまだ50匹もいる。
今日は奮発して、10匹分くらい楽しもうかな。
ゆうかも、自分の赤ちゃんの香りでゆっくりしていってね。
おわり。
最終更新:2022年04月17日 00:13