注意
- お兄さんがゆっくりに優しいです
- 細かいことは気にしないでください
<あまあまに困らないゆっくり>
バカなゆっくりの行動の一つに、通行料を貰う、というものがある。
往来のど真ん中に飛び出して通せんぼし、通行人から食糧をせしめるという、愚かしい行為だ。
当然、人間の怒りを買って殺されたり不具になるゆっくりは後を絶たない。
しかし、危険な行為に関わらず、それをやめようとするモノは少ない。
酷い目にあったゆっくりは大抵そのまま死んでしまうものだから、その危険性が伝わらないのだ。
逆に極少数の上手くいった事例は伝わる。
ゆっくりできる情報として、瞬く間に広まる。
そして、喜劇は繰り返される。
「ゆっくりつうこうりょうをはらってね!!!」
「あまあまでいいよ!!!」
「…クッキーでいいよね」
ある道路で、万に一つもない幸運を手に入れたれいむとまりさがいた。
たかられたお兄さんは怒ることなく一枚のクッキーを取り出し、半分に割って二匹の前に差し出す。
二匹はお兄さんの手が離れるよりも早くクッキーに跳びかかり、宙に浮いたクッキーが地に落ちるよりも早く舌でもってそれを口に運ぶ。
「うっめっ!まじうっめっ!!!」
「ぱねえ!まじぱねえ!!!」
クッキーは一息で消え去り、例えようもない幸福を二匹に与える。
しかし、足りない。
クッキー半分ぽっちで、強欲なゆっくりが満足するはずなどもなく、傲慢にお代わりを要求する。
「こんなんじゃぜんぜんたりないよ!!!」
「ぐずぐずしないでもっとよこすんだぜ!!!」
しかしお兄さんは、別に怒ることもなく、ニッコリと、不気味なぐらい明るく微笑む。
「ああ、もっとあげるよ。でもそれ以上にゆっくりできるいいものがあるから、そっちを先にあげるね」
当のゆっくり達はお兄さんから滲み出す不穏な空気に気付くことなく、ただゆっくりという言葉にのみ反応を示す。
「ゆっくりできるもの!?!?!?」
「はやくそれをよこすんだぜ!!!」
お兄さんは笑顔で頷き、懐から赤い瓶を取り出す。
「これがそのゆっくりできるものだよ。このお薬を舌に塗ると永遠にあまあまに困らなくなるんだ。」
あまあまに困らない!!!
なんて素敵な響きだろう。
二匹は目を輝かし、赤い瓶を見つめる。
「じゃあこの薬をあげるから舌を出してね。まずは…れいむから」
「ゆっ!はやくしてね!!!」
「ゆぅ…」
選ばれたれいむは喜び跳び上がり、後に回されたまりさは不満を漏らす。
お兄さんはまりさを軽くなだめてから、れいむの舌に瓶の中身を振り掛ける。
「びゅっ!!!!!!」
途端、れいむは目を見開き痙攣しだす。
お兄さんは震えるれいむを気にも留めず、薬を舌全体に満遍なく塗りたくる。
「ゆっ!まりさにもはやくするんだぜ!!!」
そんなれいむに全く気付かず、まりさはお兄さんを急かす。
お兄さんは微笑み、十分に薬を塗ったれいむから手を離し、まりさに向き直る。
「さあ、舌を出して」
「わかってるんだぜ!はやくするんだぜ!」
踏ん反り返ったまりさは準備万端とばかりに舌を差し出す。
お兄さんがその舌に瓶の中身を振り掛けると、まりさもれいむと同じように、
「びぇっ!!!!!!」
と悲鳴を上げると白目になって痙攣しだす。
勿論、お兄さんはれいむの時と同様、震えるまりさを全く気にせず薬を塗り続ける。
薬を塗り終わると、お兄さんは痙攣を続ける二匹のゆっくりにオレンジジュースをご馳走する。
「ゆびっ!?!?!?」
「ゆばっ!?!?!?」
たちまち蘇生する二匹。
「ゆっ!ぜんぜんゆっくりできなかったよ!!!」
「まりさをゆっくりさせないおにいさんはゆっくりしんでね!!!」
「良薬口に苦しさ。いい薬だから少しは我慢しなくちゃ」
二匹の暴言を涼しげな顔で聞き流し、お兄さんはクッキーを追加する。
「こんなんじゃぜんぜんたりないよ!!!はふはふ」
「せいいがみえないんだぜ!!!がつがつ」
文句を言いつつもクッキーを頬張る二匹。
一噛み、二噛みとすばやく繰り返し、口の中に甘さのパラダイスを作り上げようとする。
「はふは…ゆ?」
「がつが…ゆ?」
しかし、おかしい。
全く味がしないのだ。
「ぜんぜんおいしくないよ!!!」
「じじいはちゃんとあまあまをよこすんだぜ!!!」
“じじい”は、軽やかに答えた。
「ちゃんとあげたよ。それは間違いなくクッキーさ」
「うそつかないでよね!!!ぷくー!!!」
「いいかげんにしないとえいえんにゆっくりするはめになるんだぜ!!!ぷくー!!!」
可愛らしいとも見えなくもない威嚇に、お兄さんは、優しく答える。
「そりゃそうだよ。だって君達はもう味を感じないんだから」
「ゆ!?!?!?ぴゅひゅるー」
「ゆ!?!?!?ぴゅひゅるー」
いきなりの訳の分からない言葉に、二匹は口を緩めてお兄さんを見上げる。
「さっき塗ったお薬のおかげだよ。あれのおかげで君達はもう二度とあまあまもにがにがも何も感じないんだよ」
お兄さんは、笑顔で続ける。
「よかったね。もう二度とあまあまを欲しがる必要はないんだよ」
ゆっくりにとって美味しい食事は“ゆっくり”の象徴の一つ。
「よかったね。苦い草だって平気で食べられるんだよ」
それが奪われたということは、
「よかったね。もう二度とあまあまに困らないんだよ」
すなわち、
「だって、もう味なんて感じないんだから」
永遠にゆっくりできなくなったということ。
思考が追い付かず二匹は固まる。
否、違う。
本能が事実を拒絶しているのだ。
理解を拒絶しているのだ。
「それじゃ、僕は帰るね」
お兄さんは笑顔で二匹の脇をすり抜ける。
「バイバイ」
お兄さんが薬といっていたものの正体、それはラー油である。
二匹が味を感じなくなったのは、単純に強烈な辛味によって舌の神経が破壊されたからに過ぎない。
それで十分だった。
飲ませて餡子を吐かせたわけじゃない。
焼いて舌を完全に使えなくしたわけじゃない。
ただ、味覚を奪っただけ。
それ以上は不要だった。
それだけで、ゆっくりの一生は地獄になったのだから。
お兄さんが去って十分後。
ゆっくりと理解してしまった二匹は、大きな悲鳴を上げた。
最終更新:2011年07月27日 22:45