猫と
ゆっくり
※猫がかわいくありません。あと全員オス。
[アピール]
白黒ぶち模様の猫が、民家の前でひなたぼっこしている。
木造にガラスの引き戸。やや古い造りだがよく手入れされている家だ。
並べられた鉢植えも程よく剪定されている。
「ゆ! なんだかゆっくりできそうなばしょを みつけたよ!」
そこに現れたのは場違い・オブ・場違い、ゆっくりれいむだった。
ぼすん、と猫の隣にその尻を下ろす。
『うわ、うっせーのが来た…』
人に慣れた猫なら、ゆっくりの言葉はだいたい理解できる。
逆にゆっくりが猫の意図を理解することはほとんどない。
猫のボディランゲージを汲む、つまり空気を読むことができないからだ。
動物として致命的な欠点ではないかと思われるが、ゆっくりだからしょうがない。
「ゆう、ひなたぽかぽか~。
ねこさんも、れいむのゆっくりぷれいすでゆっくりしていってね!」
『ここは俺様の縄張りだっつーの! 出てけ!』
猫は不機嫌を態度で示しているが、れいむは気付かずぽよんぽよん跳ねる。
彼がれいむを八つ裂きにしないのは、ここを汚したくない理由があるからだ。
「ゆっゆっゆ~ねこさんとゆっくり~♪」
『願い下げだっつーの。早くおばさんこねえかな…おっ!』
響く足音に、横へ伏せていた耳がピンと立つ。
「セールだからって、買い過ぎちゃったかしら」
おばさんこと、この家の家主が帰ってきた。両手に買い物袋を提げている。
「ゆっ! おばさん! ゆっくりしないでれいむにおいしいものちょーだいね!」
このれいむ、買い物袋=食糧がいっぱい、ということを知っている。
おお、卑しい卑しい。
「…あら、ゆっくりだわ、やだわあ」
おばさんは汚いものを見る目でれいむを一瞥すると、扉の鍵を開けにかかった。
『ハン。これだから饅頭は。おねだりってのはなあ、こうやんだよ!』
格の違いを見せてやらん、とばかりの猫。前脚をきちんと揃えて座り、
極上のマスカットのような黄緑の目でおばさんを見つめる。
じっと見つめる。そしてトドメに甘く切ない声で「うにゃあん」とひと鳴き。
しつこく鳴かないのがポイント。
「もう、しょうがないねえ」
おばさんは上がり框に買い物袋を置くと、戻ってきて猫を撫でた。
「おいで、お刺身ぐらいならあるよ」
『あんた今日もいい女だぜ』
猫は、おばさんの足にすりすりしながら玄関の中へついていく。
お邪魔するのは土間まで。これも長くお付き合いするポイントだ。
「おばさん、れいむは? れいむのごはんはー!?」
れいむの要求をよそに、おばさんは玄関をぴしゃりと閉めた。
「やっぱり猫はかわいいわねえ、厚かましくないし」
『ゆっくりは光合成でもしとれや。じゃーな、二度と会わねえことを祈るぜ』
「れいむのごーはーんーはー!? ゆあああああああああん!」
ガラスに映るシルエットは、近所のお兄さんがいつの間にか持っていった。
[集会]
『あいつらウザくね?』
『マジウザい』
『隣街のミケさんが食ってみたら止めらんなくなって死んじまったらしい』
『ゆっくり中毒かよ』
『中身餡子らしいな…糖分ヤバいぜ』
『ボコります?ボコっときますか?』
『いや、殺るのはともかく、あんなもん散らかしたら人間に怒られるし』
『現状維持だな』
『『『ですよね~』』』
『んじゃゆっくりは適当に放置ということで』
『質問!』
『はいどうぞ』
『場合によってはボコってもいいですか?』
『あー、やるならきっちりトドメ刺しとけよ。放っとくとうるさいかんな』
『わかりました!』
『若いっていいねえ』
「わあ、猫の集会だー」
「よく見かけるよ。何話してるんだろうね」
「今度エサあげてみよっか?」
「勝手にあげちゃ駄目だよ。この子たち毛ヅヤがいいから、
どっかでちゃんと食べてるさ」
「ふーん、そーなんだ」
『食えないゆっくりより、食わしてくれる人間の方が使えるよな』
『『『ですよね~』』』
[狩り]
本能とは生まれながらに備わっているものであり、逆らうより従う方が楽なのである。
ここにもそんな猫が二匹。
『実際んとこ、ゆっくり見てるとウズウズすんの俺だけ?』
こちらの先輩格の猫、どうやら先日の集会に不満があるようだ。
『わかります。あの小さいやつ、たまりませんな』
無難に追従する舎弟。
『…いっとく?』
周囲を見回し、こっそりと提案。一応後ろめたさはあるのか。
『怒られませんか?』
『まあちょっとぐらい。んじゃ行くか』
『えーちょっと待ってくださいよー』
そう言いながらも、あまり嫌そうではない後輩猫であった。
さて不運か幸運か、この二匹が出会ったのはありす種だった。
「あら、ねこだわ。ゆっくりしていってもいいんだからね!」
「「「ねきょしゃんだー」」」
成体ありすと、六匹の子ありすの一列縦隊。
『おーう大漁大漁』
『こいつら初めて見るっす。何て種類っすか?』
『さーな。まあゆっくりなことにゃあ変わらんだろ』
『確かに』
「ちょっと、へんじぐらいしなさいよ!」
『じゃ、俺こっちから、お前そっちから』
『了解』
「くびわもしてないし、ぜんぜんとかいはじゃないわ! しょせんのらねこね!」
「「「のりゃねきょね!」」」
そう、野良猫。よほどきっちり躾られた猫でもない限り、猫というのはなんでも
食べようとする生き物なのだ。
そして自然から離れてもなお、ハンターとしての能力は失われていない。
「にゃ、にゃにしゅるのぉっ!」
「はにゃしぇー!」
まず犠牲となったのは子ありす。二匹がそれぞれ前脚で押さえつけ、顔を見合わせる。
『んじゃ、ひとくち』
『いただきまーす』
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」
「もっちょ…ゆっきゅ…」
「ああああありすのあかちゃんんんん!」
『こっ、これは…』
『なんて芳醇な香り…!』
『…カスタードクリームだ! 昔人間んとこで食べたことあるぜ!』
猫は脂肪分の多い食べ物を好む。カスタードクリームは、餡より遥かに蠱惑的だった。
「ありすの、ありすのたいせつな…」
「おかあしゃーん! おねぇちゃんがー! ゆうううう!」
我を失っているありすたちに、四個の光る眼が向けられた。
『『ひゃっはぁぁぁ! くりーむだぁぁぁ!』』
子ありすを銜え、フンガフンガと荒い鼻息をつく猫二匹。
本能に従い、ありすたちを近くに留められていた車の下へと引きずり込んだ。
成ありすは二、三撃食らった後、引きずられて運ばれた。
「ゆぎゅっぎゅぎゅぎゅぎゅ…ありすの きぬのようなおはだが…」
地面に描かれる、カスタードクリームのライン。
鋭い爪と牙は、ありすたちの体に沢山の小さな穴を開け、動く力を失わせていた。
「いやぁぁぁぁぁ! ねこしゃんやめてぇぇぇぇ!」
「おきゃあしゃん、たしゅけてぇ!」
「ありすのおはだ…かみのけ…」
「ありしゅ、しゅっきりしてみちゃかったにょに…」
『うめ!めっちゃうめ!』
『カスタードぱねぇっす!』
体も車もべちょべちょに汚したこの二匹は、この後人間に捕獲された。
こっぴどく怒られたのは言うまでもない。
処分されず飼い主が決まったのは、猫には甘い神様のおかげだろうか。
作 大和田だごん
むしろ猫が書きたくて書いた。
最終更新:2011年07月30日 01:12