「うーん、こうかな」
「やべでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「えやっさ」
「どぼじでこんなことするのぉぉぉぉぉぉ!?」
男が何をしているかというと、”ゆっくりにとってゆっくりできないように見える踊り”をれいむに見せているのだ。
世の中には色々な商売があるもので、ちゃんとゆっくりが嫌がるような振り付けを研究・開発している人がおり、
そうした人の書いた手引き書を読みながら踊ればこれ、この通り。
「せいっ」
「ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「はっ」
「ゆんゆんゆん!!」
れいむは箱の中で苦しみ悶える。拘束されているわけでもなし、目を閉じればいいのだろうが、
律儀というか愚かというかその考えには至らないようである。
「うーん、いい汗かいたな」
「ゆふぅ……ゆふぅ……おにーさんゆっくりできないおどりはゆっくりやめてね!」
「何だと?」
男がさっ、と手を天にかざすとそれだけでれいむは竦み上がる。
「ゆっぐりじだいよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「どーしていじわるするの!おにーさんゆっくりしていってね!」
「うーん、俺は意地悪するのがゆっくりなんだよ」
「そういうのはだめだよ!ゆっくりくいあらためてね!」
「うーん、悔い改めはしないが、正直ネタが切れかけてきてるんだよな……」
他人の書いた本などを読んでいじめているのも、最近新しいネタが思い浮かばないせいだ。
「それじゃあ、れいむがお題を出したまえよ」
「ゆゆっ!?」
* * * *
「ゆゆゆ……?」
(そうだよ!おだいを『おいしいごはん』にしたら、おいしいごはんをおなかいっぱいむーしゃむーしゃできるよ!)
「お題言えよ、おう早くしろよ」
「わかったよ!『おいしいごは』……ゆはっ!?」
その瞬間れいむの心に浮かんだのは、ぽんぽんが破裂しそうになるまでご飯を食べさせられる自分の姿だった。
あるいは、おにーさんだけがごちそうを食べてれいむは食べられないとか。
(ゆぅぅぅぅ!だめだよ!そんな『おだい』にしたらぽんぽんさけちゃうよ!)
「ん?おいしい何だって?」
「いまのはのーかんだよ!もうちょっとゆっくりまってね!」
れいむは考える。
歌――駄目だ。きっとおにーさんはすごくゆっくりできないおうたを歌うに違いない。
ちょうちょさん――駄目だ。れいむにちょうちょさんをくれるはずがない。
「ゆゆゆゆゆ……」
「早くしろー」
その時天啓が閃く。
「わかったよ!
おだいは『くうき』さんだよ!」
「ほう……」
(くうきさんならとうめいだからぶつけられたりしないし、たくさんあるからとりあげられたりもしないよ!
やっぱりれいむはかしこいね!)
「いいだろう……少し待て」
* * * *
「実は俺は空道の使い手でね」
「ゆ?くうどうってなに?」
「まあこのマンガを読みなさい」
饅頭読書中...
「やめでね!くうきさんはゆっぐりでぎないよ!」
「この手のひらをすぼめて作った真空で、れいむの呼吸を吸い取っちゃうぞー」
「やめでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「いきができないぞー」
スポッ。
「ゆ……!ゆ……!」
* * * *
「ゆぅ、ゆぅ……」
「空気なんて恐ろしいお題を出すからだよ。純粋酸素の恐ろしさ(実際には手で口を塞いだだけ)がわかったかな?
今度はもうちょっと平和なお題にしたらどうだ?」
「ゆぐぐぐぐ…!」
ニヤニヤと笑う男と涙目のれいむ。
(ゆぅぅぅ!もうおこったよ!)
ぷくーと膨れるがそんなことでは男に痛痒を感じさせるには至らない。
なにか、素晴らしいアイデアで男を出し抜いてやらなくてはいけないのだ。
「ゆゆ!そうだよ!」
「決まったか?平和的なお題」
「ゆふん、きいておどろかないでね…!
『じゃあくなもんすたーをよびだす、ちきゅうにはそんざいしないぶっしつ』だよ!
もってこられるものならもってきてれいむにみせてね!!」
「ちょ、おま…よく”輝くトラペゾヘドロン”を知っているな…」
「ゆっふっふ!これなられいむをいじめられないでしょ!ゆっくりしていってね!」
男は部屋を出て行った。
男が持ってきたのは、金属の箱に入った黒く丸い多面体だった。
「さて、これがれいむの見たがってたシャイニン・トラペゾヘドロンなわけだが」
「どぼじでここにあるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「これを気合入れて見つめると、混沌のあちら側から超絶ゆっくりできない奴を召喚できるらしい。
ちょっとやってみようか」
「やべでね!ゆっぐりじでね!」
「ゆ~ゆ~ゆ~♪」
「でいぶのこえまねでふきつなぎしきするのはやめてね!」
「まあまあ気にしない気にしない……ゆっ!」
男の意思と多面体を媒介して現れ出でたものは、
”ナイアラルトホテプ”――あるいは這い寄る混沌――あるいは無貌の神、暗黒神、
闇に棲むもの、大いなる使者、燃える三眼、顔のない黒いスフィンクス、強壮なる使者、百万の愛でられしものの父、
夜に吠ゆるもの、盲目にして無貌のもの、魔物の使者、暗きもの、古ぶるしきもの、膨れ女などとも呼ばれる、
星界からの来訪者だった。
具体的には、蕎麦の玉を積み重ねたような、ゴキブリのようにテラテラと黒光りするしなやかな触手の塊だった。
たちどころにあたりは腐臭に塗れ、高周波が幾重にも広がって呪詛となる。
「ゆぅぅ!こわいけどあいさつするよ!ゆっくりしていってね!」
「……」
「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
触手が二十本ほど伸びてきて、れいむをぶちのめした。
「ゆごす!!
……ぷくーーー!!どぼじでごんな……」
ぶちのめす。
「しょごす!」
ぶちのめす。
「いだぃぃぃぃ!!!」
ぶちのめす。
「てけりぃぃぃぃぃ!!!」
物陰から見ていた男は、とうとう耐えかねて飛び出した。
「おい!やめろ!」
「ゆゆっ!」
それを見て、れいむがゆぱぁぁぁと顔を輝かせる。
そうだ。おにーさんは飼い主なのだ。
時折ひどいことをしても、れいむを飼ってくれているにんげんさんなのだ。
男は黒い塊の前に立ちはだかる――
「アンタは何もわかってない!いいか、こうだ!
……ゆっくりしていってね!」
男はれいむに向き直って声をかけた。れいむは笑顔でそれに応える。
「ゆっくりしていっ……」
そこへ、男のローキック。
「ゆぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!????」
「この”間”が大事なんだよ!アンタのは虐待とは言えない!ただ触手で撫でてるだけだ!」
黒い塊は、恥じ入るように身じろぎする。
「じゃあ、もう1回やってみろ」
「ユ……ユグリスィテイッテネ……」
「ゆゆ!しょくしゅさんゆっくりしていって……」
その言葉を途中で遮って、触手がれいむを串刺しにする。
「ゆあああああああああああ!!!!????」
「そうだ!それでいいんだよ!」
その後、半日ほどれいむをいじめると、ナイアラルトホテプは異界へと戻っていった。
「あいつ、なかなか見所のあるやつだったな。またあとで呼んでやろう」
「やべでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
END
最終更新:2011年07月28日 03:58