伝統のゆ虐
れいむは言い得ぬ恐怖に震えていた。
大地が揺れる。地震ではない。
轟音とともに迫りくる、数体の、見たこともない大きな動物。
華やかな装飾に彩られたそれは見た目は美しかったが、それ以上の殺気に満ちている。
―――逃げろ―――
本能がそう命ずる。
すくみあがった身体を奮い立たせ、どうにか動かすが、それは尋常でない速さで迫りくる。
(どうちちぇ?)
れいむは昨晩眠る前のことを思い出していた。
(おとーしゃんちょ、おかーしゃんちょ、おねーしゃんちょ、いもーとちょちょ、
いっちょにゆっきゅり、しゅーやしゅやちちぇいちゃはじゅじゃよ!)
「ゆぎゃあああああああ!!」
れいむのすぐ後ろから絶叫が聞こえた。
周りには百を超える
ゆっくりがひしめいている。
みな一様に恐怖に蝕まれ、我先にと逃げ惑う。
「ゆぶぇ!!」
「おかーしゃあああん!!」
「こっちこないでええええ!!」
「やめてね!ゆっくりできないよおお!!」
和音のように響き渡る断末魔。
飛び散る餡やカスタード。
まさに地獄。ゆっくりの大虐殺。
東西南北前後左右、四面全て見渡す限り、蠢動するゆっくりの海である。
そしてかなたに見える、巨大な生き物たち。
両親とも、姉妹ともはぐれた。
きっとこのゆっくりの海のどこかで、同じように逃げ惑っているに違いない。
しかし、探している余裕はない。
立ち止まればきっと、永遠にゆっくりする羽目になる。
逃げる逃げる逃げる。走る走る走る。
やがてれいむの退路はふさがれた。
おびただしい数のゆっくりによって。
「なにしてるの!ゆっくりしないではやくどいてね!」
「じゃまなんだぜ!のろまなげすはせいさいするのぜ!」
「おさないでよ!まえのちぇんがもたもたしてるからよ!」
押し合い圧し合い。ちっとも進めない。
「このさきへはいけないわ!おおきなかべさんがあってすすめないの!」
先頭のぱちゅりーの声は、しかしすぐにもみ消されてしまう。
やがてそのぱちゅりーは圧死し、かわって前に出たまりさも、壁に気づくが戻れない。
まりさも圧死する。次に前に出たありすも。ちぇんも。みょんも。
死体は踏みつけられ、新たな死体と混ざり合う。
餡とも、カスタードともわからぬドロドロとしたものが、そこかしこに散らばっている。
その間にも迫ってくる巨大な生き物たち。
仕方なく、ほかの逃げ道を探そうとするゆっくりたち。
突如、そのうちの一匹のまりさに、細長い棒状のものが突き刺さる。
「いじゃいいいいいいいい!!!」
帽子が吹き飛ぶ。転げまわるまりさ。しかしすぐに事切れる。
他のゆっくりたちも、それに構うことはない。
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―――ゆ追物(ゆおうもの)―――
わが国に古来より伝わる、伝統的な武芸の一つである。
成立は今から約八百年前といわれ、記録に残る、世界最古のゆ虐といわれている。
壁に囲まれた広い馬場に、数百匹のゆっくりを放ち、
数名が疾駆する馬の上から矢を放って、それを仕留めた数を競う。
笠懸(かさがけ)、流鏑馬(やぶさめ)とともに、騎射三物と呼ばれ、
武人たちの間で、最も重要な武芸の一つとされたという。
しかし近代以降、にわかに高まったゆっくり愛護の風潮によって、
開催の自粛を余儀なくされ、長らく埋もれてしまっていた。
それが最近になって、ゆっくりがしばしば害獣の扱いを受けるようになったために、
その禁が解かれて、このように本格的なゆ追物が、各地で催されるようになったのである。
今日では学生や同好会の人々による、ゆ追物の大会も開かれるようになり、
世のゆ虐愛好者の心をつかむに至っている。
海外にもファンは多く、インターネットなどを介して、その模様が広く配信されている。
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疲れ果てたれいむは、いよいよ自らに、死が迫っていることを実感していた。
同じように疲れ果てたゆっくりが、方々でのろのろと這っている。
あるゆっくりは、謎の巨大生物、もとい、騎馬に向かって許しを請うなどしたが、
無論、聞き入れられることなどない。
一匹、また一匹と、馬上より放たれる矢の餌食となって行く。
ついに、れいむの隣を駆けていたありすも、矢の餌食となった。
れいむは馬場を囲う高い壁に突き当たり、方向を変えようとして振り返ったが。
その目に飛び込んできたのは、疾駆する馬の上から、自らに向かって矢を構える人の姿だった。
「……おねがいでしゅ、にんげんしゃん!れいむはなにもわるいことちてましぇん!
ゆるちちぇくだしゃい!おねがいちましゅ!おねがいちましゅ!おねがいちましゅ……」
馬上の人は正確にれいむに照準を絞り、躊躇なくそれを放った。
矢はれいむの右目を貫き、その身体を貫いて、大地に突き刺さった。
れいむの口から餡が飛び散る。
これまでに味わったことのない衝撃が身体中を駆け巡る。
れいむはビクビクと痙攣し、あにゃるやまむまむからも、おびただしい餡が吹き出る。
―――れいむが最期に見たものは、走り去る騎馬の尻尾だった。
爽やかな風に揺れる、黒く、たおやかなそれは、れいむに母の後姿を思い出させた。
(おしまい)
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(過去作)
最終更新:2011年07月29日 03:09