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文化(工事中)
本稿では、『ザオ・サガ』で使われる文化美術的モチーフに関して雑多に記す。一部
各エピソード・扉絵考察と重なる内容があることに留意されたし。また、その順番は登場話順でなく関連項目ごとにある程度まとめていることに注意。
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レオナルド・ダ・ヴィンチ作『モナ・リザ』
- 使用箇所は十話。
- はっきり言っておくが、私のものよりも遥かに素晴らしい文章が世に溢れているため、詳細はそちらを参照されたし。
ヴィンツェンツォ・フォッパ作『雲の奇跡、偽の聖母』
コッポ・ディ・マルコヴァルド作『最後の審判』
ジョヴァンニ・ダ・モデナ作『最後の審判』
- 使用箇所は十八話。
- 15世紀初頭、ボローニャのボロニーニ礼拝堂で制作されたフレスコ画である。天国と地獄の二つを描く、グロテスクでありながら壮大、そして静謐さを併せ持つこの作品は、ダンテ・アリギエーリの『神曲』からインスピレーションを得たことが明らかである。というのも、サタンの右上に拷問を受けるムハンマドを配置していることが、『地獄篇』でのムハンマドの描写を踏襲したものだと考えられるからである。
彼我を見て手をもて胸をひらき、いひけるは、いざわが裂かれしさまをみよ
マオメットの斬りくだかれしさまをみよ、頤より額髮まで顏を斬られて歎きつゝ我にさきだちゆくはアーリなり
そのほか汝のこゝにみる者はみな生ける時不和分離の種を蒔けるものなり、この故にかく截らる
後方に一の鬼ありて、我等憂ひの路をめぐりはつればこの群の中なるものを再び悉く劒の刃にかけ
かく酷く我等を裝ふ、我等再びその前を過ぐるまでには傷すべてふさがればなり
- ダンテはルチフェル(サタン)について三つの顔を持ち三人の罪人を食らっていると表現した。
我その頭に三の顏あるを見るにおよびてげに驚けることいかばかりぞや、一は前にありて赤く
殘る二は左右の肩の正中たゞなかの上にてこれと連なり、かつ三ともに雞冠あるところにて合へり
師曰ふ、高くかしこにありてその罰最も重き魂はジユダ・スカリオットなり、彼頭を内にし脛を外に振る
頭さがれるふたりのうち、黒き顏より垂るゝはプルートなり、そのもがきて言なきを見よ
また身いちじるしく肥ゆとみゆるはカッシオなり
- ダンテのこれは、コッポ・ディ・マルコヴァルド作『最後の審判』から想を得たのだろう。対してジョヴァンニは、頭部と股のふたつの口から罪人を貪り食うという表現を用いた。14世紀から15世紀にかけてはとりわけよく見られるもので、タッデーオ・ディ・バルトーロなども類似の描写を行っている。
フラ・アンジェリコ作『最後の審判』
- 使用箇所は十八話。
- ジョヴァンニのそれと同じく、ダンテ・アリギエーリ(1265-1321)の『神曲』からインスピレーションを得たことが明らかな作品。サタンが三つの口で三人の罪人を咥えているからである。
- キリスト教圏の西洋美術において罪人、悪魔の持物として扱われるものの一つが山羊である。これは『マタイによる福音書』における「羊飼いが羊と山羊を選ぶように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に据える」という一文に由来し、従順で優れたものである羊と、その対象になる不浄な山羊が、それぞれ信仰に生きるものと罪人を表す象徴や持物として扱われるようになった。これに加えて、西洋美術のさらなる基底に存在するギリシャ神話的エッセンスの影響についても言及を避けることはできない。キリスト教圏において、山羊の特性を持つ牧羊神パーンのイメージが、獣角と毛皮を持ついわゆる悪魔像の形成過程で取り入れられているからである。それゆえアンジェリコの『最後の審判』を含む多くの宗教画では、悪魔サタンが獣のように描かれるのである。
- フラ・アンジェリコ(1395?-1455)はイタリアの画家。直接の師ロレンツォ・モナコからは優れた装飾技法を、先達ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノから細部を見てとる観察眼を、ルネサンスの方向性を決定付けた巨匠ジョットからは三次元空間の描写の重要性を、同世代のマザッチョからは幾何学的遠近法と光の処理を学び、これらを高度に洗練して統合した。その結果、画家としての成功を得るに至るのである。
フラ・アンジェリコ作『最後の審判』
- 使用箇所は二十話。
- サン・ピエトロ聖堂にある上記の作品とは別のもので、こちらは現在ベルリン絵画館に所蔵されている。
コラン・ド・プランシー作,ルイ・ル・ブルトン画『地獄の辞典』 p.55 アスモデ
- 使用箇所は二十話。
- 六版以降に収録されている挿絵。
- アスモデウス、あるいはアスモダイ。シャマダイやシドナイとも呼ばれる。ユダヤ教のラビの中には、悪魔サマエルや『創世記』でエヴァを誘惑した蛇と同一視するものもいる。悪魔の君主と目されることもある。
- ユダヤの伝承によれば、彼はソロモン王を追い落としたが、最終的にソロモン王に捕縛され、エルサレムの神殿の建設に協力させられた。
- 旧約聖書外典『トビト書』によれば、若い女性に取り憑いたが、魚の胆汁を焼いた煙によって追い出され、天使ラファエルによってエジプトの果てに封じられた。
- ヨーハン・ヴァイヤー作『悪魔の偽王国』の記述によれば、アモイモンに従属する悪魔でありながら、彼自身が七十二の軍団を従える。その容貌は三つの頭を持ち、第一の頭は雄牛に、第二は人間に、第三は雄羊に似る。さらに、蛇の尾とガチョウのような足を持ち、口からは燃え立つ息を吐く。召喚された時は、竜に跨り、手に軍旗と槍を携えた姿で現れる。彼は召喚者に星の印を施した指輪を与え、不可視の術を教え、幾何学、算術、天文学、そして機械技術を教授する。また、彼はあらゆる財宝の在処を知っている。反対に、これを祓う際には、二本の足でしっかと立ち、彼の名を呼ぶことが求められる。
『ブルクハルト=ヴィルト黙示録』
- 13世紀末、フランスで作られた黙示録写本(ヨハネの黙示録の本文と挿絵を掲載した写本)。イギリスの写本の写しである。
- 当時所有していたのはエレノア・プランタジネット(1264-1297)であると推測される。近代、ペーター・ビルマンという美術商からダニエル・ブルクハルト=ヴィルトに売却され、80年代に彼の家族が手放し、世に知られるようになった。
- フィオーレのヨアキム(1135-1202)が出版した『三位一体論』は、1260年ごろに世界が変革を迎えるとする終末論的思想を論じている。1244年のエルサレム攻囲戦によるエルサレム陥落、さらにフランシスコ会内急進派の後押しなどの出来事もあって、この頃の英仏では黙示録に対する関心は飛躍的に高まっていた。予言は外れてもそのムーブメントは変わらず続き、『ブルクハルト=ヴィルト黙示録』もその最中に作られた。
『ダイソン・ペリンズ黙示録(ゲッティ黙示録)』
- 13世紀中期、1255年頃~1260年頃に作られた黙示録写本。
- 彩色挿絵、『ヨハネの黙示録』本文、そしてベレンガウドゥスの註解書の3つによって成立している。
- 挿絵は聖ヨハネの非常に鮮やかな幻視描写を忠実に再現しており、説得力と臨場感をもって読者に黙示録の光景を追体験させる。
- ベレンガウドゥスは9世紀ごろに生まれたと言われている修道士。ヨハネの黙示録の註解を著した。
『ヴァル=デュー黙示録』
- 14世紀初頭、1320年頃にフランスのノルマンディーで制作された黙示録写本。
- 13世紀のイギリスの『メッス黙示録』の形式におおむね従っているものの、いくらかはヴァル=デュー黙示録の画家によって付け足されている。
- 挿絵は背景が豊かに彩色されているだけでなく、空白部にしばしば精緻な菱形模様が施されている点が独特である。
『ルター聖書』
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トモダチコレクション(トモコレ)
おまけのコンテンツです。
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特定のMiiからの呼び方だと思って設定したんですが、TIPSにもこう呼ばれるようになってしまいました。
失敗ですね。
うまくネクタイを結べた太一郎。ウェイターのアルバイト、頑張ってくださいね。
なぜか単体で置くことができず、10枚も名画を飾ってしまった
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最終更新:2026年10月19日 16:59