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ジョーゼフ・キャンベルの神話類型論から読み解く

本項では、ジョーゼフ(ジョゼフ)・キャンベルのモノミス(神話の原形)理論、すなわちC・G・ユングが洗練した元型論の流れを汲んだ、神話とは人間の命と源泉より生まれた、普遍的な問題とその解決法の示唆を示唆するものであり、古今東西の神話には共通のストーリーラインがあるという考え──「ヒーローズ・ジャーニー」とか呼ばれるそれを基にして、本作を読む。
今日において、これらの理論は比較神話・文化学の中で必ずしも正しいものとは言えなくなっているものの、ストーリーの分解と比較という観点において、依然として有意である。
以下にモノミス理論の概略を示す*1

目次


理論概要


表1.モノミス
構成要素
出立ないし分離 1.冒険への召命
2.召命拒否
3.自然を超越した力の助け
4.最初の境界を越える
5.クジラの腹の中
イニシエーションの
試練と勝利
1.試練の道
2.女神との遭遇
3.誘惑する女
4.父親との一体化
5.神格化
6.究極の恵み
帰還 1.帰還の拒絶
2.魔術による逃走
3.外からの救出
4.帰還の境界越え
5.二つの世界の導師
6.生きる自由


冒険への召命

「冒険への召命」とはすなわち、運命が英雄を召喚し、その精神の重心を今いる社会から未知の領域へと移動させることである。たとえば、偶然の失敗が予想外の世界を見せ、その人は正しく理解できない力との関わりに引っ張り込まれる。尤も、フロイトによれば、こういう「偶然の失敗」とは抑圧された願望と葛藤によって起こる物であり、偶然ではない。

召命が起こる環境として典型的なものが、鬱蒼とした森や大きな木、湧き上がる泉、そして運命の力を齎す不気味な使者である。そして未知の領域とは、宝と危険の両方が満ちた、運命の領域に他ならない。これは、遠隔の地、森、地下王国、山の頂上など、さまざまな形態をとる。

召命拒否

「召命拒否」によって英雄の冒険が消極的な形になることは珍しくない。思想や美徳、目標、実利といった様々な観点において、自身の今行っていること・利益になると思われることを断念したくないからである。しかし、召命の拒否によって直面した苦境が、何らかの解放の原理を示すこともある。

自然を超越した力の助け

英雄の冒険の始まりにおいては、これから遭遇する恐ろしい脅威に対抗するための魔除けを授ける守護者(たいていは小さく皴の深い老人の姿を取る)が現れる。これは慈悲深く英雄を守護する運命の力の象徴である。また、自然を超越した力で先導する案内人(たいていは男の姿を取る)が現れることもある。これは保護と監督という超自然的な本質を持つが、守護と同時に危険な誘惑的性質をも孕んでいる。
召命に応じ、目の前の事態に対して勇気を以て突き進むとき、英雄は自身の無意識の中にある力を見出す。この英雄の行動が社会のニーズと合致するとき、英雄は歴史の1ページに刻まれるのである。
また、召命を拒絶した者の前にも、超自然的な守護者が現れることはある。

最初の境界を越える

冒険に踏み出した英雄は、強大な力の領域への入り口、すなわち闇や未知・危険との境界線で「境界の守護者」に出会う。
普通の人間であれば境界線の内側に留まり、そのことを誇らしくさえ思うのであるが、英雄はこれを突き抜けて進んでゆく。
彼らは定められた未知の世界をそのように留める守護者の制止を振り切り、境界線を越えて行くことで、守護者の破壊的な面を引き起こす。そうして初めて、生死を問わず、新しい経験の領域を積み重ねるのである。

クジラの腹の中

神秘の境界を越えることと再生の領域に入ることは同義である、という概念が存在する。これを「クジラの腹の中(鯨の胎内)」と呼称する。
英雄は境界の力に勝つ、あるいは折り合いをつけることになるが、未知のものに呑み込まれ、死んだように見える場合もあるだろう。すなわち、自己消滅の一つの形でもある。
しかし越境は、再び生まれ出づることをも意味する。中へ入りもう一度出てくるということは、生まれ変わることのメタファーであり、変容である。
神殿、クジラの腹の中、境界の向こう、世界の上や下など、さまざまな異界があるが、本質的にはどれも同じものであり、「内なる高度な沈黙」と向き合うことができるもののみが守護者を寄せ付けず、異界での変容を経験するといえる。

試練の道

境界を越えた英雄は、次々に襲い来る試練に対し、ここまでに得た助言や魔除け、超自然的な力を以て立ち向かっていく。
この世界に来たことで、初めて、恵み深い力が超人的な経験をしている自身を支えてくれていることに気付くのである。

女神との遭遇

英雄は、試練を乗り越えた後、約束された理想の化身や象徴であり至福を授ける存在である美女と出会い、霊的に婚姻する。
これは母であり姉であり恋人であり花嫁である。しかし、見るものによっては「養い守る存在」と「妨害し、禁止し、罰を与える存在」の矛盾した二面を持つ恐るべき存在に映ることもある。
これを、無知という目ではなく、理解の目で見ることができるものが、英雄となるのである。すなわちこれは、英雄が愛という恵みを勝ち取れるかどうかを確かめる試練といえる。

誘惑する女

汚れて臭気にまみれた肉体によって私たちの行動や思考が縛られていると突然感じ、嫌悪感に襲われるときがある。これによって、生きるための器官や、生きることの象徴である女性が、耐えがたい苦痛となってしまう。
英雄とは、試練を越え、運命的な出会いをする花嫁(生そのもの)と婚姻し支配できるだけの悟りの境地にいるものである。
これは母からの分離の象徴であり、これをもって自分が父と一体であることないし父に代われたことを示すのである。

父親との一体化

父親(あるいはその代理)は、若者がより大きな世界に入っていくときにイニシエーションを授ける指導者である。
かれらは、不適当で幼稚なカセクシス(固定化された好悪の感情)を捨て去り、客観的に力を行使することができる若者にのみ、仕事の象徴を託す。
託されたものは、幼稚な「良きもの」「悪しきもの」という二元的な考えを脱し、希望や恐れを取り去った、人格のない宇宙的な力を体現するようになる。これは即ち「二度生まれた」ということでもある。

神格化

「女神との遭遇」、「父親との一体化」を経て奇跡的に生まれ直した英雄は、既にかつて恐れていた姿になっている。
出会う他者は全て自らを脅かす存在のように見えたが、彼らもまた「宇宙そのものの主」としての神より生まれた兄弟であり、また神である。
英雄に足りない人間はイニシエーションによって破滅する。しかし英雄は適格者としての心構えの下で、イニシエーションを受け、内在する力を見出し、一見相反する概念の本質的同一を理解し、神的存在を自覚する。ある意味で、人は神の中に存在し、神もまた人の中に存在するのである。

究極の恵み

恵みとは、ある特定の場面で望むことに合わせて減っていく生命エネルギーの象徴に過ぎない。
自らの限界を突破しようと試みるときに発生する苦悩を越え、形あるものの全ての経験を超克した視座に至るとき、英雄は避けられない虚空そのものを理解する。
このような英雄のみに、「不滅の存在」は開かれる。「不滅の存在」とは、世に言う神々ではなく神々が維持する本質的なエネルギーそれそのものである。
しかし、神々が過度に厳しかったり、用心深すぎたりする場合もある。そのような場面では、英雄はこれを騙し、殺し、あるいは宥めることで恵みを持ち帰る。

帰還の拒絶

生命や宇宙の根源を看破したり、あるいは神の恩寵を受けたりして探求した英雄は、戦利品を携えて帰途に着かねばならない。この戦利品を以て、世界(共同体、民族、地球、一万世界)の再生に役立てるのである。
しかし、その重責を厭い、帰還を拒絶する英雄も存在する。

魔術による逃走

英雄が神や女神に祝福され、社会を再建するための戦利品を携えて帰還する使命を与えられた時、その帰途は超自然的な力に加護されることになる。
一方、その戦利品が力尽くで奪い取ったものである場合や、神や悪魔が英雄の帰還を阻もうとしている場合、その帰途は複雑な逃走劇となる。英雄は、魔術的なものを身代わりにしたり、あるいは投げつけたりしながら追手の追跡を振り切るのである。

外からの救出

英雄を冒険の世界から取り戻すために、外部からの助けが必要なケースもある。
単に英雄が時間をくっている場合はともかくとして、英雄に帰還する気がない場合、連れ戻そうとしたものは手痛い反撃を受けてしまう。
それでも結局英雄は帰還し、神秘の領域から日常の領域へと回帰していく。

帰還の境界越え

英雄は境界を越えて異界(たとえば死、夜、天界)から日常の世界へと帰還する。しかし、これらの世界は対立する別個のものではなく、本来ひとつのものなのである。すなわち、既に失われて久しい次元を探求することこそ、英雄の偉業といえる。
しかし、異界で得た叡智を伝えることは、多次元を三次元で表す難行に等しく、また、日常世界に齎した恩恵でさえも合理化の時の流れの中で次第に風化していく。そのようにして、日常世界では新たな英雄を求める声が高まっていくのである。

二つの世界の導師

導師とは、一つの世界の力を借りて、もう一つの世界を知る存在である。これは帰還の案内人であり、啓示を行うものであり、道づれでもある。

生きる自由

奇跡に満ちた旅と越境は、望むと望まざるとに関わらず、それぞれの結論を齎す。
生きる上で避けられない罪に気付き苦悩する英雄も居れば、かりそめの安息を得るために自己を正当化する者もいる。
しかし、後者の生き方は、自己についても宇宙の在り方についても誤解してしまうのみである。
神話とは、究極的に言えば、我々と英雄の双方にとって、身勝手な考えから脱し、移ろいゆく時間や生と死で成り立つ命の営みの関係を客観視するためのものなのである。


磯部太一郎を主軸にした『ザオ・サガ』の分析


表2.モノミスと『ザオ・サガ』(磯部太一郎を主軸として)
構成要素 『ザオ・サガ』の該当部分
出立ないし分離 1.冒険への召命
2.召命拒否
3.自然を超越した力の助け
4.最初の境界を越える
5.クジラの腹の中
太一郎が森に入り、魔物に襲われる

マイロ・ボケリーと出会う
磯部良一による軟禁、石田たちによる誘拐
大札使いの装置に入れられる
イニシエーションの
試練と勝利
1.試練の道
2.女神との遭遇
3.誘惑する女
4.父親との一体化
5.神格化
6.究極の恵み




父祖磯部ガキと契約し身を捧げる
のごとき力を得る
ザオの力を自身のものとする
帰還 1.帰還の拒絶
2.魔術による逃走
3.外からの救出
4.帰還の境界越え
5.二つの世界の導師
6.生きる自由

トルトゥーガの妨害
磯部家の到着


冒険への召命

磯部太一郎を主人公(英雄)として本作を見るとき、その日常世界にあたるのが磯部家の中である。太一郎が偶然のもとで磯部家の森に飛び出す。ここは当時の太一郎にとっては未知の領域であり、危険(魔物)と「本の中でしか見たことない」宝(コーヒー花誓いの石嘆きの木オリオンの石ドビズムカデ)に満ちた、異界に近しい場所であると言える。
そして、ある意味では不気味な使者のような働きをする自然の息吹に惹かれた太一郎は、その精神を日常世界から異界に順応させ、シフトさせていくのである。

自然を超越した力の助け

太一郎は、磯部家の屋敷を飛び出し、抑圧の下にある日常世界からの旅立ちの一歩目を踏み出し、魔物(マイロに倒された個体)という脅威に出会う。
そこで、ある種の運命──磯部ガキトルトゥーガ(紅丸)の因縁と計画によって、その使者であるマイロ・ボケリーと出会った。彼は、祖先術オーラを太一郎に見せ、魔物という脅威に対抗できる力(一種の魔除けとしての力)を授ける。マイロは、磯部家に代わって太一郎を守護するものであり、それと同時にトルトゥーガの下で太一郎を誘拐しようとも試みる、誘惑的性質を備えた危険な使者に他ならない。

最初の境界を超える

幼少の太一郎の目には異界のように映っていた磯部家の森に出られるようにはなったが、依然そこも境界の内側であり、日常世界の中なのである。
太一郎を境界の内側、すなわち磯部家の手の届く範疇に留め置こうとする磯部良一は、「境界の守護者」としての役割を持っている。
そんな中、五家の宴の開催や石田カズシゲの奸計によって、期せずして太一郎が境界を越える。
これによって、磯部家の面々の「太一郎を力づくで連れ戻す」という破壊的な性質が引き出された。

クジラの腹の中

越境とは、生まれ変わることや変容することのメタファーである。
『ザオ・サガ』において、太一郎は文字通り生まれ変わる。多くの神話では比喩の中に覆い隠されるそれが、本作では単刀直入に描写される。
すなわち、大札使い(封印術師)の装置に入れられ、変容させられることである。
この小さな装置の中がまさに「クジラの腹の中(鯨の胎内)」であり、太一郎が本来備えていた力を取り戻す再生の場なのである。

父親との一体化

太一郎は「クジラの腹の中(鯨の胎内)」に入り、そこで父祖である磯部ガキと対話する。
自らが「飛べないと信じ込まされた鳥」であると啓蒙され、超自然的な力と引き換えに自身を磯部ガキに捧げ、その血と魂との一体化を果たすことになった。

神格化

磯部ガキたちのようなザオの血族は、神のごとき力でこの世界を支配していたことが明かされる。
然るに、父祖である磯部ガキとの契約(「父親との一体化」)は、そのまま「神格化」を意味するのである。

究極の恵み

望みとは望む者の格によって変動し、消耗されていくエネルギーである。
尾長魚のように下らないものを望んでいた太一郎は変容を果たし、「誰に蔑まれることもない何者にも負けない強さ」を望むに至る。
太一郎が得た磯部ガキの力の根源、すなわち悪魔の力こそが「不滅の存在」たる「究極の恵み」である。

魔術による逃走

トルトゥーガは、太一郎が帰還することを許さず、その道を阻む。英雄である太一郎は、悪魔であるトルトゥーガを倒す、あるいは彼の手から逃れなければならない。

外からの救出

ダリルの組織に加入した磯部家の面々は、太一郎を捕縛し、連れ戻そうとする。
しかし、太一郎自身が彼らをよく思っていないがために、磯部海磯部竜星は最悪の結末を迎えるのである。

生きる自由

「生きるために他人を必要とする」臆病者、すなわち弱者である太一郎は、生きる自由を手に入れられない。
「力なき者を待つ運命」である「死」に向かって進んでいくことになった。
磯部ガキは「亡き記憶」を捨てるというイニシエーションを通して「自分の魂を縛り付ける運命」を脱したが、太一郎はそうならなかった。「誰に蔑まれることもない何者にも負けない強さ」を望んだ太一郎は原初に立ち返り、「屋敷を出て外の世界を望んだのが間違いだった」という絶望と共に太一郎の旅は終わり、ついぞ帰ることはなかった。


総括

磯部太一郎の旅において、その出発点から越境、生まれ直しといった各フェイズのどれもが当人の意図していない事象であった。石田が「キミの運命は最初から決められていた」と言った通りである。
また、本来はイニシエーションを授け、客観的な視点を持てるように責任を以て太一郎を導くはずの父磯部良一は、その役割を放棄して、ネグレクトを行っていた。
これは、他ならぬ良一自身が不適当なカセクシスに囚われた幼い存在であり、好悪という不完全な二元論に縛られてしまったままの幼稚な人間だということを示している。
そのような環境の中で、無理矢理引きずり出され、英雄を英雄足らしめる試練をも与えられず、磯部ガキとトルトゥーガをめぐる争いの駒として使われた太一郎は、英雄に届かなかった(そもそも英雄を望んですらいなかった)哀れな存在である。
英雄とは運命によって召喚される存在であるが、本作においてはその運命そのものが邪悪だった。


余談(磯部ガキを主軸にした『ザオ・サガ』の分析)


表3.モノミスと『ザオ・サガ』(磯部ガキを主軸として)
構成要素 『ザオ・サガ』の該当部分
出立ないし分離 1.冒険への召命
2.召命拒否
3.自然を超越した力の助け
4.最初の境界を越える
5.クジラの腹の中
太一郎が森に入り、魔物に襲われる

マイロ・ボケリーと出会う
磯部良一による軟禁、石田たちによる誘拐
大札使いの装置に入れられる
イニシエーションの
試練と勝利
1.試練の道
2.女神との遭遇
3.誘惑する女
4.父親との一体化
5.神格化
6.究極の恵み




父祖磯部ガキと契約し身を捧げる
のごとき力を得る
ザオの力を自身のものとする
帰還 1.帰還の拒絶
2.魔術による逃走
3.外からの救出
4.帰還の境界越え
5.二つの世界の導師
6.生きる自由

トルトゥーガの妨害
磯部家の到着
最終更新:2026年02月20日 21:58
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*1 本ページの内容はジョーゼフ・キャンベル著 倉木ら訳『千の顔を持つ英雄』による