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「自分たちの心は何かが決定的に欠けている、
『私たち』はずっとそんな思いに囚われ続けてきました。
そして、私たちの『不完全な心の破片』、
そのするどい切り口で他者を傷つけることが強さだったんです。
でも……今は違います。
『私』は完全な人間、『豊かに感じることのできる心』を知った。
感じたことをありのままに受け止めて、そしてそれを表すこと、
それがほんとうの強さだとわかったから」



    『∴』



「久しぶりですね,夏川文尊」
「遠坂…の弟か…」
 夏川は,動揺を見せまいと,遠坂を見返す。
「……俺のことを恨んでいるのか?」
「いいえ。だけど,ミカは,あいつはずっとあなたのことを恨んでいました。」
「ミカ……?」
 遠坂はふっと口元を緩ませる。
「ああ,シンヤの妹のようなものです。あ,でも,シンヤよりもしっかり者なんですけどね」
 夏川は苦虫を頬張ったような顔で,遠坂の話を聞いていた。
「――姉さんを,どうしてあなたは殺さなければならなかったんですか? あなたと姉さんは,あんなに仲が良かったのに」
「…………カナは,あいつは,決して犯してはならない罪を犯した。」
 夏川はグッと両手の銃を握る。
「あなたが,罪人の暗殺を請け負っていたというのは,ミカがシンヤの寝ている間に調べて,知っていました。そして,あなたが「法の番人」と呼ばれるほど,名のある転校生だったということも」
「……今の俺には,関係のないことだ」
「そこが腑に落ちません。あなたほどの転校生が,なぜ番長グループにくみし,あの罪人――マダマテ――の手下に成り下がっているのですか? あなたの力なら,やつを逆に倒し,この世界からやつを追い出すことくらい,容易でしょう。それなのに……!!」
 遠坂は一瞬言葉に詰まる。
 夏川は,ただ沈黙し,その先の言葉を待った。
「あなたが,あなたがそんなになってしまったら……! あなたに殺されることを選んだ姉さんが……! 姉さんが浮かばれないじゃないですか!!」
「シンヤ,今の俺は転校生ではない……。おまえの姉のことなど忘れた。」
「嘘です! 文尊兄さんの,瞳には,まだ姉さんの影が映ってます!」
「……ふざけるなよ……!! 興がさめちまった……。この話,俺はおりるぜ……」
「文尊兄さん! きっと,こちらについてくれると,僕は信じてます! 姉さんが愛したあなたを,世界中の誰もが信じなくても,僕だけは信じていますから……!」
「…………………………もう,俺もお前も,あの頃には戻れないんだよ……シンヤ……。すまない,カナ……」



 もう,誰も止められない。
 夏川の両手に光る銃が,寂しげに,風に吹かれて揺れていた。








最終更新:2009年07月22日 12:40