「兵など所詮、捨て駒よ!」
B元就の台詞。
ファンの間では、知将である彼の冷酷な知性を象徴する名言として知られている。
しかしながら、その捨て駒たる兵士は、彼の領民でもあるわけである。
自身が庇護すべき兵(領民)を使い捨てのもの扱いした時点で、その統治者は基本的に為政者失格である。
そのため、この台詞を吐いた時点で、彼は掛け値なしの暴君に堕落していると言えよう。
少なくとも、「
百万一心」を説き、「三本の矢」の説話においても、
人の和の重要性を説いた史実の毛利元就像からは程遠い台詞である。
寧ろ、この台詞は肝心要の場面で背後から撃たれ、その悪行のツケを支払うことになる三流の悪党にこそ相応しい。
その意味では、確かに
痴将である彼を象徴するに相応しい
迷言ではある。
補足
現実には、知将・名将としての評価が確立している武将に、兵を捨て駒扱いする逸話はほぼないと言っていい。
例として、兵を自分の赤子として扱うよう自身の兵法書で説いた孫子や、
自ら兵士の手当てに携わることで、兵から盤石の信頼を得た呉子の逸話が余りにも有名である。
それこそ、戦国時代においても武田信玄や鍋島直茂の様に、人の重要性を説いた人物には事欠かない。
作中における「最大級の知性」の内容がこの程度では、制作陣の知的水準も窺い知れよう。
「バカゲー」とは、作品の演出やシナリオが馬鹿であることであって、製作陣が馬鹿であることではない。
へうげもの
山田芳裕氏による、戦国時代の数寄人・古田織部を主人公とした漫画作品。
本作に登場する伊達政宗役の声優がBと同じ中井和哉氏であったため、B厨に言いがかりをつけられた。
戸次川の戦い
難読地名だが、「へつぎがわ」と読む。
豊臣秀吉の九州征伐の際に勃発した、豊臣氏・大友氏と島津氏との間の戦い。
しかし、島津側の名将・島津家久の名采配と豊臣側の軍監・仙石秀久の失態により、
長曾我部信親・十河存保・戸次統常ら豊臣・大友方の重鎮は悉く討死。
仙石秀久自身も逃走してしまい、豊臣氏・大友氏側は島津氏に歴史的大敗を喫する。
さて、B3では同名の戦場が登場し、大友宗麟や島津義弘は一応出てくるものの、
何故か両者が共闘する上、肝心の仙石秀久や長曾我部信親が登場しないなど、一切無関係の内容と化している。
しかも、川ではなくなぜかザビー城風のデザインになっている。
弁慶
平安時代の豪傑・僧兵。一般には「武蔵坊弁慶」とも呼ばれる。
五条大橋で武器狩りをしていたところを牛若丸(後の源義経)に退治され、以後は彼の腹心となる。
源平合戦でも主の義経に従って武功を上げたが、義経が兄の頼朝に危険視されるようになると、
彼と共に奥州へと落ち延びていく。
後、衣川の戦いで義経を守って「立ち往生」を遂げたと言われている。
具体的な史料に欠けるため半ば伝説上の存在であるが、我が国における豪傑の代名詞的存在である。
パクリ元である『無双OROCHI Z』では様々なギミックを搭載した大型の籠手を操る大男として登場しているが、
これに対して「ホンダムのパクリ」「本願寺のパクリ」と難癖をつけるB厨が現れた。
勿論、これは「弁慶の七つ道具」を下敷きとしたものであり、前者は主の無双義経が籠手を得物としていることと、
主従で合わせたが故にこの様な形となっているわけである。
後者は本願寺も弁慶も僧兵であり、頭巾を被っていることからB厨はパクリと難癖をつけたようだ。
加えて、無双弁慶は当然ながらメカではなく歴とした人間であり、如何にB厨が表層的な物の見方しかしない、
反射的な対応しか出来ない輩かがよく分かる話である。
最終更新:2013年04月26日 20:12