ゆっくりいじめ系2153 悲劇がとまらない! (後編)

悲劇がとまらない!(後編)



 あれから1週間がたった日曜日の朝、私たちは一緒に朝ご飯を食べていた。

「そろそろ産まれそう?」

 私が何気なく質問すると、

「ゆ、きっともうすぐだよ! ねっ、れいむ!」

 と、まりさがれいむを向いたので私もれいむを見ると、今にも噛みつきそうな顔で歯軋りしながら私を睨みつけている。
 …まぢ怖い顔だった。あの時のことをまだ根にもっているのだ。

「ゆ…ゆ…お、おねえさん! れいむはちょっとごきげんななめだけど、ゆっくりゆるしてあげてね!」
「う、うん、わかった…」
「ゆ…まりさはおうたをうたうよ! ゆーっ! ゆゆーゆーっ!」
「あははっ、まりさは歌が上手ねー!」

 まりさが雰囲気をなごませようと、お世辞にも上手とはいえない生涯初の歌を歌いはじめた。
 私もそれに同調したが、れいむは相変わらずもの凄い形相で私を牽制してくる。
 気まずい食事なんて嫌なので、私は勇気をふりしぼって、れいむのほっぺたを軽くつっついた。

「れ~いむ!」

 ツン♪

「ゆ゙お゙ッ」

 その瞬間、れいむの両目が飛び出さんばかりに見開かれた。

「え!? なに!?」
「ゆ゙ゔゔゔゔゔっ!! うばれるぅぅぅぅぅ!!!」

 この世のものとは思えないようなおぞましい顔と声で、れいむが産気づいた。

「うそっ!?」
「れいむ!! ゆっくり!! ゆっくりしていってね!!」
「ゆぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…」

 後で知ったことだが、私がつっついた場所は、偶然にもゆっくりのお産をうながすツボだったらしい。
 ふと見ると、れいむの下膨れた下あごの一点がミチミチと押し広げられ、中からネチョネチョした茶色い餡子汁が漏れ出してくる。

「まりさ! ゆっくりのお産ってなにが必要なの!?」
「ゆっ!? ゆゆゆっ!? ゆっゆっ!?」

 まりさはすっかりうろたえて「ゆ」しか言わないので、私はタオルをかき集めてれいむの前に敷いた。

「あがぢゃんがっ……でいぶのゆっぐりじだあがぢゃんがうばれるよお゙お゙お゙お゙お゙お゙っ!!!!」
「ゅ……ぅ……ょ……」

 なんか小さな声が聞こえたので見てみると、広がった穴の奥に、赤ちゃんの顔がチラチラ見える。

「すごい! 赤ちゃんよ! まりさ! 赤ちゃんが出てくるわよ!」
「ゆうぅぅぅ! まりさとれいむのあがぢゃんだよぉぉぉぉ!」
「ゆぎゅうぐぐぐぎぎぎぎぎ……でいぶのあがぢゃんっ……ゆっぐじうばれでねぇっ……」
「ゆっくり………よ!」

 赤ちゃんの声がはっきりしてきた。

「もっと頑張って! ほら、ひっひっふーよ! ひっひっふー!」
「れいむぅ!! ひっひっゆぶうだよ!! ひっひっゆぶう!!」

 と、私とまりさがラマーズ法を始めたのでれいむも必死にマネをするが、どうも正確に伝わっていないらしく、れいむは全部息を吐いていた。

「ひっひっゆふー! ひっひっゆふー! ひっひっ……ひっ…きっ……かはっ…」

 あぁっ、呼吸困難になっちゃう!

「れいむ息吸って! もう一回吸って! それから吐いて!」
「ゆひっ! ゆひーっ! ゆふぅーっ!」

 れいむの全身が真っ赤に染まり、穴の中から、粘液にくるまれたれいむ種の赤ちゃんがはっきりと姿を現した。
 それを見たまりさが涙を流しながら赤ちゃんを歓迎する。

「ゆーっ! ゆーっ! まりさのあかちゃん!! ゆっぐりうまれてねぇ!!」
「ゆっくりうまれるよっ」
「まりさのあかちゃんかわいいよぉぉぉ……とってもゆっくりしてるよぉぉぉぉぉ……」
「ゆっくりしてるよっ」

 ……うん、無理。
 ……ゆっくりの赤ちゃんてぜんぜん可愛くないなぁと、この赤れいむの顔を見て思った。
 体がミニサイズなだけで、顔は生意気そのものだし声も無駄に大きいし。
 でもまぁこのお産が終わればみんなそろって出て行ってくれるし…と、私はこっそり気を取りなおした。

「ゆごごごごごごごごごごごごご!!」
「でいぶ、ゆっぐりしないではやくうんでね!! まりさのあかぢゃん、ゆっぐりでてきてね!!」

 どっちなのよ! というツッコミが入る前に、

「ゆっくりでるよっ」

 ユポンッ!

 赤ちゃんが勢いよく音を立てて産まれた。
 れいむはその瞬間、赤ちゃんを産み落とす際の最高の快感を感じながら、笑顔でおなかから飛び出した赤れいむを目で追っていた。
 まりさはその瞬間、待望の赤ちゃんが産まれたことへの喜びに目を潤ませながら、元気よく飛び出した赤れいむを目で追っていた。
 私はその瞬間、弧を描きながら自信満々な顔で吹っ飛んでいった赤れいむの着地点が、窓ガラスだということに気づいた。
 この世に生を受けた赤れいむは、精一杯の声と笑顔で最初のごあいさつを口にした。

「ゆっくちちていっちぇにぇ!」

 ぷちゃっ!

 産まれて2秒。赤れいむはその短かすぎる生涯を終えた。

「「………………」」

 まりさとれいむは笑顔を凍りつかせたまま、窓ガラスにこびりついた赤れいむだったものを凝視していた。
 ツツーッと線を引いて流れ落ちる水っぽい餡子の中に、小さな赤いリボンが見えた。

「ゆぎゃあああああばでぃざのあがぢゃんがああああああああああ!!!!!」
「どぼぢでごんなごどになるのおおおおおおおおおお!!!!!???」

 まりさとれいむが絶叫する。
 しかし、お産はこれで終わりではなかった。

「ゆぎいいいいいいっ!? またうばれるよお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」
「ゆゆう!? れ、れいむ! こんどはまりさのおぼうしにうんでね!」

 まりさはとんがり帽子を脱ぐと、逆さまに置いた。

「このおぼうしにうんでね! ちゃんとおぼうしをねらってね!」

 でも、れいむの苦悶の表情を見るかぎり、帽子を狙う余裕などない。
 このままではさっきの二の舞なので、私は帽子を取ってれいむの産道の前でかまえた。

「まりさ、赤ちゃんは私が受け止めてあげる!」
「ゆゆっ!? まりさのすてきなおぼうしにさわらないでね!! さっさとかえしてね!!」
「そんなこと言ってる場合かーっ」
「まりさのおぼうしがあればあかちゃんはあんぜんだよ!! まりさのあかちゃんなら、ゆっくりおぼうしのなかにはいっていくよ!!」

 そう言って私の足に体当たりしてくるので、私はしかたなく元の場所に帽子を置いた。

「ゆっ、それでいいんだよ! おねえさんはゆっくりそこでみててね!!」
「ゆ゙ゔゔゔゔゔゔっ!! ゆ゙ゔゔゔゔゔゔっ!!」

 れいむがうめき声をあげ、ミチミチと広がる穴の奥から、今度はまりさ種の赤ちゃんが顔を出した。
 なんでこう、人を小馬鹿にした笑みを浮かべてるのかな……なんて考えていると、

「ゆ゙ん゙っ!!!」

 と、れいむが涎と一緒に赤まりさを飛ばした。

 ユポンッ!

「ゆっくちちていっ…」

 ぷちゃっ

 案の定、赤まりさはとんがり帽子の上を通りすぎて、窓ガラスに叩きつけられて潰れた。
 ああ…これは修羅場だ。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙どぼぢでなのおおおおおおっ!!!??」
「ばでぃざのばかーっ!!! でいぶのあがぢゃんがまたしんじゃっだでじょおおおおおお!!!!」

 だから言ったのに!

「まりさじゃダメよ! 今度こそ私にやらせて!」
「ゆぅぅぅぅ…おねえさんにおねがいするよぉぉぉぉぉ」

 まりさは号泣しながら、私にバトンタッチすることに決めた。
 私はれいむの前に敷いていたタオルを何枚も重ねると、れいむの産道の前で赤ちゃんを待ち受ける。
 …どうやらまだまだ赤ちゃんが詰まってるみたい。
 れいむは体が破裂するような激痛に呻きながら、ムリムリと赤ちゃんをひり出してくる。
 私はその赤ちゃんをタオルでくるむと、ポンと飛び出す前にひっぱりあげていった。
 そうして、まりさ種が3匹とれいむ種が1匹の、合計4匹の赤ちゃんを無事にとりあげた。

「「「「ゆっくちちていっちぇにぇ!!」」」」
「ばでぃざのあがぢゃん、ゆっぐりじでいっでねぇぇぇぇ!!」
「でいぶのあがぢゃんゆっぐりじででがわいいよぉぉぉぉぉ!!」

 修羅場をくぐり抜けたまりさとれいむは、なにも知らない赤ちゃんを前にゆおんゆおん泣いていた。

「おでえざんあでぃがどおおお!!! おでえざんがいながっだら、あがぢゃんみんなしんじゃっでだよおおおお!!!」

 まりさが泣きながら私の足に頬を擦りつけてきた。
 まりさの頭を撫でながら、私もお産が無事終わったことに感動して涙ぐんでいた。
 …お産婆さんて、きっとこんな感動があるからできるんだろうね。

「おねえさん……ありがとう……れいむはおねえさんをごかいしてたよ……ゆっくりあやまるよ……」

 赤ちゃんを産んでふた回りも小さくなったれいむがぐったりしたまま、今まで敵対していたことを詫びた。

「いいよ。れいむもご苦労さま。ゆっくり休んでね」
「ゆっくり……していってね……」

 れいむはそこまで言うと、疲労で眠ってしまった。
 温かい空気に満たされた部屋の中では、産まれたばかりの赤ゆっくりたちがキャッキャッとはしゃいでいた。

          *          *          *

 翌日の月曜日、私はまりさとれいむ、そして新しく家族になった4匹の赤ちゃんと一緒に朝食をとると、アルバイトに出かけた。

「ゆっくりがんばってね!」

 と、一家そろって私を見送ってくれたことを思い出しながら、私はルンルン気分でお客さまにコーヒーを出していた。
 そのころ、まりさとれいむは赤ちゃんたちと遊んでいた。

「ゆ! そういえばまりさのおともだちのぱちぇが、”ごほん”をよむとかしこくなるっていってたよ!」
「ゆゆ! それはいいね! れいむのあかちゃんをもっとかしこくしようね!」

 まりさは早速お姉さんの机に飛び乗ると、本棚から重い広辞苑を咥えて引っ張り出した。

「ゆっせ! ゆっせ! ゆふふ、これならきっとかしこくなるね!」
「ゆゆ~ん! まりさ、とってもおおきくてゆっくりした”ごほん”だね!」
「れいむ、ゆっくりうけとめてね!」
「ゆっくりうけとめるよ!」
「ゆんしょ!!」

 ベシャッ!

「ゆぶしっっ」

 顔面で広辞苑を受け止めたれいむは、あまりの重さに潰れて半円になったまま「ぷるぷる~っ」と震えていた。

「おきゃーしゃーん!」
「まりちゃのおきゃーしゃんぎゃあ!」
「ちっかりちちぇー!」
「ごほんをどけちぇー!」

 4匹の赤ゆっくりがお母さんの身を案じて一斉に集まってきた。
 それがいけなかった。
 半分に潰れたれいむが「ゆんっ!」と息張って広辞苑をした瞬間、

「ゆっくち…?」

 ドシャンッ! ぷちっ!

 運悪く落ちてきた広辞苑に、1匹の赤ちゃんが潰されてしまった。

「ゆああああっ!! おぢびぢゃんっ!? ばりざのおぢびぢゃんっ!!?」

 まりさは机から飛び降りると、重い広辞苑を咥えてズルズルとずらす。
 その下から出てきたのは、ペッタンコに潰れて餡子を放射状に撒き散らした、4女の赤れいむだった。

「「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」」

 まりさとれいむは赤れいむだったものを見ながら、歯茎を剥き出しにして泣きわめいた。

「よぐもばじざのあがぢゃんををををををを!!!!」
「ゆっぐりでぎないごほんなんが、ゆっぐりじねえええええ!!!!」

 2匹は赤ちゃんを押し潰した憎き広辞苑に噛みつき、体当たりし、引き千切り、むしり取った。
 1時間後…潰れた赤れいむの前に、半殺しにした広辞苑をお供えすると、一家は固まって悲しみを慰めあっていた。

「ただいまー♪」
 と帰宅した私を待っていたのは、お通夜だった。
 私はゆっくりの一家を慰めてから紙くずと赤れいむを掃除すると、泣きながら新しい広辞苑(定価8800円)を買う決意をした。

          *          *          *

 翌日の火曜日、寒いのでお風呂で体を温めた後、私はアルバイトに出かけた。

「ゆっくりがんばってね!」

 と、一家そろって見送ってくれたことを思い出しながら、私は今日もルンルン気分でお客さまにコーヒーを出していた。
 その日の昼、朝食を食べて元気を取り戻したまりさとれいむが、赤ちゃんを連れて家の中を探検していた。

「ゆっゆっゆ~♪」
「ゆんゆんゆん~♪」
「ゆ? なんだかいいにおいがするね!」
「ゆ! ほんとだね!」

 石鹸の香りにつられてたどりついたのはお風呂だった。
 浴槽には、お姉さんの朝風呂のお湯が冷めて残っており、れいむは怯えた目で後ずさりする。

「ゆうぅ…おみずさんはゆっくりできないよ」
「ゆゆ? まりさのおぼうしさんがあれば、おみずさんなんてへっちゃらだよ! ゆっくりみててね!」

 自信満々のまりさはとんがり帽子を逆さまに水に浮かべると、帽子に入れていた木の棒を咥えたまま中に飛び下りた。
 そして、棒をオール代わりにスイスイと優雅に移動する。
 赤ちゃんたちから「おかーしゃんしゅごい!」の声があがり、まりさは帽子の中でゆっへん! とあごを反らした。

「ゆっ! こうすればおみずさんもこわくないよ! おちびちゃん、ゆっくりやってみてね!」

 長女と次女の赤まりさは順番に小さなとんがり帽子を脱いで水に浮かべると、チョコンと帽子に飛び下りた。

「ゆゆ! とってもじょうずだね!」
「ゆ~、きもちいーにぇ♪」
「ゆっくち~♪」

 そうして3匹が水上で遊んでいるとき、浴槽のへりにいた3女の赤まりさは、水に浮かぶよりも蛇口のノズルに興味を持ちだした。

「おきゃーしゃん! これにゃーに!?」
「ゆゆう?」

 赤まりさに尋ねられたれいむは、ハテナを浮かべながらノズルを咥えてみる。
 とりあえず左右に動くらしいので右に動かしてみた。すると、

 ドドドドドドドッ!

 蛇口から勢いよく水が流れ出した。
 浴槽には水流が生まれ、2匹の赤まりさが、大量の水を吐きだす蛇口の下へと流されていく。

「ゆ~ん♪ うごいちぇりゅ~♪」
「ゆっゆっゆー♪」

 まだ危機意識のとぼしい2匹の赤まりさは、帽子が勝手に動き出したことを楽しんでいる。

「まりちゃのおぼーしさんうごいちぇりゅよー! ゆ~♪ ゆ~♪ ぎょぼぉっ!!?」

 長女の赤まりさが蛇口の水に飲まれて一瞬で水底へと沈没し、ドザエモン饅頭になった。

「ゆぎゃあーーー!!! ばでぃざのおちびぢゃんがあーーーーっ!!!」
「ゆ゙ゆ゙!? …ゆ゙ゔっ!!」

 赤まりさの沈没を見たれいむが慌ててノズルを反対側へ回すと、

 シャワ~~~ッ!

 シャワーが雨のように浴槽に降りそそいだ。

「ゆぎゃーーっ!! あめさんはゆっぐりでぎないよぉぉぉぉぉ!!!」
「ちゅめちゃいよぉぉぉぉ!! たちゅけ…ぷくん! ぷくぷくぷく…」

 帽子の大きな親のまりさに対して、赤まりさの帽子はすぐに冠水して転覆。
 小さな気泡を残して沈没し、姉妹仲良くドザエモン饅頭になった。

「あああああばでぃざのおぢびぢゃんがあああああああああ!!!」
「どぼじでぇ!!? おみずさんどぼじでぇぇぇ!!!??」
「まりちゃのおねーちゃんぎゃーーっ!!」

 まりさもれいむも赤まりさも悲鳴をあげるだけで、水底に見える2匹の赤まりさを助ける手段を持たなかった。
 2匹の親は無力感を感じながら、シャワーを止めることもせず、誰かが助けてくれるのを待っていた。
 ただ、水底の赤まりさたちの皮がふやけて、餡子が漏れ出して、だんだん溶けてなくなっていく過程を絶望しながら見ていた。
 そのうち、自分の帽子まで溶け出すのを感じたまりさは、木の棒でバッシャバッシャと必死に水を漕いで、浴槽のへりに飛びあがった。

「ゆゆう、ゆっくりおぼうしをかいしゅうするよ」

 と、棒で帽子をたぐり寄せ、口に咥えて持ち上げたときである。

 デロリ~ン…

 半分溶けて型崩れした帽子が、イビツな形になって引き上げられた。

「ばでぃざのだいぜづなおぼーじざんがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!!!!!」

 2匹の赤まりさ沈没の数倍のショックを受けたまりさが、アパート中に響き渡るような声で絶叫した。

 しばらく後、3匹に減った一家はベッドの上で寄り添い、ゆぐゆぐと泣いていた。
 れいむと3女の赤まりさは、死んだ2匹の赤まりさのことを考えていた。
 まりさは主に自分の帽子のことを考えていた。

「ゆうう…なんだかゆっくりできないよ…。まりさのすてきなおぼうしさん、ゆっくりもとにもどってね、ぺーろぺーろ…」

 まりさは何度も帽子をぺーろぺーろしては、頭にかぶり直していた。
 帽子はますます形を崩した。

「ただいまー♪」
 と帰宅した私を待っていたのは、またお通夜だった。
 私は一日中全開だったシャワーの水を止めると、ゆっくりの一家を慰めてから、来たるべき水道代を想像して身を寒くした。

          *          *          *

 翌日の水曜日。
 たった3日で合計5匹のかわいい赤ちゃんを失った一家は憔悴しきっており、食欲旺盛なゆっくりにも関わらず、ご飯を口にしようとしない。
 まりさはひたすら変形したとんがり帽子をナメナメしていた。
 私は手早く朝食をすませると、十分な食事を残してアルバイトに出かけた。
 「ゆっくりがんばってね!」という元気な声は、もう聞かれなかった。
 きのうまでのルンルン気分はどこへやら、私はゆっくりの一家を心配しながら今日もお客さまにコーヒーを出していた。
 その日のお昼……

「おかーしゃん、おにゃかがちゅいたよぉ!」

 と、唯一残った3女の赤まりさが空腹をうったえていた。
 2匹の親も口をつけず、姉妹もいなくなったことで食事を独占した赤まりさが、ムシャムシャ食べてはうんうんするをくり返したのだ。
 部屋には、いたる所に水玉のような形の黒いうんうんが散乱していた。
 お姉さんが置いていったご飯はすでに無く、まりさとれいむは家中を探したが食べ物は見つからない。
 狩りに行こうにも、玄関も窓も鍵がかかっていて出られない。
 2匹の親は途方に暮れていたが、まりさがあることを思い出した。

「ゆゆ! そういえば、おねえさんはこのはこさんからごはんをだしてたよ!」

 まりさは箱(電子レンジ)を見ながら叫んだ。

「きっとおいしいごはんがあるはずだよ! まりさはかりにいってくるよ!」
「まりさ! おちびちゃんのために、ゆっくりしないではやくごはんをもってきてね!」
「ゆっくちもっちぇきちぇにぇ!」

 まりさは半開きの扉を開けて中に入ろうとしたが、残念ながら体が大きすぎて入れなかった。

「ゆゆぅ…はいれないよ」
「おきゃーしゃんのやくたたじゅ! まりちゃがもっちぇくりゅよ!」

 好奇心旺盛な赤まりさが、空腹に耐えかねて名乗りでた。

「ゆう…ごめんねおちびちゃん…ゆっくりさがしてきてね…」
「さすがはれいむのおちびちゃんだね! ゆっくりごはんをもってきてね!」
「ゆっくちもっちぇくりゅよ!」

 赤ちゃんに役立たずと罵られてヘコんだまりさと、赤ちゃんにご飯をねだるれいむ。
 …親としていろいろ間違ってる気がするが、赤まりさはそんな両親に背を向けると、勇んで電子レンジの中に跳ねていった。

「ゆゆ? ごはんにゃんて、どこにもにゃいよ?」
「そんなはずないよ! まりさはおねえさんがごはんをだすところ、ちゃんとみたんだよ!」
「れいむのおりこうさんなおちびちゃん、もっとゆっくりさがしてね!」
「ゆゆー? ほんちょにどこにもにゃいよー?」
「そんなはずないよぉ!! どぼじでちゃんとさがさないのぉ!?」
「おちびちゃん!! おかあさんはおなかがすいたから、さっさとごはんをもってきてね!!」
「ゆんやぁー!! まりちゃをいじめにゃいでよーーっ!!」

 とうとう赤まりさは泣き出してしまった。
 だが、空腹を感じてきた両親は赤まりさを許さず、怒って電子レンジに体当たりをしはじめた。
 そのとき、

 バタン…

 まりさの体当たりで、半開きだったレンジの扉が閉まった。そして、

 ピッ! ガァァァァ…

 れいむが体当たりした場所は、運悪くONのスイッチだった。

「ゆ? ゆ~♪ ゆ~♪ ここはまりちゃのめりーごーらんどだよ~♪」

 クルクル回る電子レンジの皿の上で、赤まりさがきゃっきゃっとはしゃぎ出す。

「ゆ~、にゃんだかあったかいにぇ! ここをまりちゃのゆっくちぷれいちゅにちゅりゅよ!」

 温かいメリーゴーランドをゆっくりプレイスにした赤まりさ。
 そんな赤まりさの様子を見た両親は空腹のことなど餡子脳から消し飛んで、「おちびちゃんゆっくりしてるね!」と微笑みながら眺めていた。
 だが、異変はすぐにやってきた。

「ゆぅぅぅ…あちゅい…あちゅいよぉ…おかーしゃんたちゅけちぇー」
「おちびちゃんどおしたのぉ!?」
「まりさ!! はやくこのはこをあけてね!!」

 マイクロ波を浴びつづけた赤まりさの体内の餡子が沸騰しはじめたのだ。
 まりさは急いで扉に歯を立てるが、どうやって開けるのか分からない。

「あじゅいよー!! たちゅけちぇー!! やめちぇー!!」
「おちびぢゃあん!! いまたすけてあげるからねぇ!!」
「ゆあああああん!! だれかれいむのおちびちゃんをたすけてあげてー!!」
「ゆぎゃーーっ!! おみぇみぇぎゃー!! まりちゃのおみぇみぇぎゃー!! ゆぶっ…ゆげえぇぇぇっ!!」

 熱線で両目が真っ白に凝固してしまい、赤まりさはボコボコと沸騰した餡子を吐き出した。

「ゆげぇ! ゆげぇぇ! ゆ…ぽぇっぷ……ゆむ……ゅ………」

 あんなに元気だった赤まりさは、クルクル回る皿の上でまんべんなくマイクロ波を浴びて、水っぽい餡子を吐きながら瀕死になった。

「ゆ゙っ…ゆ゙っ…もっぢょ…ゆっぐり…じだ…」

 ポンッ☆

 赤まりさの顔が爆発して、中身の餡子が飛び散った。

「「「「「ゆぎゃーーーーーッ!!!」」」」」

 赤まりさのスプラッタ・ショーを間近で見た両親は、ひっくり返って餡子を吐いた。

「じねぇぇぇっ!!! おぢびぢゃんをごろじだやつはゆっぐりじねぇぇぇぇっ!!!」
「ゆがーーっ!!! でいぶのあがぢゃんをがえぜええええ!!! 」

 電子レンジに全力で体当たりをかます、まりさとれいむ。
 そのレンジはコンデンサーが壊れるまで止まらず、赤まりさの皮と餡子は真っ黒な炭素Cへと変わり果てていた。

「ただいまー♪」
 と帰宅した私を待っていたのはまたまたお通夜だった。
 私は2匹を慰めてから赤まりさのうんうんを掃除して、泣きながら壊れた電子レンジをゴミ置き場に持っていった。


 その翌日の木曜日。
 目を覚ますと、枕もとに神経衰弱でグッタリとやつれたまりさとれいむが立っていた。
 私は眠い目をこすりながら聞いた。

「ん…どうしたの?」
「おねえさん…いままでありがとう…まりさたちはここからでていくよ…」

 イビツな帽子をかぶったまりさは寂しく微笑み、れいむもその後につづいた。

「ちょっとのあいだだけど、れいむはとってもゆっくりできたよ…。かわいいあかちゃんたちとゆっくりできたのも、おねえさんのおかげだね…」

 2匹は泣きながら笑顔を浮かべていた。

「そう、ごめんね…。私が家にいられたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに…」

 2匹はそろって顔を横に振った。

「きにしないでね、おねえさん。じゃあ、まりさたちはそろそろいくよ…」
「おねえさん、ゆっくりしていってね…」
「うん、まりさとれいむもゆっくりしていってね」

 2匹は体を引きずりながら、ベランダに下りて隙間から出ていった。
 外は豪雨だった。
 私は引きとめたが、2匹とも聞かなかった。

 悲しい別れだった。
 ゆっくりするために私のウチを選んでくれたのに、結果として私はゆっくりさせてあげられなかった。
 別れの涙雨が、私たちを遠ざけてゆく…。
 私は視界をにじませながら、去り行く2匹に手を振った。

「ゆっくりしていってね! ふたりとも! 必ず幸せになってね!」

 まりさとれいむは餡子脳に刻みこまれた本能を刺激され、クルリと振り返ってあいさつを返した。 …………道のド真ん中で。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってゆ゙る゙え゙っ!!?」

 ちょうど走ってきた車がれいむをペチャンコに轢き潰し、何事もなかったように走り去っていった。

「ゆわあああああああ!!!!! ばでぃざのでいぶがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッ!!!!!」

 今の今まで隣にいた愛するれいむが、一瞬で潰れた饅頭と化した。

「ゆぎゃああああああ!!!!! どぼぢでごんなごどになるのおおおおおおおお!!!!! ゆぎゃああああああああああああ!!!!!」

 まりさは天を仰ぎながら、平日の朝っぱらからアパートのまん前で絶叫した。
 理不尽だ!
 どうして!
 あんなに赤ちゃんを失ったのに!
 愛するれいむまで失った!
 どうじで!
 どぼぢで!

 そのとき、上の階から「うるせー!」と怒号が響いて植木鉢が飛んできた。

「ゆげえええっ!!」

 まりさは植木鉢の直撃をくらって、餡子を吐きながら水たまりに落ちた。
 ボロボロのみじめな濡れ饅頭となったまりさはれいむのところまで這っていったが、おりからの豪雨でれいむの皮も餡子も溶けて消えていく。
 まりさは赤いリボンだけを咥えると、再びズルズルと体を引きずってどこかへ消えた。


 数日後のある晴れの日、ウチのベランダにまりさがいた。
 声をかけてみたが、すでにまりさは事切れていた。
 最期に私に会いに来たのだろうか……。
 イビツな帽子を取ってみると、中には木の棒とれいむのリボンが入っていた。
 私は両手を合わせた。

 結局、私に残されたのは汚れたまりさ、れいむのリボン。
 そして新しい携帯電話と、新しい電子レンジと、新しい広辞苑と、高額な水道料金の請求書だった。




~あとがき~
ユ~カリです。
前作の『せつゆんとぺにこぷたー』について、
一部読者さまに不快な思いをさせてしまってすみませんでした!
私の思慮がとぼしすぎました。。
以後、気をつけます!

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最終更新:2009年04月12日 19:31
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