まりさが家にやって来てから一ヶ月。
今日も鬼井は、まりさと一緒に夕飯を取り、仕事の疲れを癒していた。

「む〜しゃむ〜しゃ。ちあわせ〜。」
「ああ、幸せえ、だな。」

そっけないコンビニ弁当も、まりさと食べると美味しく感じられる。
不思議なものだ。
以前は全く興味のなかった飼いゆっくりのサイトを巡回し、
ときどき、ゆーちゃんねるの板をいくつか覗くようになったのだから。
調べてみると、ダスキユ社の製品をペット代わりにしている人は、意外と多いらしい。

とはいえ、鬼井は別に、ゆっくり愛護のお兄さんになったわけではない。
街中の野良には興味がなかったし、捨てゆっくりの保護活動に参加することもなかった。
今日など、道の真ん中で泣き喚く捨てゆっくりを2匹も目撃し、若干気分を害したほどだ。
そのうちの1匹は、無愛想な保健所の職員に連れて行かれてしまったが。

「あーいう飼い主はいかんよなあ。」

鬼井は、パソコンの前に座り、缶ビール片手にネットサーフィンを始めた。
時計の針は既に10時を周り、辺りは静まり返っている。
一日の中で、最高にくつろげるひとときだ。

「ゆっくりできなきゃゆっくり飼うな、か。」

鬼井は、専用ブラウザで開いたスレッドの一文を読み上げた。
後ろで掃き掃除をしているまりさが、その声に反応する。

「おにいさん、なにかいったのじぇ?」

鬼井に買ってもらった小さな箒をくわえ、興味深そうに鬼井の背中を伺っている。

「ん、いや、何でもないよ。独り言。もう遅いから、掃除は明日でいいぞ。」

鬼井の返事に、まりさは箒をくわえたまま、ぴょこぴょこと巣に戻った。
おやすみなさいの挨拶をして、薄暗い箱の中に姿を消す。

鬼井はスレッドを閉じ、別の面白そうなタイトルを探す。
ふと、あるスレタイが目にとまった。

【最近ゆっくりを捨てる馬鹿が多過ぎる】

鬼井は、今朝の出来事を思い出し、何気なくスレッドを開いてみた。


1 名前:名も哭き鬼威惨[sage] 投稿日:2012/10/31(水) 12:26:30 ID:ifVYO9iQ0
街中に捨てゆ大杉
最後まで飼えない馬鹿はしょっぴけよ

13 名前:名も哭き鬼威惨[sage] 投稿日:2012/10/31(水) 12:47:59 ID:jDhPH56d0
1
だいたいダスキユのせい
あいつらが、調教済みのゆっくりを安価で市場に放出したから

18 名前:名も哭き鬼威惨[sage] 投稿日:2012/10/31(水) 12:54:08 ID:pcYgKmfF0
13
ああ、それ俺も聞いたわ
何か近所のゆっくりショップ、軒並み閑古鳥なんだよな
そのうち全部潰れるかもしれんね

21 名前:名も哭き鬼威惨[age] 投稿日:2012/10/31(水) 13:03:42 ID:u1ztwGuP0
ダスキユのせい、ってなんだよw
実際あの会社の製品と比べたら、金バッジでも糞なレベルだろw

22 名前:名も哭き鬼威惨[sage] 投稿日:2012/10/31(水) 13:05:16 ID:4UupLz+T0
21
社員乙


鬼井は、どんどんスレを読み進めていく。
賞賛、批判、自虐、煽り、aa荒らし。
ありとあらゆる感情が、レスからレスへと飛び火していた。

「……。」

500レスほど読み終えたところで、鬼井はふと顔を上げた。
パソコンの時計に目をやると、既に11時過ぎ。
どうやら、熱中し過ぎてしまったようだ。

「っと、こりゃ明日寝不足だな。さっさと寝るか。」

鬼井はパソコンを閉じ、電気を消すと、布団に身を横たえた。
目を瞑ると、部屋の片隅から、まりさの寝言が聞こえる。

「ゆぅ〜…まりしゃ…おしょうじがんばるのじぇ…。」

その言葉を最後に、鬼井は深い眠りについた。



翌日、鬼井は案の定、寝ぼけ眼で出社の準備をしていた。
顔を何度も荒い、何とか眠気を振り払う。
先に起きていたまりさには、残っていたパンの耳を1本、餌皿に乗せてやった。

ヴーヴー

「けいたいさんがなってるのじぇ。」
「ほいほい。誰だよ、こんな朝っぱらから。」

タオルで顔を拭きながら、鬼井は携帯を取り上げた。
画面を見ると、またあの上司の名前が出ている。
鬼井は、慌てて電話を取った。

「あ、もしもし鬼井です。おはようございます。」
《あー、鬼井君かね。急なんだが、ゆヶ丘の工場に行ってくれんかね。》

ゆヶ丘という名前に、鬼井の記憶が反応する。

「…また停電ですか?」
《いや、今日からは、しばらくあっちの工場で勤務して欲しいんだ。
何でも、食中毒が起きて、工員が2、3人寝込んでしまったらしい。
例の新しいプロジェクトで、どこも人が足りないんだよ。じゃあ。》

ぷつんと電話が切れた。
つーつーという発信音が、鬼井の耳元でこだまする。

プロジェクトって何だ。
鬼井はそう自問したが、今はどうでもいいことだ。
ゆヶ丘まではバスで1時間ちょっと。
鬼井は、急いで作業着を纏うと、冷蔵庫の上に置いてある餡ぱんの袋を手に取り、
靴を履きながらドアを開け、アパートを後にする。

「いってらっしゃいなのじぇ。」
「ああ、良い子で留守番してろよ。」

鬼井は、餡ぱんを頬張りつつ、例のバス停に向かう。
彼の記憶が正しければ、ちょうどいい時間に着くはずだ。

ところが、バス停で鬼井を待ち受けていたのは、肝心の黄色い車両ではなく、
以前聞いたことのある男の怒声だった。

「だから出てけっつってるだろ!」

恐る恐る辺りを見回すと、あのときと同じ玄関の前に、
あのときと同じ男とありすが向かい合い、何やら口論をしていた。
いや、冷静に見れば、男が一方的に怒鳴っているだけなのだが。

「新しいやつ買ったから、おまえはもう要らねえんだよ。どっかいけ。」
「ありひゅひひょりひゃいひられにゃひんれふ。」
「そんなこた知らねーよ。掃除もできない役立たずは、野垂れ死にな。」

歯のないありすは、もぐもぐと口を動かしながら、ぺこぺこと頭を下げる。
だが、男の決意は固かった。

「10秒以内に出てかないと潰すぞ。10、9……。」
「おれはいれす。ありひゅをひょひょにおいひぇくらはい。」

男は、カウントを止めない。

「5、4、3……。」

片足があがる。
ありすはびくりと体を起こし、観念して門の方へ逃げ出した。
ぴょんぴょんと必死になって跳ねるその姿が、鬼井の同情を誘う。

「やっと行きやがったか。」

男は、ちらりと鬼井の方を睨むと、そのまま扉を閉めた。
路上に追い出されたありすは、しばらく門の前でぼんやりと佇んでいたが、
ゆっくり向きを変えると、体を引きずるようにして、その場を去っていく。
ここにいると危険だということが、ありすには分かっているのだろう。
人間が通れるか通れないかほどの狭い路地裏を見つけると、そこに姿を消した。

バスが来るまでの間、鬼井は、その路地裏をじっと見つめていた。



翌日も、そのまた翌日も、鬼井は同じバス停を利用した。
だが、あのありすが鬼井の前に現れることは、二度となかった。
後で気付いたのだが、おそらく、あの男もダスキユの製品を買ったのだろう。
そして、要らなくなったありすを追い出したのだろう。

「ああやって、野良が増えるわけか…。」

鬼井は、独り言を呟きながら、今日も遅い家路に着いていた。
アパートのドアを開けると、鬼井は靴を脱ぎ、洗い場に向かう。

「ただいま。」
「おかえりなさいなのじぇ。」

巣の中でゆっくりしていたまりさが、嬉しそうに飛び出してくる。
これを見ただけで、疲れ切った鬼井の心が少しだけ癒された。

「ちょっと待ってろよ。飯を作ってやるからな。」

鬼井は、冷蔵庫からジャガイモを取り出し、それを蒸かし始める。
まりさのために買った新品のアルミ鍋だ。
ゆらゆらと体を揺らしながら待つまりさの横で、
鬼井は、自分のために買ったコンビニ弁当の蓋を開けた。

ヴーヴー

作業着のポケットで、携帯が震動した。
鬼井は、眉を顰める。

「誰だよ。こんな遅くに。」

バイブレーションに震える携帯の画面を見た鬼井の顔が引きつる。

「はい、鬼井です。あ、しゃ、社長。お世話になっております。」

鬼井は、相手が見えもしないのに足を正座に組み直した。
社長が喋り、はいはいと頷く鬼井の顔から、だんだん血の気が失せていく。

「は?明日から来なくていい?ど、どういうことですか!?」

鬼井が、すっとんきょうな声を上げる。
それに驚いたまりさが、ぴょこんと数センチ跳ね上がった。

《大変申し訳ないんだが、実はうちが請け負ってる新規のプロジェクト、
注文主の判断で白紙になってしまったんだ。電気掃除機を作るっていうんで、
うちが部品の一部を担当してたんだが、全部パー。本当に申し訳ない。
ほら、君も知ってるだろ、ダスキユとかいう会社。あそこのせいなんだよ。》

鬼井は、まりさを見た。
人語を解するとは言え、こういった話にはついてこれないらしい。
体をのーびのーびさせ、首を傾げるように鬼井の様子を伺っている。

《本当にすまない。再就職先は、できるだけ世話するから。ああそうだ。
君の荷物は、こちらで全部送らせてもらうよ。何かあったら遠慮なく言ってくれ。では。》

そこで、通話は途切れた。
鬼井は、焦点の定まらない目で、携帯を床に落とす。
憔悴し切った鬼井を気遣い、まりさがそろそろと近寄って来た。

「おにいさん、おびょうきなのじぇ。おくすりさんのむのじぇ。」

まりさが心配そうに、鬼井の背中に頬擦りした。
だが、鬼井は、身動きひとつしない。

夜は、そのまましんしんと更けていくばかりだった。



翌朝、鬼井は、いつも通りに目を覚ました。
体が覚えてしまっているのだろう。
二度寝する気が起きない。

まりさも起きて来たので、餌をやり、これからのことをぼんやり考える。
だが、部屋の中では、これといったアイデアも思い浮かばない。
いつまでも家にいては、まりさも不審に思うだろう。

鬼井は、仕方なく、インターネットでハローワークの住所を調べ、
普段着に着替えてアパートを出た。



数時間後、意気消沈した鬼井は、アパートに通じる道をとぼとぼと歩いていた。
あれからまっすぐハローワークに向かった鬼井は、職員に何件か仕事を紹介してもらい、
相手先と電話を交換したが、どれも芳しくない結果に終わった。
一発で決めようとすることに無理があるのは分かっていたものの、
これまで無職の経験がない鬼井にとっては、精神的にきつい出来事である。

「ただいま…。」

ドアを開け、土間に腰を下ろす。
おかしい。返事がない。
鬼井は、疲れた体を90度捻り、部屋の中を見回す。

「…!」

部屋の中は、見事なまでに荒らされていた。
泥棒か。
そんな考えが頭の中をよぎるかよぎらないかのうちに、答えは見つかった。
割れた窓ガラスの側で、まりさとれいむの野良が2匹、こちらに背を向けているではないか。
2匹は、何か小さな物に体当たりを繰り返している。
その正体が分かった途端、鬼井は大きく叫んだ。

「まりさ!」

鬼井は、靴を履いたまま居間に駆け上がると、野良を蹴飛ばし、
ぼろぼろになったまりさを抱き上げた。
辛うじて息はしているものの、体のあちこちから餡がこぼれてしまっている。

「まりさ!大丈夫か!」
「ゆぅ…。おにいしゃん…。ごめん…なしゃい…。」
「何を謝ってるんだ!しっかりしろ!」

まりさを抱え、半泣きになっている鬼井の横で、起き上がった2匹が声を荒げる。

「にんげんさん!このまりさはゆっくりできないゆっくりなんだよ!」
「そうなのぜ!こいつのせいで、まりさはおうちをおいだされたのぜ!」

そんな2匹の戯言も、鬼井の耳には届いていない。
どうすれば助けられるか。
そのことで、鬼井の頭は一杯だった。

「オ、オレンジジュース…!」

慌てて部屋を見回すが、そんなものはどこにもない。
ゆっくり飼いの経験がなかった鬼井には、オレンジジュースを常備する習慣がなかった。
これまで大きな事故がなかったことが、ここにきて裏目に出てしまったのだ。
まりさの呼吸音が、だんだんと小さくなっていく。

「まりしゃ…もっとゆっくち…。」

まりさは、口からどろりと餡を吐き出し、動かなくなった。
鬼井にも、それが何を意味しているのか、痛いほどよく分かる。
まりさが目を覚ますことは、二度とないのだ。

「おにいさん。れいむはもとどうばっぢさんなんだよ。おうたもうたえるんだよ。」
「まりさはぎんばっぢさんなのぜ。とってもゆっくりできるゆっくりなのぜ。」

鬼井は、まりさの遺体をテーブルの上にそっと載せた。
そして、振り向きもせず、肩を震わせながら、2匹の野良に問いかける。

「おまえたち…そんなにゆっくりしたいのか…。」
「そうだよ!れいむはばっぢのないまりさとはちがうんだよ!だかられいむをかってね!」
「あまあまさんいっぱいほしいのぜ!もうみっかもたべてないのぜ!」

鬼井の中で、何かが吹っ切れた。

「そうか…じゃあ叶えてやろう…。」



「あづいよおぉ!どぼじでごんなごどずるのおぉ!」

アルミ鍋に閉じ込められたたれいむが、コンロの上で火炙りになっている。
鍋から飛び出そうと必死に身を悶えるが、鬼井に頭を押さえつけられてぴくりとも動けない。

「ほら、もっと歌えよ。好きなだけ歌っていいんだぞ。」

鬼井は、さらに力を込めてれいむを鍋底に押し付けた。

「でいぶのがわいいあんよがあぁ!まっぐろになっぢゃうぅ!」
「なかなかいい歌詞だな。次はなんだ。そのもみあげか。」

感情のこもっていない声でそう言うと、鬼井は、空いた手でもみあげを掴む。
そして、それを一気に引き千切った。

「ゆぎゃあぁ!でいぶのずでぎなもみあげざんがあぁ!どぼじでもげじゃうのおぉ!」
「それはな…。」

残りのもみあげにも手を掛ける。
れいむは恐怖の余り、それだけで失禁脱糞してしまった。
砂糖水がしゅうしゅうと湯気を立て、廃棄餡がじゅうじゅうと焦げ付いていく。
あたりに甘ったるい異臭が漂うが、鬼井は気にせずに先を続けた。

「それはな、この糞みたいなもみあげが、おまえらが殺したまりさの、
髪の毛一本分の価値もないからだよ。」

ぶち、という音と同時に、残りのもみあげが、皮と一緒に剥ぎ取られた。
ゆぎぃぃ、というお決まりの悲鳴が、部屋に響き渡る。
壁の薄さなど、鬼井はもはや意に介していない。

「やべでね!でいぶゔぁんぜいしたよ!だがらいだいのやべでね!」

それは無理な相談だ。徹底的に苦しめるのが目的なのだから。

「熱いか。」
「あづいよ!だがらだじでね!がわいいあんよがやげじゃうがらだじでね!」

その可愛いあんよとやらは、とっくに炭化してカチカチだ。
もはや熱さをあまり感じないのか、それとも単に動けないのか、
れいむは、だんだんと大人しくなり始めている。
鬼井は、最後の仕上げに入ることにした。

「そうか。じゃあ、ちょっとだけ水をやろう。」
「おながいじまず!おみずざんくだざい!」

れいむは、鬼井の言葉に反応して、急に元気になった。
助ける気など毛頭ない。
だが、ゆっくりの餡子脳では、この状況でもまだ、助けてもらえると思っているらしい。

鬼井は、左手でれいむの頭を押さえつけたまま、水道の蛇口を捻った。
近くにあったガラスコップに、並々と冷たい水を注ぐ。
疲れと熱気で半ば生気を失っていたれいむの目に、再び光が射した。

「ほら、お水さんだぞ。」
「ゆゆっ!」

水を飲もうと、れいむは舌を伸ばす。
だが、コップの中身はそれを素通りし、鍋の底にどんどん溜まっていくばかりだ。
1センチほど水が張ったところで、コップは空になった。

「ゆゆっ!やめてね!おみずさんはゆっくりできないよ!」
「心配するな。溺れやしないさ。」

鬼井の言う通り、水は加熱されたアルミに触れ、すぐさま蒸気へと変じる。
もうもうと湯気が立ち上がり、鬼井の顔をじっとりと濡らした。

「あづいよぉ!にんげんざんごごがらだじでぇ!」

鬼井は、黙って鍋に蓋を掛けた。
漏れ出した水蒸気が、ことことと音を立てる。

「ゆっくり蒸されてね。」

鍋を火にかけたまま、鬼井はもう一匹のまりさに体を向ける。
視線の先には、紐でくくられ、透明なビニール袋に閉じ込められたまりさの姿があった。
同族が虐待される光景を目の当たりにして、穴という穴から汁を垂れ流している。

「駄目じゃないか。俺のまりさは、そこでしーしーなんかしなかったぞ。」

袋の中で、まりさはがたがたと震える。
自分の体が尿に塗れていることなど、お構いなしだ。

「お仕置きが必要だな。」

鬼井は、まりさを袋から出してやると、むんずとおさげを掴み、ドアを開けて中庭に出た。
少々暗くなっていたが、勝手の知った場所だ。
迷うことなく、コンポストの前に辿り着いた。

「はなすのぜ!まりさはなにもわるいことしてないのぜ!」

どうやら、我を取戻したらしい。まりさは急に暴れ出した。
それとも、コンポストの仕組みを知っているのだろうか。
仮に知っていたとしても、鬼井の意図は、全く違うところにあったのだが。

「おい、起きろ。」

鬼井は、コンポストの蓋を開け、中のゆっくりを叩き起こす。
管理人が来たと思ったのか、ゆっくりはびくりと跳ね上がった。

「ゆぅ…おなかすいたよ…。」
「なまごみさんちょうだいね…。」

生気のない声が、コンポストの中から聞こえてくる。

「よしよし。今日の飯だ。しかも、残飯じゃないぞ。」

鬼井は、訝しがるゆっくりたちの前に、まりさを放り投げた。
仲間が来たと思ったのか、他のゆっくりたちは、ぺろぺろとまりさの体を舐めてやる。

「もう一度言う。それが今日の飯だ。」

鬼井の言葉に、ゆっくりは全員顔を見合わせる。
当のまりさも、最初は訳が分からぬという顔をしていたが、
事情を察した途端、再び全身を震わし始めた。

「おい、分からないのか。飯だ。」

鬼井の次の言葉が、最後の引き金になった。

「そのまりさを食え。」

飢えたゆっくりたちは、怯えるまりさに歯を剥いて襲いかかる。

「なにするのぜ!」

まりさは徹底抗戦の構えを見せた。
正面から飛びかかってくるぱちゅりーに、渾身の体当たりを食らわせる。

「むきゅ!」

こうして、最初の30秒ほどは、元気な野良まりさの方が優勢だったものの、
多勢に無勢、すぐに体を押さえつけられ、身動きが取れなくなってしまう。

「やめるんだぜ!まりさはゆっくりなのぜ!ゆっくりはゆっくりしなぎゃあぁ!」

れいむ種が一匹、まりさの顔に噛み付き、口元を抉った。
餡と唾液が飛び散る中で、まりさは糞を漏らしながら、悶え苦しむ。

「まりざばおいじぐないよぉ!やべでえぇ!ごんなのゆっぐりじゃないぃ!」

次第にまりさの悲鳴は掠れ、ぐちゃぐちゃと咀嚼する音だけが続く。
鬼井は、生死を確認することもなく、そのまま蓋を閉じた。

「あ、やべ。」

部屋に戻ってみると、アルミ鍋が空焚き状態になっていた。
慌ててコンロを止め、中身を確認する。

「うわ、くっさ!」

もわっとした煙とともに、強烈な異臭が鼻を突く。
手でそれを振り払い、鍋を覗き込むと、どろどろに溶けた饅頭がひとつ、
焦げた餡とともに、鍋底に横たわっていた。
綿菓子の髪と、飴玉の眼球、そして砂糖菓子の歯は既に跡形もなく溶け出し、
その場所に穴がぽつんぽつんと空いているだけの、無惨な有様だ。
息をしているのかどうかすら、定かではない。

「死んだか…?」
「ぶべ…。」
「うお!」

れいむは、口を開き、くちゃくちゃと音を立てて、何かを呟いた。
だが、それはもはや言葉ではなく、ただの唸り声に過ぎない。

鬼井は、鍋の中身を流しに捨て、蛇口を目一杯捻った。
元れいむだったものは、ゆっくりと排水口に姿を消していく。

「…。」

鬼井は、力なく居間に腰を下ろすと、ぼんやりと部屋の中を見回した。
テーブルの上には、子まりさの遺体が、まるで眠っているかのように横たわっている。
何もかも終わってしまった。
そんなことを考えながら、鬼井は、次第に暗くなる部屋の中で、
昨日までのまりさとの生活を振り返り、一日を終えた。



あれから一週間が過ぎた。
鬼井は、毎日ハローワークへ通い、ネットの求人広告に目を通す日々を送っている。
交通費を惜しみ、徒歩で会社を回る鬼井には、身も心も休まる日がない。
特に、こんな雨の日は、なおさらだ。
傘を打つ雨音を聞きながら、鬼井は、家路を急ぐ。

「ん…?」

ふと、ゴミ箱の片隅に、雨で傾いた段ボールが見えた。
鬼井の視線が、その側に立てかけられた板に落ちる。
かまぼこの板だろうか。
そこには、たどたどしい字で、こう書いてあった。

【おそうじします】

不審に思って段ボールの中を覗いてみると、一匹のありすが、
雨漏りから身を避けるように、片隅で震えていた。
鬼井は、そのありすに、何か見覚えがあるような気がした。

「そっか…おまえか…。」

ありすは、鬼井の声に反応し、ちらりと顔を向ける。
案の定、口元がふにゃふにゃになったままだ。
今までどうやって生きて来たのか、その方が不思議なくらいだ。

鬼井は、しばらく黙っていたが、おもむろに左手を差し出した。
ありすは奥へ逃げようとしたが、もはやそこに空間はない。

「安心しろ。別に苛めやしないさ。」
「ゆ…。」

その言葉を信用したのか、それとも単に諦めたのか、ありすは抵抗を止めた。
鬼井の腕に抱かれ、傘の下で寒さに震えるだけだ。

「おまえ、お掃除できるのか?」

ありすは何も答えない。
おそらく、ダスキユの話を聞き、それを真似てみようと思ったのだろう。
だが、そのように躾けられていないありすには、掃除などできるはずもなかった。

「ま、どうでもいいか…。似た者同士だもんな…。」

2人は、押し黙ったまま、霧雨の中に姿を消した。
とある晩秋の日の出来事だった。


by 白兎

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最終更新:2022年05月03日 20:07