(引越しの朝)
ガタゴトガタゴトガタゴト。馬に牽かれた荷車が一軒の家の前に到着する。
今日は引っ越しの日。遂に一国一城の主になる男の晴れの日。
長年勤めた蕎麦屋の大将にやっと認められ、暖簾分けをしてもらい隣町で一旗揚げるのだ。
男の一家は朝から大忙し。子供達は初めての引っ越しに、はしゃぎ回り母親に叱られる。
そんな人間達の様子を見て、ペットのゆっくり達も意味も解らずぴょんぴょん飛び跳ね騒いでいる。

「ゆっくりしていってね!!!どうしたの?みんなもっとゆっくりしてね!」

「ああ、忙しい、忙しい。こら!お前達は邪魔だからどっかその辺で遊んでなさい。」

「ゆゆ?いそがしいの?れいむもおてつだいするよ!」

「ははっ!気持ちだけ貰っておくよ。お前達に引越しの手伝いは無理だろう。
 邪魔にならない様その辺でゆっくりしてなさい。出発する時に呼ぶから。」

「ゆ!おひっこしするの?」

「ああ。隣町まで引っ越しだ。今日から新しい家に住むんだぞ。
 新しい生活、どんな感じになるんだろうな。きっと新しい友達もできるぞ。楽しみか?」

「ゆ~!たのしみ~♪」

れいむ達はそれぞれ、近所の仲良しのゆっくりの所へ引越しの挨拶に行く。
自分の宝物をプレゼントして、離れても変わらぬ友情を誓うもの。
なにも言わずに見つめあい、恋人との別れを惜しむもの。
今まで言えなかった思いを伝え、すりすりと頬ずりをするもの。
やがて引っ越しの準備が終わり、男の呼ぶ声に家の前に集まって来た。

「よし。荷物は全部積み終わった。お前達は空いてる所に適当に入るんだ。
 ちょっと狭いが夕方までには着くから我慢してくれ。さぁ、急いで急いで。
 予定の時間を少しオーバーしてるんだ。日が暮れる前に新居に着かないと。」

ゆっくり達はめいめい小さな隙間を見つけて潜り込む。ゆっくりできないが仕方ない。夕方までの辛抱。
良く躾けられた子ゆっくり達は特に文句を言う訳でも無く、静かにじっとしていた。
そのせいで母れいむは気付く事ができなかった。子れいむが一匹荷車に乗っていない事に・・・
ガタゴトガタゴトガタゴト。男は馬を引き、妻と子供は荷車の前に乗せ出発した。


(ホームアローン)
「ゆー!おそくなってごめんなさい!ゆっくりじゅんびかんりょうだよ!」

「はやくしゅっぱつしようね!」

「あれ・・・みんなどこにいったの?」

遅れていた子れいむが家に戻って来た。引越しの前に隠しておいたお菓子を全部食べてしまおうと考え、
自分の秘密基地に行って今までむーしゃむーしゃとお菓子を食べていたのだった。
戻ってみると家の中に誰もいない。家の前に止めてあった荷馬車も無い。辺りを見回してみると・・・

「ゆーーーーーーーーーーーーー!!!!!みんなまってええええええ!!!!!」

「れいむをおいていかないで!まって!まってよーーーーーーーーーー!!!!!」

「おかあさああああん!おかあさああああん!まってええええええええ!!!!!」

家財道具を積み込んだ荷馬車はもう随分先まで進んでいた。子れいむは大声で叫ぶが声が届く筈も無い。
荷馬車はどんどん遠ざかって行く。子れいむは急いで追いかける事にした。
こう見えても走る事には自信がある。かけっこは姉妹の中で一番だ。

「ゆううう!こうなったらしかたないよ!はしっておいかけるよ!」

「みんな!ゆっくりまっててね!すぐにおいつくからね!」

「それにしても、れいむをおいていくなんて!おじさんもおかあさんもゆっくりできないね!」

「おいついたらおせっきょうだよ!ゆふふ!でもれいむはやさしいから、ちゃんとあやまったらゆるしてあげる!」

ぴょんぴょんぴょん。子れいむは全速力で追いかける。自分の足ならすぐに追いつくはずだ。
まだまだ気持ちに余裕がある。追いついたら文句の一つも言ってやろうか、などと考えながら跳ねて行く。
しかし、所詮はゆっくり。人間の歩く速さに追いつける筈も無い。荷馬車との距離はだんだん離れて行く。

「どうじでおいつかないのおおおおおお!!!!!」

「こんなにいっしょうけんめいはしってるのにいいい!!!」

「みんなおいてかないでよおおおお!!!まってえええええええええ!!!!」


(母をたずねて)
「ゆぅぅ・・・ゆぅぅ・・・ゆええええええええええええええん!!!!!」

「おがあざんのばがあああああああああああ!!!!!」

「どうじでれいむをおいでっちゃうのおおおおお!!!!!」

遂に家族を乗せた荷馬車が見えなくなってしまった。町からも随分離れた、今まで来たことも無い原っぱ。
一人ぼっちの寂しさに、思わず大声で泣き出してしまう子れいむ。
無理もない。うまれてこのかた町から一歩も外に出た事が無いのだ。
ピーヒョロと鳴くトンビの声や、風に揺れる草の音にさえ怯えながら、
それでも子れいむは駆けて行く。原っぱに続く一本道。これを辿れば母親に追いつけるはず。

そんな子れいむを遠くから眺める影が一つ。大きく成長した野生のまりさ。
泣きながら道を駆けて行く子れいむを見て、何事かと寄って来た。

「ゆ?みなれないゆっくりだね。どうしたの?なんでないてるの?」

「ゆゆっ!」

後ろからの突然の声に驚く子れいむ。振り返ると見上げるほどの巨体のまりさが自分を見下ろしている。
別にこのまりさが特別大きな個体な訳では無い。一般的な野生の大人のゆっくりだ。
しかし町育ちの子れいむは、野生種が飼いゆっくりよりもずっと大きく育つ事を知らない。
自分の母親よりも二周りも大きなまりさは、子れいむには化け物の様に映った。

「ゆーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

「ゆっ!どうしてにげるの!まって!にげないでね!」

「ゆううう!!!なんでおいかけてくるのおおお!!!こっちこないでええええええ!!!」

思わず逃げ出した子れいむ。泣きながら駆けていた子れいむを心配して寄って来たまりさは後を追う。

「まってね!ゆっくりしてね!」

「いやあああああ!れいむはたべてもおいしくないよおおおおお!!!!」

「まりさはゆっくりをたべたりしないよ!だからにげないでね!」

「うそだああああああああ!!!こっちこないでええええええ!!!」


やがて、何とかまりさを振り切った子れいむ。舌を出しゼエゼエとからだ全体で息をする。
そんな子れいむの後頭部をつんつんと突っつくものが。なんだろうと振り返るとそこには大きなカラスがいた。
カラスは子れいむの髪に結ばれたリボンに興味を持っていた。
リボンにはキラキラと光るビーズの飾りが付いている。飼い主が夜店の屋台で買ってくれた物だ。

「ゆううううう!!!!からすさん!やめてね!れいむのりぼんをとらないで!」

子れいむはまた走り出す。ゆっくりを識別する為の大切な髪飾り。これが無くなったらゆっくりできない。
ぴょんぴょんぴょん。つんつんつん。ぴょんぴょんぴょん。つんつんつん。
さっきから走りっぱなしの子れいむ。数歩跳ねては息をし、数歩跳ねては息をし、を繰り返す。
しかし止まってしまうとカラスにつんつん突っつかれる。

「いやあああああ!!!からすさん!あっちいってね!」

つんつんつん

「やめてえええ!!!りぼんがなくなったらゆっくりできなくなっちゃうよおおおお!!!」

つんつんつん

「どうじでいうごときいでくれないのおおおおお!!!!!」

つんつんつん

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!れ゛い゛む゛の゛り゛ほ゛ん゛か゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

とうとうカラスにリボンを盗られてしまった子れいむ。
今までの疲労とリボンを盗られたショックで気絶してしまった。


しばらくして、ゆぅゆぅと寝息を立てて眠る子れいむのほっぺたをペロペロと舐めるものが。
そのくすぐったさに目をさます子れいむ。目を開けると、目の前にいたのは全身毛むくじゃらの白い獣。

「ゆううううううううううううう!!!!!!!」

あんな怪物今まで見た事無い。きっとれいむの事を食べる気だ。子れいむは慌てて逃げ出した。
白い獣の正体は原っぱに遊びに来て飼い主とはぐれてしまった子犬。
偶然見つけた子ゆっくりに、一緒に遊ぼうとペロペロ舐めまわしていたのだ。
子れいむが住んでいた近所に飼い犬はいなかった。ゆっくりを飼う事が一般的になっていたので、
きちんと躾けられた飼い犬はゆっくりを食べたり虐めたりする事は無いが、子れいむはそんな事を知らない。
自分の母親よりも大きな獣から逃れようと必死で逃げる。

ぴょんぴょんぴょん。とことことこ。ぴょんぴょんぴょん。とことことこ。
自分と遊んでくれる気になったんだ、と勘違いした子犬はぴょんぴょん跳ねる子れいむをとことこ追いかける。
どこにいくの?なにをしてあそぶの?子犬はつかず離れず子れいむの後を追って行く。

一方子れいむは気が気では無い。ぴょんぴょん全力で逃げているのに振り返ると奴がいる。
くぅ~、などと可愛らしい声で鳴いているが、そう感じるのは人間だけ。
子れいむには、自分を食べようとする化け物が発する奇声に聞こえた。

「こっちこないでえええ!!!」

「くぅ~~~ん?」

「れいむはたべものじゃないよおおおお!!!」

「わんわん!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!お゛か゛あ゛さ゛ん゛た゛す゛け゛て゛え゛え゛え゛!!!!!」


(川の渡し場)
子犬はいつの間にかいなくなっていた。自分を探す飼い主の声に気づきそちらに駆けて行った。
ようやく一息つく子れいむ。前方をみると大きな川が。渡し船の発着場の様だ。船を待つ人がいる。

「ゆっ!あれはっ!」

「やっとおいついたよ!おかあさああああああああああああん!!!」

渡し場には見た事がある荷馬車と自分の飼い主の姿。近くには母親と妹達がいるはずだ。
でたらめに逃げ回っていた子れいむだが、偶然にも川で足止めを食っていた一行に追いついたのだ。

「おかあさーん!おかあさーん!れいむだよ!」

「やっとおいついた!もうおいてかないでね!」

喜び勇んで走って行く子れいむ。その時・・・

「旦那ぁ。すいません。お待たせしました。やっと船がきましたよ。」

「やぁ、やっと来たか。随分待ったよ。」

「すいません。何しろこれだけの大荷物ですから。あっしの船じゃあ・・・
 でもご安心下せえ。仲間の船が来ましたんで、すぐに向こう岸へ渡れますよ。」

「いや、責めてる訳じゃないんだ。事前に連絡しなかった俺も悪かったし。」

「そう言っていただけるとありがたいです。ささ、こちらへ。奥様と坊ちゃん達も
 すぐに向こうへお渡ししますよ。」

やって来た大型の渡し船に乗りこむ一家。初めての船に興奮する子ゆっくりと沈痛な面持ちの母ゆっくり。
そんな母ゆっくりの髪を撫でながら、男が優しく話しかける。

「子れいむの事を考えてるのか?」

「ゆぅ。おじさん。ここでもうすこしまってちゃだめ?」

「それは無理だな。もう船が出てしまう。それに追いかけて来ていたとしても、
 子れいむの足じゃここまで来るのは無理だろう。諦めて町に戻っているさ。」

「ゆぅぅぅ・・・」

「大丈夫。心配いらんよ。あの町の人は皆親切だ。たぶん隣の家のおばさんが面倒見てくれるさ。」

「ゆ。そうだね。」

「そうさ。あの子は子供達の中でも一番しっかりしたお姉ちゃんだから、一匹でも大丈夫さ。」

「ゆ。ごめんねれいむ。おかあさんはもういっしょにいてあげれないけど、ひとりでゆっくりしてね。」

「さ、それより船の上で子供達がはしゃぎ回らない様にしっかり見てるんだぞ。
 船から落ちたら助からないからな。」

「うん。」

「旦那ぁ!船を出しますよぉ!」

「おう!出してくれ!さ、川を渡ったらもうすぐ新しい家だ。
 今日は引っ越し祝いにどこかに美味い物を食いに行こうか。」

「うん!」


夕暮れ。真っ赤に輝く静かな川面をゆっくりと進む一艘の渡し船。
その船に向かってあらん限りの大声で叫ぶ、飾りを無くした子ゆっくり。

「ま゛って゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!」

「お゛い゛て゛か゛な゛い゛て゛え゛え゛え゛え゛!!!!!!!」

「お゛か゛あ゛さ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!!!!!」

「ゆ゛っく゛り゛て゛き゛な゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!」

end

作者名 ツェ

今まで書いたもの 「ゆっくりTVショッピング」 「消えたゆっくり」 「飛蝗」 「街」 「童謡」
         「ある研究者の日記」 「短編集」 「嘘」 「こんな台詞を聞くと・・・」
         「七匹のゆっくり」 「はじめてのひとりぐらし」  「狂気」 「ヤブ」
         「ゆ狩りー1」 「ゆ狩りー2」


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最終更新:2022年05月18日 21:08