衛宮切嗣は雨を避けて手近なビルに足を踏み入れた。
そこはどうやらオフィスビルのようで、受付を通り過ぎると中央に階段があり、フロアは吹き抜けになっていた。
階段を挟んだ向かい側にも出入り口があるようで、大規模なビルであることが窺える。
大理石の床を歩くと、濡れた靴底がかすかに音を鳴らした。

(まずは武器の有無。もし支給されていない場合は、調達から始めなければならないが……)

森嶋帆高の殺害をするにあたり、支給品とやらの確認を済ませておきたい。
幾人もの魔術師を、事前に綿密な準備を行い殺害してきた切嗣にとって、それはごく自然な思考であった。
支給されたデイパックに手を入れて、中身を取り出そうとする。

「おーい、そこの人!」

不意にかけられた背後からの声に、切嗣は身体を強張らせた。
振り向くと、今しがた切嗣が通過した入口の付近に、スーツの青年がいた。
片手に持つ傘からは水滴が垂れており、今まさにビルに入ってきたことが分かる。
武器の類は手にしていない。しかし、警戒するに越したことはない。
切嗣はゆっくりと近づいてくる青年に対して、デイパックから取り出した拳銃の銃口を向けた。

「っと!落ち着いて!?」

銃口を向けられた青年は、反射的にデイパックと傘を落として両手を顔の横に上げた。ホールドアップの体勢だ。
現状の主導権を握った切嗣だが、何故か安心することはできなかった。
この青年から情報や支給品を奪い逃げるのは、あまりにも理想的な流れだ。

(しかし……やけに物分かりが良いのが気になるな)

切嗣に一抹の不安を与えたのは、青年の自然すぎる対応だ。
うろたえながら無抵抗の態度を取る青年は、その実、僅かほどの冷汗もかいていない。
それどころか、全く目を泳がせずに切嗣に視線を向けてきている。
一般人の冷静さではない。

「あのォ……いきなり銃を向けられても、困るというか……」

目は口程に物を言う。
青年は声色こそ困惑した様子だが、その瞳には混乱も恐怖の色も見られない。
そんな青年の態度が、この青年にどう対処するべきか、という切嗣の思考を一瞬だけ鈍らせた。
そこに第三者が介入する。

「ずいぶんと剣呑な状況ですね」

真上から向けられた声に、切嗣は心中で舌打ちをした。
銃口は青年から離さず、視線だけを声の主がいる方向へと動かす。
そこには、クリーム色のスーツを身に纏い、拳銃を構えた男性の姿があった。

「そちらの方、拳銃を下ろしていただけますか?」
 私は明智健悟。警視庁捜査一課の刑事です。拳銃にも心得があります」

メガネの男――明智は、踵を鳴らしながら階段を下りてくる。
わざわざ音を立てるのは、青年から注意を逸らそうとしているからだろう。

「この距離であれば、私と貴方は互いに確実に当てることができる。
 しかし、このままトリガーを引くだけでいい私と違い、貴方は銃口を移動させなければならない」

このまま撃ち合いになれば自分が先んずることが可能だと、明智は説いていた。
その程度のことは、懇切丁寧に説明されずとも分かることだ。
この場における優位性は、既に切嗣からは失われていた。

「……」
「ありがとうございます。冷静な判断をしていただき助かります」

拳銃を上着に入れた切嗣に、明智は拳銃を下げて謝辞を述べた。
視界の端で、青年がホッと安堵した表情を浮かべていた。

「では、ここは三人で情報交換と行きませんか。
 もし貴方が、誰彼構わず撃ち殺したいという思考の持ち主でなければ……ですが」

明智は柔和な微笑みをたたえて問いかけてくる。
主導権が奪われたことを感じて、切嗣はもう一度、心中で舌打ちをした。




三人はオフィスビルの一室に移動し、円卓を囲んで自己の紹介と情報の共有を開始していた。

ひとつ溜息をついて、明智健悟は少しずり落ちたメガネをクイと上げた。
その動作には、単純にメガネの位置を直す意味もあったが、同時に気持ちを引き締める意味も含まれていた。
眉目秀麗で頭脳明晰、さらに国内外を問わず事件を解決してきた、経験も豊富なエリート警視。
つねに悠然たる態度を崩さない明智が、改めて自身の襟を正したのだ。
それはすなわち、眼前の二人との会話を、気の抜けないものだと捉えている証拠だった。

衛宮切嗣。
グレーのシャツに黒のスーツとロングコートという黒づくめの男性。
職業や経歴などは語らず、端的に名前と知人の不在のみを述べただけで自己の紹介を終えた。
ついさきほどの拳銃の構え方を見るに、銃器の扱いに手慣れていることは間違いない。
詳しく語らないのはこちらを信用していないためか、それとも語ることにより不利益が生じるためか。
いずれにしても、簡単に協力を見込めそうにはなかった。

輝村極道。
大手企業ダイバンの商品企画部部長を務めるという彼は、人当たりのいい青年という印象だ。
しかし、ある意味では衛宮切嗣よりも彼のほうが、明智の思考を乱していた。
その理由は二つある。
第一に、明智の知る限りダイバンという企業は存在しない。
明智とて全ての企業を把握しているつもりはないが、地上波で放送されている幼児向け番組の製品を制作しているとなれば、相当な大手のはず。耳にしたことがないとは考えにくい。
嘘をつくにしても、具体的な企業名で嘘をつく理由が思い当たらないのが、明智を混乱させた。
第二に、どこか常人離れした態度だ。
つい先程まで拳銃を向けられて、命の危機にさらされていたにも関わらず、全く怯えた様子が見られない。
それどころか、知り合いでもない森嶋帆高のことを守りたいと宣言していた。

(自分の命が危ない状況で、他人のことを心配する……簡単にできることではない)

医師や消防士、あるいは警察官といった特殊な職業であれば、そうした思考になるのも自然だ。
けれど極道はそうではない。企業勤めのサラリーマンが、ある種の正義感を抱いているのだ。
明智の脳裏に浮かぶのは、とある高校生の姿。
うだつの上がらない高校生だが、ひとたび事件となれば祖父譲りの推理力で謎を解き明かす。

(彼のような正義感の持ち主、なのでしょうかね)

明智はあの高校生を、あらゆる意味で稀有な存在だと捉えていた。
極道も彼と同じ人種であるとするならば、心強くはある。
あるいは、と考えを巡らせていたが、極道が話を終えたことで思考をストップする。
この情報共有を提案した以上は、進行役をつとめなければならない。

「自己紹介はこの程度でよいでしょう。
 次に共有したいのは、ここにある名簿について……つまり、知り合いの有無です」

明智は二人に向けて、支給された端末を掲げてみせた。
そこに参加者の名簿が記載されていることは、つい先刻にあった放送で明らかだ。
切嗣は無言で頷く。それに対して、極道は少し慌てたように端末を取り出した。

「あぁ、そういえば端末のロックがどうとか……失礼、未確認でした」

慣れた手つきで端末を操作し、名簿をスクロールする極道。
その手が、ふと停止したのを明智は見逃さなかった。

「輝村さん?」
「……ふっ」

明智は何か、それまでの極道とは異なる雰囲気を感じ取り問いかけた。
あえて言うならば、犯罪者がひた隠していた本性が、何かの拍子に露呈したような。
しばらく停止してから、再び極道はスクロールをはじめ、そして端末を上着にしまい込んだ。

「いやァ、申し訳ない。知り合いの名前が書いてあったもので。
 明智さん、私の知り合い……友人の名前を伝えておきます。
 私も探しに行きますが、もし先に彼と出会ったら、保護をしていただきたい」

畳みかけるように話す極道の表情は真剣そのもの。すぐにでも部屋を出たい雰囲気だ。
明智は首肯して、その先を促した。

「彼の名前は――」




二人を置いて部屋を出た輝村極道は、再び傘を差して歩き始めた。
そこには先程までの朗らかな表情はなく、完全に素に戻っていた。
名簿に記載されていた知人の名前は“多仲忍者”と“殺島飛露鬼”の二つ。
特に前者の名前を見つけたことで、極道の精神は冷静を通り越して冷えていた。

「忍者君……まさか君が巻き込まれているとは……」

多仲忍者。
偶然に出会った同好の士であり、極道にとって貴重な友人。
大人びたところはあるが、彼自身は一般的な高校生。このような殺し合いに巻き込まれて困惑しているはずだ。
森嶋帆高と同じく、極道が守るべき対象である。

「あの老婆はずいぶんと私の邪魔をしたいようだ」

老婆をはじめとする主催者たちを排除しなければならない、という意思が強まる。
そして、忍者はもちろん、もう一人の知り合いの名前も気がかりではあった。

「殺島は死んだはずだ……。まさか死者を蘇生できるわけはあるまいが、同姓同名とも考えにくい」

殺島飛露鬼。
暴走族神(ゾクガミ)と称されたカリスマの持ち主は、忍者(にんじゃ)との戦いで命を落とした。
常識的に考えれば、この場所にいるはずはない。とはいえ非凡な名前のために同姓同名とも考えにくい。

「……これ以上、考えすぎても仕方ないな」

最優先するべきは、忍者と帆高の保護だ。
念のため、明智と名乗る刑事には、忍者の名前と保護して欲しいことを伝えておいた。

「あの刑事は協力を取り付けたかったみたいだけど……。
 極道(ごくどう)が警察(サツ)と組むのはちょっとね」

正直なところ、警察(サツ)は信頼も期待もしていない。殺島について教えなかったのはそのせいもある。
せめて友人を保護する程度の仕事は果たして欲しいと思いながら。
再び朗らかな表情を張り付けて、極道は雨中を歩く。


【E-5/1日目/深夜】
【輝村極道@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3、大人用の傘×2
[思考・状況]
基本方針:多仲忍者と森嶋帆高を守り、老婆達を始末する。
1:まずは忍者君と帆高君を探し、そして保護する。
2:忍者と帆高を守るために戦うが、今は正当防衛が成立する範囲内で。
3:殺島については保留。死んだはずでは?




「ふむ……彼にとって、多仲忍者という少年はかなり大事な存在のようですね」

明智は窓から外を見下ろしていた。
そこには今しがた部屋を出て行った、極道の姿がある。
その後、切嗣とは互いの名簿や支給品について簡単に確認をしたが、重要な情報は得られなかった。

「私のように、知人の名前がひとつもない参加者もいれば、そうでない参加者もいる。
 名字の同じ“大崎甜花”と“大崎甘奈”。直接的に明記されている“時女静香の母”。
 それに歴史上の人物や創作上の人物、中にはあだ名としか思えない名前も記されています」

“北条時行”、“ギルガメッシュ”、“キャプテン・ネモ”、そして“ユカポンのファンの吸血鬼”に“ライフル銃の男”。
神子柴がどのような意図を持ち、こうした参加者を集めたのか。
混沌とした状況を整理するように、明智は語り続けた。

「この参加者たちが、どのような理由で集められたのか……。
 いわば主催者の動機を解明することが、殺し合いの謎を解く鍵になるかもしれません」

くるりと振り返り、切嗣と対峙する。底の知れない相手だ。
この場においては自分一人で行動するよりも、誰かと協力した方がよいと明智は判断していた。
ゆえにこそ問いかける。

「衛宮さん、私と共に行動しませんか?」
「……いや、やめておこう」

切嗣は多くを語らないまま、コートを翻し部屋を後にした。
つい先程、極道を引き留めなかった以上、それを引き留めることは、明智にはできない。
明智はメガネを外して溜息をついた。

「結局のところ、ほとんど進展は無し……ですね」

提案した情報交換はなし崩し的に終了、たいした成果はない。
それでも明智は思考を止めることはない。
推理こそが、この状況を打開することを信じて。


【E-5 どこかのビル/1日目/深夜】
【明智健悟@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:ニューナンブM60@現実
[道具]:基本支給品、予備弾薬(複数)、ランダム支給品0~2(確認済)
[思考・状況]
基本方針:ゲームの停止を目指す
1:帆高の保護
2:協力者を探す。特に首輪の解析などができる者がいれば有難い。
3:信頼できる参加者と出会ったらお互いのお題を確認したい。
※多仲忍者の外見を教わりました。

【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態]:健康
[装備]:グロック17@現実
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2(確認済)
[思考・状況]
基本方針:生き残り主催を始末する。
1:森嶋帆高を殺し一刻も早くゲームを終わらせる。
※参戦時期は不明

53:魔人見参!! 投下順 55:小さな体に眠る熱
時系列順
前話 名前 次話
25:極道が如く 輝村極道
07:雨中の長考 明智健悟
01:プロローグ(仮) 衛宮切嗣
最終更新:2021年08月18日 15:54