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これは一体どういう状況なのか。

ロイ・マスタングは己の目に映る光景に大きな動揺も無く、冷静に事態を把握しようとしていた。
彼は軍人だ。血生臭い騒動には慣れている。
金髪の男が死んでおり、死体の傍に立つのは一人の少女。
少女が手に持っているのはライフル銃。男の傷跡から見て、凶器であるのは間違いない。
撃ったのは少女で確定だろう。
彼女の衣服を汚す返り血が、何よりの証拠。

殺害した犯人は分かった。
次に考えるのは動機。

少女は何故男を殺した?殺すだけの理由は何だ?
一つ目の可能性。男の方が先に襲い掛かり、反撃した結果こうなった。
少女を殺すか、或いは唾棄すべき目的の為に襲ったが抵抗されもみ合いとなり、男は命を落とした。
だがそれでは妙な点がある。
男の身体には所々傷があるのに、少女はずぶ濡れにこそなっているものの無傷。
大の男に襲われて衣服の乱れ一つ無いのは余りにも不自然ではないか。
二つ目の可能性。少女の方が不意打ちで男を痛めつけ、銃を奪って殺害した。
これならばしっくりくる。
如何に体格で勝っていようと、バットのキツい一撃を先にもらっては、反撃もままならなかっただろう。

「甘奈、ちゃん……!? 何を、しているの……?」

ここでマスタングを悩ませる要素が一つ。
殺人を犯したであろう少女は自身が保護した女性、桑山千雪の知り合いであるらしい。
マスタングから見た千雪は容姿・スタイル・性格共に大変魅力的で、争い事とは無縁の民間人。
そんな千雪の知り合いが、何故殺しに手を染めたのか分からない。

甘奈と呼ばれた少女は参加者に支給された袋を複数所持している。
彼女はそれをどこで手に入れた?
偶然死体を見つけ、残された支給品を持ち去った可能性も無くはない。
だが死体があると言う事は当然殺した人物も存在する。
何故その殺害者は支給品をわざわざ置いて行ったのか。
甘奈が支給品袋を複数持っているのは、金髪の男以外にも既に誰か殺して、その者から奪ったからでは。
千雪の知り合いを疑いたくは無いが、残念ながら数々の状況証拠は彼女が人殺しだと告げている。

マスタングの推理通り、二人の参加者を手にかけた甘奈は震えていた。
長時間雨を浴び続けた事だけでなく、どうしようもない恐怖によってだ。

(見られた……千雪さんに……)

会いたいけど、同じくらい会いたくなかった人が目の前にいる。
彼女の顔は見ている光景が信じられないとでも言うような、驚愕の色に染まっている。
自分が人を殺した事を千雪に知られてしまった。
その事実が甘奈を心の底から震え上がらせる。

(や……いや……)

人を殺す覚悟は当に決まっていた。
甜歌と千雪を守る為なら、どんなに汚れたって構わないと、そう決意した。
だけど、人殺しになった自分がどんな目で甜歌達に見られるかは、覚悟が足りなかった。

いつも自分と甜歌を優しく見守ってくれる千雪の瞳。
それが恐怖と、嫌悪に変わったら、果たして自分は耐えられるのか。
大切な人に拒絶されて、それでも自分は立っていられるのか。
繰り返される自問自答に頭がふらついてくる。

(甘奈ちゃん……どうして……?)

一方で千雪もまた困惑していた。
これは悪い冗談だと思いたいが、そんな逃避は許さないとばかりに、目の前の光景は千雪に現実を押し付けて来る。
甘奈が人を殺した。アルストロメリアの大切な少女が。
どうして殺したのだとか、自分と会う前に一体何があったのだとか、
聞きたいことは山ほどあった。

だけど、

(甘奈ちゃん……あなたは……)

千雪が見ている甘奈は、これまで見た事がないくらいに憔悴し、怯えていた。
家族とはぐれ、今すぐにでも泣き出してしまいそうな女の子のような顔。
それを見た瞬間、千雪は自分が何をすべきかを決断した。

「甘奈ちゃん」

名前を呼ばれ、相手はビクッと震えた。
青褪めて目を逸らした少女へ、一度深呼吸してから千雪は声を掛ける。

「そんなに濡れてたら風邪引いちゃうよ。もっと体を大事にしないと」

一瞬、甘奈は何を言われたのか理解できなかった。
てっきり千雪からは、自分の行いを批判し拒絶する言葉をぶつけられるとばかり思っていた。
なのに出て来たのは正反対の、自分を気遣う言葉。
呆然と顔を上げると、いつも自分と甜歌に向けてくれるのと全く同じ笑みを浮かべる千雪の姿があった。

「なんで……」

どうしてこの人は、そんな風に笑って優しい言葉をかけてくれるのだろうか。
分からない。千雪の考えが何一つ分からない。
困惑する甘奈へ、千雪は一度顔を真剣なものにして伝えた。

「……甘奈ちゃんに何があったのかは、まだ分からないけど」

何があったにせよ、甘奈は人を殺した。
それは覆せない事実。

「何があったとしても、甘奈ちゃんは、私達と同じアルストロメリアだよ」

それでもだ。
千雪には甘奈を突き放す事などできなかった。
同じユニットのメンバーとして甘奈を良く知る千雪には、彼女を拒絶する選択肢など最初から無かった。
子どもが悪さをしたら叱るのは大人の役目だ。
だけど同じく、子どもが傷ついて泣きそうになっていたら抱きしめてあげるのも大人の役目。

「だからもう、甜歌ちゃんと、甘奈ちゃん自身を泣かせるような事はしないで」

立ち尽くす甘奈にゆっくりと歩み寄る。
ずぶ濡れとなった彼女に傘を差しだす為に。
何よりも、甘奈の抱えているものを受け止めてあげる為に。

自分へ手を伸ばす千雪に、甘奈は我に返り、

「こ、来ないで…!!」

その手を振り払った。

「甘奈ちゃん…」
「だめ…だめだよ…」

駄々をこねる幼子のように首を横に振る。
千雪が自分を受け入れようとしてくれたのは分かる。
けどここでその手を取る訳にはいかない。

改めて理解した。この人は死んだらいけない人なんだと。
こんな自分に手を差し伸ばしてくれたのは嬉しかった。
だからこそ思うのだ。
そんな優しい人が、殺し合いなんかで死んで良い理由なんてない。
森嶋帆高の、他人の恋路のせいで死んでしまうなんて、絶対に認められない。

「甘奈はもう、アルストロメリアにはなれないから、だから……!」





―――ゾ ワ リ





『――――!!!?!』

ソレは唐突に現れた。

自身への救いを必死に拒否する甘奈も、
妹のように可愛がっていた少女の苦しみを祓おうとする千雪も、
彼女たちの様子を黙して見守っていたマスタングも、
自分達へ襲い掛かったプレッシャーに凍り付いた。

マスタングは額に汗を滲ませる。
これと同じような存在を彼は知っている。
フラスコの中の小人。ホムンクルス達の創造主、お父様。
人を超えた怪物特有の、圧倒的な存在感が今まさに自分達を慄かせている。
その事実が重く圧し掛かった。

甘奈と千雪は顔を青くして震え出す。
彼女達は煌びやかな舞台に立ち、歌と踊りで人々を魅了するアイドル。
本来ならば殺し合いなどとは一生縁の無い人間。
そんな非日常から最も遠い世界に生きる二人ですら分かる。
これは人間のものではない。
人間がこれ程までに恐ろしい存在感を出せるはずがない。

三人は、揃って空を見上げる。

決して無視する事のできない存在が、そこにいると理解してしまったから。

そして見た。
上空に浮かぶ怪物を。

無数の翼が融合したかのような、白一色の肉体を持つ男。

名はミリオンズ・ナイブズ。
人類抹殺とプラントの解放を掲げる異形の王。

三人共に警戒と恐怖の混じった視線を向ける。
視線を集めたナイブズは地上の人間達を、ただ無価値に見下ろした。
人間が何人集まり、何を話していようとどうでもいい。
ただ殺す。連中が存在している事自体が許し難い。

人間への憎悪に突き動かされるまま、翼の一部を刃に変える。
これまで幾度となく振るってきた力。
大人の男と女、そして少女一人、三人纏めて一瞬の内に肉片へ変えるその力が襲い掛かる。

千雪と甘奈は動けない。だがマスタングは動いた。
元よりホムンクルスと呼ばれる人外との戦闘を経験していた事も有り、ナイブズを前に恐れを抱きながらも戦意までは失っていない。
相手が自分達を見下ろす視線は決して友好的なものではなく、言葉を交わさず殺しに掛かっても不思議はない程冷たいものだった。
故に、いつ相手が行動を起こしてもすぐに対処できるよう、最大限に気を張っていた。
だからだろう。相手の殺気が膨れ上がった瞬間に動けたのは。

「ッ!!」

相手が何者だとか、そういう疑問は即座に吹き飛んだ。
ただ分かるのは、自分が何とかしなければマズい事になる。三人揃って殺される。
ほとんど反射的に腕を跳ね上げ、怪物目掛けて指を鳴らした。
発火布に描かれた錬成陣が反応し光る。
千雪に見せたものとは違う、本気で相手を殺す為の炎がナイブズへと奔る。
振り続ける雨のせいで、対象へ到達するまでに威力が落ちる事は回避できない。
それでも、生物を焼き殺すには十分過ぎる程の、今のマスタングが出せる最大威力の炎。

「なに…!?」

マスタングの炎はナイブズの刃を止めはできた。
それだけだ。敵は全くの無傷。
焼き潰すどころか焦げ跡一つ付いてはいない。
ホムンクルスだって炎に包まれれば悲鳴を上げていた。
なのにこの男は涼しい顔で浮遊し続けている。
そう簡単に決着は付けられそうも無いと、確信を持った。

「……」

マスタングの緊張とは反対に、ナイブズは依然として冷めた表情のまま。
相手がいきなり炎を出したのには、ほんの少しだけ眉を顰めた。
見たところ火炎放射器やそれに類する道具は所持しておらず、ただ指を鳴らしただけでこちらを焼き殺そうとした。
プラントとは違う、何か特殊な力を持っているらしい。
それが分かった所で、マスタングへ興味も抱かないし、殺意を抑える気も無い。
少し前ならGUN-HO-GUNSの穴埋めとして勧誘する選択もあった。
だが最早過去の話。計画が最終段階へと移行した今となっては、新しいナイフは必要無し。

「消えろ、人間」

右半身が巨大な顎のように開き、空中に穴を一つ出現させる。
黒一色の内部を持つ穴から放たれるのは複数の刃。
己の力を行使してナイブズは改めて理解する。やはり弱くなっていると。
刃の数は異様に少なく、速度は余りにも遅い。
こんな程度の力しか出せない自分を、何よりその原因を作った御子柴への苛立ちに心がざわめく。

だがそれも当然だ。
ミリオンズ・ナイブズを何の枷も無しに参加させるなど、自殺行為に等しい愚行。
プラントの融合体となったナイブズの力を以てすれば、会場ごと参加者を一瞬で消滅させるのも容易い。
比喩でも誇張表現でもなく真に星々さえも消し去るプラントの力なら、御子柴の主催者という立場すら危うくなる。
故に厳重な制限を施し、一参加者としての枠に収めたのだから。

しかしだ。
本来の力からは程遠くても、脅威である事に変わりは無い。
星は破壊できないが、人間相手には十分。
迫る刃を前に、マスタングもただ突っ立っているつもりはない。
炎では駄目だ。ここが屋内ならまだしも、雨が降る屋外ではどうしたって威力の低下は起こる。
傘で自分一人を雨から防ぐのが精いっぱいなのに炎を放ち続けても、ナイブズには届かない。
ならば別の物を錬成する。

(こういうのは鋼のの方が得意だろうがな…!)

傘を投げ捨て掌同士を合わせる。
真理を見た錬金術師だけに許された、錬成陣無しの錬成。
両手を地面に当てると、マスタングの周囲が盛り上がり形を変える。
アスファルトが幾つもの壁に、柱に、杭になり刃を迎え撃つ。

錬金術による攻撃はただの一つもナイブズに届く事無く刻まれる。
されどマスタングが錬成を止める事はしない。
分かっているからだ。少しでも錬成の手を緩めればこちらの命は無いと言う事に。
慣れない錬成などと言い訳をする余裕は皆無。
舗装された道路はあっという間に大量の壁や柱が飛び出て、異質な光景と化した。

それを千雪は固唾を飲んで見ている事しかできない。
さっきは手品と言ったがとんでもない。
千雪からしたらマスタングの錬金術とやらは、まるで魔法のようなデタラメさだ。
そのマスタングでさえも苦戦するナイブズ。
あんな怪物を前にしたら、自分の存在などゴミに等しい。
それでも今傍にいる甘奈は守らなければと、視線を移す。

そこにはカードらしき物を片手に、ナイブズの方へ近づこうとする甘奈の姿があった。

「っ!?甘奈ちゃん何してるの!?」

傘を投げ出し濡れるのも構わず甘奈を引き留める。
銃や刃物を持っていようと、あの怪物の前では無意味に等しい。
そんな事は分かるはずだろうに、何故そんな真似をするのか。

「離してっ!これを使えば、あいつだって何とか出来るかもしれないの!だから…!」

自分が殺した男はさっき、「このカードを使えば優勝するのも夢ではない」と言っていた。
具体的にどんな効果があるかは分からないが、あれだけ自信満々に叫んでいたのなら、白い怪物にも有効な力があるのではないか。
そう考えた故の行動だった。
だが千雪にしてみれば自ら死にに行くとしか思えない。
そんなカードにどんな力があるかなんて知らないし、何も起きなければどうする気なのか。
だから何としても甘奈を止めなければと、必死に押さえる。

「お願い…お願いだから行かせてよ…だって…」

千雪と目を合わせ、懇願するように言葉をぶつけた。

「あいつを殺さないと、甜歌ちゃんも、千雪さんも、皆殺されちゃうんだよ…!?」

ナイブズへの恐怖が無い訳じゃない。
叶うならば今すぐここから逃げたかった。
だがそれ以上に、ナイブズを放置したせいで甜歌や千雪が殺される方が恐ろしかった。
この怪物は、さっきのライフルを持っていた男とは比べものにならない程に危険な存在。
千雪も甜歌も為す術無く殺されてしまう。

「だから…あの怪物も、さっきの男の人も、森嶋帆高だって…!甜歌ちゃんと千雪さんを守る為には、甘奈が殺さなきゃならいの…!!」

泣き出しそうな顔をした甘奈の口から出た言葉。
それが彼女が人を殺した理由。
甘奈は恐怖に屈した。
但しそれは自分が死ぬ事へのではなく、大切な人が理不尽に奪われる事への恐怖にだ。
ああ、この娘は確かに過ちを犯した。けれどその心は自分の知る甘奈のままなんだと千雪は思う。
同時に怒りを覚える。
こんな選択を選んでしまう程に甘奈を追いつめた御子柴へ、絶対に許せないと激怒する。

「甘奈は、もう人を殺してるの……。だから……「黙れ」――!?」

血を吐くような思いで紡がれた言葉は、たった一言で切り捨てられた。
怪物が、ナイブズが甘奈の方へ顔を向けている。
戦闘中にも関わらず、こちらの会話にも耳を傾ける余裕があったのか。
今もマスタングが錬成した壁や杭を、翼を動かし難なく防いでいる。

「戯言を吐き散らすな塵が。虫唾が奔る」

怒鳴りつけたのではない、平時と変わらない声。
だというのに、罵倒するナイブズへ甘奈は言い返せない。
二つの紅い瞳に射抜かれた瞬間、圧倒的な恐怖が体の内から湧き上がった。

「う……あ……」

ただ立つという行為はこんなにも難しかっただろうか。両脚がガクガクと震える
気絶しないよう意識を保つのは、こんなにも困難だったのか。意識が遠のきそうになる。
言葉らしい言葉を出せず、歯がカチカチと打ち鳴らされる。
腰を抜かさずにいるだけでも奇跡と言う他ない。
ナイブズからすれば大した事の無い、ただ軽く殺気をぶつけただけでも、一人の少女から戦意を奪うには十分過ぎた。

甘奈の言葉など、ナイブズにはただ自分を正当化する醜い言い訳にしか聞こえなかった。
この少女も奴らと、長年に渡り同胞達から搾取し続けた虫けらどもと同じ。
非力で汚らしい、ナイブズが何よりも嫌悪する人間。

結局同じなのだ。
場所がノーマンズランドから、御子柴が用意した会場に変わっただけで、
あの砂の惑星には無かった『雨』という奇跡が起きようと、人間の本質は変わらない。
故にナイブズは激怒する。こんな連中のせいで多くの同胞が道具のように扱われてきたことを。
そして嘆く。こんな連中のせいで弟はおかしくなり、150年もの間、背負わなくて良いものを背負い続けてしまったことを。

戦う力が有ろうと無かろうと、大人だろうと子どもだろうと関係無い。
人間に生きる価値は微塵も無い。

「消え失せろ」

翼の一部を刃に変形させ、甘奈へと振るう。
小枝と見紛うその刃は、少し力を込めただけで折れてしまいそうな細さ。
だがしかし、たったこれだけでも十分なのだ。
人間一人を殺すには、こんなちっぽけな刃でも過剰過ぎる。
近い未来、ヴァッシュ・ザ・スタンピートはレガート・ブルーサマーズとの戦闘において、僅かに残ったプラントの力を開放した。
腕から生えた、子どもの腕くらいの大きさしかないモノ。
しかしそれだけでも十分脅威だと、人類最強クラスの戦闘力を持つレガートをして冷汗を掻かずにはいられなかった。
プラントとはそれだけ恐ろしい兵器となり得る。

「ぐ…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

彼女を守らなければ、その意思を錬成の発動に変え無数の柱が生み出される。
だが届かない。何本作り出そうとも全て細切れにされる。
そもそも甘奈へ到達させるどころか、自身を守るだけでも命懸けなのだ。

マスタング、千雪、甘奈。
二人の大人と一人の子どもが抱いた決意。
それら全てが、ナイブズという怪物によって蹂躙される。


そして、当然の結果のように一人の命が失われた。

鮮血が甘奈の顔を濡らす。
雨でもすぐには洗い流せない、鉄の混じった臭いが鼻に付く。

悪い夢なんかじゃない、全て現実に起きたこと。
骨ごと綺麗に斬られ、胸から下が離れたのも。
同じく片腕が両断され、地面に落ちたのも。
流れ出した血が雨と共に流れていき、下水道へ流れて行ったのも。
切断箇所から内臓が零れ落ち、鮮やかな色を外界に晒したのも。





桑山千雪が、甘奈を庇って斬られたのは、紛れも無い現実だった。


○○○


恐かった。
みっともない話だけど、あの男の人が話し始めた時、恐くて泣きそうになった。
あの人は私に向けて話してる訳じゃない。
私の事なんて道端の石ころくらいにしか思ってないのだろうけど、それでも20年以上生きて来て、これ程恐いと思った事は無い。

そんな私でさえ恐いと感じているのなら、彼に睨まれ、酷い言葉を向けられている甘奈ちゃんはどんな気持ちなんだろう。
一体どれ程の恐怖を味わっているのだろうか。

そう思うと、恐くて震えてた体は不思議とちゃんと動けるようになった。

男の人が甘奈ちゃんに良くない感情を抱いているのは確か。
だからこのままじゃ、何か取り返しの付かない事が起こるって、
そんな予感に突き動かされて、私は自然と甘奈ちゃんを脅威から遠ざけるように突き飛ばした。


その直後、背中と右腕が物凄く熱くなって、でもすぐに何も感じなくなって。
これじゃあもうプロデューサーさんのボタンを直してあげられないな、なんて呑気な考えが浮かんで。

私を見る甘奈ちゃんの顔が見えなくなって、私を呼ぶ声も聞こえなくなって。

どうしてこんな事になっちゃったのかな。

私はただ守りたかった。

血は繋がってないけど、私の事をお姉さんのように慕ってくれる甜歌ちゃんと甘奈ちゃんを。
283プロの皆を。
大好きな人達を守りたかった。

甘奈ちゃんが甜歌ちゃんと私を大事に思ってくれるのと同じく、
私達も甘奈ちゃんが大事なんだよって、教えてあげたかった。

…私は、間違っちゃったの?

もしそうなら、私は――――


○○○


「嘘……こんな…やだ…こんなのやだぁっ!!」

死体に縋りつく少女の姿を目にし、ナイブズはつまらなそうに目を細めた。
後から殺す対象が先に死んだだけだ。特別思うことなどない。
今更ながらあんな人間の子どもに苛立った自分へ呆れを抱いた。
人間が救いようの無い醜い生物である事は、何百年も前から知っていただろうに。
それが何故、あんな取るに足らない戯言へわざわざ反応したのだろうか。

自分の心をかき乱すもの。
バトルロワイアルへ巻き込まれる直前に、弟を殺すと決意したこと。
それがこんな状況でも影響し、心がささくれ立っているとでも言うのか。

(下らん…)

つい馬鹿な事を考えてしまったと、内心自嘲する。
ヴァッシュとは決別する他無いと分かり切っているだろうに、今更後悔などできるものか。

それでも自分の考えを完全に否定はできなかったのか、無意識の内に攻撃の手は止んでいた。

その隙にマスタングは走る。
彼の心は後悔ではち切れそうだった。
千雪とはついさっき出会ったばかりの関係。
それでも、こんな場所で理不尽に命を落として良い人間ではない。
守らなければいけない民間人である事は確かだった。
なのに殺された。

(何をしているんだ私は…!!)

雨のせいで焔の錬金術師としての本領を発揮できない?
敵が想像以上に強く、千雪を守っている余裕が無かった?
そんなふざけた言い訳をする気はない。
全ては自分の無力さが引き起こしたこと。

だが、後悔を抱いてもマスタングの心は折れていない。
今ここで諦めたら、千雪が守った甘奈はどうなってしまうのか。
彼女まで奪わせてはならない。
千雪が命懸けで守った行為を、無駄にしてはいけない。

故にマスタングは走る。
千雪が斬られた時に散らばった支給品袋の中身。
その一つに見覚えがあるから、それを使えばどうにか出来るかもしれないから。

転がったソレを手に取る。
その際千雪の痛ましい姿と、顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚く甘奈の姿に、激しい罪悪感が湧き上がる。
しかし今はその感情を面に出している暇はない。
握り締めた“赤い石”、それを生み出す為に犠牲となった名も知らぬ人々へ、心中で断りを入れる。

――すまない、あなたたちの命を使わせてもらう。

石はマスタングの力となる。
地面のみならず、周囲に立つ大小様々な建造物。
それらが錬成により姿を変え、蛇のようにうねりながらナイブズへ殺到する。
翼を刃に変え、或いは出現させた穴から刃を射出する。
だが斬られた端から再構築されナイブズへと迫る。

大半を斬っても全ては防げない。
巨大な鎖と化したアパートの壁がナイブズへ巻き付いた。
それを皮切りに幾つもの壁や柱がロープのように、ナイブズを拘束する。
ナイブズの姿が見えなくなってもその、上から包み込むように壁が張り付く。

たった一人を押さえ付ける為の、歪なオブジェが出来上がった。

強敵の拘束に成功したマスタングだが、喜びの表情はない。
千雪を守れなかった時点で、自分は敗北したようなものだ。

「…立てるか?」

泣き続ける甘奈へ声を掛ける。
瞳を腫らした彼女の方を見ず、視線は拘束したナイブズへ向かったままだ。

「立てるなら今すぐに逃げろ」

この人は何を言っているのだろう。
千雪の死によるショックから抜け出せず、マスタングの言葉にも困惑する。
だがマスタングには予感があった。

「まだ終わっていない」

あの怪物はこれくらいで大人しくなるような存在ではないと。

それに答えるように、ナイブズを拘束していた錬成の産物が一瞬で消え失せた。
ナイブズの周囲に浮かぶ複数の穴。
それらが王を縛る余計な物を全て吸収したからだ。

これもまたプラントの力。
刃を生み出す穴が「持ってくる力」なら、こちらは「持っていく力」と言うべきか。
御子柴による制限のせいで吸収範囲が大きく制限されているが、そんな事を知らぬマスタングは敵のデタラメさに歯噛みするばかり。

「…さぁ、早く行くんだ。奴は私が何とかする」
「で、でも、あいつは…」
「千雪が君を守った事に一つでも感じ入る事があるなら、生きる事を考えろ。早く行け!」

強い口調で告げる。
仮にも殺人を犯した者を一人で行動させるなど、軍人としてあるまじき行為。
しかしここからの戦いに彼女を巻き込む訳にはいかない。
マスタングの言葉が届いたのか、甘奈はふらふらと立ち上がり、暫しの躊躇を見せた後踵を返した。
無論ナイブズに見逃すつもりはない。
再度翼を刃へ変えようとするが、その前に体へ衝撃が襲い掛かった。
地上より射出された巨大な拳。
言うまでも無くマスタングが錬成した物。

「レディの後ろを付け狙うとは、男の風上にも置けないな」

軽い冗談を口にし、不敵な笑みをナイブズへ見せつけてやる。
自分でも趣味の悪い錬成をしてしまったと思うが、この怪物は一発殴りつけてやらねば気が済まなかった。
旧知の仲である小さな錬金術師の影響を受けてしまったようだと、つい苦笑いする。

翼で防いだナイブズは、ただ冷たく見下ろす。
多少は力を増したようだが、所詮は無駄な足掻きでしかない。
この程度で自分を倒せるつもりでいるのなら、その自信を完全に砕いた上で殺してやろう。
逃げた少女も、他の連中も、全てを消し去ってやろう。
バトルロワイアル開始直後と一切変わらない、人間への憎悪を湧き上がらせる。

ロイ・マスタングとミリオンズ・ナイブズ。
人間と怪物の戦いは、まだ終わりそうにはない。


◆◆◆


戦場から離れ、甘奈はとぼとぼ歩いていた。

雨と血で濡れ、ふらふらと彷徨う姿はアイドルとは程遠い。
まるで幽霊のような姿で、行く当てもなく脚を動かしている。
前髪がべったりと張り付き、その下にある目は光を灯していない。
両手に持つのは剣と銃。
二人の男を死に追いやった凶器。

「……」

同じ言葉がずっと頭の中に浮かんでいる。
どうして、こうなったのだろうと。

最初は、本当に最初はこうではなかった。
誰かを殺そうなんて思わなかった。

ただ姉を見つけたかっただけだ。
悪夢のような事態に巻き込まれて、どこかで泣いているだろう甜歌を。
映画館では掴めなかった手を、今度はちゃんと掴んであげたかった。
思いっきり抱きしめてあげて、安心させたかった。
「甘奈は甜歌ちゃんの傍にいるよ」、そう言ってあげたかった。

だけど見つからなかった。
どれだけ必死に走り回っても甜歌の姿は影も形も無く、
時間だけが無意味に過ぎていって。
そこからだ、少しずつ狂い出したのは。

決定的だったのは瀕死の青年を見つけた時だ。
もしもあの時出会ったのが甜歌や千雪、283プロの誰かなら、
或いはプロデューサーのような頼れる大人だったら、違う道を選べたのかもしれない。
けれど、そんな未来は起きなかった。所詮は有りもしないIFの話だ。

そうして選択をした。
森嶋帆高を殺す。その為に、殺人に慣れておかなければと。

名前も知らない初対面の青年を殺した。
バットで滅多打ちにした挙句、首を斬り落として。

青年が一体どんな人間だったのか、誰に襲われたのかを甘奈は知らない。
虫も殺せないような優しい人かもしれないし、平然と他人を傷つける最低の性格だったかもしれない。
ひょっとしたら彼の知り合いが参加している可能性だってあった。
いずれにせよ、それを青年の口から語られる機会はもう訪れない。

それからすぐの事だ。
甜歌だけじゃなく千雪まで巻き込まれていると知ったのは。

ただ助けたかった。死なせたくなかった。
双子の姉と、姉のように接してくれる彼女を、アルストロメリアの二人を守りたかった。
その為ならどんな事でもするつもりだった。
森嶋帆高だけでなく、ライフルを持った男のような危険人物だって殺してやるつもりでいた。

なのに守れなかった。
千雪は自分の目の前で殺された。

殺したのは白い翼の怪物。
けど死ぬ原因を作ったのは甘奈だ。
千雪は甘奈を庇ったせいで死んだ。
あの時自分が怪物を殺そうと、無謀にも飛び出そうとしなければ、千雪の手を引いて無理やりにでも逃げていれば助かったかもしれない。
守るどころか死に追いやった、その事実が甘奈を激しく責め立てる。

それにあの怪物。
千雪を殺した怪物は絶対に許せない。
殺せるのなら今すぐにでも殺したい。
そのはずなのに、いざ怪物の元へ戻ろうとすれば、体中が震えだす。
あの紅い瞳に射抜かれた恐怖を思い出し、へたり込みそうになる。

憎い相手なのに、放って置けば甜歌が殺されるかもしれないのに、
恐怖で動けなくなる自分が惨めで嫌になる。

「甜歌ちゃん……」

最愛の姉の名を呟く。
もしも甜歌と再会した時、果たして自分は何を言えばいいのだろう。

千雪は甘奈のせいで死に、その甘奈は人殺しになった。
その事実を知った甜歌がどうなるのかは考えたくもない。
だけどいずれは必ず知る時が来る。
その時甜歌は甘奈をどうするのだろうか。
自分はもうアルストロメリアではいられないと分かっていたはずなのに、いざ甜歌の反応を思い浮かべると、どうしようもなく泣きたくなった。

「甜歌…ちゃん……」

呟きは雨音にかき消され、誰にも届かない。


【桑山千雪@アイドルマスターシャイニーカラーズ 死亡】


【C-4/1日目/黎明】

【ロイ・マスタング@鋼の錬金術師(原作)】
[状態]:疲労(中)、後悔と無力感
[装備]:予備の手袋&ライター@鋼の錬金術師、賢者の石@鋼の錬金術師
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本方針:打倒主催
0:怪物(ナイブズ)を倒す。
1:可能であれば帆高の保護。
2:協力者がいれば合流したい。
3:すまない、千雪……
4:甘奈が気掛かり。戦闘を終えたらすぐに追いかける。

※参戦時期は本編終了後

【ミリオンズ・ナイブズ@TRIGUN MAXIMAM】
[状態]:疲労(微小)、主催者への怒り(極大)、甘奈へ若干の苛立ち
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:参加者も主催者も全て殺す
0:人間(マスタング)を殺す
1:自身に課せられた制限を解く
[備考]
※参戦時期は原作12巻でヴァッシュを殺すことを決めた直後。
※エンジェル・アームの出力が強く制限されています。

※千雪の死体の傍にデイパック(基本支給品、ランダム支給品0~2、中身が散乱)が落ちています。

【C-4(マスタング対ナイブズから少し離れた場所)/1日目/黎明】

【大崎甘奈@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:精神疲労(大)、千雪への強い罪悪感、ナイブズへの憎しみと恐怖、ずぶ濡れ
[装備]:金属バット、ライフル@ドラゴンボール、剣or刀系の武器(詳細不明)@?????
[道具]:基本支給品×3、発煙弾三発入り(残り二発)、悪夢の鉄檻@遊戯王、ランダム支給品1~4(狛治の分も含む)
[思考・状況]
基本方針:甜花ちゃん達を守るため、森嶋帆高を殺す。
0:千雪さん、ごめんなさい……
1:もう、アルストロメリアではいられないや……
2:甜花ちゃんのことも見つけないと……
3:甜花ちゃんのためにも、早く森嶋帆高を殺そう……
4:あの怪物(ナイブズ)は許せない。だけど……

※どの方角へ向かっているかは後続の書き手にお任せします。

【賢者の石@鋼の錬金術師】
等価交換の原則などを無視した錬成が可能になる幻の術法増幅器。
その正体は複数の生きた人間を対価に錬成される、魂が凝縮された高密度のエネルギー体。
石その物に莫大なエネルギーと構築式が内包されているため、代価はおろか錬成陣すら必要とせずに錬金術を行使できる。
ただし、どんなに魂が詰まっていても使用すればその分だけ内包される魂(エネルギー)は減り、最後には壊れてしまう。
イシュヴァール殲滅戦でも国家錬金術師に貸与され、戦果を挙げる要因となった。

64:天気の子鬼ごっこ開幕 投下順 65:天気の子鬼ごっこ二章 幕間
60:想【のろい】 時系列順
前話 名前 次話
51:見つけたい、だけど…… 大崎甘奈
ロイ・マスタング
桑山千雪 GAME OVER
32:絶望の天使 ミリオンズ・ナイブズ
最終更新:2021年08月18日 15:17