鬼ごっこーーーーー 一人が鬼になって、他の者たちを追い回し、つかまった者が次の鬼となる子供の遊び。鬼事(おにごと)。鬼遊び。鬼渡し。
デジタル大辞泉より引用。

「瑠璃子さん……大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
帆高は街に置いてある自転車を拝借すると瑠璃子を後ろに乗せて移動している。

同乗者を気遣いつつも、ペダルを一心不乱に漕ぐ。
一刻も早く陽菜を”神”から救うため。
それと―――

……チリチリチリチリ。
脳に響く”ソレ”から一刻も早く解放されるため―――

「ワクワクした顔で追いかけている子が一人いるね。帆高ちゃん」
「え―――」

―――キキィ!!!

瑠璃子の言葉に帆高は急ブレーキをかけると、一時停止する。

「ほら……そこ」
瑠璃子はくすくすと笑いながら指さす。

「……誰もいないけど?」
その方角には人影が見えない。
帆高の指摘にも瑠璃子は動じず―――

「大丈夫……。貴方も帆高ちゃんの手助けをしたいからついてきているのでしょ?」
瑠璃子は人影を感じさせない場所へ語り掛ける。

「……」
(やっぱり……この子ちょっと……いや、かなり変な子だ)
自分が生まれ育った島や家出して辿り着いた東京でも、瑠璃子のような子には今まで出会ったことがない。
(でも……何故だろう?この子に魅かれている?僕が?)
陽菜とは違う瑠璃子という少女に帆高は沸き立つ気持ちに戸惑いつつも瑠璃子を見つめることしかできない―――

人の姿は見えず、雨音がメロディーとして聞こえるだけ―――

「……瑠璃子さん。悪いけど、そろそろ行かないと―――!?」
陽菜を助けたい帆高には時間は一秒たりとも無駄にしたくない。
瑠璃子に移動を再会しようと伝えたその時、何もいない場所から人影が―――

―――スゥ。

「……」
着物の少年が姿を見せたのだ―――

☆彡 ☆彡 ☆彡

「き、君は……」
突如、現れた少年に名を訊ねる。

「……北条時行」
「……」
(北条時行?……何だか聞いたことがあるような……やっぱり気の所為かな?)
帆高は少年の名に一瞬、聞いたような覚えをするが、直ぐに気のせいかと思った。

―――北条時行。
鎌倉幕府執権北条高時の遺児。
帆高から見たら所謂、歴史上の人物。
彼の名は教科書に一度だけ登場するかもしれない。
いずれにせよテストが終われば皆忘れる。
それ故に帆高はこの少年漫画の主人公のように鮮烈な少年を覚えてはいない。

「帆高ちゃん」
「ッ!?……えと、俺の名前は森嶋帆高」
「私は月島瑠璃子。よろしくね時行ちゃん」
瑠璃子に声をかけられた帆高はハッと我に帰ると自己紹介をした。

―――それから、雨を浴びる中はあれなので、近くにあるデパートの中へ入った3人。

1階 休憩スペースにて―――

「え!?じゃあ、ずっと走ってついてきてたのかい!?」
―――コクン。
帆高の言葉に時行は頷き、肯定する。

「あの速度をずっと足だけでなんて……スゴ!」
「ふふ……本当に凄いね。帆高ちゃん」
帆高と瑠璃子は時行の凄さに感嘆する。

「い、いえ……」
2人に褒められて、照れる時行。

「でも……時行君は、どうして俺たちの後をついてきたんだい?」
(確かに足だけでついてきたのは凄いけど……もしかして……僕が陽菜さんと会うのを阻止するため!?)
帆高は多くの参加者は神子柴の言う通りに動いてくるのではと若干疑心暗鬼になっている。

「それは……生きる悦びを教えてくれたから」
時行は帆高の目線を逸らしつつも答える。

「え?それって……」
(僕が……生きる喜びを!?)
まさかの返答に帆高は驚きつつも話の先を促す。

それから、帆高と瑠璃子は時行の話に耳を傾ける―――

☆彡 ☆彡 ☆彡

「そんなことが……」
帆高は時行の境遇に同情する。

(家族や街全てを失うなんて……つか足利尊氏って、こんなに酷い人だったのかよ)
帆高にとって足利尊氏といえば、室町幕府を開いた人程度の知識しかなかったが、そこまでの過程を聞く限りだと酷いなと素直に感じる。

「私も、父上と……皆と一緒に腹を切ろうと思っていた。だけど、あの謎の部屋で観た、帆高殿と陽菜さん達に感銘した。どん底の状況でも前を向いて生きてみたい……と素直に思ったのだ」
そう、時行は生きる悦びにときめいてしまった。

故に―――

「だから、私も帆高殿が陽菜さんと会える手助けをしたいと思うのですが……いいですか?」
上目づかいに帆高に頼み込む時行。

「も、勿論!大歓迎だよ!!」
帆高は時行の申し出に涙を若干浮かべる。
この東京に”味方”をしてくれる人の存在に―――

「友達が増えてよかったね帆高ちゃん」
「え……うん」
瑠璃子の言葉に帆高は若干照れつつもうなずく。

「よろしくね!時行君」
「よろしく頼む。……帆高殿」
帆高と時行。歳はちがえど、2人は友となった。

話が一段落つき、帆高達はデパートの出口へ歩く―――

「そうだ!それじゃあ、時行君も自転車で一緒に移動しないかい?乗り方は教えるよ」
「ほ……本当ですか」
(あの自転車に私が……!!)
帆高の申し出に時行は少年らしく笑顔を見せる。

それと―――

―――チラッ。

「……」
(月島瑠璃子という女人。なんというかこう、言葉で言い表せない不思議な雰囲気を身に纏っている……まるでそう、あの巫女のようだ……たしか、名は雫といってたか)
横目で瑠璃子を見つめる時行は想起する。
まだ、鎌倉が平和だったころ、出会った不思議な巫女のことを―――

……チリチリチリチリ。

(そして、この、体の血液全体を駆け巡る感覚……私が私でなくなりそうだ……一体どこから……?)
それと同時に、時行は時より脳を駆け抜ける電気信号のようなのに若干恐怖を感じる。

出口まであと数歩というとき―――

―――ゾクッ!

「……ッ!?」
(この殺気は……!?)
時行の体はその悪寒に全身が震える。

そう、足利尊氏の謀反のときのような”死”を与える者の出現。

「帆高殿離れて!!」
「え―――」

―――ズドン!!!!!

時行の言葉と同時に帆高の目の前に男が飛び降りてきた。
その男は―――

柔道着を身に纏う男―――

―――阿古谷清秋。

☆彡 ☆彡 ☆彡

「……」
(この者……ただならぬ血と死の匂いを放っている)
突如、現れた柔道着の男に時行の顔から汗が流れるのが止まらない。

「森嶋帆高だな?」
「そ……そうですが……」
男の質問に帆高は恐る恐る答える。

(体が動かない……嘘だろ!?)
帆高は自分の体が動かないことに気がつく。
それは、あたかも蛇に睨まれた蛙のようだ。

「そうか……」
男は帆高の肯定を聞くと、声が一段階低くなり―――

「これより、正義執行を開始する」
言葉と同時に帆高に向かい襲い掛かってきた。

神子柴が用意したこの東京でのバトルロワイアル。
森嶋帆高という標的を前にした時、神子柴の甘言に乗った参加者は地の果てまで追ってくるオニと化す。

―――天気の子鬼ごっこ―――

  処刑鬼 阿古谷清秋

森嶋帆高が天野陽菜と再会すること―――
それは、果たして罪なのか―――
命を懸けたバトルロワイアル―――
これより開幕!!!!!

☆彡 ☆彡 ☆彡

―――グワッ!
男は帆高の首を掴もうと手を伸ばす。

しかし―――

それを一枚の布が防いだ。

「る……瑠璃子さん!?」
帆高を救ったのは月島瑠璃子。
そして、瑠璃子が身に纏っているのは―――

―――クロノ・ナンバーズが所有する武器の一つセイレーン。

「……」
―――シュッ!

阿古谷のパンチがセイレーンにヒットするが、セイレーンに傷は一つもできてはいない。

(この女が身に纏う布……鋼か?……いや、それ以上の材質が使われているな)
そう、阿古谷の推測は間違っていない。
セイレーンを初めとしたクロノスのナンバーズが所持する武器は全て”オリハルコン”で
作られている。
そのため、阿古谷のパンチにも十分耐えるというわけだ。

(それに、あの女の目……あれは壊れた者の目)
阿古谷は瑠璃子の目を見て一瞬の内に察する。
あれは、絶望の果てに扉を開けた者の目だと―――

「一旦、退こう帆高殿」
「時行ちゃんの言う通りにした方がいいよ?帆高ちゃん」
「あ、……ああ」
3人は一旦、2階へ逃げようとをエスカレーターへ走る。

「逃がさん!」
阿古谷はそれを阻止しようとする。

―――が。

……チリチリチリチリ。

「む……!」
(何だ?この頭痛を誘うのは……偏頭痛か?)
阿古谷は脳に痛みを感じたため、動作が遅れたため―――

帆高達は2階へ逃げるのを成功させた。

☆彡 ☆彡 ☆彡
2階 洋服コーナーにて

「はぁ……はぁ……あ、ありがとう瑠璃子さん」
(もし、瑠璃子さんが助けてくれなかったら死んでいた……!!)
「どういたしまして帆高ちゃん」
帆高は瑠璃子に感謝を伝える。
そして、死を感じさせた阿古谷の殺気に体をガタガタ震わせる。

「だけど……」
「あの男から逃げ出すのは至難だ」
瑠璃子と時行は男の様子からこのまま逃げ出すのは困難だと悟る。

(私には刀が支給されているが……)
幸いにも、時行の支給品に日本刀がある。
―――が、それでもあの男に勝利する姿を思い浮かぶことができない。
時行はどうする!と考えていると―――

「帆高ちゃんに時行ちゃん。10分程度でいいから時間を稼いでくれる?」
「「え?」」
瑠璃子が提案をしてきた。

「私に考えがあるの……」
そういうと、瑠璃子さんは白い手を天上へかざす。

……チリチリチリチリ。

「「!!??」」
(まただ!この痛み……)
(そうか……この脳が焼けるような感覚は瑠璃子さんがだしているのかッ!)
2人は謎の電波に顔を歪ませる。

「そして、時間がたったら、私はそこの部屋の中にいるから。あの男の人を上手く中に入れさせて」
瑠璃子はスタッフルームを指さす。

「私を信じて」
瑠璃子は帆高と時行の瞳を覗く―――

「……」
(確かに瑠璃子さんが放つこの謎の痛みは頼もしい。でも……あの男に”ソレ”が効いても一瞬の時間稼ぎにしかならないのでは?)
時行は瑠璃子の申し出に決めあぐねている。

すると―――

帆高は、何かをケツイしたかのような勢いで左手の小指を出して―――

「指切りしよう」
「「え?」」
帆高の提案に瑠璃子と時行は呆気にとられる。

「ゆーびきりげーんまーん…」
そして、流れにまかせるかの如く、3人は指切りをする。

「…指切った!これで失敗したら針千本飲む!いいかい?」
「……うん」
「……わかった」

覚悟を決めた3人は各自、行動を開始する―――

―――ザッ!

阿古谷が2階へ上がってきた―――

☆彡 ☆彡 ☆彡

「……」
阿古谷に対峙するのは北条時行。

(帆高は……隠れているか。小癪な……)
阿古谷は周囲を見渡すが帆高の姿は見当たらないことにいら立つ。

「貴方は……どうして帆高殿の命を狙うのだ?」
時行は阿古谷の行動が理解できない。

「確かに、神子柴なる老婆がいう通りなら、帆高殿が陽菜さんと再会すればこの街と私たちは浸水し死亡する。だが!そもそもあの老婆が約束を守る保証もないし、あの2人を再会させてやりたいと思わないのか!?」
生きる悦びをときめかせてくれたあの2人に恩返しをしたいと願う時行には。

「森嶋帆高、高校一年生。東京歌舞伎町にて拳銃所持及び発砲。そして、未成年によるラブホテルの利用に警察署からの逃亡。一つひとつとして判断するなら罪の程度としては軽い」
「…では!」
説得できるのではないかと一瞬、時行の顔が明るくなるが―――

「だが、その数は多いだけでなく、極めつけの罪はその身勝手な欲望が東京を崩壊させ、日本中を混乱させることだ。よって森嶋帆高は人生の中で最悪の『悪』。故に私が正義を執行する」

「……」
阿古谷の言葉に時行は顔を俯く―――

そして―――

「なるほど……言っても無駄だということがわかった」
阿古谷にこれ以上言っても無駄と判断した時行は―――

―――スチャ。

支給品の日本刀” 倶利伽羅”を構える。

阿古谷はそれを目視すると―――

「子供であろうと私は容赦しないぞ」

―――左腕を前に出し、右腕を引いた。
―――鉄壁の構え。
それが、第44機動隊隊長阿古谷清秋警部の防御。

(貴様の土俵には付き合わん。確実に、打撃で仕留める)
そう、たとえ相手が刀を装備していても、所詮は子供。
躱し、捕らえ打撃で滅する。
よしんば、刀が当たっても、構えから腰が引けているため、筋肉で受け止めることが可能だと判断した。

☆彡 ☆彡 ☆彡

(……どういうつもりだ)
阿古谷は時行が刀で向かってくると読んでいたが、時行は一向に近寄ってこない。

「……」
(私の筋肉は、攻撃中でも常に『すぐ逃げられる』準備をしている。そんな状態での振りではおそらく、あの阿古谷なる者の筋肉で受け止められ、そのままもう片方の腕のパンチで私は終わるだろう……)
逃げ上手の自分の体を理解するからこそ時行は阿古谷へ襲い掛からない。
瑠璃子のいう時間を稼ぐことに集中すればいいのだから―――

―――チッ!
阿古谷は鉄壁の構えを解くと、時行に自分から近寄る。
阿古谷の流儀は逮捕術。

―――逮捕術。
司法警察職員およびそれに準ずる職務を行う者が習得する、相手を拘束・制圧することに特化した術技。

―――シュッ!シュ!!シュ!!!
阿古谷の鋭いストレートを時行は躱す。

(この子供……ただの子供ではないッ!)
手を抜いてはいない自身のストレートを躱す時行に阿古谷はただ者ではないと判断する。

「……なら!」

―――シュッ!!!

これも身軽に躱す時行。

―――が。

ピピ……プップップッ……

「な!?」
(!?……確かに私は躱したはず)
躱したはずの時行の左腕の皮が裂かれ―――

ビュビュッ

血が噴き出す。

そう”リッパー”。
阿古谷の拳の旋回を利用したナックルは避けられても、皮膚を裂くほどの威力を有する。

―――シュッ!!!
ビュビュッ

今度はほっぺたに小さな裂傷が―――

「くッ……!!」
(まさか、このような体術があるなんてッ!!)
直撃こそ避けられてはいるが、阿古谷のリッパーは時行の顔や腕の皮膚を小さく裂く。

(落ち着け、出血量ほど痛みはない。それと何とか、避けれてはいるが、この男……反射神経がズバ抜けている!)
人間の反射速度の限界は0.08秒〜0.1秒といわれている。
だが、阿古谷清秋の反射速度は驚異の0.075秒。
それ故に、時行の躱しに即座に腕を振るう向きを変更して確実にリッパーを決めてくる阿古谷。

時行の額に汗が流れる。
だが―――

(楽しい!!!)
それと同時に時行は高揚する

たしかに阿古谷の反射速度は”人外”といってもいいかもしれない。
しかし、時行は生存本能の怪物。
生き延びる才能に誰より特化し、生死の境のヒリつく緊張が大好きな童。
そう、北条時行も『逃げ』に関しては”人外”である。

阿古谷と時行の攻防(鬼ごっこ)は続く―――

☆彡 ☆彡 ☆彡

一方―――
「……」
マネキンの山に紛れ、隠れていた帆高。

(僕は情けないよな。時行君や瑠璃子さんにまかせっきりだなんて……)
自分の情けなさに心は落ち込む一方。

(何か、僕にもできることはないのかな……そうだ!)
帆高は何かを思い出したのか、デイバッグの中身を漁り―――

(……あった!……これなら!!)
一枚のカードを握りしめると―――

「時行君!頑張れ!!」
「帆高殿!?」
(なぜ!?貴方は最優先に狙われているのに!?)
帆高は時行にエールを送る。
その行為は一歩間違えば死を招くと理解しながらも―――

―――馬鹿が。

阿古谷は帆高の位置を確認すると―――

「頑張る?その言葉は弱者が使うものだ。正義に敗北など―――ないッ!!!」

―――逮捕術 制圧の構え―――
それは、阿古谷の体格、性格、戦法に合わせて改良された阿古谷オーダーメイドの構え。
猛攻の型。

ダッ―――

(速いっ!!!帆高殿!!!)
先ほどよりも一段階速くなった動きに時行はどうすることもできず―――

ズバォ!!!!!

帆高に回り込み左ストレート!
「あ゛ぐぅぅ!!??」
なんとか左腕で防ぐことはできたが―――

ズギッ!!!
左腕の骨にヒビが入る―――

阿古谷清秋は身長191センチ。体重は114キロ。
格闘技だったら階級にとてつもない差が生じている。
当然ながら、森嶋帆高は格闘のイロハを学んでいるわけではないし、ましては、拳願仕合に出場するような人間ではない。
そんな普通の高校生の彼が阿古谷の攻撃を受けるということは―――

ビュ―――
後退した帆高に阿古谷は接近する。

バヂイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛

「ッ痛ゥッッ!!!」
左ローが帆高の右足にヒット。

下突き×4→右肘打ち下ろし

「〜〜〜〜〜!!」
帆高は地に伏せ―――

「立て」
伏せさせず、立たせて―――

リバーブロー×2→右中段回し蹴り

「う゛ぉぉおぇ!!!」

死を避ける方法はないということだ―――

プツン―――
余りの痛みに気を失う帆高―――

「……気を失ったか」

―――ズド
ビギギッ!

「!!!!!」
肋骨が一本折れ、無理やり意識を起こされる帆高。

「気を失うことは許さん。肋骨は12対、すなわちあと23本ある」
阿古谷は再び、帆高を立たせる。

阿古谷は躊躇を知らない―――
阿古谷は『正義』の為ならばいかなる行動もいとわない。

故に―――

帆高の両頬を掴むと―――
顎へ飛び膝蹴り!!!

帆高に遠慮なく攻撃を加える。

ビキビキビキビキ
―――ゴオッ

ドゴォォォオオ!!!
顔面をめり込むほどのパンチ。

「執行完了」

【森嶋帆高@天気の子(映画版) 死亡】

☆彡 ☆彡 ☆彡

「あ……ああ……」
時行は無残な帆高の死体に血の気が引いた表情で膝から崩れ落ちる。

「これで、悪は滅され、東京が雨で沈められることはなくなった」
そう、これは”正義”のための犠牲なのだ。

「そして、帆高に組する子供よ。お前も悪だ。これより正義執行を行う」
悪に組する者も悪である。
それに年齢も性別も阿古谷には関係ない。

「安心しろ。直ぐにどこかで潜んでいる女も後を追わせてやる。それと、神子柴を正義執行した後は、帆高の血縁者も全員、正義執行とする」
阿古谷は「悪」を見逃さない。たとえ、どんな小さな『芽』であっても。
だから、阿古谷は過去、”殺人者の血縁”という理由だけで、罪のない人間も殺害している。
それも正義のため―――

「ふ……ふふ。あはははは!」
時行は阿古谷の宣告を聞くと、小さい笑い声から大きな笑い声を発する。

「あの女同様、気が狂ったか」
阿古谷はそう判断する。

「だが、気狂いでも関係ない。これより正義執行を行う」
阿古谷は時行に対して、帆高と同様に正義執行を行おうとする。

―――その時。

「貴方のことはよく分かった。貴方は”正義”でもなんでもない。唯の”殺人者の外道”だ」
時行は阿古谷の顔を真っすぐに見据えて伝える。

「なんだと?」

「貴方は自分の正義に酔っているだけ。正義に憧れるが正義になれきれていない正義崩れの悪党ということだ」
時行の時代にも武士に憧れるが武士になることができず、かといって武士以外の道を選択できずに人攫いや物盗りを行う悪党がいる。
時行にとって阿古谷はそんな悪党と大差ないと指摘する。

「この期に及んで『正義』に抗うか。もはや魂を救済する余地はないぞ」
阿古谷は時行の言葉にイラつきが隠しきれない。

その時―――

「そうだ!正義正義って、時行君も言ってたけど、あんたの正義は独りよがりもいいとこってことだよ!」

姿を現したのは―――

森嶋帆高―――

☆彡 ☆彡 ☆彡

「ほ……帆高殿」
時行はまさかの登場に呆気にとられる。

「ば……バカな」
(さっきのは影武者か?だが、あの反応は―――)
阿古谷はまさかの帆高の出現に唖然とする。

「マネキン……だと?」
死体となっていた帆高を見ると、そこにあるのは、阿古谷の打撃で無惨な姿となっていたマネキンがだった。

その答えは『二重霧光』
そのカードの効果で”マネキン”を帆高(自分)に変化させたのだ。

阿古谷の一つ目の誤算。
支給品の存在。
神子柴が用意した有象無象の道具は阿古谷が住む世界では考えられないような能力を持つ。
己の肉体のみで帆高への正義執行(殺害)を試みたことは悪手である。

そして―――

その隙を見逃す時行ではない―――

時行の手に持つのは刀から別の支給品に変わっていた。

―――突風の扇。

―――そうそう。この男に一言言ってやらねば。

「貴方は帆高殿を最悪の『悪』と称したが、見当外れもはなはだしい」
時行は勢いよく阿古谷に向けて扇で扇ぐと―――

「帆高殿は最悪の悪でもなんでもない。最悪の悪とは”足利高氏”―――のことを指す!!!」
そう、時行にとって、足利高氏に比べれば森嶋帆高の行動や存在は悪でもなんでもない。
所詮は現代を生きる阿古谷。見えない力が活躍する鎌倉時代を生きぬ阿古谷は真の”最悪の悪”を知らない。

正に―――井の中の蛙大海を知らずといっても過言ではない。

突風を巻き起こした!!!!!

阿古谷の二つ目の誤算。

それは、彼の協力者である檜山瞬花のサポートがないこと。
彼女の持つ正確無二な体内時計にて相手の間(呼吸パターン)を把握し、阿古谷に信号を送る。
その信号に合わせて対処するという人外レベルな反射速度を持つ阿古谷だからこそできる戦法が取れなかった。

突風に抗うことはできず、阿古谷はとある部屋へ飛ばされると、入室した。

―――スゥ、パタン
阿古谷の入室と同時に扉が閉まり、個室に閉じ込められる。

その個室……スタッフルームには―――

―――月島瑠璃子が立っていた。

☆彡 ☆彡 ☆彡

「お前は……」
スタッフルームの中にいたのは月島瑠璃子。
瑠璃子は阿古谷の姿を確認すると―――

「帆高ちゃんに時行ちゃん。約束守ってくれたのね」
瑠璃子は指切りをした小指を見つめ、微笑む。

「……ッ!?」
(う……動けん!?)
阿古谷はすぐさま、態勢を整えようとするが、体が動かないことに気づく。

「け……剣だと?」
そして直ぐに動けない原因がわかった―――

なんと、阿古谷の周囲を光の剣が囲んでいるのだ。

「光の護封剣」
瑠璃子が手に持つのは遊戯王カード。
光の護封剣―――そのカードは相手の攻撃宣言を封じるカード。

「これで、貴方は当面、動けないわ」
「……」
(なるほど……時間稼ぎか)
阿古谷は瑠璃子が自身を光の護封剣で動きを封じている間に帆高達と遠くへ逃げるつもりだと判断した。

(だが、どこへ逃げようと無駄だ!直ぐに見つけ出し、貴様らを断罪する!!)
阿古谷はひとまず、護封剣が解除されるのを待つこととする。

―――が。

「ねぇ……電波届いた?」
瑠璃子は阿古谷に尋ねる。

……チリチリチリチリ。

「これ……は」
(この脳を駆け巡る不快……この女と対峙したときに感じたのと同じ……そうか。この女が発しているのか!)
阿古谷はこの不快に感じる原因が瑠璃子にあると看過する。

……チリチリチリチリ。

脳の全体を電気の粒が流れるように包み込む。

「や……やめ……ろ……!」
阿古谷はオニのような形相で瑠璃子を睨みつける。

「……」
瑠璃子は言葉も返さず、阿古谷を見つめる。

時行並びに帆高が時間を稼いでくれたおかげで、密室と化した部屋には”電波”が十分に集まっている。

―――ドクンッ!

「……グッ!?」
(い……痛みだ……と!?)
血液が激しく体中を駆け巡る。

―――ドクンッ!ドクンッ!

「ぐ……が……俺は戦い続ける。悪を根絶やしにするその日まで」
体が弓なりに跳ね上がる。

……チリチリチリチリ。
脳が身体が電気に痺れたかのように痙攣する。

ドドドドドドド……

そして、ついに―――

「正義は不滅だ正義は不めつだ正義はふめつだ正ぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせせせせ……いいいいい……ぎぎぎぎぎ……ははははは……ふふふふふ……めめめめめ……つつつつつ……だだだだだ」

壊れたCDのように同じ言葉を繰り返す阿古谷。

「そうね。正義のヒーローは不滅よ。だけど、電波に飲み込まれる貴方は正義のヒーローではないわ」
(そう、私の電波の力に飲み込まれるぐらいなら、お兄ちゃんには到底かなわない……でも、帆高ちゃんなら、お兄ちゃんを止めるヒーローになるかも知れない)

心がどろどろに溶けた阿古谷をチラリと見終えると、瑠璃子は阿古谷のデイバッグを背負い部屋を出る―――

☆彡 ☆彡 ☆彡

「「……」」
帆高と時行は瑠璃子と阿古谷がいるであろう部屋を見つめる。

「瑠璃子さん……」
「中で、一体何が……?」
2人ができることはもうない―――
ただ、仲間の瑠璃子の安否を祈るだけ―――

やがて―――

ギィ―――
扉が開くと、瑠璃子が出てきた。

「瑠璃子さん!その……大丈夫なの!?」
帆高は瑠璃子の肩を掴みつつ安否の確認をする。

「……うん。私は大丈夫よ」
瑠璃子は心配している帆高の顔を見ると、顔をほがらかに笑う。

ようやく、デパートを出た3人。

(陽菜さん……!待ってて!!必ず君を救う!!!)
再び瑠璃子を後ろに乗せると自転車のペダルを漕ぎだす帆高。

(帆高ちゃんの熱い思いが伝わる……帆高ちゃん。貴方は戦士?それとも愚者?)
帆高の背中をギュッと掴みながら瑠璃子は目を瞑る。

それを後から追いかけるのは、同じく自転車に乗り、ペダルを漕ぐ時行。

「帆高殿!……この自転車での移動は気持ちいい!」
時行は目をキラキラと輝きながら自転車で移動する。

無事、処刑人、阿古屋清秋から逃げ切ることができた帆高達―――

しかし―――鬼ごっこは始まったばかり。

【A-8/一日目/深夜】

【森嶋帆高@天気の子(映画版)】
[状態]:健康
[装備]: 二重霧光@遊戯王
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜2
[思考・状況]
基本方針:鳥居がある廃ビル屋上へ行き、陽菜を連れ戻す
1:陽菜さんを取り戻す!
2:瑠璃子さん時行君と行動を共にする
3:頭が…ちりちりする……さっきよりも……
※参戦時期は警察署から飛び出した直後
※瑠璃子との接点で頭に電波が届くようになりました。
※自転車で移動しています。

【二重霧光@遊戯王】
本来は2種類の効果があるが、この東京においては1つのみ。
自分・相手のバトルフェイズ開始時に、自分フィールドの「サイファー」モンスター1体を対象として    発動できる。そのモンスター以外のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、エンドフェイズまでそのカード名を対象の「サイファー」モンスターと同名カードとして扱う。
ここ東京では、所有者を対象に別の物(無機質)や人(他の参加者)を所有者と同名にする。
一度使用すると時間を置かないと再発動はできない。(2時間)

【月島瑠璃子@雫 オリジナル版】
[状態]:健康
[装備] セイレーン@ブラックキャット
[道具]:基本支給品2(阿古谷1)、ランダム支給品4(阿古谷3)、光の護封剣@遊戯王
[思考・状況]
基本方針:鳥居がある廃ビル屋上で電波を集める
1:鳥居がある廃ビル屋上へ行き、電波を受信する
2:帆高ちゃん・時行ちゃんと行動を共にする。
3:帆高ちゃんを見極める(戦士か愚者か)
※参戦時期は太田香奈子が発狂した数日後
※瑠璃子の周囲に電波が集まります。電波に触れ続けると…狂気の扉が開くかもしれません。
※瑠璃子の目的は兄(月島拓也)よりも強い電波を扱える戦士を探すこと
※自転車で移動しています。(帆高の自転車に同乗)

【光の護封剣@遊戯王】
聖なる光の剣で相手は攻撃をすることができなくなる。
また、隠していることが明るみになる。
一定時間を過ぎると護封剣は消滅する。
一度使用すると時間を置かないと再発動はできない。(2時間)

【セイレーン@ブラックキャット】
オリハルコンが編みこまれている羽衣。
攻撃だけでなく防御として纏うこともできる攻防一体の装備

【北条時行@逃げ上手の若君】
[状態]:疲労(極小)負傷(極小)
[装備]: 倶利伽羅@アンデッドアンラック
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1 突風の扇@遊戯王
[思考・状況]
基本方針:帆高が陽菜と再会できるように手助けをする。
1:帆高殿が死なないように瑠璃子さんと共に手助けする
2:首輪の対処も考慮する
3:電波……瑠璃子さんは一体?
※参戦時期は1話の燃え盛る寺から
※瑠璃子との接点で頭に電波が届くようになりました。
※自転車で移動しています。

【倶利伽羅@アンデッドアンラック】
別名:不壊刀
不壊の能力を持つ一心が打った日本刀。故に”破壊”されることはない。

【突風の扇@遊戯王】
本来の効果は風属性モンスターのみ装備可能。装備モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。守備力は200ポイントダウンする。
この東京では、扇ぐことで突風を巻き起こすことが出来る。

☆彡 ☆彡 ☆彡

ピ……ピピ……ピピピ……
首輪が鳴りだす。

「せせせせせ……いいいいい……ぎぎぎぎぎ……ははははは……ふふふふふ……めめめめめ……つつつつつ……ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダアだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ」

おそらく、神子柴がもう、使い物にならないと判断したのだろう―――
しかし、阿古谷は首輪の警戒音に気にする様子もなく―――

「正義は不滅だ正義は不めつだ正義はふめつだ正ぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだせいぎはふめつだ」

ピピピピピ――――――

ボンッ―――

世界を新たな段階へ進むために、悪を断罪していた阿古谷清秋。
そのために、最後は”俺は俺自身に正義を執行する”という自分の思い描く正義を完成を目指していたが、それを果たすことなく彼の正義は終焉した―――

【阿古谷清秋@ケンガンアシュラ 死亡】

64:弟妹 投下順 65:I Will
時系列順 66:天気の子鬼ごっこ二章 幕間
前話 名前 次話
30:電波の子 森嶋帆高
月島瑠璃子
北条時行
40:善悪の彼岸 阿古谷清秋 GAME OVER
最終更新:2021年08月18日 15:20