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ゲームを作る上で、大きな問題の一つに「バランス調整」がある。
[ バランス調整 ]
”ゲーム”(*1)としては、システムと双璧を成すほどに重要なもの。
これ一つで、名作にも駄作にも成り得る。
でありながら、とても厄介で退屈な”作業”である。
創作家の場合、一通り作るだけで満足し、これを怠る傾向がある。
それは大きなミステイク。
”ゲーム”(*1)としては、システムと双璧を成すほどに重要なもの。
これ一つで、名作にも駄作にも成り得る。
でありながら、とても厄介で退屈な”作業”である。
創作家の場合、一通り作るだけで満足し、これを怠る傾向がある。
それは大きなミステイク。
バランス調整の重要性を想像し難い人は、次のものを想像してみて欲しい。
- ドラクエで、初めから王様に攻撃力1000(殆どの敵、一撃死)の武器がもらえる
- TRogueの天拳(お
- ボム無限のシューティングゲーム
- しゃがみキックだけで敵を倒せる、格闘ゲーム
- 1連のコンボだけ(しかも簡単)で死亡確定の格闘ゲーム
- 攻撃ボタンを連打しながら前進するだけでクリアできるアクションゲーム
- ジョーカー20枚の大富豪(大貧民)
・・・余計に分かりにくいかもしれない。
まあ、”ゲーム”をやったことがある人ならば、
ゲームバランスの重要性は感じたことがあるだろう。
まあ、”ゲーム”をやったことがある人ならば、
ゲームバランスの重要性は感じたことがあるだろう。
ゲームのバランス調整の困難さは、ゲームシステムの複雑さ、ゲームの要素数に応じて等比級数的に大きくなる。
基本的なRPGを例にとって見てみよう。
戦闘に関する部分だけを考えると(*2)、ゲーム要素としては以下のものがある。
基本的なRPGを例にとって見てみよう。
戦闘に関する部分だけを考えると(*2)、ゲーム要素としては以下のものがある。
- キャラクタ
- 能力値(HP、攻撃力、防御力、素早さ、etc...)
- キャラクタレベル
- キャラクタ数
- 敵
- 能力値
- 敵の数、種類
- 魔法
- 効果(攻撃、回復、補助、etc...)
- 魔法の数、種類
- アイテム
- 効果(武器、防具、攻撃アイテム、回復アイテム、etc...)
- アイテムの数、種類
ざっとこんなものだろうか。
これら全ての要素が、ゲームに関わるのである。
その組み合わせの数は、各要素数を掛け合わせた数と言える。
その中から、正解である「調整の取れた値の組み合わせ」を探し出すのがバランス調整である。
これら全ての要素が、ゲームに関わるのである。
その組み合わせの数は、各要素数を掛け合わせた数と言える。
その中から、正解である「調整の取れた値の組み合わせ」を探し出すのがバランス調整である。
が、正直言って無理である。全組み合わせを試す事など出来ない。
大抵は、大まかに感覚で値を設定し、バランスの取れていない部分を探し出し、調整する、という方法を取る(少なくとも自分はそう)。
だがこれも大変な手間が掛かり、またある部分を調整すると、その影響で他の部分のバランスが崩れ、、、といった事も起きる。
まるで、いい加減な知識で行うプログラミングと、そのバグ取りの様相である。
(バグを取ったら、そのせいでまた新しいバグが、そのバグを取ったらまた、、)
はっきり言って、不毛な作業である。
大抵は、大まかに感覚で値を設定し、バランスの取れていない部分を探し出し、調整する、という方法を取る(少なくとも自分はそう)。
だがこれも大変な手間が掛かり、またある部分を調整すると、その影響で他の部分のバランスが崩れ、、、といった事も起きる。
まるで、いい加減な知識で行うプログラミングと、そのバグ取りの様相である。
(バグを取ったら、そのせいでまた新しいバグが、そのバグを取ったらまた、、)
はっきり言って、不毛な作業である。
バランス調整の一つの方法(方針)として、
上記のような事態にならない様に、バグが起きる原因(いい加減な知識、バグが起き易いプログラム)をなくすことが考えられる。
ゲームで言うと、システムの簡略化、要素数の削減に当たるか。
だが、それは折角のゲームの楽しさを損なう行為のように思える。
さてどうする。
上記のような事態にならない様に、バグが起きる原因(いい加減な知識、バグが起き易いプログラム)をなくすことが考えられる。
ゲームで言うと、システムの簡略化、要素数の削減に当たるか。
だが、それは折角のゲームの楽しさを損なう行為のように思える。
さてどうする。
- -
現在のゲームにおいて、システムは複雑で、要素数は膨大である。
が、実は”ゲーム”の本質に関わるシステム・要素の数はさほどないのである。
殆どは、味付け程度のものである。と言うか、そうあるべきである。
複雑だったり、要素数が多いことは、実は”ゲーム”としては悪い。
昔から残っているゲーム・”ゲーム”性の高いゲームは、単純で要素は多くない。洗練されている。
現在のゲームにおいて、システムは複雑で、要素数は膨大である。
が、実は”ゲーム”の本質に関わるシステム・要素の数はさほどないのである。
殆どは、味付け程度のものである。と言うか、そうあるべきである。
複雑だったり、要素数が多いことは、実は”ゲーム”としては悪い。
昔から残っているゲーム・”ゲーム”性の高いゲームは、単純で要素は多くない。洗練されている。
ならば、先ず単純化した洗練したシステムを作り、その洗練した状態でバランス調整を行う。
後はそのバランスが崩れないように味付けをすればいいのではないだろうか。
後はそのバランスが崩れないように味付けをすればいいのではないだろうか。
- -
だが、味付けとして加えたものが重なって、また組み合わさって全く別の味になる、
バランスが崩れることもあろう。
そのときは、、、ガンガレ。
だが、味付けとして加えたものが重なって、また組み合わさって全く別の味になる、
バランスが崩れることもあろう。
そのときは、、、ガンガレ。
バランス調整に関して、別のアプローチがある。
上で挙げた調整法は、自分の思い通りの動作をするように調整する、言わば”神の視点”の調整法である。
それに対し、別の視点の調整法がある。
それは、”道具を提供するだけ”にすること。
道具と簡単なルールを提供するだけに留め、遊び方、またバランスは”自然に生まれる”に任せるやり方。
その”ゲーム”が破綻しないだけのルール設定を行い、またそのような(ルールに適う)道具を作る。
その上で、遊び、バランスが自然に生まれるに任せる、遊びを指定するにしても、そのやり方を念頭に置き、行う。
”自然の視点”の調整法、とでも呼ぼうか。
上で挙げた調整法は、自分の思い通りの動作をするように調整する、言わば”神の視点”の調整法である。
それに対し、別の視点の調整法がある。
それは、”道具を提供するだけ”にすること。
道具と簡単なルールを提供するだけに留め、遊び方、またバランスは”自然に生まれる”に任せるやり方。
その”ゲーム”が破綻しないだけのルール設定を行い、またそのような(ルールに適う)道具を作る。
その上で、遊び、バランスが自然に生まれるに任せる、遊びを指定するにしても、そのやり方を念頭に置き、行う。
”自然の視点”の調整法、とでも呼ぼうか。
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従来のゲームでも、そのような遊び方は自然に生まれている。
タイムアタック、最小レベルクリア、等。
そのような遊び方をする際に、有利な道具やプレイ方法は”自然に生まれる”。
制作者がそのために設定したわけでもないのに。
但し、そのような遊び方をしても、強力すぎる道具などにより”ゲーム”が破綻する場合もある
制作者はそのような要素を、遊びが破綻しない程度に調整をすればいい。
これは、要素の設定をその世界の理に適う様に行えば問題はないはずだ。
従来のゲームでも、そのような遊び方は自然に生まれている。
タイムアタック、最小レベルクリア、等。
そのような遊び方をする際に、有利な道具やプレイ方法は”自然に生まれる”。
制作者がそのために設定したわけでもないのに。
但し、そのような遊び方をしても、強力すぎる道具などにより”ゲーム”が破綻する場合もある
制作者はそのような要素を、遊びが破綻しない程度に調整をすればいい。
これは、要素の設定をその世界の理に適う様に行えば問題はないはずだ。
生態系、また社会を見ると分かる。
世界が自然に生まれている。調整されている。
イレギュラーが入ってきても、それを含めてバランスが取れるように自然に調整が取られる。
(そのイレギュラーが社会を破壊するほどのものでないことが条件だが)
世界が自然に生まれている。調整されている。
イレギュラーが入ってきても、それを含めてバランスが取れるように自然に調整が取られる。
(そのイレギュラーが社会を破壊するほどのものでないことが条件だが)
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これはあくまで方針であり、その様なゲームしか作れないわけではない。
この方針で従来のゲームも作ることが出来ると思う。
これはあくまで方針であり、その様なゲームしか作れないわけではない。
この方針で従来のゲームも作ることが出来ると思う。
- -
”調整法”と書いたが、本当は調整法ではないような。
”調整法”と書いたが、本当は調整法ではないような。
エラソーな事を書くのもいいが、それを使って実際に作ってみろと。
机上の空論ではつまらんぞ、と。
机上の空論ではつまらんぞ、と。
カテゴリ: [ゲーム制作] - &trackback() - 2006年04月10日 23:31:37
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