パナマ運河

登録日:2025/09/27 Sat 19:50:00
更新日:2025/10/22 Wed 21:49:05
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「君なら水道を止める時はどうする?」
「蛇口を締めます」
「よろしい。我々も蛇口を締めようではないか」


パナマ運河((英)Panama Canal、(西)Canal de Panamá)とは、中米パナマにある大西洋と太平洋を結ぶ巨大運河である。


【概要】

全長82km、幅91m~200m、水深12.5m(最も浅い箇所)
中東のスエズ運河と並び、一般常識上で知らない人はいないと言っていい世界的な知名度を持つ。
建造したのはアメリカだが、所有者のパナマ政府との間でいまだに政争・紛争が絶えないところでもある。
アメリカとしては世界的な海運の要を掌中にしたいが、現地の感情としては半植民地的な状態には我慢ならないのは当然である。
この問題は、まだ当分完全解決にはいたらないと思われる。

【立地】

太平洋と大西洋の間には南北アメリカ大陸がある。
海洋ルートにおいて大西洋から太平洋へ抜けるためには、
  • 北米最北部まで行き、夏でも氷が多く厄介な北極海側に抜けてベーリング海峡から出る
  • 南米南端まで行ってマゼラン・ビーグル・ドレイクの3海峡のいずれかを通る
の2つがあった。
しかし前者は氷だらけの北極海を抜けるという現実的では無さすぎるルートでほとんど選択されることはなく、
後者は
  • マゼラン海峡(南米大陸とフェゴ島の間):最初に突破されたルート。だが幅が狭く迷路のように入り組んでいて波風も気まぐれ。
  • ドレイク海峡(南米最南端のホーン岬と南極半島の間):十分すぎる幅があるが、「吼える60度線」と呼ばれる地帯にあり、非常に風・波共に荒い。
  • ビーグル水道(フェゴ島と南の島々の間):まっすぐで波も穏やかと、安全面を言えばこの中では一番マシだが、幅が狭く多量の船舶通過には向いていない。
とどれも危険なルートであった。
また、これらが位置する南緯40~60°は、強い偏西風の影響で世界で最も荒れる海域として知られている。

安全・危険以前に、そもそも世界地図を見ればわかる通りこれはとてつもない距離を進まねばならない。
これほどに2つの海洋を行き来するのは大変だったのである。

そこで中米の陸地の細い場所に運河を作り、カリブ海とメキシコ沖を繋げば大幅な距離の短縮になるという考えが出るのは必然といえよう。
「それだけ?」と思われるかもしれないが、燃料消費量や南米の3海峡を通過する危険度や消耗を考えたら段違いの差になるのだ。
そしてその「中米の陸地の細い場所」の候補として挙がったのがパナマというわけである。

【パナマ運河建設】

パナマ運河の構想自体はアメリカの入植がはじまった16世紀ごろにはあったと言われている。
しかし当時の技術力では到底不可能な事業であり、構想こそあれ実現どころか着手にすら至らなかった。

そして時は流れ19世紀後半。アメリカ西海岸のゴールドラッシュにより、多くの人やモノがアメリカの東から西に大移動していた時期である。
産業革命を経たこの時期には土木技術も発展しており、実際中東ではスエズ運河が完成していていた。そして「パナマにも運河を!」と誰もが夢想した。
ここにきて遂にパナマ運河の構想は現実のものとなり、スエズ運河を作ったレセップスによって着工が開始されることになる。
しかしレセップスはスエズと同じ平行式*1の運河を建設しようとしたが上手くいかず挫折してしまう。
気候的な違いもあるが、スエズと決定的に違っていたことは、中米は幅は狭くとも盛り上がった丘になっていたのだ。
アニヲタ的に説明すれば、ONE PIECE赤い土の大陸(レッドライン)*2を思い浮かべていただければいい。
ともあれスエズのように単に大きな水路を掘るというだけではパナマ運河の実現は難しかった*3

【閘門式運河】

1905年にパナマ運河事業をレセップスから継いだアメリカは、スエズと同じ方法では不可能として、別の方法を考案した。
これが有名な「閘門(こうもん)式運河」である。
仕組みを解説すると、運河をいくつかの部屋に分けて鋼鉄製の閘門で区切る。この部屋は階段状に配置されていて、少しずつ山を登るようになっている。
部屋の中に船が入ると注水を開始、だんだんと水位が上がって船が上昇する。
水位が同じになった時、前方を開門、船は前進して次の部屋に入り、後ろの門を閉めて同じことを繰り返す。
こうするとあら不思議、船が山を登ったというわけである。
これの小規模なものが、ONE PIECEのウォーターセブンにおいて『水門エレベーター』の名で図解付きで登場しているため、気になった方はそちらも見てみて欲しい。

もちろんこの方式には莫大な水が必要とされるが、パナマ地方に降る大量の雨がそれを可能にした。
パナマ運河の山頂に巨大な人工湖を設け、そこに雨水を貯める。その湖水を利用して運河を運営するというわけである。
この人工湖をガツン湖(ガトゥン湖)と呼び、琵琶湖のおよそ3/4ほどの面積を持つ。
このガツン湖の太平洋側のパナマ市から順に、ミラフロレス閘門、ペトロミゲル閘門が並び、大西洋側にはガツン閘門がカリブ海につながっている。

しかし、いかなアメリカといえどもこの工事は楽なものではなかった。
莫大な人夫を揃えられても、パナマ地方は温暖湿潤の地。ざっくり言えばジャングルである。
そして、旧日本軍が南洋の自然を軽視してガダルカナルなどで地獄を見たように、熱帯の自然は楽園ではなく地獄そのものだった。
切り開いてもあっという間に再生してしまう草木。
なによりも、熱帯に巣食う病害虫が人々を苦しめた。次々に人夫が倒れるようでは工事もままならない。
そこでアメリカは新開発の殺虫剤を大量に散布して害虫の撲滅に乗り出した。
これについては、日本人である諸兄らも戦後の写真や映像でアメリカ軍が子供の頭から白い粉をぶっかけているのを見たことがあるだろう。あのDDTと呼ばれる殺虫剤と同じものである。
現在では発がん性で使用されていないが、当時はまさに効果てきめん。蚊などの伝染病を媒介する害虫を減少させることに成功した。
こうして1914年、パナマ運河は無事に開通した。

【開通後】

パナマ運河は想定通り2つの海洋の往来を大きく楽にした。アメリカはもちろんイギリスあたりも活用している。

しかし、パナマ運河の存在は別の意味でアメリカ海軍に制約をかけることになる。
パナマ運河の幅は制限があり、およそ33メートルの幅の船しか通行できない(通称:パナマックス)。
これはアメリカ海軍の艦艇、戦艦や強襲揚陸艦*4に大きな制約を加えることになった。
実際にアメリカ海軍の建造した最後の戦艦のアイオワ級も、パナマ運河を通る必要上で異様に細長い戦艦となってしまった。
戦艦の主砲を大きくしようとすれば、当然船体は大型化する。しかしパナマ運河の幅の制約の中では、どうしても搭載できる砲は16インチまでが限界となる。
ただし上記は3連装砲塔に収める場合の話であり、18インチ砲連装4基8門搭載の改サウスダコタ級が1919年に構想されたほか、ティルマン案などでは3連装砲塔も検討されている。
また1939年から拡張工事に着手していて、1946年までに完成させる予定だったため、モンタナ級はそれを見越して設計されていた。太平洋戦争の影響で実現しなかったが。

ちなみに日本海軍はこの制約を利用し、アメリカ海軍が持てない18インチ主砲を持つ戦艦で対抗しようと考えた。それが大和である。

また、パナマ運河と言えば忘れてはならないのは旧日本海軍の潜水空母イ-400型潜水艦である。
パナマ運河がもし破壊されればアメリカ海軍は太平洋と大西洋の移動に莫大な手間をかけねばならない。
そしてアメリカ海軍の造船設備の多くは東海岸にあり、パナマ運河を破壊できればいくらアメリカが大量に艦船を建造させてもすぐには太平洋に持ってこれない。
この戦略の下でパナマ運河を破壊するため、専用の攻撃機晴嵐まで開発して計画は練られた。
結局イ-400型潜水艦の建造は間に合わず、パナマ運河の破壊はできなかったが、その設計思想などは戦後の戦略潜水艦に引き継がれたという。

【創作において】

後世の創作においての出番はあまり多くない。
というのも、確かに世界的に重要な場所だが観光地として人気があるわけではなく、特に有名なモニュメントなどがあるわけでもない。
平たく言えば地味な場所なのだ。
それにアメリカとパナマ政府の間でいざこざが続いて、常にキナ臭い場所であるのも人を遠ざけている。
残念ながら華やかな印象ではスエズ運河に大きく水を開けられていると言って仕方ないだろう。

ただし、仮想戦記の世界においては別である。
上述の通り、ここを破壊出来たらアメリカの海運に甚大な被害を与えられるために、イ-400潜をはじめあの手この手でぶっ壊されている。
壊されなくても大和型の主砲の解説でパナマ運河の名前が出ることがほとんどである。

  • レッドサン・ブラッククロス
架空戦記界の不滅の金字塔。
後半の「パナマ侵攻」にて、日本軍と第三帝国軍が熾烈な戦いを繰り広げる……はずであった。
しかし続巻が出ずに作者が鬼籍に入ってしまい、解説されたヤークトパンテル2やメッテルニヒ級モニター艦の活躍は幻になってしまった。

  • 紺碧の艦隊
タイムスリップ型架空戦記の金字塔。
上述のイ-400潜水艦の流れを組む潜水空母艦隊「紺碧艦隊」がハワイに続いて奇襲をかける。
見事ガトゥン閘門の破壊に成功。米軍の駆逐艦隊の追撃でピンチに陥るも、戦術G7の発動で撃退に成功して全機全艦無事に帰投した。
その後復旧されるが、今度は米本土複数箇所同時攻撃作戦「幻月作戦」で高杉艦隊の空襲を受けて破壊されてしまう。
ただしあくまでこれは幻月作戦の一環に過ぎず日本の真の目的はロスアラモスの原爆工場破壊にあった。
さすがにこれで頭に来たのか、その後はトンネル式のパナマ第二運河を建設している。
いくら日本軍がチートするからといっても米国面がすごすぎる。

  • 日米開戦せず
「不沈戦艦紀伊」を書かれた子竜蛍氏の架空戦記。
開戦に合わせて慰問品と偽装して爆薬を積み込んだ輸送船を運河内で自爆させることで破壊した。

  • 大逆転 第二次世界大戦史
様々な架空戦記のオムニバス作品集。
一作に、もしイ-400潜が開戦時に完成していたらという内容で奇襲攻撃がおこなわれる。

  • 鋼鉄の咆哮
コーエーの海戦ゲーム。
ガトゥン湖内で海戦するステージがシリーズ上でいくつかある。
また、運河を通過したらボス戦になることが多い。

ターン制シミュレーションゲームCivilizationシリーズの6作目。
「遺産」という特殊建造物として登場。建設位置条件さえ満たせば好きな場所に建設できる。
建設後は多額のゴールドを産出し、ここを通る交易路に追加のゴールド産出を与え、さらに陸地に船舶用の通路を提供する。
多機能だが、建設位置条件が厳しい上に、有効活用しようと思ったらさらに立地選定が難しくなるのが難点。
産業時代の遺産ということもあり活躍期間も短くなりがちとかなり使いにくい。
またパナマ運河を使用して一定以上の距離の運河を作るという専用実績がある。


追記・修正はDDTを頭からかぶってお願いします。

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最終更新:2025年10月22日 21:49

*1 後述の閘門の無い運河。要は大きな水路を掘っただけの運河。

*2 OP世界の海を分断している同世界唯一の大陸。劇中メリー号で近づいた際は巨大な壁のようですらあった。

*3 また、スエズと違って太平洋と大西洋の間には海抜の大きな差があり、仮に水平式の運河を作れたとしても急流になってしまって船の航行は困難になっていた。

*4 ワスプ級は最大幅こそ40mを超えているが、閘門と接触する可能性がある水線部は33m以内に留めている。