057

隠者と、魔法少女と、風紀委員と ◆5cyPCmuV8s


コツコツコツ……。
ジョセフと初春とさやかの三者の足音が廊下に響く。
前方にジョセフと横に並んだ初春。後方にさやか。
ジョセフの緊張、さやかの不穏な気配、初春の困惑。
それは闘技場の中に入った今も尚続いていた。


(美樹さやか……君は気づいているんだろうなァ……)


自分がジョセフに警戒されている事に。
美樹さやかの殺気のようなものを首筋でひりひり感じ取りながら
暗澹たる気分でジョセフは知られないようにため息を漏らした。
あれからジョセフと初春は美樹さやかに何気ない話題を振ってみたが、どれも気のない返事を続けるばかり。
しかも世代や環境からくる話題のズレのようなものもあり、進めようがなかった。


「ジョースターさん、どこに向かっているんですか?」
「ん、控室じゃよ。あそこなら話もし易いと思ってな」


初春の質問にジョセフは微笑を浮かべる。
それに刺激されたのか、受動的な受け答えしかしなかったさやかが口を開いた。

「……ねえ、さっきから気になってたんだけどさ初春さん」
「え、はい。何ですか?」


どこかぎこちない風に答える初春。
さやかは初春の頭部に眼を向けて言った。



「あんたの頭に付けてるその造花って支給品?」
「ええ?このお花ですか?違いますよう」



問われる自体が心外だと言わんばかりに初春は否定した。


「いやだってこんな時にそんな目立つもん身に付けるなんて、よほど強力なアイテムじゃなきゃ」
「違いますッ!!」


強く否定する初春に、さやかは黙ったが、興味は消えなかったようで
首を傾げつつ片手を腰に当て、しばし考えて、言った。


「ファッション?」
「それも違うと言うか……まあその」
「……歯切れが悪いなあ。ま、面倒臭そうだし、それくらいにしとくわ」
「め、面倒。そ、それくらいって?どういう」


さやかの投げやりな言葉に初春は口を尖らせた。
こういう娘いるよなあとジョセフは心の中で笑った。
奇妙な面はあるが初対面前後の言動もあり、単純な善悪で言えば間違いなくいい娘だと思えた。
問題はからかっているさやかの方だ。


(演技なのか?それとも素か?)


ジョセフは少女達のやり取りから、さやかの本性を探ろうとしていた。
さやかは声色からして名乗りの際よりは自然に感情が出ている気がした。
今の初春との会話は歳相応の少女同士の他愛無いものと何ら変わらない。
さやかでさえ、初春を刺激しないように言葉を選んで会話していると思えるくらいだ。
とても初めて2人を発見した際の剣呑さからは想像できない。
かと言って気の所為にはできない。
そう訝しるジョセフに対し、さやかは声をかけた。


「ねえ、おじさん」
「……」
「へ?」


きょときょとと周囲を見る初春を尻目に、沈黙が発生した。

「…………」
「ねえ?」


(ん?……ひょっとしてわしの事か?)



齢68にしてよく若々しく見られるジョセフだが、白髪と髭面な事もあって中年と間違われる事はなかった。
自分と違って波紋の鍛錬を続けていた母と違って。それだけにそう呼ばれるのは新鮮だった。


「わしの事かね?」
「うん。別にあたしの目が悪いとかそんなんじゃなくて、爺さんとかジョースターさんとか、
 マッチョだからか何か呼びにくいからそう呼んだんですけど、もし嫌だったら……」
「そのまま呼んでくれて構わんぞっ」


そして嬉しかった。これで油断ならない相手でなければじっくり感動を味わえるんだが……。
さやかがさりげない調子で近づいてくるのが見えた。
すぐ気づいたジョセフはさやかに声をかけた。


「で、何の様かね」


涼しくなった気がした。
足を止めたさやかは手に持った抜身の剣を指さした。


「……あたしのこの剣、支給品なんですけど鞘の代わりになるものって無いですかね?
 あとコートみたいなのも」
「美樹さんのその服も支給品なんですか?」


初春はさやかの魔法少女としての衣装 アラビア風の騎士の姿を見つめた。


「……まあね、ここ闘技場って言うんだから、武器とか、この剣に合う鞘があってもおかしくないと思ってさ
 あとこの衣装露出大きくて、その」
「ふむ、わしも君達と会う前にざっと確認してみたが、そういうもんはなかったぞ」
「……そっか」
「美樹さん、デイバックに入れてみてはどうですか?」
「……いざって時、使えないようじゃね」


(いざ……か)

鞘を必要としているのは嘘だとジョセフは思った。
時と場合によっては戦の優劣よりも礼儀や誇りを優先させる、剣士の姿勢がまるで感じられないからだ。
その辺はエジプトへの旅の仲間であり、騎士であり剣士の『銀の戦車』のスタンド使い
ジャン・ピエール・ポルナレフを良く見ていたからよく分かる。
ジョセフから見た美樹さやかは剣士よりも、むしろ夜道で包丁を振り回している通り魔のそれに近かった。


ゆえに大方、こちらが闘技場で調べ物をしている隙に攻撃を仕掛けるつもりかとジョセフは睨んだ。
だが問い詰める事、こちらから仕掛ける事は容易にできそうになかった。
証拠がないからとかではない。


(強さはマジっぽいんだよなあ)


美樹さやかの身のこなしはたまに素人ぽい動きをする程度だが、それ以外は只者のそれではない。
今は自分のみに向けられている威圧感が、歴戦の戦士ジョセフにしてやばいと認識させるものだ。
初春の方は認識できていなさそうだが。
先程の初春とのやり取りもそうだが、さやかの言動にはどこかちぐはぐさが感じられた。
だが、さやかの威圧感……殺意が消えていない以上、いつまでもなあなあで済ませるのは悪手だと思った。
他参加者と遭遇する前に、初春に危害を加えられる前に一区切り付けねばならない。
隙を見せれば生命が幾らあっても足りそうにない。
仕掛けて来ない事からさやかの大体の手の内は見えた。


「ああ、その代わりにトイレはあるぞ。今から入る控室から左に真っ直ぐ行った所な」
「それは良かったです」
「で……いや何でもない」

さやかは何か突っ込みかけるが止めた。声色低い。



「…………。安心するんじゃ紙ならあるぞ」

とジョセフは得意げに親指を立てて言った。



「そりゃ、どーも」

とさやかは呆れたように言った。

【】

「わしはエジプトを旅している途中のカイロにおったんじゃが、知らん間にここに放り込まれたんじゃ」
「私はいつものように事務仕事をしていたら急に……」
「……あたしは学校の帰りからかな」


三者はゲームに放り込まれた時の事をそのまま説明した。
互いに攫われる理由も広川についての情報もなかった。


「フム……それじゃあ次は参加者についてだが」
「あのー」

「何かね美樹君」
「何で椅子に座らないの?」


3人が今いる部屋は厨房。
若き日のジョセフが入った闘技場にはなかった部屋の一つ。
そこにはいくつかの椅子が用意されており、思いの外広く話し合いをするには問題のない場所だった。
3人は立ったまま情報交換をしていた。無論ジョセフ・初春とさやかとは数メートル離れている。



「ふむ、実は過去わしが戦った敵の中には建物と同化して侵入者に襲いかかる超能力者がいてだな……」
「ふぇ?それ誰ですか?! もしかしてジョースターさんも超能力者……」


上ずった初春の問いにジョセフは自らの人差し指を口に当てて黙らせる。
そしてちょい顔を上に向けて格好付けながら続ける。


「いつでも逃げられるようにしておかんと捕まったら能力が使えなくなるからの」
「やっぱり……ってその相手、能力まで封じ込められるなんてどれ程の……」
「……そいつと同じ能力持ちが参加してるとは限らないでしょ……
 それと、全部真に受けてどうすんのよ」




高揚と共に考えこむ初春と、力ない声で反論するさやか。
明らかにトーンが下がっていた。
尚、ジョセフが言った建造物と同化する超能力者の話は一部嘘である。
ただのボートを巨大タンカーへ変化させる『力(ストレングス)』というスタンド使いは実在していた。
ちなみに能力の封じ込めとは単にスタンドを拘束して身動き取れなくさせるだけで、
初春が思っているような大層な能力では決して無い。

「という訳じゃ。件の能力者じゃなくても、いざという時ある程度、距離取っとかんと逃げ難いじゃろ」
「じゃあ何で初春さんとは距離取ってないのよ」
「そりゃわしがフォローした方が早く逃げられるからじゃ。そうだろ初春君」
「………………はいっ」
「ほら」
「何よその沈黙。それにどうやってフォロー……」
「担いで」


ジョセフは力こぶを作った。
初春は同意の沈黙をする。
さやかは苛々しながらジョセフに詰め寄った。
剣は壁に立てかけてある。


「……あたしを疑ってるんならさっさと言いなさいよ」
「疑うも何もこの状況じゃと誰もそうせざるを得ないと言うか……ん?」
「まあ美樹さん落ち着いて……どうしましたジョースターさん?」
「!?」


ジョセフはさやかのマントを掴み、払った。
マントの下、さやかの背には傷があった。
素人目に見ても後遺症が残ってもおかしくない程の傷。
なぜこれほど傷で何故普通にに振る舞えるのか。


「美樹さん、その傷」
「……」

さやかは青ざめた顔で数歩後退る。
剣が置かれている方へ。


「……ここに連れて来られる前のか?」
「? …………そうよ」
「え?」

空気が冷えたようだった、さやかと初春はどう言えばいいのか分からない。
だがジョセフはそんなのお構い無しだった。
さやかの右手が剣に触れたその時。


「トイレに行って頭を冷やしてきたらどうじゃ?」
「………………そうする」
「ジョースターさん」


さやかは剣を持ちつつ、力ない足取りでドアへ向かった。
途中で立ち止まり、ジョセフ達の方を向こうとするが止め、そのまま部屋を出て行った。


「初春君」

ジョセフは五感を研ぎ澄まさせながら、美樹さやかが遠ざかったのを確認すると初春に言った。


「分かっていると思うが美樹君は」


初春は顔を上げてはっきりと返答する。その瞳には悲しみの色が若干混ざっていた。


「乗ってるんですね」


待合室に入った瞬間に分かっていた。美樹さやかの殺気が初春にも感じ取れたから。
いつでも剣を振るえるような態勢をとっていたから。


「逃すんですか?」
「逃がさんよ。そもそもああいう手合は逃げん……逃げられんじゃろ」


それはジョセフの経験則からくる推測。
それも柱の男と戦っていた頃とは違う、ニューヨークの不動産王ジョセフ・ジョースターとしての。
様々なタイプの人間と交渉し、自らが望まずとも多くの破産者を見ざるを得ない職業。
美樹さやかのような自分で自分を潰してしまうようなタイプはそう珍しくはない。
命惜しさの逃避より、自覚があるにしろ、無いにしろ玉砕を選ぶタイプだ。
間もなくこちらを殺しにかかるだろう。


ジョセフの腕からスタンド能力隠者の紫(ハーミットパープル)のビジョン
半透明の紫色の薔薇のような茨が現出し伸びた。


「……」


初春はそれを興味深そうに見ていた。レベル3、もしくは4の能力者だろうか?
だが初春はその好奇を打ち切り、憂いを帯びた眼でジョセフを見て言った。


「美樹さんは……」
「分らん」


真剣な面持ちでジョセフは床に耳を当てて、音を探った。やはり遠くには行ってはいないようだ。
どう無力化させるにしろ全力を出さねばならん相手か。


「初春君は隠れていなさい。捕まらんようにな」
「……?」



本気で殺しに来るのなら大男のジョセフより、弱そうな初春を狙ってくるのが当然だ。
人質に取られてしまえば断然不利になってしまう、それは何としても避けたかった。
忠告を聞いた初春は真剣な面持ちで頷いた。
が、突如何かを思い出したのか、どこか気の抜けた顔で右手を頬にあて何かを考え、
ジョセフに言った。困ったような笑顔で。



「あ、私慣れてますから」
「……OH」



今度はジョセフが初春に驚かせられる番だった。
実際初春はゲームに参加させられる前にも誘拐された経験があった。
立場上、それ以外にも様々な修羅場に遭遇している。本来ならジョセフに言われるまでも無い。


「何かできる事があったら言ってください」


慣れた様子で隠れ場所を探す初春を見て、その時ジョセフは今は亡き義父的存在
スピードワゴンの事を思い出していた。

【】

さやかの体全体に魔法の光が包み、背中の傷をほぼ完全に癒やす。
同時に所持していた剣も分解させ、変身を解き元の学生服の姿に戻る。
剣の現出と変身に多少なりとも魔力を消費してしまった。
傷の方は、できれば自然治癒で回復させたかったが。

さやかは慌てて出した魔女の卵グリーフシードに、ほとんど黒くなったソウルジェムの
穢れを移しかえた。
今さやかがいるのはトイレではなく、トイレ近くの別の部屋。
焦りと怒りからか身体を小刻みに震えさせながら、膝を抱えジョセフと初春とのやり取りを思い出す。



――何も仕掛けられなかった。
初対面時、さやかがジョセフに手を出さなかったのはジョセフが人間にしては手練で
背中の傷が癒えてない時では手こずると思っていたからだ。
無理すれば初春もろとも殺害できる自信があった。


ところがいざ蓋を開けてみれば、ジョセフは想像以上に手強く見えて、その上異能力者だと自称し始めて
ますます手が出しづらくなった。
抜身の剣をだしにした策略もまるで通じなかった。
時間稼ぎの為にと初春と話をしてみれば、今度は過去の学校での楽しかった頃の記憶が蘇り、
思わずあの頃のように接してしまい、殺意の維持が難しくなった。
それにマントを修復してまで隠していた背中の傷も見られた。
このままでは逃げられて情報をばらまかれるか、あるいは危険人物として集団を以って殺害されかねない。




そもそも美樹さやかは本来嘘をつくには向いていない性分だ。
同年代の少女の中でも正義感が強く潔癖な面があり、自分がそれに反する行動を取ってしまうと
他人がした以上に自分を責める性格だ。
だからこそ、まどかを始め何人もの親しい人の忠告を受けても、頑として聞き入れなかった。
その結果の一つが今の美樹さやかだ。


(思い出せ、あの時あたしが味わい続けた苦難を!絶望を……!)


想い人で幼なじみの上条恭介の不慮の事故から始まり、深夜の電車の中での二人の男への暴力で終わる
美樹さやかの不幸。
やることなす事全て裏目に出て、身体の異変を受け入れる前に来た親友 志筑仁美の恭介への告白宣言など
覚悟や時間もないままに最悪のタイミングで明らかになっていく過酷で惨めな一週間。

人間を魔女や使い魔の魔の手から守るという理想と好意も、2人の心ないホスト同士の会話で潰え
世界への愛情も最後の一週間の所為で忘れてしまった。


「……」


何を弱気になっている、相手は人間だ、年寄りだ。貧弱な女の子だ。
人間を簡単に殺せる魔女や使い魔を倒してきたじゃないか。
ここで2人を殺して支給品を手に入れないと、あの少年にまた殺されるぞ。
それにあの大男に馬鹿にされたされたままでいいのか?
どくんっ……。


「……」



内なる昏い声に答えるが如く、さやかの心を打つくらいのドス黒い何かが吹き出した。
それは人間だった過去から持ってた情念と、ジョセフへの恐れをあって飲み込んだ。
さやかのソウルジェムが青く輝き、再び魔法少女の姿へと変える。
そしてさやかは剣を現出させ物置へと走った。
ドス黒い何か――魔女化する直前に抱えていた世界への憎悪を秘めて。



【】


「来たか」


ドアが勢い良く開かれる。
さやかが入った、すぐそこにはジョセフの姿があった。
既に異能力者の証明である紫の茨展開させ構えを取っている。
飢えた動物のような眼をしたさやかはもう1人の標的の姿を探した。
初春の姿は見えなかった。


「あいつは?」
「四の五の言わずに来たらどうかね?」
「逃げたの?」
「お前さんがこんなクソったれゲームに乗らなければ逃げる必要はなかったんじゃがな」


落胆したようにジョセフは言い放つ。


「クソッタレなんかじゃない」


優勝の報酬への渇望が強く感じられる言葉。
ジョセフはやはりなと思った。


「……何が望みなんじゃ?」
「……」



さやかはこれ以上返答する気はなかった。
さっきのように口車に乗せられては敵わない。

厨房は散らかっていた。
無闇に走れば足を取られるだろう。


「?」

気がつけば厨房の中には幾つものシャボン玉が浮かんでいた。


「何これ?」

ジョセフは質問には答えない。
襲撃してくるまでの間、支給品のシャボン玉セットを使ったとかは言わない。
まあいいとさやかは思った。さやかは構え、走った。
そして足を止め、剣を力の限り空振った。


「!?」


それにより魔力の風が発生し、シャボン玉を吹き散らそうとする。
いくらなんでもわざわざ罠に突っ込むほど馬鹿ではない。
だが……


「なんでっ?」



シャボン玉は揺れ動いたが割れなかった、そして尚さやかの進路上に漂い続ける。
さやかは知らないが、これはジョセフが波紋でコーティングしたシャボン玉。
少々の風で割られることなど無い。
これは今は亡き戦友のシーザーが得意としたシャボンランチャー。



「この」

さやかは斬撃を以って邪魔なシャボン玉を消し去ろうとする。
一太刀で1個目が割れる。


「っ……!」


手がひとりでにびくんと蠢き、思わず取り落としそうになる。
外付けのような魔法少女の身体でも、ジョセフほどの波紋エネルギーの干渉を受ければ
生体反応で動く以上、何事もなかったとまではできない。


「だったら……!」


さやかは剣にさらなる魔力を込めて、シャボン玉を斬る。


(行ける)


少々の痺れのようなものはあったが、大きく身体が反応するほどのものではない。
魔力の消費量は多くなるが、先に進む為だ仕方ない。
さやかは全てのシャボン玉を破壊し、一気にジョセフへ接近する。


「ヌンっ!」


ジョセフは右手刀をさやかへ振り落とす



(遅い)


さやかはそれをバックステップで回避すると、足腰に力を入れジョセフを穿かんと剣に魔力を込める。
威力が上がるわけではないが念の為だ。
さやかは刺突を以って胴体を貫こうとする、だがジョセフは振り下ろした右手を地面に着き一回転し、
ピンと伸ばした左脚をさやかの胴体に命中させた。
さやかの射程距離を超えたカウンターだ。
奥の方へ突き飛ばされ、食器が鍋が甲高い音を立てて転がる。

さやかはすぐさま立ち上がった。


「!」


軽く驚愕するジョセフ。
後方へ弾き飛ばされたがこの程度では諦めない。今の蹴りもさやかから見ればスローだった。
魔法少女になる前のさやかなら今の一撃で確実に気絶まで追い込まれていただろう。
運が悪いと再起不能になりかねない程の威力だ。
しかし人間より格段に強化された魔法少女の肉体を持つ今のさやかには
ほとんどダメージを与えられなかった。
スピードに任せて戦えば充分勝機はあるとさやかは踏む。



「隠者の紫!!」
「!?」


ジョセフの気合とともに紫色の茨が伸び向かい、初見ゆえ反応できなかったさやかを拘束する。
ギリギリと茨がさやかの身体を締めあげる。だが有効打には遠い。
スタンドの中でもパワーが弱く、頑丈なロープくらいの強度しかないからだ。
刺は見せかけに等しい。だが人外相手でも数秒動きを止めるのには充分。


「コオオオォォ……」


ジョセフは汽車の汽笛を小さくしたような奇妙な呼吸をして、さやかを見据える。
接近。ジョセフの右手がさやかに迫る。さやかは危機を察知し即座に感覚を遮断する。
波紋を帯びた右掌がさやかの頭に命中する。
本来なら確実に昏倒している程のダメージ。しかしさやかの方が早かった。
ジョセフが期待していたような結果にはならなかった。

ニヤリとさやかは笑うと体当たりを実行する。
倒れはしなかったが、苦悶の声をあげてジョセフは仰け反る。
見かけからはとても考えられないパワーだと、ジョセフは焦る。

拘束から解放されたさやかの全身が彼女の意思で淡く輝いた。治癒魔法だ。
これもやると魔力消費が高くなるが、痺れを取る為だ仕方ない。

さやかはジョセフに接近し剣を振るった、狙うは胴体。
ジョセフは妙な呼吸――波紋の呼吸をしつつ後方に飛んで、威力を減らそうとする。
だが遅い。さやかの剣はジョセフを袈裟懸けに切り裂くと思った。



「?!」


だが切り裂けなかった。服の中に仕込んだ紫の茨に阻まれて。
だが剣撃の衝撃は吸収しきれなかったらしく、ジョセフは痛みに顔をしかめる。
ジョセフは汗だくになりながらも、さやかととっさに距離を取る。

「……」

さやかが知る由もないが、ジョセフは紫の隠者を身体に巻き付けた上で
電線のように波紋を流して強度を上昇させかろうじて斬撃を防いだのだ。



「人間なの?」
「……当然じゃ」
「羨ましいわね!」

ジョセフは腕に巻きつけた波紋を込めた紫の隠者で、攻撃を受け流す。

「石仮面でも被ったのか?」
「……」


未知の単語を用いた問いを聞き流し、さやかは真横に剣を振るった。
攻撃を読んでいたジョセフはスライディングをし何とか躱し、さやかの足を引っ掛ける。
僅かに態勢を崩したさやかに対しスタンドを発動。


「隠者の紫!」


紫の茨がさやかを再び拘束する。
だがさやかは涼しい顔で「で?」と嘲った。
それに構わずジョセフは締め上げを止めない。
さやかはため息をつくと、今度は体全体を使ってこちらへ引き倒した。

ジョセフは前方に倒れる。すぐに起き上がったさやかは容赦なく
ジョセフの首を斬り落とさんとする。ジョセフは間一髪回避し、三度紫の茨を放つ。
しかし、さやかはそれを剣で引き裂いた。地面に落ちる前に茨は消えた。



「ハァー、ハー……」


早くも疲労し始めたジョセフを見、さやかは冷たく笑う。
呼ばれる前、魔女化が進行していた時と同じ笑みで。
さやかは剣の切っ先を向けた。
笑みが歪に変わった。


「さよならおじさん」
「――今じゃ!初春くん!!」


合図とともに大きな音が厨房を響き渡らせた。
金属鍋がぶつかり合う音、食器が壊れる音。


「いたのね……」


半ば呆気に取られつつもさやかは彼女にしては珍しく冷静に状況を分析していた。
ジョセフに注意を向けていたから気付かなかった。初春が厨房の何処かで隠れていることに。
てっきり安全と思われる場所に避難したものかと。
まあいい、ただの時間稼ぎだろう。2人とも殺せる。


「うおおおおぉぉぉ!」


ジョセフはさやかへ走った。勝負は捨てていない。
今度は紫の隠者を使わない。左の拳で顔を攻撃するつもりだ。
さやかはその腕を落とそうと剣を振るおうとした。
だがパンチの軌道が変わった。


「!」


狙いは剣の腹。

「ズームパンチ!」


あえて腕の関節を外し射程を伸ばす荒業は、波紋使いが体の痛みを和らげる術を持っているからこそ。
射程が伸び、威力を増したパンチをさやかは避けられず。剣を落としてしまう。
手にジョセフの義手が当たりさやかは手に傷を負い血を流す。
次のアクションに写る前にさやかに更なる攻撃が襲う。
さやかにむかってやかんが飛んできた。どこかで見た光景。
さやかは思わず受け止めてしまう、心に余裕が無いゆえに受け止めてしまう。
やかんの中身は無し。投げたのは初春。


「隠者の紫!」

紫の茨は三度、さやかを拘束する。
ジョセフはそのままさやかに攻撃を加えんとする。奇妙な呼吸をしながら。
さやかは先ほどのように引き倒さんと身体をひねろうとする。だが


「――&波紋!!」


スタンドの茨を通じた波紋がさやかを捉えた。
本来は対吸血鬼用でなく、対生物用の秘術であった波紋が魔法少女の身体を攻撃する。
さやかの身体が小刻みに痙攣する。だが感覚を閉ざした彼女はまだ倒れない。
だがそれはジョセフも既に予想していた事、茨を解き波紋の呼吸をし最後の一撃を加えんと拳を振り上げる。
ところがさやかにはまだ余裕があった、感覚を閉ざしたがゆえに今の肉体は半不死。
忌々しい体質だが勝ち抜くには大きなアドバンテージ。
回避できそうにないが1、2発食らってもどうって事はない。だが……。


「え……」


ジョセフのパンチはさやかのへその位置を狙っていた。
それは魔法少女の魂が秘められているソウルジェムのある位置。
ジョセフは闇雲に『紫の隠者』で拘束していたわけではない。
波紋を受けても動き続ける原因を探るべく、スタンドでさやかの肉体をスキャンし続けていた。
何度かの試行錯誤の上、ようやく魂エネルギーの源 宝珠ソウルジェムの存在と位置を特定できたのだ。


「あ、嫌……」


さやかは痺れる身体を動かそうとし、ソウルジェムをガードしようとするが間に合わない。
何で、解ったのとさやかはパニックに陥る。
これまでで一番悲痛な声をさやかはあげた。

「や、死――」

ジョセフの波紋を纏った右掌底がさやかのソウルジェムを打った。

【】

「ぜぇぜぇ……初春君、あのまま避難してても良かったんじゃぞ」
「あのまま逃げるなんてできませんよ、風紀委員として」

上着を脱いでグロッキー状態のジョセフに言う初春。
初春はさやかとの戦いが始まる前、ジョセフから闘技場の外に避難するようにと言われたが
聞き入れず、彼女なりに頭を使いうまく隠れた上で、戦いの終盤ジョセフに手助けをしたのだ。


「もうやるんじゃないぞ」
「しませんよ、怖くて、もう」


水を飲みながら両者は言い合う。そして。

「ありがとよ、初春くん」
「どういたしましてジョースターさん」

と互いに笑顔を見せる。
そして2人は波紋により昏睡状態に陥っている、美樹さやかを見て真剣な面持ちになった。
今は奇襲に備え、周囲に重量物を置いて気休め程度の拘束をしている。


「……どうしたものか」
「……」


情も打算もあったからか、ジョセフはさやかのソウルジェムを破壊しなかった。
もしあの時、さやかが活動を続けていたらやむなくとどめを刺しただろう。
今は波紋の効果(?)もあってさやかは活動を停止している。
姿は騎士風の姿から学生服の姿に変わっていた。剣は倒れた直後に霧散した。


「……」


ジョセフの額に冷や汗が流れ落ちる。
だが、もし今度攻撃してきたら、それを防ぐ自信は今のジョセフにはなかった。
その力、50年前の宿敵で種族的には吸血鬼DIOの上位的存在である、柱の男達には及ばないが、
自分達に一掃された柱の男の下僕である吸血鬼軍団員一人一人よりは強いと思わせる程のものだ。



回復能力と攻撃性ゆえにそのまま放置してしまえば、自分と初春だけでなく他参加者にとっても脅威になるだろう。
意識の回復を待って交渉するにしても、初春と2人だけでは交渉よりも攻撃を仕掛けられかねない。
生か死かの決断が迫るのを2人は肌に感じ、暗澹たる気持ちになった。

【G-7 古代の闘技場内 厨房/1日目/黎明】

【ジョセフ・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:胸にダメージ(小)、疲労(大)
[装備]:いつもの旅服
[道具]:支給品一式 三万円はするポラロイドカメラ(破壊済み)@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 
     市販のシャボン玉セット(残り50%)@現実、さやかのソウルジェム
[思考・行動]
基本方針:仲間と共にゲームからの脱出。広川に一泡ふかせる
1:さやかを何とかする。せめて最悪でも話でも聞いて情報は手に入れたいが……。
2:仲間たちと合流する(承太郎、アヴドゥル、花京院、イギー)
3:DIOを倒す
4:脱出の協力者を集める
5:初春と(出来れば)さやかと情報交換。さやかを警戒。

※参戦時期は、カイロでDIOの館を探しているときです。
※『隠者の紫』には制限がかかっており、カメラなどを経由しての念写は地図上の己の周囲8マス、地面の砂などを使っての念写範囲は自分がいるマスの中だけです。波紋法に制限はありません。
※一族同士の波長が繋がるのは、地図上での同じ範囲内のみです。
※夢の内容はほとんど憶えていません
※殺し合いの中での言語は各々の参加者の母語で認識されると考えています。
※ソウルジェムが魔法少女の本体だと気づきました。肉体の性質も大体把握しております。



【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:ディパック、基本支給品一式、不明支給品1~3。
    グリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ、穢れたグリーフシード(穢れ90%)
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:さやかを何とかする。できれば死なせたくない。
1:佐天や黒子や御坂と合流する。
2:脱出の方法を探す。
3:ジョセフと出来ればさやかと情報交換をする。 さやかを警戒。ジョセフに興味。
[備考]
※参戦時期は不明です。
※殺し合い全体を管制するコンピューターシステムが存在すると考えています。
※ソウルジェムが魔法少女の本体だと気づきました。


【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ
[状態]:気絶。ソウルジェムに波紋によるダメージ(大?) 波紋が与えた肉体への影響(中)
ソウルジェムの物理ダメージ(小)、ソウルジェム(穢:小~中)
    現在ソウルジェムはジョセフが所有。
[装備]:無し。
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:どんな手を使ってでも願いを叶える。
0:…………。

[備考]
※参戦時期は魔女化前。
※波紋がソウルジェムにどういう影響を与えるかは詳細は不明です。
 少なくとも現状意識不明状態ではあります。
※周囲に重量物が置かれているなど、申し訳程度の拘束がされています。



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最終更新:2015年06月07日 10:20