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死への旅路 ◆jk/F2Ty2Ks


白井黒子を背負って進む高坂穂乃果の足取りは重い。
彼女がスクールアイドルとして日々のレッスンで鍛えた体力と持ち前の高い運動神経を考慮すれば遅すぎる歩みは、人を一人背負っているという事情のせいだろうか。
否、問題は穂乃果の心にあった。友人を失った絶望。友人を伴わずに逃げた後悔。
激動する状況の中で、出会った人間の本質を見極められないまま孤立している恐怖。セリュー・ユビキタスに追われる恐怖。
一日前までは想像すらしなかった事態に直面した彼女の精神は、周囲の静寂が深まるのに反比例して、少しずつ内に響く警鐘を高めていく。
ここでは、一秒先の生存が保障されていない。人が人を殺す姿を見た。何の躊躇いもなく自分を殺そうとする者たちを見た。
状況に流されるままの間は、それらに対処する事で頭がいっぱいだったが、一度落ち着くと一切見通せない先の展望に不安が募る。
本当にこのまま逃げ続けていいのか。進んだ先に、何かがあるのか。立てた決意に、意味はあるのか。

「……海未ちゃん。ことりちゃん……」

今は亡い、友人の名を呼ぶ。
キング・ブラッドレイに聞かされた、空を自在に飛ぶという異能を手に入れその心を力にする術を得た幼馴染。
セリュー・ユビキタスに吐き捨てられ、狡噛慎也が推察した、道を過った幼馴染。
それぞれがそれぞれの選択をして力を行使し、その結果として死に至ったという事実が、彼女の心を締め付ける。
辿った末路の詳細は不明だが、穂乃果に断言できることは一つだけ。
二人とも自分のためでなく、他人を助けるためにその道を選んだという確信があった。
対して自分はどうか。周囲が見えず、自分のことしか考えていないと言われれば過去の経験から思い当たる節はいくらでもある。
今、この苦境に追いやられているのもまた、状況に振り回されて喚き散らし、他人の足を引っ張った挙句の軽挙妄動が原因ではなかったか。
時折足を止めて振り返り、置いてきた者たちの姿を想起する穂乃果。
彼女は必要以上に自分を責め、力がない事をもどかしく思っていた。

「……っ!?」

その忸怩が、三度穂乃果の足をぐらつかせ、体を転倒させる。
踏み抜いた木切れの上で足が滑り、先ほどのように受身を取ることもできず倒れ伏す。
背から放り出された黒子は地面に激突してうめき声を上げ、二人分のディパックからは荷物が飛び出して周囲に四散する。
土の味を覚えた唇を震わせながら、穂乃果は情けなさに涙すら流した。
恐怖に怯え、歩くことすら満足に出来ない自分が強くなどなれるはずがないと、止まらない涙で顔を濡らす。
失った、二度と戻らない大切な者を思えば決意が萎える。今度こそ失いたくない大切な者を思えば身が竦む。
戦う者ではない穂乃果の精神は、抗いうる力を得ないまま、このバトル・ロワイアルの場に居るだけで磨り減っていく。
黒子が意識を失い、狡噛と分かれた今、穂乃果はここにきて初めて、真実一人になったといえた。
死と暴力が横行している現実を実感した彼女が"一線を越える"覚悟をするには、未だきっかけが見つからない。
友人を失った悲しみ。友人を殺された怒り。そんなもので発露する闘争心は一瞬の灯でしかない。
何の変哲もない女学生である穂乃果が力を求めて戦いに身を投じるには、彼女自身を納得させる"火"がその身を焦がさなければならない。
そして往々にして、火元とは思わぬところに転がっているものである。


「……大丈夫かい?」

起き上がるために地面に両手をついた穂乃果の頭上から声が響く。
物静かな、それでいて好奇心という熱を隠し切れない声色。
声をかけられるまで気配を感じられなかった事に疑問はない。
それだけ穂乃果は混乱していたし、声をかけてきた男は平静そのものだった。
その声を聞いて、穂乃果は一人の男を思い出す。
殺し合いという場において、本来あって当然の警戒、動揺、戦慄、戸惑い……そういった気負いの一切ない口調。
友人の声を真似ていたこともあって、その異質さは穂乃果の耳にこびり付いて記憶されていた。
後藤……そう名乗った怪物。エンヴィー、キンブリーといった殺人鬼とも異なる雰囲気の男。
顔を上げて見える、生死とは別の物を見ているような冷たい眼差しも共通している。

「手を貸そう」

「あ、あの……」

返事を待たずに、男は穂乃果の利き手を掴んで引き起こす。
横たわる黒子に歩み寄り、楽な姿勢を取らせて脈拍を測る。
気を失っているだけだね、と呟いて周囲に散乱した穂乃果たちの荷物を拾う男。
慌てて穂乃果も、自分の荷物を拾い集める。横目でその様子を眺めながら、男は名を名乗った。

「僕の名前は槙島聖護。君たちの名前も、教えてくれるかな」

「マキシマ……」

穂乃果はその名を知っている。
先ほど出会った狡噛が言及していた、凶悪な犯罪者……彼は"潜在犯"と呼んでいたが。
狡噛は極力感情を抑えてその危険性を説明していたが、隠し切れない槙島への害意は穂乃果にも察することができた。
一見したところ、とても危険人物には見えない柔らかい物腰だ。だが印象的には事前の情報もあって、危険な雰囲気が漂っている。
セリュー・ユビキタスの豹変ぶりを間近で見ている彼女としては、内心穏やかではなかった。
しかし、先ほどのキング・ブラッドレイへの黒子の対応を見ていたのが幸いし、穂乃果はその動揺を押し殺すよう努めていた。
これ以上、自分をこれまで護ってきてくれた黒子に迷惑をかけるわけにはいかない、その一心で笑顔を見せる。

「槙島さん、ですね。私、スクールアイドル高坂穂乃果です! この子は、お友達の白井黒子さん」

「元気がいいね」

槙島は笑顔を見せない。穂乃果から視線を外して、黒子をじっと見つめていた。
スクールアイドルの笑顔を目の前にしても、槙島は何の感慨もないようにただ佇んでいる。
観察されている、と穂乃果は直感する。何の為に、かまでは分からないが……。

「アイドルとはね。考えてみれば、そういった人種と会話する機会は滅多にない。色々と話をしてみたいけど、今はもっと大事な事があるからね」

「大事なこと……ですか?」

「僕たちが置かれている状況の整理だよ。情報交換、と言い替えてもいい。君も僕も、この殺し合いで今この瞬間まで生き残っている。互いに有益な情報を持っているかもしれない」

淡々と語る槙島。ひとまず荒事を起こす気はなさそうだ、と判断した穂乃果は黒子の手を握りながら応じた。





穂乃果の話を聞き終えた槙島は、新たに得た大量の情報を吟味するように目を閉じた。

「……成る程、君は僕より随分濃密な時間を過ごしてきたんだね。羨ましいな」

「羨ましいって……」

思わず非難の声を上げそうになるが、すんでのところで踏みとどまる穂乃果。
狡噛から聞かされていた、槙島の他人を煽動して犯罪に走らせる性質を思い出し、相手のペースに乗せられるのは不味いと感じたのだ。
しかし、槙島の言葉は疲れた脳に真水のように染み込んでくる。

「人間は万物の尺度である。あるものについてはあることの、あらぬものについてはあらぬことの。……多くの人に会うという事は、それだけ多くの視点や生き方があると知るチャンスでもある。
 特に今は……こんな異常な状況だ、君が出会ってきた人間は君がここに来るまでの人生で出会った人たちとはまるで違う生き物に見えたんじゃないかな?」

「……」

「彼らをただ受け入れるでもなく、認めず切り捨てるでもなく、自分の成長の為の糧とする。そうすれば、君が今感じている不安も少しは紛れるかもね」

「でも、そんなに簡単に……」

考え方を変えれば、見え方も変わる。状況にがんじがらめにされたまま彷徨うだけではいけないのは穂乃果にも分かる。
もっと賢く立ち回ることができればどんなにいいか……しかし、簡単に気持ちを切り替えられれば苦労しない。
幼馴染二人を失った心の穴は決して埋めることはできないだろう。

「君の事を羨ましい、と思えるのはそこだ。友人の代替品を見つけようとはしない。きっとその友人たちも君に同じ思いを抱いているだろう。
 仮に友人を殺されそうになれば、君だって南ことりのようにその敵を殺すことを厭わないだろう?」

「……ことりちゃん」

「彼女が道徳を踏み越えられた事こそが、君たちの魂の輝きの強さと……繋がりを示している。システムに飼い慣らされた者たちが語るそれとは違う、輝かしい友情。羨ましいよ。
 生者の過ちは正さねばならないが、死者の過ちは逸話となる。君が真に故人を想うのなら、悲しみ涙を流すのではなく、彼女らの足跡をしっかりと見た上で自分の道を選ばなければならない」


本心とも皮肉ともつかぬ言葉だったが、穂乃果にとっては奇妙に心がやすらぐ言葉でもあった。
狡噛は「過ちを犯したがやり直せたはず」と語り、槙島は「友達の為に人を殺すのは間違っていない」と賞賛する。
穂乃果とて、ことりが本当に人を殺そうとしたとは思えないし、殺そうとしたのならばそれは間違いだと頭ではわかっている。
しかし相次ぐ心労から、ことりを認める人間がいるという事だけでも、穂乃果には救いに思えてしまう。

「でも……二人とも、死んだんです。凛ちゃんだって。皆の事を思うと、前に進むのが怖くなって……」

「君は強くなりたい、といったね。恐怖は足を止めるだけでなく、足を速めることもある。本当に人間の足を止めるのは諦めだ。君はもう、諦めているのかい?」

「……諦め、たく。ない、です。でも、どうすればいいのか」

「必要なのは、君が何を諦めたくないのかをはっきり理解する事だね。目的が定まらなければ、手段だって立てられない」

それを探す助けになるといいけれど、と言って槙島は黒子の体を抱き起こして気付けをする。
訝しむ穂乃果だったが、黒子の目に光が戻ったのを見て正面に駆け寄った。
寝起きの硬直は意外なほど短く、穂乃果の姿を認めて同時に周囲に気を配り、背後から自身に触れていた槙島を空間移動させる。
抵抗なく数m後ろの空間に飛ばされた槙島は慌てることもなく、呟く。

「これは、超能力かな。 その制服と校章、やはり御坂美琴の友人とは君の事か」

「……貴方は? お姉さまを知っていますの?」

「白井さん、この人は槙島聖護さんです」

黒子の背後に位置する槙島に表情が見えないよう、穂乃果は連れ合いの顔の正面で目配せをする。
覚醒から合間なく能力を行使した影響で頭に疼痛を覚えながらも、黒子は自身の能力の精度を推し量る。

(……すぐにテレポートでこの場を離れるには、コンディションが悪すぎますわね)

「体調が悪そうなところを起こしてしまったのは謝るよ。でも、こちらの話は君にも聞いてもらわないとね」

「ブラッドレイさんや、セリュー・ユビキタスの話をしてて……」

穂乃果の言葉から、黒子は穂乃果が槙島との情報交換で生存している仲間や狡噛についての詳細はボカして伝えていると気付く。
危険人物と認識している相手には正しい対応だ、と内心で舌を巻く。気絶する刹那は心配でしかなかったが、その気持ちも少し薄れた。
だがそれよりも、今は美琴の話を聞かなくてはならない。

「実はこの事件に巻き込まれて最初に会ったのが彼女でね、少しだけだが話もしたよ」

「話……ですの? どのような?」

「僕以外の誰かと戦った後で、かなり情緒不安定な様子だったから気になってね。これからどうするのかと問いかけたのさ」

「でも、御坂さんって確か……ブラッドレイさんの話だと」

「上条当麻。最初に命を落とした、あの面白そうな子は、君とも共通の知り合いかな? 白井黒子」

「……知り合い、という程ではありませんわね」


黒子の顔が歪む。今の短い会話で、彼女は自身の最悪の推測が的中したことを完全に確信した。
ルームメイトの黒子から見ても、美琴の上条当麻への感情は他の誰とも重ならない種類の物と認めざるを得ない。
だが、黒子としては納得できない事もある。

「上条当麻を蘇らせる為に、誰であろうと殺してみせる。彼女はその初志を貫徹せんと、僕に襲いかかってきた」

「お姉様がそんな浅はかな選択をするとは思えませんわね。何か、別の要因があったのでは?」

「別の要因なんて、殺し合いをさせられている場所なら空気ひとつで用意できる。でも、彼女が"殺す"と覚悟をしたことは、彼女自身の選択である事は確かだよ。
 御坂美琴は自分の意思で、明確な目的を持ってこのゲームに臨んでいる。友人を殺してでも、彼女にとって上条当麻の生還は果たしたい願いらしい」

「……お姉様といつどこで会われたのか、お聞きしても?」

「ああ。逃げおおせた後に一度姿を見かけたから、その時の事も話すよ」

槙島の答えを聞いたところによれば、キング・ブラッドレイと交戦した前後の時間帯に美琴は数人のグループを襲撃したらしい。
放送で呼ばれた者の何名かは、美琴によって葬られたのかもしれない。
黒子の知るレベル5は一個の軍隊に比肩する戦力を持つ。それが殺戮を目的に行動すればどれだけの被害が出るかは想像したくもない。

「……貴重な情報を頂いたのには感謝しますが。貴方の態度、あまり深刻そうには見えませんわね」

「君と比べられても困る。僕は彼女の選択も尊重したいが、君にとってはなんとしても止めたい事なんだろう? 君と彼女、どちらが我を通せるのか。僕はそれが見たいだけだからね」

「邪魔はしないが協力もしない、ということでよろしくて?」

「どうやら君には御坂美琴以上に……恐らくはずっと以前から、有事に"選択する事を決めていた"覚悟があるようだからね。余計な茶々を入れる必要はなさそうだ」

君にはね、と結びながら槙島は不意に手から何かを宙に浮かせる。
重力に従い槙島の手に落ちるその鉄球に、穂乃果は見覚えがあった。
説明を読んでもまるで理解が出来なかった支給品……フラガラック、という不思議な道具。
穂乃果がそれに気付くと同時に、槙島が鉄球を投げ渡した。

「高坂穂乃果君の物かな、この道具。一緒に落ちていた説明書を読むと、どうやら使用するには特別な力が必要らしい。
 だがこれを使う者に求められるのは、本当は敵対する者の切り札に身を晒す覚悟だと僕は思う」

「あっ……」

「白井黒子君には、きっとその覚悟はあるだろう。年下の女の子が出来る事だと考えれば、君だって…」

「高坂さんに何か唆すつもりですの?」

黒子の眼光が強まる。穂乃果が槙島の口車に乗せられるのを見逃すわけにはいかない。
だが槙島は肩をすくめると、「何も御坂美琴の真似事をしろっていうんじゃあない」と告げ、穂乃果に言葉を次ぐ。
説明書を拾って読む黒子にも正面から否定できない、甘言を告げる。


「白井君には、彼女自身が、彼女がやらなければならないと思っている事がある。高坂君はいつまでも守られる立場でいるのは嫌だと思っている。
 いつかは白井君が高坂君だけを気にするわけにはいかない時も来るだろう。高坂君にだって南ことりや園田海未がそうしたように、守らなければならない物の為に戦う道を選ぶ―――」

権利がある、と言う槙島は、初めて笑顔を浮かべていた。シニカルでいながら、根底では他者への強い興味が窺える笑み。
黒子は目の前の男が、悪意や欲望よりも優先する何かの為に犯罪行為に及ぶ人間だと推測した。
日々相手にする学園都市の悪漢とは違う、複雑怪奇な背景がある特殊な犯罪者。この男と決着を付けられるのは、その内面を理解できる者だけではないのか……。
とはいえ、穂乃果が軽々に敵に立ち向かう覚悟を決めたところで黒子の助けにはならない。訓練を積んでいない民間人に頼るなど、風紀委員としてありえない行動だ。
彼女の身にも危険が及ぶのは明白な以上、黙っているわけにもいかなかった。

「高坂さん、その道具は槙島さんのおっしゃる通り、異能を持つ人間にしか使えない、と説明書にはありますわ。わたくしに……」

「っ……でも、レベルアッパーっていうのを使えば、私にだって……槙島さん、そうですよね!?」

「あの音楽プレイヤーの事だね。理屈の上では、君が考えている通り作用するだろう」

「じゃあ……」

「だが、それはやめたほうがいい。君にとって決していい結果は生まれないだろう」

穂乃果にも、黒子にも予想外の言葉だった。
槙島は黒子を見ながら、一転つまらなそうに語る。

「御坂君や白井君の能力は、聞いたところによればパーソナル・リアリティ……個々人が見ているミクロな世界のズレを、表層のマクロな世界に反映させて発現させている。
 そしてレベルアッパーとは、その自分だけの現実を認知しきれていない微弱な能力者たちの脳を繋げてネットワークを作り、掻き集めた大きな力を行使するという物、だろ?」

「訂正が必要なほど、間違ってはいませんが……」

「他者の現実は、自己が見る悪夢だ。現実と悪夢が交わって出来上がる力がどれだけ都合のいいものであっても、それは人間の輝きを薄めるものだ。個を蔑ろにしてはならない」

「えっと……」

「こっちの方が"無理がない"、ってことだよ」

槙島が自分のディパックから一丁の拳銃を取り出す。躊躇なく差し出されたその銃口は槙島の手に包まれている。
穂乃果は殆ど反射的にその銃把を握った。冷たい感触が、手から腕に、腕から全身に広がる。
彼女がこの空間に来てから見てきた他人を殺す為の力は、ゲームに出てきそうな大剣、自在に爆発や炎を操る秘術、肉体を変貌させる生態……現実離れしたものばかり。
一本の拳銃はきっと、穂乃果の世界のどこかにも普通に存在した武器だろう。簡単に扱えるとは思えないが、これは人間が人間を殺すのに必要な過程を省くために創造した叡智の結晶。
非力な穂乃果にも、使い方は教われば分かる……ただの道具に過ぎない。槙島は簡単に扱い方を説明すると、それを譲渡する旨を伝えた。


「貴方……それで高坂さんに何をさせるつもりですの?」

「覚悟の助勢のつもりで、何かをしてほしいって訳じゃない。高坂君がこれで何を撃つのか、何を撃たないのかは彼女が決めることだ。
 彼女の幼馴染の一人は、殺されて首を晒された。それを見て高坂君が逃げたのも無理はないが、もし逃げずにその事態に立ち向かっていたなら、既に覚悟は終わっていただろう」

「逃げな、ければ」

「キング・ブラッドレイという男の話によれば、もう一人の幼馴染……園田海未君は音ノ木坂学園に向かったというじゃないか。僕の知る限りでも、複数の人物があそこを目指していた」

槙島が出会った人間の名を並べる。泉新一雪ノ下雪乃、アカメ、サリア、アンジュ、田村玲子、そして―――西木野真姫
思わず、穂乃果が動揺を顔に出す。いけないとわかっていても止められない。小泉花陽と同じく、放送で名を呼ばれていないμ'sのメンバーだ。
今最も知りたい者の名を出された穂乃果の心中を知ってか知らずか、槙島は雪乃とアカメを除く全員が学院に足を運んでいた、と証言する。

「僕は、あの学舎の方で激しい光と音が激突するのを見た。彼ら彼女らが流血を伴う交流をした事は、まず間違いないと思うよ」

「じゃあ……海未ちゃんは、そこで?」

「行ってみれば、何かが分かるかもしれない。もしそこで君の幼馴染が死んでいたのなら……その姿を見て、君は今度こそ道を選ばなければならない。
 親友を殺した者へ復讐を誓うのか。親友の想いを想像し、自分の中の彼女たちに殉じるのか。どの道を選ぶのも君の自由だ。だが、選ばずに逃げる事だけはしてはならない。
 そうして魂の輝きを見せた友人たちを悼むのなら、君は強くなる事が出来るだろう。僕は君の輝きを見たい。本当にそれだけなんだよ」

「……音ノ木坂学院に行くことに、異存はありませんが。貴方はこれからどちらに行かれますの?」

穂乃果は掌の中にある銃を見つめながら、「音ノ木坂学院に向かわねばならない」という情動をより強く感じていた。
真姫がそこにいたという確証を得たという事もあるが、何より海未がそこで何に巻き込まれたのか。本当に死んだのか、どうやって死んだのか。
それを知らなくては、前には進めないという思いに支配されていた。
黒子も穂乃果が明確な目的を持った事実は尊重したい、と思っていた。たとえ槙島の嗜好がもたらした傾向といえど、即座に否定するべきではない、と。
穂乃果は最初の印象よりずっと強い人間だと、黒子は感じてもいた。厳しいようだが、生き残る為には彼女自身にも友人を失った悲しみを乗り越えてもらう必要はある。
そうして一緒に行動し、彼女が間違った道を選んだのならば正す。美琴が道を踏み外したのを止められなかった自分だからこそ、手の届く範囲で繰り返される過ちを見過ごしてはならない。
美琴の居場所が掴めない以上、穂乃果の親友を保護できる可能性もある場所に向かうのは当然でもある。

「図書館に寄るかどうか……まあ、島の北西側に行こうとは思う。行っていない所はたくさんあるからね」

「……そうですの」

狡噛の事を伝えるべきか、と黒子は迷う。
彼は槙島を相当に敵視していた。一方の槙島は明瞭に明かしていない、黒子たちが出会った友好的な人物の中に狡噛がいないのか、とは聞いてこなかった。
情報交換と言っておきながら、細部を聞き出さないのは、宝箱でも開ける趣きなのだろうか。
北西に向かうというなら、イェーガーズ本部を通る可能性もある。ならばウェイブ達の為にも、余計な負担を増やす意味はない。
上手くいけば、セリューとかち合って足止めをしてくれるかもしれない。黒子は狡噛の事を明かしてイェーガーズ本部へ槙島の興味を引かせる道を選ばなかった。


「私たちはこれで。高坂さん、行きますわよ」

「あっ……はい。あの、槙島さん。セリュー・ユビキタスには……」

「注意するよ。同じくらい、話もしてみたいけどね。……財あれば恐れ多く、貧しければうらみ切なり。人を頼めば、身他の有なり―――」

穂乃果の手を引き、あくまで警戒を怠らずに槙島の元を去ろうとする黒子の耳に、槙島の声が届く。
顔だけを向ければ、独り言のように世の無常を謳いながら、こちらと逆方向に歩いていく男の背中が見えた。
武器を手放しておきながら何の恐怖もないように一人立ち去っていく槙島聖護。
有益な情報を提供し、指針を決める助けになった相手だが、黒子は彼に憎憎しげな視線を向けて呟いた。

「―――人を育めば、心恩愛につかはる。世に従へば、身、苦し……」

「白井さん?」

「何でもありませんの……」

「あの人、思ったより悪い人じゃなさそうだったけど……ウェイブさん達の事、教えなくてよかったのかな」

「いえ。あの槙島聖護という男はこちらを殺すつもりでいましたの。恐らくは、私たちが彼が決めた何らかのルールに沿わなければ」

黒子の断定するような口調に穂乃果が目を見開き、黒子の掌にじっとりと浮かぶ、精神性の発汗を認めた。
穂乃果には気付かない何かが、あの会話の中で展開されていた。
その流れを掴んでいた黒子は、最悪の事態への対応策を練ると同時に、美琴の選択の主因が槙島にあると看破していた。

(他人を煽動する目的が営利でなく、好奇心と興味であっても、槙島という男は相手の破滅を笑って見送る人間に間違いはなさそうですの。本質がどうあれ、あの男は社会にとって……)

決して相容れぬ人間に、自分の最も大切な人間が惑わされて取り返しのつかない道を歩もうとしている。
黒子とて風紀委員であるまえに一人の人間だ。本当ならば体のコンディションなど考慮せず、槙島を打ちのめしてやりたいと思うくらいの怒りは胸に抱えている。
だが、今の自分の隣には穂乃果というこれから自分が歩く道を決めようとしている少女がいる。その一点だけが、黒子の理性を保たせていた。

(お姉様……)

黒子が陽の上がった空を見て思うのはただ一つ。
美琴が本当に、取り返しのつかないところまで進んでしまっていた時に。
どのような言葉をかけ―――否、言葉をかけることが出来るのかという、自問だった。






【F-5 道路/1日目/午前】

【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:疲労(中)、決意
[装備]:練習着、トカレフTT-33(6/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3
[道具]:基本支給品、鏡@現実、デイパック×1、指輪@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考・行動]
基本方針:強くなる
1:黒子と共に音ノ木坂学院へ向かう
2:花陽ちゃん、マスタングさん、ウェイブさんが気がかり
3:セリュー・ユビキタスに対して―――――
[備考]
※参戦時期は少なくともμ'sが9人揃ってからです。
※ウェイブの知り合いを把握しました。
※セリュー・ユビキタスに対して強い拒絶感を持っています


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(大)、焦燥、怒り
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品、幻想御手入りの音楽プレーヤー@とある科学の超電磁砲、逆行剣フラガラック@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
[思考・行動]
基本方針:お姉様や初春などの友人を探す。
0:お姉さまを…
1:穂乃果と共に音ノ木坂学院へ向かう
2:初春と合流したらレベルアッパーの解析を頼みたい。
[備考]
※参戦時期は不明。
※御坂美琴が殺し合いに乗っているということを確信しました。
※槙島が出会った人物を全て把握しました。



「あの猟犬……余程僕に怨みがあると見えるな……」

黒子たちと別れて数分、槙島は苦笑しながら朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
しばらく市街地を歩き回っていたが誰にも会わず、いよいよ移動しようとした矢先にいい情報を得られた、と喜びながら。
穂乃果に最初に名乗ったときから、彼女が自分の事前知識を得ていたのはわかっていた。
会話を進めるうちに、自分がここで出会った人間からの情報だけ、にしては尋常でない警戒心を隠している事に気付く。
それだけ悪意を持って槙島の事を他人に伝えそうな人物として彼が思いつくのは狡噛と美琴のみ(サリアについては興味が薄く、忘れている)、黒子の様子から見て美琴と接触していないのは明らか。
ならばやはり狡噛は、このバトル・ロワイアルでも自分を追い詰める為に行動をしていると見ていいと槙島は考えた。そして、歓喜した。

「あちこちに見るべき輝きがあると言っても、観察はあくまで一人遊びだ。子供のころから一人遊びは苦手で、二項対立を欲しがった。ここには狡噛慎也だけじゃなく、槙島聖護もいる」

自分が積極的に関わり過ぎれば、自分の見たい輝きはくすんでしまう。興味と失望は紙一重の綱渡りだ。
そのジレンマを気にすることなくぶつかり合える、自分に似た存在。相対する概念。
銃の対価として無断で拝借した、アルコールそのものと言える蒸留酒が詰まった瓶を取り出して眺める。
95~96%という高純度のこのウォッカの製造過程と同じように、槙島は自身を蒸留させるかのように犯罪を犯し、犯させ、危険な橋を渡り続けて自分を試してきた。
その終点がこのバトル・ロワイアルだというのなら甘んじて受けようと、槙島は笑う。


槙島の見る自分だけの現実は、無数の輝きと、自分の対極の一項だけが在る、これ以上なくクリアな色相の世界だった。


【E-5 道路/一日目/午前】

【槙島聖護@PSYCHO PASS-サイコパス-】
[状態]:健康、上機嫌
[装備]:サリアのナイフ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品一式、トカレフTT-33の予備マガジン×1 スピリタス@ PSYCHO PASS-サイコパス-
[思考]
基本:人の魂の輝きを観察する。
1:狡噛に興味。
2:面白そうな観察対象を探す。
[備考]
※参戦時期は狡噛を知った後。
※新一が混ざっていることに気付いています。
※田村がパラサイトであることに気付いています。
※穂乃果、黒子が出会った危険人物の詳細と、友好人物の情報を断片的に得ました。


時系列順で読む
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096:Future Style 高坂穂乃果 120:さまよう刃
白井黒子
066:敵意の大地に種を蒔く 槙島聖護 137:自由の刑
最終更新:2015年11月24日 04:08