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自由の刑 ◆dKv6nbYMB.
穂乃果と黒子らとの遭遇から早数時間。あれから誰とも遭遇していない。
(やはり図書館へ向かっておくべきだったかな)
槙島は始め、図書館へ向かおうと思っていた。
元来から本が好きなこともあっての選択だったが、北部から立ち昇っていた煙を発見すると、やはり興味はそちらへ移ってしまう。
煙が上がっているということは、何者かの戦闘があった可能性が高い。
ならば、向かわない理由はない。
それに、元々北部を見て回ろうと思っていたのだ。当初の予定を早めるのも悪くない。
槙島はそんな安直な考えに従い足を進めた。
煙が立ち昇っていたと思われる施設は、能力研究所。
異能自体にはさほど興味はないが、入り口付近に煩雑する足跡を見れば、多くの参加者の出入りがあったことが察せる。
ならば入らない理由はない。槙島聖護は、参加者との出会いを求めて足を踏み入れた。
だが一足遅かったのか、誰かが争っていた痕跡こそあったものの、生者の誰とも会うことはなかった。
研究所施設を散策すること数分、彼が最初に見つけたのは人の残骸。
白いスーツの切れ端のようなものと、腕と思われる肩口と肘から先のなくなった部分から判断して、この腕の持ち主は腕を千切られたのだろうと判断する。
そして、血だまりの中に沈む数本の髪の毛を見れば、最早疑いようもない。この腕の持ち主はここで『全身を食い殺された』のだろう。
人食いの獣でもいたのか、はたまた人間を食らうことが目的で殺したのか。
前者なら大した興味は湧かないが、後者であれば興味はある。
人食い―――俗にいうカニバリズムは、現代社会においては、殺人・近親相姦と並んで最大の禁忌とされている。
そんな世間一般の刷り込みをされていれば、殺し合いという最中でもわざわざ食人をしたいと思う者はいないだろう。槙島自身、人を食したいと思ったことはない。
―――だが、なぜそれらは禁忌とされている?
殺人も食人も近親相姦も。なぜそれらが最大のタブーとされているかを正しく説明できる者はいない。
尤もらしい説明を付けたところで、それらは結局語り部の主観や捏造が入り混じり、人類共通の正答には成り得ない。
にも関わらず、だ。
これら三大禁忌を冒した者を、冒した当人ですら、これらを裁く行為自体に反発する者はいない。
抗議をする者がいたとしても、それは裁きから身内を/自分を外してほしいという懇願であり、裁き自体に疑問を浮かべる者はいない。
なぜか。裁きは大衆の正義によって執行されるものだからだ。
『正義とはすでに成立しているものである。したがって、われわれのすべての既成の法律は、それがすでに成立しているという理由で、検討されずに、必然的に見なされるだろう』
パスカルの『パンセ』からの引用だが、端的に言えば、社会における正義とは力によって定められたものであり、個人の意思によるものではないということだ。
だが、そんな正義も機能せず、法律も道徳も宗教も干渉しないこの殺し合いで、自分がいつ死んでもおかしくないこの状況でそれでも食人を行ったなら。それは紛れも無く自らの意志に基づく行為だ。
槙島聖護の望む人間の在り方の一つだ。首輪を回収する程度には冷静さを保っていたならばなおさらだ。
(尤も、人食いの獣が殺してから誰かが首輪を持ち去った可能性もあるけどね)
警察染みた現場の考察ならいくらでもできるが、それ以上の収穫はなさそうだ。
槙島は人間の残骸を後にして、上階へと足を進める。
次いで発見したのは、二人分の死体。
一人は、上半身のみで、かつミイラのように干からびた女性らしきもの。
もう一人は、左足が切断された少女の死体。
共通点は、両者とも首を切断されていること、そして両者とも床に転がる頭部に苦痛の表情がなかったことだ。
共に人体が欠損しているのに対して、ここまでやすらかにすら見えるのは奇妙なことであった。
(薬品でも使ったのかな?それとも、異能による洗脳かな)
この殺し合いにおいて、僅かな油断が己の命の終焉を招く。
しかし、食われた死体といい、ここに放置されている二つの人体が欠損した死体といい、時間を浪費してまで行うには非合理的である。
おそらくこれを行ったものは、やりたいからやった。まさに人としての行いだろう。
(できればここにいた参加者と会ってみたかったが、どこへ向かったのやら)
ここに誰がいて、どこへ向かったのか。その痕跡が何もないとなると、闇雲に出歩いても見つけることは敵わないだろう。
それに、自分と同じく遅れてここを訪れる参加者もいるかもしれない。
なら、たまには立ち止まって周りを見渡すのもいいかもしれない。
早急に目的を定めず、これまでのことを振り返る意味も込めて、槙島聖護は側の階段に腰をかけた。
この会場には、72名もの参加者が集められた。それだけ人の魂の輝きを見る機会に恵まれているため、槙島はあえて深くは干渉しなかった。
始めに出会ったのは、電撃を操る少女、
御坂美琴。
彼女は最初こそは戸惑っていたものの、結果として、他の全てを葬って上条当麻を生き返らせる選択をした。
次に出会ったのは、
泉新一。
人間ではない生物と見事に共生していた人間だ。支配ではなく、文字通り共に生きる間柄。自分には縁のない生き方だが、少し羨ましくも思う。
あの学園では他にも女性と出会い、田村という新一に似た存在にも興味はあったが、あまり言葉を交わす暇が無かったため少々印象が薄いのは仕方ない。
果たして、彼女たちは何を望み、何のために生を望むのか...聞いておくべきだったかな、と思い苦笑を漏らす。
最後に出会ったのは、
高坂穂乃果と
白井黒子。
二人共、いい『人』だった。高坂穂乃果は、殺された友人の代用品を見つけようとせず、その痛みを別の何かで埋めようとしていない。その痛みと向き合おうとしている。
白井黒子は、想い人が暴走してもそれに身を委ねるのではなく、敵対してでも止めようという決意を兼ねてより固めていたように見えた。
両者とも...特に黒子は、シュビラシステムがあったとしても、その決意を揺らがせることはなかっただろう。
自分が関わった彼らは、今もなおその輝きを貫いているだろうか。
期待を裏切り醜態を晒してしまったのか。
それとも、志半ばに倒れてしまったか。
その答えあるいは途中経過は、もうすぐ流れる放送で知ることが出来る。
『さて、私の声が聞こえた時点で察していると思うが放送の時間だ』
研究所内に、広川の声が流れる。
槙島は目を瞑り、与えられる情報について思いを馳せた。
死亡者は12名。
呼ばれた中に興味の惹かれる名は無かったが、一回目の放送と合わせて28名。
72名いた参加者も44名にまで減っている。
その内興味のある者は5名。即ち、自分が接触していない参加者は39名もいる。
次の放送では興味のある名が呼ばれるかもしれないし、自分がそこに連ねられる可能性もある。
自分が殺されるだけならまだいいが、幾多の魂の輝きを見ることなくゲームが終わるのだけは勘弁したい。
目蓋を開け、もはや用済みとなった能力研究所をあとにする。
槙島聖後は考える。
着目すべきは三つ。
ひとつは、アインクラッド。
放送で新たに提示された首輪交換制度。そこで提示されたのが、アインクラッド、武器庫、古代の闘技場の三つ。
一番近い場所はアインクラッドだ。
槙島自身はそこで手に入る武器や情報に興味はないが、他の参加者は違う。
目的が脱出であれ優勝であれ、道を切り開くための力を、情報を求めて一度は訪れるはずだ。
首輪は持っていなくとも、そこで待ち伏せて出会いを待つのも悪くないかもしれない。
ひとつは、このエリアより西部。
研究所を出たところで辺りを見回すと、北西の方角に巨大な氷柱が見えた。
その氷柱が宙に舞いあがり振り回されているのを見れば、誰かが戦っているのは一目瞭然だ。
(あそこは、地図からすると『北方司令部』かな?なら、あそこに向かうのは得策ではないな)
あれだけの氷が突きあがれば、間違いなく建物など吹き飛んでいる。
ならば、そんな崩壊した建物に留まる理由もない。
もし目指すとしたら、近くの施設である病院かコンサートホールあたりだろう。
ひとつは、潜在犯隔離施設。
槙島の知る施設のひとつだが、それ自体には大して興味がない。
だが、この会場には
狡噛慎也がいて、未だに生きている。
確信を持って言えることだが、彼はこの環境の中でも槙島聖護を殺すことを目的としている。
そして、狡噛慎也が知る施設を槙島聖護が訪れる可能性を考慮しているはずだ。
なら、敢えて彼を待ってみるのも悪くないかもしれない。
もちろん、易々と殺されるつもりは毛頭ないが。
「いや、あえて来た道を戻るのもいいかもしれない」
槙島が興味を持った参加者の多くはここより南の範囲で遭遇した。
なるべく干渉を減らしたいところだが、あまりに離れすぎても経過をみることができない。
(結果だけをただ見せつけられても面白くない。やはり、僕は過程も大切にしたい)
槙島聖護はいままで多くの人間の観察をしてきた。
その中には、当然期待を裏切った者もいた。むしろ、期待通りの結果になる方が珍しい。
しかし、その事実に落胆はしても、嫌悪は抱かない。
全てが望み通りの結果ばかりの観察など、つまらないにもほどがある。
それでは自らが嫌悪したシュビラシステムと同じだ。
自分が見つけた卵がどのように孵り、成長していくか。時には期待を裏切られるからこそ、観察の意義がある。
向かいたい場所は多く、会いたい参加者もまた多い。
しかし、選べるのは何れか一択だけ。
何れか一つをとれば他の選択肢は遠のき、永遠に選ぶことはできなくなる。
「『自由とは、自由であるべく不自由になることである』、か」
『人間は自由の刑に処せられていると表現したい。
刑に処せられているというのは、人間は自分自身をつくったのではないからであり、しかも一面において自由であるのは、
ひとたび世界のなかに投げ出されたからには、人間は自分のなすこと一切について責任があるからである』
さて、そんな『自由の刑罰』に処せられた槙島聖護はどこへ向かう?
【F-2/能力研究所・入口/一日目/日中】
※能力研究所内に、
前川みくの死体(首切断)、
食蜂操祈(ミイラ体、首切断)、ノーベンバー11の残骸が放置されています。
【槙島聖護@PSYCHO PASS-サイコパス-】
[状態]:健康、人に会えなくてちょっぴり不機嫌
[装備]:
サリアのナイフ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品一式、トカレフTT-33の予備マガジン×1 スピリタス@ PSYCHO PASS-サイコパス-
[思考]
基本:人の魂の輝きを観察する。
1:狡噛に興味。
2:面白そうな観察対象を探す。
3:アインクラッドか潜在犯隔離施設か北西部か...来た道を戻るのもいいかもしれない。
[備考]
※参戦時期は狡噛を知った後。
※新一が混ざっていることに気付いています。
※田村がパラサイトであることに気付いています。
※穂乃果、黒子が出会った危険人物の詳細と、友好人物の情報を断片的に得ました。
※D-1での
エスデスと
DIOの戦いで生じた50mほどの氷柱を確認しました。
最終更新:2016年01月13日 23:50