123
無数の罪は、この両手に積もっていく ◆rZaHwmWD7k
◆
彼女は決して彼女自身を許さない。
信頼にも友情にも背を向け、暖かな、本当に暖かな笑顔すら裏切った自身を許しはしない。
故に、彼女が彼女自身に与えるモノは、『死』と『罰』だけなのだ。
◆
声が、消えない。
あの時からずっと。
―――どうしたのかにゃ。何だか、すごくつらそうな顔をしてる気がするにゃ?
―――だけど大丈夫!みくはアイドルだから、美琴ちゃんのことも笑顔にしてあげるからにゃあ!
きっと、
前川みくは痛々しい程に空虚な笑みを作っていた美琴を助けたかったのだろう。
たとえ
食蜂操祈の精神操作を受けていても、彼女は誰かを気遣える、優しい少女だった。
穢れを知らないお姫様の様な輝き確かに持っていた。
その言葉に、その輝きに、
御坂美琴は魅せられた。
だが、そのみくの言葉は今の美琴にとってはエンドレスリピートされる呪詛の様で、
否、呪詛にしてしまったのは美琴自身だ。
だからこそ進まなければならない、最後の時までずっと。血反吐を吐いてでも、みくの呪詛を、
消せない罪を背負って。
でなければ、前川みくの死は無意味なモノになってしまう。
それだけは、今の御坂美琴には許容できなかった。
「―――行かなきゃ、戦うのよ」
見敵必殺の意志を胸に秘め。
同じくこの殺し合いで運命を弄ばれた者達を殺すために。
ふわりと、金属製の街灯に向かって美琴の体が浮き上がる。
磁力を使った、美琴だけの長距離移動法。
そして、闇色の眼をした電撃姫は陽光を背に、飛ぶ。
◆
モハメド・アヴドゥルは燃え盛るコンサートホールの前に臍を噛む思いで立っていた。
嫌な胸騒ぎは既に確信へと変わっている。
舐めるようにコンサートホール全体を覆っている炎を見れば、自分が研究所に向かっている間に何か尋常ではないことが起きたのは疑いようがない。
流石にここまで火の手が回ったコンサートホールに突入するのは危険すぎると判断し、魔術師の赤の炎の探知機を使って、様子を探ってみたが前後左右上下、全ての方向に反応は無かった。
つまり、コンサートホールの中に生存者は居ないのだ。
「折角、ジョースターさんの居場所と
DIOの尻尾を掴んだと言うのに、承太郎達の身に何かあったのではジョースターさんに顔向けが出来ん」
ギリギリまで接近しても炎の探知機の範囲は直径にして三十メートル程だ、コンサートホール全域を捕捉できる物ではない。
歯がゆさを感じながら炎が治まるまでコンサートホール内の捜索を諦め、その周辺の捜索に切り替える。
承太郎達が無事ならば、まだ近くにいるかもしれない。
(無事でいてくれ、承太郎、花京院、まどか、足立……!)
恐らく
空条承太郎をどうこうできる参加者は少ない…少ないと信じたい。
だが、この場所では何でも起きる。
万が一、億が一の可能性がアヴドゥルの脳裏を駆け巡り、焦燥を加速させる。
そしてそれはアヴドゥルの視野を確実に狭めていた。
それだけでは無い。
(何だ…この悪寒は、まさか本当に承太郎や花京院の身に何かが?)
警鐘をけたたましい程に鳴らすアヴドゥルの第六感。
何か最悪な事が―――、
「あーあーよく燃えてるねぇ。こりゃハズレかな」
背後で苛立ちを隠そうともしない声が響いた。
思わず振り返ってみると、声色通り剣呑な雰囲気を纏った赤髪の少女が立っている。
「なぁ、おっさん。この辺で電撃ぶっ放すあたしと同じくらいの齢のバカ女見なかったか?」
「…すまんが、見ていない」
ぶっきらぼうに尋ねられ、少々面喰いながらも平静を保ち、返答する。
だが、その返答を聴くや否や少女は舌打ち一つを残して踵を返そうとするではないか。
少女の醸し出す触れる物全てを傷つけるナイフの様な雰囲気のお陰でそのまま見送ってしまいそうになったが、少女の容姿が
鹿目まどかから聞かされていた佐倉杏子のイメージとアヴドゥルの脳内で合致したため、慌てて呼び止める。
「……何だよ、おっさん。誰からあたしの名前を聞いた?」
ただ呼び止めただけではそのまま立ち去ってしまいそうだったため、名前を出したが、どうやら失策だったらしい。
少女、杏子は警戒を露わにしてまどかの様な槍を持った魔法少女の姿へと変わる。
(どうやら、偽物の心配は無い様だな……)
ヒースクリフの説明を受け、この会場に他者の姿を騙るスタンド使いがいる可能性は低い事は解っていたが、どうしても
不安の種として摘めないモノがあったので、杏子が魔法少女へと変わるのを見て僅かに安堵する。
だが、如何せん遭遇のタイミングが最悪だった。
時間がれば警戒を何とか解いて杏子と情報交換を行いたい所だったが、こうしている間にも仲間は負傷して助けを求めているかもしれない。
一刻を争う状況で、見るからに足並みが揃わなさそうな少女を連れて歩く決断は憚られた。
「私に敵意は無いから落ち着いてくれ、私の名はアヴドゥル。君の名前は鹿目まどかから聞いている。そして私はそのまどかと、仲間を探している。見なかっただろうか?」
「……いや、見てねぇな」
「そうか、ならば私はまどかと仲間を見つけたら、異能力研究所に戻ろうと思う、
まどかが会いたがっていたから君も気を静めたら足を運んでほしい」
それだけ伝えて今度はアブドゥルが踵を返そうとする、が、
アヴドゥルと言う名を聞いてから杏子の様子が明らかに変わった。
「へぇ…アンタがアヴドゥルか…そっかそっか、ラッキーだったよ」
「何?」
急に上機嫌に成ったかのようにクツクツと顔を伏せて笑う杏子。
アヴドゥルはその様子を不気味に思い、一歩後ずさる。
それと同時に、杏子が猛烈な勢いで彼に迫った。
「ぐおおおッ!」
鮮血が走る。
杏子が薙ぎ払った槍の穂先は、2秒程前までのアヴドゥルの丁度左胸の位置にあった。
たった一歩の後退が、アブドゥルの命を救ったのだ。
だが、この幸運は何時までも続きはしない。
仕留め損ねたとみると杏子は身を反転させ強烈な蹴りを叩き込む。
その蹴りはアブドゥルの左腕に吸い込まれ、痺れを伴う痛みが走り、握りしめていたグリーフシードが宙を舞った。
杏子は猫の様な俊敏さで後退し、そのままグリーフシードを手中に収める。
「へぇー、あんたグリーフシードまで持ってたのか、後生大事に握りしめてたの見ると
一個だけみたいだけど、ホントツイてたよ…いや、あんたにはツイてないかな?」
杏子の脳裏に蘇るはDIOの言葉。
―――空条承太郎と
ジョセフ・ジョースター。この二人は私の元へ誘導してくれればそれでいいが…ええと、何だっけ、そう、アヴドゥルと言う男は出来る事なら排除しておいてくれて構わない。
「オッサンに恨みは無いけど、さっきの憂さ晴らしも兼ねて、その心臓あの人のために貰い受けるよっ!」
先程の交錯と、その言葉でモハメド・アヴドゥルは全てを理解した。
佐倉杏子の額には、肉の芽がある。
(なんと言う事だ…偽物の疑いが無い分かったと思ったら、既にDIOの魔手が及んでいたとはな…)
交渉の余地は無い、あったとしても、戦って勝ち取るしかない。
心中で、DIOに対する怒りを募らせながら無言のまま杏子を見据えた。
全てを悟ったその顔に動揺は微塵も浮かんではいない、戦士の顔だった。
彼の怒りに呼応するように、幽波紋――魔術師の赤が顕現する。
「悪いが急いでいる上に、それはまどかの物だ。返して貰うぞ」
まどかの名前に杏子の体がピクリ、と震える。
肉の芽を埋め込まれて尚その名には思うところがあるのかもしれない。
だがそれも一瞬の事、すぐさま獰猛な笑みを浮かべ、返答する。
「―――上等だよ、奪い返してみせな」
その言葉から一秒後、両者は地を蹴った。
◆
魔術師の赤が嘴を限界まで開き、焔を撒き散らす。
その威力はさながら火炎放射器の如く。
しかし、杏子は焦る様子もなく跳躍、焔の射線の上へと舞い上がる。
そして槍を投擲、狙うは本体であるアブドゥル。
「遅いッ!どこぞのフランス人と比べれば百年遅いぞッ!」
だが、スタープラチナ程ではないとは言え、魔術師の赤も優れた格闘能力を有している。
槍を払いのけ、迎撃の炎で杏子を出迎える。
迫りくる火炎を空中で身を翻し、髪の毛の毛先が燃える臭いを確かに感じながら、杏子は新たな槍を形成して躱す。
(パワーやスピードは承太郎やDIO様のスタンドには一歩劣るが、火力が桁違いだな、本体のおつむも悪くねぇ…でも)
二度の戦闘を経て、杏子はスタンド使いの性質を掴みつつあった。
いかな強力な人形だとしても、本体は生身の人間だ、後藤の様に強力な防御力を有している訳でも無いし、御坂美琴の様に電子に愛された申し子と言う訳は無い。
(あのブ男に直接ブチこめりゃ勝ちなんだけど…やっぱり炎が厄介だな)
人間を超越した魔法少女とも言ってもあの高温の火炎をまともに受ければただでは済まない。
DIO様の命令は遂行したい所だが死ぬのは御免だ。
となれば次の一手は、
「大したもんだよ。ホント、アンタもあの人に『支配』されてりゃ、死なずにすんだのにねぇ。広川も最後はDIO様に殺されるんだろうし」
バックステップで距離を取りながら、アブドゥルを嘲笑う様に挑発する杏子。
しかし、アブドゥルは動じる様子もなくきっぱりと宣言する。
「そんな事にはならない。私達は、“ヒト”は生き残る。承太郎やジョースターさんがいる限り、あの男や広川の思うとおりになりはしない」
「御託は良いよ、戦って死ねば誰も彼も結局は黙るから。
…ここからは出し惜しみ無しだ、覚悟しな」
そう言って取り出すは一振りの剣。
彼女がまだ“彼女”であった頃に一人の契約者から遺された、帝具グランシャリオ。
それがどんな効果を持つかアヴドゥルは知らなかった。
しかし、歴戦のスタンド使いの直感が――あれはヤバいと警鐘を鳴らす。
「レッドバインドッ!」
攻撃と拘束を兼ねたレッド・バインドが杏子へと迫る。
だが、僅かに遅い。
「グランシャリオオォォオォッ!!」
アブドゥルを殺害するために。絶叫と共に杏子の姿が変わる。
杏子とグランシャリオの相性は本来の使用者である
ウェイブ程ではないが、ノーベンバ―11より遥かに高かった。
そして、近接戦を得意とするベテラン魔法少女としての佐倉杏子の身体能力はウェイブを凌駕している。
使用すればソウルジェムの濁りが加速するのは避けられない為、切り札として温存しておいたが、未使用のグリーフシードがあるのならば多少の無茶は効く。
力が全身から湧き上がってくるのを感じながら、漆黒の鎧が全身を覆っていく。
ただの人間を魔法少女と拮抗するまでに強化する鎧を纏った魔法少女。
(ヤバい!こいつは掛け値なしにヤバいぞ!!)
その脅威を過不足無く的確に感じ取ったからこそ、アヴドゥルは先手を取った。
魔術師の赤はいまだ発動中のレッド・バインドを鞭の様に振るい、杏子へと撃ちかかる。
「ハッ!!」
だが、空気を裂く気合の一閃と共に、あっけなくレッド・バインドは切り裂かれた。
「馬鹿な!?」
「貰いっ!」
そのまま杏子は一瞬で魔術師の赤へと距離を詰めると、目にも止まらぬ速さで刺突を繰り返す。
その一つ一つがまさに正確無比。少女の歴戦が感じられた。
(ッ、このままでは不味い……!)
今の彼女はあのジャン・ピエール=ポルナレフのスタンド『シルバーチャリオッツ』に匹敵する戦闘力を有している。
防御力だけ見ればチャリオッツ以上かもしれない。
「もう、このアヴドゥル容赦せんッ!!クロスファイアー・ハリケーン!」
冷静に彼我の戦力を分析し、放つは自身の最大火力の攻撃。
煌めく十字の炎は当たれば強固な鎧を通してもその威力を発揮するだろう。
そう、当たれば。
杏子は迫りくる焔の十字架を見て不敵に笑うと、炎目掛けて一気に突っ込んだ。
(自殺する気か!)
心中で驚愕するアヴドゥル。
数瞬後、その衝撃はさらに強い物となる。
「クロスファイア―ハリケーンを突き破って来ただとッ!!」
否、突き破って来たと言うには少し違う。
杏子が取った行動は地に這う様に限界まで身を伏せ、クロスファイア―ハリケーンと触れる体の面積を最小限にしてトップスピードで躱した、と言う方が近い。
しかし、アヴドゥルにとってはどちらにせよ全身から血の気が一気に引く事態なのは間違いない。
必殺の意を込めて放ったクロスファイア―・ハリケーンが明後日の、コンサートホールの方向へ飛んでゆく。
そして、杏子が遂に魔術師の赤の懐へと飛び込んだ。
「グッ!!」
腕を交差し、防御の姿勢を取る魔術師の赤。
舞い散る鮮血。
アヴドゥルのねらい通り、頭部と上半身の防御は成功したが、その代償として杏子の槍は、足を抉っていた。
「はっ、大当たりだ」
黒の装甲のお陰で顔は見えないが、恐らく勝ち誇った顔をしているであろう杏子は追撃として魔術師の赤に三節根を叩き込む。
そのまま魔術師の赤ごと、炎の燃え盛るコンサートホールに叩き込まれそうになるが何とか踏みとどまった。
そして、訪れた静寂。
魔法と幽波紋が交差する戦場に生まれた凪の時間。
「さーて、これで終わりだけど、何か言い残す事は?」
完全に機動力が削がれたアヴドゥルでは次の自分の一撃を避けられないと察し、彼を煽る杏子。
だが、憂さを晴らそうとする彼女の期待とは裏腹にアヴドゥルは落ち着き払った様子で宣言した。
「それが、予言だとするならば、」
「占い師の私に予言で戦うのは十年…いや、二十年は早いぞ、魔法少女」
その言葉に杏子の顔が失望と怒りに歪む。
期待を裏切られた者が浮かべる表情であることはアヴドゥルにも想像がついた。
苛立ちに身を任せ、腰を深く落とし、ピタリと矛先を魔術師の赤とアヴドゥルに付ける。
「もういいよ、アンタ、期待外れだ」
―――死んじまえ。
突貫。
魔術師の赤に向けて突き進むその勢いは砲弾の如く。
たとえ迎撃の炎を放っても、避けられるか、当たってもその勢いのまま串刺しにされるか。
足を負傷した状態、後方は燃え盛るコンサートホールと言う位置もあり、回避するのも難しい。
初撃は躱せても、追撃は凌ぎ切れないだろう。
どちらを選んでも、“受け”の姿勢では致命にして必死。
(――ならば迎え撃つッ!)
アヴドゥルの選んだ選択は、真っ向勝負。
魔術師の赤が杏子に向かって突進していく。
放つは“審判”のスタンドすら一撃の元に砕いた炎を纏った蹴り。
不利である事は百も承知。
だが、いつだって彼の魔術師の赤は立ち塞がる敵を倒し、道を拓いてきた。
ならば、今回も命を預けよう――数十秒後の勝利を勝ち取るために!
益荒男の咆哮が響く。
「おおおおおぉぉおぉッ!!!!」
黒の砲弾と炎の蹴撃。
両者の激突の瞬間、世界が固唾を飲むように振動した。
◆
「……ってぇ…やってくれたな畜生がっ…!」
ガラガラとコンサートホールの瓦礫を掻き分け掻き分け立ち上がる杏子。
さすがに今の衝撃は堪えた様だが、炎立ち上るコンサートホールに吹き飛ばされて尚、その戦意は衰えていない。
対するアヴドゥルも立ち上がってはいたが、顔は下がり、既にその身は慢心創痍と言った様子だ。
「よく粘ったけど、あんたもここで終わりだな」
非情に宣言し、今度こそ仕留めるために槍を再び構える。スタンド使いと言う種の土壇場の頭の回転力と爆発力を侮ってはならない。
その宣言を受け、アヴドゥルがゆっくりと顔を上げる。
そして、それと同時に、
「ッチ♪ッチ♪」
杏子の体が炎に包まれた。
「がッ……ぁッ!?」
(何、で、あの鳥頭が炎を撃ってくるハズ…)
何が起こったのかが分からない。
明らかに自分を覆う焔の威力は火事により自然発生したものではない。
グランシャリオを通してでも凄まじい熱気、そう数十秒前に自分が破った十字架の炎の様な。
だが、自分が槍を構えるまでアヴドゥルは炎を出すような素振りは一切見せなかった。
(…い、や、待て、その前なら?)
自分の必殺と魔術師の赤の必殺が交錯したあの瞬間。
すさまじい衝撃に吹き飛ばされ、一瞬視界がホワイトアウトしたあの刹那。
果たしてモハメド・アヴドゥルもそうだったのか?
「気付いたようだな、そう、私がクロスファイアー・ハリケーンを撃ったのは互いに吹き飛ばされたあの時だ、お陰で意識は飛びかけたがな」
何時アヴドゥルが炎を放ったかはこれで分かった。
しかし、なぜ杏子が気付かなかったのか?
そのままアヴドゥルは語り続ける。
「私の魔術師の赤の炎は自然の法則通り上方や風下に燃えていく訳では無い。
炎を自在に操ることが可能だからこそ、『魔術師の炎』と呼ばれている」
「それを応用すれば、避けられた炎でトンネルを掘る事も出来る
……そのトンネルに炎を流すこともな」
(そうか、コイツ…!)
猛烈な炎に飲まれながらも、何とか視線を横にずらし、自分の数十センチ隣に不自然に空いた穴を捉える。
恐らく、この穴からあの十字架の炎を当てたのだろう。
「グ、畜生……!!」
嵌められた怒りを胸に、杏子は怒涛の炎の奔流に晒されながらも何とか脱出を試みる。
困難ではあるが、燃え盛るコンサートホールからの脱出は不可能ではないと判断したからだ。
しかし、それをみすみす見逃すほどモハメド・アヴドゥルは甘い男ではない。
「“今”は命まで取る決断はせんが…散々暴れた分の落とし前は付けさせて貰うぞ、
C・F・H・S(クロスファイア―・ハリケーンスペシャル)ッ!!」
駄目押しと言わんばかりに殺到していく視界を覆う程の量の炎の十字架。
「ガッああぁぁあぁあぁッ!!」
燃え盛る紅蓮の炎は、今度こそ杏子を捕え、蹂躙する。
漆黒の鎧が赤く染まって見える程の炎は、脱出が不可能であることの証左だった。
そして、遂に杏子が跪く。
(グ…息、が、こいつ全部織り込み済みで……)
局地的かつ猛烈な焔の渦は大気中の酸素すら情け容赦なく奪い尽くす。
結果、意識が薄れていき、このままでは保って数分だろう。
「成程大した鎧だが…ただでさえ周りは火事の中、空気まで生成できる訳では無い様だな。
このまま窒息して根を上げるまで付き合おう」
最大の関門は見事破った。
アヴドゥルにとってここからが本当の勝負だ。
出来る限り、杏子のダメージを少なく、完全に窒息するまで炎の十字架で拘束、
グランシャリオの展開と魔法少女化が解けた所で魔術師の炎に回収させる。
エンジンの全てが停止した飛行機を無事着陸させるかの如く困難な苦行ではあるが、グランシャリオのお陰で焼き尽くす心配はない、勝算はある。
本来ならばここで完全に焼き殺す事が最善なのだろう。
だが、まどかの談に寄れば、佐倉杏子は気性が荒く喧嘩っ早い所もあるが、根は善良な少女だと言う。
ならば、今の彼女を貶めているのは肉の芽であり、許されざるはDIOだ。
近辺に承太郎がいる可能性もあるため、できる事ならかつての花京院やポルナレフの様に呪縛から救ってやりたいと言う気もちが勝った。
もし承太郎達が離れてしまっていても、魔法少女はソウルジェムと言う宝珠さえ奪ってしまえば無力化できると言う。
ただの年相応の少女なら、あのグランシャリオの様な厄介な支給品の類さえ取り上げて、ディパックにでも放り込んでおけば承太郎と合流するまでは保つだろう。
アヴドゥルに訪れた確かな勝利のヴィジョン。
だが、
―――――後ろを振り向いた時、
――――お前は、
――死ぬ
「――――ッ!?」
暴威は、突然運命を絡め取る。
ゾクリ、とコンサートホール到達前に感じた悪寒。
その根源は肉の芽を埋め込まれた佐倉杏子だと思っていた。
けれど、今はハッキリ違うと分かる。
(何だこの悪寒は…何、が…)
答えは、意外なほど早くでた。
その答えを出したのは――皮肉にもアヴドゥルでは無かったが。
「あ、御坂あああああァァァッ!」
割れんばかりの絶叫で杏子が叫ぶ。
未だグランシャリオが解除されていない以上、顔は依然として見えないが、その双眸は見開かれている事だろう。
その声に釣られ、アヴドゥルも振りむいた。
振り向いてしまった。
見えたモノは、40メートル程離れた場所で、帯電した大気と、宙を舞うコインと、虚のような目をした、一人の少女。
少女の唇が動く。
―――さよなら。
雷光が、迸った。
その正体は、少女の代名詞。
アカメやDIOに放った生ぬるい物とは違う、かつて一万人の能力者が生んだ幻想猛獣すら一撃で消し飛ばした、音速の三倍で全てを貫く、漆黒の意志が篭められた超電磁砲。
それは両足だけでなく、杏子との戦闘により疲労が蓄積していたアヴドゥルに避けられるものではなかった。
死ぬのだろうなと彼は直感的に理解する。
だから、最後の最後に占い師として予言を遺す。
「――それでも、人は生き残るぞ。広川」
……そして、男の結末は本来の物語の筋書き通りに。
モハメド・アヴドゥルは、炎の魔術師は、両腕と首輪を残し、この世から消失した。
【モハメド・アヴドゥル@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダーズ 死亡】
◆
「畜生…!!」
コンサートホールから離れたC-2エリアで杏子は言い難い屈辱感に打ち震えていた。
一度ならず二度までもあの御坂美琴に殺されかけた。
せっかく手に入れたグリーフシードももうあの戦闘分で溜まった穢れを浄化したら真っ黒になってしまい、苛立ちが募る。
何より気にいらなかったのが、あのモハメド・アヴドゥルだ。
あの時、明確な死が迫っていたと言うのに、あの男は鳥頭のスタンドを出して、自分を殴り飛ばしてみせた。
攻撃のためではない。アヴドゥルが振り向いた時、丁度グランシャリオは解除されていた。
つまりあのままで居れば、アヴドゥル諸共杏子は吹き飛んでいたのだ。
あの状況からどう動いてもアヴドゥルの死は不可避だっただろう。
しかし、それでも反射的に自分の身を守ろうとするのが人間と言う物のはずだ。
それなのに、モハメド・アヴドゥルは最期に誰かを生かす事を選んだ。
「どいつもこいつも、あんな顔で、あんな死に方しやがって…!」
数十秒前まで殺そうとしていた相手に助けられる、その事実に心中で憤怒が駆け巡る。
今の杏子にはDIOを除く世界全てが腹立たしかった。
勝手に死んでしまった
巴マミも、
モハメド・アヴドゥルも、
空条承太郎も、
後藤も、
広川も、
『君が本当は―――――のか、どう―――ことが―――と思うのか。その―――を――――とさせることだ』
この、頭に時折響くノイズも。
「殺す、絶対に殺してやる、御坂ァ…!」
憤怒はより禍々しい殺意や憎悪に代わり、一番矛先が向けやすい――御坂美琴に向けられる。
しかし、一度の共闘と二度の不意撃ちで杏子は美琴の力量を大まかにだが掴んでいた。
魔女よりも怪物じみている、本気の殺し合いならばこの会場でも十指に入るかもしれない。
だからこそ、意識が戻った後、ソウルジェムの濁りなどを鑑みて杏子は逃走を選んだ。
一対一ならグランシャリオを纏えば負けるとは思わないが、勝てるかと言えば厳しいと言わざるを得ない。
万全を考えるならDIOと共に迎え撃つのが賢明かもしれない。
だが、その考えが頭に浮かんだ途端再び頭に小さなノイズが走る。
「何だよ、死人は黙って死んでろよ」
何故かこの苛立ちは、例えば美琴を殺すでもしないと精算できないと言う確信があった。
DIOと共に美琴を待つその間はずっとこの苛立ちと煩わしいノイズにチクチクと苛まれるだろう。
ならば美琴を追って今度は逆に自分が奇襲を仕掛けてみるか?
必然的にDIOとの合流は遅れるが、DIOにとっても大きな障害となる美琴を消せばそれで杏子の面子は立ち、ノイズも消えるかもしれない。
「あーもうっ!どうするかな畜生っ。イライラする……!」
溢れ出る苛立ちに辟易しながら、杏子の選んだ道は――――、
【C-2/一日目/昼】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:精神疲労(中)、疲労(大)、ソウルジェムの濁り(小)、イライラ(極大)、額に肉の芽
[装備]:自前の槍@魔法少女まどか☆マギカ、帝具・修羅化身グランシャリオ@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品一式、医療品@現実 大量のりんご@現実 不明支給品0~2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いについて考える。
0:DIOと合流するか、美琴を着けて殺すか…?。
1:特定の人物(花京院、イリヤ、まどか、ほむら、さやか、ジョセフ、承太郎)以外。
2:巴マミを殺した参加者を許さない。
3:殺し合いを壊す。それが優勝することかは解らない。
4:承太郎に警戒。もう油断はしない
5:何か忘れてる気がする。
6:御坂は殺す。
[備考]
※参戦時期は第7話終了直後からです。
※DARKER THAN BLACKの世界ついてある程度知りました。
※首輪に何かしらの仕掛けがあると睨んでいます。
※DIOへの信頼度は、『決して裏切り・攻撃はしないが、命までは張らない』程度です。そのため、弱点となるソウルジェムが本体であることは話していません。
◆
「間に合わなかったか」
急に宙に浮き、飛んで行ってしまった美琴を必死に追いかけた猫だったが、残っていたのは男の物らしき両腕だけだった。
しかし、コンサートホールに到着する直前、遠目にだが西へ走っていく杏子と、南へ走っていく美琴の姿を捕えることが出来たので追跡は無駄ではなかったと言える。
契約者らしく合理的かつ、冷静に両腕を検分する。
まだついさっきできたばかりのモノの様だ、となると下手人はあの走っていった二人のどちらかだろう。
「涙を流せる人間の癖に、契約者みたいな真似しやがって」
形容しがたい言葉を胸に抱きながらこれからどうするかを考える。
状況は思ったよりも早く、悪い方へ進んでいる様だ。
ならばどうする?どちらの少女を追う?
二回目の放送を前にして、契約者は独り岐路に立つ。
【D-2コンサートホール前/一日目/昼】
【マオ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[思考]
基本:???
0:黒達と合流する。
1:どちらを追いかける?。
2:御坂と会話を行い情報を集め――彼女をどうするか。
3:杏子が心配。
◆
震える手で首輪だけを何とか回収した。
そして走った、走り続けた。
そうすれば、新たに犯した罪からも逃げられるような気がして。
だが、コンサートホールから少し離れたエリアに至ると共に、吐き気は限界を迎えた。
吐いた。
吐いて、吐いて、魂すら吐き出してしまそうになって―――不意に何も感じなくなった。
これで二人目。
エドワードの時とは違い肘から先だけになった両腕を見れば、生死など疑うべくもない。
心の何処かでブレーキをかけ、威力を抑えていた頃とは違う、一線を越えてしまった美琴が放つ超電磁砲が直撃すれば人体など簡単にこうなってしまう。
そして、思わぬ形で訪れた好機は、否応なく自分に選択を迫った。
「二度目は、最初の時よりはマシね」
その事実は、今の自分が前川みくの死を転機として変わりつつあるのを嫌でも実感させられる。
今の御坂美琴は前の御坂美琴よりずっと冷血で、冷静で、きっと強い。
何故なら。
「杏子は、仕留め損ねちゃったか、悪運の強い奴」
今の御坂美琴にとって二度目の殺人は既に過去の出来事で、もう次の殺しに思考を裂きつつあるのだから。
今なら学園都市230万人の第三位たる自分の力を出しきればきっとアカメにも負けないだろう。
『最強』でも『最弱』でも無い彼女では自分の幻想は殺せない。
でもそれが、何故か途方もなく悲しく、重かった。
「追わなきゃ」
心を削ぎ落とされるような感覚に陥りながら、幽鬼の足取りで再び歩き出そうとする。
だが、踏み出した一歩は覚束なかった。
「…………ッ!思ったより、まいってるのかしら。
出し惜しみせず、使うしか、ないか 」
霞んだ意識を必死に繋ぎ止め、ノロノロとディパックから美しい結晶を取り出す。
「―――回復結晶。対象は、御坂美琴」
優しい光が美琴を包み込む。
今までの疲労とダメージが蓄積していた体が正常に戻っていく。
けれど、心だけは決して癒されることは無かった。
「これで、3時間は使えない、か」
2分後、光は消え失せ、世界には独りぼっちの少女だけが残る。
「さて、これからどうするか決めないと」
DIOを殺す。これは大前提だ、それが変わることは無い。
しかし、疲労から解放され、頭が冴えていくと同時に、単独ではその大前提すら未だ困難だろうと言う結論に至った。
隻腕となり、大きく力を低下させた今でもあの男の能力は得体が知れない。
それに“犬”たる杏子も付いてくるとなれば、二対一では勝算は皆無に近しい。
だが、今の自分に協力しようと言う者など……。
白井黒子にも、
初春飾利にも、
婚后光子にも、最早合わせる顔は無い。
エドワードやジョセフも今となっては自分を明確な敵として認識しているだろう。
それだけの事を自分はしたのだから。
やはり、どれだけ困難でも独りで全てをやり遂げるしかないのか。
ヒーローが自分に手を差し伸べる少し前、妹達を捨て身で救おうとしたあの時の様に。
―――また会おう、雷光よ。
「……あいつ、まだ図書館の近くにいるのかしら」
待ち合わせをしていると言っていたからブラッドレイの代わりに誰かが居るかもしれないが、それならそれでいい。
やるべきことは変わらない。
鏖殺するだけだ。
前川みくの様に、あの男の様に。
「よし、決めた」
進むべき道は定めた。
腹も決まった。
心は軋み続けるけれど、ガラスの靴を魔術師の炎で溶かして作った錠で閉ざし、進みだす。
―――俺と組んでいる間、お前に絶対に殺しはさせねえからな
協力者の事を考えていたからだろうか、不意に数時間前までの協力者だったエドワードの言葉が脳裏をよぎった。
「……どんな場所にも、アイツみたいなバカは居るもんなのね、嫌になるわ。まったく」
ようやく進み始めようとした時にこれだ、本当に、嫌になる。
あのバカ達が掲げる理想論など、今、一番思い出したく無いのに。
でも、
あぁ……でも、
「それでも、アイツやエドは、最後までその生き方にしがみつくんでしょうね」
儘ならない現実に打ちのめされながら、
それでも自分を曲げようとしないからこそ、上条当麻は、
エドワード・エルリックは、人の輪の中で、美琴ができないような事をやらかすのだろう。
羨ましいなぁと思った。
御坂美琴は、人の輪の中心に立つことはできても、その中に混ざる事はできない。
だからこそ美琴はDIOを抹殺した後、エドワードを殺す。
今の美琴はエドワードを否定しなければ立ってはいられないのだ。
上条当麻のために、上条当麻とどこか近しい信念を持った者を殺す。
そこに大いなる矛盾があるのは分かっている。
「……今更何考えてるのかしら、もう、止まるわけにはいかないじゃない」
それでも、少女は血と泥の中を這いずってでも行軍を続ける。
背負いきれない、大きすぎる罪を科されて。
かつての友との邂逅に怯えて。
――みくは絶対に自分を曲げないから!
「そう、よね。自分を曲げちゃいけないよね…」
全ては夢を夢で終わらせないために。
たとえ、それが悪夢なのだとしても。
【C-3/一日目/昼】
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、深い悲しみ 、自己嫌悪、人殺しの覚悟?
[装備]:コイン@とある科学の超電磁砲×3
[道具]:基本支給品一式、回復結晶@ソードアート・オンライン、アヴドゥルの首輪、不明支給品0~1
[思考]
基本:優勝する。でも黒子たちと出会ったら……。
0:図書館に行ってブラッドレイと合流した後DIOを殺す。代わりに誰かいれば殺す。
1:DIOを追撃し倒す。 DIOを倒したあとはエドワード達を殺す。
2:もう、戻れない。戻るわけにはいかない。
3:戦力にならない奴は始末する。 ただし、いまは積極的に無力な者を探しにいくつもりはない。
4:ブラッドレイは殺さない。するとしたら最終局面。
5:殺しに慣れたい。
[備考]
※参戦時期は不明。
※槙島の姿に気付いたかは不明。
※ブラッドレイと休戦を結びました。
※アヴドゥルのディパックは超電磁砲により消滅しました。
【回復結晶@ソードアート・オンライン】
使用すれば中度の傷、疲労、ダメージを回復させる、ただし対象が致命傷の場合発動しない。
一度使用すれば再使用できるのは3時間後。
精神的な疲労の場合も発動不可。
最終更新:2015年11月22日 23:08