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ひとりぼっち ◆w9XRhrM3HU


「クロ……あいつ……」

「キリトって……」

「……」

二回放送。広川が告げた死者の名はヒルダ、千枝、銀に衝撃を与えた。
ほんの数時間前まで、共に行動していたクロエ・フォン・アインツベルン。モモカを殺害してしまい行方を晦ませたキリト。
そして、関係があるのは銀のみ。それも直接あったわけではないが、黒と交戦経験のある契約者。ノーベンバー11
三人の死は、そう簡単に聞き流せるものでもなく、自分達が電車で往復している間に、事態は動き続けているのだと再認識させていく。

「私の、せいだ……」
「……」
「私が……無理にでも、クロエちゃんを連れて……」

クロエの体質については既に本人から説明された。
他者から魔力を摂取しなければ生きていけない。時間の経過でその魔力は徐々に消耗する。そこに戦闘も加えれば尚更だ。
だからこそ、クロエには同行者が必要だった。それを――

「私が……。分かってたのに、一人で行かせちゃ駄目だって……なのに……」

それでも、理性を押し退けてでもクロエを後押ししたのは、友を無くし悲嘆に暮れる少女があまりにもそっくりだったから……。
彼女の友達をもう失わせたくなかったから。後悔して欲しくないから。
今となっては、それは本当にクロエの為だったのか、分からない。本当は、クロエの姿があまりにも自分と重なり過ぎて、だから――。

「千枝」

繰り返される思考の渦を止めたのは、盲目の少女の声だった。
見えないながら、ぎこちなく千枝の手にそっと自らの手を重ねる。
その手は小さく、それでいて千枝の心に染みるような温かみがあった。

「銀、ちゃん……」

我に帰った千枝はその手の主である銀へ視線を向ける。顔を俯き、表情は変わらないがそこには確かな人としての思いやりがあった。
自責の念から開放された千枝は、腰が抜けたように地べたに座り込む。

「ごめん、ヒルダさん、銀ちゃん……。私」
「……無理もないさ。アンタはこういうのと無縁だったんだろ」

千枝を諭しながらも、ヒルダもまた後悔に苛まれていた。
そうだ。千枝の言っていることは間違っていない。あの時、クロエを行かせるべきではなかった。
だからこれは、ヒルダの千枝の間違いなのかもしれない。

――貴女も相応の信念を持ちなさい――

気に入らない。気に入らないが、キンブリーの台詞は実に的を得ている。
それが今になってようやく分かる。
信念がない。だから、自らの行動に自問自答し何も動けなくなる。こうしている間にも、また大事な何かが失われているかもしれないのに。
人は、自らを立たせる芯がなければこうも脆い。

(クソッ! あの時、私は……!)

弱い。ヒルダは明らかに弱くなっていた。
ママの元に帰るという信念があった頃と比べ、エンブリヲを倒すという信念があった頃と比べて。
今はただ無様を晒しているだけ。そこに信念などなく、あるのは気に入らない、ムカつくといった。信念とは遠い衝動だけ。

「……もうすぐ、ジュネスだ。歩けるか千枝?」
「う、うん」

後悔を振り切るようにヒルダは踵を返しジュネスへと視線を向ける。
千枝が選択した地獄門へのルートは、ジュネスを経由するルートだった。
今にして思うと、この動揺を抱えたままマスタングと鉢合わせするかもしれないルートを避けたのは、幸いであったかもしれない。
湧きあがる様々な思いを胸に抱きながら、三人はジュネスへと歩を進めた。





「お前、イリヤスフィールか?」

声を掛けてきたのは赤髪の女だった。
色もさることながら、ボリュームのある髪をツインテールに纏め上げた派手な印象の女性だ。
口調こそは荒々しいが、連れが二人。一人は見るからに活発そうな女性で、正反対に人形かと思えるほど静かな女性。
イリヤの目に彼女達が殺し合いに乗るような集団とは思えなかった。

「何で、私の名前を知ってるんですか?」
「一応クロエの、お前の姉貴の知り合いだ。証拠もある」

そう言って赤髪の女が取り出したのはパンツだった。
あまりに自然であまりに意味不明な行動に、イリヤも連れも目を見開いたが、それが何を意味するのかイリヤは遅れて理解する。

「パンツってどうして……」
「……これ、クロの」
「えぇ……」
「アイツとそういう機会があった時に、私達が知り合いだと証明する為の証拠を交換しといたんだよ」

そのまま、女性はイリヤに対しヒルダと名乗った。
ヒルダはイリヤに警戒を完全に解かせることが出来たのだと思っているのだろう。
残りの二人もそれぞれ千枝とい銀という名を口にする。

「そういえば、クロもなんでかパンツを持ってたけけど……」
「クロに会ったのか?」
「……はい」
「そうか」

先程の放送で呼ばれたクロエの名前、ヒルダや千枝に想うところはあった。
だが、最期にイリヤと出会えたのだけは喜ぶべきことなのだろう。

「ねえ、イリヤちゃん。行く宛ては何処かにあったりする?」
「ないです」
「だったらさ。一緒に来ない? 一人でいるより、私達と居るほうが良いよ」

千枝の提案は魅力的なものだった。
イリヤ一人で殺し合いの中を凌ぎ続けるのも限界がある。

「私も異論はねぇ。クロほどじゃなくても戦力になるしな」
「……」

ヒルダも肯定し銀も首を縦に振る。
そこで黒の探し人だった銀という女性は、彼女の事を指しているのだと思い出す。
名前や黒の言っていた特徴も全て一致する。

――銀さんが死んだら、黒さんはどうなるのかな。

魔が差した。
ふと思い浮かんだのはそんなたらればだ。
黒が如何に銀を想っていたのかは、察しは付く。
だから、思う。これから何人もの人がそんな大事な存在を亡くしていくのか。亡くならねばならないのか。
その屍の中にクロエと美遊も連ねればならないのかと。


「……私が死ねば良かったのに」
「あ?」

イリヤの表情が曇っていたのは一目瞭然だ。目の前で姉妹が死んで動じない人間は少ない。
だが、今の台詞はそれを考慮してもイリヤ対して起こった異変であると容易に感じ取らせる。

「何言ってんだ? お前」

「……ごめんなさい」

「ッ!?」

血が飛び散る。
ピンクのステッキが零れ落ち、地面を二、三度跳ねて乾いた音で転がっていく。
銃口から僅かに煙が上がり、イリヤの花を火薬がくすぐる。

「いっぁ、あぁ……」

「……どういうつもりだ」

イリヤの殺気を瞬時に嗅ぎ取ったヒルダは迷う事無くイリヤの右手の甲を撃ち抜いた。
曲がりなりにも人間の生活をしていた頃、サリアと同じ魔法少女のアニメを視聴していたお陰で、ステッキ=武器という図式は簡単に成り立つ。
魔術を扱えるクロエの姉妹であることも考慮すれば、決して過剰防衛であるとはいえない。

「ヒルダさん、なんてこと――」
「違う。千枝、イリヤは私達を殺そうとしてた」

唯一事態に付いていけなかったのは千枝だが、銀が千枝を宥める。
銀もまたエージェントの一人であり、他者の殺意には一般人より鋭敏だ。イリヤが何をするのかは予測できなかったが、こちらを殺そうとするのは分かった。

「そうだな。こんな杖パッと見玩具にしか見えない。見た目もガキだ、殺ろうと思えば不意打ちでも何でも出来るか」
「ぐっ……ぅう」
「何でだ、オイ! どうしてこんな真似を――」
「生き返らせなきゃ……」
「馬鹿か、美遊ってガキは知らないがクロがそんな事望むわけ」
「貴女がクロを語らないで!」

イリヤの左手で掴んだ砂がヒルダの顔面に振りかけられる。眼球を守ろうとした生理現象で瞼は閉じ、視界は一瞬闇に落ちる。
腕で目を拭い、涙で霞んだ視界で写ったのはステッキを手にし変身を終えたイリヤの姿。

「クロは最期まで私だけの味方でいてくれた!」

クロエは何があってもイリヤを見捨てる選択だけはしなかった。
例え命を奪われようとも、イリヤだけを守り続ける為に彼女はその生を閉じた。
なら、イリヤが為すべきことは一つしかない。
クロエのそして美遊の味方はもう何処にも居ない。死者は死者。
生者には決して追いつけない。死者はいくら生者に惜しまれ、悲しまれようと決して交われない。
そう、もう彼女達に味方は居ない。

「ここに居る全員が私の敵になっても良い……。私だけが守られてきた……だから、私も二人を守るの!!」

イリヤが遥か上空へと飛翔する。その姿は光景だけなら凛々しい魔法少女そのもの。
そのまま魔力の弾丸が雨のように降り注がれる。
既に変身を終えた魔法少女とパラメイルのないノーマ。
戦力は完全に翻り、ヒルダは銃を撃つ間もなく防戦を強いられる。

「ペルソナ!」

タロットカードを蹴り壊し、トモエを発現させた千枝がヒルダと銀を守る為にトモエを翳す。
幸い人体を破壊せしめる弾丸もペルソナを貫通するほどの火力を持ち合わせてはいなかったらしい。

「お願い……死んで……死んでよォ!!!」
「嘘? トモ――」

もっともそれは以前のイリヤの場合。
今のイリヤはクロエと一体化したことで完全に本来の力を取り戻した。
その魔力の強大さは他の追随を許さない。
大きく振るわれたステッキから放たれたのは巨大な魔力の砲弾。トモエの胸部に命中し、堪らずトモエは地面へと落とされた。
千枝の口から血が吐かれ、トモエと同じ胸部を押さえつける。

「もう二度と二人に会えないなんて嫌だよ!!!」

ここに来て、ヒルダは理解した。
つまり、二択しか少女はなかったのだ。それも、必ずどちらかを切り捨てなければならない二択。
他者(たすう)を取るか、最愛の者達(ふたり)を取るか。
この二つは決して相容れない。
――もし、本来の正道を歩み、成長を重ねた少女であったのならば新たに導き出した第三の選択を選ぶだろう。
残酷な理を破壊し、最高の結末を紡ぐ力が少女には備わっていたのだから。

「千枝、ペルソナを消せ! 銀、遮蔽物の多い場所まで誘導しろ!」
「……分かった」

千枝がペルソナを消すことで、魔力弾の圧力から開放される。
そのままヒルダの指示通り銀はペットボトルの水に指を差し、観測霊を飛ばし周囲を探索、ヒルダの望みどおりの場所を見つける。
ヒルダが銃で牽制しながら、銀を抱え三人はイリヤに踵を翻し逃走した。

「こ、の……!」

もっとも銃弾程度では魔法少女のバリアを破ることは叶わない。
一発頬に掠ったが、それ以外は全ての弾丸がイリヤの生み出したバリアに弾かれ落とされた。
数発弾丸を弾いた後、ヒルダの銃の弾切れを確認したイリヤは再びステッキを振るい、魔力を放出する。
その瞬間、トモエがイリヤの真横へと浮上しその薙刀を振り下ろす。
ヒルダの牽制は囮であり、本当の狙いはトモエの再召喚による不意打ちだ。
物理保護に守られているとはいえ、ペルソナの攻撃を直に喰らえば、いくら魔法少女といえど無視できない程度のダメージは幾分通る。
衝撃に圧され、今度はイリヤが上空から叩き落とされ、天空の制空権を奪われた。

「ぐっ……」

ペルソナと小競り合いをしたところで無為に消耗するだけ。狙うならば本体だ。それもペルソナの邪魔が入りより速く、迅速に。
初めて人を殺すという行為に合理的に思考したイリヤは空中で受身を取り、地上に華麗に降り立つ。
そのままインターバルを置かずイリヤは地上のヒルダ達に向かい魔力を放つ。しかし、既に盾となる遮蔽物を見つけたヒルダ達には届かない。
ヒルダ達が盾とした施設の壁が砕け、コンクリートが散らばるだけだ。隙を見たヒルダが銃を突き出し、引き金を引く。
銃声と共に弾丸はイリヤの太ももを確実に貫通し、血を撒きながらイリヤは膝を折る。

「……あっ」

イリヤの魔力は膨大だ。ヒルダ達が盾とした遮蔽物軽く消し飛ばせるのは訳はない。
しかし、その為のチャージの時間が命取りである。数々の戦場でドラゴンを墜とし生き延び、戦術眼を磨いたヒルダは瞬時に欠点を見抜いた。
所詮、強いとはいえイリヤは相手は子供だ。単独ならともかく、切れる手札が幾つもある現状ならばヒルダの経験が勝るのは当然とも言える。

「止めて、お願いイリヤちゃん」

殺されないのは、一重に相手がそれだけのお人よしであり一般人の感性を持っていたからだろう。
イリヤはそれが羨ましい。人を殺したくない、そんな当たり前の感情を持つ千枝の存在が。
もう戻ることが出来ないイリヤからは眩し過ぎる。


「私、は……」

「まだやり直せるよ。だから、イリヤちゃん」

警戒を続けるヒルダに反し千枝はペルソナを消し、こちらへと歩み寄ってくる。
優しく微笑み、手を差し伸てくる。

(この手を取ったら)

痛い。痛くて辛い。
いまにも本当に泣きそうなくらいに。
こんな痛みを感じるのなら、すぐにでも死んでしまいたい。

(助けてくれるの?)

千枝なら事情を話せば許してくれるかもしれない。
黒も穂乃果も黒子も。皆、泣いて謝ってそれで許してくれる。

(許されて、良いの?)

痛いのも苦しいのも辛いのも悲しいのも嫌だ。だから、許してもらおう。
助けてもらえば良い。イリヤは子供だ。まだまだ甘えていいし、甘えられることを望まれてもいる。
イリヤは何も悪くない。悪いのは全て別の悪い大人で、イリヤはただ守られていればそれで良い。

――違うよ。

死んだ人はどうなるの?

(駄目、もうこんなこと……本当は誰も殺したくなんか……)

――死んだ人は誰も守ってくれない。誰が、死んだ二人の味方になってくれるの?

(それ、は……)

――私が、私しかクロと美遊の味方になれないんだよ……? 良いの、貴女はそれでも他人(たすう)を取るの?


「下がれ、千枝!」

赤い髪がごっそりとピンク色の砲弾に持っていかれる。
千枝をヒルダが押し倒し、そのツインテールの左側が一気に消し飛んだ。
後一瞬、ヒルダが来るのが遅れれば千枝の顔は潰れたスイカのように変貌していたかもしれない。

「守らなきゃ……二人を……私が……」

「――違う。怖いだけ、手放すのが」

覆いかぶさるように倒れ付しているヒルダと千枝を庇うように銀が前に歩み出す。

「何、なの……」

「一人にして欲しくない」

「……止めてよ」

「ずっとそばに居て欲しい」

「嫌……」

銀と名乗る少女が盲目なのは一目瞭然だ。今も手に握ったペットボトルの水に宿した観測霊がなければ歩行もままならない。
なのにその目は何かを見据えているようで、薄気味が悪い。
銀はゆっくりと歩き、イリヤとの距離を縮めていく。同じようにイリヤも後退していく。
けれども距離は開かない。イリヤの足が震えて動かない。

「来るな!!」

魔力の砲弾は銀の足元に放たれた。外してしまったのか意図して外したのか、イリヤ本人にも分からない。
余波に煽られ吹き飛ばされる銀。地面を転がり、服が破け所々が擦り切れ血で赤く滲む。
それでもよろつきながらも立ち上がり、銀はイリヤを見据え続ける。

「離れ離れになるのは……嫌だから。でも……ここで殺せば本当に貴女は一人になる」

「……違う、二人は……生き返って、それで……一緒に……」

「――笑ってくれない」

「……ひっ」

大降りに杖を振りかざし、イリヤは飛んだ。
ピンクの魔力の波が周囲を飲み干し、上空のイリヤはそれを確認するでもなく加速する。
その飛行スタイルは、魔法少女のものとは思えないほど不恰好で無様。
ただ、がむしゃらに突きつけられた現実から逃げる為だけの飛行。

「ねえ、ルビー! ルビー!!」
『イリヤ、さん……もう止しましょう。こんなこと』
「違う違う、違うよね!? 二人は笑ってくれるよね!!」
『いや、それは……何というか』

銀の台詞はイリヤの核心を突いている。
イリヤは美遊とクロエの味方であり続けることで、二人を忘れない。自分を一人でないと錯覚し続けている。
未だ、二人の幻影を手放すことが出来ない。恐れている
そこに代替はない。イリヤの孤独を埋められるのは、また死人である美遊とクロエ以外に有り得ない。
故にイリヤは奇跡を欲し、求めてしまう。あるかも分からない餌に惹かれる、哀れな犬となってしまう。
そして、同時に怖れる。絶対に、蘇った二人が笑わないであろうという現実が。

『お、落ち着いて……』
「笑ってくれるよね、二人は……ねえ! ルビー!!」
『そ、そうですねー』

ルビーはイリヤの様子を伺いながら、言葉を慎重に選ぶ。
イリヤの精神は不安定だ。人を三人も殺害し、その内の一人がクロエだという事実はイリヤが背負う罪としては重い。
元凶は何者かの洗脳――恐らくはDIOか食蜂――による行為だ。イリヤ自身に非はない。
しかし、理屈で心に救う罪悪感にケリを付けられるほど、イリヤは都合よくは出来ていない。

「笑ってくれる……。美遊とクロはずっとずっとこの先も一緒だから……許してくれるよね」

彼女は救われたい。救われる為の方法は一つしかない。
その孤独を埋め、イリヤの隣に立ち、微笑掛けてくれる小さな少女達の姿。
それだけがイリヤの考える救いであり、自らの贖罪。
この贖罪を否定することは今のイリヤの全ての否定である。最悪の場合、孤独と罪に耐え切れず自ら命を落としかねない。

(どうすれば……私のマスター弄りの便利機能はほぼ使用不可。これで私はただの喋る武器ですし。……ああ、どうすれば……。誰か、イリヤさんを――)




トモエが壁となり、イリヤの攻撃から三人を守る。
イリヤが衝動的に力を振るい魔力のチャージが十分ではなかったこともあり、トモエの防御の許容範囲内だったのは不幸中の幸いだった。
千枝が疲労の色を見せる以外は三人に目立った負傷は見られない。

「無事か、千枝」

体力を使いきりぐったりした千枝をヒルダは肩を貸し、ゆっくりと地面に下ろす。
千枝は深く座り込み、肩で息をしながら、イリヤが飛んでいった方角を見つめる。

「止められなかった」

クロエは短い間だったが、千枝の仲間だった。その仲間の妹が殺人者になるのを止められない。
千枝の胸に重い後悔が圧し掛かる。
もっと説得の方法はあったんじゃないか。イリヤの事情をもっと理解してあげれば。
今更、そんな事を考えたところで遅い。自分が嫌になる。

「銀。お前、なんでイリヤに口出した」

イリヤとの繋がりは銀は殆どない。そこへ唐突に口を挟んだ銀に対し疑問が芽生えるのは無理もない。
銀は表情を変えない。相変わらず、顔を項垂れさせたまま淡々と口を開く。

「……同じだから」
「何?」
「私は一人になりたくない。……あの娘もそうだと思った」
「……そうかよ」

銀の答えにヒルダは短く返し話を切り上げた。
それから黙り込み、虚空を眺めながら結えた髪を解いていく。
ツインテールの片方が無くなった以上、この髪型を維持するのは不恰好だ。
解いた髪を降ろし、軽くかき上げてからヒルダは懐から一枚の布地を取り出した。

「……クロ」

それは三角形の形をしたトライアングル。パンツだった。
クロエと一夜を共にした際、互いの知り合いへの証明として交換し合った下着。
気付けば、唯一残ったクロエの形見となってしまった。

「お前、どうしたかったんだよ」

クロエとの付き合いは半日にも満たない。
いきなりキスしてきた痴女かと思えば、人並みの羞恥心はあったり、大人ぶってる割には何処かガキ臭かったり。
それでいて、いざという時は頼もしい奴だった。
エンブリヲが引き起こした騒動。あれはモモカを救うことはならなかったが、それでもクロエが居たからヒルダは死なないで、千枝もこうして無事ここまで生きていたのだと思う。
仲間、なんて言える程情が移りはしない。でも、もっと同じ時間を過ごしていれば……そういう存在にはなったのかもしれなくもない。

「私達なんかより、イリヤの方が大事ってのは分かる。だから、こうなってもお前は良かったのか」

人には優先順位がある。ヒルダもここの連中と、アンジュのどちらかを選ぶかと言われれば、当然アンジュを取る。
イリヤの目の前で死んだというクロエ。彼女がどんな死に方をしたのか分からない。
一つ分かるのは、首に何か細いものが巻きついた痕があったのと、イリヤの口元には血が――それも本人のものではない――付いていたこと。
これは予想だが、誰かにイリヤは襲われてクロエはそれを庇い、最期に口付けをした。そうヒルダは考える。
口付けで魔力を補充できるのだから、逆に言えばそれを譲渡することも可能なのかもしれない。これならイリヤの魔力の強大さも説明が付く。
少なくとも、クロエは最期は他人よりイリヤを取ったというのだけは間違いない。


「……分からないよ。どうすればいいの? イリヤちゃんは……」

千枝は堪らず、声を上げてヒルダに縋る。
今まで倒してきたシャドウとは違う。言ってしまえば、シャドウは己の影だ。
それを倒しても人は死なないし、受け入れてあげればシャドウはその人にとっても、そして千枝たちにとっても強い味方になる。
だが、イリヤは違う。受け入れることが出来ない。彼女とは反発しあうしかない。受け入れるとは自らの命を、仲間の命を差し出すことに他ならない。
そんな事は許せない。だけどイリヤを倒すこと、殺すことも千枝には出来ない。

「お前、銀連れて先にジュネスに行ってろ。合流場所は地獄門だ」
「え?」

そこへヒルダが別行動を提案する。
当然、千枝は反抗の色を見せるが千枝の口が開く前にヒルダが言葉を紡ぐ。

「キンブリーじゃねえけどな。信念がない、今のお前じゃ禄に戦えもしない。
 邪魔なんだよ、消えろ。それにお前にはマスタングの奴との決着もあるだろ」

千枝の迷いは戦場において命取りになる。ヒルダはそれをフォローする気もなければ、みすみすそれで死なせるつもりもない。
だからこそ、戦場から遠ざける。

「居るか分からないが、鳴上って奴に会って来い。会って話して決めろ」

千枝の迷いを吹っ切れさせる方法はヒルダには分からない。
だが、彼女の迷いを分かち合い、共有し共に悩める存在ならヒルダにも分かる。
鳴上という男が、どんな人物なのかは分からない。ただアンジュに似ている部分が千枝の話から感じられた。
アンジュのように鳴上は人を連れ、自分の足で前に進める何かを持っている。
なら、千枝にとって今一番必要な人物は鳴上しか居ないはずだ。

「……ねえ、ヒルダさん。一人でなんて……無茶だよ」

「イリヤがああなったのはクロの責任でもある。何があったかは知らないが、アイツが死んだ結果があれだ。
 だからクロの責任で、アイツの背中を押した私の責任だ。
 あの時、私はアイツを力づくでも止めるべきだったのかもしれない」

「それなら私も一緒……。私にも責任はあるよ」

それが間違いであるとは誰にも言えない。もし、クロエがヒルダ達に同行し続けていれば逆にイリヤが死んでいたかもしれない。
こんな想定に意味などない。けれど、クロエの決意を後押ししたのは間違いなく、ヒルダであり千枝でもある。

「……そうもいかない。あんな雌ガキでもな。抱いちまった女の妹ってんなら放っておく訳にもいかないしな」

「抱いた?」

「楽しませて貰った分の駄賃は払うって事さ。……ただし、ノーマなりのやり方でな」

「楽し……ちょっと意味分からないよ」

話の内容が全く理解し切れなかった千枝を置いて、ヒルダは踵を返す。
ヒルダの背を追おうとして、千枝は踏みとどまってしまう。
確かに今の千枝は戦えない。彼女を支える芯がない以上、戦いになればいざという場面で迷う。
迷い、そしてヒルダの足を引っ張てしまう。


「ヒルダ」

「……あぁ。お前も、黒って奴に会いなよ」

ヒルダを止める事もないまま、千枝は取り残される。
確かにヒルダの言うとおり、千枝には明確な信念がない。
未だマスタングに対する怒りは収まらないし、これをどこにぶつければ良いのかも分からない。
そんな千枝がイリヤを止められるはずがない。

「千枝」

「銀ちゃん?」

千枝の手を強く握り、銀が引っ張る。
千枝よりも遥かに弱弱しくて、それでいて前を見る視力もない銀ですら進もうとしている。
ここで千枝が立ち止まるのは、それこそ死んでいった雪子やクマに顔向けできない。

「……分かった。行くよ、銀ちゃん」

千枝は銀の手を握り返し、強く声を上げる。銀は小さく頷いた。
まだ答えを見つけた訳ではないが、それでも千枝は進むことを選ぶ。
例えその先が暗闇に包まれていたとしても、止まり続けることだけはしてはいけない。
千枝は再びジュネスへと歩を進めた。











「…………?」
「どうかした?」
「……何でもない」


ジュネスに近づくにつれ、そこに居る何か近しい存在に共鳴しているのように銀の観測霊が反応している。
それに千枝はまだ気付かない。






――貴女も相応の信念を持ちなさい


ああ、キンブリーの言うとおりだ。信念ってものが私にはなかった。
エンヴリヲを殺して、平和な暮らしって奴を堪能する。この殺し合いはその前の前座みたいなもんだと勝手に思ってたんだ。
違ったんだ。そんな気楽な物じゃないし、私は現実を直視するのが怖かったんだ。
アンジュが死ぬのが嫌だった。そうだ。他の連中も死んで欲しくなかったし、死ぬはずがないとすら思ってた。
本当に大事な事を見失っていた。モモカが死んだってのに、私はまだそんな事にも気付けなかった。
何が殺し合いに乗る気はない、だよ。私は何だ? 支配をぶっこわす! 好戦的で反抗的なイレギュラー 、ノーマ。人間だろうが。
だったらやる事なんて、はっきりと見えてきやがる。この殺し合いをぶっ潰して広川をぶっ飛ばす。
そんな簡単なこと、何で私は今まで遠回りしてたのか笑えて来る。アンジュが見ていれば失笑ものだったに違いない。

「馬鹿かよ私は……くだらねぇ」

イリヤがどんな考えで動いてるかは知らない。だが、アイツが乗ろうとしてるなら、その考えも全部含めて殺し合いを壊す。
クロエもそうだ。イリヤが大事なのはどうでもいい。ただ、あんな傍迷惑な置き土産を残すくらいなら一緒に道連れにしろ。レズガキが。

「絶対にあの雌ガキをぶちのめしてから、クロの墓の前まで引き摺り倒して、そのまま墓をぶち壊してやる。……だから、あの世で待ってなクロ」

私はノーマだ。ノーマらしく、ここでも同じだ。どこぞの長髪ナルシストの腐った世界と一緒で、この世界を壊す。
そのついでだ。イリヤの馬鹿もとっちめて、お前の墓も買っといてやる。

「……行くか」

【F-7 上空/1日目/日中】


イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]:疲労(絶大)、魔力全快 、精神不安定
[装備]:カレイドステッキ・マジカルルビー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、クラスカード・アーチャー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
[道具]:ディパック×1 DIOのエキスが染みこんだイリヤのハンカチ DIOのサークレット 基本支給品×1
不明支給品0~1 美少女聖騎士プリティ・サリアンセット@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本:美遊とクロの味方として殺し合いに乗って二人を蘇らせる。
0:早く殺さなきゃ……。
[備考]
※参戦時期は2wei!の調理実習終了後。
※『カレイドルビー』の制限は、自立行動禁止、引き出せる魔力の絶対量低下。
※『カレイドルビー』には、誰でも使える改造が施されており、さらに吸血鬼の血を吸った事で何がしかの不具合が起きているようです。
アカメ達と参加者の情報を交換しました。
※黒達と情報交換しました。
※「心裡掌握」による洗脳は効果時間が終了したため解除されました。
※クロエに分かれた魔力を回収したため、イリヤ本来の魔力が復活しました。


【F-7/1日目/日中】

里中千枝@PERSONA4 the Animation】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(小)マスタングに対する憎悪 、イリヤにたいする困惑
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考]
基本:殺し合いを止めて、みんなで稲羽市に帰る。
0:雪子殺害の真実を見つける。雪子の仇を討つ?
1:マスタングとイェーガーズを警戒。
2:鳴上、足立との合流。
3:イリヤやヒルダも気になるがジュネスに向かう。その後地獄門でヒルダと合流。
4:鳴上と話し合いたい。
[備考]
※モモカ、銀と情報を交換しました。
※キンブリーと情報交換しました

【銀@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(小)  キンブリーに若干の疑い、観測霊に異変?
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考]
基本:…………。
1:黒を探す。
2:千枝としばらく同行する。
[備考]
※千枝、雪子、モモカと情報を交換しました。
※制限により、観測霊を飛ばせるのは最大1エリア程です。


【ヒルダ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(中) 、ノーパン
[装備]:グロック17@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2、クロのパンツ
[思考]
基本:ノーマらしく殺し合いを潰す。
1:イリヤをぶちのめす。
2:千枝とは一先ず別行動。
3:エンブリヲを殺す。
4:アンジュに平行世界のことを聞いてみる。
5:マスタングとイェーガーズを警戒。マスタングは千枝とは会わせないほうが良いかもしれないが、千枝には決着はつけさせておきたい。
6:キンブリーの言葉を鵜呑みにしない。
7:千枝とは別行動。地獄門で合流する。
[備考]
※参戦時期はエンブリヲ撃破直後。
※クロエの知り合いの情報を得ました。
※平行世界について半信半疑です。
※キンブリーと情報交換しました


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投下順に読む
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121:嵐の前に 里中千枝 159:It's lost something important again
ヒルダ 144:見えない悪意
159:It's lost something important again
124:世界の片隅であなたたちの名を イリヤスフィール・フォン・アインツベルン 145:かわいい破滅
最終更新:2016年01月16日 22:01