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見えない悪意 ◆dKv6nbYMB.


「ふわぁ~」

退屈だと言わんばかりに欠伸を漏らすのは、ウェイブ―――の姿をしたエンヴィー

事実、彼は退屈していた。
第一回目の放送でマスタングを罠に嵌めてからというもの、ロクに出番がない。
里中千枝たちにマスタング達の悪評を広めるのもキンブリーがやってしまった。
他の参加者との出逢いが無ければ、楽しむことなど当然できず。
その上話し相手すらいなくなったこの状況を退屈以外になんと表現しろというのだろうか。

「あー、暇だ」

立ち上がり、ポケットに手を突っ込みながら歩きはじめるエンヴィー。
この行為に特に意味はなく、彼はただ退屈を紛らわすためだけに車内をうろつこうと思っただけだ。

(この車両には誰もいない。次)

どうせ誰も乗っていないだろうとタカを括りつつ、順々に車両を移っていく。

(お客さんはゼロ。次)

一人で行う車掌ごっこには若干むなしさを覚えるが、しかし何もしないよりはマシかも、などとエンヴィーは思う。

(最後の車両にもお客さんは―――おっ?)

エンヴィーの視界が捉えたのは、黒スーツの男。
既に疲弊しきっているようで、衣類はボロボロ、こんなに近くに人が来ても気づかないほどに熟睡している。
ようやく他の参加者と出会えたことを喜んで、エンヴィーは嗤った。




ガタンゴトン。

乗客を乗せた電車は進む。

その隠された悪意に、誰も気づかぬままに。




「いやぁ、よかったよ。ここに来てからロクな目に遭ってなくてさぁ...っつぅ」

全身を苛む痛みに苦しみつつも、朗らかな声を発するのは足立透

「大変だったみたいだな。けど、お互い"乗ってない"奴に会えたのはラッキーだったね」
「ホントだよもう」

足立を安心させるかのように笑みを作るのは、赤髪の女性。ヒルダの姿をしたエンヴィーだ。

エンヴィーがなぜ足立を殺さず、こうしてヒルダの恰好で楽しげにお喋りしているのか―――理由はある。
先のマスタングの戦闘でエンヴィーは殺されかけた。それも、ウェイブの死んだ仲間の姿で接触するという、本当に迂闊な失敗でだ。
少なくとも、マスタングのいる場所では避けるべき行いだ。
キンブリーが割って入らなければ、おそらくあのまま焼き殺されていただろう。
別に、優勝を目指しているわけではないが、死なないにこしたことはない。
ましてや、再びマスタングに敗北するなど言語道断だ。
だから、エンヴィーは迂闊だったことを自覚し、反省した。

この足立透という男は、おそらくゲームに乗った側の人間だろうとエンヴィーは判断した。
半日も経過しているのに誰にも会わず、この傷ついた身体で一人で行動するとは考えにくい。
尤も、全ての仲間を失った可能性もあるが...
なんにせよ、この男をどうするかは情報を集めてからにしようとエンヴィーは決めた。

ヒルダの姿に変身しているのは、もし足立が殺し合いに乗った人間ならば、ウェイブやマスタングと一度は戦っている可能性があり、敵対している者から情報を聞き出すのは難しいからだ。
少なくとも、この男がウェイブたちの味方なら、ウェイブたちが傷ついたこの男を一人にするはずもない。
ならば、この男はウェイブ達と敵対しているか関わりが無いか、だ。

そのため他の変身候補があがるのだが、誰がどこにいるかなどはわからないため、それなりに動向が読める者が望ましかった。その中で白羽の矢が立ったのは千枝たち3人。
おそらく彼女たちは、銀がマスタングのいると示した場所へと向かわなかった。
彼女たちとマスタング達がぶつかれば、死人の一人は出る筈...しかし、互いに犠牲者はゼロ。
すれ違ったかそもそも向かわなかったと考えるべきだろう。
会話を聞いたうえで模倣しやすいと思えるのは、千枝とヒルダ。しかし、足立と関わりがある者なら、違和感を憶えれば警戒されてしまう。
その中でも、名簿上で足立と近くない参加者となると、消去法でヒルダとなったのだ。


「よければ、なにがあったのか教えてくれねえかな」
「いいよ」

エンヴィーの要求に応じる足立。
しかし、足立もまたヒルダ(エンヴィー)を警戒していた。

ヒルダは、殺人者名簿に記載されていた。それだけでも警戒対象にあたるのだが、足立が警戒心を強めたのはもう一つの理由だ。

(ここに来てからはロクな女に会ってない。どうせコイツもそうなんだろ?)

綺麗なバラには棘がある、などとよく言ったものだ。
思い返せば、ガワがいい奴らはどいつもこいつもロクでもなかった。
山野真由美。密かに応援してやっていたというのに、不倫なんて外道行為をしていたクソ女。
エスデス。あのお人好しのアヴドゥルさんでさえ警戒していた戦闘狂。
鹿目まどか。頭を吹き飛ばされても生きてられる正真正銘の化け物。つーかゾンビ。
暁美ほむら。上に同じ。しかもまどかちゃんに惚れてんのかってくらい執念深い。
セリュー・ユビキタス。なんか変な犬を連れててサイボーグみたいに色々な武器を使ってくる。一緒にいた女の子もなんか変だったし。
もう棘なんてレベルじゃない。じゃあなにかって言われても困るけど。
どうせこのヒルダとかいうのも変な奴なんだろ?顔もスタイルも悪くない、むしろかなりいい方だけどそれで痛い目を見るのは御免だ。
絶対信用なんかしてたまるかってんだ。利用はさせてもらうけど。

「僕が目を覚ましたのはコンサートホールなんだけど...」

そして、足立は今までの出来事を話し始めた。

コンサートホールで、ヒースクリフという男と出会い、後にアヴドゥルも訪れる。
第一回放送の直前、承太郎というアヴドゥルの仲間、それにエスデス、まどかとも合流。魏志軍とかいう男に襲われるも無事に撃退。
その後、エスデスはアヴドゥルとヒースクリフを連れて一旦コンサートホールを離れ、コンサートホールに残されたのは足立、承太郎、まどか。
そして...事件は起きた。
新たな来訪者、花京院とほむら。それぞれ承太郎とまどかの友人だ。
その花京院が突如牙を剥き、ほむらを含めた三人を襲い...まどかに殺された。

ここまでは事実だ。実際にあった出来事だ。

「そのまどかちゃんっていう子、コンサートホールに来る前に花京院に殺されかけたらしくてさ。だから襲いかかってきた花京院を殺しちゃったみたいなんだよ」
「それで怒った承太郎くんがまどかちゃんを殺害したんだ...魏志軍って奴を追い払う時に、まどかちゃんが囮みたいに使っちゃったことにも腹を立ててたんだろうね」
「当然、まどかちゃんの友達のほむらちゃんも怒って、二人でぶつかって。...僕も止めたかったんだけど、この様さ。結局、どうにもできなくて命からがら逃げるのが精いっぱいだった」

しかし、足立はここで僅かに脚色を加える。
『花京院をまどかが殺し、そのまどかも承太郎が殺してしまった』。
『承太郎は完全な悪人ではない。あくまでも承太郎がまどかを殺したのは過失であり仕方のないことだった、しかしいまの彼は危険である』と

承太郎が悪人であるという直接的な悪評では、彼の仲間のジョセフと関わりを持った者に怪しまれる可能性がある。
ならば、こうしてそれなりにフォローも加えつつ、さりげなく危険性も示唆しておいた方が警戒心は強まり違和感なく悪評も流せる。
更に自分の身の潔癖を広めることもできるため一石二鳥だ。


それに対し、エンヴィーもまた僅かに考え込む。
この男が本当のことを言ってるか、それとも嘘をついてるのか...まだ半々といったところか。

(まあ、どっちでもいいけどね)

しかし、途中でやめた。
足立の言葉が嘘か真か。
エンヴィーにしてみれば、心底どうでもいい。
重要なのは、この男が承太郎と敵対しており、マスタング達とも会っていないという点だ。
マスタング達が、こんな疲弊しきった男を見捨てる筈はなく、足立からしてみれば相当厄介なはずの奴らの悪評を流さないはずがない。
奴らと会っていないなら、変身能力を駆使して足立をトコトン利用できる。
そのため、エンヴィーは足立をまだ生かしておくことにした。

「それで、きみの方はどうだったの?」
「あたしは...」
(どっから話そうかな...大佐をハメたところからでいっか)

そして、エンヴィーもまた自分好みのつくりかえた『真実』を語りはじめる。

「あたしはこのDIOの館ってところの近くで目が覚めたんだけど」
「DIOの館...ねぇ」
「参加者にもいたよな、DIO。まあそれはおいておいて、だ。辺りを探索してたら雪子ってやつがいて」
「いっ!?」

足立が殊更に驚き、その思いがけない反応にエンヴィーもまた驚く。

「な、なんだよ」
「い、いや、なんでもないよ、うん。話を続けてもらっていいかな」

改めて冷静に取り繕おうとする足立に疑念を抱くが、いまは置いておく。

「...で、その雪子って奴なんだが、これがまたえげつない殺され方されてな。マスタングって奴が、笑いながら焼き殺したんだよ」
「や、焼き殺した?」
「ああ。いま思い出しても胸糞ワリィ...」

雪子の惨状を聞き顔をしかめる足立。
人を焼き殺して喜ぶ人間なんぞ、それこそキンブリーくらいだろうなと、なんとなく思いつつも話を進める。

「で、そのマスタングの奴と組んでるのがイェーガーズって組織のウェイブ。こいつも中々ド外道でな。弱者を殺しにかかるのは勿論、雪子の死体を壊して弄ぶようなクソヤロウだ。
そりゃあ酷かったよ。まずは服を剥いで、それから手足を斬りおとして...」
「うっ...」

想像して気分が悪くなったのか、足立は顔を真っ青にしながら口を押える。
いい感じだ、とエンヴィーは実感する。

「一応、もう一人のクロメって奴はキンブリーって男が倒してくれたんだけど、それでもあいつらは殺しを止めないだろう。気の赴くままに殺して、殺して、殺しまわる...あたしには理解できねえよ」
「全くだよ...エスデスといい、イェーガーズってほんとロクでもない奴らだね」
「エスデスはあんたの味方じゃないのか?」
「一応は味方って扱いらしいけど、辺り構わず喧嘩ふっかけるわいきなりDIOを殺すって意気込むわ、絶対におかしいよ。...いま思うと、アヴドゥルさんを殺したのはあいつかもしれないね」
「イェーガーズの奴らには気をつけねえとな」

足立の言葉に同意しつつも、エンヴィーは内心ほくそ笑む。
足立もイェーガーズに不満を持っているのなら、ウェイブたちを追い詰めるには都合がいい。
悪評も遠慮なく吹き込める。

(楽しみにしときなよ大佐、ウェイブ。このエンヴィーがあんたたちに最悪のステージを用意してやるからさ)


「チッ...イリヤの奴どこいきやがった」

イリヤを追うため、千枝たちと別れたヒルダ。
しかし、いくら周囲を探索してもイリヤの影も形も見当たらない。

(てっきりあたしを殺しにくると思ったが...あいつ、まだ完全に"乗った"わけじゃねえのか?)

まだ迷ってるのなら大いに結構。
子供だろうがなんだろうが容赦しない。
その隙をついて、二度と殺し合いに乗りたくないって思うくらいぶちのめしてやる。

(落ち着け...あいつが向かいそうな場所は...)

考えろ。あいつのいまの状態を。
考えろ。あいつの行動パターンを。
考えろ。あいつの向かいそうな場所は―――

「わかるわけねえだろ、クソッ」

ヒルダはイリヤについてなにも知らない。クロエから主観的な情報を聞いただけだ。
それに、会って数分程度な上に敵対関係だ。
彼女の行動パターンを推測しようにもロクな情報はないし、趣味趣向すらもわからない。
そこから居場所を割り出すなど以ての外だ。

(結局、しらみつぶしに探すかあいつから現れるのを待つしかねえか)

あれだけ意気込んで啖呵をきったくせに何も収穫無しでは示しがつかない。
勿論自分とアンジュの命は最優先であり、無理をして命を無駄に散らすような真似はしたくないが、いまはまだ千枝たちの力を借りるつもりはない。
警戒心を保ちつつ、きょろきょろと周囲を見渡した時だ。

微かにがたんごとんと音を立て、遠方から電車が走ってくる。
あの電車は、人が乗り込んでから出発する。だとすれば...

(...誰か乗ってきてるのか?)


水分を補給するために、水鉄砲を手にする足立。

「っつぅ...」

しかし、右腕に激痛が走り落としてしまう。

「どうしたよ」
「僕、この通りボロボロだからさ...ちょっと、ね」
「見せてみな」

右腕を押さえながら苦笑いを浮かべる足立。
そんな足立を心配して―――というわけではないが、足立の腕の裾をまくり、エンヴィーは興味本位でその怪我の容態を診る。

「うわっ、なんだこれ」
「うげぇ...」

その右腕の惨状に、エンヴィーも足立もうげぇと舌を出す。
どれほどうっ血すればこうなるというのだろうか。
足立の右腕は、ドス黒く変色していた。

「なにされたらこんなふうになるんだよ」
「たぶん、承太郎くんに殴られたからかな」

足立の心当たりは、承太郎のスタープラチナ...ではなく、暁美ほむら。
あの妙な黒い翼。動きを封じるためだけのものだと思っていたが、どうにも違ったらしい。
あの時、マガツイザナギの腕を握りつぶされたのかそれとも妙な能力でもあったのか...
なんにせよ、辛うじて動かせる程度なので、しばらく戦闘は避けるべきだろう。

「悪いが治療道具は持ってねえからな。駅に着くまで我慢しな」
「あぁ、そう...」

エンヴィーの言葉に溜め息をつく足立。
比較的痛みの少ない左手で、かちかちと水鉄砲のトリガーを引く。

「...なんでペットボトル使わないんだ?」
「コンサートホールのいざこざでちょっとね」
「ふーん」

エンヴィーの目に微かに懐疑の念が込められていると思った足立は、うぅっと僅かに身を竦める。

(やっぱり怪しいよなぁ...コレ)

わざわざ配られているペットボトルを使わず水鉄砲で水分補給をする。どう見ても怪しい。
コンサートホールの件で失くしたとは言ってあるが、身体検査でもされようものなら毒入りのペットボトルがあることがバレてしまう。
何かに使えるかもと取っていたが、処分した方がよさそうだ。
さて、どうやって目の前のヒルダ(エンヴィー)の眼を盗んで処分しようかと悩んでいた時だった。

「おっ...もうすぐ着くみたいだな」



そして、電車は目的地へと辿りつく。

悪意はまだ、姿を見せない



息をいっぱいに吸って、吐いて。
激戦続きのあの時間からようやく解放されたと一息をつく。

「なに呑気してんだよ。さっさといくぞ」
「ごめんごめん...で、どこ向かうの?」
「闘技場。そこなら医療品の一つや二つあんだろ」

闘技場。
その選択に足立は眉をひそめる。

広川が放送で提示した首輪交換所。その一つが闘技場だ。
つまり、そこを訪れるのは他者の首輪を持っている者。
即ち、殺し合いに乗った者が集まる可能性がかなり高い。
あるかどうかもわからない医療品ひとつのためにそこまでリスクを冒す必要は無い。

(もしかしてこの女、乗ってるのかな...このままだとちょっとマズイかも)

足立としては、ゲーム肯定派と組むことも考えている。
しかし、いまの足立のこの状態で誰が組もうと思えるだろうか。
それなら素直に殺して首輪を回収してしまう方がいい。足立も逆の立場ならそうする。
いっそのことこの女を殺してしまおうか。しかし、いまのコンディションではそれができるか怪しいし、この女の得体も知れていない。
とにもかくにも、いまは休憩が欲しい。
どうやってそう切り出そうか悩んでいたその時だ。


「動くな」


カチャリ、と拳銃を突きつけるような音が背後から聞こえる。

「え、えと」
「振り向きもするんじゃねえ」

威圧するような声に、思わず両手を挙げて従ってしまう。
ヒルダ(エンヴィー)もいまはそれに従ってはくれているようで、両手を挙げて動かない。

「...二人共。ゆっくりと振り向きな」

指示に従い、二人はゆっくりと振り返る。


「え...あれ?」

振り向いた先にいた者。
その在りえない存在に、足立は思わず息を吞んだ。



「ヒルダちゃんが、二人?」


「え...きみ、双子だったの?」
「んなわけあるか。本物はあたしだ。あんたはそいつに騙されてんだよ」
「はぁ?どの口が言ってんだ。いきなり出てきてよくそんなことが言えるねぇ」
「いいからさっさと正体を見せな。じゃねーとその頭ブチ抜く」
「正体?なに言ってんのさ、私がヒルダだ。あんたこそさっさと正体見せなよ偽者さんよぉ」
「あたしと同じ様な顔で喋るんじゃねえ...胸糞ワルくなる」

予期せぬ事態に、エンヴィーは内心舌打ちをする。

(こうならねえように、足立とは早めに別れて変身を解こうかと思ったのによ...クソッ)

傷ついた足立を前にして、わざわざ闘技場へ向かうと宣言したのは、彼に警戒心を抱かせて別れるためだ。
殺しに乗った人物が集まりやすい場所に傷ついた者と一緒にわざわざ向かう...普通なら、その時点で警戒するはずだ。
そこで向こうが別れ話を持ち掛けてきたら、適当に襲って逃がし、マスタングたちだけでなくヒルダたちにも疑念を撒き散らすつもりだった。
そして自分一人になったところを見計らって別の姿を借りるつもりだった。
しかし、まさかこうも早くヒルダ本人と鉢合わせになるとは思ってもいなかった。

「なあ、あんたならあたしを信じてくれるよな?」

未だに困惑する足立へと助け舟を求めるエンヴィー。

パァン、という渇いた銃声が響く。

足立の答えを聞く前に、エンヴィーの額に穴が空き倒れてしまう。
突如ぶちまけられる血に、脳漿に、足立は思わず尻もちを着いてしまった。

「え、ちょ、なにしてんのさきみ!?」
「言っただろ、動いたら撃つってさ」

澄ました態度で、指一つ震わさずに言うヒルダ。
そんな彼女を見て足立は思う。

―――ああ、やっぱりコイツもイカレてやがるのか。

自分の不運っぷりもここまでくると笑えてくる。
しかし、その引きつった笑みも、すぐに驚愕に包まれることになる。

「イッタいなぁ、もう」

足立のすぐ側から聞こえてくる声。
血と脳漿をぶちまけたはずのヒルダ(エンヴィー)の頭部が、微かな電子音のようなものと共に修復されていた。

「てめぇ...!?」
「ヒドいなぁ。仮にも自分の姿だよ?もっと丁寧に扱ってあげなよ」
「チッ、今さらこの程度であたしがビビると思うんじゃねえぞ」
「あっはっはっ。良く吼えるじゃんか。ちっぽけな人間の癖して、さぁ!」

エンヴィーが脚に力を込め、一気にヒルダとの距離を詰める。
エンヴィーが伸ばした右腕がヒルダの左肩を掠めると同時、弾丸がエンヴィーのこめかみを貫く。
ヒルダがそのまま身を翻すと、エンヴィーは勢い余って地面を転がる。

「へーえ、結構やるじゃんお姉さん」
「ハッ、てめえに褒められても嬉しくもなんともねえよ、クソが」

ヒルダは、未だに死なないエンヴィーと痛む左肩に顔をしかめる。

(コイツ...なんてパワーだ。頭ブチ抜いても死なねえし、ほんとに人間か?)

エンヴィーの手は、ヒルダに微かに触れただけだ。
しかし、こうして肉は裂け、血がにじみ出ている。
まともにくらえば一溜りもないだろう。

(チッ、拳銃一つじゃ分が悪い...)
「おい、そこのモヤシ野郎!」
「え、僕?」
「悪いが、ちょいと貸してもらうよ!」
「あっ、ちょっと!」

言うが早いか、足立のデイパックをひったくり、乱暴に手をツッコむヒルダ。

「ハッ、そんな隙を見逃すとでも」
「うるせえ!」

エンヴィーの膝を撃ちぬき、その隙にヒルダはデイパックを探る。
しかし、ものの数秒でエンヴィーの膝は完治し、ヒルダへの距離を詰めてくる。

(はえぇ!ちくしょう、こうなりゃやけだ!)

デイパックの中で掴んだ何かを引っ張り出し、やぶれかぶれに横なぎに振るう。

「無駄だよ!そんな都合よくイイ物があるわけ...あ?」

ヒルダの顔面を掴むために伸ばした右掌の五指が、スッパリと切れ、地面に落ちる。
ヒルダの手に握られていたのは、光の剣フォトンソード。
その凄まじい切れ味にはヒルダもエンヴィーも驚きが隠せない。
が、しかし。

「こりゃいいや」

その切れ味を認識するや否や、ヒルダはにたりと笑みを浮かべ、エンヴィーへとフォトンソードを振るう。
流石に防ぎきれないと判断し、エンヴィーは繰り出される剣撃を避け、距離をとる。

「っとと...運の良い奴」
「へっ、こういうのは日頃の行いがモノを言うのさ」

斬りおとされた指を再生させながら、エンヴィーは舌打ちする。

(あいつ本人はそこまで脅威じゃないけど、あの剣は厄介だな)

あの剣の切れ味はそうとうのものだ。
普段なら、それなりのダメージと引き換えに殺すところだが、この場ではそうもいかない。
参加者の証であるこの首輪―――マスタングの炎では壊れなかったが、あの剣にも通じるかは分からない。
もしあの剣が首輪に当たり爆発など起こせばシャレにならない。

(だったら...)

首輪を狙う暇さえないほどの圧倒的なパワーで蹂躙してやればいい。

「どう利用してやろうかと思ったけど...もういいや」

エンヴィーの身体から、メキメキと音が鳴りはじめる。
バランスのとれていた女性の肢体は、太く醜いなにかへと変化していく。

「へっ、ドラゴンにでも変身するってのか?」

徐々に変貌していくエンヴィーの姿にもヒルダは動揺を見せない。
ドラゴンが人間に、人間がドラゴンへと変身することだってあるのだ。
今さら、目の前の自分にそっくりな女がどう変貌しようが、大して驚きは


メキメキ



驚きは...



メキメキ



「......」



メキメキメキメキ


エンヴィーの全身が、巨大なトカゲのような形態へと変貌を遂げる。
その全長―――およそ、20メートルはくだらないだろう。



(デカすぎだろ...)



『ドうだ』

エンヴィーの身体に組み込まれた亡者たちが、口々に言葉を発する。

『これガ』
『オレの』
『俺の』
『私の』
『姿を』

(なんだあいつら...生きてるのか?)

「この身体加減がきかないからさぁ...覚悟しなよ?」

エンヴィーの腕が振り下ろされ、地面に叩き付けられる。

「ッ!」

それを避けるヒルダ。しかし、エンヴィーの追撃は止まない。
まるでモグラたたきのようにエンヴィーの腕が次々に振り下ろされる。
モグラたたきと違うのは、一度全力で叩かれればそれだけでアウトという点か。

『コの姿を』
「あっはっはっ、逃げてばかりだねぇ。さっきまでの威勢はどうしたんだい!?」
「調子こいてられんのもいまのうち...ッ!」

横なぎに振るわれる尻尾を思わず跳躍で躱してしまう。

「しまっ」

自分の迂闊さに気が付いた時にはもう遅い。
無造作に振るわれる張り手がヒルダを吹き飛ばし、近くの建物のガラスを突き破る。

『見ルな』
『僕を』
『見るな...!』
「ハッハァ、ようやく一発返せたよ。ちっぽけな人間には重すぎるかもしれないけどねぇ」

満足げに鼻を鳴らすエンヴィー。
ヒルダへとトドメを刺すために、のしのしと建物へと近づいていく。




「それで、このエンヴィーを置いてどこに行くつもりかな足立さん」
「げっ!?」

戦場からの逃亡を試みて、電車へと向かっていた足立の背がビクリと震える。

「い、いや、ホラさ。僕には関係ないみたいだし...」
「関係はあるさ。お前はこの姿を見たからなぁ!」

エンヴィーが足立へと振り返り、その巨体をぶつけるために突進する。

「うわあ!」

足立は見た目以上に速いそれを必死に横っ飛びで躱し、エンヴィーは電車にぶつかる寸前に停止する。

「ほんと勘弁してよ!きみのことは言いふらさないってば!」
「ダメだね。この嫉妬(エンヴィー)の姿を見た奴には、死あるのみだ」
(クソがぁぁぁあ!お前が勝手に変身しただけじゃねえか!)

押さえきれない激情を隠しきれず、足立は怒りに顔を歪ませる。
しかし、それでも頭の中では必死に、且つ冷静に逃走の手段を試行錯誤する。

(クソッ、電車にさえ乗っちまえばこっちのモンだったのに...!)

この電車は人が乗ってから動くことが判明している。
そのため、エンヴィーがヒルダの相手をしている隙に乗り込み戦場から退散するつもりだった。
しかし、電車はいま、エンヴィーの背後にある。
エンヴィーの身体を掻い潜って乗り込んだところで、速度をつける前に捕まってしまうだろう。
ならば、体力がもつまで全力疾走か?...おそらく、厳しいものがある。
残された道はひとつ。覚悟を決め、戦うしかない...
足立がそんな絶望感に苛まれていた時だ。

「あんた、コイツに乗りたいんだよなぁ」
「あ?」
「そうだよなぁ、速度さえノっちまえばこのエンヴィーでも追いつけないもんなぁ」

エンヴィーが、電車に手を乗せニタリといやらしい笑みを作る。

「くれてやるよ、これ」

思わず足立は「は?」と声を漏らし、疑問符を浮かべる。
あれだけ大見得きったにも関わらず逃がしてくれるというのだろうか。
いや、だったら最初から殺しにかかってくるはずがない。
それにくれてやるというのはどういうことだ?
乗せる、ではなく、くれてやる?

エンヴィーが、腕を大きく振りかぶる。

その瞬間、足立は彼の笑みの、言葉の意味を、悪意を理解した。

エンヴィーは、あの電車を殴りつけ、足立へととばすつもりだ。
逃走手段も減らし、且つ攻撃もできる、実にダイナミックで素敵な攻撃方法だ。

(うそだろおい!冗談じゃねえぞ!)

足立の背にどっと冷や汗が流れる。
このままでは死ぬ。
もうやけくそでもなんでも抵抗しなければ生き残る目すら見えない。
足立が、反射的に掌のタロットカードを握ると同時に。

「しっかり受け止めなよ、じゃないと怪我じゃすまないからさぁ!」

振りかぶられたエンヴィーの腕は電車に当たり



―――『見えない悪意』は、牙を剥いた。


「ま、マガツイザナギィィィィ!!!」

タロットカードが握りつぶされ、マガツイザナギが姿を現す。
降りかかってくるであろう電車を防ぐため、咄嗟に召喚したマガツイザナギは、しかし予期せぬ爆撃に煽られる。

「うああああああッ!!」

四散した電車の欠片や爆風が、マガツイザナギに襲い掛かり、本体の足立ごと後方へ大きく吹き飛ばす。

(どうして...どうして俺ばっかこんな目に)

地面を転がり、不様に這いつくばり、薄れゆく意識の中で足立は思う。

ここに来てから本当にロクな奴に遭っていない。
戦闘狂のクソ女エスデス。
そのエスデスの部下のイェーガーズ、セリュー。
クソガキヤンキーの承太郎。
躊躇いなく他人のドタマをカチ割れるイカレ女、ヒルダ。
ほぼゾンビのまどかとほむらにエンヴィーとかいうモンスター共。
そして、やたらと自分に厳しく当たってくる広川とかいうクソ主催。
マトモな奴がほとんどいない。

(アヴドゥルさん、ヒースクリフ...まともなのはあんたらだけかよ、チクショウ)

ヒースクリフ。終始こちらを警戒していたようだが、こんな状況ではそれが当たり前だ。発言自体はそこまで異常じゃなかったし。
アヴドゥル。かなりのお人好しで合わないタイプだと思っていたが、いい歳こいて尚その正義感は、どこか『あの人』に通じていたような気がした。
いま思えば、あのむさ苦しい面子で大人しくしていた時が一番楽だった気もする。

(ほんと...クソだな)

自分にばかりツラく当たってくるこの殺し合いへの呪詛を吐きながら。
足立の意識は闇へと落ちた。




「なにかめぼしい物は...あった」

ごそごそと足立のポケットを漁るのは、傷だらけでありながらも生存していたヒルダ。
建物に叩き込まれていたのが幸いし、距離もあったため、さほど爆撃の被害を受けずに済んでいた。

(にしてもあの電車...爆発の仕方が妙だったな。破壊されたから、というよりは、あの化け物が触れた途端に爆発したように見えた)

もしも、衝撃で電車の一部が壊れたせいだとしても、すぐに爆発するはずはなく、最低でも数十秒はタイムラグがあるはず。
しかし、先程の電車はエンヴィーが触れた途端に爆発した。
まるで、エンヴィーが起爆スイッチを押してしまったかのように。

(なんにせよ...いまのうちに離れた方がよさそうだな)

エンヴィーはどうなったかわからないが、もしイリヤが爆発音を聞きつけて来れば、厄介なことこの上ない。
タイマンなら望むところだが、エンヴィーと同時に遭遇することになれば勝ち目はないだろう。
それに、この気絶している男―――警察手帳から名前を確認できた―――足立透のこともある。

(確か千枝の知り合いだったよな...頼りにならない奴だとは聞いてたけど、死んで嬉しい奴でもねえだろ)

別に連れて歩く義理もないが、ここで会ったのもなにかの縁だ。
もう地獄門へと向かったかもしれないが、運が良ければ、知り合い同士念願の再会となる。
ヒルダは、足立をジュネスへと運ぶことにした。

それが、新たな災いの種になるとも知らずに。


【F-7/一日目/午後に限りなく近い日中】

【足立透@PERSONA4】
[状態]:鳴上悠ら自称特別捜査隊への屈辱・殺意 広川への不満感(極大)、全身にダメージ(絶大)、右頬骨折、精神的疲労(大)、疲労(極大) 、爆風に煽られたダメージ、マガツイザナギを介して受けた電車の破片によるダメージ、右腕うっ血、気絶
[装備]:MPS AA‐12(残弾4/8、予備弾層 5/5)@寄生獣 セイの格率、
[道具]:基本支給品一式、水鉄砲(水道水入り)@現実、鉄の棒@寄生獣、ビタミン剤or青酸カリのカプセル×7、毒入りペットボトル(少量)
ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 (足立のページ除去済み) 警察手帳@元からの所持品
[思考]
基本:優勝する(自分の存在価値を認めない全人類をシャドウにする)
0:対主催に紛れ込んで身の安全を確保する。無理ならゲーム肯定派と手を組む(有力候補は魏志軍)。
1:ゲームに参加している鳴上悠・里中千枝の殺害。
2:自分が悪とバレた時は相手を殺す。
3:隙あらば、同行者を殺害して所持品を奪う。
4:エスデスとは会いたくない。
5:DIO...できれば会いたくないし気が進まないけど、ねぇ。
6:しばらく交戦は避けたい。休みたい。 ほんと勘弁してくれよ!
7:殺人者名簿を上手く使う。
8:広川死ね!あの化け物(エンヴィー)死ね!もうみんな死ね!
[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期25話終盤の鳴上悠に敗れて拳銃自殺を図った直後
※支給品の鉄の棒は寄生獣23話で新一が後藤を刺した物です
※DIOがスタンド使い及び吸血鬼であると知りました。
※ペルソナが発動可能となりました。





【ヒルダ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(中~大) 、左肩にダメージ、ノーパン、頭部出血(中)、全身にガラスによる切り傷。
[装備]:グロック17@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2、クロのパンツ フォトンソード@ソードアート・オンライン
[思考]
基本:ノーマらしく殺し合いを潰す。
1:イリヤをぶちのめす。あの化け物(エンヴィー、名前は知らない)には要警戒。
2:足立をジュネスに運ぶ。ジュネスに足立を置いていった後、再びイリヤの捜索に出る。
3:エンブリヲを殺す。
4:アンジュに平行世界のことを聞いてみる。
5:マスタングとイェーガーズを警戒。マスタングは千枝とは会わせないほうが良いかもしれないが、千枝には決着はつけさせておきたい。
6:キンブリーの言葉を鵜呑みにしない。
7:千枝とは別行動し、全てが片付いたら地獄門で合流する。
[備考]
※参戦時期はエンブリヲ撃破直後。
※クロエの知り合いの情報を得ました。
※平行世界について半信半疑です。
※キンブリーと情報交換しました
※足立がペルソナを召還した場面は見ていません。


爆発した電車。
崩落した線路。
もうもうと立ち昇る煙の中で、蠢く影が一つ。

「ぷはぁっ...はぁっ、はぁっ...」

無事に身体の再生を終えたエンヴィー。
いまの彼の姿はヒルダでも醜い本性でもなく。
普段から愛用している、自称『若くてかわいい』少年の姿に戻っていた。

「チッ」

舌うち混じりに、足元の電車の破片を蹴り、八つ当たりをする。
電車は、エンヴィーが殴りつけた瞬間爆発した。
あの場にいたのは、エンヴィー、足立、ヒルダの三人。
ならば、足立が電車が爆発するように仕組んでいたのだろうか。

(いいや、こんなことが出来るのはお前しかいないよなぁ)

意気揚揚と電車を爆弾に錬成したであろうあの男の顔を思い浮かべて、再び破片を蹴りあげる。

おそらく、彼も自分がやったことはバレても構わないと思っているはずだ。
だから、電車が走っている時に爆発をさせなかった。
ならば、その意味は?―――深い意味なんてない。ただのイタズラ心だろう。

「いいさキンブリー。お前はそういう奴だ。このことでお前を責めはしないよ」

溜め息をつき、一呼吸を置いて。

「だが、このエンヴィーに喧嘩を売ったんだ。楽に死ねると思うなよ、紅蓮の錬金術師」

嫉妬の顔は、怒りと楽しみに満ち溢れた。


【F-8/一日目/午後に限りなく近い日中】

※電車が爆発し四散しました。
※爆発音が周囲に響き渡りました。
※鉄道が崩落しました。どの程度で修復されるかは他の書き手様に任せます。

【エンヴィー@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(中)、賢者の石消費(マスタングとの戦闘で焼かれた分も含めて残り40%)
[装備]:ニューナンブ@PERSONA4 the Animation、ダークリパルサー@ソードアート・オンライン
[道具]:ディパック、基本支給品×2、詳細名簿、天城雪子の首輪
[思考]
基本:好き勝手に楽しむ。
0:キンブリーぶっ殺す。(今すぐ向かうか、首輪を交換してから向かうか...)
1:闘技場で首輪交換制度を試す。
2:色々な参加者の姿になって攪乱する。
3:エドワードには……?
4:ラース、プライドと戦うつもりはない、ラースに会ったらダークリパルサーを渡してやってもいい。
[備考]
※参戦時期は死亡後。


時系列順で読む
Back:愛しい世界、戻れない日々 Next:正義の味方

投下順で読む
Back:生の確立 Next:かわいい破滅

131:奈落の一方通行 エンヴィー 162:『嫉妬』
138:ひとりぼっち ヒルダ 153:堕ちた偶像
128:Inevitabilis 足立透
最終更新:2016年01月28日 22:01