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愛しい世界、戻れない日々 ◆dKv6nbYMB.


図書館での戦いを経たウェイブアカメ、新一、花陽、雪乃の五人は、花陽の仲間である穂乃果と黒子が向かった音乃木坂学院へと向かっていた。

「大丈夫ですか?」
「え、ええ...」

膝に手を着く雪乃に、花陽が手を差し伸べる。

「...ごめんなさい」

差し伸べられた手に触れながら、謝罪する。

自他ともに認める容姿の良さ。成績は常にトップ。そんな彼女でもどうにもならない弱点であるのが体力の少なさ。
雪ノ下雪乃という少女は、スポーツや音楽など、大概のことは三日程度でほとんどできるようになってしまう、いわば天才肌だった。
それ故、何事にも固執する、継続して行うことがなく、練習もほとんどしないため、体力に関してだけはとりわけ劣っていた。
このゲームの参加者どころか、彼女の属する奉仕部、果ては総武高校内の中でも下から数えた方が早いだろう。
対して、今居るメンバーは、元々の世界でも数多くの戦いを経験しているアカメとウェイブ、寄生生物を身に宿した新一、スクールアイドルとして日々レッスンを積んでいる花陽である。
そんな彼らに合わせようとすれば、必然的に体力はあっという間に底をつく。
そして、そんな雪乃に合わせようとして、他の四人も進むペースを落とさなくてはいけなくなる。
いまの雪乃は、四人にとって確実な"お荷物"となっていた。

(...いまだけじゃ、ないわよね)

最初にエルフ耳の男と遭遇した時。
新一と比企谷だけなら、何事も無くあの男を退けられたかもしれない。
電撃を放つ少女や銀髪の男と遭遇した時。
何もできずにサリアを攫われ、アカメと新一に助けられるだけだった。
図書館で立て続けに起きたエルフ耳やブラッドレイとの戦い。
なにもできない、どころか歯牙にもかけられなかった。
もし自分の立場にいるのが比企谷なら。自分が傷つくのも厭わずに、自分の信じる『最善の選択肢』を選び続けただろう。
もし自分の立場にいるのが由比ヶ浜なら。本当に優しい彼女のことだ。どうにか皆の仲を深めようと尽力できる、少なくとも負担になることはしないだろう。
雪ノ下雪乃は無力だ。この殺し合いにおいて、なんの力にもならない無力な少女だ。
それを痛いほど痛感する。

同時に、ひどく自分が情けなく思った。
これまで激戦を繰り広げてきた新一とアカメ、ウェイブ。
様々な経験を経て、信じたいものから裏切られ、自分のことだけでも精一杯だろうに、それでも前を向き続ける花陽。
みな、護られるだけの自分とは大違いだ。


「...みなさん。私のことは、置いて行ってもらって構いません。だから、早く学院へ...」

だから、雪乃は提案する。仲間と合流するための効率の良い『最善の選択肢』。
即ち、自分を残して四人を先に進ませる選択肢を。

「な、なにを言ってるんですか。こんなところで残ったら...」
「大丈夫よ。一度あそこに寄った戸塚くんは黒さんという強い人と一緒らしいからそう危険ではないと思う。私は彼と由比ヶ浜さんを待つわ」

図書館へと残るか音乃木坂学院へと向かうかを決める時、雪乃は何もできない現状に耐え切れず、学院へ向かう選択をした。
だがしかし、これ以上足手まといになるのはもう御免だ。自分一人のために皆を危険に晒すわけにはいかない。
彼―――比企谷八幡が嫌った、『みんなのために』の名のもとに。
雪ノ下雪乃は一人別行動を取ろうとした。

「...もう、動けないんだな」

新一が片膝を着き、雪乃に目線を合わせて問いかける。

「...少なくとも、あなたたちに合わせることはできないわね」
「そうか」

雪乃の返答に、新一は感情の籠らない声と共に頷く。
そのあまりの冷静さに、花陽は思わず息を飲む。
もしかしたら、新一は本当に彼女を置いていくのだろうか。本当に雪乃を見捨ててしまうのだろうか。

「乗れよ。一人くらいなら運べるからさ」

しかし、そんな彼女の不安とは裏腹に、新一は雪乃に背を向けて屈んだ。

「新一、それなら私が」
「いや、ハッキリいっていまの俺は大した戦力にはならないと思う。もしキング・ブラッドレイと遭遇したら尚更だ」

役目を変わろうとしたアカメを、しかし新一は拒否する。
キング・ブラッドレイの剣術や身体能力はハッキリいって異常だ。
新一の感覚だけでいえば、平地だけの戦闘に限れば、あの後藤を上回る。
それに対して新一は、喧嘩程度ならしたことはあるが、相手は一般人、それも武道をロクにやっていない不良くらいだ。
寄生生物相手の戦いにしても、相手もまた洗練された武道や剣術などとは程遠い、野生の生物同然の相手ばかりだった。
新一の戦いの経験は、ブラッドレイの洗練された技術に対抗するには程遠い。その上、まだミギーが目を覚ましていない。
そんな新一が生身で後藤以上に厄介なブラッドレイと戦えば結果は見えている。この身を両断されておしまいだ。
アカメもしくはウェイブと共闘したところで足手まといもいいところだろう。
ならば、雪乃を運ぶ役目は新一が担うべきだ。

「泉くん、私は置いていけばいいと」

勿論、雪乃はそれを拒否する。
荷物になっている現状が嫌だから提案したというのに、更に新一たちに負担をかけることになる。
これでは本末転倒だ。

「馬鹿言うな。俺も比企谷に助けられたんだ。あいつの思いを無駄にできるか」

新一は、雪乃が戦闘で役に立てないことを否定はしない。
だが、泉新一は基本的には優しい少年だ。敵の攻撃を防ぐために他人の"肉の壁"を使うことには終始反対し、車にはねられて死にかけている子犬を見つければ最期まで寄りそう。
そんな元々の性格や比企谷への義理があれば、雪乃を見捨てるなどという選択肢は最初から存在しなかった。

「...あなたの相棒なら、『彼女が置いて行けと言うんだ。先を急ごう』...なんて言いそうね」
「だろうな」

ミギーの存在をぼかしつつ、さりげなく声真似をする雪乃は微かに微笑みを浮かべ、新一はその相棒の言葉を頭の中で描き苦笑する。

「...ありがとう」

ぽつりと呟かれた言葉。それに答えるかのように、ん、とだけ声を漏らす新一。

「......」
「どうした?」

そんな二人の様子を、ただ立ちつくし見つめているウェイブにアカメが尋ねる。

「...セリューからさ、あいつらのことを聞いたんだ。シンイチは後藤の仲間で、雪乃は比企谷を見捨てた可能性が高いって」

イェーガーズ本部で聞かされたセリューの情報は、二人が悪の可能性が高いということ。
しかし、この目で実際に見ればわかる。
泉新一も雪ノ下雪乃も、セリューの語る悪人像とはかけ離れており、そんな要素など欠片も見当たらないことが。

「私は直接見ていないが、それはセリューが誤解しているだけだ。比企谷を埋葬していた様子から見ればわかる」

アカメの言葉が、更に背中を押してくる。
セリューの語った正義は間違いだ、イェーガーズは正義の味方なんかじゃないと。


『こんな状況では正義や悪もあったもんじゃない』。

図書館ではそう狡噛と話していたが、自分の常識ではなく第三者の視点から考えれば考えるほど、自分達の行いが本当に正義なのか問いただしたくなってくる。
首を斬り路上に放置し、その行為自体になんの違和感も抱かなかった。
悪であるはずのナイトレイドが己の目で見極めようとしているのに対して、自分たちは情報一つでほとんど善悪を断定していた。
状況を収めるために罪をなすりつけるような間抜けもいる。
そして、実際にそれらは守るべきものたちの間に不安をはびこらせ、被害まで出している。
果たして、そんな自分を含むイェーガーズは本当に正義なのか?
正義と思っているのは自分たちだけで、帝都に住む人たちもイェーガーズを悪だと見ているのではないか?

そんな感情が、ウェイブの中でぐるぐると渦巻く。


「...やっぱり、間違ってたのは俺たちなのかな」

俯きつつ、ポツリと呟いてしまう。
わかっている。敵であるはずのナイトレイドにこんなことを聞くのはお門違いだということは。
しかし、弱音を吐かずにはいられなかった。
信じていたものが悉く崩れ落ちていくこの状況に、耐えることが出来なかった。


「あまり思い詰めるな。迷えばそれだけ動きが鈍る」

肩に置かれた手に反応し、思わず顔をあげる。
本来なら敵方であるナイトレイドだ。ここでウェイブの心を折ろうとしてもおかしくない筈だ。
だが、アカメという人間は純粋だった。
立場も無いいま、弱き民を守るという信念さえ一致していれば同志である。
自身も帝国側から立場を変えていまの状況にいることもあってか、彼女の視点は柔軟だった。

「けど...」
「少なくとも、お前と同じような立場の花陽が頑張っているんだ。なら、私たちが立ち止まる訳にはいかないだろう」

花陽―――彼女は、星空凛が身を呈して庇ったセリム・ブラッドレイに裏切られた。
凛が庇ったのは、人殺しの化け物などではない。例えホムンクルスであろうと、人の心を持っているはずだ。
そんな想いでセリムと接触したが、彼は言った。
人間に抱く感情などない。星空凛の死は無駄だったと。
花陽の抱いていた希望は、真っ向から打ち砕かれた。その心境は計り知れない、

だというのに、彼女はその膝を折っていない。
精神的にも肉体的にも披露が溜まっているはずなのに、泣き言ひとつ言おうとしない。
雪乃に真っ先に気が付き、気遣ったのも花陽だった。

そんな花陽を見ていると、信じていたものに疑問を投げかけただけで崩れそうな自分が酷く小さく見えた。

「そう、だよな。立ち止まるわけにはいかねえよな」

この会場で死んだセリューもクロメも、弱者を守りたいという気持ちは持っていたはずだ。
ただ、やり方が間違っていたのも事実だ。
そんな自分たちを諌めてくれる者たちがいる。共に戦ってくれる者たちがいる。
なら、いまの自分にできることは、戦う力無き者たちを守ること。そして

「なあ、アカメ。俺さ、隊長と帝都に戻ったらランも交えて話し合ってみるよ。本当にいまの帝都が正しいのかどうか」

"これから"を変えていくこと。

「そりゃあ、トコトンぶつかり合うことになるかもしれない。戦が大好きな隊長からしてみればツマラナイことかもしれない。
けど、それでも、セリューやクロメ、それにボルスさんやDr.スタイリッシュの分までトコトン話し合う。それで、帝都が間違ってるなら...俺たちの力で良くしていく」

『国の為に頑張って働け』

海軍の大恩人から受けたこの言葉に反するのかもしれない。
しかし、その言葉すら自分勝手に都合よく解釈していた可能性もある。
なにが国の為になるのか、それを良く話し合い、様々な視点で見て決めよう。
ウェイブの決意に、アカメが微笑みながら頷く。

(そうだ。死んでいった奴らのためにも、俺は―――)

ウェイブが拳を握りしめたそのときだ。

『さて、私の声が聞こえた時点で察していると思うが放送の時間だ』


広川の言葉に一同は反応を見せる

ウェイブとアカメは素早く記録を取る準備を。
僅かに遅れて雪乃もそれに続き。
更に遅れて、花陽は慌ててペンを取り出しつい落としてしまう。
新一は、準備しかけた手を止め、険しい顔で右手を見つめていた。

(ミギー...まだ起きないのか?)
「泉くん?」
「な、なんでもない」

その様子が気になった花陽がペンを拾うついでに新一の様子を窺うが、新一は慌てて取り繕う。


『では禁止エリアの発表を行う。この放送後に順次に侵入不可になるエリアは【C-6】【E-1】【G-1】だ』

そんな新一を置きざりに放送は紡がれる。

『次に死者の名前を読み上げる』

誰とも言わず、ゴクリ、と唾を呑み込むような音がした。


アカメと新一はタツミや行方不明になったプロデューサーの身を案じて。
雪乃と花陽は、友が呼ばれないことを祈って。
ウェイブはこれから呼ばれるセリューの名を覚悟して。

そして、放送は紡がれる。


呼ばれた名に、新一が反応する。
音ノ木坂学院で会ったジョセフの仲間だ。

『プロデューサー』

アカメの腕が微かに震える。
(やはり、か...)
皆を助けるためにエルフ耳の男に一人で立ち向かい、共に消え去ってしまったのだ。
あのまま殺されてしまった。それ以外に考えられない。

『前川みく』

「未央ちゃんの...!?」

続けて呼ばれる未央の仲間の名に花陽が動揺する。
大切な者たちを失った未央の心境がいかなるものか、考えさせる間もなく放送は続く。


言葉も無く雪乃の腕が止まる。
その端整な美貌に、驚愕にも似た面を張り付け静止する。

戸塚彩加

続けて呼ばれる名に、雪乃の身体は完全に硬直する。
現実を受け付けまいとするように、頭の中が真っ白になる。


(たしか、巴の...!)

音ノ木坂学院で、海未と共に新一やあの場にいた者を救ってくれた少女の後輩。
その少女の名が、呼ばれた。


(ジョースターさん...!)

まただ。また、ジョセフ・ジョースターの仲間の名が呼ばれた。
新一の握り絞められた左手に込められる力が強くなる。

婚后光子

「―――!」

この場にいる五人がみな共通して知っている名だ。
アカメと新一は共に戦い、ウェイブと花陽は図書館へ向かうまで同行していた少女。


マミと海未と共に戦ったステッキ、サファイアの持ち主美遊・エーデルフェルトの友達。
そして、アカメたちが出会ったイリヤの家族の名に、アカメは歯噛みする。


そして、首輪交換制度について説明を終え、放送も終わりを告げた。

「ちくしょう...!」

ウェイブの歯が悔しさのあまり噛みしめられる。
今回の放送で死者は12名。前回の放送と合わせれば28名だ。
多い。あまりにも多すぎる。
そして、手の届く範囲ですら護れなかった無力な自分に一層腹が立つ。

「ウェイブさん、その」

花陽が、戸惑うように声をかけた。

「...すまねえ。辛いのはみんな一緒なんだ。俺だけがセリューのことで落ち込んでられねえよな」
「え?ウェイブさん?」

ウェイブの言葉に、花陽が頭に疑問符を浮かべる。

(落ち込む?セリューさんは―――)

その疑問を口にしかけたその時だ。

「大丈夫か?おい、しっかりしろ!」

焦りを含んだ新一の声が響き渡る。
何事かと目を向ければ、雪ノ下が胸元を押さえて苦しげな表情を浮かべて蹲っている。

「ぁ...っぁ....」

呼吸困難。
ただでさえ道中で体力を削られていたうえに、親友たちの名が続けて呼ばれた精神的ストレスは、彼女の身体を蝕んでいた。

「いいんだ。いまは...泣いていい」

比企谷を埋葬した時のように、アカメが雪ノ下をそっと抱き寄せる。
自分にできることは、これだけだ。
悲しみを受け止め、涙を流させてやることだけだ。

「どぅ...して...」

だが、雪乃は泣けなかった。
目の前で死んだ比企谷とは違う。
なぜ彼女たちが死ななければならないのか。
その疑念や怒り、様々な感情が入り混じり、泣くことすらできなかった。

そんな彼女を見て、ウェイブは思う。

(俺は、また間違ってしまったのか?)

図書館で雪乃に由比ヶ浜の死を伝えなかったのは、彼女を気遣ってのことだった。
図書館に着く前、花陽や狡噛に相談したが、両者の答えはNo。
狡噛は、セリムがいる場所でキング・ブラッドレイに繋がる話題は避けたいとのことから。
花陽は、放送で呼ばれるまでは信じていた方がいいという考えから。
全てが丸く収まってから伝えるはずだったが、結局言い出せずにここまで引き延ばした結果がこれだ。
ならば、もう伝えるしかない。
彼女は被害者で、加害者は自分達イェーガーズなのだから。


「...雪ノ下。由比ヶ浜は俺たちの前で死んだ」
「ッ!」

驚きと共に見開かれる目、そしてやや間を置いて向けられる懐疑の視線。
これから、自分は、イェーガーズは悪であることを認め、伝えなければならない。
そんなこと、誰が好き好んでできるものか。
しかし、罪とは向き合わなければならない。
それが、軍人として...いや、一人の人間としてできる唯一の償いなのだから。

「誰が、彼女を殺したの?」
「それは―――」


「キング・ブラッドレイ」



割り込んできた第三者の声が、ウェイブの解答とは異なる者を提示する。

「由比ヶ浜結衣はホムンクルスのキング・ブラッドレイに殺された―――それがきみの選んだ答えだろう。ならばそれを貫きたまえ」

いつの間に現れたのか―――キング・ブラッドレイが五人の前に立ちはだかっていた。

その強敵の登場に、アカメとウェイブは即座に剣を構える姿勢をとる。

「ブラッドレイ...!」
タスクくんとマスタングくんはいないのかね?まさかまたデイパックで呑気に寝ているわけではあるまい」

きょろきょろと周囲を見渡すが、この五人以外の人影は見当たらず、隠れている気配もない。
ブラッドレイが不意打ちではなく、声をかけたのは、マスタングたちの所在を知るため。
特にマスタングは人柱候補として、否、なにか自分の知らない事情を知る者として重要だった。
だが、この場にいないとなれば最早この連中に用は無い。
自分の正体を知る者を排除するため―――なにより、己に無自覚に潜在する戦闘欲求を満たすため―――ブラッドレイは刀を抜く。
それに対して、アカメたちは自然と全身が強張るのを自覚する。
距離にして二十m以上は離れている。しかし、そんな距離などこの男の前では何の意味もなさない。
油断すれば、一瞬で首を刎ねられる。


「ふむ...まあ、放送でも呼ばれておらんからな。誰か一人を残しておけばいいだろう」

ブラッドレイが眼前の二人を殺すため、地を踏む足に力を込める。


「あなた...由比ヶ浜さんが殺されたことについてなにか知ってるの?」

その足を止めさせたのは、雪乃の投げかけた疑問だった。

『由比ヶ浜結衣はホムンクルスのキング・ブラッドレイに殺された―――それがきみの選んだ答えだろう。ならばそれを貫きたまえ』

雪乃は、ブラッドレイの言葉が引っかかっていた。
ブラッドレイに由比ヶ浜は殺された。それは、ウェイブが選んだ答え。
なら、ウェイブが選ばなかった―――目を背けた答えはなんなのか。真実は、そちらではないのか。
雪乃は、由比ヶ浜の友として真実を知らなければならなかった。


「敵である私にそれを問うのかね」
「お願い...なにか知っているなら、教えて」
「ッ...!由比ヶ浜を殺したのは」
「あなたは黙ってて!」


ブラッドレイはふむ、と僅かに考えこむ素振りを見せる。
雪乃の様子から、由比ヶ浜結衣と親しいものだということはわかる。
わざわざ相手にする義理もないが、由比ヶ浜とは形式的にとはいえ首輪を外す約束をしたのだ。ならば、答えてやっても構わないだろう。


「由比ヶ浜結衣を殺したのは、セリュー・ユビキタス。そこのウェイブの仲間だ。信じるか信じないかはきみの勝手だがね」


ブラッドレイから告げられた真実は、あまりに残酷だった。
雪乃の親友を殺したのはウェイブの仲間で、更にウェイブはその事実を隠していた。
信じたくはない。だが、セリューに図書館に置かれた生首は雪乃も確認しており、アカメの敵であると言う点から、雪乃のイェーガーズに対する信頼は落ちている。
それでも、ウェイブが必死に図書館で皆を逃がすために戦ったことも知っている。
できれば、ウェイブのことを信用したい。
しかし―――

「彼女は、どうして殺されたの?」
「私も戦っている最中だったからよくわからなかったがね。セリューを撃とうとして返り討ちにあったようだ」
「なんで彼女はそんなことを」
「さあ。だが、彼女は私に助けを求めたことは事実だ。理由は、私より付き合いの長いウェイブくんか小泉くんの方がわかるだろう」


雪乃は、花陽の方を振り返り意見を求める。
なぜ今まで黙っていたのか。いや、それよりもなぜ由比ヶ浜はセリューを殺そうとしたのか。
雪乃の刺すような視線が花陽に突き刺さり、震える声で答える。

「由比ヶ浜ちゃんは、ずっと友達のことを気にかけてました。たぶん、それでセリューさんを撃たなきゃいけないって...」

断片的で、たどたどしい情報源。

(―――ああ、そうか)

しかし、それだけで雪乃は理解した。してしまった。

(彼女は、最期まで彼女だったんだ)

由比ヶ浜結衣は、友達想いの少女だった。
戸塚とのテニスの練習。コートの使用権を賭けて葉山たちと試合をすることになった時。
彼女は、やったことのない競技にも関わらず、ただ戸塚のために大勢の前で試合に臨んでみせた。
文化祭。雪乃が実行委員の役割のほとんどを担い、体調を崩してしまった時。
彼女は、素直な気持ちで怒ってくれた。もっと自分と比企谷を頼りにしてと言ってくれた。
彼女は、純粋に友達を想える優しい少女だ。
周囲から浮いている雪乃や比企谷にすら、下心なく優しくできる人間だ。


セリューは、サリアから雪乃たちのことを聞いていた。それも、だいぶ曲解した形でだ。
そのセリューは図書館へ行こうとしていたと聞いている。
その道中で、ブラッドレイに助けを求めた。―――このままではセリューに雪乃を殺されるから。
セリューを撃とうとした―――雪乃の身が危ないと感じたから。
そんな様子がありありと思い浮かぶ。

「バカよ...ほんと...」

彼女の死の真相を知って。
悲しみで胸がいっぱいになって。

しかし、それでも、雪ノ下は涙を流せなかった。


「さて。くだらんお喋りはここまでだ」

ブラッドレイが構え直すと同時に、空気は一変。一気にアカメのもとへと肉薄する。
文字通り一瞬でブラッドレイの間合いに入り、首を刈らんと右腕に持つカゲミツが振るわれる。
しかし、アカメもまた歴戦の猛者―――その手に持つ剣で、ブラッドレイの斬撃を受け止める。
ブラッドレイは左腕の刀剣をアカメに振るう。
しかし、それはもう一人の戦士、ウェイブに止められる。
そのまま硬直すること一瞬。
ブラッドレイの蹴りがウェイブの腹部に命中し吹きとばされる。
その隙をつきアカメが踏み込む力を強め斬りつけようとするが、ブラッドレイの空いた左腕の剣はそれを許さない。
二本の刀はアカメの剣を遮り、かち上げる。
空いた胴体目掛けてカゲミツが横なぎに振るわれる。
しかし、アカメは膝を曲げ上体を限界まで逸らして回避。
その勢いのままバク転の要領でブラッドレイの腹部に蹴りをおみまいする。
蹴りそのものはデスガンの刺剣の柄で防がれるが、アカメはそれで助走をつけ、バク転を繰り返し距離をとることに成功。
追撃をかけようとするブラッドレイだが、しかしそれは突然の投石に防がれる。
アカメの背後から投げられた拳大ほどの石。新一が投げたものだ。
ブラッドレイは剣を振るいそれを両断。スッ、と僅かに空気が震え、石は綺麗に二つに裂けた。

(嘘だろ!?豆腐じゃねえんだぞ!?)

呆気にとられる新一に、ブラッドレイが迫る。
しかしそれを防ぐためにウェイブが間に割って入り斬撃を防ぐ。
ウェイブが受け止めている間に新一は直線状から離脱する。
ブラッドレイは、そのまま独楽のように回転し、次々に斬撃を放ち、ウェイブの全身に斬傷を作っていく。
息をもつかせぬ攻撃。アカメは、背後から斬りかかることによりそれを中断させる。
再び訪れた一瞬の硬直。
ブラッドレイは力任せに両剣を振るい、アカメとウェイブを弾き飛ばした。


「ぐっ...」
「大丈夫か、ウェイブ」
「どうした?その程度かね?」
「うるせえ...俺は、あいつらの、クロメやセリューのぶんまでみんなを守るんだよォ!」

ウェイブが駆ける。
ブラゥドレイはそれを受け止め、剣の打ちあいが続く。
激しい打ち合いは、しかしウェイブの身にのみ切り傷を作っていき、ブラッドレイにウェイブの剣は掠りもしない。

「私の見立てではセリューは己の正義の盲信者だが...そんな彼女でもそれほどに大事か」
「当たり前だ!あいつらは仲間だ...仲間がやらかしちまったってんなら、そのケツは俺が拭う!それが、俺が死んでいった奴らにできることだ!」
「立派な心がけだ。だが、こうして戦っている間にも彼女は同じことを繰り返しているかもしれんが」
「なに言ってやがる。あいつは―――」
「生きておるよ。放送を聞いていなかったのかね?」

ウェイブの目が見開かれる。

いま、こいつはなんて言った?
セリューは生きている。放送で呼ばれていない。


『次に死者の名前を読み上げる。

花京院典明
プロデューサー
ノーベンバ―11
食蜂操祈
前川みく
由比ヶ浜結衣
戸塚彩加
鹿目まどか
キリト
モハメド・アヴドゥル
婚后光子
クロエ・フォン・アインツベルン

以上十二名だ。』


(そうだ、セリューは放送で―――)

セリューは死んだと思い込んでいたことで聞き逃していた。
その事実を認識すると同時。

ヒュンッ

一瞬、風を切る音がしたかと思えば。

「―――――ッ!」

ウェイブの全身から、鮮血が舞い散った。

「実力はある。度胸もある。...しかし、非常時に対する精神力は、まだ未熟なようだ」

膝から崩れ落ちるウェイブに、ブラッドレイのデスガンの刺剣が振り下ろされる。
アカメが間に割って入ることでそれを防ぎ、ウェイブを蹴り飛ばすと同時に自身もブラッドレイから距離をとる。

「ア、カメ...」
「奴の相手は私が引き受ける」

ウェイブは、とっさに身を捻ったことで致命傷だけは免れていた。
しかし、このまま戦い続ければ圧倒的に不利。
そう判断したアカメは、一旦ウェイブを休ませる。

「無茶いうな。あいつの強さはデタラメだぞ」
「...動きが鈍っているように見えた。いまのお前では足手まといだ」
「なっ...!?」
「雪ノ下のことで悩んでいたんだろう?お前は優しいからな」

アカメは、ブラッドレイとセリューとの交戦の事情を知らない。
しかし、ウェイブの様子を見ていればわかる。
由比ヶ浜をセリューが殺したこと。
その事実を隠してしまったこと。
雪乃があれほど傷ついてしまったのは、自分達イェーガーズのせいだということ。
それらの責任感や罪悪感が彼の中で渦巻き、剣を鈍らせているのは一目瞭然だった。

「少し休んで、気持ちの整理がついたら加勢してくれ。頼んだぞ」

そうして、アカメは単身ブラッドレイと対峙する。

「...くそっ」

己の不甲斐なさに、悪態をつくウェイブ。


「......」

距離を空け、背後に立つのは、感情の籠らない濁った目で戦場を見つめる雪乃だった。



剣が暴風雨のように振るわれ、交差し、甲高い音が鳴り響く。
まさに息をもつかせぬ攻防が繰り広げられながら、ブラッドレイは微かな違和感を感じる。

(この娘...)

体術、ブラッドレイに軍配。
剣術の腕前、ブラッドレイに軍配。
身体能力、ブラッドレイに軍配。
"眼"の良さ、ブラッドレイに軍配。

だというのに、彼女は文字通りブラッドレイに食らいついている。
ブラッドレイが5手を打てば、アカメは1手を返す程度には。

図書館のように地の利を活かすのではなく。
単純に、打ち合いで食らいついている。
明らかに図書館での彼女とは動きが違う。



ギィン、という金属音と共に、両者は一旦離れ、互いに構え直す。

ブラッドレイの軍服の切れ端が裂け、アカメの頬には三本の切り傷が入る。

「...視えているのか?」
「いや...私にはお前のような"眼"はない」

殺し屋の世界は残酷だ。
より効率よく、殺しやすいように洗練された技術や道具が溢れ、特に帝具戦ともなれば、攻撃手段が多彩なものとなる。
そして、僅かな怪我が致命傷と成り得ることも稀ではない。
そのため、殺し屋としての戦いは、自然と見切ることを強要されてきた。
アカメは、図書館やこの場で実際に見て、受けたブラッドレイの剣捌きもかろうじて見切りつつあった。

「面白い」

だが、ブラッドレイとてアカメの倍以上を生き、血の滲むなどという言葉では到底言い表せない鍛錬を積み、致死率百パーセントだった実験にすら耐えきり生き延びてきた男。
ただ見切られるだけで終わろうはずもない。

再び剣による競り合いが始まる。

幾度か打ち合い、反撃に出ようとするアカメ。
しかし突如変化が訪れる。

(遅い..!?)

常に、反応できるギリギリの速さで繰り出されてきたブラッドレイの剣撃。
それが、急に遅くなったのだ。
しかし、それを受け止めたかと思えば空いた片方の剣は先程までの速さで襲い掛かってくる。
ブラッドレイがしていることは単純。ただ、剣速に緩急をつけただけだ。
だが、常に常人では反応すら出来ない速さの中で、それも気を抜けば命取りになるやもしれない極限の戦いの中でそれを行うことがどれほど難しいことか。
そして、あくまでも実力は劣るアカメには実に効果的で。せっかく慣れてきた剣速のペースを崩されてしまった。

(くそっ...!)

アカメの心に焦燥が生まれる。
このままではいつ胴体を両断されてもおかしくない。
どうにかせねばと考えを巡らせたそのときだ。

「―――ッ!」

突如繰り出されたブラッドレイの蹴りが、アカメの腹部を捉える。
メキリ、という音と共に、肺から空気を絞り出される感覚に陥る。
アカメの身体は見事に吹き飛ばされ、木に打ちつけられる。

「ぐあっ...!」

背中に激痛が走るが、しかしそれを気に掛ける暇はない。
次いで来るであろう攻撃に備え、即座に剣を構える。
しかしその攻撃はあまりにも予想外。

(投擲...!)

投げられたデスガンの刺剣が、アカメ目掛けて飛来する。
それを回避するのは至難。しかし、撃ち落とすことは可能。
状況から即座に判断したアカメはそれを剣で払う。
そして、その顔は驚愕に染まる。

(一刀目の軌道に隠れて、全く同じ軌道の二刀目―――!?)

次いで迫るのは、カゲミツG4。
それを持ったブラッドレイによる刺突だ。

「くっ!」

これに反応できたのはまさに幸運だった。
全く同じ軌道だったのが幸いし、僅かに顔を逸らせば頬を掠めるだけに留まる。
しかし、この男、ブラッドレイはそれを許さない。
回避することも見越していたのか、アカメが剣に集中したその隙をつき、横っ面を思い切り蹴り飛ばす。
意識が飛びそうなほどの強力な一撃は、しかし一度で終わらない。
今度は顔面に拳を受け、鮮血と共に歯が一本飛び、アカメは再び別の木に叩き付けられた。
その隙に投擲した剣を回収し、トドメを刺さんと駆ける。
しかし、それを阻む影がひとつ。
ウェイブが横合いから斬りかかり、ブラッドレイはそれを躱して距離をとる。

「大丈夫か、アカメ!」
「どうだ...気持ちの整理はついたか?」
「...すまねえ。でも、このままお前に押し付けるわけにはいかなかった」

剣を構え、ブラッドレイと対峙するその背中を見て、アカメは思う。

(なんとなく...似てるな)

重なるのは、自分と同じナイトレイドのタツミの背中。
彼は、まだ精神的にも肉体的にも成長途上だが、仲間を想う心だけは誰にも引けをとらなかった。
おそらく、タツミがこの場にいて、ウェイブと同じ立場なら似たようなことを言っただろう。
例え自分が死のうとも、仲間を見捨てるようなことは決してしない。

「私はまだ、戦えるぞ」

だから、この男が味方である内は死なせたくないとも思う。
一人の同志として―――仲間として。

「すまねえ。俺が不甲斐ないばかりに...」
「このくらいの怪我、なんてことはない」

アカメは、頭部から流れる血を擦り、視界を晴らしてウェイブの隣に立つ。

「さて。そろそろ終わりとさせてもらおうか」

「ああ。ホムンクルス、キング・ブラッドレイ。お前は私たちの手で葬る」

「出来るのかね?そんな有り様の君たちに」

「出来なきゃみんな死んじまう。俺たちはお前を倒す」


三者が構えをとり、互いの敵を葬らんとする。

殺し屋ナイトレイド、アカメ。
帝都特殊警察イェーガーズ、ウェイブ。
『憤怒』の名を冠すホムンクルスにして軍事国家アメストリスの大総統、キング・ブラッドレイ。

達人三者の睨み合いに、木々はざわめき、空気が張り詰める。

いまや、この戦場の役者はこの三人であり、他者が介入する術は無い。


い く ぞ !


アカメの、ウェイブの、ブラッドレイの脚に力が籠められる。
一足のもとに、眼前の敵を葬るために。

そして、互いの攻撃のタイミングが重なる、その瞬間


「―――バカじゃないの?」


溜め息と共に吐かれた言葉。

そんな、極上の料理に蜂蜜をぶちまけるような愚行を、雪ノ下雪乃はやってのけた。




「ウェイブさん、あなたは由比ヶ浜さんのことを伝えずのこのことこちらに来たのはなぜかしら」

雪乃の言葉が、味方である筈のウェイブに向けられる。

「そ、それは...」
「あなたが自覚していないのなら教えてあげましょうか?あなたは責任から逃れたかったのよ。もし図書館や放送前の道中で真実を伝えていれば私はあなたへの追及を止めなかった。
そうなれば、私はセリュー・ユビキタスが死んたと思い込んでいたあなたに全てをぶつけたでしょうね。あなたはそれが怖かった。そうやって後回しにし続け逃げてきた結果がこれなのよ」

違う、と言いかけたウェイブはしかし言葉を詰まらせる。
由比ヶ浜の真実を伝えなかったのは、本当に雪乃を気遣ってのことなのか。
ブラッドレイとの戦いでマスタングに由比ヶ浜を殺したのはブラッドレイだという嘘をついたのは、本当にあの場を収めるためだったのか。
仮にあの場でブラッドレイを退けられたところで、マスタングに真実を話すことはできたのか。
―――本当は、彼女の言う通り、逃げたかっただけではないのか?

「...雪ノ下。気持ちはわかるが、いまは戦いの途中だ。危ないから...」
「アカメさん、あなたはこんな状況で尚闘争を望むの?なら、結局あなたもそこの朴念仁と変わらないのかしら」
「なに?」
「無意味だと言っているのよ、こんなこと」

雪ノ下は、まるで舞台の演技をするように、歩きながら言葉を紡ぐ。

「私たちの目的はなに?この殺し合いから脱出することでしょ?ならなぜあなたたちは広川の思い通りの傀儡になってるの」

サク、サクと草を踏む音が鳴る。
その所作は、まるで自分の存在感をアピールしているようにも見えた。

「...戦わなければならないからだ。あいつは、ホムンクルスで」
「その前提から間違ってるのよ。キング・ブラッドレイ。あなたはあくまでも目的は脱出だと言っていたわよね?だからタスクさんを探していた」
「まあ、そうだな。図書館でも言ったが私とて広川の甘言を信じるつもりはない。だが、きみ達は私たちの正体を知ってしm」
「つまり、私たちは敵ではない。そうでしょうアカメさん?」

アカメどころか、キング・ブラッドレイの言葉すら遮って、雪乃は再びアカメに同意を求める。

「...確かに、そうかもしれない」
「それをやれホムンクルスだなんだのとはやし立てるからこういうことになるのよ」

敵どころか味方にすら息をするかのように吐かれる雪乃の毒。
あまりの予想外の事態に、三人は戦闘態勢をとりつつも雪乃へと視線を集める。
先程までの主役だった三人はその座を譲り、いまや舞台の主役は雪乃一人となっていた。

「あなたもあなたよ、キング・ブラッドレイ」

くるり、と踵を返し雪乃はブラッドレイと向き合う。

「あなたはタスクさんに脱出の助力を頼んだのでしょう?なら彼のやり方に合わせるのが礼儀というものよ。それをこそこそと彼には分からないようにイタズラ紛いのことをして。恥を知りなさい」
「私たちの正体を知った以上、きみたちは確実に障害になるのでね。悪いが逃がすわけにはいかんよ」
「そうやって後先考え無しに排除するのね。あなたは理性の無い獣と同じ、いえ禽獣にも劣るのかしら」

ブラッドレイのこめかみがピクリと僅かに動く。
雪乃はそれを見逃さない。

「単純な印象操作の問題よ。あなたがこうして暴れれば暴れまわるほどタスクさんからの評価は下がっていく。キング・ブラッドレイは、ホムンクルスは人を殺すしか能のない化け物だって。
けれど、もしあなたがホムンクルスだということが判明しても人を襲わず脱出に尽力すれば評価は覆っていたわ。もしかしたらホムンクルスだってあまり人間と変わらないんじゃないか...とね」
「......」
「願いを聞き入れてほしければ、ホムンクルスがどうとか以前に、まずは礼儀から正しなさい。礼節も礼儀もわきまえない、そんな輩の願いを聞き入れられる程世の中は甘くないわ」

ブラッドレイからの返答は、ない。

「脱出はしたい。広川の思い通りにはなりたくない。でもホムンクルスであることを知った者は殺したい。...あなたは我が侭な癖に、やってることは中途半端なのよ。そんな人間にはなにも掴めないわ」

その言葉を最後に、静寂が訪れる。
こうして雪乃の一人舞台は幕を下ろす。
そして、観客と化した三人はそれぞれの感想を抱く。

ウェイブは思う。雪乃の言ったことは正しい。きっと俺は逃げたかっただけなんだ、と。
アカメは思う。一番一緒にいた時間が長いからわかる。雪乃は、何の意味も無くこんなことをする少女じゃない。きっと、何か考えがあるはずだ、と。
キング・ブラッドレイは―――

「くだらんな」

一蹴に伏した。

「これ以上きみの茶番に付き合うのはうんざりだ」

ブラッドレイの気迫に当てられたように、木々が再びざわめき出す。

「死にたくなければ下がっていたまえ。尤も、順番が変わるだけだがね」

「...雪ノ下」

ブラッドレイの忠告にアカメが便乗し、雪乃を退かせようとする。

(...これ以上は無理そうね)

欲を言えば、このままブラッドレイには退いてほしかった。
だが、そもそも彼とは常識が違うのだ。期待通りの結果にならないのは百も承知だ。
流石に観念し、雪乃の足が後退していく。

「アカメさん」

ちらり、と後ろを横目でみた雪乃の視線がアカメのものと重なる。
その時、アカメは確信した。
雪乃の意志を秘めた眼―――それがなにかはわからないが―――それは、決意を固めた者にしかできない目。
やはり彼女には彼女の考えがあったのだと。

そして、それを合図とするかのように。

―――パキリ

ブラッドレイの後方から、何者かが枝を踏む音が聞こえる。
ブラッドレイは僅かに視線を向ける。

「ぶ...ブラッドレイ、さん!」

花陽が、恐怖に全身を震わせながら声を張る。

ブラッドレイは取るに足らぬ、と思いつつ、彼女の様子を把握。
武器はなし。戦闘態勢を取っているわけでもなし。ならば、これはただの囮だろう。
ブラッドレイをその場に足止めしたうえで有効な攻撃手段。それは―――

ブンッ、と音を立てながらブラッドレイの後頭部へとなにかの塊が迫る気配を感じ取る。

ブラッドレイは迷わずそれを両断し、おそらくこれを投げたであろう新一へと向き合おうとする。

―――が、しかし。

「むっ」

切った塊―――消火器の中から白粉が舞い散り、ブラッドレイへと降りかかる。
それと同時に、消火器の投擲者―――新一が、左拳を握りしめブラッドレイのもとへと駆けだす。

(いくらあんたの眼が優れてても、視えなけりゃどうしようもないだろ!)

新一が、己の拳の間合いへと入り込む。
だが、同時にそれはブラッドレイの間合いでもある。

「悪いが、私の"眼"は特別でね。この程度では潰せんよ」

消火器の粉など気に掛ける様子も無く、ブラッドレイは左手に持つデスガンの刺剣を突き出す。
そして、その剣は容赦なく新一の腹部へと突き立てられた。

「ッ...!」

しかし、剣は新一の腹部に刺さりはしたものの、貫通はしなかった。
致命傷となる寸前、新一が左腕でブラッドレイを掴み止めたからだ。

(突いた感触も妙だった...腹に本でも仕込んでおったか)
「いまだ、アカメ、ウェイブ!」

新一が叫ぶ。
それを合図に、アカメとウェイブが同時に駆けだす。

「ふむ」

ここで、ブラッドレイは彼女―――雪ノ下の狙いに気が付いた。
あの無駄に長い口上も、演技染みた素振りも。
意識を自分に集中させ、新一たちが隠れるまでの時間稼ぎだったというわけだ。
言葉で新一たちの足音を可能な限り消し、自らの挙動で注目を集めて周囲への注意を逸らす。
なるほど、ロクに訓練も積んでいない一般市民相手なら通用しただろう。

(だが、所詮は素人の浅知恵よ。この程度で一本とったつもりなら片腹痛い)

むしろ、一本とられたのはどちらだろうか。
確かに泉新一が離れない限り、こちらは腕一本で達人二人を相手にせねばならない。状況的には不利だ。
だが、それは泉新一が生きていることが前提の話だ。
アカメたちが間合いに入るのと、ブラッドレイが新一の首を刎ねるのとどちらが先か。
答えは後者。
新一の首を刎ね、アカメたちにその死体を投げつければそれだけで雪乃の策はお終いだ。
ブラッドレイには被害が及ばず、アカメたちは泉新一という戦力を一つ失うことになる。
それに、新一の死体を盾に使えばアカメたちにも動揺が生じて隙が生まれる可能性も充分にある。


(無能な司令官が指揮を執ったところで戦果を得ることはできん。むしろ、被害は増すばかりだ)

かつてのイシュヴァール殲滅戦に、フェスラーという男がいた。
彼は他の将校が成果を上げるなか、自分も手柄をあげようと躍起になり、自分の現状も戦力も考えずに兵を悪戯に浪費していた。
雪乃もそれと同じだ。ブラッドレイをここで倒すという手柄のために、泉新一を無駄に犠牲にし、同時に全滅の可能性も作ってしまった。

(恨むなら無能な司令官を恨みたまえ)

ブラッドレイが新一の首を刈るために、剣を振るおうとしたその時。

(―――何かがおかしい)

ふと、違和感を憶える。

新一は、この状況に及んで未だに『左腕』でブラッドレイを掴んでいる。

(なぜ、右腕を使わない?)

新一の目的がブラッドレイの拘束なら、両腕でブラッドレイを掴むはずだ。
新一の目的がブラッドレイの討伐なら、右腕で攻撃してくるはずだ。―――尤も、その瞬間右腕は身体から泣き別れることになるだろうが。


そこで、ブラッドレイは違和感の正体に気が付いた。

新一には、先刻までは確かにあったはずの右腕が無かった。

「貴様、腕は―――」

疑問を口にするとほぼ同時に。




『例え神のごとき目を持っていようとも、見えないところからの攻撃は防ぎようがあるまい』

―――ブラッドレイの腹部に、熱い感覚が走った。


雪乃の一人舞台が始まる数分前のこと。


『状況を教えろ、シンイチ』

新一だけに聞こえるように、眼を覚ましたミギーは声をかける。

「やっと起きた...見ての通り襲われてる」
『どっちが味方だ?できればあの初老の男であれば嬉しいが』
「そっちが敵で、アカメと男が味方だ」
『そうか、残念だ。...なんだあいつは。パラサイトではないようだが、どう見ても人間の動きじゃないぞ』
「まだパラサイトの方が納得できたんだけどな...」

ミギーが目を覚ましたことにより、新一の心にも幾分か余裕が出来ていた。
この殺し合いに連れてこられる以前の、全身に寄生生物が混ざる前と比べれば、新一は並みの人間よりも合理的に物事を捉えられるようになっていた。
そのため、落ち込んでもすぐに立ち直れ、衝撃的な事態を目の当たりにしても呼吸をおけば冷静になれる。
いまの新一は、ミギーが起きたことがキッカケとなり、幾分か落ち着きを取り戻すことができた。

『逃げるぞシンイチ。流石にあの中に割ってはいるのは無理だ』
「いや、ダメだ。アカメたちを見捨てるわけにはいかない」
『電撃を操る女の時も言っただろう。わたしたちがいたところで邪魔になるだけだ。全滅を免れるためには逃げるのが一番だ』

ミギーの言葉は正しい。
実際、新一があの場に割り込んだとして役に立つだろうか。いや、ミギーごと斬られて終わりだろう。
しかし、感情論を度外視しても、アカメたちを見捨てるわけにはいかない。

「ダメだ。キング・ブラッドレイには、あいつと同じくらい厄介な仲間がいて、いまもこの辺りにいるかもしれない」

新一が危惧するのは、セリム・ブラッドレイの存在。
ウェイブや狡噛ですら苦戦しロクに手傷を負わせられない彼の存在は、キング・ブラッドレイに劣らない脅威だ。
もしセリムと遭遇すれば、新一・雪乃・花陽の三人では一溜りも無い。

『アレがもう一人か。考えたくもないな。となれば、アカメたちを失うリスクも相応に高いか。ふむ...』

『...シンイチ、あいつの特徴は聞いていないのか?』
「マスタングって人から聞いてる。キング・ブラッドレイはあくまでも身体は人間だから、後藤のような身体を覆うプロテクターはない。それと、"眼"がいいらしい。多分、お前が混ざってる俺よりも凄い」
『なるほど。だからあれほどの剣劇を容易く捌けるのか。異常に優れた動体視力と運動神経―――強力ではあるが無敵ではないな』
「なにか策があるのか!?」
『...シンイチ。もしわたしが協力しない場合、奴にどの程度抵抗できる?』
「えっ」
『奴を殺すことは考えなくてもいい。逃げに徹した場合どの程度耐えられるかだ。感情論を含めず冷静に分析しろ。きみにはそれができるだろう』
「どの程度耐えられるか、か」


アカメたちの戦いを観察しながら、自分の身体能力を顧みて客観的に分析する。

あいつの剣の速さは確かにヤバイ。今まで戦ってきたパラサイトとは比べものにならないくらいだ。けど、何回も見たおかげで慣れてきた。全く見えないわけじゃない。
反撃はできるか?いや、無理だ。そんなことをすれば手足のどちらか一本は持ってかれる。
とはいえあの猛撃を避け続けられるだろうか。無理だ。すぐに動きを捉えられて殺されてしまうだろう。

「たぶん、よくて三回...最悪一・二回が限界だ」
『つまり、最低一回は致命傷を受けずに見切れるんだな?』
「ああ」
『...わかった。できれば、この方法は取りたくはないが...シンイチ、「A」との戦いを思い出せ』

ミギーが思い返すのは、寄生生物「A」との戦闘。
「A」は、実力だけはミギーと互角だったが、新一を戦力として見なかったために敗北した。
奇しくも、「A」との戦いとキング・ブラッドレイとの状況は似通っている。
「A」は、新一を戦力と数えなかったため、ミギーのみを戦力として扱った。
キング・ブラッドレイはミギーの存在を知らないため、新一のみを戦力として扱っている。
だが、根本的な違いは、キング・ブラッドレイとは戦力として圧倒的な差があり、「A」ほどの慢心も見当たらないことだ。

『あの時は私が防御に徹し、きみが攻めの機会を狙っていたな』
「ああ」
『今度はそれを逆にする』
「逆ってことは...つまり」

存在を知られていないミギーが攻めの機会を狙い、新一が防御に徹する。
そんなことできるのか、と言いかけた新一を遮りミギーが忠告する。


『できないと思うならやめておけ。それなら素直に彼らに任せた方が我々の生存率はあがる』
「我々の...ってことは」
『きみもわかっていると思うが、このままではアカメたちは負けるだろう』

アカメたちの敗北―――即ち彼女たちの死は、容易なほどに想像できた。
キング・ブラッドレイはそれほどに規格外の存在なのだ。

(このままだと、アカメとウェイブは死ぬ)

脳裏によぎるのは、自らを盾にして新一を庇った比企谷の背中。
彼は、あの場のみんなを助けるために命を散らした。
今回もそうだ。アカメもウェイブも、新一たちを守るために戦っている。
逃げれば、彼らはここで死ぬ。
そうやって、自分たちは身の安全ばかり考えて死を振り撒いていくのだろうか。
エルフ耳の男や後藤、キング・ブラッドレイに怯えながら、悲しみを振り撒いていくのだろうか。

「...やろう、ミギー」

新一には、それが耐えられなかった。
リスクを負ってでも、打ち止めにしなければならないと決意した。


『やけにあっさりと決めたな』
「お前が勝機のない策を出すわけないだろ」
『まあな。焦って無駄な策を提案するよりは違う策を考える方が効率がいい』
「なら、俺はお前の策にかけて、全員が助かる道を選ぶ」

そして、新一がアカメたちに加勢しようとする。が、しかしミギーはそれを引き止めた。

『待てシンイチ。いまの状況では駄目だ。私の存在のアドバンテージを潰すことになる』
「いまじゃ駄目...なら、どうするんだ」
『戦は兵力よりも勝機だよ。だから、奴に私たちを低く見積もらせろ。この土壇場でも、私たちにはこの程度しかできない、ならば取るに足らぬ、とな』
「あいつがそんな油断するかな」
『油断じゃない。奴がこの殺し合いで戦い抜くつもりなら必要なことだ。自分以外の七十一人、それもどんな強敵が待っているかわからないような状況で全力を出し続けるなど馬鹿のやることだ。ならば、奴が戦い慣れてれば慣れているほど、敵の実力を見極め最低限の労力で排除しようとするのは当然だ』
「そうか...けどどうやって?大声でも出しながら突っ込むのか?」
『いや、それではあまりにも不自然だ。必要なのはこの場にいる皆の力を合わせることだ。勿論、あの二人もな』

ミギーが指す、戦いを見つめている二人―――雪乃と花陽の手を引き木陰に身を隠す。

「聞いてくれ、二人共。このままだとアカメたちが危ない。たぶん...殺される」
「そ、そんな...」

花陽が青ざめる。徐に仲間の死の可能性が伝えられたのだ、当然だろう。

「だからこそだ。アカメたちを助けるためには俺たちの力が必要なんだ」

そして新一は、ミギーから聞いた提案の主な部分だけを伝えた。
キング・ブラッドレイに自分達の力を低く見積もらせろ、という概要を。

(低く、見積もらせる...)

雪乃は知っている。青春の大半を底辺で戦い続けてきた男の存在を。
雪乃は知っている。彼の行使する最低な方法は、自分を傷付け、少なからず周囲も傷付けてきたことを。
雪乃は知っている。それでも、彼は確かに他者を救えていたことを。

だから、新一からの依頼を達成できるのは一人だけ。

「...考えがあるわ」

比企谷八幡という男を知る、雪ノ下雪乃を置いて他ならないだろう。



新一の服が破れ、刃がブラッドレイの腹部を貫く。

ブラッドレイは、視てから行動に移すまでの判断が異常に早い。
いつも通りに刃に変質して戦ったところで屍が増えるだけだ。
そこでミギーが考えたのは、ブラッドレイの視覚外からの攻撃。
新一に動きを止めさせ、ミギーは新一の背中に張りつき反撃を窺う。
そして、新一が見事動きを止めたその時。
ミギーの刃は新一の脇を通り抜け、服を裂き、ブラッドレイを貫いた。


―――しくじった。


しかし、ミギーは直感した。
確かに、作戦は成功し、ブラッドレイに傷を負わせることには成功した。
だが、ブラッドレイが気が付いた違和感。そして、ミギーが攻撃する際に盛り上がった新一の衣服が視界に入ると同時。
ブラッドレイは僅かに身体の軸を逸らして致命傷を避けた。
傷を負わせられたのは、脇腹。それは決して致命傷にはなりえないものだった。
数瞬の内にミギーは斬り刻まれ、その命を終える。
それが、定められた未来だ。


(―――いいや、これで十分だ!)

だが、それはミギー一人だけの場合だ。
ミギーには新一がついている。
頼るだけではなく、共に戦い生き残ってきた相棒が。


ブラッドレイとて生物だ。
予想外の事態に驚かない生物はいない。あの後藤ですら、突然火を浴びせれば細胞が驚き身体のパランスを崩してしまう。
ブラッドレイが僅かに怯んだ隙をつき、痛む腹部に耐えながら全力で上体をのけ反らせて倒れ込み、その反動で蹴りあげる。

「......!」


腕を掴まれた時点で感じとっていたが、新一は単純な力なら充分に超人の域だ。
あくまでも生身であるブラッドレイでは力勝負では分が悪い。
危険を感じ取ったブラッドレイは、咄嗟に右腕で蹴りを防御。
ダメージこそさほど無いものの、衝撃には耐え切れず、ブラッドレイの身体は宙に浮き、新一の腹部から剣が抜ける。

その隙を突き、アカメが、僅かに遅れてウェイブが一気に距離を詰め、渾身の力で刀を振るう。
迫りくる二刀を、交差させた二振りの刀で受け止める。
戦いが始まってから、何度も繰り返されてきたこの構図。
ただひとつ違うのは―――

「むっ...!」

ブラッドレイはまだ地に足をつけていない。
いくらキング・ブラッドレイといえど、空気を蹴り宙を自在に舞うことなどできない。
つまり、二人の達人の力を腕力だけで受け止めることになる。

「ぶっとびやがれぇぇぇぇぇ!!」

ウェイブが吼えるのと同時。
ブラッドレイは大きく後方に吹き飛ばされ、その先には


「―――――ッ!」


漆黒の奈落が、彼を待ち受けていた。



「やった...のか?」

キング・ブラッドレイは奈落に落ちた。
それは、ウェイブだけでなくこの場にいた全員が確認している。

『わからない。だが、もし生きていれば厄介なことこのうえない。もう奇策も通じないだろうからな。いまのうちにここから離れよう』
「おわっ、な、なんだ!?」

新一の傍らに佇み、言葉を話す小さな『なにか』に、ウェイブ・アカメ・花陽の三人は驚きを隠せなかった。
ただ一人、喋る右手の存在を知っていた雪乃は特に反応の色を示さなかったが。

「いいのか、ミギー」
『...あの手段を使ってしまった以上、追及は免れない。なら、私の存在は共有した方が面倒は起こらないだろう』

いままでミギーは、己の存在をひた隠そうとしていた。
世間は勿論、新一の父にも正体を話すなと念入りに忠告していた。
しかし、ここは殺し合いの場で、閉鎖された空間だ。
この面子とは何度も会うかずっと一緒に行動することが強要される。
ならば、下手に隠して疑念を煽るよりはこの機会に公表してしまった方がいい。
勿論、敵対するつもりなら相応の対応をとるつもりだが。

「お前がブラッドレイを刺したのか」
『そうだ』

新一の右腕に戻っていくミギーに、アカメは問いかける。
アカメは、ミギーにそっと触れて微笑んだ。

「お前のおかげで助かった。ありがとう」
『......』

ミギーが完全に新一の右腕の形に戻る。

『...まさか礼を言われるとは思わなかったぞ、シンイチ』
「なんだ、照れてるのか?」
『わたしにそんな感情などない。急ぐぞ』
「はいはい」

長年の友人のようにミギーと朗らかに話す新一。
その新一の様子を、花陽はただ羨むように見つめていた。



「逃げられたか」

キョロキョロと辺りを見回し、気配を探るのはキング・ブラッドレイ。
奈落へと落ちたはずの彼がなぜ地上にいるのか。


落下する最中、彼は壁に剣を突き刺し、奈落への転落を防いだ。
勢いが止まるのを見計らい、壁の状態を確認する。
凝視しなければ気付かないほどだが、壁にはなんとか指や足を引っかけることが出来る程度の起伏や欠けた部分があり、傾斜も僅かに存在している。
彼の身体能力ならば、それだけで充分だ。
カゲミツG4で壁を斬り即席の足場を作り、一気に駆け上がる。
そうすることによって、彼は地上へと復帰したのだ。

(このような怪我を負うなどいつぶりのことか)

ミギーから受けた傷は、そこまで深いものではない。
しかし、長らく受けていなかった痛みに、ふと懐かしさすら覚えている。
懐かしさを憶えたのはそれだけではない。


(まさか、今さらになって礼儀を説かれるとはな)

雪ノ下雪乃。
彼女の言葉からは、敵だからだとか時間を稼ぐためだとか、そういったもの以上に単純に憤りをかんじていた。
付き合う前の、出会ったころの妻にビンタをされた時のものと同種のだ。
だからなんだという話だが、ブラッドレイにもかつてののろけ話を懐かしむ時はある。
同時に、思う言葉も確かにあった。

『あなたは我が侭な癖に、やってることは中途半端なのよ。そんな人間にはなにも掴めないわ』

中途半端な者にはなにも掴めない。
たしかに、その通りだ。
自分の行動が中途半端だとは思わないが、戦果だけ見れば得たものはない。
首輪のサンプルは得られず、肝心のタスクとはほぼ敵対してしまったようなものだ。
なにより、未だに脱出の手口すらつかめていない。
ならば、一度振り返り、反省し、そしてしっかりと方針を決めるべきだろう。
この殺し合いにおいて、自分はどう動くべきかを。


【E-5/崖っぷち/一日目/日中】

※斬られた消火器@図書館調達品とその中身が付近に落ちています。

【キング・ブラッドレイ@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(絶大)、出血(小)、腕に刺傷(処置済)、両腕に火傷 腹部に刺し傷(致命傷ではない)。
[装備]:
[道具]:デスガンの刺剣(先端数センチ欠損)、カゲミツG4@ソードアート・オンライン
[思考]
基本:生き残り司令部へと帰還する。そのための手段は問わない。
1:一度この殺し合いについて考える。2~6の思考は後回し。
2:稀有な能力を持つ者は生かし、そうでなければ斬り捨てる。ただし悪評が無闇に立つことは避ける。
3:プライド、エンヴィーとの合流。特にプライドは急いで探す。
4:エドワード・エルリックロイ・マスタング、有益な情報、技術、帰還手段の心得を持つ者は確保。現状の候補者はタスク、アンジュ、余裕があれば白井黒子も。
5:エンブリヲは殺さず、プライドに食わせて能力を簒奪する。
6:御坂は泳がしておく。島村卯月は放置。
7:自分が不利だと判断した場合は殺し合いの優勝を狙うが……
8:糸や狗(帝具)は余裕があれば回収したい。
[備考]
※未央、タスク、黒子、狡噛、穂乃果と情報を交換しました。
※御坂と休戦を結びました。
※超能力に興味をいだきました。
※マスタングが人体錬成を行っていることを知りました。

腹部に傷を負った新一をウェイブが背負い、時折倒れそうになるアカメを雪乃と花陽が支えつつ、一行は音ノ木坂学院へと向かう。

追手がないことを確認すると、ウェイブは一旦足を止め、雪乃に向き合った。

「雪ノ下。その、由比ヶ浜のこと...」
「あなただけが謝ったところでどうにもならないわ」

謝罪しようとしたウェイブを、しかし雪乃は遮る。

「由比ヶ浜さんを殺したのはセリューなのでしょう。なら、彼女を私のもとに連れてきなさい。そして償いをあなたではなく彼女にさせるのよ」

ウェイブが肯定の意を示すと、雪乃もウェイブもそれきり黙りこみ、一行は再び音ノ木坂学院への歩みを進めた。



「...あの、泉くん」

花陽が、おずおずと声をかける。

「その右手の子は、人間じゃないよね」
「ん...まあな」
「どうして、仲良くなれたの?」
『どうして、とは?』

ミギーが目を伸ばして花陽に聞き返す。
この問いをわざわざ尋ねるということは、ミギーを快く思っておらず、疑っているからだろうとミギーは判断する。
別に人間に好かれようなどとは思わないが、下手に警戒されて悪評を流されでもすれば命取りになる。
もし、花陽が必要以上にミギーや新一を警戒するようなら、かつての探偵にやったように多少乱暴な手を使っても忠告するか、最悪殺した方がいい。
そうして、花陽の真意を探ろうとするがしかし。

「あっ、変な意味じゃなくて、その、純粋に気になったというか...気を悪くしちゃったなら、ごめんね」

ミギーの警戒心を察したのか、花陽は慌てて自らの言葉を訂正しミギーに謝罪する。
そんな花陽を見て、新一はなんとなく彼女が言いたいことを察した。
おそらくセリムについてだろう。
仲間が助けた子が皆を殺そうとするなんて信じたくはないのは当然だ。
だが、もしセリムがあの時本当に花陽を殺そうとしていたのなら、その考えは命取りになりかねない。
ならば、釘を刺しておいた方がいいだろうと新一は考える。


「まあ、なんだかんだで付き合い長いしな。けど、それと理解しあえるかどうかは別だと思う」
「え...」
「俺たちは確かに共に暮らして、戦って生きてきた。けど、やっぱりお互いに理解できない部分もあるし、喧嘩染みたこともしょっちゅうしてる。...俺はミギーとは友達だと思うけど、それでも寄生生物と同じ立場になることはできないと思う」
「そう...なんだ」

思わず、視線を逸らす花陽。
新一の伝えたいことは、その先を言わずとも察することができる。
セリムは、凛が庇ったあの子は人間の"敵"で、理解を深めることなどできるはずもない。
新一とミギーでさえ種族の溝を埋めることはできないのだから、会ったばかりの彼となら尚更だ。

「けど、妥協はできるんじゃないかしら」
「え?」
「私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐かないの」

雪ノ下の若干睨んでいるようにも思える視線を受けつつ、新一は言葉を詰まらせる。
そもそもだ。セリムとキング・ブラッドレイが襲いかかってきたのはなぜか。自分たちの正体が判明してしまったからだ。
では、なぜ判明したのか―――新一が必要以上に警戒しすぎ、あまつさえホムンクルスであることを口に出してしまったこともその一端だろう。
その点さえ注意しておけば、美遊を殺したキング・ブラッドレイはともかくセリムまでも暴走はしなかったかもしれない。
雪乃の言った通り、危険性があるからと追い立てればその対象も反抗せざるをえないのは当然のことだ。

ただ、まだ可能性が残されているという点は、花陽の表情をほんの少しだけ明るくするのには効果的だった。

「...ごめん」
「あなたが謝ることはないわ。私だって、同じ立場ならそうしたかもしれないもの」

謝る新一にそう言いつつも、雪乃は思う。
妥協して解決案を探る。確かに社会で生きていく上では大切なことなのかもしれない。
しかし、そんなものは詭弁にすぎない。
自分を騙して、問題の解決から目を逸らして。
それは雪ノ下雪乃が嫌う欺瞞だ。本質を捉えない偽物だ。
でも―――その欺瞞が人を救えるのだとしたら。"彼ら"はどうしただろう。
疑問を抱きつつも受け入れるのだろうか。それとも、頭から否定するのだろうか。

(...どうして、私は)

彼らがどう思うか、などと考えているのだろう。
互いに理解もしきれていないのに。断言なんてできやしないのに。

考えたところで、彼らは―――

「雪ノ下?」


ポタリ、と水滴が地面に落ちてはねる。



(―――ああ、そうか)

全てを失って、ようやく気が付いた。

(ほんとうに、なんで今さらなのよ)

涙が出なかったのは、認めたくなかったからだ。
もし泣けば、こんな現実を認めることになってしまう。

始めは自分一人だけだった奉仕部の教室。
そこから少しだけ人が増えて。
目も性根も腐っていて、それでも交わす言葉はいつも新鮮に感じていた"彼"がいて。
ちょっと抜けたところもあるけれど、誰よりも優しい"彼女"がいて。
時々、見た目よりも気概のある"彼"も混じって。

そんな、当たり前にあったものが、もう二度と戻ってこないこの現実を。

(私は、彼らが、あの場所が、時間が)

しかし、もう駄目だ。
どうやっても誤魔化せない。誤魔化してはいけない。
認めたくない現実でも、向き合うしかない。


そうして、見たくない現実を受け入れて。


(大好きだったんだ)



雪ノ下雪乃は、ようやく涙を流すことができた。


―――涙は、どうしても止まってはくれなかった。


【F-5/一日目/日中】


【ウェイブ@アカメが斬る!】
[状態]:ダメージ(大)、出血(中、止血済み)、疲労(絶大)、精神的疲労(大)、左肩に裂傷、左腕に裂傷、全身に切り傷
[装備]:エリュシデータ@ソードアート・オンライン
[道具]:ディバック、基本支給品×2、グリーフシード×1@魔法少女まどか☆マギカ、不明支給品0~3(セリューが確認済み)、首輪×2、タツミの写真詰め合わせ@アカメが斬る!
[思考・状況]
基本行動方針:ヒロカワの思惑通りには動かない。一度自分達の在り方について話し合い、考え直す。
0:キンブリーは必ず殺す。
1:音ノ木坂学院に向かうが……
2:地図に書かれた施設を回って情報収集。脱出の手がかりになるものもチェックしておきたい。
3:工具、グランシャリオは移動の過程で手に入れておく。
4:盗聴には注意。大事なことは筆談で情報を共有。
5:セリューと合流し、一緒に今までの行いの償いをする。
[備考]
※参戦時期はセリュー死亡前のどこかです。
※クロメの状態に気付きました。
※ホムンクルスの存在を知りました。
※自分の甘さを受け入れつつあります。



小泉花陽@ラブライブ!】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(中)、右腕に凍傷(処置済み、後遺症はありません)
[装備]:音ノ木坂学院の制服
[道具]:デイパック×2(一つは、ことりのもの)、基本支給品×2、スタミナドリンク×5@アイドルマスター シンデレラガールズ、スペシャル肉丼の丼@PERSONA4 the Animation 、寝具(六人分)@現地調達、サイマティックスキャン妨害ヘメット@PSYCHO PASS‐サイコパス‐
[思考・行動]
基本方針:μ'sのメンバーを探す
1:音ノ木坂学院へ向かう。
2:穂乃果と会いたい。
3;μ'sの仲間や天城雪子、由比ヶ浜結衣の死へ対する悲しみと恐怖。
4:セリムくんは本当にただの人殺しなのかな...?
[備考]
※参戦時期はアニメ第一期終了後。



【アカメ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(絶大)、頭部出血(中、止血済)、頬に掠り傷、全身にかすり傷、奥歯一本紛失、顔面に打撲痕
[装備]:サラ子の刀@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:なし
[思考]
基本:悪を斬る。
1:音ノ木坂学院へ向かう。
2:キンブリーは必ず葬る。
3:タツミとの合流を目指す。
4:悪を斬り弱者を助け仲間を集める。
5:村雨を取り戻したい。
6:血を飛ばす男(魏志軍)と御坂は次こそ必ず葬る。
[備考]
※参戦時期は不明。
御坂美琴が学園都市に属する能力者と知りました。
※ディバックが燃失しました
※イリヤと参加者の情報を交換しました。
※新一、タスク、プロデューサー達と情報交換しました。



【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(極大)、友人たちを失ったショック(極大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、MAXコーヒー@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている、ランダム品0~1
[思考]
基本方針:殺し合いからの脱出。
0:セリューには由比ヶ浜を殺した償いを必ずさせる。
1:音ノ木坂学院へ向かう。
2:比企谷君...由比ヶ浜さん...戸塚くん...
3:イリヤが心配
[備考]
※イリヤと参加者の情報を交換しました。
※新一、タスク、プロデューサー達と情報交換しました。



【泉新一@寄生獣 セイの格率】
[状態]:疲労(大)、出血(止血済み)、横腹に刺し傷、ミギーにダメージ(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×2、ランダム品0~1 消火器@現実、分厚い辞書@現地調達品
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らない。
1:音ノ木坂学院へ向かう。
2:後藤、血を飛ばす男(魏志軍)、槙島、電撃を操る少女(御坂美琴らしい?)を警戒。
3:ホムンクルスを警戒。
[備考]
※参戦時期はアニメ第21話の直後。
※新一、タスク、プロデューサー達と情報交換しました。
※ミギーの目が覚めました。


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アカメ
雪ノ下雪乃
泉新一
キング・ブラッドレイ 148:ティータイムと本性
最終更新:2016年01月12日 23:22