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これから正義の話をしよう ◆isnn/AUU0c


あるところに ひとりのおんなのこがいました。
おんなのこは おしろのおひめさまにあこがれていました。
きれいなどれす きらびやかなぶとうかい。
やさしいおうじさまにてをひかれ ともにうつくしいしろのかいだんにのぼりたいとおもいました。
けれどおんなのこは へいぼんないえにうまれ へいぼんにそだちました。
おんなのこには なんのとりえもありません それでもおんなのこはがんばりました。
いつかじぶんも おひめさまになれるとしんじて がんばりました。
ほかのおんなのこだけが おしろにはいっていくのをみても くじけずがんばりました。
ほかのおんなのこが おひめさまになるのをあきらめても かまわずがんばりました。
がんばりました。 がんばりました。 がんばりました。
たくさんがんばったおんなのこは ついにおしろへはいることができました
それでもおひめさまにはなれませんでした おしろのなかにはおんなのこよりも おひめさまにふさわしいこがたくさんいたからです。
おんなのこはもっとがんばりました。
いつかじぶんもおひめさまになれるとしんじて がらすのくつをもってがんばりました。
そしてきょうも おんなのこはがんばります。
いつかじぶんにがらすのくつをはかせて おひめさまにしてくれるおうじさまをゆめみて。





『思慮を持ち正義をかざしてその生涯を送らなければ、何者も決して幸福にはなれないだろう』(プラトン)





私、島村卯月は養成所でアイドルになる訓練をがんばってきました。
そんなある日、私はプロデューサーにスカウトされて、346プロダクションに入ることができました。
そしてシンデレラプロジェクトのメンバーになり、仲間と力を合わせてライブを大成功させました。
これからもっと頑張らなきゃ――――そう思った矢先、私は殺し合いに参加させられました。

突然見知らぬ土地に飛ばされ、見知らぬ人達と殺し合えといわれ、私は怖くてしかたがありませんでした。

そんな私を助けてくれたのがセリューさんだったんです!

『私はセリュー・ユビキタスと言います。貴方は?』

セリューさんは見ず知らずの私を命がけで守り、時には優しく抱きしめ、時には力強く励ましてくれました。
セリューさんは、私が無価値でないと言ってくれました。正義の素晴らしさを教えてくれました。
セリューさんは――――。

私の王子様だったんです!





『悪に報いるには正義をもってし、善に報いるには善をもってせよ』(孔子)





断続的な爆発が止んだ。その様子をしばらく眺めていた卯月は、やがて一際大きな爆発にハッとなった。

「行かなきゃ……」

何かに導かれるように彼女は立ち上がり、来た道を引き返していく。

「待ってよ、しまむー!」
それを咎めるのは一緒にいた本田未央だ。いったいどこへ行くつもりなのか――本当は察していたが――確かめなければならない。
「行くってどこに」
「セリューさん……あんなに大きな爆発……また助けなきゃ」
両手に装着された帝具、クローステールをカチャカチャと鳴らす。
「きっと傷ついてるから……」
「だめだよ!」
「どうして?」
本当に疑問だ、という表情の卯月。
「だって、逃げなきゃ」
「逃げてどうするの? 二人だけで」
「それは……」
「あなたが私を守ってくれるんですか?」
軽蔑でも皮肉でもない。純粋な疑問で卯月はそういった。
「…………」
未央は何か言おうとしたが、結局俯いた。





『暴力は、常に恐ろしいものだ。たとえそれが正義のためであっても』(シラー)





どうしてこうなったんだろう。
未央の心は疑問でいっぱいだった。
いつもどおりレッスンをして、ライブに備えて、仲間たちと楽しく過ごして……。
そんな日常が、いつまでも――少なくともこんな風に終わるなんて思ってもみなかった。
最初は皆で帰るんだ、なんて希望も持っていたけれど……。

もう、プロデューサーも、前川みくも、渋谷凛もいない。

自分の仲間は、もう島村卯月しかいないのだ。

絶対に離れてはいけない。離れたら、もう会えないかもしれない。

大切な仲間だから。

彼女さえいれば、ニュージェネレーションはまだ続けられる。

自分たちはまだやり直せる。その絆だけは、絶対に守らなければ。

それなのに。

彼女はここで会った女性――セリュー・ユビキタスに強い執着を見せている。

それが彼女の異変の原因であることは、現場にいなかった未央にもよくわかった。

これをどうにかしなければ、島村卯月は元に戻らない。

346プロダクションのアイドル、島村卯月は帰ってこない。

どうすれば。

どうすれば……。

そこでふと、少し前のマスタングを思い出す。自責の念に押し潰されそうで、自分が責めなければ抱えたまま潰れそうだった。
その姿がどうしても見ていられなくて、自分は手を上げた。そうすることで、マスタングは抱えていたものを捨てられた。
あの時は自分が責めるべきではない――責めるべき相手でないと判断したが、今は……。

卯月を救えるのは自分だけだ。彼女の姿を――アイドル島村卯月を知っているのは自分だけだから。

未央は俯いた顔を上げ、卯月の腕を掴んだ。

「未央ちゃん……?」

そして手を振りかざし――――。

不思議そうにする彼女の顔に叩きつけた。


 バ ッ チ ィ ン


本田未央は引き金を引いた。

それが何に繋がる引き金かもわからず。

無造作に引き金を引いた。





『正義はその実行において真理である』(ベンジャミン・ディズレーリ)





なぜ自分が殴られたのか、卯月にはわからなかった。
何も間違ったことは言っていないのに。
ここで未央と一緒にいても何も解決はしない。
それより、セリューと合流する方がよほど正しい。
戦力的にも、精神的にも、セリューの存在は絶対である。

それなのに……。

「いい加減にしてよ!」

なぜ彼女はこんなに怒っているのだろう。

「どうしてそんなことばっかり言うの!?」

まるで自分が被害者だとでも言いたいようだ。

「おかしいよしまむー。目を覚まして……!」

まるで……まるで自分が正しくて……。

「あの人がおかしいのは本当はわかってるんでしょ!?」

私が――私の信じるセリューさんが間違っていると言っているような。

「やっとまた会えて、一緒になれたのに。どうしてあの人なんか優先するの?」

卯月の行動の否定は、彼女の信仰の対象であるセリューの否定に直結する。
それがわからない未央ではないだろう。しかし、この状況と、彼女の若い感性と視野では、これが限界なのだろう。

あなたの行為は間違っている。だから注意する。自分の言うとおりにさせる。

それが未央の言わんとすることであり、それはすなわち――――。

卯月にとっては敵対行為と同義であった。


「やめてよ」

卯月はか細い声を出す。

――――私から価値を奪わないで。

しかし未央は止まらない。

「承太郎さんも死んじゃった。マスタングさんもあの人もボロボロだった。さっきの大きな爆発じゃどう考えたって」

「やめて……」

――――セリューさんが私に履かせてくれたガラスの靴を――――。

――――とらないで。

セリューさんは今の私を認めてくれた。受け入れてくれた。
アイドルとしての価値すらない、何の取り柄もない、ただの女の子――――そのままのウヅキでいいって、そう言ってくれた。

赤く腫れた頬に手をやる。

セリューさんは優しく頭をなでてくれた。抱きしめて慰めてくれた。

強くて頼りがいがあって、正義を信じ、悪を倒して弱い人を守る――――そんな一生懸命だった彼女を――――。


「あの人はもう死んだの! どこにもいないんだよ!」


ど う し て こ の 人 は 否 定 す る の ?


「だからこれからは二人で頑張らなきゃいけないんだよ。仲間なんだから……」

細かく挙げればキリがないが――――大きく分けて、未央はふたつのミスを犯した。

ひとつは今の卯月をアイドルの島村卯月と同一視していること。未央は同業者としての彼女しか見ていないため、それはどうしようもない。

そしてセリュー・ユビキタスが、今の卯月にとって絶対的な存在であると気づけなかったこと。
これもその間に同行していないのだから気づきようがない。

以上のミスを修正せず、強引に事を進めようとした彼女は――――。


宙を舞った。


島村卯月に武道の経験はない。つまり腕を掴まれた状態での投げ――柔道や合気道のそれ――ではない。
空いた手でクローステールを操り、糸にひっかけた未央を上に放っただけだ。
そのまま受け身も取れず、地面に戻った未央はうめき声を上げる。

「し、しまむー?」

何が起こったかわかっていないらしい彼女は、ただ卯月を見上げる。

「あなたに何がわかるんですか?」

仰向けの未央――その腹部に卯月は乱暴に腰掛ける。
その衝撃で腹から息を吐きだした未央は目を白黒させた。

「あなたに何ができるんですか?」

「わ、私はただ」

狼狽する未央を、卯月はただ無表情に見下ろす。

口では偉そうなことを言うくせに、何の力もない。人の思いを踏み躙り、言うことを聞かせるために手を挙げる。

これを悪といわず、なんという。

「あなたはいつもそうです」

卯月は未央の顔より下に目を向け――――。

「いつも自分勝手で、皆がそれに構ってくれると思ってる」

首が目に入る。

「こっちの迷惑なんて気にもしないで」

首、首、首……。

ああ、そうか。

こうか――――。

細い首に両の手を置いた卯月は、そのまま力をこめる。

どうして自分がこうしたのかはわからない。ただ首がそこにあって、ただ悪がそこにあった。

それだけだ。

「しまむー。苦しいよ」

卯月自身もこの状況には困惑があるが、未央はそれ以上だろう。

いつもの卯月なら、自分の知っている卯月なら、結局は自分の言うことを聞いてくれる。こっちに合わせてくれる。強く訴えれば尚更だ。

そんな思い込みがあったのに、それが覆され、あろうことか襲われているのだから。



相手に調子を合わせる。

曖昧な態度でなあなあに済ませる。

否定はせず、形だけでも同調する。

愛想笑いを浮かべて、建前だけ賛同して波風を立てない。

島村卯月の日常でのそうした態度――ペルソナを用いることは、悪いことではない。誰もが日常生活で、社会で生きるために使う処世術だ。
問題は、そのような擬態を、人は時として捨てること。その擬態に隠された本当の人格に気づけないことである。

この極限状況の中、本当の自分をさらけ出した島村卯月に――――。

本田未央は気づくことができなかった。


「私達、仲間なんだよ。こんな……」

息が詰まる中、貴重な酸素を消費して未央は発声する。
自身を締め付ける腕を止めようと手をかけるが、上を取られ、何の体術も修めていない少女に抗う方法はない。

「仲間?」

卯月は言われて思い出したようにまばたきする。

「私があなたを選んだんですか? あてがわれたユニットに、たまたまあなたがいただけですよね?」

ただアイドルになりたかった。そのためにずっと頑張ってきた。それをふいには出来ない。
アイドルになるために与えられた条件に、きちんと応える。アイドルになり、アイドルであり続けるためには、それが必要だった。

だから良好な関係を、少なくとも険悪な関係を極力回避し、集団行動に気を配った。
切磋琢磨し、協力し合い、かといって必要以上には踏み込まず――――。
そうして作られた、彼女がいうところの仲間――――人間関係が、命のやりとりをするこの舞台で通用すると、なぜ思えるのだろうか。

かつての自分もそんな考えを持っていたが、今となっては、どうしてそんなことを考えたのか不思議でしかたがない。


多分、ほかに頼るものがなかったからだろう。

今の自分には、セリューがいる。自分が選び、自分でついていくと決めた相手がいる。

それだけで――彼女だけで、自分は充分だ。

それなのに。

それを否定するなら。

それはきっと――――。


悪だ。



「そっか……そうなんだ」

首を締める力をそのままに――それどころか、より一層体重をかけた卯月は呟く。

「ようやくわかりましたよ、セリューさん」

あなたの正義、その本質が。

自分を――自分の尊厳を、理想を守るために、力を振るい、自分を否定するものを排除する。

それが私達の正義。

口だけの綺麗事じゃない。力を使って行うそれが――悪を倒す行動こそが――――。

あなたと私がなしていく正義。

卯月がその結論にたどり着いた時、胸に温かいものが溢れた。
その顔に浮かぶ笑みは、ここに来て初めてというくらい――ひょっとしたら生まれて初めてというくらい――輝いていた。

プロデューサーは、自分をアイドルにした理由が笑顔だといった。
でも、笑顔なんて誰にでもできることだ。今思えば、まるで自分には何もないと言われているようだ。
でも、今は違う。

セリュー・ユビキタスが与えてくれた正義がある。

笑顔と正義。

このふたつがつくり上げるもの。

それが本当の"島村卯月"。

自分が"島村卯月"である理由。

自分が持つ価値、自分が舞踏会へ上がるためのガラスの靴。


「未央ちゃん」

打って変わって、とても優しい声と顔で卯月は語りかける。それでも絞首は止まっていない。

「私の事、まだ仲間だと思ってくれますか?」

もはや言葉すら出せないのか、未央は口を小さく開閉させながら、しっかりと頷いた。

「ありがとう未央ちゃん」

にっこりと、一切の邪気がない笑顔で卯月は告げる。

「じゃあ、私のために」

未央の手が卯月の腕から滑り落ち――――。

「死んで」

そのまま音もなく落ちた。





『われわれは戦い、そして勝利者とならねばならぬ。正義とは正しい者が勝つことだ』(ロマン・ロラン)





「まったく。見境なく爆発させるから」
耳鳴りが頭のなかでガンガン響く。三半規管が爆音で侵され、めまいがする。
一般人であれば歩くことさえできないコンディションで、マスタングは先に避難した二人の少女を追う。
コロの足跡をたどれば――二人がそこを動かなければ――合流できるはずだ。

はやく二人の安否を確認し、戦場に戻らなければ。
こうしている今も、セリューは一人で戦っているのだから。
グラグラと揺れる視界の中、マスタングが足元の石につまづき、よろけた。
すんでのところで踏みとどまった彼の目に、閃光が届く。

反射的にそちらを見る。遅れて、爆音と爆発が彼に追いついた。

「セリュー……!」

あの爆発では……。

脳裏をよぎる可能性にマスタングは舌打ちをする。
あの爆発では、生存は絶望的だ。

それに――――。

マスタングは崩壊していく線路に目を向ける。どこから伸びているかわからない支柱が折れ、レールを含めた足場が落下していく。
これでは戦場に戻るどころか、状況を確認することも不可能だ。
錬金術で修復しようにも、元の質量は奈落の底だ。まかなう物質がない以上、等価交換が原則である錬金術では直すことができない。
遠くにある線路――あれは北側のものか――も同様で、もし先程いた場所に戻るなら、無事かもしれない東側の線路か、空でも飛ばない限り無理だろう。

「ともかく、合流するしかあるまい」

ここで呆けているほど、マスタングは未熟ではない。すぐに頭を切り替え、最優先事項に集中する。
爆心地への懸念はそのままに、再び走りだす。

「あれか……!」

額や髪から汗を滴らせ、マスタングはようやく目当ての人影をとらえた。

「む……」

誰かが馬乗りになっている。乱れた視界ではよくわからない。
もっと近づかなければ……あれが襲われている状況だとしても、自分の焔は細かい調整ができない。

その光景に直面した時、マスタングは数秒ほど呼吸を忘れた。

ありえない。

まず、そう思った。

島村卯月と本田未央は同じ世界の仲間で、敵対していたわけではない。

それなのに、どうして……。

「何をやっている!」

叫び近づくマスタングに気づいた卯月は――未央はまったく動いていない――微笑みを浮かべる。

――――エンヴィーか。
――――いや、しかしそれでは本物のウヅキは。
――――それにあの慈しみさえ感じる笑みは奴とは。 

マスタングのそうした逡巡は、卯月に逃げるだけの余裕を与えた。
彼女は未央のデイバッグを片手に、もう一方の手を――そこから放たれる糸を遠くの巨木に伸ばし、空を滑るように移動した。


「待て!」

マスタングは両手を合わせる。直撃させないまでも、せめて牽制は――――。

『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
『ぃぃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

脳裏に、あの時の悪夢がよみがえる。

「くっ……!」

結局、彼女が木々の向こうへ消えていくのを見送ってしまった。
何の確認もせずに、少女に焔を放つことはできない。
過ちを繰り返すわけにはいかない。
彼女が何をしたか、はっきりとは見ていないのだ。
ただ馬乗りになっていただけ。
あるいは心臓マッサージを試みようとした時に自分が敵意をあらわに現れたから、とっさに逃げてしまったのかもしれない。
考え始めたらキリがない"IF"。その前提にあるのは、卯月が未央を襲うはずがないという先入観や、解消したとはいえ未央に対して抱いている罪悪感、二度と同じ轍を踏むまいという誓い。

ともかく、彼女を調べればわかる。

マスタングは身動きひとつない未央に近寄り、彼女の口に手をやる

呼吸は――――。


――――かすかではあるが、ある。


首に残された指の跡、指先があったであろう場所から流れる血。
下手人が誰であるか考えるのを後回しにしたマスタングは未央の半身を起こし、その背中に膝をあてて両肩を掴み、後ろに引く。
今の未央は、格闘技でいうところの"落ちた"状態だ。そして今やったのは、その蘇生法。
「…………かはっ」
はたして、未央の意識は戻り、咳をして背中を丸める。口から飛び散る血をマスタングは見逃さなかった。
もし、自分が来るのがもう少し遅れていてれば、蘇生はできても重大な障害が残っただろう。
もっと遅れていれば、彼女の意識は永遠に戻ってこなかった。

これは、殺意のあった行動だ。
それも、殺しに慣れていない者がやるものだ。

「なぜだ」

自分でも未央でもない第三者に問うようにマスタングは呟く。

「どうしてこんな……」

困惑のマスタングをよそに、未央は立ち上がり、よろよろと歩き出す。
酸欠状態で今のマスタングよりひどい状態なのにもかかわらず、だ。

「待て。どこへ行く」

「あ、あやまらなきゃ」
内股を流れる小水すら気にもせず、未央は体を引きずるように動かす。
どっちの方向へ卯月が移動したかわからないから、まったく見当違いの方へ行こうとしている。
「なっ…………」
マスタングが驚いたのは言動に、ではない。もっと単純なもの。
「あ、あれ……?」
未央は喉と口を抑え、離し、血にまみれた手をじっと見る。
「まさか」
変わり果てた彼女のそれ。
「持っていかれたのか」
未央はマスタングを見上げる。その視線に向き合えず、彼は目をそらす。
「……声を」





『大きく正義を行おうとする者は、細かく不正を働かねばならない。大事において正義をなしとげようとする者は、小事において不正を犯さなければならない』(モンテーニュ)





ロイ・マスタングの接近に対して、未央を囮にその場を離れるなんてことは、セリューはしない。
できるかわからない説得か、あるいは勝てるかわからない敵対を選ぶだろう。

セリュー・ユビキタスの正義を模倣していても、島村卯月はセリュー・ユビキタスそのものを模倣したわけではない。
ゆえに、彼女の判断能力はそのままであり、場合によっては撤退や陽動さえする。

「あーこがれてた場所を♪」

ボートパークの屋根に登った卯月は、クローステールの説明書を読み返していた。

「ただとおーくから見ていーた♪」

この道具――帝具はとても便利だ。さっきみたいな移動もできるし、体に巻いておけば鎧にもなる。
セリューを助けた綱にも、遠くの話を聞くこともできる。

「さぁ、クヨクヨにー♪」

可能性は無限大。

「今サヨナーラー♪」

まるで今の自分のようだ。

「Go!もうくじけーない♪」

改めて頭に入れた内容を噛み締めながら、説明書を丁寧に折りたたんでしまう。
後は機会を見つけて練習していこう。レッスンと同じだ。
苦手なステップが苦手じゃなくなっていくように、きっと頑張れば、できるようになるだろう。

「もっと光ると誓うよ♪」

ここから見ると、南下する線路と西へ行く線路は落ちてしまっている。

「未来にゆびーきりして♪」

セリューと合流するには、東側へ回り込むしかないだろう。いくら使い勝手のいいクローステールでも、ここから民宿にまで糸を届かせることはできない。

「わぁ」

卯月がそちらを見ると、さんさんと輝く太陽があった。
それは、初めてライブで受けた、たくさんのライトを思い出させた。

「きれい」

キラキラしている。今の自分も、きっとこれくらいキラキラしている。

うっとりと微笑む卯月に、未央を殺したことへの罪悪感は伺えない。
実際、彼女はそこまで気にしていなかった。本田未央は悪であった。
その悪は自分の正義によって倒された。それだけのことだった。

――――ありがとう未央ちゃん。

ただ、感謝はあった。

――――これで私も、セリューさんと一緒に戦える。

これだけの帝具――力がありながら、今まで戦えなかったのは、セリューたちが止めたのもあるが、何より自分に自信がなかったからだ。 

『殺す』『死ね』
日常ではありふれた言葉ではあるが、実際にやる者はほとんどいない。
そこに実現可能性はなく、あるのはそこに宿る殺意や憎しみだけ。
漫画やドラマでしか経験していない卯月が、実際にその命のやり取りを行うには、実体験が必要だった。

自分でも人が殺せる、という経験が。

『ああ、こうすれば人は死ぬんだ』と。

卯月が体験した本田未央の殺害は、そのために必要不可欠だった。

卯月の正義にとって、未央の悪は必要だったのだ。

悪は悪でも、必要悪ということで、卯月は未央を許し、感謝しているのである。

彼女の首を締めた感覚を思い出しながら、卯月は手を握りしめる。
あれでいいなら、クローステールを使えばもっと簡単に首を締め――――いや、切断だって簡単だろう。

「そうだ」

セリューを探す途中で、首を集めよう。彼女もそんなことをしていた。
悪を見つけて、その首を集めて見せれば、きっとセリューも喜ぶ。


たしか、なんだったっけ。

「そうだ」

高坂勢力。

セリューが危険だと言っていた極悪非道の集団。
悪鬼羅刹が跋扈し、戦力をかき集めていると聞く。

その巨悪の首領――――高坂穂乃果

諸悪の根源。正義をなすためには避けて通れない悪。

「うん、そうしよう」

高坂勢力の首を集める。特に高坂穂乃果の首は、見つけたら絶対手に入れる。

「憧れじゃ終わらせない♪ 一歩近づくんだ♪」

やることは決まった。卯月は書き込まれた地図を一度確認してから、クローステールを操る。

「さぁ♪ 今♪」

ここから東側へ回り込むには、DIOの屋敷を目印に禁止エリアを回避しつつ東へ渡るしかないだろう。

「Bye!涙はいらーないー♪ 明日の笑顔願おーう♪」

手頃な対象へ糸を伸ばし、卯月は移動を開始する。

「LIve!『おしまい』なんてなーい♪ ずっとSmiling!Singing!Dancing! All my...!」

糸を巻き取り、勢いをそのままに、もっと先のものへ更に糸を飛ばす。
単独行動であるから、他の者の足を気にする必要はなく、スムーズに動ける。

「愛をこめてずっと歌うよー♪」

陽を浴びて、輝きの向こう側へ、少女は舞う。

そこにあるであろう正義と悪を目指して。

「島村卯月っ」

笑顔と正義でっ!

「頑張りますっ!!」


【B-6/一日目/午後】

【島村卯月@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]:正義の心、『首』に対する執着、首に傷
[装備]:千変万化クローステール@アカメが斬る!
[道具]:ディバック、基本支給品×2、不明支給品0~2、金属バット@魔法少女まどか☆マギカ
[思考]
基本:島村卯月っ、笑顔と正義で頑張りますっ!!
0:セリューを探す。
1:高坂穂乃果の首を手に入れる。
2:高坂勢力を倒す。
[備考]
※参加しているμ'sメンバーの名前を知りました。
※渋谷凛の死を受け入れたくありませんが、現実であると認識しています。
※服の下はクローステールによって覆われています。
※クローステールでウェイブ達の会話をある程度盗聴しています
※ほむらから会場の端から端まではワープできることを聞きました。
※本田未央は自分が殺したと思っています。





『正義のもたらす最大の実りは心の平静なり』(エピクロス)





クローステールの伸ばす糸はそれ自体にある種の推力があり、密着した状態でも心臓に向かうことだって可能だ。
使用者の卯月が首にしか執着していなかったのが功を奏し、未央の心臓はまったくの無傷であったが、かわりに首の――主に気管を糸は這っていた。
未央の吐血は、それによってできた出血が気管にたまり、咳によって排出される運動である。
これ自体に、命を脅かすものはない。気を失った状態であれば、その血が気管を塞ぎ窒息死させていたかもしれないが、マスタングによってそれは防がれた。

卯月の絞首は呼吸を止める以外にも、上から喉を押す体勢は、声帯への多大な負荷とそれに関連する骨を歪める効果があった。
また、仲間だと――ここに残った唯一の仲間であったと思っていた卯月から向けられた殺意は、未央の精神を大いに蝕んだ。

以上のことから、本田未央の声は平素のそれとはまったく違うものになってしまった。

「それじゃあ、私、死なないんですね」
「ああ、その程度の出血なら、大丈夫だ。傷もいずれ塞がるだろう」
出血だけなら……。 
かすれ、荒れ果てた声は、かつてのそれを知るマスタングにとって、ノイズでしかなかった。
「……先程の話だが、つまり君がウヅキを怒らせて、ああなったというわけだな」
「だから、謝らなきゃ……」
足元の草に血を撒きながら、未央は卯月が去った――とマスタングから聞いた方向へ向かおうとする。
「精一杯謝れば、しまむー……許してくれるよね」
「ああ、そうだな」
マスタングはそれが不可能だと、彼女は戻れないと察していた。
戦場ではよくあることだ。戦場に蔓延する狂気によって、精神に異常をきたす。
イシュヴァールでも様々なものが戦時中に、あるいは帰還しても悩まされている。
確たる治療法は、セントラルでもまだ確立されていない。

かといって、その真実を彼女に告げれば……。
彼女は……。

「マスタングさんは、私の仲間ですか?」

いや、彼女も本当は気づいているのだろう。

見上げる彼女の顔は、不安と恐怖、絶望で彩られていた。

「もちろんだとも」

小さな手が軍服の胸のあたりを掴む。

「本当ですか? 本当に――――私と一緒にいてくれますか?」

マスタングは未央の頭に手を添え、そっと自分に寄せた。
「少しは大人を信用しろ」
「私……私一人になっちゃった。もう誰もいない……」

血に混じって胸を濡らす雫に、マスタングは心を痛めた。

これが戦果か。

あれだけ死力を尽くして戦って、セリューに託されて、これがその結果か。

たくさんの人間を焼けるくせに、少女一人救えないのか。

これで信用しろなどと、どの口が言えるのか。

我ながら情けない。

「一緒にいてください。……一人にしないで」

レディに涙なんて似合わないよ。――――なんてセリフをいつもだったら言えただろうか。

「急ごう。掴まりたまえ」

少女の体と彼女を救えなかった罪を背負って、男は進む。


卯月の目指す先は、おそらく自分と同じだ。まず北上し、DIOの屋敷を経由して東へ。
少しでも移動距離を減らすために、ボートパークで船を調達しよう。
それなら湖を横切れるし、足も休められる。
追いつけるとは思えないが、今の民宿は袋小路だ。再会は確実だろう。

その時、自分の焔は何を焼くのか。

――――まだわからない。


【C-7/一日目/午後】


【本田未央@アイドルマスター シンデレラガールズ】
[状態]:深い悲しみ、吐血、喉頭外傷
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:殺し合いなんてしたくない。帰りたい。
0:しまむー…
[備考]
タスク、ブラッドレイと情報を交換しました。
※ただしブラッドレイからの情報は意図的に伏せられたことが数多くあります。
※狡噛と情報交換しました。
※放送で呼ばれた者たちの死を受け入れました
アカメ、新一、プロデューサー、ウェイブ達と情報交換しました。


【ロイ・マスタング@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)、迷わない決意、過去の自分に対する反省、全身にダメージ(大)、火傷、骨折数本
[装備]:魚の燻製@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース
[道具]:ディパック、基本支給品、錬成した剣 即席発火手袋×10 タスクの書いた錬成陣のマーク付きの手袋×5。暁美ほむらの首輪、鹿目まどかの首輪、万里飛翔マスティマ
[思考]
基本:この下らんゲームを破壊し、生還する。
0:殺し合いを破壊するために仲間を集う。もう復讐心で戦わない。
1:セリューの安否を確認する。
2:ホムンクルスを警戒。ブラッドレイとは一度話をする。
3:エンヴィーと遭遇したら全ての決着をつけるために殺す。
4:鋼のを含む仲間の捜索。
5:死者の上に立っているならばその死者のためにも生きる。
[備考]
※参戦時期はアニメ終了後。
※学園都市や超能力についての知識を得ました。
※佐天のいた世界が自分のいた世界と別ではないかと疑っています。
※並行世界の可能性を知りました。
※バッグの中が擬似・真理の扉に繋がっていることを知りました。





『正義ほど偉大にして神性な美徳はない』(アディソン)





島村卯月が本田未央を殺したと認識しているが、それは間違いではない。
彼女にとっての本田未央とは、アイドルである本田未央でしかない。
かつての声を失い、アイドルとしての資格を失った彼女は、やはり卯月にとっては死んだのだろう。

本田未央、十五歳。高校一年生。
大手芸能事務所である346プロダクションに所属する新人アイドル。
彼女のガラスの靴はその手から落ち――――。


――――砕けた。


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ロイ・マスタング 161:それでも彼女は守りたかったんだ
本田未央
最終更新:2023年09月18日 23:49