148

ティータイムと本性 ◆MoMtB45b5k


図書館。
本棚の間を、キング・ブラッドレイが歩んでいく。

「……」

その様は、仕事を引退した男が本を読み漁りに来たように見えたかもしれない。
だが、男の体の所々から流れる血液が、そんな平和な想像を打ち消していく。

「書物か……」

本は好きだ。
人間たちが紙の上に思いを留めてきた記録の体系。
かつては帝王学と称して政治や軍事に関する本を読んだし、自室にも本棚を置いてある。

「しかし、妙だな」

放送が行われる前に戦闘を行った場所であるこの図書館。
あの時は細かく確認する余裕がなかったが、こうして本棚を見てみると、違和感があるのに気付く。

ブラッドレイのいたセントラルにも大きな図書館がある。
それに比して、恐らくここはその5分の1ほどの規模だ。
だが、建物の大きさに比して、蔵書量が少なすぎるのだ。
奥のほうを見てみると、その大半に本が入っていない棚もある。

さらにおかしな点がもう1つある。
詩集や百科事典などは、それぞれ同じ種類の本に分類され、配置されている。
よく見ると、その中にはぽつんと、明らかに違う種類の本が混じっているのだ。

「ふむ……まるで誘導されているようだな」

建物の規模に対し少なすぎる蔵書量。
不自然に配置された本。
これらを総合すると、考えられることは1つ。
この図書館を訪れる者は、多くの中から特定の本を手に取るように仕向けられている。

「広川の思い通りというのは気に食わんが」

数度の戦いを経たが、得たものは何もない。
首輪のサンプルはなく、脱出の糸口も開けていない
これではただただ疲弊が積み重なっていくのみ。
ならばここで、休息を取ると同時に考えておく必要がある。
この殺し合いとはいったい何なのかを。
そして自分は、はたしてどう動くべきなのかを。






「実に興味深い」

給湯室で淹れた紅茶を飲みながら、持ち出してきた資料を見やる。
まずブラッドレイの興味を引いたのは、本棚とは別の場所に置いてあった新聞だった。

『山野アナ、議員秘書と不倫か!?』

『第1回ラブライブ、A-RISEが制覇』

『猟奇ひき肉殺人がまたも発生』

『SAO事件、全容未だ見えず』

それらの見出しを眺めていく。
見出しにある単語は、どれも全く覚えのないものだ。
「ラブライブ」などというイベントは知らないし、「SAO」にいたってはそれが何なのか理解すらできない。
さらに新聞をめくっていくと、その日付はおろか年号までもがてんでバラバラなのにも気付く。
記憶が確かならば、今は1915年だ。
「SAO事件」のことが書いてある新聞の日付は2024年となっている。
この新聞は100年後のものなのだろうか。
さらに言えば、ブラッドレイの世界で使用されている紀年法は大陸暦だ。
「西暦」などというものは全く聞いたことがない。
そして、それらの新聞に載っている写真に写り込んだ街並みも、アメストリスのものとはかけ離れているように見える。
写真といえば、やはりこの中の一角にあった「電子書籍コーナー」もなかなか面妖なものだった。
映像として内容が表示される本。指で触れることで動く画面。
それらはブラッドレイの知る写真技術を大きく逸脱したものだ。

いっとき前に考えたことが、再び脳裏をよぎる。
平行世界。
殺し合いの参加者がそこから集められたということ。
こうした証拠を前にすると、その実在はほとんど確信に到る。

次に手に取ったのは、固い紙で造られた、やや薄い本。
表紙では、見覚えのある3人の少女がポーズを取り、こちらに向かって笑顔を見せている。
本に付いていた帯には、『ニュージェネレーションズ、待望のファースト写真集!』という煽り文句が書いてある。
中身を開くと、3人の少女の写真が満載されていた。
3人が一緒に写っているものも、1人だけが写っているものもある。
水着を着て、太陽の照りつける浜辺でポーズを撮っている姿。
夕日の差す窓辺で、学校の制服らしきものを着て物憂げにたたずむ姿。
ワイシャツ一枚でベッドに横たわり、肢体を投げ出している姿。

「……彼ならば、こういうものも喜ぶかもしれんがね」

ページをめくりながら、マスタングに関する噂を思い出す。
それによると、もし大総統の地位に就いたら女性の軍服をミニスカートに統一すると吹聴していたらしい。
彼ならこれも欲しがるかも知れない。
だが、いかんせん老年に達しようとしている自分には、鼻の下を伸ばすには彼女たちの姿は眩しすぎる。

「アイドルか……」

ページをめくりながら、しばし考える。
アイドル。そういえば、最初に出会った園田という少女も「スクールアイドル」と名乗っていたことを思い出す。
職業らしいが、少なくともアメストリスにはそのようなものはない。
煽情的な写真から、娼婦の一種かとも考えたが、それにしては写真の中で微笑む彼女たちの雰囲気は明るかった。
アンダーグラウンドの世界に生きる人間に特有の暗さが全く感じられないのだ。
だが、3人が華やかな衣装で舞台に立ち手を振っている写真を見て、多少の得心がいった。
観客に歌や踊りを披露する、踊り子と呼ばれる女性たち。
3人は恐らくそれに近しい者なのだろう。

彼女のたちの素性にはおおよその見当はついた。
しかし、彼女たちがなぜ殺し合いという異常な場に呼ばれているかが分からない。
1つの可能性としては、慰問だ。
戦いに疲弊した者たちに歌や踊りを見せ、しばしの癒しを提供する役目。
かのイシュヴァール内乱においては、こうした踊り子、あるいはサーカス団などが前線に多くやってきたものだ。
だが、戦う力を持たない彼らは、例外なく厳重に護送されてきていた。
翻ってこの場を見ると、彼女たちは自分と同じように首輪を付けられ、参加させられている。
慰問をやらせようというのなら、何の保護も施さず対等な条件で放り込んだりはしないはずだ。

結論は出ない。
だが、彼女たちが披露する歌や踊りそのものに、何らかの意味がこの場にはあるのかもしれない。
ブラッドレイはめくる手を止め、最初のページに戻る。
そこには3人のプロフィールが記載されている。

本田未央。ニュージェネレーションズのリーダーの15歳。
島村卯月。笑顔が取り柄の頑張り屋、17歳。
渋谷凛。クールでストイックな15歳。

「渋谷凛、くんか」

己の秘密を知られため、手にかけた少女。
「負けない」と言い残し、気高くこの世を去った少女。
あの時に感じた幼いながらも強い意志は、写真に写る姿からも感じられた。

「その意思の源はどこにあったのか、知りたかったものだ」

呟きながら、写真集をテーブルに置き、新たな一冊を手に取る。
写真集とはうって変わったシンプルな表紙で、厚みのある本。
表紙には、『バーチャルリアリティシステム理論』とある。

「分からんな」

パラパラとめくるが、内容はほとんど理解不能に等しかった。
文章中に散見される数式に加え、「コンピュータ」「プログラミング」「量子」などといった単語。
どれも、己の知る錬金術の知識とはかけ離れている。
だが、「まえがき」を読むことで、作者のおおよその意図を掴むことはできた。
作者は「プログラミング」なる技術を利用することで、「バーチャルリアリティ」――もう一つの現実、を作り出そうとしているらしい。

「だが、使えるやもしれん」

父上の計画は、アメストリス全体に血の紋を刻むこと。
しかし、この作者が主張しているように「バーチャルリアリティ」を作ることができるとしたら。
わざわざ大量の人員と長い時間を使わずとも、国土錬成陣に等しい力を持った代用品を作ることも、また可能になるかもしれない。
ブラッドレイは本を閉じ、背表紙を見る。
そこにある、「茅場明彦」という名前。
その名は先ほど見た『SAO事件、全容未だ見えず』の記事の中にある。
さらに、「浮遊城アインクラッドを舞台にした惨劇」「ヒースクリフを名乗り君臨していた茅場明彦」という文章がある。
アインクラッド。この殺し合いの舞台にもある施設だ。
ここから川を挟んで東にあり、先ほどの放送で首輪交換が設置されている。

「この男と会う必要があるな」

アインクラッド。それを作ったのが茅場明彦である可能性は大きい。
錬金術をも上回るかもしれない知識と力を持つ男。
この先脱出を試みるならば、会っておいて損はないだろう。

「……長居をしたな」

気付けば、先ほどの戦闘で崩れ落ちた壁から西日が差し込んでいる。
ブラッドレイは紅茶を飲み干し立ち上る。
体を準備運動のように動かすと、適当な本を本棚から抜き出して空中に投げ上げ、刺剣を振るう。

「まあまあといったところか」

剣を懐に収めた瞬間、床に大量の紙が舞い散る。
刺剣は、投げ上げた本の背表紙の糊付けされた部分を正確に断ち切っていた。
本調子とはいかないが、戦闘による疲労は抜けてはいるようだ。

「……行かねばな」

この図書館で会う約束をしていたタスクの姿は未だ見えない。
放送で名を呼ばれてはいないが、戦闘に巻き込まれて果たせなくなったか。
首輪の解析を任せてはいたが、それはかなり前のことだ。いつまでも待っているわけにはいかない。
向かう先はアインクラッド。
茅場明彦がそれを作ったならば、その近辺にいる可能性はある。

『あなたは我が侭な癖に、やってることは中途半端なのよ。そんな人間にはなにも掴めないわ』

確かにそうだ。
脱出はしたい。広川に従いたくない。素性を知った相手は殺したい。
今の自分は二兎どころか三兎を追っている。
だが、自分のいた世界から来ている人物はおらず、素性が既に多くの参加者に知られてしまっている現状。
2人を殺害したことは隠すべきとしても、少なくとも3つめの目的は捨ててもよいだろう。

「素性を下手に隠さなければ、心おきなく戦える」

そう考え、ふと我に返る。
戦うことそのものはこの場では重要ではないはずだ。
しかし。

「久しいな……この感覚は」

大総統の地位に就いてからは、戦場を自ら駆け巡ることはなくなった。
最高指導者の役目とは、自らが兵士になることではなく兵士を動かすことだからだ。
だが、これまでの戦闘の数々で、己の中に潜んでいた戦いを求める心が刺激されているらしい。

レールの上の人生からはみ出してみたい。
地位にも何にもとらわれず、ただ戦ってみたい。
そんな思いが無意識に強くなっている。
泳がしている雷光の錬金術師や、プライドに喰わせることにしている金髪の青年の顔がブラッドレイの頭をよぎる。
彼らと再び会いまみえた時、果たして目的通りに動くことができるか――。

期待と高揚感とかすかな不安がない交ぜになった感情を抱きながら、キング・ブラッドレイは歩を進めていった。






【D-5/図書館/一日目/夕方に近い午後】

【キング・ブラッドレイ@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、出血(小)、腕に刺傷(処置済)、両腕に火傷(処置済、腹部に刺し傷(致命傷ではない、処置済)
[装備]:デスガンの刺剣(先端数センチ欠損)、カゲミツG4@ソードアート・オンライン
[道具]:新聞、ニュージェネレーションズ写真集、茅場明彦著『バーチャルリアリティシステム理論』(全て図書館で調達)
[思考]
基本:生き残り司令部へと帰還する。そのための手段は問わない。
1:橋を渡りアインクラッドに向かう。
2:ヒースクリフ(茅場明彦)と接触し、情報を聞き出す。
3:自分の素性を無闇に隠すことはしない。
4:稀有な能力を持つ者は生かし、そうでなければ斬り捨てる。
5:プライド、エンヴィーとの合流。特にプライドは急いで探す。
6:エドワード・エルリックロイ・マスタング、有益な情報、技術、帰還手段の心得を持つ者は確保。現状の候補者はタスク、アンジュ、余裕があれば白井黒子も。
7:エンブリヲ御坂美琴にもう一度会ったら……
8:島村卯月は放置。
9:自分が不利だと判断した場合は殺し合いの優勝を狙うが……
10:糸や狗(帝具)は余裕があれば回収したい。
[備考]
※未央、タスク、黒子、狡噛、穂乃果と情報を交換しました。
※御坂と休戦を結びました。
※超能力に興味をいだきました。
※マスタングが人体錬成を行っていることを知りました。
※これまでの戦いを経て、「純粋に戦いたい」「強い者と戦いたい」という感情が無意識に大きくなりつつあります。



投下順に読む
Back:とんとん拍子 Next:NO EXIT ORION

140:愛しい世界、戻れない日々 キング・ブラッドレイ 156:ずっといっしょだよ
最終更新:2016年01月17日 14:16